BCローテーションバトル奮闘記





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覚醒編
第六十五話:敵の置き土産

「クイナ、周囲の様子は問題ないか?」
「ガウッ」
「いやぁ、オリザさん。こういう時にルカリオがいてくれると助かるねぇ」
 私は、ブラックモールの中で、四天王のオーバさんと食事中にプラズマ団の襲撃にあい、店内の脅威を排除した後に一般人の避難をある程度誘導してから、プラズマ団の動向を確認するべく、中心部の市役所付近へ訪れていた。
 正直、ギーマさんからここ、プラックモールに起こるであろう出来事を聞かされたときは、もう少しましな状況を想像していた。だが、現実は厳しく、サンタレースのスタート地点の市役所前広場も今は人がおらず、市役所内部の室内に監禁されている。広場にいた人間は何割かは逃げて、何割かは殺され、今も死体が散らばっていて肉塊の匂いが立ち込めている。広場には大型のトラックに積まれた謎の機械が起動中である。周囲には数えきれないほどのムウマージがいて、その機械に力を送り続けている。
 痛めつけたプラズマ団員から得た情報によれば、今回の作戦は恐怖の感情をエネルギーにするムウマージを使い、あの装置に力を送らせて夢の世界との扉を開き、アルセウスをこの世界に召喚するという作戦内容らしい。シンオウ地方の神話に登場するこの世界の創造神とされるポケモンが、本当にそんなことで呼び出せるのかどうかは不明だが、この惨状を見るに本気であることは間違いなかろう。
 物言わぬ道具のように改造されたムウマージは無尽蔵に恐怖の感情エネルギーを吸収できるらしく、種族がもともと持っている夢の世界に干渉する力が吸収した力に比例して大きくなっているそうだ。
 ダークトリニティと他の兵士数名がその機械を警護中であり、こちらとしては不気味なので早い所壊しておきたいところだが壊せば市役所のオフィスが人質ごと吹き飛ぶという垂れ幕がオフィスビルから垂れている為、謎の機械を破壊することも出来ない。

 人質をどうにかしないことには、攻撃を仕掛けることは道義的に不可能だ。人質とテロリストのプラズマ団が室内にこもっている状況では、下手に動けば人質の全滅もありうるだろう。
 プラズマ団が銃を乱射して、客と店員を人質に取った際に、プラズマ団を叩きのめす過程で敵兵の服も手に入ったのだが、惜しむらくは私の身長が2mもあるおかげで、服を奪って何食わぬ顔で近づくとか、そういうことが出来ないことか。……オーバさんも近くに待機してもらっているが、あの人も髪型が特徴的すぎて、服を着たくらいではどうにもごまかせまい。

 テレポートを使えるポケモンを連れてはいるものの、人質のいる部屋に表れて、一瞬で人質すべてを外に連れ出すとか、そんな芸当が出来るほど強力なサイコパワーを持つポケモンはいない。頼れる味方もいない、上手く動くための道具もないとなればどうしようもなく、私とオーバさんはむなしく、離れたところから銃を持った見張りが佇む市役所オフィスを見守っているだけ。携帯電話もまともにつながらず、ギーマさんに持たされた無線機もかなり不明瞭でまともに話は出来ない。こんな状況なら市民の避難を助けていればよかったと若干後悔しているところだ。
 そうやって、解決策もないままにずっと監視していると、不意にモール内全体に呼びかける放送の音が鳴り響く。ピンポンパンポーンという、緊張感のない音に始まるその放送の内容は。
「あーあー。本日は晴天なり、本日は晴天なり」
 なんとも間抜けな放送であった。それに気をとられているうちに、前方では目を疑うような光景が繰り広げられていた。
「ダークライだ……いつの間に」
「いつの間にって、忍者でも気付かないものなのか、オリザさん?」
 市役所の窓の外側にふわりと浮いているダークライは、窓を拳で割り砕いて中にいる人間に何かの技を繰り出している。恐らく、ダークホールなのだろう。外で銃を構えていた見張りがダークライに銃を向けるも、それは瞬く間にトリックで奪われてしまう。代わりに渡された持ち物は起動済みの手榴弾だったのか、慌てて落としたそれの爆発に飲み込まれてプラズマ団員や大量のムウマージが木っ端みじんに吹き飛んでいる。
 見張りとムウマージを処理したダークライは、そのまま室内に入り込んで、眠っているプラズマ団を首から地面に落として即死させている。
「……オーバさん。今がチャンスです。ダークライの混乱に乗じてやってしまいましょう」
「そうだな。マシンガンは奪われたけれど、奴ら拳銃を構えてやがるし、鬱陶しいからな」
 なんとか先ほどの手榴弾トリック攻撃を逃れることが出来たプラズマ団の雑兵が、小さな拳銃を構えて周囲を警戒している。ダークライが現れればすぐに撃ってやるというつもりのようだが、ここまで鮮やかに敵を排除していったダークライに限ってそれで撃たれるような間抜けではないだろう。
 問題は三人まとまっているダークトリニティである。当時未熟者であったとはいえ、サンヨウシティの三兄弟がなすすべもなくやられるレベルの敵である。私とオーバさんなら大丈夫だとは思うが……ともかく、私達はユニランにマジックルームを命じて、その発動を見守る。
「行きましょう!」
「おうよ、オリザ! 追い風頼むぜ、バルルン」
 マジックルームの発動を見届けてから小声で声を掛け合って、私達はフワライドのバルルンに作ってもらった追い風とともに駆け出すと。ほぼ同時にダークライは室内から顔を出して、サイコキネシスで操っているのだろう、謎の機械とその周りにいる雑兵へ向けて自動小銃を乱射する。狙いが定まっていないのか、正確に敵に当たるようなことはなかったが、運悪く当たってしまった一人がなすすべなく倒れている。
 ダークトリニティの一人が、手持ちのキリキザンにメタルバーストを命令すると、ダークライはその技の脅威を理解してか銃の発砲を止めて銃を捨て、催眠効果のある黒い球体を大量に放つダークホールを発動して再び室内へと逃げ込んだ。

 そこを、私達が突撃する。ダークトリニティの三人は、団員を盾にするなり避けるなりで、難なくダークホールを避けていた。三頭いたキリキザンのうち、一人がダークホールによって昏倒している。
 ダークトリニティがこちらに気付いた。
「邪魔をするな!!」
 と、叫んでダークトリニティは新たなポケモンを繰り出す。紫色の機械のような、虫のような形態をした何とも言えないポケモンが四体と、赤い色違いが一体。新種だろうか?
「お前らが変な計画しなきゃ関わらないっての!! 関わりたくもない!」
 オーバさんが正論を言う。いやはや、まったく持ってその通りだ。
「黙れ!」
 と言って、ダークトリニティの一人が銃を向ける。だが、その拳銃は何度引き金を引いても発砲されることはなかった。
「マジックルームだ、忌々しい」
 ダークトリニティの一人が叫んでナイフを取り出す。
「くそ!!」
 もう一人のダークトリニティも毒づきながらナイフを取り出す。あれで戦う気か……よくわからない謎のポケモンもいる事だ、警戒せねば。


「ふぅ……俺を燃え尽きさせるには大分強さが足りないな」
 オーバさんの言葉通り、ダークライと私達対ダークトリニティの結果は、あっさりと決した。ダークトリニティはゲノセクトという名前らしいポケモンを五匹ほど繰り出したが、どうにも鋼・虫タイプだったらしく、追い風の援護を受けたオーバさんのポケモンが簡単に焼き払っててしまった。赤い個体は非常に素早く私達では対応が困難だったものの、ダークライが機雷のように低速のダークホールをばらまくと、それによって動きを制限される。
 さらに高速のダークホールと織り交ぜられた上に私達のポケモンの攻撃の対応もさせられては、その高い機動力でも避け続けるのは難しかったらしい。最終的には、私達よりずっと慎重になっていて(おそらくは人質の安否の関係だろう)出遅れたポケモンレンジャーからも集中攻撃を受け、ドンカラスのエアスラッシュに当たったところ体制を維持できなくなり、低速のダークホールに自分から当たりに行く形で眠ってしまった。
 今は眠りについたまま喉を掻きむしって体液をまき散らしている。あれがナイトメアの特性……ダークライを敵に回さないようにしなくてはな。
 残ったダークトリニティを生け捕りにしようと私達はスタンガンを構えたが、その必要もなくダークライがダークホールで二人ほど眠らせる。巻き込まれないために、私達は立ち止まるしかないのだが、私達はもしかしてほとんど何もしていないのではなかろうか? こんなことならオフィスの方へ行って人質の解放でもしてくればよかったか……ダークライが頼りになりすぎるからいけない。
 一応、ムウマージは結構な数を倒したつもりだが、それもダークライの活躍に比べれば少なすぎる気がしてしまう。

 一人だけ残ったダークトリニティは、ダークホールの脅威から逃れるために、すでに死体となっているプラズマ団の団員を盾にし、トラックに背を預けることで何とか粘っている。それを鬱陶しく思ったのか、ダークライは喉を掻きむしって死んでいるプラズマ団員の持ち物から手榴弾を奪い取り、その安全装置を解除して再びトリックをした。
 死体は道具扱いなのか、盾にしていた死体がしゅるう弾と入れ替わる。とっさにそれを投げ捨てたダークトリニティに、ダークライの悪の波導が飛ぶ。避けきれず、ダークトリニティは吹っ飛んだ。ダークライはあまり攻撃能力は高くないのか、血まみれにはなっているものの、死んではいないようで、止めを刺すべくダークライはさらに攻撃を繰り出そうとしている。

「お、おいダークライ……そいつは殺さないでくれないか。一応、人間達のしきたりで逮捕しておかなければならないんだが……」
 大声を出してダークライを制止するも、ダークライはこちらを一瞥して『断る』とばかりに睨んだだけ。後は再びダークトリニティに手をかざして攻撃し、寝ている者に対しては悪夢を続行するのみ。ダークライとしては、取りあえず裁判とかそんなのはどうでもよく、ここで殺したほうが手っ取り早いと考えているのだろう。
 たしかにまぁ、まったく持ってその通りで反論の余地もないのだが……黙って見過ごしても、ジムリーダーとして治安の貢献を行わなければいけない身には立つ瀬が無い。
 しかし、どうするべきか……この街の守り神であるダークライを攻撃するわけにも行かないし。取りあえず、走ってダークライの下まで来てみたはいいが、どうしようか。ヘタに手を出すとこっちが殺されそうだし……いっそのこと見て見ぬフリをしたほうがいいのだろうか? ダークトリニティは何とか攻撃を避けているが、出血を見る限りでは殺されるのも時間の問題だろう。
「……くそ」
 ダークトリニティの1人、悪の波導を喰らって重症の者が毒づく声が聞こえる。悪の波導を受けた傷がものすごく痛そうだが、それでも動けるとは感心出来る根性だ。出来ればそれを正しい方向に生かしてほしかったものだが……やはり、このまま死んでもらったほうがいいだろうか? これだけの事をしでかして、のうのうと生きてもらっても困るし、そもそもまた脱獄でもされたらたまらないし。そんな事を考えながら成り行きを見守っていると、市役所前広場に置いてある謎の巨大な機械が異音を立てる。
「おい、オリザさん。なんかあの機械やばそうだぜ!?」
「破壊しましょう。一般人の救出はレンジャーに任せて」
 とりあえず、力の強いポケモンにあの機械を破壊してもらうべく、エンマの入ったボールを割り砕く。その間にも、その装置はまばゆい白の光を放ち、空に窓が出来たかのように穴が開いた。
「ダークトリニティ!! お前、なにをした!?」
 と、問いかけながら答えを聞く前に、ダークライが悪の波導を放つが、ダークトリニティは一瞬で数メートル先までテレポート(としか表現しようが無い)して、仲間である残った二人のダークトリニティを小脇に抱えていた。
 長年忍者修行をしてきたおかげで人間離れした人を何人も見てきたが、あれはもはや人間業じゃない……どういうことだ。
「今回は引き分けにさせてもらうぞ……」
「待て!!」
 悪の波導を喰らったダークトリニティが痛みを堪えてそう言った後に、私は手裏剣を投げたのだが、どうにも手首に仕込んでいたらしい金属に弾かれ、次の瞬間には一瞬にしてその場から消えた。

 ダークトリニティを仕留め損ねたダークライは、やつらを追う前に自身の影を大きく広げて謎の機械をその中に閉じ込める。あんな芸当も出来るのか……器用な奴だ。
「ダークライ……何でもできるんだな。あいつと戦ったら熱くなるじゃ済みそうにねーな……」
「オーバさん、まだ安心するには早そうです……あれを」
 ダークライが作った暗黒の空間の中にその機械は飲み込まれていったが、空に開いた穴は閉じずにそのまま残っている。そこからは、霊獣フォルムのトルネロス達3種を始め、ホウオウに、ルギアに、ディアルガ、パルキア、ギラティナ。
「なんだあれは? 夢の世界から、ポケモンを引きずりだしたのか?」
 
 周囲のムウマージがレンジャーや私達のポケモンに全員殺された後に起動したと言うことは、ムウマージが殺されなければさらに強力なポケモンを呼ぶつもりだったのだろうがM一体何を呼ぶつもりだったのか、想像するだに恐ろしい。

「おいおい、マジかよ……オリザさん、これどうするんだよ!? あんなポケモン放置したらどんな被害が出る事か……」
 オーバさんが私に問うが……正直、追いかけて撃退する以外にどうしようもない。
「どうするって……戦うしかないでしょう! ともかく、プラズマ団の方はすでに客たちが蜂起したおかげで沈静化に向かっているでしょうし、残っている実力者達で連携しあの危険なポケモンらを無力化するしか……一般人にあれは対処できません。我々ジムリーダーや四天王、レンジャーたちで倒さないとひとたまりもない」
「それしかねえか……デンジ達……無事だといいけれどな……」
 ルギアやら霊獣やらの影響なのか、空には暗雲が立ち込めている。
「急がないと……」
 しかしどうしよう、私は格闘タイプが得意だし、相性から考えてディアルガに挑もうか?

 ◇


 いくらコシが浮ける車椅子とはいえ、人の波の中を、車いすで走らせるのは危険だ。歩くなら大丈夫だが、走っててぶつかったら相手が大けがしかねない。それに、早めに外を出たら撃たれる危険性もありそうなので、俺達は少しだけ待って期を伺っている。ついでに、戦っているうちに少し漏らしてしまったらしく、パンツが濡れていたため、ねーちゃんからおむつを借りた。全く、自分で言うのもなんだけれど無様なものだ。
 飛び出した一般客達が次々とプラズマ団とそのポケモンを捕え、そして路地裏へと引きずられてゆく。その結果どうなるかは、因果応報というか、その所業にふさわしい末路をたどる事だろう。構うものか……奴らだって復讐される覚悟がなかったわけはないだろうし。
 避難と、敵勢ポケモンの排除。それがあらかた終わったのか、周囲は流石に静かになってきた。その周囲の静かさに反して、俺達は少々賑やかしい。ポケモンをすべてモンスターボールから出してしまたっため、ねーちゃんは3匹、俺は新しく入ったチラチーノを含めて6匹の大所帯になったからである。
「長居は無用だ、ねーちゃん……行くぞ」
 ねーちゃんにはもしもの時のために拳銃を持たせておいた。俺も機関銃を手にしている。このブラックモールを抜けたら必要がなくなるので廃棄するつもりだが、最後まで使わないで済むことを祈りたいものだ。
「うん」
 プラズマ団のものと思われる叫び声が聞こえる。泣き叫ぶような、断末魔のような、命乞いのような。一般客については俺がリミッターを外してやったから、さぞかし酷い目に遭っていることだろう。多分、俺の言葉を本気で信じている奴は少ないだろう。けれど、『恐怖で気が触れていた、よく覚えていない』とでも言い訳すれば、今の状況なら罪に問われなそうな気もする。
 俺はどうせ年齢の関係から、あんなことを口走ったことで罪に問われることはない。はん、少年を守る法律は嫌いだったのに、自分を守るために使うことになるなんて、こっけいな話だ。

 プラズマ団の叫び声を聞き流しながら、開かれた血路をひた走る。恐らくは黒いまなざしを使っていたのだろうかそこかしこにいるムウマージ達も大量に殺されており、死屍累々の光景は正直なところ直視に絶えない。立ち上る体液や臓腑の匂い。死臭に顔をしかめながらも、歩みは止めない。咳き込んでしまいそうだったが、何とかこらえるしかなかった。
 オムツに履き替えていて逃げ遅れた俺が、同じく逃げ遅れた奴らと少ない人数で走っていると、背後から何か悲鳴が聞こえる。まだプラズマ団でもいるのだろうかと思ったが、その予想は悪い形で裏切られることになる。
「なんだよ、あれ……」
 巨大な白い影。レシラムじゃない……あれはえーっと……
「パルキア……なんでこんなところに!?」
 ねーちゃんの言葉で思い出す。そうだ、パルキア。シンオウで神と信仰されている……伝説のポケモンじゃないか。そいつが、すべてを吹き飛ばさんばかりの嵐を伴って、俺達の方へと向かってくる。他にもホウオウやらルギアやらそれに匹敵するような巨大なポケモンがたくさんいて、運悪く俺のところにはこいつが来てしまっただけのようである。
「ねーちゃん、先行ってろ! もし何かあった時は俺がひきつける。護衛のポケモンはきちんと連れていけ!」
「で、でも……」
「いいから!! 役に立たないんだよ、そんな足じゃ! お前をかばって俺がけがする前に、とっとと逃げろ!!」
 生まれて初めてではないけれど、覚えていないくらいに久しぶりにねーちゃんへ暴言を吐く。ねーちゃんは、3匹のポケモンを連れて逃げていったが、どうせならサマヨールのクラインだけでも俺が連れていけばよかったと若干後悔する。あいつの呪いはきっと役に立っただろうに。

 このまま、通り過ぎていくなら放っておくけれど……どうもそういう訳にはいかなそうだ。パルキアは非常に怒り狂っている。何にそんなに怒っているのかは知らないが、とりあえず興奮している状態だ。上手くなだめるには、ポケモンレンジャーが持つキャプチャスタイラーが最適だが、そのレンジャーは今、周りにいない。
 どうする、どうする?

 蜘蛛の巣状になったショッピングモールの、隣の通りで叫び声が聞こえる。どうやら、波乗りで人間が流されているらしく、路地裏を通じて大量の水がこちらまで流れ込んでいる。俺はショップのひさしの上までジャンプしてそれを逃れる。コシもどうやらさっと身をかわしたようで、ねーちゃんが濡れるのを防いでいる。
 幸い、水の深さは膝の高さほどだったようで、あの攻撃の余波で死ぬようなことはなさそうだが……だが、流されて波にもまれて何かに当たるなり、激しい渦で捻挫や骨折をしたり、この寒さで凍えたりしている可能性はある。それで病院生きとか、ましてや死んだら笑えないぞ……くっそ。
「行くぞ、全員!! パルキアに勝負を仕掛ける」
 助けなきゃいけないと、体が動いた。ポケモンレンジャーでもないのにそんなことをする義務はない。けれど、たぶん今ここで戦えるのは俺だけだ。その俺が、逃げてどうする……時間稼ぎだけでもしないと、大勢が犠牲になっちまう。
 店の屋根の上まで二回の跳躍でのぼり、屋根の上から攻撃をするんだ。
 真っ先にかけていったのはガバイトのゴンゲン。未進化ながら、後にガブリアスとして成長するために必要なスピードと身軽さはすでに兼ね備えているようだ。そのドラゴンクローは、パルキアの薄皮一枚を傷つけただけに終わる。それに加えて次々と叩き付けられる援護射撃。ストーンエッジや波導弾など、数々の攻撃がパルキアに突き刺さるも、しかし相手にほとんどダメージは無いようだ。
 やっぱり、神みたいなポケモンってことか、強すぎる。だけれど……攻撃の対象は確実にこちらを向いた。他の奴らには向かわなくなった。それだけでもやった価値はある!
「弱い者いじめなんて、神がやる事じゃないぜ」
 精一杯の虚勢を吐いて、敵を睨む。かすり傷とはいえ、痛手を負わされたパルキアはこちらの事を憎々しげに睨み、腕を振り上げる。
「来るぞ……お前ら絶対避けろ!!」
 あの構えはおそらく、亜空切断。喰らったら、問答無用で両断される技だ。ジャンプするのか、伏せるべきなのか……どっちだ? そう考えている間にも、俺達を見下ろす位置にいるパルキアの腕が振りぬかれる三日月形の刃が光となって迫り、俺達を切り裂かんとする。散開していた仲間のうち、まだ屋根の上にいるアサヒと俺と、その隣にいたセナが狙われている。
 セナは小さかったので動かなければ当たらず、俺も小さく跳躍するだけ、アサヒは伏せれば何とかなる。地面に降り立って散開した仲間たちは俺達に注意が言っている間に思い思いに攻撃を加える。たとえかすり傷でも、ダメージは蓄積するし、でかい分だけ血圧が高いのだろう、かすり傷でも噴き出す血液の量は半端じゃない。なんとか、これで削り殺せれば……勝てるはず。
 背後では、建物が屋根ごと滑り落ちる。あの亜空切断とかいう技どんな威力だよ、畜生。
 そう考えたのもつかの間。敵は波乗りを発動する。
「アサヒ、ワイドガード!」
 とっさの判断でそう叫ぶ。おれを含む仲間たちの周りに薄膜が張り出し、波乗りを跳ね除ける。その威力のすさまじさは、道路に固定されていない物すべてが綺麗に流されている光景を見れば容易に想像がつく。ワイドガードをされたのでノーダメージではあっても、地面に降り立っていたダゲキのタイショウとゴンゲンはカバーしきれず波に流されてしまっている。ルカリオのセイイチは神速で屋根の上に逃げているものの、すでに表情が恐怖で崩れている。くっそ、あいつが恐れるなんて相当だぞ。
 逃げ遅れた周りの人達は、またもや波にのまれている。先ほどちらりと目にしたルギアのせいなのか嵐も本格的になってきたし……その状態での波乗りは威力がやばいことになるぞ。
 波にもまれて関節やら骨やらをやられたのだろう、建物の中に逃げた者以外は、無残にもまた波にのまれたものが多い。遠くまで流されていた者は、その頃には波も穏やかになっているので、大したダメージではないだろう。

 勇猛果敢そうに見えるルカリオも、あいつ相手にはその勇気すら形無しのようだ。俺だって、同じ気分だよ……畜生。セナがパルキアにヤドリギの種を飛ばす。俺も、持っていた機関銃の存在をようやく思い出して、パルキアに当てる。銃を扱う訓練なんてしたこともなかったが、さすがに十数メートルの近距離であの大きさの的が相手なら外れない。翼や胴体に当たり、それらが血しぶきを上げている。
 痛みに咆哮をあげながら移動された時は流石に外れてしまった。くそ、弾切れだ。こんなことなら予備の弾丸も奪ってくるんだった……さすがにそこまで重装備で行くこともないだろうとか、甘く見て居たのがいけなかったか。だけど、こんな大物を相手にするだなんて。普通は考えもしない。本当に、勘弁してくれと言いたくなる。
 次の攻撃は、俺一人をピンポイントで狙いを定めてのドラゴンクロー。とても避けられる大きさじゃない!
「ならば!!」
 避けられないならば、俺は相手の懐に入る。爪の先端は恐ろしいスピードでも、敵の胴体はそれほどのスピードは出ていないはず。だから、ここで取るべき行動は、相手に体当たりだ。
 屋根の上からパルキアの胸めがけて、体当たり。すさまじいスピードで迫ってくる敵に対してそれを行うのは正直な話正気の沙汰ではない。でも、やらなきゃ殺される。
「ぐうぁぁぁ!!」
 腕を×の字にしながらパルキアに激突。爪を何とか避けつつ、俺は反動で野球のボールのように弾き飛ばされる。商店の壁に背中から激突して受け身を取り、そのまま地面に落ちる際に壁を蹴って体勢を立て直して、足から着地する。
「くそ……いてぇ」
 なおも、パルキアは俺の事を睨んでいる。中途半端な銃よりも、もっと強力なライフル銃でもあれば別だったんだが……そうだよな、人間を打つなら弾をばらまける機関銃の方がよっぽど便利だから仕方ない。セナは……よかった、風に乗って逃げている
「やれるとこまでやってやる……」
 強がってそう言ったときに、チラチーノのスズランがパルキアの前を横切り、顔面……もっと言えば眼球へ向かってビンタを目に放つ。突然の攻撃に対応出来ず、パルキアが顔を背けたところで、俺は教わった手榴弾の使い方を思い出しながら手榴弾の安全装置を外す。
「セイイチ、こいつをパルキアの目の前に浮かせるんだ! ぶつける必要はない! それとみんな、攻撃中止だ、パルキアには近寄るな!」
 そう声を上げいるうちに、スズランがパルキアに攻撃されるも、紙一重で狭い路地に逃げ込んでかわしている。パルキアは壁を壊して強引に攻撃しようとしたようだが、さすがに一発でそれを破る力はなかったようだ。パルキアが自分に攻撃が来なくなったことに違和感を感じさせる前に、セイイチの拙いサイコキネシスで操られた手榴弾がパルキアの頭上で炸裂する、セイイチのサイコキネシスは攻撃には使えないくらい弱いが、手榴弾を空中に浮かせる程度なら問題ない。

「行くぜ、全員攻撃!」
 爆発が頭上で起きたおかげで、衝撃はもとより激しい音がパルキアの脳を揺らして、首を路地に突っ込んだままダウンしている。俺も耳がキンキンしているが、他の奴らは指示が聞こえたかどうか……一応、手で攻撃を指示したから、分かってくれるとは思うが。
 心配するまでもなくポケモン達はその期待に応えてくれた。パルキアの、壁からはみ出た首から下に攻撃が殺到している。数秒気絶している間に、パルキアの体表には数え切れないほどの生傷が浮かんでいた。
「みんな、離れて!」
 しかし、それで黙っているほどパルキアも馬鹿ではない。起き上がろうとしたら、深追いはよくない。至近距離から特殊技を連発していた全員が、俺の指示通り離れてゆく。そのタイミングで、どこからか飛んできた弓矢がパルキアを射抜いた。
「弓矢……ってことはポケモンレンジャー?」
 銃が主流の時代に、マジックルームを利用することで銃を封じ、一方的に弓で攻撃するために、弓矢を標準装備として使うような組織なんて、一つしか知らない。
「おい、大丈夫か!?」
 バッグや服の修理を執り行うお店の屋根の上に、レンジャーがいた。毒ガスの予告をされているからか、霧払いの技を使えるのであろうポケモン、スワンナを連れている。
「遅いぜ……怖かったんだからな」
 駆けつけてくれたレンジャーは一般隊員のようだ。言っちゃ悪いがあまり頼りになるものでもないが、あの弓矢の威力、なかなか大したものらしい。パルキアは憎々しげに振り向きざま、竜の波導を放つ。明らかに避けられないであろうそれだが、建物のヘリは段差がついているので、そのわずかな段差に隊員は身を隠す。スワンナは高速で飛び立って何とかかわしている。命がけだな……次にパルキアが繰り出そうとした攻撃は……竜星群!?
「竜星群だ!!」
 俺は大声で叫び、建物の中に逃げる。いくらパルキアの一撃と言えど、二階建ての丈夫な建物の中でなら。耐えることはできる……はず。ポケモン達と違って『守る』が使えない以上、俺達人間は隠れるしかない……ポケモン達は……大丈夫なのか? 衝撃音が辺りに鳴り響く。かなり拡散してはなったはずだから、威力は減衰しているはずだが……
「行こう、スズラン」
 一緒に建物の中に逃げていたスズランとともに外に出る。
「皆、無事か?」
先ほど、流されてしまっていたタイショウやゴンゲンは、どうやら近づくことも出来なかったようで、無事であった。空中を漂っていたセナも、爆風をかいくぐれたようで無事。アサヒもなんとか路地の隙間に避難して、伏せることで重傷を防いでいた。唯一セイイチだけが攻撃を喰らっていたが、まだ何とか歩けそうな程度。
 レンジャーのお兄さんは、『守る』を使用したスワンナの陰に隠れていたようだ。あの大きな翼に守ってもらえたのか……良かった。
「皆、撤退だ」
 レンジャーのお兄さん一人では、きっとパルキアは倒せない。けれどもう、怖いのはごめんだ……あんなの子供が立ち向かう相手じゃない。
 俺の言葉に応じるままに、俺のポケモン達は全員俺の後をついてくる。一度だけ振り返ると、俺に助けを求めているのか、それとも俺がいなくなって安心しているのかどちらともつかない表情をするレンジャーの姿が見える。そんな顔されても……俺と、俺のポケモンじゃどうにもできないんだよ……畜生。
 断末魔の声は聞こえない。それが、嵐に紛れて聞こえないのでもなく、声を上げる間もなかったのではなく、願わくば助かっていてほしいと願いながら、俺はその場を後にする。くっそ……俺は悪くねえぞ。

 そう思い、その場を後にしようとした俺の横を、透明な何かがものすごい勢いで横切る。その透明な何かにパルキアは弾かれ、面食らっているうちに空からは竜星群が降り注いだ。その際に姿を現したポケモンはド派手な黄色い眼鏡を装着しているラティオスだった。
「お前……」
 逃げるのも忘れて、息をのむ。
「バンジロウさんのポケモン……シエロじゃねえか」
 そう言えば、バンジロウさんはサンタレースに参加していると言っていた。恐らく、ありがたいことに彼の手持ちが助けに来てくれたのだろう。その竜星群と体当たりの威力で、パルキアはようやくふらつき始めている。だけれど、今の竜星群でシエロの特攻は落ちているはず……。
 俺の手持ち達は俺あいつまでたっても逃げないので、心配して後ろを向いていてくれる。
「すまない、お前ら……ちょっと事情が変わった。最後までやるぞ、パルキアを倒す!」
 俺はパルキアに向きなおり、再度手持ちに指示を下す。ポケモンだって怖いだろう、これ以上戦いを強要するのは気が引けたが、だからと言ってこれ以上恩人を無視してはいられない。たとえ俺がいなくても勝てるとしても、見捨てたという後味の悪さは、欲しくない。
 フラフラになりながらパルキアは亜空切断を放つも、シエロはそれをかわしてしまう。そこに、俺のポケモン達やポケモンレンジャーの総攻撃が加えられる。もはや反撃する気力にも乏しいのだろう、パルキアは守るを発動させて緑色の障壁を展開して時間稼ぎをするも、シエロはそうしている間に白いハーブをむしゃむしゃと食べている。
 そうして特攻を回復させた以上、やることは一つだ。こだわりメガネの力で強化された竜星群を、パルキアに食らわせるだけだ。


 空から降り注ぐ流星に飲まれて、パルキアは完全に沈黙した。勝ったことに安堵した俺はその場に座り込み、シエロは俺のほうに近づいてハイタッチを要求してきたので、力なくそれに応じてあげたら、再び白いハーブを食べてどこかへと向かってしまった。
 ポケモンレンジャーの男性は、遅れてやってきた他の団員に事の一部始終を説明している。来るのが遅いって、お前ら……

 ふと思い立った俺は、財布と一緒に持ち歩いている空のハイパーボールをパルキアに投げてみる。まだボールの機能は使えないままの状態なのか、ボールは起動せず、捕獲は不可能だった。
「……ねーちゃんを追いかけなきゃ」
 ならばもう、こんなところに用はなかった。せっかくなのでパルキアが欲しかったけれど、それ以上に家族の事が心配でならなかった。



Ring ( 2014/04/20(日) 14:34 )