BCローテーションバトル奮闘記





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覚醒編
第七十一話:練習試合
1月12日 土曜日

 キズナは、まだまだボーっとしていることが多い。
 原因はまぁ、まず間違いなくクリスマスイブのあれなのだろう。今もキズナは、待機中の真っ暗な画面の携帯電話をのぞきながらボーっとしていて、何事かを考えている。
 クリスマス前までそんな事をする様子もなかった事を思いかえすと、なんというか目に毒だ。目に見えてやせ細ったり感情が府なんていになるようなことがないだけましだが(学校には実際にそうなっている子もいる)、なんとなく物悲しい。
「なんだよ、コロモ?」
 そんなキズナを、コロモはきちんと気にかけてあげているのだろう。私に手助けする必要がないときはキズナと一緒に居てくれている。
「俺がまだ落ち込んでいるんじゃないかって?」
 コロモは椅子の後ろからキズナの肩を優しく掴んで、赤い胸の角をキズナへ軽く押し付ける。サーナイトにとっては、角が服越しでも感情はほとんど問題なく伝わってくるから、こうすればキズナの感情を強く感じ取れるし、シンクロもさせ易い。
 その状態で、コロモはキズナの問いかけに『うん』と頷く。人間のような声帯を持っていないから喋ることは出来ないけれど、この程度の意思疎通ならば手話のみならず鳴き声でもいけるようだ。
「ありがとう」
 キズナは励まそうとしてくるコロモのそういう態度を一切拒絶せずに受け入れ、肩に置かれた手に触れた。コロモが親切心でやっているから無碍に断れないと言うのもあるのだろうけれど、おそらくそれだけじゃない。サーナイトという種族の力ゆえなのか、コロモに抱いてもらったり手を握っていてもらうと、本当に安心するのだ。その証拠に、どうして安心するのかについての論文がいくつも書かれているそうだ。
 キズナは、カズキに抱きしめてもらったりとかして心の安定を図ろうとしている事もあるが、鉄板であるサーナイトによる癒しもまた、キズナの心を癒してくれているようである。

 ただ、カズキとコロモに抱きしめられるという行動は、同じ癒しでも少し方向性が違う。カズキに抱きしめられるというのは、恋仲だからこそ効果的というのもあるだろうが、『自分のやってしまったことを赦してもらえる』という実感が得られるのだろう。殺人を犯してしまった自分を受け入れて貰えることで、心の安定を図っているのだろう。

 ポケモンは人間と倫理観が違う。だから、コロモをはじめとするポケモン達に、ブラックモールで何人も殺したキズナの行動を咎めようなんて気は、恐らく毛頭ないはずだ。そうした無条件の赦ししか得られないポケモンからの抱擁では、きっとキズナの心を完全に癒す事は出来ない。
 ポケモンからの赦しでは決して得られないものをカズキ君は持っているのだろう。カズキ君には頑張ってもらわないとな、本当に。

 キズナがポケモン達に自分の行動を肯定してもらえるのは当然のことだ。コロモがああして絆を気にかけてくれるのは大変うれしい事ではあるけれど、キズナがコロモに頼ってしまうのは、承認欲求を無理やり埋めるための一種の逃避行動のように思える。キズナは……人間なんだし、人間に赦されて、初めて意味があると思うのよね。もちろん私は許しているし、両親も、オリザさんも、スバルさんも許してくれているけれど、それだけじゃキズナは不安らしい。不特定多数の人間に赦されないと、不安なのかもしれない。
 そうなってしまうと、私が出来る事はなくなってしまうのがつらい。

 もしもキズナが『自分は皆から見て間違ったことをしてしまった』と自己嫌悪し、その上で『いや違う。私を否定する奴らが間違っているのだ』と考え得るようになってしまえば、キズナは正義感がゆがんだ方向に育ちそうだ。
 というか、キズナの正義感はすでにゆがんでいるのだ。キズナは、棒手裏剣さえ持ち歩いていれば、私を下半身不随にした男を捕らえる事も出来たから……と、今でも棒手裏剣を毎日携帯している危険人物だ。それはつまり犯罪者が相手なら平気で傷つけられる精神性があるということだ。そんな気質にに対して、キズナは矛盾を感じているようでもある。
 悪人は徹底的に叩いてやるべきなのか、それとも悪人も一緒に救ってあげるべきなのか。私としてはどちらも正しいと思うのだけれど、後者はきっと自分に余裕があるとき以外はやらなくてもいいと思う。あの時、あの場所にいたキズナが、悪人を救うことなんて考えなくても、きっと誰も責めはしない。だから、プラズマ団を殺してみんなを煽動したことなんて、そんなに悩まなくたっていいのに……そう考えてしまう私も、少し染まっているのかもしれない。
 間違っているような気もするし、正当防衛のような気がする。いや、総括すれば過剰防衛なのだろうけれど。だからと言って、あの時キズナに最大限感謝をしてしまった以上彼女を責める権利は私にはないのだ。

 キズナは今、コロモの右手を掴み、心臓のあたりを触らせている。おっぱいをもませているわけではないが、角度によってはそう見えなくもない非常に危うい光景だ。キズナに限ってポケフィリアだとかそういう趣味はないと信じたいが、一応私と同じ遺伝子が入っているわけだから油断は出来ない。
 でもま、いいか。コロモが相手なら安心できるし、コロモならキズナに手を出しても悪いようにはしないだろうし。
 キズナは長いこと、深呼吸していた。目を瞑って胸を上下させながら、眠っているかのように穏やかな表情をしている。癒されているなぁ……うらやましいと思ってしまう自分が恨めしい。
 嫉妬をしても仕方が無いし、キズナは傷ついているわけだから、好きにさせてあげないといけないんだけれどね。コロモもキズナもどっちも大好きだから、皆で幸せになれるように、私は見守っていようかしら。


 そんなコロモとのやり取りをずっと見ていてもなんなので、私は私でスズランたちに手話を教えて時間を過ごす。
 キズナは私の声を聞いているのかいないのか、ずっとあの体勢のまま目を閉じている。この部屋から出て行かない私も私だが、コロモに抱きしめられることに集中しているとは、無駄なことに集中力のある奴だ。けれど、携帯電話のアラームが鳴り響くと、流石にキズナも目を開いた。
「今日、遊びに行くんだっけ?」
「うん、カナちゃんと、カズキとバトルを」
 そう答えたキズナの声には、覇気を感じない。カズキと遊びに行く時は、今までは太陽のように輝かんばかりの笑顔をしていたというのに。
「行ってらっしゃい。楽しんできなさいよ」
「分かってる」
 まだ心に引っかかりはあるみたいだけれど、こうして誰かと遊ぶような年相応の事も出来ているし……問題ないわよね。キズナには。ポケモンを鍛えている時にはこんな覇気のなさなんてかけらも感じさせないから、きっといつかは普段の気分もよくなるはずだ。

 ◇

 今日は、元旦に会ってからちょっとばかしメールをするだけだったカズキと遊ぶ約束の日だ。遊ぶと言っても、俺たちはポケモントレーナー。やっぱりポケモンバトルが目的であるが。
 カズキのランドロス、ハクも今日実戦投入らしく、それが非常に楽しみだ。俺のスズランも、俺の指示に慣れてきたし、負けないように頑張らなくっちゃな。
「キズナ、おっはよー」
「おはようカズキ……お前また傷が増えていないか?」
「もう治りかけだよ。かなり苦労したけれど、ハクの奴、今はもう大人しいものだし……少しずつ、この世界の言葉を理解してる」
 待っていたカズキに、俺は開口一番で心配をしてみせる。けれど、心配するほどのことじゃないとでも言いたげにカズキは笑っている。すごい包帯を巻いていると言うのに、タフな奴である。
「大体、キズナだって、顔意外には結構あざとか作っているじゃない?」
「ま、そーだけれどさ。格闘タイプはあざぐらいだからいいけれど、お前は引っかき傷だろ? 破傷風とか大丈夫なのかよ」
「だーから、引っかき傷はもう大丈夫だって。ポケモンレンジャーの正式装備は、ジヘッドの噛み付きをくらってもびくともしないんだから。母さんがわざわざ買ってきてくれたんだよ?」
「そっか、そういえばそんなこと言っていたなぁ……」
「これは、懐かれた時にちょっとじゃれ付かれた時の傷。あいつ、手加減知らないからさぁ……同族にじゃれるのと同じ感覚で人間にじゃれたら怪我するってのに。そういう事も後々教えてあげなくっちゃ」
「っていうか、お前じゃれても大丈夫だと思われるくらいには慕われているのな」
「まあね。ポケモンと会話が通じなくても、それなりに交流する方法はあったんだ。フライングディスクで遊んだりとか、ボールで遊んだりとか」
「ヨーテリー扱いじゃねえか……ランドロスもそうやって遊ぶんだな」
「はは、ポケモンは気にしていないよ。ヨーテリー扱いだとか、そんな事ポケモンには関係ないし」
 そういうものなのか。イッシュの三化身は、全員プライドが高いものだと思っていたが、意外とそういうわけでもないらしい。

「お2人さん、どうも。遅れてしまいましたけれど、あけましておめでとうございます」
 世間話の途中で、カナが現れる。そう言えば、一か月近く会っていなかったから久しぶりだ。
「いよぅ、あけましておめでとう」
「カナさん、あけましておめでとうございます」
 コレでようやく3人揃って、今日のメインイベントも始めることができる。久しぶりに、カズキや師匠以外とのローテーションバトルができるわけだ。どこまで強くなったか、試してやるぜ。


「うわぁ……本当に、ランドロスなんですね」
 カナは初めて見たランドロスに眼を丸くした。俺は事前にハクとテンペストが写っている写真をメールでもらっていたからそれほど驚きはしなかったが、やはり間近で見ると威圧感がすさまじい。
 まずは昼食をみんなでとってからと言うことで、全員が手持ちのポケモン全てを開放したが、やはり伝説のポケモンを持っているというのはすごいものだと思う。初日こそ暴れまわっていたらしいハクも、今となってはすっかりみんなの輪に溶け込んでおり、食事の最中も独り占めをしないようにきちんと節度を守っている。
 そして、驚いたのが、カズキが言うハクはまだ言葉が通じないということ。見てみると、確かにカズキの手持ちとはある程度コミュニケーションを取れているのだが、俺の手持ちやカナの手持ちは首を傾げるばかり。明らかにコミュニケーションが取れていないことが伺える。
 カズキのポケモン達は、咎めないでやってほしいとばかりの反応を見せている。カズキ、立派にポケモンブリーダーをやっているんだな。
 大人数での食事の最中は、互いの手持ちの確認作業でもあった。カナは、新たにフリージオを手持ちに加えており、現在の手持ちはジャローダ、バシャーモ、ラッキー、トゲキッス、ミカルゲ、フリージオ。ルックスに恵まれたポケモンが多いかと思えば、顔しかないような奴まで様々だ。
 俺とカズキの手持ちは正月の時から特に変わらず。精々ゴンゲンがガブリアスに進化したくらいかな。どういう戦法を取ってくるかは大体知れている。食休みの後に行われるバトルに思いを馳せながら、俺は頭の中で戦略を組んでいた。


 試合は、3対3のローテーションバトル。と、いうのも、連戦であることやポケモンセンターなどで使われる回復用の装置が無いので、ちょうど2戦出来るようにこの組み合わせである。
 まず最初の試合は、俺とカナ。ふむ……あいつはカズキ対策に氷タイプのポケモン、フリージオは温存してくるだろう。逆に、草タイプは弱点が多くてカズキ相手には出しづらいか。サミダレ相手に出したいところだろうが、虫タイプや飛行タイプが多いから難しそうだ。
 そうなると、俺に出してくる可能性が高いとして……トゲキッスは俺にもカズキにも出したいところ。ふむ、そうなると……相手の組み合わせは、ミカルゲのエリクサー、ジャローダのチャリス、そしてトゲキッスのブリューナクといったところかな。
 俺自身、カズキには温存しておきたい手持ちはあるが……よし、決めた。こちらの選出はスズラン、セナ、セイイチだ。
「どちらも準備できた? 始めていいなら、アナウンスするよ」
 カズキが俺達に問う。
「OKだ、カズキ」
「お願いします、カズキさん」
 俺とカナは共に準備完了。
「了解。それでは私、カズキが審判を務めさせていただきます。勝負形式はローテーションバトル。交代は体の一部をタッチすることにより認められ、一度交代すると、10秒以内の交代は認められません。人数は3対3、ポケモンは個別に棄権させることが出来、3体すべてが棄権もしくは戦闘不能になった場合決着といたします。よろしいですね?」
「おうよ」
「はい!」
 カズキの問いに勇ましく答え、俺とカナはボールを握る。
「それでは、勝負始め!」
 俺が出したポケモンは、シルクのスカーフを巻いてあげたチラチーノのスズラン、食べ残しを持たせたエルフーンのセナ、ラムの実を持たせたルカリオのセイイチ。相手が出すポケモンは……ミカルゲのエリクサー、トゲキッスのブリューナク、そしてバシャーモのレーヴァテイン。少し読み違ったかな……相手は俺のポケモンの弱点をカバーしているぞ。
「どうやら、あたりを引いたようですね。行きなさい、レーヴァテイン」
「相性だけが全てじゃないさ……セナ、まずは、ヤドリギの種」
「搦め手でくることなら予想済み。剣の舞い」
 ここまでは想定済みだ。バシャーモは舞を踊ることで呼吸を整え、筋肉から脱力をして攻撃力を上げる。そのおかげでヤドリギの種を避けることはできなかったが、上々だ。
「そしたら、攻め込みなさい」
「コットンガード!!」
 攻め込めと命令されたレーヴァテインは、足から炎を吹き出してセナに接近。セナを踏み潰す……が、甘い。コットンガードを積んだエルフーンは、それくらいじゃへこたれない。
「もう一発!」
「もう一発コットンガードだ」
 もう一発やろうと、無駄だ。コットンガードを何度も積めば、例え弱点であっても物理攻撃が通るようなセナじゃない。
「セナ! 痺れ粉だ」
「くっ……特殊にスイッチして火炎放射!」
 相手がぐいぐいと踏みつけている間に、セナは痺れ粉。その痺れ粉をくらったレーヴァテインは、火炎放射を命令された一瞬後に咳き込んだ。その咳の瞬間、セナは逃げる逃げる。元々、瞬発力には自信のある種族だけあって、痺れ粉を使われたレーヴァテインには容易に追いつける相手ではなくなってしまう。
 レーヴァテインは加速の特性を持つバシャーモであるが、それでも麻痺には抗えないだろう。火炎放射を放つも、セナの素早さの前にあえなくはずしてしまう。
「そして、挑発だ、セナ!」
「逃げなさい、レーヴァテイン」
 これはまずいとカナは判断し、レーヴァテインを引かせようと指示を出す。そのレーヴァテインに、セナは挑発を繰り出した、。ピーピーと鳴き声をあげて、これ見よがしに尻を振って見せる。
「『おいおい、逃げるのかこのチキン野郎め? お尻の見せあいなら負けないぞ? ほれほれ、可愛いお尻だろ?』だってさ……セナ、相変わらず口が悪いね」
 カズキ、挑発の解説はしないでいい。
「レーヴァテイン……退きなさいって言っているのに……あぁ!」
 そうして、ムキになってレーヴァテインはセナとの戦闘を続行した。しかし、セナはそんなレーヴァテインの努力をあざ笑うかのように、守る。緑色の障壁が張り出され、火炎放射は四散した。
 そして次はエルフーンが突然伏せる。これ幸いと盛り上がった綿の山に炎を放ったが、それはおとり、身代わりである。綿の身代わりに気を取られている間に後ろから忍び寄ったセナの綿胞子を頭にかぶせられ、レーヴァテインの視界がふさがれる。すぐに取り外して反撃をしようと思ったら、振り向こうとしたところで足に絡んだ草で転ぶ。
 そうして転んだレーヴァテインの顔から伸びるV字の角を、セナが両手で掴む。セナはそのままギガドレインをして、振り払おうとレーヴァテインは頭を振るが、セナの握力はそこまで弱くない。
 レーヴァテインが全身を燃やすことで何とか対処したころには、セナの体力も大分回復していた。
「セナ、逃げようとしたら挑発だからなー」
「レーヴァテイン、今度こそ逃げなさい」
 満身創痍のレーヴァテインは、今度こそ逃走を命じられるがしかし、草結びに引っかかってすっころぶ。そして、ヘタに加速の特性なんてものが仕事をしていたために、派手に転んだ分それが決め手となってしまう

「おっと、バシャーモ、戦闘不能。カナさんは次のポケモンに交代してください」
 敵にはなるべく交代させず、自分は交代を上手く使う。そのお手本のような戦いが出来そうだ。相手がポケモンを出して来たら、こちらはそれに合わせて有利なポケモンに交代してやればいい。ただ、敵のメンツが全て分かっている以上、俺が出すポケモンは決まっている。
「セナは引け。それでもって、セイイチと交代だ」
 お次は、これまた定番の戦法、セナによるセイイチへのとび蹴りだ。袋叩きと呼ばれるこの技、『本来悪タイプの技が使えないポケモンまで一時的に使えるようになってしまう』という非常に便利な技だ。
 コレの何が怖いって……蹴りを放つのがセナだけだった今でも、交代するだけで攻撃力が上がると言うのは非常に怖い。だが……
「ブリューナク、行きなさい」
 セイイチの元にたどり着く前に、レーヴァテインを回収したカナの指示が飛ぶ。セナは、袋叩きを発動してその足でとび蹴り。セイイチの肩にそれが当たるが、エルフーンが使う悪タイプの攻撃なんぞ、セイイチにはたいした痛みじゃない。それに加えて、スズランの激励のような攻撃がセイイチに当たる。頭から延びた2本の体毛が1発ずつ、首に巻かれた体毛が1発、尻尾が1発、右手による平手打ちが1発。計5発の袋叩きがセイイチの体に叩き込まれた。
 悪タイプの攻撃を叩きこまれれば叩き込まれるほど攻撃力が上がるセイイチに、この手数で攻撃したらそれはもう、とんでもない攻撃力になる。ちなみに、仲間を蹴ったり叩いたりして送り出すことは反則ではない。セナに一度はやらせて見たかったんだよなぁ……これ。
「神速だ!」
「ちょ、ブリューナク、電磁波!」
 こうなってしまえば、セイイチを止める手段などない。彼の裏拳が、ブリューナクの顔面を叩き、その一撃で彼はもう飛べなくなった。セイイチモギリギリのところで電磁波を喰らってしまったようだが、まぁ、問題あるまい。
「トゲキッス、戦闘不能。カナさんは最後のポケモンに交代してください」
「嘘……こんなに強いだなんて……」
 カナが驚くのも無理はない。俺も実戦で使ったのはこれが初めて、同じ戦略はオリザ師匠しか知らないものだ。コレを発動した状態でさえも、師匠は俺を破っているから、やっぱり本気のジムリーダーがとんでもなく強いという事なのだが。

「セイイチ、ラムのみを食べ……るな! そのまま待機」
「くっ……エリクサー。行きなさい。催眠……術はダメね」
 カナがブリューナクを回収して命令する。そうそう、ミカルゲのエリクサーは、よく考えれば催眠術を使ってくる可能性がある。ならば、麻痺したままで挑ませてもらえば、催眠術に引っかからない分得かもしれない。
「エリクサー、サイコキネシス」
「セイイチ、ボーンラッシュ!」
 カナの命令に忠実に、エリクサーはサイコキネシスを行う。それによって吹っ飛ばされたセイイチは、一度相手に近づこうとして麻痺が効いたのか転んでしまう。それにより再びサイコキネシスがヒットしたが、ミカルゲは耐久型が一般的だ。悪巧みでも積まない限りはたいした攻撃力じゃないので、セイイチも攻撃を耐えた。
 再度立ちあがったセイイチのボーンラッシュは今度こそ決まり、骨を振り下ろす一撃、少し引いてから腰を落として体重を乗せた突き。もう一歩踏み込んで反対側の先端でもう一発、最後にもう一度力いっぱい振り下ろし、フィニッシュだ。
「ミカルゲ、戦闘不能。よってこの勝負、キズナ選手の勝利とします」
「あ、あ……完封……」
「悪いな。カナさん。俺、強くなるって決めたんだ。それと、ちょっと遊んだ。セナをすぐに引かせる事も出来たけれど、バシャーモ相手に攻撃を耐えるくらいの力があるかも試したかったんだ」
 ポケモンと一緒に強くなるって。そう決めた。だからこそ、簡単に負けてやるわけには行かないんだ。それがたとえ、スバルさんや師匠が相手であっても。
「私なんて、眼中にないってこと?」
「今のところな……。いつの間にか、置いて行っちまってたし……対戦、ありがとうございました」
 そう言って握手を求めるが、カナは俺の手を握る直前で手を止めてしまい俺の握手には応じなかった。
「セイイチ、ラムの実は食べていいぞ」
 俺は完敗に打ちひしがれるカナに何も声を掛ける事も出来ず、かわりにセイイチに声を掛けた。もっと強くなって、ねーちゃんを守れるようにならなきゃいけないんだ……そして、それはねーちゃんだけじゃない。民衆を甘いエサで釣るだなんて、あんな卑怯な手段を使わなくても、悪人を倒せる正義のヒーローに……ならなきゃ。だから、カナさんくらい簡単に倒せるようにならなくっちゃ

「みんな、よくやってくれたな」
 カナは、拳を握り締めて悔しがっていた。けれど、悔しい思いの一つや二つをしないと恐らく成長はしないだろうし、これぐらいは言っておいてもバチは当たらないはずだ。そのための、あえての厳しい言葉なんだ。
「……カナさん。次、俺との対戦ですよね?」
 そんなカナを、カズキは慰めるでもなく、あらかじめ取り決めた順番を口にする。恐らく、今度の戦いでもカズキが勝つだろう。カズキは俺達がポケモンを出す前に、すでにポケモンを3匹選んでいる。
 カナが全員戦闘不能になったときに、残った三匹が丸分かりの状態では不公平だから、と。選んだその三匹を手にカズキに促されては、カナは敗北に打ちひしがれている暇もないというわけだ。
「分かりました……」
 また負けるんじゃないかと心配しているのだろう。返答したカナの声は元気が無い。
「じゃ、俺が審判をやるよ、カズキ、頑張れよ」
 俺が声をかけると、カズキはうんと頷いて見せる。負けるかも知れないっていう心配が微塵もないな……こりゃ、カナが気の毒だ。

 そうして、カナの元気が回復しないまま、勝負は始まる。まぁ、言葉は少なかったけれど、あそこまではっきり弱いというニュアンスの言葉を言われたら精神的に来るよなぁ。
「勝負開始!」
 2人にお決まりのルール確認のコールをした後、2人がポケモンを出す。
 カナのポケモンはフリージオのタスラム、ラッキーのアイギス、そしてジャローダのチャリス。
 カズキのポケモンは、バルジーナのトリ、ヘラクロスのイッカク、そしてストライクのゼロ。ふむ、ゼロは俺との戦いでは使わないのか。と言うことは、残りはサンダースのミロク、ランドロスのハク、ガマゲロゲのサミダレか……強そうで厄介そうなやつらだ。
「ゼロ、頼むよ」
 と、カズキは自信満々にゼロを出す。
「アイギス、行きなさい」
 おっと、ゼロのような物理型に、アイギス(進化の輝石かな?)とは相性が悪い。
「ゼロ、剣の舞」
「アイギス、小さくなる!」
 まず最初に、ゼロは呼吸を整える。そして、アイギスは小さくなる。
「そしたら、毒々」
「剣の舞だ」
 お互いほとんど動かない初手から、アイギスが動き出す。毒々をゼロは軽く避けた。相変わらず、『ゼロは約20秒というスタミナが持つ時間に限ればほぼ無敵』とカズキが言うだけの事はある機動力だ。
「続けなさい、毒々よ」
「バトンタッチ。イッカクに交代して」
 そして、2回めの毒々という事になって、ゼロは退避する。如何に回避が上手といっても、液体をかわすのはさすがに難しかったのか、今度はかわしきれない。しかして、毒液は僅かに肩にこびりついただけ……大事ではない。
 そして、バトンはイッカクに。もちろんあいつは火炎珠を持っている。すれ違いざまにゼロの肩にかかった毒を舐め取って、毒の悪化を防いでいるあたり抜け目がない奴だ。
「アイギス、身代わりしなさい!」
「ツバメ返し」
 カズキは、まず最初に、身代わりを盾にして攻撃を伏せごうなどという甘ったれた考えのアイギスから身代わりを奪うべく攻撃する。一度フェイントを交えてからの、針をも通す正確な手刀。避けるために崩した体勢は、返す刀の針をも通す正確さから逃れることは叶わず、身代わりは燕返しに打たれて消える。
 そして、火炎玉の効果が発動してイッカクの本領発揮だ。
 イッカクが吠える。恐らくは『マーックスパワー!!』などと、間延びした言い方で自身のコンディションをアピールしているのだろう。
「逃げなさいアイギス、今すぐに!」
「おっと、それならイッカクも深追いしちゃいけない。トリと交代だ」
 そしたら次は、バルジーナのトリによる追い風を発動するようだだ。それさえあれば素早さについてはあまり良いものではないイッカクも非常に有利に戦える。
「トリ、追い風」
「アイギスはタスラムと交代、タスラムは吹雪!」
 イッカクのほうが、僅かにアイギスよりも早くタッチを終える。そうなってしまえば、後は追い風を張るだけの楽な仕事だ。いくらフリージオが速い種族といっても、距離が離れているから吹雪が届くまでには時間が掛かるし、距離そのものが威力を減退してくれる。
 結果、追い風のおかげで、吹雪ははねのけられてしまい、弱点タイプの吹雪と言えどトリはほぼノーダメージ。近寄られれば吹雪も通じるだろうが……遠くから撃っても威力などあってないようなもの。
「羽休め」
 からの、羽毛をたたんで丸まった体勢だ。寒い時に首をすぼめるのと同じように、丸まった体勢は寒さに対して強い。翼を広げた体勢よりもずっと。そして、羽休めする事によって飛行タイプを廃したトリには、もう吹雪は弱点ではない
「そ、それなら……絶対零度」
 確かに、もはやフリージオにできることといえばそれしかない。けれど、それはそうそう当たるような技ではない事を相手も分かっているはずだ。
「避けろよ、冷静に。そしたらイッカクに交代」
 タスラムは浮遊してトリに接近。パワーをチャージしながら接近したタスラムは、射程距離に捉えたトリへと絶対零度を放つ。低速かつ超低音の冷気が、追い風でドレスアップしたトリのバックステップを捕らえられるはずもない。絶対零度はむなしく狙いを逸れて、地面を凍らせるに終わった。
「手加減してやれよ、イッカク」
 尾羽をタッチしたイッカクは、フリージオ目掛けてまっしぐらに進み、その堅く握り締めた拳をぽんと置いた。
 いわゆる猫パンチ。本気で放てば殺しかねない重傷を負わせる威力もあっただろうが、ハエも殺せないような力加減でイッカクは攻撃する。タスラムは、無傷だというのに眼を見開いてガタガタと震えていた。氷ポケモンなのに、まるで寒いかのような仕草とは……。
「フリージオ、戦意喪失。カナさんは次のポケモンに交代してください」
「くっ……」
 残りは、ツバメ返しのおかげで為すすべもない、ラッキーのアイギス。そして、虫タイプが弱点なジャローダのチャリス……まぁ、どちらも今のイッカクの敵じゃないな。タスラムは、すごすごとカナの元に戻っていく。
「チャリス、行きなさい。リフレクターを張りなさい。近づかれたら燕返し!」
「瓦割り。手加減はいらないよ、イッカク」
 例え壁を張られようとも、こんなもんだ。剣の舞を積みつつ根性が発動したヘラクロスを止める手段なんて、天然の特性もちでもなければありえない。イッカクの攻撃が当たらないように頑張るか、それかやられる前にやるしかない。だけれど、そんなのは不器用なジャローダには無茶な話だ。
 一応、ジャローダがおぼえる技でヘラクロスに通じる技としてはツバメ返しはあるし、イッカクの攻撃が当たる前にそれを利用しようとはしたものの、追い風のサポートを受けたイッカク相手にそれを当てるのは無理な話。リフレクターを張った相手の懐にいち早くもぐりこんだイッカクは、チャリスの喉を激しく叩く。
 ツバメ返しの一太刀を浴びせることは叶わず、チャリスはその綺麗な顔をゆがめて上半身を地面に投げ出し、一撃の元に叩き伏せられた。そのチャリスの首を掴んでイッカクが起き上がらせるがそこから抵抗しようとする気配は無い。
「ジャローダ、戦闘不能。カナ選手は最後のポケモンを出してください」
 キズナのその声を聞いて、イッカクはゆっくりとチャリスの頭を地面に置いた。
「もういい……私の、負けです」
 カナはようやく負けを悟ったらしい。初めて会ったときは強いと思っていたけれど……いつの間にか、俺達は追い越していたんだな……ふむ。
「ふぅん……カナ選手の降参により、この勝負はカズキ選手の勝利とします」
「みんな、よくやったな。はい、これはチーゴの実とモモンの実。オボンは全員きちんと食べておけ」
 アイテムボールに収納していた木の実をポケモン達に渡し、俺もチャリスをしまい終えたカナさんに握手を求める。
「対戦ありがとうございました」
「はい……」
 少しやりすぎたかな。手加減は一切しなかったからか、かなり沈んでいる。ため息混じりに、自身のポケモンを見つめ、ねぎらってやることもほとんどしない。
 大会までに立ち直ってくれればいいけれど……
「さて、改めて……お前らよくがんばってくれたな」
 握手を負え、木の実を食べているポケモン達の頭を撫でてあげながら、俺はキズナのほうを向く。
「ねぇ、キズナ。俺達さ、お互い無傷のポケモンもいることだし、ここは公式ルールと同じく4対4でバトルしない? そっちの方が、盛り上がるでしょ」
「お、そうだな。ちょうどいいや」
 実は、カナさんを最初に連戦させたのも、こうなることがなんとなく分かっていたからだ。二人で勝負するのは寂しかったからカナさんを呼んだけれど、これは少々イジメみたいな形になってしまったかもしれない。
「そういうわけで、カナさん。審判お願いしますね」
 結局、俺達は勝手に話を進めてしまったが、カナさんが何も言わないのであれば、OKと判断しても問題なかろう。
「キズナ、負けないからね」
「俺だって負けるつもりはないさ」
 互いに勇ましい言葉を交わしあい、俺達2人はパーティーの構成に入る。さて、どいつを使おうか。


Ring ( 2014/06/08(日) 19:28 )