BCローテーションバトル奮闘記





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覚醒編
第六十三話:サンタレース

12月6日。チャンピオンマスターのデンジがホワイトジムに訪れる数日前。育て屋にて。

「……私が手に入れた情報をすべて纏めるとこんなところだ」
 ギーマから私に、ネットを介したビデオ通話で情報が送られてきた。
「まず、発信機を着けた女性に嫌がらせの電話を続けて得られた情報だけれど……まず、君達育て屋やブリーダーから購入したポケモンたちは、12月22日に一旦組織へと返還するように命じられていた。ポケモン狩猟反対の団体に所属している奴らは全員、そこは共通しているらしい」
 横流しされた私のアイアントやメタグロスは、その日に謎の組織に返還される……というわけか。

「そして、そのあとの24日の昼過ぎ。ホワイトブッシュにてデモが行われる。強力なポケモンを用いて、スポーツハンティングに訪れたトレーナーに妨害を加えた狩猟反対を謳う集団が、強力な力を持ったポケモンを持たずにで、デモをするという事になる。何故だか、と考えると……陽動という考えが一番しっくりくる。
 君が育てたような強いポケモンを持った奴らが、大規模なデモなんてしているということになったら、ポケモンレンジャーは何か大事にならないようにと、人員を割かざるを得ない。まったく、聖なる日の前にご苦労なことだね……」
「……24日と言えば、午後からブラックモールではサンタレースが開催されるな」
 重量のある車を引いて、チェックポイントにプレゼントを置いてゆき、荷物を軽くしながらすべての荷物をチェックポイントに置いて回るレース。障害の多い近道と、遠回りの平坦な道をチェックポイントごとに選ぶことが出来るため、スタミナの管理が重要なレースである。
 クリスマスバーゲンセールも行われることと相まって観客も非常に多く、またところどころにダークライサンタのオブジェクトのオブジェクトがあったりして、モール内は非常に込み合う。
 それゆえ、ポケモンを出すことは障害者や、肩に乗る程度の小さなポケモンを除いて制限されてしまうという日でもある。
「――わけだが、つまり……何か事を起こすとしたら、サンタレースの最中……いや、数分前と言うことになるわけか? 選手も直前までポケモンは出せないはずだし」
「だろうね。少なくとも、私が悪の組織のテロリストだったらそうする。特にサンタレースのスタート地点はポケモンも多く集まるだろうし。そこに一番強い兵隊を送り込んで、それでもって、モンスターボールの機能をジャミングする装置も使うね。
 ボールからポケモンが出せなくすれば、一般人にテロリストに対する反撃の力はほぼなくなる……それを防ぐには、モンスターボールを工業製品ではなく、手作りのボングリを使うか、もったいないけれどボールを割り砕くかの二つだろう。
 以上、本当に事件が起こるかどうかは定かではないが、起こるとした場合の仮定だ」
 ため息をついて、ギーマが報告を終了する。

「……その事についてなのだがな」
 と、前置きをして私は資料を手に取り、また資料のファイルをギーマへと送る。
「これは?」
「これから説明する。まず1ページ目は、この街に住む陰陽師の依頼件数だ……守秘義務があるため詳しくは答えられないそうだが、依頼件数が8月あたりから激増している。理由は、ポケモンや人間の性格が、急激に変化してしまったと言うことだ。精神病院のほうも、調べてみると患者の数が増えているらしく……特に、ダークライ・ビリジオン感謝祭の所以は覚えているな?」
「ダークライとビリジオンが来る前は、この街では突然人やポケモンの人格が変わってしまうことがあったけれど、それらのポケモンが来たおかげでそんな怪奇現象はなくなった……その事に感謝するお祭りだろう?」
「あぁ。最近はダークライがサボっているからなのか、その怪奇現象が再び起こり始めているんだ……。ダークライは、光を掌握する存在……ゆえに、光という概念に依存する『時間』という概念を操ることが可能だ。
 だから、未来の事を予知する能力を持っているわけだが……」
「知ってる。悪タイプのことだからね……ダークライの事にも詳しいよ。あぁ、君が言いたいのはつまり、『ダークライがサボっているのは何らかの理由があるから、その理由がこれから起こる事なんじゃないか』って言いたいわけだね?」
「そういうことだ、ギーマよ」
 私が言い終えると、ギーマは顎に手を当て考える。
「以上の事を纏めてだ……警戒しておくことに越したことはないというわけだ。ちょっと、人に頼んで化学兵器を……毒ガスばら撒くようにインターネットで予告しておく……そうすれば、警察やレンジャーが警備員を増員するだろう」
「犯罪予告か? それも犯罪だぞ……」
「分かってる。嫌がらせをしている女性の携帯電話でも使ってやるさ」
「また、危ない話をわたるな、お前は」
「大丈夫、私は手を汚したりはしないさ。ついでに、通意他に……『#有益な情報で他者と意思を通わそう』のタグで、モンスターボールは割ればポケモンを出せる事を流しておく。とっさの時に役に立つかもしれない」
「……大々的に発表して、未然に防ぐと言う選択肢は無いのか?」
 ギーマがしたいことは大体分かった。あえて、起こるかもしれないテロを起こさせることで、相手を泳がせ逆にすぐさま鎮圧しようとしているのだろう。しかし、それは言い換えれば犠牲者が出る事をみすみす見逃すと言うこと。
「分からない……君が言いたいことはわかるよ。犠牲者を出す事は覚悟の上なのかって。けれど、君も同時に分かっているよな? ヘタに計画を頓挫させるよりも、例え犠牲が出てでもここで叩いてしまった方がよっぽど犠牲者が少ない可能性があるって事を」
「確かに、一時しのぎよりかは一気に始末できたほうが楽だが……ジレンマだな……まったく関係のない人物でも、死んでしまうとなると心が痛む」
「分かってる……こちらも少しばかり、戦力を整えておく」
「……戦力?」
 ギーマの言葉に、私は首を傾げた。
「ブラックモールで、サンタレースの日にバトルと立食パーティーによる交流会を開く。幸い、私の呼びかけならば集まってくれる人も多いだろう……四天王という肩書が、役に立つだろう」
「四天王仲間やチャンピオンか?」
「まぁ、そのつもり。シキミちゃん体が弱いから……と言って、誘わないと……怒るだろうな。事情を話して、断ってもらうっきゃないかぁ。断らないなら、それはそれで仕方がないけれど」
「あぁ……確かに、事件が起こるかもしれないって時に、体が弱いシキミを呼ぶのは酷だが……まぁ、そうするしかないか」
 確か、あの人は喘息持ちで、今でも陸上グループのポケモンは近づいただけでダメであったか。そんな人に暴れなければいけない可能性のある危ないパーティーには参加させられないのも当然といえば当然か。

「残念ながらね、相手の組織については、偽名を使っているし、指令一つ出すにも外国のサーバーをいくつも経由しているとか、ポケモンを送る場所も、バラバラの土地に送られているなど、自分の身元がばれないように、ありきたりだけれど間違いのない対策をしていてね。便利屋でも、調べがつかなかった……
 ただ、暗躍している何者かが入ることは確かだ。それがただの金を要求されるだけのテロでもおおごとだが、プラズマ団のような困ったちゃんだったら、計画によってはこの地方そのものが危ういからな。だから、もしもの時は、色々頼むよ」
「……了解した」
 あまり話を大きくしても、相手の組織が感づいてしまっては意味が無い。そのため、少数精鋭で動こうと言うのが、ギーマの案であった。
 クリスマスの日までは、それに対する漠然とした不安を抱えながらの日々であった。

 ◇

 12月24日

「『俺はサンタレースを見物しているから、もう一回スバルさんに着てもいいかどうか聞いてみてくれよ。一緒にクリスマスプレゼントを買おうぜ』っと」
 俺はブラックモールを眼前に控えたところでメールを打ち終える。クリスマスイブとなった今日は、このブラックモールもクリスマスムード一色だ。きらびやかなイルミネーション、ところどころにあるダークライサンタのオブジェ。
 ビリジオンがそりを引き、ダークライがサンタというのがこの街での伝統的なクリスマスの装いだが、そのおかげかこのブラックモール内のポスターには、他の街では一般的なメブキジカとデリバードがセットになった絵やオブジェが極端に少ない。そして、このダークライサンタは、プレゼントを配る一方で悪い子には悪夢を見せると言うから、『いい子にしていないと怖い夢を見ちゃうぞ』というのが、親の脅し文句の一つとして定着しているのも、他の街には無い特徴であった。

 今日はそこら中でケーキや三面鳥((ドードリオ))が売られ、また恋人や子供へのプレゼントのために服も宝石もブランド物のバッグや小物など、軒並みセールが為されている。そのおかげで、この街は人でごった返し、ポケモンを出すのは制限されているのだが、ねーちゃんだけは足が不自由な関係もあって、サーナイトやロトムを出していても、介助ポケモンであることを証明する札を付けていれば咎められることはない。
 この賑やかしい雰囲気に、仄かに感じる幸福感は、今カズキの事を考えているからなのだろうか。最近はローテーションバトルばかりやっているとはいえ、友達とシングルバトルをやれば負けることはないから、賭け試合をやって稼いだお小遣いがある。
 その他、母さんから貰ったお小遣いもあるので、財布の中身は重いくらいだ。それでなにを買うか考えるだけでも胸がわくわくする。それに、極めつけはねーちゃん監修の下、着込んでみたお洒落着だ。真っ白いコートの中に、毛糸で編まれた黒のカーディガン。端っこに白いミミロルが描かれた真っ赤なマフラーに、黒と灰色のチェック模様のズボン。
 ねーちゃんのお古が大半だが、これを来ていると、可愛くなったような気分がして、ようやく女の子になったような気分だ。男ぶるのもいいけれど、こうやってたまには女の子として歩いてみて、カズキの反応を見てみるのも面白そうだ。もちろん、毎日着るとなったら非常に鬱陶しいことこの上ないけれど……こんな日に、カズキと一緒に歩けたらなぁ。
 昨夜誘ったカズキはスバルさんに午前中の仕事を命じられているとかで断られてしまったから、後でこの格好であいつの家に突撃して驚かせてやりたいもんだ。


「なー、ねーちゃん。これ見てくれよ!」
「ん、なーに?」
 カズキは料理が得意だからと、食器を選びに調理器具や食器の専門店に訪れている。
「ほら、包丁。カズキのやつ、狩りで殺した熟成されていない肉を裁くことが良くあるだろ? そういう肉って堅いからさ、切れ味のいい包丁を買ってあげたらいいんじゃないかと思ってさ」
「2万か……鋼を使って刀匠が鍛えた包丁ねぇ……ジョウトからの輸入物なんだ。メーカーに問い合わせれば研ぎ直しも出来るのは魅力だけれど、買うの?」
「俺、せっかくお小遣いを貰ってもあんまりお金使っていないからさ。だから、カズキに使ってもらえるならそうして欲しいかなー……なんた。ほら、それに美味しい料理食わして貰えるかもしれないだろ? 良い料理人には良い包丁がなきゃさ」
「あんた、自分でも料理できるようになっておきなさいよー?」
「だ、大丈夫……最近は目玉焼きやホットケーキも焦がさずに作れるようになったから……レシピもあれば、一応作れるし」
「というか、前までレシピをきちんと見ていなかっただけでしょー、あんたは」
 図星だなぁ……その上、待つのが面倒だから弱火にするところを強火にしていたりとかが一番の原因だったりする。
「あんたは力が強いんだから、いい料理を作れるはずよー? 面倒くさがって、クオリティ落としちゃもったいないって」
「わーかっているけれどさ……味付けのセンスが壊滅的なのも問題だよなぁ」
「そんなの、醤油をベースにして置けば案外大丈夫よ。万能の調味料だし」
「それじゃあつまらないって。もっとこう、砂糖とか酒とかそういうのも使いこなしてみたいんだよ……難しいのは分かってるけれどさ」
 ねーちゃんと2人。お洒落な食器を選んでいるカップルや、男性客が多い中で、俺達は実用性重視の鋼の包丁に釘付けであった。ここにいないカズキの事を好き勝手に言いながら、時に姉妹でお互いを弄ったり、ここにいないカズキを専業主夫にする妄想を働かせたり。

「あ、カズキからメールだ」
 そんな幸福な一時を味わっていると、待ち焦がれた返信が訪れる。
「おぉ、愛しの彼から? どう、デートの約束は取り付けた?」
「急かすなよ、ねーちゃん……ん?」
「どしたの? カズキのやつ、母さんに来ていいかどうか聞いてみたところ……あぁ、つまりスバルさんに聞いてみたそうなんだけれどさ。『なるべく早めに帰るように伝えろ』って言われたらしいんだ……なんだろ、雹でも降るのか?」
「そんなの……聞いた事もないけれど。警報でも出ているのかしらねぇ? あぁ、そういえばなんだか毒ガスによるテロの予告が電子掲示板にあったとか何とか、そういう話は聞いているけれど、それの関連かしら?」
 そう言って、ねーちゃんも携帯電話を起動し、天気予報のアプリを見る。しかし、異常気象の予報も特になく、午前11時47分現在、ブラックモールは快晴である。
「……よくわからねーが、一応カズキに従っておくか?」
「どうしようかしらね……コロモは何か感じる?」
 ねーちゃんが車椅子の後ろに待機しているコロモに、手話を交えて振り返る。コロモは胸に手を当てて
「『感じ』『ない』……何も感じないのね? うーん……エスパータイプだからと言って、やっぱりそうそう未来予知ができるわけじゃないわよねぇ……」
 コロモは、右こめかみに中指を当てて『感じ』、右手と左手をそれぞれの肩の前でくるくると回して『ない』と表現する。
「いいよ、スバルさんが言うんだ。何かあるんだろう……多分」
「多分って言うのは……」
「確定だったら、恐らくもっと剣幕のあるような言い方をするだろうし……というか、良く分からん。でも、スバルさんが無意味なことを言うとは思えないし、さっさと包丁を買って帰ろう」
「……分かった。行きましょう」
 俺はこの日のために溜めたお金で高級な包丁を購入する。札に変えておらず細かい金が多かったので、店員さんは苦笑していた。あれだけ硬貨を使うような支払いは、本当は断る事も出来るけれど、店員さんが親切だし、客もじっくり選ぶからレジが混みにくいおかげで助かった。
 包丁を購入し終えた俺達は、正午に開催されるサンタレースの見物を諦める事をもったいなく思いつつも、素直に帰路につく事にする。サンタレースは、選手も観客もコスプレに気合を入れていることが多いから、ものすごく楽しみなのにな。
 ミニスカと黒タイツを着たお姉さんがダークライサンタのコスプレをしたり、魔法少女や戦隊物、人気のアニメのキャラに扮して街を走ったり、それを応援したりと言う風景は非常に心が躍る。今も、獣剣戦隊オンレンジャーのリーダーであるコバルトブルーとすれ違ったし、ロトム戦隊デンジャー家電のヒートレッドとかも先程見かけた。
 音楽を魔法に変える魔法少女シリーズのムジカ☆マギカや、機動戦士ベルーグそのものが歩いていたり、ハロウィンよりも仮装の自由度が高い分見ていて楽しいのだ。それを一緒にカズキと見物できたら幸せだったろうになぁ。しかし、今日は何だか軍人さんのコスプレが多いような……銃や手榴弾なんて持っていたりして、本格的だなぁ。

「あーあ、カズキと一緒にデートしたかったなぁ」
 俺達は広いレンガの道を行く。商材搬入用のトラックが20トントラックですら通れる道幅のこの道路は、真ん中を花壇とベンチで仕切られていて、下には茶色いレンガが敷き詰められている。クリスマスの今は、真ん中と両端にある街灯と街灯の間をイルミネーションの橋が繋ぐお洒落な道だ。
「デートはまたの機会にしましょう。お正月とか」
「あー、いいなぁ。正月ならコイループも出来るし、その時こそ2人で水入らずで……コロモ?」
 ねーちゃんと2人で並んで歩いている最中、ふと振り返ってみればコロモが1人の男を凝視している。しかも、コロモの表情が怖いし、胸の角もやたら強い力で抑えているのか、指先がほんのり桜色になっている。
「あ、コロモ……」
 同じく気付いたねーちゃんもコロモに話しかけるが、コロモはまったく反応しない。むしろ、更に男の方へ近づいていく。
 コロモの視線の先にいる男は、妙にソワソワしていた。やたらゴツい紙袋を地面に置いて、それを足の間に挟みながらベンチに座っている。コロモ睨んでいる事に気付いた男は、そそくさと目を逸らし、立ち上がる。だが、男は紙袋を持っていかず、そこに置きっぱなしだった。
「おい、コロモ……」
 コロモは男を放っておくことはせず、人の流れを断ち切るようにずかずかと歩いて、その紙袋を持って男に差し出す。というよりは押し付ける。
「な、なんだよお前」
「それ、アンタの持ち物だろう?」
コロモの後ろから、俺はそう言ってコロモをフォローした。
「ゴミを捨てられたら困るんだ。特に、今は毒ガステロの予告が出ているんだからな。不審物を置かれちゃたまんねぇ」
 と、言うのも……何者かが毒ガスのテロの予告をしたおかげで、ブラックモールにはところどころに不審物に注意の張り紙が張られ、また警備員やポケモンレンジャーを良く見かけるのだ。迷惑な話である。
「それは、俺のじゃ……」
「本当か? お前のじゃないのに、足の間に挟んで大事そうにしていたようだが? というか、目を逸らすなよ」
「くっ……大体、なんでお前はポケモンを出しているんだ!? 今はポケモンを出すのは原則禁止のはずだろう!?」
「あれを見ろよ。ねーちゃんの手持ちだ。それに首にも介助ポケの札がついてるだろ? 問題ないだろ」
 俺は親指を立てて、後ろにいるねーちゃんを指差す。
「あの車椅子に乗っている女の子……俺のねーちゃんなんだけれどさ。そのサーナイトは、あの子の手持ちなんだ。確かに混雑を避けるためにポケモンは制限されているけれど。介護に使う場合は認められているから問題ないし……それに。お前、サーナイトに嘘をつけると思っているんじゃないぞ?」
「こ、このガキ……だ、誰か! 助けてください! この女性に絡まれているんです!!」
 そういう手段できやがったか。糞野郎め……。周りには何事かと、人が集まりだす。

「どうしたんですか?」
 そうこうしているうちに人だかりが出来て、テロの警戒に当たっていた紺色の服を着た警備員がこちらに来る。くっそ、面倒な事になりやがったな。
「この女の子が、ポケモンを出して俺に因縁をつけて来るんだ! この紙袋が俺の持ち物だとかなんだとかで……」
「アンタのだろう? 俺は見たんだ、こいつが紙袋を大事そうに足の間に入れて座ってたのを。それでもって、コロモ……このサーナイトに睨まれた瞬間にそそくさと立ち去ろうとしたのをさ」
「それは言いがかりだ!」
 まだ言うか、この男は。
「まぁまぁまぁ。お嬢さんの言う事も一理ありますし、ここはちょっとお話をお聞かせ願えますでしょうか?」
「お、俺はサンタレースの開会式を見に行きたいんだが……」
「まぁまぁ、少しでよろしいので」
 男は明らかに動揺しており、警備員のお兄さんもその様子をひしひしと感じている様子。大分濃厚な黒だな、こいつ。
「ん、コロモ?」
 後ろで声がする。
「『あの人』『嘘』『言う』……」
 コロモは例の男を指差して、嘘を言っていると、ねーちゃんに対して手話で語る。
「今のは……」
 そのやり取りを見ていた警備員がこちらに目を向ける。

「あぁ、俺の家のポケモンは手話を覚えさせているんだ。介護してもらうために育てたポケモンだからな。日常会話くらいならある程度出来るぞ」
 俺が言い終えると、コロモはさらに続け、それをねーちゃんが訳してゆく。
「『あの人』『思う』 『怖い』『困った』……ははぁ。今の状況に恐怖を感じつて困っている、って言いたいのね?」
 そのねーちゃんの言葉に、コロモはその通りと頷いた。
「だ、そうだけれど? あんた何者……その紙袋の中身はなんだ?」
 サーナイト相手に嘘をつくには、非常に高度な訓練が必要だ。そんじょそこいらのやつがそんな訓練を受けているわけもなく、こいつもその例に漏れることは無いだろう。
「くっ……」
 困極まって男は逃げようと、人の波を押しのけて走り始める。こうなると体格のいい警備員のお兄さんには不利だが、逆に小柄な俺なら簡単に追える。それにこっちにはポケモンがいる。

「コロモ」
 俺が名前を呼べば、その一言で男はサイコキネシスに捕らえられ、御用となった。まぁ、これだけの人ごみではそう簡単には逃げられないだろうし、殿道問題ないのだが。
「この……俺に近寄るな!!」
 逃げられない事を悟って、男は腰につけたモンスターボールに手を伸ばし、中のポケモンを召還する。あのボール……ぼんぐり?
「うっそだろ……」
 中に入っていたのは、ミロカロス。水タイプの中じゃ、間違いなくトップクラスの実力を持つポケモンで、しかもミロカロスは相当のレベルだ。その他に持っていたムーランドやらヒヤッキーやらはたいしたレベルではなさそうだが……。
 そのミロカロス、目に精気が無いような……いや、そんなことはどうでもいいか。
「コロモ、光の壁。コシ、ミロカロスに電磁波!」
 そう言って今出ている2人に指示を下し、俺も新しくポケモンを出す。セイイチならばまず間違いは無かろうと、セイイチを出すと、警備員のお兄さんもほぼ同じタイミングでボールからチラチーノを出した。観衆たちは危ないと判断したのか輪を描くように散らばって、空間が出来た。
「スズラン、ミロカロスにスイープビンタ!」
「セイイチ、ムーランドは頼む!」
 チラチーノにスイープビンタは非常に痛いことで有名だ。ただの平手打ちのみならず、後ろの方でほわほわと優雅に靡いている真っ白な体毛も総動員して殴りかかるその姿は、まごう事無き白い悪魔だ。きちんとコシの電磁波がヒットした後にその攻撃を行っているあたり、的確である。
 さらに、お兄さんはミロカロスの眉毛を掴み、背負い投げ。耳が潰れてカリフラワーみたいになっているところを見ると、自身も相当投げられて強くなったんだろうなぁ。

 セイイチはムーランドの突進をサイドステップで避けつつ、相手の尻尾を掴んで肛門に飛び膝蹴り。一撃で蹲るほどの痛みを与えたところを、更に耳を掴んで持ち上げてから、前に回り込んで上顎を踏みつけ下顎を堅いコンクリートブロックの床にたたきつけた。

 俺はと言えば、ヒヤッキーの熱湯を半身になって避けつつ、距離を詰めて相手の腕を掴み、そのまま足を引っ掛けて小外刈り。相手が地面に倒れてから、腕の体毛を掴んだまま頭を蹴り飛ばし、顔面を踏みつけ、からの腕ひしぎ十字固め。光矢院流の組み手では、普段ならこのまま手加減して痛みを与えて戦意を折ったら解放してあげるところだが、今回はあいにく実戦だ。少々怪我するが、耐えてもらおう。
 相手の体に脚を置いて力を込めると、鳴り響くのは靭帯が切れる音。同時に甲高い叫び声が聞こえるが、抵抗したほうが悪い。こっちには攻撃しておいて、自分は傷付きたくないだとか甘えるんじゃない。

 ムーランドとヒヤッキーはやられたが、流石に図体がでかいだけあってミロカロスはまだやられていない。ハイドロポンプを放ち、それが周りのギャラリーに当たって悲鳴が上がるが、警備員のお兄さんが警棒で頭を叩きつけると、そこにコロモやコシの攻撃が相次いで重ねられ、そのままミロカロスは地面に倒れ付した。
 あー……やっぱり、男の筋肉っていいなぁ。あの一撃で、不思議な鱗の特性が発動しているはずのミロカロスに結構なダメージ与えていたぞ。その特性のことを忘れてむやみに電磁波を使わせちゃったのは反省しなきゃな。
「お嬢さん、ご協力ありがとうございます」
「いえいえ、お仕事ご苦労様です」
「暴行罪及び器物損壊の現行犯。あの紙袋の中身によっては余罪も出てきそうだな。警察を呼ぶから待っていろ」
 言うなり、警備員のお兄さんはウルガモスを繰り出し、糸を吐かせて逃げようとした男を後ろ手に縛ってベンチとつなげてもらう。警備員のお兄さんは見事な手腕であるし、結構いいポケモン持っているんだぁ。
「無様な姿だな」
 傍らには例の紙袋を置きっぱなし。口はふさがれて居ないから喋れるだろうが……なんだろう、蹴っ飛ばしてやりたい。けれど、ここはぐっと堪えよう。
「た、頼む。この紙袋をどけてくれ……」
 警備員のお兄さんが警察を予防と電話をしているあいだに、男はそんな事をお願いしてきた。
「なんで? 置いていっても安心のものなんだろう? なら、となりにおいといても大丈夫じゃないか?」
「爆弾なんだ、これ!!」
「え……」
 周囲が騒然とした。押し倒さんばかりに人の輪が広がり、その場から人がいなくなる。男性が大声で爆弾がある旨を叫ぶと、今度は遠巻きに見守るギャラリーが現れ始める。
「早くしてくれ! 59分の30秒に爆発するんだ!」
「それっていつだよ……いいや、いつでも。ねーちゃん、逃げよう」
「おい、待ってくれ! 俺も助けてくれよ」
「知るか! 責任とって盾にでもなってろ」
 時間はすでに分からないけれど、急いだほうが良いだろう。ともかく、もう触るのも危ないと思うので、近づいちゃダメだ。
「おい、やめろ! 助けろ、助けてくれ! 誰か!!」
 残虐だということは重々承知しているが、避難する余裕も無いのか、もっとやれと思われているのか、ギャラリーはサーナイトのサイコキネシスで飛ばしてやれとは言わなかった。
 ところで、今何分何秒だ?

「ちょっと、キズナ。助けないの?」
「助ける必要なんてないだろ。それに助けようとしたときにちょうど爆発したらどうするんだ!?」
 ともかく、俺達も逃げないと。もう、近づくのは危険だからと誰も近寄ろうとしないし。
「だからまぁ、コロモ。助けたかったらサイコキネシスで助けていいぞ」
 コロモは動かなかった。つまりそれって、誰もがあんな奴死んでしまえとでも思っているのだろう。サーナイトは、人の感情を読み取ることが出来るポケモンだから、それが民意なのだろう。まぁ、自業自得という奴だ。
 言いながら俺は、携帯電話で時報を聞こうと起動するのだが。
「電波が圏外だ……」
 ありえない。このホワイトモールはどんなに混んでいる日でも、圏外になることなんてなかったはずなのに。
「ねーちゃん、携帯の電波通じる?」
「こ、こんな状態でよくそんな事を気にして……」
「時間調べるんだよ……今はもう59分。もうすぐ爆発するぞ……」
「そういえば……耳、塞がないと」
 男はまだ叫んでいた。ベンチにつながれて動けないまま、賢明に動こうと努力していたが。数センチも動ける様子はない。様子を見ていて破片が飛んできたりでもしたら笑えないので、俺もゲームセンターの室内に隠れて爆発を持った。

 聞こえてくる轟音。それはビリビリと建物を揺らし、振動を肌で感じられるほど。ロックコンサートの会場のようだ。そして。遅れて届いてきた音を聞いて分かったことがある。
 爆発は、一箇所ではないようだ。所々から叫び声が上がっている。
「おいおい、色んなところで爆発があったぞ?」
「あいつ1人以外にもたくさんいるの?」
「どうするんだよ、ここにいたらまた何か爆発するんじゃないのか?」
 恐怖心を煽られた客や従業員がかってな憶測で色んな事を話し始める……やばいな、こりゃ。避難だけでも二次災害がおきそうだ……くっそ……カズキの言う事に従っていれば。
 しても仕方の無い後悔をしている俺に、更に問題が降りかかってきた。

「きゃっな、な、なにを!!」
 ゲームセンターの奥のほうで女性が髪の毛をつかまれ、男に連れられている。
 あいつ……銃を持って……髪をつかまれたまま下を向いている女性を、撃ち殺した……まったく容赦が無い。そばには、フローゼルやらツンベアーやらドータクンやら、雨を降らすことでアドバンテージを得るポケモンたちばかりだ。敵は4人と3匹ほど……だろうか。
「うっそだろ……」
 老若男女分け隔てなく叫び声を上げて、逃げようとするが、銃を向けられ、逃げる者は後ろから撃たれた。
「止まれ! 止まらないと撃つぞ!」
 警告を出す前から撃っているし、警告を出した後も逃げていた客は結局撃ち殺される。俺はすぐさまクレーンゲームの後ろに隠れたから平気だったけれど……。周囲には、ポケモンに何とかさせようとして、モンスターボールを起動させようとしている人たちがちらほらいるが、しかしまったくボールが起動しない。一体どういうことだよ……何が、何が起こっているんだ?
 携帯も圏外だし、一体どうなってやがるんだ……何か、妨害でもされているのか?
「そうだ、ねーちゃん……」
 はっと気付いて、振り返るが、きちんと生きている。コロモもセイイチもコシもきちんと生きていて、コロモはリフレクターと光の壁を張りながら恐怖で震えている。それでも、命がけでねーちゃんを守ろうとしているあたり、本当に恐れ入る。サーナイトの種族ってのは伊達じゃないってわけか。
「よ、良かった……」
 気付けば、産まれて初めて出すような情けない声だった。震えてる……声が。
「き、キズナ……どうしよう」
「わかんね……わからねぇよ……俺にどうしろって言うんだよねーちゃん」
 まず、どうしようと言われてもどうすればいいのか……。

「このブラックモールは、我々プラズマ団が占拠する。店内に残っている客は頭の後ろに手を置いて、こっちに来い」
 プラズマ団……だって? あいつら、ゲーチスがいなくなって大人しくなったと思ったら、また活動を始めやがったのか? 確かに、普段着と言うか一般人に紛れ込む服を脱いだあいつらの装束は、記憶にあるあの黒い悪趣味な制服。
 つまり、俺達はやつらの大切な人質になってしまったらしい。その人質に大人しくもらうために、まずは数人見せしめに殺して……と言った所なのかな。怖い……どうすればいいんだ。従うのか……従ったほうが、ねーちゃんを守れるのか? いや、無理だ……ポケモンを出している俺達が許されるわけがない。奴らはゲームセンターの奥に近い方から、奥の方へ人を誘導しつつ、少しずつ、こっちに来る……どうする、どうする……?
 そういえば、何か引っかかって……そうだ、ぼんぐり。あいつらが使っているモンスターボールが、なぜか全部ぼんぐり製で……そうだ。モンスターボールが起動しない状態でも、ぼんぐり製のモンスターボールか、割るかをすれば……ポケモンを外に出せるんだっけ。そうだ……!

「ねーちゃん、クラインとアクスウェルのボールをくれ……」
 ゲームセンターの喧騒にギリギリ負けない程度の声で、声を掛ける。
「戦うの……? でも、皆……ボールが起動していないみたいだけれど……?」
「ねーちゃんいつだったか、ギーマさんの通意吐をRE通意吐してたじゃん……『ボールを割れば、ポケモンを出せる』って。幸い、俺達のポケモンなら、リフレクターさえあれば、ちょっとやそっとの弾丸なんてどうにでもなる奴がいる……だから……」
「ダメだよ、キズナ……死ぬよ……死んじゃうよ」
「大丈夫だから。俺はポケモンレンジャーになるんだ……だから……それに、どのみち。コシとコロモを出しているというだけで、俺達は殺されたっておかしくない。介護用のポケモンだから出しているだけだとしても、だ。だったらこっちから殺すしかないだろ!?」
 そう言うと、ねーちゃんは黙ってしまう。自分でも異常な事を言っているのはわかっているけれど……でも、俺としては、早くここを脱出したい。けれど、逃げると撃たれるなら……
「分かった。でも、死なないでよ……キズナ」
「それは分かってる……」
 ともかく、どうすればいい? 近づいてくるのは1人……これはコロモとセイイチだけで押さえられるだろう。問題は他をどうするかだ。そうだ、包丁……こういうことに使うためのものじゃないけれど、使わせてもらうか。


Ring ( 2014/04/20(日) 14:32 )