BCローテーションバトル奮闘記





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第二章:成長編
第六十一話:確かめたいこと


 いやはや、育て屋のポケモンの性格が変わったり、噂を聞いたりはしていたから本当にあることだと思っていたが……まさか、目の前で特性が変わる瞬間を拝めるとは思わなんだ。まだ11年しか生きていないけれど、やっぱり珍しい事なんだろうか。
「しかし、最近こんな怪奇現象が起こり始めたって言ったな。いったいどうしてそんなことになっているんだ?」
 カミツレさんと母さんのやり取りを見ていたデンジさんが、溜まらず尋ねる。
「ダークライです……といっても、ダークライがこうやって怪奇現象を起こして回っているわけではなく、ダークライがその怪奇現象を抑える役割を持っていて……それを、何らかの事情で出来ていない、と言ったほうが正しいでしょう」
 母さんが答える。
 「ダークライはいまだに、住処にしているブラックモール周辺での生存が確認されておりますから、死亡ということはありえないでしょうが……例えば、ダークライ自身がその役目を放棄したとか、病気になったとか、もしくは街の怪奇現象のほうがパワーアップしているのか、それとも……街に対してそれ以上に重大なことが起きる予感がして、それに掛かりきりになっているとか」
「ありえるな」
 母さんの言葉に、デンジさんはそう言って答える。
「長く生きたダークライには、優れた予知能力を持つ個体も存在する……俺が以前住んでいたシンオウでも、そういうダークライが大災害の到来を予知して街を救ったことがある。確か、アラモスタウンとかいったかな? この街のダークライも、何らかの危機を察知した際に、怪奇現象が色々と起ったそうだ」
「ですね……可能性の一つに過ぎませんが」
 と言って、母さんはため息をついた。
「まぁ、どうにもできないことを気にしていても仕方がありませんし、今はとにかく……対症療法していくしかありませんから。それと、カミツレさん」
「は、はい……」
「先程のような現象は精神が昂ぶった人間やポケモンに対して起こりやすい現象です。つまり、貴方のポケモンは私に撒けたことが相当悔しかったということです。その気持ちをバネに頑張れるのであれば、まだまだ成長の余地があると言うこと。それに応えて上げられるように、ジムリーダーである前に、良きトレーナーとしてあれるよう、頑張ってください」
 母さんは柔らかな笑みを浮かべてカミツレさんに語り掛ける。思わず『はい』と答えたカミツレさんの声が、なんだか少し嬉しそうだった。


 カミツレさんの一件が片付いた後は、皆で昼食を囲むこととなった。20人前くらいは軽く入りそうな大鍋の中に、なみなみと煮込まれたホワイトシチューと、それに見合った量の歩リザさん手作りのパン。このホワイトジムは、忍者道場としての側面も持っているが、その忍者道場が合宿をやる際に、これらの調理器具が存分に活躍してくれる。
 チャンピオンマスターの戦いを見学したいと集まったのはジム生のみならず、ポケモントレーナーではなくただの忍者道場の門下生や、アオイさんや俺と母さんのような部外者も含まれているため、料理を囲むのは結構な人数だ。全員に振舞うことこそ出来なかったものの、おかわりをするほどの量は残らなかった。
 食事の最中は、カミツレさんやデンジさんへの質問タイムと化していて、どうやら今日はこういった交流がメインのようである。チャンピオンマスターにいたるまでの道のりや、今まで戦ったトレーナーに関する思い出などを存分に語る場となり、皿が綺麗に片付いた後も、デンジさんは楽しそうにジム生へと語っていた。
 デンジさんがオリザさんと戦う前に、準備運動代わりに戦っていたジム生は、デンジさんからアドバイスを貰ったりなんかして、オリザさんとは違う視点での指摘を受けたり、逆にデンジさんが気付かずにオリザさんが気付いた事もあるなど、チャンピオンマスターと言えども得意分野が分かれている事を感じさせる。
「そういえば、さっきからそこで話を聞いている君。さっきカミツレにガマゲロゲで勝っていたよね。すごいじゃないか、その年齢で」
 話の流れでデンジさんが俺を見て言う。
「あ、はい。母親の育て屋で、毎日預かったポケモンとか、ライバルと切磋琢磨していますので、運がよければああやって勝つ事も……」
「確かに運がよければ勝てる相手もいるけれど、カミツレは運だけじゃ勝てる相手じゃないよ。その年齢でその実力、たいしたもんだよ、君。いつか俺に挑戦してきてくれよな」
 周りから、『おお!』と、歓声が上がる。
「カズキ……すげーなおい。お前、デンジさんからのじきじきのご指名だぜ?」
「キズナだっていずれはそうなるよ。今は一緒に頑張ろうよ。一応、君が俺のライバルなんだよ?」
「そうかい、キズナ君だっけ? 君もカミツレと戦っていたっけ。どっちも、俺が在任しているあいだにリーグに挑戦してくれよな」
 子供っぽいことこの上ないけれど面と向かってそういわれると嬉しくて仕方がなかった。あ、キズナは男の子として扱われているね。

「ところで、デンジさん。バンジロウさんに譲ったイーブイのことって、覚えておりますか?」
「イーブイ? あぁ、雷の石と一緒に譲って上げたんだけれど、結局リーフィアに進化させていたあの子のことかい? それが一体どうしたんだ?」
 デンジさんはきちんとバンジロウさんに送ったイーブイの事を覚えていたらしい。ならば、このこの事もきちんと印象付けてもらえるはずだ。
「えと、この子なんですけれど……」
 ミロクを出す。こいつは、フェンリルの孫に当たるポケモンなんだ。ついでに言うと、シンオウのチャンピオンマスター、シロナさんのグレイシアの孫にも当たるそうだけれど。
「サンダース……まさかこいつ、俺のフェンリルの……」
「孫ですよ。ですので、今日はどうしても顔を見せたく……」
「なるほど。そういえば君の母親だっけか? スバルさんとやらが、バンジロウ君と戦っていた動画を見たよ。あの時にイーブイを貰っていたのか」
 俺、スバルさんが母親って教えたっけか? カミツレさんと戦う前にそんな事を言ったと思うけれど、もしかして聞いていたのだろうか。アオイさんの電動車椅子に夢中になっているかと思いきや、意外に視野が広い。チャンピオンをやっているだけある、周りにキチンと目を配っているってことか。
「……フェンリル、出て来い」
 デンジさんは満足そうに微笑みながら、自身のサンダースを繰り出す。対面したフェンリルとミロクは、嬉しそうにじゃれあって、喧嘩の真似事を始めていた。
「君がバンジロウから貰ったイーブイをサンダースに進化させてくれたこと結構嬉しいよ……でも、そのほかにも色々嬉しいことが多いな。バンジロウ君は、自信家だけれど決して驕らないやつでね。非公式の試合とはいえ俺に勝利した時なんかは、『オイラもすごいけれど、こんなオイラを育ててくれた人達はもっとすごい』……なんて言っていたよ。
 ポケモンバトルでは、ポケモンだけでなくポケモントレーナーも褒められるのと同じ。バンジロウ君自身の才能を信じて育ててくれたアデク、アイリス、シロナに対しての尊敬と感謝を忘れない、未熟なところも多いけれど良いトレーナーだった。
 だからこそ、バンジロウ君は、人を育てることが出来る人を尊敬していて、才能を伸ばしてくれたチャンピオンたちのように、自分も誰かの才能を伸ばしてやれる人物になりたいと常々言っていたんだ」
 デンジさんが語り始めると、皆静かになっていた。聞き入っているなぁ。
「そのバンジロウが君を認めて、そうやってポケモンを託したんだ。その気持ちに応えてやれよ。きっと強くなってくれ」
「は、はい……」
 なんとも光栄なことなのに、こんな返事しか出来ない俺が情けない。
「そういや俺もフカマル貰ったけれど……そこまで深くは考えていなかったなぁ……勉強になります」
 なるほど、キズナみたいに勉強になりますといえば……いや、なんかちょっと違う気もするが。俺とキズナの言葉を聞くと、デンジさんは微笑んで皿に話を始める。

「よし、いい機会だ。ここらでみんなに話をしてみよう。君達に質問するけれど、10万ボルトって技、知ってる?」
 それは、馬鹿にしているのかと思うような質問であった。ヘタすれば幼稚園児でも知っているような、電気タイプの代表的な技の一つである。他の人たちは、周りの人間と顔を見合わせて、『知っているけれどそれがどうしたんだ?』とでも言いたげな顔をしている。
 けれど、俺はデンジさんの言いたいことはなんとなく分かるような気がする。
「技としては知ってます。ポケモンにも使わせています……けれど、なんていいますか。それについて語ってみろと言われたら、5分も持たないような気がします。デンジさんだったら、10分ぐらい余裕で語れますかね?」 
「いや、興味のない人にそこまで語るのは流石に難しいかな」
 デンジさんが苦笑して答える。
「でも、カズキ君。それは模範解答だよ」
 デンジさんのその言葉で、俺は身が引き締まるような思いだった。
「みんなも知ってのとおり、10万ボルトは電気タイプの主力技の一つだ。それぐらいはみんな言えると思う。けれど、例えばエレキブルが使うとき、レントラーが使うとき、ゼブライカが使うとき、ライチュウが使うとき。全部、体のどこら辺からそれを出して、そしてどれくらいの速さで届くのか? そういうことに違いが出るものだ。それら一つ一つを口で教えても、きりが無いしきっとイメージは出来ないと思う。
 だからこそ、俺達ポケモントレーナーは、感覚で学ばなければならない。もちろん、ポケモン自身もだ。10万ボルトと言うのがどんな技なのか、言葉ではなく実感で学び、そして対処できるようになるまでね。俺は、知っての通り、電気タイプのポケモンと一緒に強くなってきた。
 だから、10万ボルトと言う技がどんな技であるか、他の人よりかは多く知っているつもりだ。けれど、知り尽くしたと言うには、俺ですらまだまだ浅すぎる。だから、カズキ君の答えは模範解答なんだ。
 他の模範解答は、『シャドーボールの事もまともに知らない私に、そんなこと聞かないで下さいよ』とか……これ、ゴーストタイプの四天王をやっているシキミさんの答えな。もちろん、君達と同じように、馬鹿正直に『知っている』と答えるような人もいるし、そんな人でもものすごい実力者だったりする。レンブさんとか」
 あぁ、やっぱりあの人は脳筋なのか……レンブさん。
「けれど、詳しく君達に今話していることと同じ内容を話したら、レンブさんも『そういう意味でなら、私も正拳突き一つ知らない。いまだ正拳突きのフォーム一つですら、完成したとは言えない』って、自分自身の事を戒めていたよ。
 だからと言って、格闘タイプのジムで学ぶ君達に、インファイトやとび膝蹴りの事を完璧に知り尽くせとは言わない。言葉のチョイスが難しいけれど、必要だと思う分だけ知っておけばいいんだ。俺だって10万ボルトについて知らないことがあるんだ、知らないことがあったってチャンピオンにはなれるからな。
 このお話で重要なのは、無知を自覚すると言うことだ。かつて、とある哲学者はこういった。『知らない事を知っていると思い込むよりも、知らない事は知らないと自覚する方が優れている』とね。人は、読み終えた教科書はあまり読みたがらないものだ。けれど、読み終えた教科書にも、見落としや、抜け落ちてしまった知識が詰まっていることなんてままある。
 自分が無知である事を自覚していなければ、学ぶべき場面で学ぼうとしないから、そして出来ないから身にならない。けれど、自分が無知である事を自覚すれば、学ぶべき場面で学ぶことが出来るものだ。だから、もしもポケモンバトルで高みを目指すのならば、自分が馬鹿だと思って学んでみることだ。
 これが、俺からのみんなへのアドバイスだよ」
 デンジさんが言い終えると、周りからは『押忍! ありがとうございます!』の声。忍者道場なのに暑苦しい掛け声だなー……キズナの声も混ざっているし。

 話を終えたデンジさんは、ふぅとため息をついて微笑む。
「あまり一方的に話すのは慣れていないから、少しばかり疲れたな。けれど、俺のポケモンはバトルをしたくって仕方が無いみたいなんだ……今は3匹ほど、お休みしなきゃいけないところだけれど、後3匹ほど元気で残っているんだ。ジム戦で使ってもらえなかったから暴れたりなくって不満そうにしているもんでな、誰か相手をしてくれないかい?」
「えっと、それじゃあ俺、いいかな?」
 せっかくだから、俺も挑戦してみよう。以前ギーマさんに挑んだときは2対1なのにドラピオンに苦戦してしまったけれど、今はゼロも成長しているし、やれるだけやってみたい。
「君か。いいよ。けれど、当然だけれど俺はカミツレよりも強いから、そのつもりでね」
「大丈夫です。負け戦と分かって挑んだ戦いなら、何度もありますので」
 その言葉の後、深呼吸を挟んで俺は続ける。
「でも、その度に褒められてきましたから。必要なのは、戦いから学ぶこと。自分に負けない事ですから」
「じゃあ、俺にも褒めさせてくれよ。カズキ君」
 俺がボールを取るのに合わせて、デンジさんもボールを掴む。
「オリザさん、バトルフィールド、借りるぜ!」
「えと、お願いします」
 デンジさんの威勢のいい声に続いて、俺も一緒に頼み込む。
「どうぞ、今日はゆっくり楽しんでいってください」
 オリザさんが、バトルを始めようとしている俺達に許可を出した。
「だとよ、カズキ君。やろうか」
「ええ、頑張ります」
 そうして再び始まった1対1のシングルバトル。カミツレさんには何とか勝てたが、流石にデンジさんが相手では勝てる気はしない。だけれど、試す価値はあるはずだ……
「ゼロ、頼むよ!」
「フレイ、チャンピオンマスターの誇りにかけて、負けるな」
 相手は、メブキジカ。デンジさんが地面タイプ対策に入れている(ただし情報によるきっちりとワイルドボルトを覚えさせている)ポケモンだ。
「……おや、カミツレのときはガマゲロゲを出していたが、飛行タイプで来るとは。大胆だねぇ」
 意外そうな声でデンジさんの顔が笑む。
「ローテーションバトルの試合を見てくださったのならば、この子の恐ろしさは分かるはずです」
「ラムパルドか。あの試合は見事だったよ。フレイ、恩返し!」
 どうやら、先のセッカシティ大会で行われたバトルの大会模様は、スバルさんのブログ上にアップされたものをきちんと閲覧してもらっているらしい。それを見た上で、デンジさんは俺が何をしたいのか察してくれたらしい。
 俺のゼロは、紛れもなくシングルバトルじゃ弱い。けれど、約20秒間だけならば、誰よりも強くあれる……。それが、チャンピオンマスターを相手にしても同じ事を言えるのかどうか、知りたい。確かめたいのだ。

「ゼロ、虫と飛行の技ならば何でもいい。行って来い! 」
 あいつはゼロ。戦いの最中は止まりなんかしない、呼吸も停止も、油断も隙もゼロを目指してやればいいさ。ノンストップで戦って、バテても仲間のフォローがシングルバトルよりも期待できる。確かに今はシングルバトル、仲間のサポートは期待できないが、練習試合なんだ、強さを見せ付けてやればいい。
 まず、頭突きを繰り出してきたフレイの突進を、ゼロは右に飛び退いて避ける。僅かにゼロに合わせて軌道をずらしたフレイだが、ゼロの横移動のほうがよっぽど速かった。フレイは、振り向いて方向転換、とは行かずに、減速してからの二度蹴り。
 尻を見せて攻撃を誘いつつ、あの攻撃。ちょっとやそっとのポケモンならば、見事につられて一発でKOされてしまうだろうが、ゼロはその左足を左カマで撫でるように切り付けてしまう。相変わらず見事な手腕だ。ついた傷は浅かったが、機動力はいくらか奪えるはず。
 フレイが振り上げた足を地面に戻すまでの間に、ゼロは二歩踏み込んで相手の胴を切りつける。明らかに無茶な体勢でサイドステップを行ったフレイの体当たりを、ゼロは膝の力を抜いて股下をくぐりながらかわす。地面にカマを刺して立ち上がったゼロは、そのままカマを地面に刺して逆立ち、浮いた足で蹴りをかまして、翅で飛んで離脱。
「ヤドリギ!」
 一度離脱しようとしたゼロに対し、デンジさんはヤドリギの種を命じるが、数個放たれたその種を、ゼロは避けたり弾き飛ばしたりで、まったく寄せ付けない。カマにくっついてしまった種は、噛み砕いて、体内に根を張る前に無効化させてしまった。
 地面に降り立って向かい合ったゼロは、カマを構えて駆ける。
「捨て身!!」
 デンジさんが捨て身タックルをフレイに命じる。細いながらも、森を駆け抜けるに不自由しないすさまじい力を秘めた四肢が大地を蹴り、ゼロめがけて巨体が動く。すっかり葉の落ちた真っ白な角を見せ付けるように突進。しかも、バランスが無茶苦茶になるだろうに、角を振り乱しながらの突進だから、かなり迫力があるし、横に広く当たりそうだ。
 しかして、ゼロは冷静だった。ゼロから見て左に振りぬかれた角とは逆の方向に自身の体を傾け、がら空きになった右頬にカマを当て、それを手がかりに足での移動の一助とする。ついでと言っては何だが、当然のようにフレイの右頬には切り傷が出来て血が滲む。
 そして、通り過ぎていったフレイを追ってゼロは駆け抜ける。今度は二度蹴りによるフェイントを使わず、フレイはすぐに振り返って角でたたき付けてみせるが、そこにカウンターとして決まったカマがフレイの首に叩きつけられる。
 フレイは、ぐふぅと汚らしい声を上げて呻くが、幸いなのはゼロの攻撃に体重が乗っていなかったこと。首への一撃だ、もしもゼロの攻撃にそれなりの威力があれば一撃は難くなかったであろう。

 そうして、ゼロとフレイは再び対峙する。弱点タイプと言うこともあってか、フレイも結構なダメージを貰っているが、まだまだ動けそうだ。逆にゼロのほうが疲労で倒れそうと言うのがなんともよくわからない光景である。
「カズキ君……君のポケモン、もう限界じゃないのかい?」
「そうですね、残念ながら……降参させていただきます」
 本当にゼロの可動時間は短い……だけれど、これだけは分かった。
「ゼロ、戻ってきてくれ」
 あいつの素早さならば、チャンピオンにだって迫れること。あの素早さをうまく生かせば、チャンピオンにだって勝てるはず……ローテーションバトルでの希望となるはずだ。
「ありがとう……よく頑張ってくれたな」
 俺は、戻ってきたゼロを抱きしめながら、そんな事を考えていた。デンジさんもまた、フレイの頬を撫でてよく頑張ったとねぎらっていた。フレイの方は相手にまったく攻撃をできなかったことが不満で仕方が無いようだが。
「……攻撃の一発一発は軽いけれど、恐ろしいほどの速さと正確さ。それでもって、こちらの攻撃はまったく当たらないという、安定感。これがもしも、ローテーションバトルなら、あの子が活躍しているのだろうね」
「はい。ゼロは、ローテーションバトルをするために生まれてきたような子なので」
「なるほど。いい子を仲間にしたものだな……だが、一つ面白い話をしようか」
「は、はい……」
 ゼロの強さに満足したデンジさんは、俺を見て不敵な笑みを浮かべながら語り始める。
「俺は、機会があってダブルバトルのチャンピオン、ミモザっていう女性トレーナーと戦ったことがある」
 その人なら知っている。女性と言うよりかは、すでにおばあちゃんと言った方が正しいが……確かかなりのオーベム使いだったと思う。
「いや、弱かったよ。シングルでならね……6対6のフルバトルで、6対1の大勝利だった。こっちが6体倒す間に、相手は1体だから、楽勝と言っても差し支えはないと思う。
 でも、ダブルバトルで戦ったときは、それこそ最強の名に恥じない戦いだった。今度は2対6……まぁ、大敗だよな」
 ため息をつきつつデンジさんが続ける。
「要するにだ。まだローテーションバトルはポケモン協会主催の公式大会は行われていない。だから競技人口も少ないし、誰がチャンピオンとか、そういうのが無いが……君もローテで頂点を目指すなら、俺に抵抗できるだけじゃダメだ。ローテーションくらい、シングルでチャンピオンを張っている俺に勝てないようじゃダメだぜって事だ。
 今は、まだ成長途中だから構わないかも知れないがな。いずれ、協会が主催の公式大会を行い、競技人口が増えた時に……って訳だ」
 そういえばそうだ。今はまだ、ローテーション一本で食っていくと言うようなトレーナーはいないが、数年後にはそういう人が出てくるかもしれないのだ。そうなれば、ゼロのようなローテーションバトルをやるために生まれてきたようなポケモンで固めてくるような人だってきっと出てくるわけだ。

「まあでも、ゼロ君か。その子は大事にしてあげるといい。ローテーションバトルをやるために生まれてきたような子と言われて納得だ。その子が3匹いたら、俺のフレイが3匹いてもローテでは勝てなかっただろうな。
 俺はローテーションの事はよくわからないが、心底恐ろしいと思ったな」
 そんな感じで褒められて、俺は内心得意げになっていた。まだ行ける、もっと強くなれると思うと、これからの鍛錬にもやる気が出てきた。

 その後も、キズナや母さんもデンジさんに挑んだり、デンジさんの手持ちの中でも気性が大人しい子と触れ合ったりと、チャンピオンマスターデンジの訪問は楽しい一時であった。
 戦いを見る限りでは、キズナはいつの間にか、ジムではポケモンバトルがオリザさんの次に強いトレーナーとなっていたらしく、その実力はカミツレさんもデンジさんも高く評価しているようである。

 ◇

「ところでねーちゃん。デンジさんとは一体なにを話していたんだ? 途中、何度か抜け出していたし、怪しいなー」
「あぁ、それはその……」
 道場からの帰り道、コシの車椅子に乗っての移動中に、キズナに話しかけられる。
「デンジさんね。今、どうすればロトムが憑依しやすい家電を作れるかっていう研究をしているそうなの。それを研究して、例えば電力の省エネ化につなげたり、ロトムが最高のポテンシャルを発揮できる家電を考えたり。そういった事を、工学の分野からアプローチしているそうなの」
「ふむふむ……」
 私お話をきちんと聞いている事をアピールするように、キズナは相槌を打つ。
「それでね、私のコシを見て、色々思うところがあったらしく……ロトムに車椅子へ憑依させることに関しての研究について、上司に進言するって話しになったの。そうすれば、障害者のためにっていう大義名分も得られるから、国から補助金も出るかもしれないってことでさ。
 何度も抜け出していたのも、悪路を歩く姿を見せていたから。階段も、砂利道もスムーズに移動できる姿を見せたら、他の人もロトム車椅子を欲しくなるかもしれないでしょう? だから、そういう映像を撮っていただけ。正直、憧れのデンジさんとデートしているみたいで、少し舞い上がっていたから、傍目に見れば色眼鏡な見方かもしれないけれど……結構素敵な人だったわ、デンジさん」
「『結構』、なんだ。以前は盲目的にデンジさんの事を『素敵素敵』って言っていたような気がしたけれど」
 あぁ、キズナのいうとおり。確かに昔の私はデンジさんがテレビに出ただけでイケメンだなんだと舞い上がっていたな。
「綺麗なものは遠くにあるから綺麗なのよ。遠くから見れば綿飴のような雲も、ベッドのような雲も、近くで見ればただの霧でしょう? だって、あの人本当に自分の趣味以外には興味が無い人なんだもの。コシのために車椅子を作りたいっていってくれてたけれど、きっとそれは研究の資金が欲しいからだし、その車椅子にもご自慢のギミックをつけたいと思っているようだし。
 だからなのかな……機動戦士ベルーグに憑依させて、ロトムでも手話が出来る事を披露した時は、反応がいまいちだったし……現金な人よねぇ」
 気付けば私はデンジさんをボロクソに言っている。
「色々、性格に問題のある人だったわ。でも、そういうのが素敵な人。付き合うよりは眺めているのがちょうどいいわ。あの人は、近寄ってみるとただの霧だもの」
 こうやって語っているうちに、私はそんな結論にたどり着いてしまう。デンジさんが素敵な人であるのは確かなのだけれど、デンジさんと話していて感じたのは、車の乗り心地は見た目では分からないということだった。

「そっか。そういえばねーちゃん、ギーマさんに対してもそんな感じだったもんな。なんにせよ、コシのために車椅子を作ってくれるだなんて、良かったじゃないか。経緯はどうあれ、ロトムが動きやすい車椅子を作ってもらえるかもしれないんだろう?」
「うん……ちょこっと見ただけでも、欠陥って訳じゃないけれど、ロトムのポテンシャルを発揮できない要因がいくつかあるようだったから。それを治すだけでも、コシの基本性能がパワーアップするって。
 それでも、デンジさんのロトム……ミョルニルが憑依するのは難しいかもっていっていたけれどね。私は、コシを独り占めしたくないから、これから行われるその研究が成功して欲しいと思うけれど……私は見守るだけかな?」
「そうだな。ある程度ロトムを訓練させれば出来るようになるのなら、それに越したことはねーし。ねーちゃんは、コロモやクラインみたいな子を育ててゆけばいいんだよ」
「そうよね。私は、私に出来る事をやっておけばいいわけだし……デンジさんはすごい人。バトルも機械工学の部門でも。でも、それに負けないだけの私にならなきゃ。楽しそうなデンジさんを見ていたら、なんだか私も前向きになれたわ。もっと誇らしく、ポケモンを育てていきたいって思えた」
「ねーちゃん、楽しくポケモンを育てられるのか?」
「当然。コロモも、コシも、大好きだもの。他のみんなも大好きだし、そうやってポケモンが好きであるうちは大丈夫よ。楽しくやれると思う」
「そっかー……ねーちゃん、夢はまだポケモンブリーダーから変わっていないんだよな?」
「うん、それがどうしたの?」
「いや、ポケモンレンジャーなんてやってる女と、男は結婚したいと思うのかなーって。ちょっと、考えただけ。俺は今更夢を別の方向に変えることなんて出来ないよなー……って」
「まだ結婚の事を考えるのは早いわよ。最低あと7年待ちなさい。キズナ」
「俺は10歳だから、結婚出来るようになるまであと6年……なんだけれどな。6年っていわない当たり、ねーちゃんもわかっているな。カズキが結婚できるようになるまでは7年だもんな」
 当たり前である。カズキ君とくっつきたいと思っているのなんて、分からないわけが無い。
「そーよ、7年経てばカズキ君も結婚出来るものね。その時、貴方がポケモンレンジャーになっていたら、カズキ君が結婚してくれないと思う?」
「いや、そういう訳じゃないけれど……そんなこともあるんじゃないかなって思う」
「不安なら、いくらでも打ち明けて話してみなさいな。話さないで、1人で勝手に抱え込んで迷走するよりも、例え別れることになったとしても、話してきちんと諦めをつけるのならば、きっとすっきりするよ? まぁ、今話してもあんまり意味ないだろうけれど……いつか本当に将来の事を考える年になったらでいいから」
「うん……」
 キズナは頷き、ため息一つ。そして力なく笑って言う。
「ませガキだよな、俺って」
「いいんじゃないの? 最近は晩婚が進んでいるし、ませた子供がいたほうが、少子化も解消して世のため人のためだわ」
「……そんなんで世のため人のためになっても嬉かねーよ」
「そうよね」
 キズナはそんな事を言っていたが、すぐにでもゴールイン出来そうと言われたように解釈したのか、少し照れ気味に微笑んでいた。私達は、無邪気な話を続けて家に帰る。もうそれほど遠くないクリスマスの日に思いを馳せていた。キズナは男の子(恐らくはカズキを指すのだろう)がどんなプレゼントを上げれば喜ぶかなんて考えていた。キズナは自分自身が男みたいなものだから、カズキ君には自分が喜ぶものを上げれば、何とかなりそうな気がするのよね。




Ring ( 2014/04/20(日) 14:29 )