BCローテーションバトル奮闘記





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覚醒編
第六十六話:救援へ


 母さんは、朝の段階ですでにミニガンによる機銃掃射すら跳ね返すと言う触れ込みの特殊合金製のアタッシュケースにありったけのポケモンをつめてブラックモールへと向かう準備をしていたようだ。その事をずっと秘密にして何も言わなかったため、俺がメールを受けて、再度『キズナとデートをしたいかブラックモールへ行きたい』と申し出た時に、キズナたちを早く家に帰るように伝えろと命令された。

 その理由は、まさしく寝耳に水だった。ギーマさんがいろいろ動いて、このホワイトフォレストとブラックシティに変な動きをする団体を見つけたそうで(俺達も知っている例のポケモン狩猟反対の団体関係らしい)それが行動するであろう場所が、ギーマさんのアブソルが妙にそわそわしていたブラックモールだそうで。
 だから、今日という日にブラックモールにいることは危険だと。だから、キズナ達がそこにいると知った時は、すぐに帰るように連絡したのだけれど、それっきり全く携帯電話が通じない。一体どうなっているんだ。
 スバルさんはその時点で、モンスターボールを満載にしたアタッシュケースを置いていた管理棟にすぐさま戻り、ケースを手にするなりサザンドラのトリニティを繰り出す。
「行って来る……」
 そして挨拶をする間も無くそう言って現場に急行しようとした。母さんの服を掴む。
「何のつもりだ、カズキ?」
「母さん……俺も一緒に行きたい、キズナが心配だから……」
「断る。危険だ」
「分かってるけれど、でも……」
 母さんは諦めずに食い下がる俺の手を振り返ってから掴み、捻りあげる。
「痛っ……!」
 見上げてみれば、厳しく冷たい視線で母さんが俺を見下ろしていた。
「この程度の関節技も防げないお前がか? ほれ、確かに大人の腕力でねじ伏せてはいるが、私はほとんど力を込めてはいないぞ? このまま捻り壊されたいか? そうすれば一緒に行きたいという気持ちも湧き起こらぬだろう?」
 俺は何も言えなかった。スバルさんから身を守れなくても恥ではないが、俺はスバルさん以上に危険かもしれない場所へと赴こうとしているんだから、これじゃ死んでも文句言えない。
「カズキ。お前が……言いたい事は分かる」
 スバルさんから厳しい目つきが消えて、小さくため息をつく。
「キズナ達を助けたいのだろうし、じっとしてはいられないのだろうが。けれど、だからと言ってお前を危険に晒すわけにはいかん」
「でも……」
「『でも』も何もない! 私がお前を連れて行かないのは、お前が弱いからではない! 私の半分も生きていないからだ! それに何より、お前は私の子だ!! 親より子供が先に死ぬことは許さんぞ!」
 面と向かって、俺は目の前に居る女性に親であると主張されてしまう。いや、そうだ……ずっと、そういう風に思おうとしながら暮らしてきたけれど……こんな非常時だけれど、母さんが本気で俺を子供だと思っていてくれたことが嬉しかった。
 でも、それとこれとは話が別だ……
「分かった……でも、遠くから見守ることだけは許可させて。ブラックモールの中には絶対に入らないから……ただ、キズナを一目でも見られれば……」
「その言葉に偽りはないな? 言葉を反故にすれば、爪を全部剥がされる覚悟はいいか?」
 スバルさんが、俺の目を真っ直ぐに見る。こんなこと、絶対に嘘はつけない。嘘をつけば、殴られるじゃすまないのは分かっているし、今後絶対にこういうわがままは聞いてもらえないだろうから。
「うん。嘘をついたとき、ばれた時にどうなるか、考えるだけでも怖いくらいだし……怖いからだけじゃない。母さんが俺を息子として思ってくれるなら、俺だって誠実であるべきだと思うし……」
「いいだろう。だが、その場に赴いたとして……キズナがいる保障はまったくないし、すれ違いになる可能性もあるぞ? ましてやこの電波だ……電話をしようとしても、どこにも通じない、テレビもつかない状態だ。お互いに連絡すら取れないだろう……もちろん、私ともだ。それでもいいのだな?」
「分かってる……自己満足でしかないかもしれないけれど……母さんを、見送るだけでも、しておきたい」
「ならばもう何も言わぬ。行くぞ」
 スバルさんは俺の手をとり、セッカシティの時とは違って俺を後ろに乗せる。
「頼むぞ、トリニティ」
 重い空気を携えた物言いで、スバルさんは言う。今、ブラックモールにはギーマさんやオリザさんが先んじて警戒にあたっているらしい。元彼と恋仲の男……それに加えて、俺の恋人までいるからと、真っ先に助けに行こうとしたはいいが、そういった大切な人物があの場にいないのならば、こうして助けに行く気も起きなかったのであろう。
 俺だって、ブラックモールで警戒中だというギーマさんやオリザさんには悪いが、キズナがあの場所にいなければ……少なくとも行きたくはない。だから、行っても本当に見守るだけしか出来ないだろう……それじゃあ何のためにいくのかって言う話になるけれど、とにかく、スバルさんの言ったとおり何かをしていないと落ち着かないのだ。

 冬の空は恐ろしく寒く、普通の防寒具しか装備していない身では辛い。かといって、飛行用の防寒具に着替える時間があるはずもなく、俺もスバルさんも凍えて震えているのがわかる。そんな体の震えを感じているうちに、ふと思う。
 もしものことがあれば、こうして母さん感じていられるのも今日が最後であると言う事をすっかり忘れていたのだ。それを考え出して、俺はいつもよりもずっと強く母さんの体を抱いて、その背中に体を預ける。
 キズナの事も余計心配になってしまい、考えても仕方のないことだと分かっているのに、考えるのをやめることが出来ずにいた。
 空を飛んでいると、ブラックモールでは、雷が落ちたり大型の鳥系のポケモンや屈強そうなドラゴンが飛んでいたりとカオスな様相を呈している。その中には、バンジロウさんの手持ちと思われるラティアスがいたような気もした。そう言えば、サンタレースに出場しているとか言っていたっけ。
 そして気になるのは、このタイミングで森に火の手が上がっているという事。スバルさん曰く、今日ホワイトブッシュで行われるポケモン狩猟反対の団体は、レンジャー達の陽動を行う立場らしいけれど、あの森の家事も、レンジャー達の目を逸らしてブラックモールへの警備を手薄にする作戦なのだろうか?


「逃げている人が何人もいる……」
 そんなことを考えながらブラックモールへと近づいてゆくと、逃げ延びてきたトレーナー達とすれ違う。ゼブライカなどのように、背中に乗って地を駆けて、コンクリートで舗装された田畑のわき道を逃げるトレーナー。ドラゴンに跨ったり、鳥につかまったりして飛んで逃げるトレーナー……。本来はバスや車、地下鉄で行くようなブラックモールから、徒歩で逃げるトレーナー。どうやら、何かあったようである……逃げなきゃいけないほどの何かが。
 この中にキズナもいるのだろうか? いても見つかる保証は全くないけれど。

「……なんだあれは?」
 そんな光景を空から見下ろしていると、不意に前方からとてつもなく巨大な気配。母さんが先に気付き、俺も続いてそれに気付く。
「なんか、雲行きが怪しいってレベルじゃ……まって、あれって……ルギア!?」
 周囲の天候が一気に悪くなり、雨雲が覆っている。これで森の家事も消えるだろうかと考えたのもつかの間。ブラックモールから、超弩級の巨大なポケモンたちが……何匹も来ている。シンオウの次元竜とか、ジョウトの怪鳥とか、イッシュの三霊獣とか……その中のランドロスがこっちに向かってきているし、少し遅れてルギアも迫ってきている。
「一体何がどうなっている……トリニティ、下ろせ! あいつら興奮してやがる。奴ら興奮して、逃げている奴らを片っ端から襲ってくるぞ!」
「ルギアって大人しいポケモンじゃないの?」
「知るかカズキ!! それよりもどうする? この中にきっとキズナはいない……大切な人じゃないなら、無視してもバチは当たらんぞ?」
 確かに……今襲われている人は大切な人じゃないけれど。あのポケモンは、並大抵のポケモンじゃ倒せないだろう。ランドロスなら開き直って立ち向かえばなんとでもなりそうだけれど、ルギアはスバルさんでもなければ無理だ。
 逆に言えば、今ここにスバルさんがいると言うことだし……勝てる可能性はある。なら、見殺しにも出来ない。
「義を見てせざるは勇無きなり……やってやるさ。母さん……ブラックモールには入らないから、いいよね?」
「良いだろう……ほら、ハイパーボールだ。もし捕獲できそうなら大事に使えよ」
「あ……ありがとう」
 スバルさんは、作業着の内ポケットからハイパーボールを取り出し、二つを俺に譲ってくれた。そういえば、俺はマスターボールをお守り代わりに持っているから……いざとなれば、ランドロスもそれで捕獲してしまえばいい。

「死ぬなよ。霊獣フォルムのあいつの攻撃力はオノノクスに匹敵するからな? まともにくらえば私でも死ぬぞ」
「う、うん……」
 願っても無いポケモンをゲットできる機会だが、どうやらキズナがどうとか言っていられる場合じゃないようだ。と、とにかく……ランドロスが相手なら氷タイプの技を使えるポケモン……そうだ、サミダレだ。幸い、ルギアが羽ばたいたおかげで周囲は嵐……すいすいの特性が発動できる状態だ。
「カズキ、お前はランドロスをやれ! 私はルギアを叩く。ルギアには手を出すな、最悪死ぬぞ!?」
「わ、分かった……」
 トリニティの高度がある程度まで下がったところで、俺は母さんの胴に回していた腕を解いて飛び降りた。俺を下ろし終えると、スバルさんは一度ランドロスを避けるように迂回する。

 俺はなぜか調子の悪いボールの開閉ボタンを何度も押してサミダレを繰り出す。
「サミダレ、あの飛んでいる奴に熱湯だ!! 一発目はわざとはずせ!!」
 今現在襲われている人への攻撃を中断させるように熱湯を命令する。わざとはずして撃ってくれという命令を忠実にサミダレが実行し、ランドロスを威嚇する。
「大丈夫ですか? 私達が何とかしますから、逃げてください……」
「あぁ、ありがとうございます……」
 その女性は、ペンドラーに乗ってランドロスから逃げていた。何人かの人間はすでに襲われて重傷のようだが、この人は運よくほとんど無傷。ランドロスめ、ただ攻撃することが目的かよ? 飯を食いたいだけなら、もう殺した人間がいるんだし、それを食えばいいじゃないか……ただ暴れるだけ立ってんなら、こちらも容赦は出来ない。
 とはいえ、狩りの邪魔をする意思はあるが、人間に手を出さないのであれば敵意を持たないことだけは伝えないと……そうじゃないと、あちらの方も戦うしか選択肢がなくなってしまう。どんな時でも、相手から選択肢を奪いすぎてはいけない……何も出来なくなったら、なにをしでかすか分からない。

 空中を走るように飛ぶランドロスは、俺達を睨む。目を合わせてはいけない……見る場所は相手のお腹辺り。あ、雄だ……そういえば霊獣は雄しかいないんだっけか。
 怯えた様子は絶対に見せちゃいけない。たとえ、怒っていなかろうと、興奮してもいなかろうと……野生のポケモンは腹が減っていれば襲ってくるから、弱そうな獲物だと思わせてはいけない。雨と強風という、死にたくなるような寒さのコンボの中、俺とランドロスは見つめあう。しかし、どうしてこんなところにランドロスが?
 こんなポケモン……ホワイトフォレストにもブラックシティにもいないはず。

 今回のテロを起こした組織の手持ちだろうか? それが暴走でもしたのだろうか?
 この世界のポケモンは、なんだかんだで人間がモンスターボールとかそういうものを持っているのを知っているし、人間に捕まえてもらえば楽な性格が出来ると知って、自ら捕まりに来る者だっている。そういった人間に捕まるのを断固拒否する個体もいるにはいるけれど……このランドロスはどっちだ? 素通りしろ、素通りしろ……そうすれば、余計な戦いなんてしないで済むぞ。
 しかし、『グルルルルゥ……』と、唸り声。空中から渦巻き描くように歩きなつつの接近。そして、伝わってきた赤の……血のイメージ。俺を食うつもりか? それとも、人間に何かをされた腹いせなのか?
「ともかく……いくら雨の状態でもサミダレだけじゃさすがに心もとない」
 息を吸う。
「ウオラァッ!!」
 と、腹の底から大声を出して敵を威嚇。驚いた隙に、出来る限りの速度ですべてのポケモンを繰り出した。途中何回かボールが作動しなかったために焦ったが、ともかく全員を出すことには成功したようだ。
「トリ、追い風! ミロクは壁を張って! そしたらサミダレはひたすらあいつに凍える風。誤射に気をつけて! イッカクは打ち落とす攻撃、他はチャンスがあったら攻撃して!」
 他、というのはゼロやママンの事だ。今回は誤射が怖いのであまり積極的に攻撃するのも難しそうだが……というより、ほとんど何の考えもなく出してしまったが、飛行タイプに弱いポケモンが多い。攻撃をくらってしまわないように注意しなきゃ。しかも今回は俺も他人事じゃない……育て屋でポケモンに襲われた時のために備えていたナイフを構えておこう。気休めにしかならないけれど、ないよりはマシだろう。
 俺達が戦っている場所はコンクリートの上……同じ道の延長線上にいる人たちは、走りやすい道を諦めて畑の中を走り出したから、多分誤射の心配は仲間以外には無いだろう。
 スバルさんは……エルフーンのケセランと、ラムパルドのバリスタ、シビルドンのうな丼、そしてトリニティでルギアに戦いを挑んでいる。あっちはルギアに強いなぁ……氷タイプ一匹くらい貸してくれればいいのに。どうやら、アイアントの怠けを仲間づくりされているらしく、ルギアはこまめに休んでいる。

 空を走る敵が相手と言うこともあって、見たことのない戦い方に皆戸惑っていた。空を蹴っているとでも言うべきその移動方法は、他の飛行タイプと違って緩やかな加速ではなく、本当に走るような加速をする。
 そうして方向転換をしては、岩雪崩での牽制。まったく止まらずに放つことができるので、イッカクでも打ち落とす攻撃を当てるのが難しいようだ。逆に、こちらにもほとんど攻撃があたっておらず、トレーナーである俺もきちんと避けられる程度だ。トリの追い風のおかげもあって非常に戦いやすいので、攻撃に集中しすぎなければ避ける事については大丈夫そうだ。
 それに、こちらからの攻撃がほとんどあたらないと言っても、サミダレは自身の素早さと攻撃範囲の広さが生きて、凍える風は着実に相手の体力を奪っていく。その状況が好ましくないランドロスは、こちらを憎々しげに睨んで急降下……おっと、地震だ。
 ジャンプして避けたつもりになったが、流石に人間の跳躍力で、ランドロスほどの敵の地震をよけるのは限界があったようで、足に衝撃をくらってしまう。痛い……が、大丈夫……震源から離れているから、震源ではアスファルトを砕くほどの衝撃でも、俺のいる場所まではそこまで強くは響かなかった。
 痛みに歯を食いしばりながら成り行きを見守っていると、その地震をまったく恐れていないゼロが、ランドロスの体にツバメ返しを叩きつける。ママンも同様にリーフブレードを叩きつけ、相手に傷を負わせた。
 ランドロスは驚いてすぐに離脱するも、それをゼロが神速の追撃。翅をはためかせて一撃カマを叩きつけると、そのまま空中で体勢を立て直して仕切りなおしだが、振り向こうとしているうちにやっとこさイッカクの打ち落とす攻撃がヒットして、ランドロスは白菜が植えられた畑に落ちた。
「熱湯だ、サミダレ!」
 そこに叩きつけられる、ミロクのシャドーボールとサミダレの熱湯。ささやかだが、トリのエアスラッシュもヒットした。凍える風は範囲攻撃であるが故の避け辛さが魅力だが、今のような隙だらけの状態であれば、雨という天候も相まって熱湯のほうが強い。水の技の威力が上がった状態でまともにくらったし、火傷は確実だろう。
 相手はもう息も絶え絶えだ……いける……倒せるぞ。これ以上痛めつけたら流石に死んでしまいかねないし、攻撃は控えるとして……
「よし、ママン」
 俺はママンを見る。ママンの糸ならばかけてやったところで死にはしないだろう。
「糸を吐いて拘束だ」
 そう命令してからママンの隣に立って、俺はスバルさんから貰ったハイパーボールを投げる。ランドロスは避ける事も出来ずにそれを受け止め、中に収納された。ボールが小さく揺れる……1回、2回……
「カズキィッ!! 伏せろぉっ!!」
 あと数秒で捕獲出来たかどうかが分かると思い、ワクワクしながら成り行きを見守っていると、突如遠くの方から母さんの声が聞こえる。
 かすかにしか聞こえなかった声なので、なんとなしに振り返ったときにはもう、それは避けようが無い距離にまで迫っていた。瞬間、ママンが俺に飛び掛る。抱きつかれ、押し倒され、図らずもスバルさんが言うとおりの伏せたような体勢になれそうだが、その前に強烈な衝撃を感じて、俺とママンは吹っ飛んだ。



 数秒ほど気を失っていたのだろうか、サンダースのミロクに顔を舐められて目が覚める。
 見てみると、ミロクには光の壁が張られていた。それで何とか耐え抜いたようだが……ママンは。
「あ……」
 まず目に付いたのが、トリが進化してバルジーナになっていること。だけれど、そんなことはどうでもいい。ママンが……死んでる。トリも、他のみんなも……生きていたのがまず嬉しいけれど……ママンが……死んで。
「あぁ……うあぁぁ……」
 恐らく、さっきの技はルギアのエアロブラスト……それが急所に当たったのだろう。俺もエアロブラストで巻き上げられた粉塵や飛来物に体中のところどころを切り裂かれもしたけれど……ママンは俺とは比べ物にならないくらいに深い傷を負っている。後頭部と背中には石ころがめり込んでおり、恐らくは即死だろう。
「ごめん……ごめん、ママン……」
 まさか、死ぬなんて思っていなかった。俺が油断していたから……。調子に乗って、ルギアの方をまったく見ていなかったせいだ……
「くそ……畜生!!」
 悔しくて、自然とそんな乱暴な言葉が漏れる。震えるほど悔しくて、握り締めた拳が痛いくらいだった。
「トリ、ついてきて」
 気付けば、俺はマスターボールを手に、母さんの元に駆け出していた。俺の太ももにも石が当たっていたようで、走るたびに鈍い痛みが重く圧し掛かる。トリは最初こそ名残惜しそうにママンの死体に寄り添っていたが、ここは素直に俺の言葉に従うべきだと判断したのだろうか、翼をはためかせてついて来た。
 ママンを殺したのは許せる事じゃないけれど……それでも、ルギアだってどこかから瞬間移動してきたのか、過去か未来から呼び出されたのか知らないが、いきなりこの場所に連れてこられたから怒っているのだろう。だから、あくまで平和的に終わらせる……そのためのマスターボールだ。
 とにかく、もう終わりにして欲しい……そんなことは無いと思うけれど、スバルさんが死ぬ可能性だってあるから……そんなのは嫌だ。

 ルギアは、巨体である事を考慮しても規格外と言える圧倒的な丈夫さと、その巨体から繰り出される圧倒的な攻撃力に苦しめられているようだ。100メートル以上は離れていると思ったのに、それでもエアロブラストが届くのだもの……相当だよ。
 多分、レベルも100なんて軽く超えているだろう。それでも、大分弱らせているっぽいあたりは、さすが母さんといったところだけれど……だけれど、すでにバリスタやケセランはやられてしまったのか姿が見えない(ボールの中だろう)し、他の子たちもすでに満身創意だ。でも、このマスターボールならばきっと、あいつを捕まえることは出切る筈。
「頼むよ、トリ。これを母さんに届けたら、追い風を……」
 何時でも使用出来るように肥大化させた状態のマスターボールを持たせ、俺は声を張り上げる。
 
「母さん!!」
「な、カズキ、お前。何故こっちに来た!?」
 後ろから話しかけた俺に、母さんは振り向くことなく声を張り上げ、怒号を撒き散らす。
「それ使って! 俺は近づけないから……加勢出来ないから、せめてそれだけでも」
 俺は母さんの質問には答えず、ボールだけをトリに押し付けさせてさっさと逃げた。後で怒られるなら、それでかまわない。今は一緒に居ても足手まといになるだけだとわかるから、やることをやったらこれ以上足手まといにならないよう努めた。
「もっと遠くから運ばせろ。このたわけが!!」
 と、言いつつも母さんは素直にマスターボールを受け取り、トリの追い風をその背に受ける。バルチャイだった頃よりも、その風は遥かに強くなっているから、ある程度は助けになるだろう。それでも、ルギアの巻き起こす巨大な風には到底かないそうも無いが。
 またエアロブラストが飛んできてもいいように、何度も何度も後ろを振り返りながら走る。だけれど、その心配もなかったようで、母さんはルギアが怠けている隙に追い風に乗せてボールを投げつけ、新たに繰り出したシャンデラのサイファーがサイコキネシスでその軌道をサポート。
 マスターボールはルギアにヒットし、そのまま5秒くらい見守っていても出てくる気配は無し。母さんがボールを手に取ったところで、俺は安心してその場に座り込んでしまった。

「……おい、カズキ。泣いているのか?」
 そのまま蹲って泣いていると、母さんが横に並んでしゃがんでいた。
「ごめん……ママンが、死んでしまって……それで……」
 うつむいたまま俺は答える。
「そうか……立てるか?」
「うん……」
 母さんは、それ以上何も言わなかった。今にも倒れそうな俺を支えるでもなく急かすでもなく、そっと手を握ってゆっくりと死体の前に案内する。近づいていくごとに、はっきりと現実を突きつけられる。ママンが、死んでいるという現実を。
 ポケモンたちは寄り添ってその死を悲しみ、そこで佇んでいる。俺が近づいた事に気付いたミロクは、ボールをくわえて持って来る。
「あぁ……ランドロスの……ありがとう、ミロク」
 俺はそれを受け取って、動かなくなったママンの元に寄り添う。カマも体も、すでに氷のように冷たくなっている。かくいう自分も、ルギアが起こした雨のせいでものすごく冷たくなっているのだけれど。
 靴やズボンをドロドロにしながら跪き、ずっと俯いて。そうしてどれだけの時間が経ったのか。気付けば、ルギアとランドロスを鎮圧した俺達を称えてくれるつもりだったのか、それともただの好奇心か人が集まっている。

 その間ずっとじっとしていたから、母さんが気を利かしてサイファーを近くに置いてくれていなかったら凍えていたかもしれない。
 不意に、先程まで寄り添っていたトリが立ち上がり、クエェェと鳴いた。その時伝わってきたイメージが……『食べる』? そのイメージについて考えを張り巡らせている間に、彼女はママンの死体を啄ばんだ。
「トリ!! お前何を……」
 そう言って止めようと思ったが……彼女はもう一度鳴く。このイメージ……涙? 違う、悲しいだけだ。ただただ、悲しくて……食べているのか。人間の俺としては、それを涙として象徴されているだけ。トリは決して、腹が減っているから自分の親代わりであったハハコモリを食べているわけではないらしい。
 やがて、今まで黙って見守っていたゼロも、ミロクも、サミダレも食べ始める。草食のはずのイッカクまでも、緑色の血を飲んで弔っていた。
 その光景を見守っていると、ゼロが声を上げる。悲しみのイメージに乗せて、伝わってくるのは……『幸せ者』? そういえば、ゼロは女の子を見るといつも『喰われたい』とかそんな事を言っていたような気がする。ゼロの中では、女の子に喰われて死ぬことは、幸せ者なのかな。
「……母さん」
「なんだ?」
「引かないでね……」
 デンジさんに、10万ボルトって知ってる? と尋ねられたが……その事を思い出してしまう。俺は、ポケモンのことは、よくわからない……デンジさんですら、10万ボルトの事をよく知らないように。だから、ポケモンの事をもっとよく知らなきゃいけない。
 これが、ママンの望んでいることなのかどうかは分からないけれど……トリやゼロが、『悲しいから』これをやっているならば、俺も悲しさをこうやってアピールしよう。尻の部分をナイフで切りとった、ママンの肉を生で食べるのは、寄生虫とかがいても困るので流石に気が引けたから、サイファーに焼いてもらうように頼む。
「すまない……焼いてくれるかな」
 こくんとサイファーが頷いて、ママンの肉をサイコキネシスで燃え盛る手の上に乗せる。今燃えている炎は……ママンの魂なのだろうか。焼けるのを待っている間に、周囲に耳を傾けてみると、どうにも変な奴だと思われているらしく、『何を考えているんだ』とか『おかしいんじゃないか』とか、そんな声が聞こえる。中には『ちょっと酷いんじゃない?』とかいっている人も……何も分かっていなくせに。
「ありがとう」
 しばらくそうしていると、肉が焼けたのか、サイファーがサイコキネシスで焼いたものを渡してくる。ウインナーソーセージほどの小さな肉の塊は、食べてみるとエビのような、カニのような……しかしどちらとも違う味がした。
 それを口にしてから、ママンが食べられていく光景をじっと見る。母さんがサイファーを置いてブラックモールへと赴き、また戻ってきても、まだ食べられる光景を見ていたから、恐らくは相当長い間見ていたのだと思う。


「あ、母さん……おかえり」
 みんなもう、お腹が一杯なのだろうけれど、全部食べきることが義務であるかのように、無理して諦めずに食べていたのだ。
「キズナだがな、家に帰っていたぞ」
 そんな俺に、母さんは挨拶もせず、第一声でそう言った。
「本当!? どうだった?」
「誰とも会いたくないと言っていた。姉が対応してくれたし、体に異常は無いようなのだが……あぁ、だがお前にだけは会いたいとも言っていたな……まだ携帯電話は通じないから、わざわざ飛んで行ったのには苦労させられたよ」
「ブラックモールは……どんな様子だったの?」
「あぁ、それは……」
 母さんは気まずそうに語り始めた。まず、大量の人間が殺され、それによって集められた恐怖の感情で、ムウマージを強化。ムウマージがとある機械にパワーを注ぎ込むことで、夢の世界と現実の世界を繋ぎ、強力なポケモンを呼び出したとの事。
 大量の人間が殺された際は、モンスターボールの機能を制限する装置を使用されていたらしく、俺達が使っていたモンスターボールがやたら調子が悪かったのも、その影響のようである。ただ、ギーマさんが事前に、モンスターボールが開かなくともボールを壊せばポケモンを外に出せると言う情報を流しており、その情報のおかげで戦力を増した一般人の抵抗により、プラズマ団はあっけなく崩壊したそうだ。
 それどころか、一部の一般人がプラズマ団員を拷問したり強姦したりと、暴徒化したくらいだという。むしろ、それを止めるのに、レンジャーは苦労したようだ。

 その後、事件の首謀者と思われるダークトリニティをダークライが奮闘して撃破。ダークライもこの日のために貯めていた力を爆発させていたらしく、そのためこの街の陰と陽の均衡を整える仕事がおろそかになり、例の人格が変わるような案件が多発していたのだろうという。
 その活躍もあってダークトリニティを撃退することには成功したのだが、逃走の際にダークトリニティは追跡を逃れるために強力なポケモン達……俺達が戦ったルギアやランドロスなどを野放しにすることで、その混乱に紛れてどこかへ消えたそうだ。キズナはパルキアをほぼ単独で痛めつけたらしい。

 いきなり現実世界に引きずり出されたポケモンは混乱と怒りで荒れ狂っており、避難中の一般人も何人も殺されたらしい。そのポケモン達も実力者たちが鎮圧したが、スバルさんが苦戦したことからも分かるように、恐ろしい強敵だったようである。
 しかし、それでもまだ本命を呼び出せていないのか、もっと数を呼び出そうと思ったと推測されるそうだ。恐らく、プラズマ団も邪魔さえされなければ、それら夢の世界のポケモンを従える手段があったと思うと、背筋が凍る思いである。

 結果的には、民間人に多くの被害者が出たが、ギーマさんもオリザさんも、その他実力者は軽傷を負った者もいるが全員無事で、スバルさんとしては、とりあえず一安心といったところのようだ。

「なぁカズキ……そろそろ帰らないか? 寒いだろ?」
 大体の事情を語り終えて、母さんがそう諭す。
「帰って一度着替えろ……いくらサイファーが寄り添っていても、この寒空で濡れていたら風邪を引くぞ? キズナに会うのもその後だ」
「そうだね、ママンを……片付けなきゃ」
 まだ、皆が食べ切れていないから……
「それはそうなのだが、私のポケモンが食べても意味はないしなぁ……」
「大丈夫。死体もモンスターボールに入れられるから……」
 シキジカだったかメブキジカだったかで、それをやったことがある……ここまで原型をなくした状態でも同じことができるかどうかは定かではないけれど。よく考えれば、最初からそうすればよかったんだ。
「そうか……すまなかったな。私が、お前を守れなかった結果だ」
「違うよ。誰のせいでもない……プラズマ団の、せいだから……」
「そうかもしれんが……頭では分かっていても心では割り切れていないくせに。強がって……お前も馬鹿だな」
 母さんが俺を皮肉るが、俺は何も言い返せなかった。
 
「帰ろう、母さん」
 キズナが生きているんだ……それでいい。こんなことなら、こっちに来なければよかったとも思うけれど……ルギアたちと同じ超弩級のポケモンが一般人を襲っていたと考えれば……それを防いだことはいいことなのだろう。
「ごめん……ママン。俺が、調子に乗っていなければ……」
 いまさら行っても仕方ないことだけれど、詫びを入れながらモンスターボールにママンを入れる。
「よかった……きちんと入った」
 そういえばママンは、クリスマスの日に貰ったんだっけか……ちょうど一年、俺と一緒にいてくれたんだな。
「ありがとう、ママン……」
 もうボロボロになって原型をとどめていない死体が首脳されたボールを抱きしめる。また泣いてしまった俺のために、母さんが胸を貸してくれたので、泣いてもいいのだと安心した俺はいつまでも泣いていた。
「たわけだなんて言ってすまなかったな。お前は、お前が出来る最大限の事をした……賢くて、勇敢な奴だよ。マスターボール……感謝するよ」
 母さんの手が俺の顔を包んだ。結局、トリニティに乗って帰ったのは、さらにその数分後、俺が泣き止んでからであった。



Ring ( 2014/05/02(金) 22:58 )