BCローテーションバトル奮闘記





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覚醒編
第七十話:ランドロスを慣れさせろ
1月3日、夜

「出ておいで、ハク」
 ママンを失った俺は、早急に新しい戦力を整えなければならない。しかし、そのために必要な戦力は、未だに反抗したままである。
 クリスマスイブにゲットしたランドロス――ハクと名付けたこいつ相手は未だに俺達へ威嚇を繰り返していて(特性が威嚇なせいもあるのだろうけれど)、こちらが敵意はない事を表すように胸の辺りを見て眼を合わせないようにしても、それは通じない。
 『眼を合わせれば臨戦態勢』、『胸の辺りを見据えるのは、「敵意はないが逃げるつもりもない」』、『背を向けて逃げた時は、「狙ってくれ」と言っているようなもの』、それらは自然界では共通の認識かと思っていたが、夢の世界で育ってきたランドロスにとってはどうにも違うものらしい。
 そして、困ったのは、夢の世界から引きずり出したポケモンであるせいか、言っていることがよくわからないことだ。こちらのポケモンと交流していけば徐々に分かるのかもしれないが……今はまだ難しいか。生まれたばかりのポケモンも人間の指示がわからないのと同じだけれど、あそこまで成長したポケモンに話が通じないのは結構違和感があるなぁ。
 危険なポケモンを外に出さないためのボールロック機能や、黒い眼差しと同じ効果のあるアタッチメントをつけていなかったらどれだけの被害を振りまいたかも分からないレベルだ。

 相手がピクリとでも動いたら、いつ攻撃を仕掛けてくるのか分からないので、俺も身構えざるを得なくなる。もしもの時のためにゼロやミロクといった素早いポケモンに待機させてはいるが、本当に心臓に悪い奴だ。
 流石にボールから出すなり襲い掛かってくることはなくなってきたが、こいつはまだまだ俺の事を恨んでいる節がある。俺のせいで夢の世界からこんなわけの分からない世界へ飛ばされてしまったとか、そういう風に思っているのかもしれない。
 だから、俺を殺したいとでも思っているのだろうか。そんな事をしても何にもならないというのは分かっていないのだろうか? それとも現実世界は嫌いではないが、俺に捕らえられたことが気に喰わないのか。
「どうした……不満があるならかかって来いよ。どちらが上か教えてやる」
 ただ、気に食わないならその不満をぶちまけてもらわないといけない。人間ならば言葉で語り合えるがしかし、こいつはポケモン……しかも、夢の世界で暮らしてきたせいか言葉が通じない。ならばもう、俺としては拳で語るしかない。
 育て屋で使われている長さ1mほどの柄がある戦闘用の斧を両手に構え、俺はハクをゆっくりと見据える。母さんが買い与えてくれた張り切りジヘッドの噛み付きを受けてもびくともしない『株式会社シロガネセラミックス』製の全身を覆うプロテクターも、キュウコン、ライボルト、バッフロンの毛糸とイトマルの糸を複合させて作った『株式会社イトマル製糸工業』製の作業着も着て防御は万全。
「トリ、追い風をお願い」
 滑り止めの全面ゴム張り手袋でしっかり武器を握り締め、誘うように手招きすると、激昂したランドロスは空に浮遊して、空気を蹴りながら俺のほうへと向かってきた。その強靭な前足で、瓦割りを繰り出すつもりらしい。
 こういったポケモンと相対するとき、基本は横に逃げること。縦に逃げれば、足が速いほうがいずれ追いつくのは道理なので、相手から見て横に逃げるのが、直線的な攻撃をしてくる相手からの回避の定石。
 俺は斧を手にしたまま横に飛びのき、前転して起き上がって向き直る。空中では小回りも効き難いので、ただ単純に襲い掛かってきただけなら、トリが起こしてくれた追い風のサポートもあるし十分に回避は可能だ。ただ、ランドロスの技のバリエーションは豊富で、ほかにも十分すぎるほど強力なものが揃っている。
 俺に攻撃を避けられたハクは、すぐさま方向転換と思いきや、独楽が回るようにアイアンテール。斧で尻尾を上方に受け流してすぐに斧を振りかざすも、相手が長い尻尾で攻撃していたおかげか、俺が斧を振り下ろしたころには相手の体は届かない位置にあった。サポートとしてゼロが横からはいり、ランドロスの顔を蹴り飛ばし、横っ面をはたくようにミロクのシャドーボールがハクに当たる。
「ゼロ、ありがとう……」
 また斧を構える。今度は、地震を繰り出すべく、前足を揃えて地面に叩きつける。ミロクと一緒にジャンプして避け、そこにここぞとばかりにゼロのカマが叩き込まれた。鬱陶しいゼロの攻撃を振り払うように岩雪崩。しかし、追い風のサポートを受けたゼロがそんな攻撃をくらうはずもない。
 さっと身をかわし、そこにトリの悪の波導。怯んだところを、俺の斧がハクの肩を叩き割った。
「どうした……いつもならまだ向かってくるだろうよ?」
 血の滴る斧を抱えて、俺はハクを睨みつける。クリスマスの日から始めたこのやり取りだけれど、今までは体が動かなくなるまでやっていたものだが……今日は、やけに聞き訳がいいな。流石に学習したのだろうか? 俺達と戦っても勝てないという事を。
 ハクとタイマンで戦って勝てるポケモンはいないし、俺自身スバルさんやオリザさんみたく強いわけではないから数に頼らないといけないのが情けないが、集団で生活する以上は集団とうまくやっていかなければいけないことを教えるのに、集団で叩きのめすというこれほど有効な手段もなかろう。

 ともかく、逆らえばボコボコにされる。それを徹底的に教え込んだ数日間の成果は出たらしい。ここまで短いようで長かった……。それなら、第二段階に進まないと。
 第一段階は、どれだけ敵意を向けても、攻撃しようとしても無駄だという事を教える段階。それが終わったら、次はエサを受け取ってもらわなければ。
 地面にはナナの実やモモンの実など木の実を置いて、いつでも食べられるようにしている。毒は入っていないよとアピールするために、俺はそれを一つずつ齧り、また他のポケモンにも齧らせている。
 ハクの警戒心は相変わらず非常に強い。地面に伏せたままこちらを威嚇し、眼光鋭くまったく隙を見せない。俺としてはいつだって、木の実を食べてもいいし、食べてしまっても怒らない。自分のポケモン達と、仲間になってほしいのだけれど。
 暴れることはなくなっても、まだまだ打ち解けるのに時間は掛かりそうだった。
 ともかく、攻撃をしてこないという段階に至ったので、俺も色んな事を試してみる事にした。まずは、手持ちのポケモンに俺が齧った木の実を投げ、それを食べてもらうということ。投げられたものは食べても大丈夫なのだと、理解してくれれば助かるのだけれど……
 ゼロに投げて、ミロクに投げて、トリに投げて、サミダレに投げて、イッカクに投げて。最後にハクへ。木の実を投げられて、ハクは伏せの体勢からたちあがり、身を低くしたいつでも飛びかかれる体勢を取る。
「それは、別に攻撃のつもりじゃないのに……」
 『だから穏やかになれよ』と、俺は伝えるのだけれど、ハクはなかなか警戒態勢を解かなかった。
 これは根気の勝負だな……。

 今、ハクは何を考えているのだろうか……美味しい木の実が目の前にあって……しかし、毒かもしれない。罠かもしれない。食べている間に襲われるかもしれない。そう考えると、おちおち食事も出来ないと言うところだろうか。
 確かに、今のところハクにとっての俺達は信用できない外敵。どこまで受け入れてもらえるものやら分からない。

 それなら隙を見せてやるかと、俺は木陰に座して防具をつけたまま(冬だってのに暑い)寝たふりをする。一応護衛にトリもつけておいた。薄目を開けて確認する限り、ハクはそんな俺を襲うか襲うまいか考えている風ではあったが、反撃されるのが怖いのだろう、手を出してくる様子はない。
 やがて、俺が見ていないと思って木の実を咥えると、少し離れたところまで行ってから食べ始めた。スバルさんから借りたポケモンが使える黒い眼差しの効果が及んでいるから、今は遠くには逃げられず、こうするしかないのだろう。
 豊穣の神とされているだけあって体には相当の栄養を溜め込んでいるらしく、これまでハクはほとんど餌を食べてこなかった。それでも、クリスマスイブの日から今日までの断食は相当堪えたらしく、木の実の匂いを嗅いでは持って行って食べると言う動作を何度も繰り返している。
 獣の口と言うのは大きく、ハクはほとんど一口で木の実を食べてしまう。6個目を食べ終わったあたりで、俺は目を開け体を起こす。
 木の実を夢中で食べていたハクは、驚いて臨戦体勢をとるが、俺は木の実を食べているハクをとがめることはしなかった。
「どうした? 全部食べていいんだぞ?」
 優しくそう語り掛けても、俺が起きているとわかると安心できないらしく、再び威嚇の体勢にはいる。
「仕方ないな……」
 と、俺は苦笑して、一口齧った木の実を投げてやった。そうしてまた体を木の幹にもたれ掛けると、ハクは恐れながらもそれを咥えて持っていってから食べる。
 まだ、完全に受け入れてもらえる日は先になりそうだが、一歩前進したような気がした。


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今日は初めて、ハクが食べ物を受け取ってくれた。受け取ったといっても、手渡しできるような状況ではないし、まだ俺からはなれたところで食べているあたり警戒は解けきっていないみたいだけれど。
だが、俺達にはどうあがいても勝てないことだけは伝わったようだし、俺が渡す食料に危険が無い事も恐らくは分かったはず。そこまでわかってもらえれば、後は俺がエサをくれる存在である事を理解してもらえると助かるのだけれど。
ポケモン達も言葉が通じなくて困っている。夢の世界から現実世界に早いところ順応してもらえると助かるのだけれど、やっぱり難しいのかな。

いいや、いくら大人しいルギアが相手とはいえ、母さんはすでにルギアのテンペストを手篭めにしているんだ。俺も、スバルさんみたく凶暴なポケモンも手懐けて、戦力として有効に活用できるようにならなくちゃ。
……と、ここまで書いたところで一つ案が浮かんできた。テンペストは夢の世界のポケモン。ということはだ、ランドロスとも話が通じるんじゃないかな?
テンペストはクリスマスイブのときこそ混乱して興奮していたけれど、今は大体眠って羽を休めているばかり。一日に数分起きても、周囲の様子が全く変わっていなければ『そのまま寝てしまう生活だ。
同じく夢の世界からきたポケモン同士、通じ合うものがあればいいのだけれど。

それを母さんに話してみたところ、私の監視の下ならテンペストを貸してやってもいいとの事。テンペスト自身、現実の世界でまともに交流した人間は自分(母さん)しかいないため他の人間との交流も必要だろうと。
テンペストはもう触っても怒らなくなったそうなんだけれど、母さんは何かの弾みで誰かを襲ってしまわないかとひやひやしているらしい。理由はテンペストのレベルが100レベル(フラッター無しなら140超えている。完全に国軍が管理するレベルだけれど、母さんがトレーナー免許一級のため所持を許されている状況。キズナもパルキアを捕まえたら母さんに預けるつもりだったらしい)だから、自分のポケモンでも一匹や二匹じゃ止められないレベルであるかららしい。
だから本当に大丈夫かどうかを確認する意味でも、明日はお前と交流させてみる、とのこと。
期待と不安がいり混じるって言うのはこういう事を言うんだろうなぁ……
RIGHT:
1月3日
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LEFT:
1月4日 早朝

「テンペスト。お前だ」
 母さんは、マスターボールでゲットされたルギアに『テンペスト』と名付けていた。嵐とか暴風とかいう意味だが、嵐を呼ぶルギアの名前にはそのまんま過ぎるかな。
「やっぱり大きいなぁ……」
 とはいえ、そんな名前の割にテンペストは大人しい。図鑑では深海でひっそりと暮らしていると言うが、その様子を体現しているようだ。
 彼女は、ボールから繰り出された時に片目を開けて周囲の様子を確認したが、それ以降は特に何をするでもなく眼を閉じて彫像のように動かない。恐らくはエネルギーをあまり使わないようにしているのだろう、口の前に手を持って言っても、呼吸が感じられないほど静かであった。
「確かにコレなら触っても安心だけれど……」
「コレでも、この現実の世界は安心だと理解させるのに4日はかかったのだぞ? おまけにクソ寒い中で雨を浴びたから風邪も引いてしまったのはいい思い出だ。その甲斐あって私以外の人間も警戒せずに寝ていてくれると言うのは嬉しいものだ」
「……こんな大人しい子が、俺のママンを殺したのか」
「恨むなよ、カズキ? いきなり自分が住んでいた世界とはまったく違う場所に連れてこられて、混乱しない方がおかしい。そいつは、混乱して歩いているときに蟻を踏み潰したようなものなんだ」
「分かってる……テンペストを恨んじゃいないよ。ママンが死んだのは、俺が弱かったせいだ……」
「それでもって、弱いことは罪じゃない。お前は子供だから弱いのは当たり前だ」
 俺の言葉に、自然に続くようにスバルさんは言う。
「……分かってる」
 そんなことは分かっている。けれど、こう思わずにはいられないんだ
「弱さを罪と思うのならば、強くなることが償いだよ。誰かを守れるくらい、強くなることが」
「はい……」
「なぁ、カズキ。優しいやつってのは、心に余裕があるもんだ」
 突然、母さんが話を始める。唐突な話の転換に俺が疑問符を掲げていると、構わず母さんは話を続ける。
「働いて生きる力があれば、犯罪なんてしなくっても大丈夫」
「う、うん……」
「私は昔、ギーマのサイフをスリとろうとしたときに、ギーマに救われてね……あぁ、そうだ。その時のギーマは強かったからな、私の事を助けてなお余裕があったんだ」
「やっぱり、すごい人なんですね……ギーマさん」
 自分のことのように嬉しそうに自慢する母さん。なんだか、久しぶりに見たような気がする。
「うん、強いやつだ。お前は弱い……自分の母親を殺さなければ、自分を保てないほどに追い詰められて……その上誰かを守る力もなかった」
「それは……」
 確かに、それは俺の弱さと言うか……そうだよな。親がいなくなれば、今の状況を変えられると思っていた。けれど、俺がもし1人暮らしが出来るのであれば、親を殺す必要もなかったわけだ。
「けれど、私も弱かったよ。私も母親を殺したことがあるし、さっき言っていたようにスリの常習犯だった。けれど、今はお前を助けられる。従業員に働く場所を与えられる……何人も救っているよ。自分で言うのもなんだけれど、強いつもりだよ……少なくとも、そこらへんの奴らよりか。だからこそ、私はこうしてお前を気遣う余裕があるんだ。
 それでいいじゃないか。ママンを救えなかったこと……それを、ママンを生き返すという方法で償うのは不可能だ。ならば、お前が、強くなって、その繋いだ命でたくさんの人を助けて見せろ、救って見せろ。このルギアみたいにどっしり構えて、強く優しく育って行け」
 そう言って、母さんはルギアの首を撫でる。ルギアは眠ったまま何も答えなかった。
「せっかく私が引き取ってやったんだ。私が自慢したくなるくらいに、立派な子になってくれ」
 次に母さんは、俺の頭をヘルメット越しに撫でて微笑む。その微笑を見ていると涙が溢れてきたので、俺は顔を伏せた。
「はい……母さん」

「……話が逸れたな。要するに、ママンが死んだことについて、お前は悪くない。ただ、ママンの死から何も得るものが無いのであれば、ママンの命は無駄遣いの極みだよ。命の無駄遣いだ。
 だけれど、お前はママンの死に対して、誠意で以って対応しようとしている。ならば、人を助けられるものに成長すればいい。そうすれば、ママンの死を罪に思うことはないよ」
「うん……」
 優しく諭されて、テンペストを見てざわついた俺の心は少しだけ落ち着いた。
「さて、本題だ」
 と、前置きをおいてスバルさんは喋りだす。
「一応、ルギアは安全と言えば安全だが……コレだとランドロスともコミュニケーションをとってくれないかもしれないな」
「いや、でも……母さん。テンペストがコレだけ大きければ、ハクも逆に手出しをするとは思えないし……ハクはテンペストに比べたら弱いから、テンペストもよほどのことじゃなきゃ無闇に攻撃を加えたりすることもないとは思う」
「つまり、コミュニケーションをとってくれないにしても、マイナスになることはないだろうということか……確かにそうだな。なら、まいなうs面についてはあまり考える必要もないか」
「俺も、こいつに力関係を教えるのは苦労したからさ。俺の前では、大人しくしていると思うよ」
「お前も恐ろしいな。ポケモンの協力があるとはいえ、生身でランドロスを叩きのめすなど。将来もっと強くなると思うと、いつ立場を奪われるかひやひやする」
「へへ、キズナや母さんの真似みたいなものだよ」
「真似……真似をされたと言われると、親である私の責任か」
 そう言って母さんは、くつくつとくぐもった笑い声を上げる。
「いいだろう、とりあえずお前のハクを出してみろ」
「はい、出て来い、ハク」
 俺達はテンペストからはなれ、ハクもテンペストや俺達とは離れた場所に出す。
 ハクはまずテンペストに驚き、威嚇の体勢を取った。テンペストのインパクトが強すぎて、俺やスバルさんのことはあまり気にしていないらしい。
 とはいえ、まずは状況を確認しなければ始まらない。ハクは辺りを見回し、俺の存在を確認するが、前回のやり取りで危険が無いことは分かり始めているからだろう、一瞥して、後はほとんど気にしないそぶりである。
 ハクは、テンペストへの威嚇を続行する。テンペストも流石に鬱陶しいのか、まぶたを見開きハクの姿を確認して、その巨大な首を持ち上げた。スバルさん曰く、このテンペストの特性はマルチスケイル。そのおかげか、ルギア特有のプレッシャーは少なく、むしろ表面の鱗が美しい光沢を放っているため、日光に当てると見栄えする特性だ。
 ただ、プレッシャーが無いといったって、小さな子供がピエロや悪魔の着ぐるみに怯えるように、この巨大な体には無条件で恐怖心が湧き上がってくる。それは、特にハクにとっては強烈で、後ずさりしながら縮こまっていく様子に、伝説のポケモンの威厳はない。
 丸まっていたテンペストは、体を起こして立ち上がる。ハクはさらに縮こまりながらも、バックステップで下がっていった……情けない。

 そのまま、テンペストとハクが見詰め合う。どちらも視線は相手の目線をはずしている。あぁ、やっぱり夢の世界でも『目を合わせたら戦いの合図』というのは共通のようである。その状態で、恐らく1分も経っていないだろうが、テンペストが先に動く。
 動くと言っても、表情を変え、横になるだけである。笑ったようにも見えたが、ポケモンの表情なので、それが本当に笑っているのかどうかは良くわからないけれど。横になったというのは、取りあえず戦意が無いということは確かだろう。その戦意のないテンペストに対し、ハクはどう出るのか……
 首を地面に下ろし、再び休む体勢になったテンペストは、一度だけ低く響き渡る声で鳴く。ゆったりとした優しい調べのその声は、まるでハクを優しく諭すかのようだったが……それを聞いたハクは……自分から、テンペストに近寄って行った? それでもって、丸まったテンペストに抱かれるように座して、こちらの様子をうかがっている。
「ほう……テンペスト、やるな」
「そうだね……」
 すごいな、さすがルギア……海の神と呼ばれるだけあって、包容力は海のように大きいのだろう。それに、予想通りというべきか、夢の世界のポケモン同士ならば言葉は通じるらしい。
「さて、ここからどうする?」
「うーん……テンペストがどういうつもりなのかが良くわからないんだよね。ハクの事を守ってあげているつもりなら、俺が近寄った程度じゃ大丈夫だろうっていう認識をするだろうし……つまり、ハクも俺程度なら近づいても大丈夫って認識されるかもしれない。
「お母さんの周りにいれば、意地悪な兄弟からいじめられることもないということか」
「そんな感じ……なのかなぁ? 多分、ハクもあんまり眠れていなかったと思うから、あそこで眠れるといいんだけれど……さて、次の手は……そうだ、イッカク」
 こういうときは、そう。比較的大人しい子に行ってもらおう。
「イッカクを向かわせるのか?」
「うん……ほら、イッカクはヘラクロスだから、肉を食べるようなことはしない分、ハクもそんなに警戒しないだろうし……イッカクは結構何も考えていないから大人しいしさ。あいつなら、上手くハクに溶け込めると思うんだ……」
「なるほど」
 スバルさんが納得したところで、俺はイッカクのほうを見る。
「イッカク。ハクにこの木の実を届けてやってほしいんだ」
 俺はバッグから木の実を出して、三つをイッカクに渡す。一つは彼女に食べさせるため、もう一つはハクに、最後の一つは当然テンペストに渡すものである。
「そう、それでいいの」
 三つ渡された意味をイッカクはきちんと理解して、『ハクとテンペストに渡せばいいんだよね?』と尋ねてくる。何も考えていないような彼女だが、一応最低限の事は考えているから助かる。
 かくして、イッカクはテンペストに抱かれながらこちらの様子をうかがっているハクの元へと向かう。

 ハクは当然警戒したが、イッカクが持っている木の実を手渡すと、それを咥えて手に取り匂いを嗅ぐ。それだけはまだ安心できないのでイッカクの方を見る。イッカクは、さらにテンペストへ木の実を差し出した。テンペストは面倒くさそうに片目を開けると、サイコキネシスでそれを拾い上げて口に含む。
 一口でそれを飲み込んだ彼女は、再び目をとじて眠る体勢に入る。それを見届けたイッカクは、ハクのほうを見ながら自分の木の実を食べる。彼女が好きなクラボの実。クラボは実がちいさいからすぐに食べ終わってしまうけれど、イッカクは最小限に齧っていって、長い時間その辛い味を楽しむ。
 その光景を見て、ハクもまたお腹がすいてきたらしい。手渡されたナナの実を皮ごと噛み千切り、その甘い中身を堪能する。
「よーし……今日は素直に食べてくれたぞぉ……あと一息」
 その光景は、ミロクが好きな木の実を食べている時と大きな相違はない。ただ、違うところと言えばハクがいかつい事ぐらいであろうか。
「懐かないポケモンをなつかせると言うのも大変なものだな。だが、育て屋をやっていけば、そういう事も多々あるだろうからな……ここできちんと、ノウハウを掴んでおけ?」
「うん、頑張るよ……」
 この状況ならば、俺も近づいて大丈夫だろうか。ハクもイッカクも木の実を食べ終え、イッカクはこちらに戻ってくる。ハクはやっぱり睡眠不足のようで、うとうとしている。今なら、大丈夫かもしれない……添い寝、そう、添い寝が出来れば警戒心はかなり薄れるはず。
 他のポケモンと添い寝をしている光景はハクにも何度か見せたし、ハクもそれは分かるはず。俺は、ハクの警戒心を刺激しないように、ゆっくりと歩いてハクに近寄る。ハクは体を強張らせて、いかにも警戒していると言う風であったが、俺が近づき、プロテクターを着用した体が触れても、拒絶らしい拒絶はしなかった。
 念のためにと思ってプロテクターを着けてきたが、これならテンペストやハクの肌触りを確認するためにも、プロテクターなんて付けない方がよかったかもしれない。ずっと、ハクの体に触れていた。イッカクの体にも触れていた。
 イッカクの体からは完全に力が抜けており、ここは寝るべきなのかと判断したイッカクはそのまま眠ってしまう。俺も寝たフリをしてみると、ハクの体からは徐々に強張りが消えてゆく。やがて、完全に警戒心が消え去ったのか、ハクは程なくして眠りに付いた。
 あまり動いて起こすのもなんなので、ガッツポーズは控えめに。ハクの寝息を聞きながら、俺は静かに達成感に浸っていた。

「で、そのままどうするんだ、お前?」
「うーん……取りあえず、しばらくはハクと一緒に居ようかなぁって思うんだけれど……寝ちゃったから、一緒に寝ちゃうかな?」
「起きるまで時間が掛かりそうだな。付き合っていられないから私は仕事に行くぞ?」
 苦笑しながら、母さんはそういった。そのあと、道行く人(めったにいない)が何人か車やポケモンから降りて、カメラでテンペストを撮影していた。夜が明けて来ていたからフラッシュが焚かれていないのが助かったが、一応そういうのにも注意した方がいいかもしれない。
 案外、フラッシュを焚かれても気にせずに眠ったままかもしれないけれど。
 早朝だったのもあって、俺自身まぶたが少しずつ重くなってくる。プロテクターと作業着と、ハクやテンペストの体温のおかげでこのまま野外でも眠れそうで、ついつい眼を閉じてしまうと、そのまま一時間ほど眠っていたらしく。ハクが起きて体を動かした時に、つられてこちらも起きてしまった。
 ハクは俺の姿を確認しても、黙したまま何も言えなかったが、撫でてあげると体を強張らせながらも逆らわずにいてくれた。まだ、言葉は通じないが、やはりテンペストのおかげで落ち着いているらしい。どうしよう……言葉が通じないって事は、どこまで指示が出来るのかわからないし……
 うーむ……いつになったら言葉を覚えてくれるのだろうか? 春の大会までに覚えてくれればいいのだけれど。

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今朝は、ようやく木の実を食べるようになったハクが人に慣れるように仕向ける作業に時間を費やした。
同じ夢の世界のポケモンならば大丈夫だろうかと思ってテンペストと交流させてみたが、意外や意外。思っていた以上に効果があった。
巨大なテンペストが落ち着いているのを見て、ハクはテンペストのそばならば大丈夫だと思ったらしい。
様々な大会で出場が制限される禁止伝説級のポケモンだけあって、その懐の深さ、安心感はこの現実の世界で警戒しっぱなしだったハクの緊張の糸をうまい具合にほぐれさせてくれたようだ。
それに加えて、ハク越しに俺達人間がそれほど危険で無い事を悟ったのか、イッカクや俺が隣に座る事を許してくれた。
けれど、まだ対戦に出すには指示を理解してくれないところがあるから難しい。ただ、生まれたばかりのポケモンとは違って、彼らにはすでに独自の言語がある。
それが、現実世界のポケモン言語を覚える阻害にならなければいいのだけれど。
指示も出来ない、言葉もわからないではさすがに困る。

それならば、ふむ……言葉のいらないコミュニケーションが必要か。この育て屋の名物、昼食バトルに参加させてみるかな。
昼食となる木の実を賭けて戦いあう仁義なきバトル。例え言葉が通じなくても、それを理解できればいいのだけれど。
いや、その前に。たくさんのポケモンの前に、ハクを出しても大丈夫かどうかということのほうも心配かな。
そう考えてみると、まだまだ色んな心配は絶えないな。

1月4日 朝
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「ハク……でておいで」
 昼食の配給のために集まってきたポケモン達の前にハクを繰り出す。ハクは今まで以上に大量なポケモン達の群れ(50は居る)を見て、怯えるように立ち竦んだ。
 だけれど、俺達は動じない。ハク以外の俺のポケモン全ては平然としている。それを見たハクは怯える必要はないのだと理解して、落ち着きを取り戻した。
 言葉が通じなくたってわかることはあるんだ。いつか言葉が通じるようになったら、もっともっと仲良くなってやるさ。



Ring ( 2014/06/08(日) 19:27 )