第六十四話:鎮圧へ向けて
自動小銃を持った男が、フローゼルを連れて近づいてくる。まず、他の仲間が俺達を狙えない位置にまで、コロモにふっとばしてもらって、そしたら相手をセイイチと一緒に押さえつけて、武器を奪う。やれる事といったら、それくらいしかないだろうな……。
心臓が痛いくらい脈打っている。落ち着け、落ち着け俺……まずはセイイチを出すんだ。
「セイイチ……状況は分かるか?」
ボールを床に叩き付けて割り砕き、姿を現したセイイチに尋ねる。セイイチは、分かっていると手話で言う。
「よし。コロモ……相手の姿が見えたら、あのクレーンゲームの影にサイコキネシスで押し倒してくれ。セイイチは、敵のポケモンを抑えてくれ」
小声で命令をすると、コロモは小さく頷いた。エスパータイプのポケモンは見えない場所にいる相手を攻撃するのは至難の業。しかしながら、一瞬顔を出すだけなら……出来ないことはない。
「おい、そこのガキ。殺されたくなかったらこっちに来い」
男のその言葉を聞いた直後、コロモはわずかに顔をだし、ほぼ同時に男の腕が持ち上げられた。あの銃が一番危険だと、コロモもわかっており、そのためかサイコキネシスで倒すよりも先に銃口を逸らす事を選んだようだ。そこから、コシが十万ボルトを随伴していたフローゼルに放ち、怯んだ隙にセイイチが神速でフローゼルを押し倒す。野生の動きと同じ、抱き着いて胸のトゲを突き刺し、肩に噛み付くおまけつきで。
男がコロモのサイコキネシスのおかげでバランスを崩し、ゲームの筐体に頭を打って視界に星が散っているところで、俺も飛び掛る。まずは相手の片腕を掴み、股の間に挟み込んで腕を動かなくさせる。もう一方を重力を味方につけながら片手で押さえつけ、次にいつも隠し持っていた棒手裏剣を手首に何度も突き刺して、銃を握れなくさせる。
叫び声が上がった。構うものか……。フローゼルのほうは、コロモに持たせた包丁が念力で操られ、それが深々と首に刺さっているところを見ると、どうやら死んだらしい……くそ、なんで俺がこんなこと。
「おい!! この銃の使い方を教えろ!! 今この状態で、引き金を引けば弾が撃てるのか!?」
相手の腕の上に座り、相手の喉仏を親指で押さえつつ、相手が腰に下げていた拳銃を奪い、銃口を相手の額に押し付ける。
「な、何言ってやがる……大体、どうしてお前はポケモンを出して……」
一思いに指を眼球に刺してやった。こっちは何回もポケモンに刃を突き立てた経験があるんだ!! 舐めてたら承知しないし、容赦なんて一切してやるものか!
叫び声が上がり、男は血まみれになった左目を押さえる。
「俺の質問に答えろ! これは引き金を引くだけで撃てるのか!?」
「う、撃てる! 撃てるから勘弁してくれ!!」
「本当だな? じゃあ、死ね!! すぐ死ね!!」
一発、額を打ち抜いた。すぐに敵は黙る。拳銃の反動の痺れが、手の中に残っている。マッチを擦った匂いに、安物のスプーンを舐めた時の匂い。そして、何度も何度も嗅いだことのある血の匂い。
気付けば俺は返り血が飛び散って血まみれになっていた。相手は事切れていて、もう襲ってこないことなんて、ポケモンを殺した時の経験で分かりきっているはずなのに。俺は震える手で銃を握る。
「セイイチ……皆のボールを砕いてくれ。それで……仲間、出せるから……」
たいした運動をしているわけでもないのに、呼吸が荒くなっている。引き金を引けば撃てる、引き金を引けば撃てる……それだけを脳内で何度も反芻しながら、セイイチがボールを割ってアクスウェル、クライン、アサヒ、タイショウが出てくるのを見守る。
「みんなごめん……最初に謝っておく。俺もお前らもここで死ぬかもしれないけれど……なんとか……頑張って欲しい。頑張らないと、ここで全員死ぬから」
弱々しい声でそう告げると、心配するなとばかりにポケモンたちは頷いた。次は、今殺した1人がやられた事を受けて2人と、ツンベアーとドータクンが様子見に訪れる。3人が一気に来なくて良かった……それに、あいつら走って向かってこないで、びくびくしながらゆっくりと向かってきやがる。はは、臆病者様々だぜ。腰が引けてると足を掬われるってことだな。
「ねーちゃん……防犯ベル、持ってるよね?」
「持ってるけれど……」
「いつでも鳴らせるようにしておいて」
「わかった」
ねーちゃんに作戦の意味を伝えている暇はない。ねーちゃんもそれを理解しているのか、作戦の意味を問う事はしなかった。
「それとセナ。お前は身代わりを奴らの前に差し出せ。一瞬だけれど、奴らの注意が引ける。ねーちゃんはこの機関銃を持ってろ。もし敵に出会ったら絶対にためらうな? 殺すつもりで行け……あと、はったりでもいいから、クラインに道連れを命令するんだ。サマヨールは道連れを使える種族だから、盾にすれば敵は絶対に相手は躊躇する。その間にコロモと、他のポケモン達で何とか攻撃するんだ。いいな?」
「うん……クラインに道連れ、ね」
奴らが近づいてくる。おれたちはクレーンゲームの影に隠れながら、期を伺う。ねーちゃんには機関銃を渡しておいた。何かあった時のために、少しでも生き残れる可能性を上げておくべきだと。ねーちゃんは語らずともその意図を理解して、きっちりと頷いた。
「ねーちゃん、今だ」
ゲームセンター特有の喧騒にかき消されそうな小声で指示した俺の合図に、ねーちゃんは答えるよりも先にベルを鳴らす。それによって響く大音量に紛れて、俺は車いすを踏み台にしてクレーンゲームの上に乗る。ジャンプでも飛び乗れるが、少しでも足音を小さくするためだ。そうして、相手に気付かれることなくクレーンゲームの上に乗った俺はセナに手で合図を送る。
セナは奴らの前にみがわりを差し出した。突然出現したポケモンに驚き、途端に銃撃音が響く。それでいい、目の前の敵に集中していれば、上から来る俺の事なんか気づくわけもない。銃なんて扱ったことはないが、2メートルも離れていない今の状況ならば、当たるはず。手裏剣をなげる時と同じように、頭を無理に狙うのではなく胸を狙う。
左の奴に二発、右に三発打ち抜くと、大した防具も付けていなかったのか、相手は俺に銃を向ける前に、そのまま倒れ込んでしまった。防弾チョッキをつけていないのが悪いんだ。死んじまえ。
「全員、残ったポケモンを殺せ!!」
いまだなり続ける防犯ベルの声に負けぬように叫ぶ。後回しにしていて生き残ったツンベアーとドータクンも、俺のポケモン達が殺到した。指揮していた主人たちが倒れ、状況把握もままならない状況では相手もなすすべなく、数の暴力で立ち向かい命乞いの暇も無く命を奪う。ついでとばかりにセイイチは人間の頭を踏みつけてに止めを刺していた……有能じゃないか。
「ねーちゃん終わったよ……あと、1人だ」
「もう、このベル止めていいのね?」
「あぁ……」
ベルが止まる。だからと言ってゲームセンターは静けさを取り戻すことは無く、まだ稼働している筐体から音楽が垂れ流されている。
俺はクレーンゲームの筐体から降りて、包丁を握りしめる。筐体の上には、暖かな水たまりが出来ていた……この年で漏らすだなんて情けないが、あの状況じゃ仕方ないよな……はぁ。あとでねーちゃんからおむつ借りよう。
「コロモ、クライン。ついてきて……」
どちらも、道連れを使える種族である。だから、いざとなったらこの二人を盾にしてやれば、相手は撃つのを躊躇するだろう。敵のプラズマ団は素人同然だというのは先程の動きで分かった。俺はサバイバルゲームなら自信がある。ポケモンのみがわりやら大きな音やら、忍者道場では日常的に使用する手段だから、そんな初歩的な戦法に惑わされるような奴じゃ、雑魚同然だ。負ける道理はない。
だから、必ずうまくいくはず。素人に、忍者道場で鍛え上げた俺が負けるはずがない。
「まずはこの死体を盾にして突撃する。コロモ、この死体を浮かして!」
外道とも思えるような作戦だが、これは中々怖いはず。俺の命令通り、コロモは死体を浮かせて盾にし、クラインの前に陣取らせる。
「そしてクライン、道連れをしながら物陰から飛び出すんだ。準備はいいな?」
俺の問いに、クラインはうんと頷いた。
「行くぞ、突撃!」
死体を浮かばせ、サマヨールのクラインに道連れを発動させながら突撃する、最後に奥に残った敵は慌てて、まだ幼稚園児のようにも見える子供に銃を突きつけたが、俺は構わず突撃した。ここであいつを殺しそこなえたら、死ぬのは一人や二人じゃない。
俺が止まらないのが分かって相手は銃口をこちらに向けるが、道連れが怖いのと、仲間の死体の盾のせいで撃つのをためらった。躊躇っている間に俺達は奴らに肉薄。サイコキネシスの射程圏内まで入ったコロモが相手の腕をとり、銃口をそらさせる。
その間に、先程の警備員のお兄さんの手持ちらしきチラチーノがいつの間にか近くに忍び寄っていて、その男に飛び上がって殴りかかる。耳と目に1発ずつと鼻面に1発で計4発。着地したら足にタネマシンガンを気が済むまで……スキルリンクなのか、こいつ。チラチーノが頑張っている間に後ろの大人たちが掴みかかり、蹴り飛ばし、最後の一人は袋叩きにされてしまった。気付けば、俺は震えながら包丁を握り締め、その場にへたり込んでいた。
全身の力が抜け、もう何も考えられなくなって、震えている時間はどれくらいだったのか。ふと後ろに気配を感じたとき、ねーちゃんだという事に気付かず、思わず包丁を構えてしまう。
「キズナ……私だよ!」
「あ、ねーちゃ……ごめん」
震えた、上ずった声で語り掛けるしか出来ない俺の手を、ねーちゃんが上から包み込む。
「大丈夫、キズナ? 怖くない?」
「ねーちゃんだめ……せっかくの服が、汚れる……」
クリスマスだからって、誰に会うわけでもないのにお洒落してきたっていうのに……そういえば、俺もカズキに会う気満々で、ねーちゃんに頼み込んで、たまには男の子っぽく見えないように精一杯お洒落してきたんだった。くそ……なんでこんな事に。
「いいわよ、もういくらだって汚れても。キズナが生きてくれただけで……」
「っていうか、ねーちゃんは大丈夫なのか?」
「大丈夫……貴方のおかげで、ポケモンも私も無傷よ。ほんと、貴方がいなかったらどうなっていたことか……」
「そっか……俺も漏らしちゃった……ともかく、無事で……良かった。替えがあったら俺にもオムツくれ……」
気付けば、車椅子にすがりつくように俺は泣いていた。ポケモンたちはまだ外の警戒をしてくれていると言うのに、そんな健気なポケモンのことすら気にならないくらいに。そうこうしているうちに、俺の足元にはポケモンが近寄ってきた。
「……チラチーノ?」
さっきの、警備員のお兄さんのポケモンだ。
「名前は確かスズランだっけか、お前の名前……お前、主人はどうしたんだ?」
尋ねると、チラチーノは目を伏せる。コロモの方を見ると、『主人』『死んだ』と、手話で言う。
「そっか……死んじゃったのか……姿が見えないところを見ると、ウルガモスもかな」
皆、死んじゃっているの……なら戦わなきゃ。周りでは、傷ついたポケモンや人間の応急処置をしている。店内のクレーンゲームには、商品がポケモン用の傷薬(薄めれば人間にも使える)やら元気のかけらやらが大量に得られるものがあり、それを店員が無料開放している様子。
包帯とかは別のお店に取りにいく事も出来ないので、ありあわせのハンカチなどを消毒して使って、傷口に当てているようだ。
「みんな……聞いて欲しいんだ」
一回目は、声が小さすぎて聞こえなかったらしい。息を吸い込み、俺はもう一度声を出す。
「皆、聞いてくれ!!」
今度は聞こえたようで、全員が振り返った。
「敵は、何らかの手段でポケモンを出せないようにしているから、モンスターボールからポケモンを出せなくって皆困っていると思うけれどさ。でも、ボールを砕いてやれば……ほら、こんな風に」
言いながら、砕けた紅白の残骸を提示する。
「ボールを砕けば、ポケモンを出すことはできるんだ。特に、マジックルームをつかえるポケモンならば……マジックルームで奴らが使っている銃を使えなくすることだってできる。それはポケモンレンジャーが証明している。だから、できるだけそういうポケモンを出してくれ! あのテロリストの目的は分からないけれど……ポケモンの力と銃の力で対抗してくるのならば……俺達は数の力で、ポケモンの力でやらなきゃ! 戦わなきゃ!」
反応は……なかった。戦うよりも、逃げることのほうが、隠れていることのほうが安全とか、そんな風に思っているのだろう。そりゃそうか……。
「でも、知っているかみんな? 今年の5月にな……ブラックシティに相次ぐ麻薬や人身売買などのマフィアがらみの事件やテロへの対抗策として、正当防衛の基準を引き上げる条例が出来たんだ……やつら、プラズマ団って名乗っていたけれど、奴らがテロリストである以上は……俺達が奴らを殺そうが、拷問しようが、強姦しようが、正当防衛の範囲内なんだぜ? どれだけやらかしても、プラズマ弾相手なら許されるんだ。
この街だけに適用される条例だから、知らない人も多いだろうけれど……男の奴らも、女の奴らも、悔しくねーか? 大切な人を殺されて、怖い目にあって……あいつらは最悪死んで楽になるか、警察に捕まって手厚い保護を受けるだけだ。もっとさ……苦しめて苦しめて、生まれた事を後悔するくらい苦しめて……そいつもだよ!!」
最後に残った男。幼稚園児を人質に取ろうとした、男を指して、俺は涙を流しながらすごむ。もう、後戻りできない事を言っているのは自分でも分かる……でも、例えここで俺の人生が終わっても、ねーちゃんとポケモンさえ守れるのならば……俺の人生なんて安いもんだ。もうヤケクソだ。
「みんな取り押さえただけで満足しているのか? 改心してくれるのを信じて、刑務所に収監させるのか? 馬鹿馬鹿しい……飢えて泥棒をしたような奴らならともかく、無差別に人を殺そうとした挙句、子供を人質にとろうとした奴じゃないか。
……目を抉って、耳を削いで、爪をはがして……芋虫みたいにしてさ。もう誰も、その惨状を見れば悪い事をしたくならないように……それぐらい酷い死体にしてやるのが、今後の世の中のためじゃないのか? みんながみんな犯罪を踏みとどまるさ、起こった民衆がどれだけ怖いかを見せつければ。この法律はね、そのための法律だ。
テロリストから、あらゆる人権を排除することで、決してテロに屈しないし、テロリストになろうとも思わないような社会を作り上げる。そのための、正義の法律なんだ……それを、俺達で行使する気はないのか? 俺達は、弱者から正義の味方になれるんだぞ?」
貧すれば鈍する……人は、困った時には思考が鈍って甘い言葉に騙されやすくなるもの。『正義』って言う言葉をちらつかせ、また……復讐してやりたいという気持ちを尊重し、なおかつ……男ならば、誰でも持っている性欲を撫で回してやる。
都合のいい情報を流しまくれば、きっと、流されるはず。
「そうよ、皆さん……私を助けてくれたこの子の言うことは間違っていない。正義の味方が嘘を広めるはずないでしょ?」
信じてくれと祈っていると、ねーちゃんが他人のふりをして便乗してきた。なんか嫌な気分だが、乗ってくれただけよしとするか。
「俺はやるぞ。このまま黙っていられるか。それに……」
ねーちゃんの言葉に振るい建てられたのか、1人の男が立ち上がり、後ろ手に縛られたプラズマ団の男の足を蹴り飛ばす。うめき声が漏れた。
「こいつらに一泡吹かせなきゃ気がすまねぇ……」
そう言って、男はデスカーンを繰り出した。いいポケモンを持っているじゃないか……あいつなら銃弾だって余裕で跳ね返せる。
この街は、犯罪が多い。ホワイトフォレストも、ブラックシティからわざわざごろつきがやってきては、人気のない農道で拉致して強姦被害にあう女性、引ったくりやノックアウト強盗等が後を絶たない。だから、それを防ぐために護身用のポケモンを持っている人間の割合の高さは、ホワイトフォレストとブラックシティが、イッシュ地方でもダントツでトップなのだ。
そして、今日はこのブラックモールにもっとも多くの人間が集まる日。もちろん、ただのコスプレ撮影目当ての観光客もいるが、そいつらもポケモンを持っている者が多いだろうから、ブラックモールに集まったポケモンの数は1万を軽く超すだろう。恐らく相手の兵力に対して、数だけなら余裕で足りている。
客たちが思い思いに繰り出すポケモンは様々だ。ゴチルゼル、グライオン、レアコイル、アーマルド、ミルホッグ、ブラッキー……あ、ブラッキー欲しい。ともかく、このゲームセンターに避難していた客のほとんどが、ボールを砕きポケモンを繰り出していく。
そして、外に飛び出していった。そして、一部はまだ生き残っている最後の男に暴行を加えようと、店の端に連れて行っている……あぁ、地獄だろうな、あの男。同情する気にもならないけれど。
とんでもない嘘をついてしまったものだけれど……もう、どうなったって知るものか。殺さなきゃ、こっちが殺されるんだ。手段は選んじゃいられない。
外では、ところどころで戦闘が行われている。恐らく、毒ガスの予告があったおかげもあって、ポケモンレンジャーをちらほら見かけたことだし、独自に交戦しているのだろう。どちらが優勢なのかは定かではないが……こいつら素人に毛が生えた程度のようなものみたいだし、プラズマ団の手持ちはポケモンたちも身体能力は強いが……何かの機械で操られているのか、本来の力をまったく発揮できていない。
要するに、弱い。きちんと訓練を受けたポケモンレンジャーなら、多勢に無勢でも負けることはないだろう……俺みたいに、指揮者が優秀なら尚更だ。
「行こう、ねーちゃん」
「キズナ、さっき言っていたの……」
「嘘だよ」
「だよね」
風にかき消されてしまいそうなほど小さな声だった。誰かに誇れる自分でありたいと思っていたけれど、もう無理だ。立派なポケモンレンジャーになりたいと思っていたけれど……こんなんじゃ立派には程遠い。
「でも、ねーちゃんを助けたかったんだ……あれしかなかったんだ」
ねーちゃんの顔をまともに見る事も出来ず、俺はただ顔を伏せた。
「大丈夫よ、キズナ。私は、貴方を軽蔑なんてしないから。貴方は、立派よ……」
「でも俺は人殺しだよ……」
「大丈夫よ。私は貴方のした事を赦すし……褒めたっていい。だから、自棄にならないで……」
そんなこと言われたって……俺は、どうすれば……
俺はただ俯いて、何も言えなかった。
「キズナ……私は、感謝してるよ。感謝するのが私だけじゃ不満かな?」
それなのに、なんで……俺を抱きしめるんだよ、ねーちゃんは。血が……汚いのに……汚れちゃうのに。
「帰ろう……」
もっと、こうしていたいけれど……今はそんな場合じゃない。
「うん、帰ろう」
ともかく、俺達は……このブラックモールから脱出しないと。
「そうだ、その前に……なぁ、お前の主人の死体ってどこにあるんだ?」
スズランの主人の身元を……名前だけでも把握しておかないと。あと、今現在店の端っこで命乞いの声を上げている男から、手榴弾の使い方とか、銃の使い方を詳しく聞いておこう……念のために、身を守るために。
◇
サンタレースが始まって、2階の窓からそれを鑑賞しつつ、ソーセージ専門店の料理を味わっていた。ビールやワインによく合いそうな味だが、あいにく今日はこの後バトルパーティーもある。それがなくとも、今日起こるかもしれない出来事を考えると酒を飲む事が出来ず、それが少々さびしいと感じたが、勝負に酔ったまま挑むことは失礼だし、死んでしまっては元も子もない。
炭酸と辛みの効いたジンジャーエールを口に含むことで我慢していた。
店で出されたナイフは使わず、食器は自前の豪華な装飾を施されたナイフと、お店のフォーク。美しかった自前のナイフも、こんな使い方をしているせいで今は見るも無残に油汚れがついているが、こういった綺麗なものを汚して食べるのもまた乙なものだ。サラダ菜と一緒に、スパイスの効いたソーセージを食べていると、そのおいしさに思わず舌鼓を打つばかりだ。
このまま何も起きなければいい。祈るように食事を勧めていると、不意に外で爆音が響く。それに気を取られている間に、複数の人間が立ち上がった。何事かと思っていると、彼らは手荷物のギターケースをおもむろに開き、中から何かを取り出そうとしている。窓際の席では、驚いて窓の外を見ている人達がいるが、この時点で私はナイフを落とした振りをして、机の下に隠れた。
直後、銃声が鳴り響いた。室内で、耳栓もせずに放たれた銃弾の音は、鼓膜を揺さぶり、頭痛まで引き起こす。耳をとっさに塞いだが、それでもまだ頭がフラフラする感覚がある。銃声が止んだ。
「このブラックモールは、我々プラズマ団が占拠する。抵抗する者はその場で射殺する。それが嫌なら、手を頭の上に置いてこっちへ来るんだ!」
「手間を掛けさせるな! 早くしろ!」
耳を疑うような要求が頭に入ってきた。奴らは、黒装束に身を包み、黒い帽子と、鼻から下を覆うようなマスクをつけている。個性的なファッションだが、この際それは問題じゃない。
「少しだけ、イラッと来たよ……」
呟きながら、スバル君から預かったネイティの入ったボールの開閉スイッチを押すが、起動しない。やはりこう来たかと毒づきつつ、私はナイフの柄でボールを割って中のポケモンを出す。非常に小さなポケモンなので、机の下にでも隠しておけばまず見つからない。それに、目の前を飛んでいてもネイティのサイズならばよほど腕が良いか、ショットガンでも使わなければ当てられないだろうとスバルは踏んでいる。まぁ、確かにこいつを銃で狙うなら、クレー射撃のようにショットガンが必要だ。そして、ショットガンを持っていてなおかつ相応の腕が必要だ。素人に出来る事ではないだろう。
「おい、そこのお前! 何やっているんだ!」
ボールを砕く音のせいで自分のいる位置がばれたらしいが、銃撃は飛んでこない。相手から射線の通る位置でなくってよかった。敵は、ポケモンを連れずに銃だけ持ってこちらへと歩み寄ってくる
「ネイティ。マジックルームを頼むよ……奴らを殺す」
そして、ネイティがマジックルームを起動する瞬間に、バンギラスのキノを繰り出す。
「ポケモンを出しているんだ……文句あるかい?」
「何を生意気な!」
私の言葉に、敵は銃を向けてくる。けれど、その銃弾が放たれることはなく、私は銃口を掴み、相手の股間に蹴りを見舞う。悶えたところを、顔を掴んで後頭部をテーブルに叩き付け、倒れたところをさらに腕をとる。
「キノ。こいつの指を踏みつぶせ。完膚なきまでにぐちゃぐちゃにしろ」
「ま、待ってやめ――」
言わせる間もなく、踏みつぶさせた。店の中には私の事を知っている者がいるのだろう、ギーマだ四天王だと、そんな声がちらほらと聞こえる。
そうこうしているうちに相手のポケモンがやってくるが、銃を使えない上に、素人が操るポケモンなどに、私のポケモンが倒せるわけもない。自分のポケモンが入ったボールを次々と繰り出すだけで、ポケモンをあっさりと撃破。銃撃を行った犯人達を確保するに至る。
「で、君達の目的は?」
血まみれになった服で相手を見下ろして、私は尋ねる。奴らの身動きは、ポケモン達に封じてもらっており、特にリーダー格の男は、私の手持ちの中で最も力が強いバンギラスのキノに抑えてもらっている。窓からの狙撃を防ぐために、窓のブラインドは落としているが、窓ガラスは割れているため、容赦なく風が入り込んできて、血で濡れた体には少々寒い。
「それは……」
相手は言いよどむ。待っていられないので、ソーセージを斬るためのナイフで、キノに抑えてもらっている男のふくらはぎをナイフで切る。ギザギザの刃は、ケンタロスのモモ肉などに残る筋など、鋭いだけの刃物では切りにくいような物でも切れる。当然、人間の肉だって簡単に切れる。声にならない声を聴きながら、溢れる鮮血をものともせずに、銀色の刃を前後させる。本当は答えようとしたのだとしても、これくらいは脅さないと意味がない。
「で、君達の目的は?」
「ア、アルセウスを呼び覚ますとか、ダークトリニティ様はおっしゃっていました……ですが具体的な方法は教えてくださらず……」
「なぜ君は、ダークトリニティとかいうクズのために敬語を使っているんだい?」
再び、ふくらはぎにナイフを前後させる。叫び声もまた響くが、赦してやる義理はない。
「ほら、乱暴な口調で言ってみなよ。ダークトリニティは屑だって。こんど見かけたらウンコ投げつけてやるって、言ってみなよ」
笑顔で語りかける。
「だ、ダークトリニティは屑です!」
力の限り、声のあらん限り叫んだだろうそのセリフ。こうも簡単だと面白くない。
「自分の上司を売るだなんて最低だね。そんな奴の言葉信用できないなぁ」
と言って、ナイフを太ももに突き立ててやった。また叫び声が響いた。この店には、3人のテロリストが襲撃を担当していて、そのうち1人は女性。彼女は、他の2人がやられた時点で降伏していたが、まだ無傷だ。気に喰わない。
私が立ち上がると、彼女は怯えたヨーテリーのように体を震わせる。
「そんなに怖がらないでくれ……私は女性を殴ったりなんかしない主義だから」
笑顔で語りかけ、頭に手をポンと置く。一瞬だけ安心した表情を見せたその時、髪の毛を掴んで、膝蹴りを放つ。汚らしい叫び声が上がる。
「ただ、蹴らないとは言っていない……ねぇ、聞きたいことがあるんだけれど」
膝蹴りは悪くすれば一撃で倒れかねないが、手加減したので鼻血が出るくらいだろう。女はマスクの下で血が滲んでいて、涙を流している。私は髪を掴んでそいつを厨房まで移動し、マスクを取り外して、まだ熱を持ったガスコンロに押し付ける。頬が焼けて、悲鳴が漏れたが構う事は無い。
「お前らのボスは、誰だ? 指揮権は誰にある?」
「だ、ダークトリニティの3人に……」
「目的は、奴らの言ったことで間違いないかい?」
「は、はい……」
女は、私の強さには格闘でもポケモンでも絶対にかなわないと悟っているのだろう、素直で従順だ。うん、外で人が死んでさえいなければとても気分がいいだろうに、残念だ。
「完全におびえ切った目……いいねぇ、そそるよ。もっと、傷つけてあげたい」
意地悪にそう言って、息を吹きかけて笑う。
「で、目的を達するための具体的な方法は?」
再び女に尋ねる。女は涙を流しながら黙って首を振るが、しらを切りとおすつもりなのだろうか?
「大切なことを喋れない口ならいらないね。焼くか」
ガスコンロのレバーに手をかけて微笑んであげると、女性はさらに震えあがる。
「や、やめて下さい……本当に知らないんです。本当です!」
震えながら怯えた目で許しを請うが、私はレバーに手をかけ髪の毛と頬を燃やす。女性が首を大きく振って逃れようとするが、ナイフで頬を貫いた状態で押さえつけると、その痛みに負けて動かなくなった。そうして数秒肌を焼いたところで、火を消してあげる。
「命乞いの言葉は聞いていない。具体的な方法を聞きたいんだ。難しい事じゃないだろ?」
「助けてぇ!」
もう一度訪ねると、女は私の手を振り払って逃げようとした。頬が抉れているのに無茶をする。
「カットちゃん。あの女の足にハサミギロチンするんだ。切断していいよ」
逃がすわけにもいかないので、足を切断してもらう。ここまでして吐かないということは、きっと本当に知らないのだろう。なんだ、服が汚れるだけ損だったか。キリキザンのカットは、私の命令を迅速に実行し、女を捕まえたかと思うと、その足を胸の刃に挟んで足を掻っ捌いた。鮮血がほとばしり、その匂いにひかれてヘルガーとレパルダスとアブソルが寄っていき、床に散った血だまりを舐めている。
「その足も食べていいよ」
と、私は笑顔で二匹に指示を下す。
「さて、私はもうここを出るよ。他の所にも、同じように捕まっている人がいるだろうしね。あぁ、そうそう……プラズマ団の君達に一つアドバイスだ。殺されたくなければ、自殺をお勧めするよ」
両腕を広げ、プロパガンダ的な演説でもするかのように大げさに、私は言葉を吐きだす。
「なぜなら、このお店の客は大多数が生き残っているが、いくらかは死人が出ている……そんな君達を、お客様たちが許すと思うかい? 私は、とても高潔な人物だからね、そんなことはしないけれど……この恐怖で頭がおかしくなった人や、さっきの銃撃で肉親や恋人を失った人は、君に復讐をしたいと望んでいるはず。その復讐の光景が、どれだけ悲惨なものになるか……私は想像すると可愛そうで涙が出るよ。
きっと、男性は指と腕を全部折られて、死を乞うような酷い責め苦を受けるだろうし、女性は辱めを受けるかもしれないね。でも、それは自業自得だから仕方ないよね……この店内にいる皆さんも、私がいないからってそんなことをする人がいたら、止めなきゃだめだぞ? ギーマお兄さんとの約束だ」
おどけた口調で、笑顔のままに言い放った。『目が笑っていない』というのは、きっと今の彼の表情のことを言うのだろう。
そこまで言って、私は咳払いを一つ。
「そうそう、モンスターボールに不調が出た場合は……モンスターボールを足で踏むなどして、割ればポケモンを中から出す事が出来る。ポケモンで戦える者は……戦えるような強力なポケモンを持っている者は、できれば私に力を貸してほしい。今は一刻を争う状況だ。私一人で何とかできる状況じゃないから……頼む。銃弾が怖いかもしれないが、このネイティがいれば、マジックルームの効果で銃は使用できなくなる。
他の者も、マジックルームを使えるポケモンがいたら力を貸してほしい」
「待ってくれ……ギーマさん。貴方は、なんでそんなエスパータイプのポケモンを持っているんだ……?」
客の一人が尋ねる。恐らく、私が悪タイプ使いだという事を知っての質問だろう。
「保険だよ。マジックルームで銃を封じる事が出来るのは、レンジャーたちにとっては常識だから、私もレンジャーに倣って持ち歩いているんだ……この街で昔、怨みを持った人物に銃で襲われたことがあってね。エスパータイプは試合では使わないけれど、こういう時には使うんだよ」
嘘だが、『こういう事態が起きることを予見していた』というよりはいいだろう。言い切ってしまえば、意外と人は信用してくれるものだ。
「アルセウスを呼び出すだとか、酔狂なことを言っている。アルセウスっていうのはシンオウ地方の創造神と呼ばれているポケモン……嘘ならいいが、もしも本当だったら手が付けられなくなることは必至。止めるのを手伝ってくれ」
頭を下げる。四天王の肩書きなんて大した意味はないが、こういう時は役に立つ。私の言葉が、誰ともわからないような無名選手だったら、人の心を動かすことも出来ないだろうが……。
「あ、あの……私のポケモンでも大丈夫なら……私、バッジ6つもっていますので……」
こんな風に揺さぶられてくれる者はいる。隣にいる友人らしき男が、危険だよと止めるが、申し出てきた男は『分かってるさ』と突っぱねた。
「十分だ。補助だけでもありがたいよ」
とにかく、銃声と爆発音はそこら中から響いていた。今は戦闘要員を数を集めないことにはどうしようもない……今日来てくれている他の人達も上手くやっているといいが。