BCローテーションバトル奮闘記





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覚醒編
第六十八話:後始末
12月25日

 結局、俺が嘘をついて一般市民を煽動したこと、4人を殺したことは警察にもきちんとばれていたらしい。もちろん、俺は未成年なので逮捕されるということはないが、カウンセラーのような女性に、優しく語り掛けられては『どうしてあんな事を言ったのか』と問いかけられる。
 そんなこと、決まっている。殺されないようにする最善の手段だったからだ。自分と、姉が生き残りたいからあんな嘘をついただけで、相手が俺達を殺すつもりじゃなければあんなことはしなかったと、明言する。
 だから、あれでプラズマ団の奴らが千人死のうと、1万人死のうと、1億人死のうと、先に手を出して来たプラズマ団が悪い。何度聞かれても、俺はかたくなにその意見を変えようとせず、真っ直ぐと訪問者の目を見据え続けた。
「あの騒ぎで、プラズマ団と無関係の奴、プラズマ団に潜入操作をしていた警察やレンジャーが、暴徒と化した民衆に襲われて死んだのなら謝るよ。けれど、いきなり現れて機関銃ぶっ放したプラズマ団がどれだけ苦しんで死のうと、それは自業自得だ。同情も、後悔もしないし、必要ない」
 カズキに色々な事を話す前は、罪の意識に苛まれていたが……俺は、プラズマ団を3人殺して、何十人も救ったんだ。単純な足し算や引き算じゃはかれないだろうが、確実にプラスになったという自負と誇りがある。そして、何より……
「あのまま、もしもプラズマ団の作戦が成功してたら何が起こったのかは知らないけれど……もしそうなっていたら、何人死んだ? 俺のおかげで救われたとは言わないけれどさ、そこんところよく考えて発言してくれよ。正当防衛だろ、完全に。
 それともなんだ? あれよりも多く人を救える手段があるなら言ってみてくれ。それがとても納得できる答えだったら、俺も謝る。俺が何もしないほうが多くの人が生き残ったと確信できるなら、俺も謝るから」
 結局、俺は自分は間違ったことなど何一つしていないと居直る。そうじゃなければ、心が保てないというのもあったのかもしれないが……姉の顔を見ていれれば、ねーちゃんが死んでいいわけがなかったのだと思える。人を殺してでも、自分の欲求をかなえたいなんて下衆な考えを持ったあいつらと、介護用のポケモンの育成を試みている姉。
 どちらがこの世界に必要かなんて、火を見るよりも明らかじゃないか。何より、ポケモンたちは誰一人として罪悪感を感じているものはいないわけだから、俺も罪悪感を感じる必要なんぞない。ポケモンと人間は違うとか、そんな陳腐な反論は聞きたくない。元来優しい性格のオノノクスや、人の気持ちを汲み取るサーナイトなども含めて罪悪感を感じていないのだ。
 如何に心根の優しいポケモンでも、命の危険が差し迫った時は反撃するしかないのだ。そこに善悪は無いし、サーナイトが止めなかったということは、そういう事なのだろう。

 あの時の事を思い出しては、何度か吐き気を堪えながら30分ほど話していたが、結局俺は一度も謝る事をしなかった。あれよりも多く人(少なくとも一般市民)を救える手段なんて、話相手が考えることなんて出来なかったからだ。
 たった十数分で集めた恐怖の感情をムウマージの力に変えただけで、放っておけば街一つを壊滅させられそうな伝説のポケモンの群れを呼び出せたのだ。あの時、チャンピオンやら四天王が秘密裏に待機していなかったらどうなっていたことやら。
 その恐怖の感情からあの場にいた一般人を開放できたのは俺のおかげとまでは言わずとも、ささやかな助けにはなったはずだ。あの狂気が伝播してくれたおかげで、その後レンジャー達が伝ポケを相手にすることができたわけだし、混乱に乗じてこの事件の首謀者だとかいうダークトリニティを抑えられたのだろう。
 結果論として、俺がした事に大きな間違いなんて無いはずなんだ。それに、何よりも……俺と姉はポケモンを出していた。あの状況でポケモンを外に繰り出していれば、それが介護用のポケモンであっても相手にとっては殺害の対象だろう。無残にサーナイトとロトムがやられるところを黙って見てろというのか、その二匹がやられたら、次は俺達じゃないのか? やられる前にやっただけじゃないか。そう反論すると、相手は何も言えないのだ。
 カウンセラーのような女性は、また来るという旨を伝えて、去っていった。何度来ても、俺は意見を変えないし、変えたくない。悪人を救うなんて事が出来るとしたらそれは理想かも知れないが、あの時あの場所で考えるべきことでも、考えられることでもないはず。
 うんざりだった。

「さて、ねーちゃん……行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
 あの日からまだ、1日しか経っていない。ねーちゃんは、恐怖で震えるとか、そういうことこそないものの、目の前で人が蜂の巣にされる光景をしっかり見てしまったせいなのか、食欲もないし夜もあまり眠れなかったらしい。昨夜も寝たふりをしていたが、ほとんどただ布団に入って寝返りを打っているだけだったそうだ。
 カズキも眠れなかったようだし、俺も眠れておらず、眠ってもかなりうなされていたそうだ。まだ精神的な疲れが残っていて、今日もずっと家に火個々持っていたい気分だったが、強くなるためには……立ち止まってなんかいられない。俺自身、まだ何かをしようという気になれないけれど……嫌な気分を忘れておくためにも、無理やりにでも体を動かしたほうがいいのかもしれない。
 そのためにも、嫌なことは早めに済ませて、一つ一つ心を軽くしなければいけない。

 今日はこれから、あの騒動のドサクサに紛れて、連れてきてしまったチラチーノ。スズランのトレーナーの家族に会いに行く。わざわざ名前と所属する会話を調べた俺は、盗んだ財布の中から社員章を見つけて、その連絡先から会社の事務員を通じて遺族との通話の許可を取り、コンタクトまでこぎつけた。
 例の事件での訃報をすでに知っていたのか、電話から聞こえた声は憔悴しきったような声だ。チラチーノのトレーナーのことで俺が話をしたい旨を伝えると、家族は涙ながらに俺を家に呼び出した。
 半ば盗むような形で……というか、法律上ではそうなるのだろうけれど、そうやって連れてきたポケモンだけに、持ち主には返さないといけない。だが、その持ち主は死んでいる……スズランの、今後の見の振り方をどうするかは、家族に会って決める事になった。

 チラチーノのトレーナーは、実家から職場に通っており、実家というのはブラックシティにあるようだ。そこまでの道のりを、自転車で駆け抜け、近くまでたどり着いたら、ナビを頼りに待ち合わせの喫茶店店まで歩く。そこで、チラチーノとコジョンドを外に出して、それを目印にして待つ。
「すみません、キズナさん……でよろしいでしょうか?」
「え、あぁ……」
 トレーナーの母親なのだろう、50ほどの女性の顔は泣いた跡が見える顔だった。
 家に案内された俺は、今のテーブルに案内され、温かいお茶を出されてそれで手を温めながら、俺は気まずい時間を過ごした。
「……スズランちゃん、貴方の元から離れませんね」
「えぇ、はい……ご主人の敵を取ったのが私なので……味方だと、思われているみたいです」
 そう言って、座った椅子の傍でちょこんと座っている彼の頭を撫でる。スズランは撫でてもらいやすいように体を傾けて、僅かに体を震わせた。
「私の息子は、最後……どのような感じでしたか?」
「俺と一緒に、不審者を取り押さえていました。ポケモンも、自分自身もものすごく強くって……えぇ、見ていた人は格好良いと思ったのではないでしょうかね。
 ただ、連続で爆弾が起爆してから、すぐに銃撃があったのですが……その時は、伏せるのも間に合わずに、ウルガモスともども殺されてしまいました。その時、生き残ったのがこの子、スズランで……うぐっ……」
 あの時の光景を思い出すと、吐き気がこみ上げた。俺自身思い出してはいけないと思ったから、考えないようにしてきたが……記憶と向き合うと、結構辛いものだな。
「大丈夫ですか? 無理をしないで下さい……」
「いや、大丈夫……」
 それでも、俺は乗り越えなきゃならないんだ……俺は正しい、間違っちゃいない。
「他の客達は、何らかの妨害装置によってボールからポケモンを出せない状態でしたので……そういうときでもボールを叩き割ればポケモンを繰り出すことが出来ると知っていた俺は……ポケモンを出してプラズマ団を殺しました」
「殺したのですか……?」
「仇討ちしたと、言ったでしょう? すでにニュースにもなってますよ……」
「そう、大変だったのね……」
 そんな反応で済ませるあたり、母親は感覚が鈍っているのか、それともいい気味だと思っているのか。驚きはしたようだが、その驚きにも元気が無いのは、張り合いが無い。こんなところで突っかかられても困るが。

「それで、相手は素人に毛が生えた程度だったので……俺のポケモンで何とかなったんですが……プラズマ団が最後の一人になったときに、小さな子供を人質にとったとんです。その時、この子がそいつを叩きのめしてくれましてね……
 俺と一緒なら安全だと思ったのかどうかは知りませんが、その時から、ボールもないのに付いてくるんです……」

 それしか、知らない。一応、警備員のお兄さんの名前は、財布の中にあった免許証や社員章から知っているけれど……逆にあっちは俺の名前も何も知らないのだ。だから、こうしてその家族と話しているというのはなんとも不思議な感覚だった。
 普通に暮らしていれば、会うことも話す事もなかったであろう人と、あの事件で起きた偶然によってこうして話す経験……カズキとも、ある意味そうなのだろうけれど、今回は年齢が違いすぎて仲良くなれそうにないという点ではまったく違うのか。
「なるほど……息子が残したポケモンだから、返して欲しいとも思ったけれど、どうしたものかねぇ……」
 俺も、立場は違うが同じ気持ちだった。決して弱くはないポケモンだし、だからこの子が欲しいといえば欲しいし……けれど、返さなくてはいけないとも思える。

「お前、どうする……? 俺は、お前が俺の手元に来るならば、ポケモンバトルに出して一緒に強くなっていこうと思う。逆に、ご主人の家族に引き取られるならば……えと、どうします?」
「さあねぇ……私も、ポケモンバトルという年でもないし、私じゃあバトルもそこそこにする程度になってしまう気がします」
「だとさ。お前はどうするんだ? スズラン」
 結局、俺とトレーナーの母親は、スズランの自由にさせてあげることで、特に話し合いらしいものもなく決まる。主人を失った後で、かわりの誰かを求めるでも、野性に戻るでも、どんな選択肢を取ろうともうこいつの自由だろう。
 スズランは、テーブルの上に飛び乗ると、トレーナーの母親の方に一度目をやり、挨拶するかのように頭を下げる。そして、すぐに俺のほうに振り返ると、胸に飛び込んできた。
 古くから毛皮として珍重されたチラチーノの美しい毛皮。特に、背中に背負う尻尾ともマフラーとも付かない純白の体毛が、思わずそっと抱き込んだ俺の指に絡まり、そして滑らかに指の間を通り抜ける。
「……だ、そうです」
 スズランは、結局俺と一緒に居る事を選んだ。結局という言葉を使うほどに長く一緒に居たわけではないけれど、まだ不安そうな表情を見るに、悩んでいることは伝わってくる。コロモは、『スズランはキズナに感謝している』と言っていた。
 それが、仇を取ってくれた事に付いてなのか、敵を減らしてくれた事に対してなのか。それとも、多くの命を助けたことで、警備員としての義務を少しでも果たせた事に対する恩義なのか。もしくは全部か、他の理由か。
 昨日は詳しく聞く気力もなかったが、今後少しずつ聞いて、こいつの性格を把握しておくべきかもしれないな。
「……すみません。息子さんのポケモンを、勝手に持っていく形になってしまって」
「いいのですよ。にわかには信じがたいですが……警察の方から小学生くらいの女の子がプラズマ団を何人も殺して言ったと聞いて、むしろお礼をしたいくらいでしたし。いまどき、仇討ちなんて古いことかもしれませんけれど……いざ自分がしてもらう立場になったら、悪いものではないのですねぇ……」
「本当は、殺される前に救えたならばそれが一番いいのですがね……俺には、そんな器用なことは出来ませんでした」
 仇討ちとか、そんなつもりで殺したわけじゃないし……褒められて喜ぶべきなのか分からないトレーナーの母親の言葉は、むずがゆいとか、嫌悪感を感じるとかではなく、怒りとも悲しみとも付かないもやもやとした感情がわきあがるばかりであった。
「いいのよ。どうにも出来ないことはあるし、貴方のせいではないもの」
 そんな慰めを受けると、俺は涙がこぼれた。大切な人を失ったわけではないが……他の人が大切な人を失いまくって、その気持ちを創造するだけでも涙が出る。その上、こんな風に気丈に振る舞う母親を見ていると、もっとうまい方法があったんじゃないかと、後悔の念ばかりが沸いてくる。
 恐らく、うまい手なんてものはないというのに……何かきっかけがあるたびに考えてしまいそうだ。


 そうして、スズランを譲り受ける事を承諾してもらった俺は、帰り道のコンビニでボールを買って、その中にスズランを収納する。家でボールに入れないポケモンの分もついでに購入しておいた。
「よろしくな、スズラン」
 そう言って、彼の頭を撫でてあげると、横にいたアサヒが嫉妬しているのか、撫でてほしそうに上目遣いをしてくる。こういうときくらい、ぐっと堪えてくれればいいのにと思ったが、アサヒも俺に元気が無いのが心配なのだろう。
 少しでも気が紛れればと思って、抱き上げて頬ずりして、ほっぺを軽くつねってみたり、頬にキスをしたり、いつもよりもサービスして可愛がってあげる。構ってもらえて嬉しいのか、アサヒは気分がよさそうに俺に頬ずりを返してきた。
 ポケモン達は、あの時の出来事を余り気にしていない。ポケモンが図太いのか、それとも人間が神経質すぎるのかは分からないけれど、アサヒが見せるいつもどおりの仕草を見ていると、早く元気を取り戻さなくちゃいけないと思えてくる。
 まだまだ時間は掛かるだろうけれど、きっと……ポケモン達に胸を張って指示をできるように立ち直らないといけないな。
「アサヒ……スズランとは、仲良くしてくれよな?」
 そう語り掛けると、アサヒはしぶしぶながらに頷いた。甘え上手な強力なライバルだとか、スズランはそういう風に見られているのかもしれない。
「さて、と……」
 カズキに、メールでも送るかな。

 ◇

「朝早くからすみません……一応、見せておくべきかなと思いまして」
 キズナの家から午前7時に出て、俺は午前9時ごろにユウジさんの家を訪ねる。彼にとって、どれほど思い入れがあるかは分からないがママンはクリスマスプレゼントとして、ユウジさんから譲り受けたポケモンだ。
 それを、寿命を待たずして死に追いやってしまったこと。それを、謝罪しなければならないと、俺は食われずに残ったカマを差し出す。
「いや、朝早くもないし、構わないよ。どうせ仕事は16時からだし……」
 そう言って、ユウジさんはママンの亡骸の一部であるカマを包んでいたバスタオルを開き、ママンの亡骸の一部を覗く。季節が冬であるせいか、死体は特に劣化もしていないし、異臭も発生していない、俺が磨いたせいもあるが綺麗なものであった。
「ありがとう……もういいよ」
 そう言ってユウジさんはバスタオルを閉じた。

「なんか食っていくか?」
 バスタオルを俺に返したユウジさんが持ちかける。俺も、食欲はなかったけれど、ここで断るのも悪い気がしたので、その言葉に甘える事にした。
 昨夜はユウジさんも食欲がなくなったらしく、予想以上に余ったクリスマスの料理やケーキの残りをテーブルに並べて振る舞われ、俺は味わうものも味わえない食事を口にする。美味しい料理なのに、心が躍らなかった。俺達2人の様子を、ゾロアークのアイルは部屋の隅から固唾を呑んで見守っている。いつもは幻影を使って何らかの歓迎をしてくれるようなお茶目な面もあるけれど、こういうときは流石に空気を読んでいるようだった。
「お前を守ってもらうために、その子をゲットしてきたが……立派な奴だったな」
「はい。何度も何度も、守ってもらいました。母親が連れてきた男を追い払う時も、母親を殺すときも、今回の時も……」
 何度も、そうやって命を救ってくれたり、俺の事を助けてくれたのに……ランドロスをゲットできると思って浮かれていたなんて、笑い話にもなりゃしない。
「……まぁ、しょげたって仕方ないさ。重要なのは、ママンにとってお前が守るだけの価値があったってことだ」
「そうだと良いんですけれど」
「人間の寿命はハハコモリよりも長いからな。単純計算でそれだけでもお前を守った意味はある。そして、それだけじゃない……いや、俺も最初は、お前の事をただの可哀想なガキだと思ってたよ。俺の事を慕ってくれるから、可愛くってついつい世話しちゃったくらいにしか考えていなかったさ。
 けれど、お前はすごいよ。育て屋のブログにアップされている戦いの映像を見ているだけでも、お前が成長しているのがわかる。その才能を間近で見ているママンなら、お前の価値を誰よりも理解していたおかしくないんじゃないのかな?」
「はい……でも、それは俺のポケモンが頑張っているからであって……」
「お前も頑張っているよ。それは保障する」
 励まされたが、どう答えればいいのかわからず、俺は口を閉ざす。
「それに、ママンは愛されていたんだろう? お前にも、仲間にも。良いじゃないか……皆に見取ってもらえるなんて幸せなもんだよ」
「……死んだショックで、トリが進化したりしましたからね。それを考えると、確かに愛されていたのかも」
 その言葉の後に、長い沈黙が流れる。
「悲しむとは言わないよ。ただ、前を向いて歩けよ」
「はい……」
 そういわれても元気を出せない俺に、ユウジさんは立ち上がり、俺の事を後ろから抱きしめる。
「お前のこと、どこまで理解してやれているか、自信はない。けれどさー、お前の事を気にかけてくれる人がいるし、お前を大切に思っている人がいる。ママンはその一部だ。
 だから俺はお前に元気になって欲しいし、きっとママンだってそうだろうよ」
 背中からささやくように語り掛けられ、俺は静かに涙を流す。こんなときに恥ずかしがっている場合じゃないとはわかっているけれど泣き顔を見られないこの体勢はありがたかった。
「なんならさ、お前のポケモンの言葉をきちんと聞いてみるか? 俺のアイルはテレパシーで会話できるから、通訳ならばお手の物だし」
 言いながら、ユウジさんは部屋の隅にいるゾロアークに目を向ける
<……まぁ、元気出しなよ>
 話しかけられたアイルは、力ない笑顔をこちらに向けて言う。
「大丈夫、分かってるから……アイル」

 そう言って俺は立ち上がり、ユウジさんの腕をやんわりと払って、アイルの元に向かう。
「お前も、俺の事励ましてくれるんだな……」
<付き合いもそれなりにあるしね……放っては置けないよ>
「ありがとう」
 今度は俺からアイルを抱きしめ、その毛皮の感触と肉食獣の匂いを堪能する。
「けれど、必要ないよ、アイル。ポケモンが喋っていることくらいならなんとなく分かるから。ゼロは、『女に食べてもらえるなんて幸せじゃないか』とか言っていたし、トリは『今までありがとうございました』って。サミダレは、『お前のこと、嫌いじゃなかったぜ。いなくなったら寂しくなるな』って。
 イッカクは『貴方の死は無駄にしないわ』って。ミロクは『短い間だったけれど、君と出会えたことは誇らしい』って……なんとなくだけれどさ。そんな風な事を言っているような気がしたんだ……」
「やっぱすげえわお前。いつしかNを超えちまうんじゃないか?」
「……どうでしょうね、ユウジさん」
<僕は自分が特別な存在だと思っているけれど、君もなかなか特別だよね。カズキ君>
 会話をしているうちに、俺はさっきよりもいい気分になっていた。最初はそれが、ユウジさんやアイルに褒められたからだと思ったが、それはどうも違うようだ。
 多分、それは仲間たちの言葉を口に出してみたからだ。それを口に出すことで、ママンが愛されていて、俺が愛されていて……それを、再認識できたからだ。
「そうですね、ユウジさん。俺は多分、すごいです……でも、俺1人ですごくなれたわけじゃないんです。育ててくれた人、助けてくれた人、付き合ってくれた人。俺に才能があったとして、それを育ててくれた人たち……そういう人も皆すごいんです」
 自分のセリフは、どこかで聞いたセリフだと思ったら、そうだ。バンジロウさんのセリフだ。
「俺、ポケモンとか、ユウジさんとか、スバルさんとか、キズナとか、色んな人に支えられて生きてきましたし、今も支えられてます。ママンの事も絶対無駄にしません……だから、必ず立ち上がります。今だけは泣かせてください」

「別に、泣く事を咎めたりはしないさ……っていうか。そこまでわかっているならばもう大丈夫だろ。好きなだけ泣いて行けよ」
 ユウジさんは安心したように微笑んだ。状況が状況なので、喜んでいるのかいないのかよくわからないような表情だが、それでも、俺がある程度気持ちに整理をつけられた事に安心していることは伝わってくる。
「ありがとうございます……」
 また涙が溢れた。だけれど、さっきまでのような悲しみの涙だけじゃなく、今は支えてくれる人たちに対して感謝の思いがこみ上げてきた末の涙だ。同じ涙だけれど、違う気分で流した涙は、ちょっとだけ気持ちが良い気がした。


 ひとしきり泣いた俺は、涙も枯れたころにユウジさんの家を出て、ママンがかつて住んでいたホワイトブッシュへと赴く。最後に、このカマを森に返さないといけない。
 死体を捨てていくのは法律とか常識的に考えてどうかと思うようなところはあるけれど、ここで生まれたポケモンなんだし、ここに返してあげるのがいいだろう。一応、ヌシ様やヨツギがいたら挨拶もしていきたいし。
 この森を守っているポケモンレンジャーのヨシオさんにメールを送ってみると、いつか自然に還るから好きにして大丈夫との事。まぁ、『とはいえ、あまり尾おっぴらに見つかったら面倒になるかもしれないから程ほどにして置きましょう』(誤字直そうよ)とも言われが。
 しばらく森を散策しながら森のポケモン達から話を聞いて、ヌシ様を探す。その過程で、ハハコモリを見つけると、こいつらがもしも俺の仲間になっていたら、ママンのようにかばってくれたのだろうかとか、そんな事を考えてしまって、なんだか感慨深い気分になった。

「こんにちは、ヌシ様」
 しばらく歩いていると、ポケモン達からの言葉どおり、ホワイトブッシュの中層にてヌシ様に出会う。相変わらず、見上げる位置に顔がある圧倒的な大きさである。それでいて美しく気品が感じられるビリジオンは、いつ見ても気高い存在だ。
 彼女が小さく呻くように鳴き声をあげる。思い浮かぶのは、狩りのイメージ。
「いえ、今日は狩りにきたわけではありません……その、ここでゲットしたポケモンが、戦死してしまいまして……なので、死体をこの森に返そうと思ったのです。迷惑でなければ……」
 俺がそう言うと、ヌシ様は頷き、好きにしろと言ってくる。
「分かりました……ありがとうございます。また、ノミ避けの薬持って来ますね」
 彼女にとってはお礼を言われるようなことでもないかもしれないが、俺は取りあえず頭を下げる。ヌシ様はその俺の頭に鼻先を押し付けて頭を上げさせ、微笑む。美しい尻を向けて一瞥した彼女は、『そこまでかしこまられると逆に調子が狂う』と言っているようだった。
 森は、俺達人間にとってもそこまで堅苦しい場所ではないようである。
「……トリ、ゼロ、ミロク、イッカク、サミダレ。出ておいで」
 ともかく、お許しを貰ったことだし、きちんとやる事を済ませておかないといけない。手持ちのうち、昨日手に入れたランドロス以外のポケモンを出して、見送りに参加させる。
「お別れだ」
 堅すぎるために誰も食べようとしなかった(サミダレなら丸呑みで何とかなるだろうが)バスタオルに包まれたカマをそっと地面に置き、俺は仲間を振り返る。
「今回、ママンが死んだのは、事故のせいかもしれないし、俺のせいかもしれない。だから、お前たち行き場のない怒りを覚えているのであれば、それは俺に向けて欲しい……その方が、まだ罪の意識も和らいでくれる。
 けれど、お前たちに頼みたいことがあるんだ。これ以上、皆には死なないで貰いたい……そりゃ、寿命で死んでしなったりするのは仕方が無いから、それについては何も言わない。けれど、ママンのように俺や、別のポケモンをかばう時……自分が犠牲になっても良いとか、考えないで欲しい。
 自分も相手も生き残って、格好つけて欲しいんだ。そうすれば、皆笑顔でこの日を迎えられたはずだから」
 そう言ってから、俺は自分のポケモンを真っ直ぐと見つめる。ポケモン達は俺を責める様な表情など一切取らず、俺の言葉に頷いているような様子だった。
 分かってる。行き場のない怒りを覚えているのは、俺だけなんだ。何かのせいにしないと……もとを正せばルギア。さらに言えばプラズマ団のせいなんだけれど、それ以外の何かのせいにしないと、落ち着かない。
 だけれど、プラズマ団を恨んでもどうにもならないし、ルギアにだって怒りは覚えるけれど、いきなりこの街に呼び出されたという事を省みれば、混乱して暴れまわるのも仕方が無いと思う。結局、ママンは俺をかばって死んだけれど、それは俺のせいではない……と、皆は思っているのだろう。

 誰かを恨みたいのに、誰も恨むことができない……それがこんなに辛いことだったなんてな。
 そんな事に思いを馳せながらポケモン達を眺めた俺は、足元に置いたカマに腐葉土をかぶせる。軍手が一瞬でこげ茶色に染まり、軽い土をかぶせるだけでカマは隠れて見えなくなった。ふと、周りを見ればヌシ様は遠くから俺達の事を見守っていてくれたようだ。
「ヌシ様。いつも森をお守りいただき、ありがとうございます……またいつか、ここのポケモンを捕まえに来るかもしれませんし、狩りに来るかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
 恐らくその声は遠くて聞こえなかったであろうが、何かかしこまっていることだけは伝わったらしい。人間はやっぱりわからんという風な表情をして、今度こそヌシ様はどこかへ消えてゆくのであった。
「帰ろうか……」


 帰りがけ、俺はポケモンレンジャーのヨシオさんとマコトさんに会い、今回の事件についての事で、新しい情報を手に入れる。
 プラズマ団は、本来アルセウスをこの世界に引きずり出す予定だったこと。このホワイトブッシュで行われたデモは、ただの陽動作戦であって、参加者達はポケモンを出すような真似もせず(というか、強いポケモンはブラックモールの方に兵力として回されていたらしい)、気持ち悪いほど静かだったということ。
 もしも作戦が成功していたら、ポケモンレンジャーでさえもどこまで対抗できるか地震がもてなかったということ。民間人が戦いに参加したことは不本意ながら助かったと語っていた。
 そして、ギーマさんが人知れず計画を察知して準備をしていなければ、作戦は成功していただろう事。ダークライも、ところどころに敵を暗黒の空間に引きずり込んだり、客を安全な場所に逃がすための『穴』を設置してギーマさんが集めたトレーナーたちの手助けをしていたらしく、近頃の怪奇現象もその準備に構っていたせいで街の歪を矯正できなかったせいだという。
 この事件に関しては色々と機密の情報はあるらしいが、ここまでは一般公開してもいい情報なのだと最後に付け加えていた。機密の情報とやらが気になるが、どうせ教えてはもらえない事だろうし、聞かないで置いた。

「まぁ、そんなところだ……カズキ、お前はランドロスをゲットしてくれたんだってな。ルギアを追っていたレンジャーの間で、噂になっていたよ……連れていたポケモンとか、スバルさんが近くにいたらしいって情報から、お前だと思うけれど」
「えぇ……俺です……」
「なんというか、それについてはありがとう。本来市民を守るべきポケモンレンジャーとして、代わりに守ってくれたことに礼を言う」
 マコトさんに褒められた俺だけれど、あまり嬉しさは感じなかった。
「あの、それだけの事を知っているのならば……キズナが、色々やってしまったことを……知っていますか?」
 確か、ヨシオさんはキズナのお隣さんである。例の事も知っている可能性はある。だから、と思ってキズナとは昔からの知り合いであるらしいヨシオさんだけを連れ出し、話を聞いてみる。
「……知っています。俺達一般の隊員には誰がやったかは知らされないですが、ポケモンの種類とか、車椅子の姉がいるという特徴だけ聞いてすぐにピンと来ました。あの子らしいといえばらしいことです」
「レンジャーから見て、キズナがやったことは、正しいと思いますか?」
「法律を遵守しなきゃいけない立場からしてみれば、許せないことだですが……ただ、逆に犯人を殺したいほど憎んでいるような犯罪の被害者を見た事もある身としては……恐らく、誰よりも他人の意見を尊重したって所じゃないかな。
 それに、あれのおかげでプラズマ団が早々に降伏する姿勢を見せた。それがなかったらどちらが負けていたかも分からない、となれば……」
 そこから先は、言うことがはばかられるのか、ヨシオさんは口を噤む。
「まぁ、あれだよ。一つの視点から物事を判断することは出来ないって事。キズナちゃんが未成年じゃなきゃ、最悪の場合には逮捕しなきゃいけないのがつらいところだよね」
 ヨシオさんが社会人としてポケモンレンジャーとしての立場から語る言葉と、1人の人間として語る言葉。キズナを慰める言葉をかけられるのは、後者だけだ。恐らく、いつかは前者の言葉も受け入れなくてはいけない時が来るのだろうけれど、今はキズナにその事を意識させるのはよそう。
 俺もキズナも、また笑える日が早く来て欲しいから。

 レンジャーの2人とも別れた後に携帯電話を確認してみると、キズナからのメールがあった。こんな状態だけれど、正月にデートをしたいという内容だった。のんきなことだけれど、少しでも気分を変えられるのであれば、それもいいかなと俺は思う。


Ring ( 2014/05/10(土) 22:24 )