BCローテーションバトル奮闘記





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第二章:成長編
第六十話:チャンピオンマスターの挑戦


 カミツレさんはやはりジムリーダーというだけあって、ものすごく強い。カズキが勝てたのだから俺も……と思っては見たが、浅はかだった。
 俺がセナで挑んでみると、カミツレさんは繰り出したシビルドンに的確な指示を与えてセナを追い詰め、最終的にはセナが炎で焼かれて負けてしまう。その間も、ねーちゃんとデンジさんは話をしていたようで、研究費用がどうのこうのという話になっている。
 話しの流れがよくわからないから、後でねーちゃんから聞いてみようかな。

「デンジさん、そろそろ時間ですよ」
 そんな事をやっているうちに、時間も12時を回っていた。デンジさんもスマートフォンを取り出してもうこんな時間かと納得すると、それまで正座して精神を落ち着けていた師匠を見る。
「カミツレさん。門下生の相手をしていただき、ありがとうございました。格闘タイプの相手ばかりのジムでしたため、電気タイプの子達と戦うのは良い経験になったかと思います」
 閉じていた目を開いた師匠が、まず座ったまま礼をし、立ち上がる。
「そして、デンジさんも、チャンピオンマスターの来訪と言うこともあって、見学を受け入れてくれた事も合わせて感謝いたします」
「いや、観客がいる試合ならば慣れている。そんなことより、俺としては本来平日にしか開いていないジムをこうして開放してくれたことに感謝したいがな」
「他ならない、デンジさんの頼みとあれば、特例もたまには良いでしょう」
 そう言って、師匠は立ち上がる。
「ですが、戦闘にはサービスは致しません。貴方が相手ではその必要もないでしょうが、手加減はいたしませんからね」
「望むところだ。戦ってつまらないバッジは欲しくないからな」
 2mの長身、逞しい筋肉に見おろされても、デンジさんは余裕の笑みを浮かべている。師匠が殴りかかるわけでもないから物怖じする必要が無いのは当然だけれど、チャンピオンマスターなだけあって強者の風格に溢れている。
「ルールを説明します。デンジさんはバッジの所持数が8つ以上なので、このレベルに達した場合は手加減の必要がなくなり、100人が挑んで、その中でバッジを貰える人が1人もいなくとも、協会としてはまったく問題が無いということになります。そのため、勝負形式はシングルバトル。ポケモンの交換は両者に認められ、挑戦者、ジムリーダー共に6匹以下の手持ちを好きなだけ使用することが許されております。そういうわけで、6対6、掛け値なしの真剣勝負で、相手をお願いします、デンジさん」
「了解、オリザさん。俺を痺れさせるバトルをしてくれよ」
 師匠が言うとおり、通常のジムバッジ検定は、あまりに勝者が少なすぎる場合は協会から注意がいく場合がある。ポケモンリーグに出場するために必要なバッジ8つを手に入れるまでは、トレーナーにとって狭き門にしてはいけないという決まりがあるのだ。
 けれど、すでにポケモンリーグの出場権を手に入れている相手に対しては、手加減は不要というのがポケモン協会の方針であり、例えばイッシュ地方ならば、ヒオウギシティのジムリーダー、チェレンは四天王すら超える圧倒的な強さで、今までほとんどのトレーナーが彼の誇りに傷つけるようなことは出来ていない。
 それこそバンジロウさんとかにように、チャンピオンマスターレベルの人間でなければ、本気の彼を倒せないというのだから、その実力は折り紙つきである。師匠の場合、ローテーションバトルならばかなりの腕前なのだけれど……律儀にシングルバトルで挑んでいるし、そもそもスバルさんよりも弱いのに、チャンピオンマスターであるデンジさんに対してどこまで喰らいつけるだろうか。
 師匠のことは尊敬しているから、あんまり負け試合をして欲しくないのが本音なんだけれどなぁ。

「カミツレ君、審判を頼むよ」
「はい、勉強させていただきます」
 2人の会話を静観していたカミツレさんは、名前を呼ばれてしっかりと応えて所定の位置に移動する。審判がトレーナーやポケモンの動きを良く見られるように設置された高台に乗り、準備を終える。
 デンジさんとカミツレさん……2人ともライモン在住らしく、電気タイプ使いということもあって師弟関係にもなっているらしい。カミツレさんがこうしてデンジさんに付いてきたのは、スバルへのリベンジとかの関係ではなく純粋に師であるデンジさんの戦いぶりを見に来たのだろうか。
「それでは私、カミツレが審判を務めさせていただきます。勝負形式はシングルバトル。交代は両者に認められ、6体の手持ちを出し合って勝負します。ポケモンは個別に棄権させることが出来、6体すべてが棄権もしくは戦闘不能になった場合決着といたします」

 そんな事を考えているうちに、勝負が始まった。師匠の手持ちはキノガッサのジン。電気タイプをメインとして使う以上、デンジさんは電気タイプにとって唯一の弱点である地面タイプへ対抗する手段を持っているのは確実であろう。
 地面タイプに対して優位に立てるのは、草タイプ、水タイプ、氷タイプ。ジンならば草・格闘タイプだから、水と草には耐性があり、氷タイプに対しては一応格闘技で効果抜群を取れる。それに、草タイプのキノガッサならば電気タイプの攻撃は効果が今一つだ。デンジさんを相手にするならば、間違った選択ではない。 

「ほう、そうきたか」
 デンジさんが出したのは、オクタン。何かのドライフルーツを装備しているが……なんの実だろうか。ラムかオボン……かな? このオクタンはシンオウでも一時期使っていた子とは別個体らしい。特性はムラっけであり、放置するとやがて手がつけられなくなるが、反面運が悪ければ極端に打たれ弱くもなるリスクがある特性だ。
「その子、特性はポイズンヒールだったかな? 残念ながら……」
「キノコの胞子だ!」
「守れサップ……ローテーションや、同じレベルの相手ならその子も輝けそうだが、俺には通じないぜ」
「その通り、だからこそ守らせなければいい。もう一発!」
 2人とも、早口で会話しつつポケモンに対してきちんと指示をしている。デンジさんは強者の余裕という感じ。逆に師匠は微妙に強がっているようなところがあるような気がする。ジンの放ったキノコの胞子は、バトルフィールドを覆いつくさんばかりに拡散する。落ち着いてみている俺達は数秒くらい呼吸を止める事も可能だが、戦っている2匹はそうも行かなかろう。
「残念だね。この子……オクタンには毒々がもっとも怖い技だから……少々仕込ませてもらっている」
 毒々が怖いと言っておきながら、きっちりとキノコの胞子を吸ってしまったオクタンのサップの首にかかるドライフルーツが光を放って消える。ラムの実か何かだったのだろう。
「なるほど……身代わり」
 やがて来るであろう強力な攻撃に備えるべく、師匠はジンに身代わりを張らせる。緑色の恐竜のような身代わり人形を作るために失った体力も、毒々球を持ったポイズンヒールのおかげで回復しているはず……こりゃ長期戦になりそうだが……あのムラッ気オクタンは長期戦になればなるほど手が付けられないが、大丈夫か? オクタンは攻撃力だけでなく防御能力も上げていく……見ていてハラハラする。
 どんな能力が変動するかは運しだいとはいえ、それを踏まえれば早めに倒さないと本当に手がつけられなくなるぞ。
「さぁ、お前の力を見せてみろ!」
 と、デンジさんの命令。実際のところ、オクタンのどの能力が上がったかを外部から確認する術は、専用の機器でも使うか、ルカリオのように敏感なポケモンでもなければ難しいだろう。そこらへんはデンジさんも同じようで、彼自身もオクタンのサップの、どんな能力が上昇しているのかがよくわかっていない辺り、チャンピオンでも万能じゃないのがわかる。
 オクタンは、火炎放射でジンを焼きに掛かる。ジンはそれを身代わり人形を盾に受け止め、やり過ごす。その炎のものすごい威力たるや、熱波がこちらまで目を開けているのが辛いほどだ。身代わり人形は当然のように消滅する。もしもあれがヒットしていたらと思うとぞっとする。
「続けろ!! なるほど、特攻が上がっていたのか。運がいい」
 と、デンジさんが楽しそうに声をあげる。実は本能的にそういうことが分かっていたのではないだろうか。
「くっ……毒々玉を押し付けろ」
 師匠はこのままでは一方的に蹂躙されてしまう事を悟ったらしい。そうなる前に、と相手を猛毒状態にする事を選び、何とか耐える事を選ぶ。何とかジンが先制を取り、投げつけた毒々球が相手を毒で侵す。しかし、そのお返しとばかりに放たれた業火がジンを包み、焼き払われる。あちゃー……ありゃ一撃だな。

「キノガッサ、戦闘不能。オリザ選手は次のポケモンに交代してください」
「オリザさん。サップが毒なんだ。次の相手は早めに決めてくれよ」
「……そうですね。それならば。サカサ、お前だ!!」
 師匠はそう言ってカポエラーを繰り出す。サカサ……あいつは確か耐久寄りに鍛えられたテクニシャン型だったっけか。
「熱湯!」
 と、デンジさん。
「猫騙し」
 恐らく、デンジさん自身も猫騙しが来るのはわかっていたはず。けれど、だからといって守りの体制に入って、カポエラーのサカサに剣の舞のような技を積まれるのを恐れた結果だろう。それに、猛毒の心配もある……デンジさんは色々危惧した結果攻勢に出たが、あえなく猫だましに会って失敗したようだ。
「怯んでもいい、続けろ! サップ」
「回し蹴り!」
 と、2人の技が交差する。猫騙しで怯んだオクタンに、逆立ちしたまま放たれる回し蹴りが鋭く叩き込まれるが、オクタンは体を揺らしてその衝撃を受け流しつつ、あまりダメージを受ける様子も為しに熱湯でやり返す。
 サカサも一撃でやられるようなことはなかったが、強化された熱湯をまともに浴びてはもう、まともな活躍は期待できなかろう。それでも、時間稼ぎくらいにはなるだろうが。
「マッハパンチ」
「終わりにしろ」
 最後っ屁のジャブがサップの顔面に叩き込まれる。しかし、火傷した体から放たれる拳の威力などたかが知れている。反撃のために吐き出された熱湯で、サカサはそのまま体を傾け倒れていった。サップもそこで限界が来たようでぐったりと俯いてしまったが……
「カポエラー及びオクタン、戦闘不能。両者、新しいポケモンに交代して仕切りなおしです」
 カミツレさんのコールが道場内に響く。さて、現在2対1……オリザさんは次にどんなポケモンを出すのやら。
「準備できました」
「こっちも出来たよ……2回連続で電気タイプを出さないのも失礼かな」
 2人はポケモンを握り合い、それを前面に押し出して審判にアピールし、仕切り直し完了の合図を求める。
「両者、ポケモンを出してください」
「行ってくれ、シズル」
 二人が出したポケモンは、オリザさんがズルズキンのシズル。
「叩き潰せ、フェンリル」
 デンジさんがサンダースであった。名前はフェンリルというらしい。磁石を身につけているな……チャンピオンの手持ちの攻撃ともなればちょっとやそっとの耐久じゃ落とされるが、シズルは耐久力も高いし……向こうの方を見てみると、カズキがミロクを出して見学させている。抜かりないな。
「離れて雨乞いだ、フェンリル」
「シズル、ローキッ……投げつけろ」
 師匠、やられたな。サンダースが攻撃するつもりなら、当てるためにはシズルに近づかなければいけないが、逃げ回られると攻撃をあてることなんて不可能に近い。けれど、そういうときこそこのジムの特徴を活かす時だ。
 シズルは足元にある石を拾うと、それに毒を吐き付けてから敵に投げる。投げつける攻撃は悪タイプだから、シズルのその攻撃はタイプ一致で放たれる。しかも、口から吐いた毒が傷口から入り込んで、毒々珠をぶつけた時のように相手を毒に犯すはずだ。
 ばらけて飛ぶ飛礫は、如何に素早いサンダースといえどもかわすのは容易ではない。数個の石が当たり、それは毛皮を破いて出血をもたらした。
「このままじゃ毒になる……この子の特性が早足じゃないのが残念だな。けれど、問題はない。雷だフェンリル」
「ほれほれ! 瓦割りだ!」
 ミロクと戦っているとよくわかるが、サンダースの耐久は紙だ。如何に実力ではるかに勝るデンジさんのポケモンといえど、そこはあまり変わっていないはず。だが、それも当たればの話。
 太古の昔より、素早い電気タイプのポケモンを狩り殺すために鍛えられた目にも止まらない俊足からシズルに接近。シズルから振り下ろされる手刀を、フェンリルがあたる寸前で地に足を付き、踏ん張ってストップ。その体で天空から雷を呼び寄せると、手刀で前のめりになった体を戻すことなく飛びかかろうとするシズルから逃れるように一瞬で切り返す。
 結果、シズルは雷に撃たれ、フェンリルは毛先と指先が子供のキスをする程度に終わった。濡れた状態では雷を避けるのは不可能に近いから、仕方なかろうが、反撃できなかったのは痛い。反復横とびの速さならブイズ最速の名前は伊達ではないようだ。しかし、今の瓦割り……普通なら一目でわかるくらい、格闘の力を象徴するオレンジ色の光を纏うはずだけれど……そんな様子はなかったな。
「フェンリル。相手が倒れるまで続けるんだ」
「押さえ込むんだ、シズル」
 2人の指示が交差する。相手が気付いていないならばともかく、向かい合った状態でズルズキンがサンダースを押さえ込むなんて不可能だと思っていたが……目の前rで起こっている光景は、シズルがフェンリルを見事に押さえこんでいる。どういうことなのか?
「なんだと!?」
 デンジさんも信じられないといったかんじで、驚いている。そりゃあ、ねぇ……
「よし、そのままドレインパンチ!」
 あぁ、『ほれほれ!』って『惚れ惚れ』ってこと……。師匠、シズルちゃんにメロメロなんて覚えさせやがったのか。というか、スバルさんも大会の時に使っていた戦法だけれど、流行っているのかな……隠し命令。
 ともかく、メロメロは強烈な異性のフェロモンで敵を惑わす技。ぼーっとして、意識が浮ついてしまう魔性の香りだ。カズキが最近効くようになった(というか育て屋の人はポケモンの匂いが判るようになるとみんなメロメロガ効いて来るらしい)が、その時の感想がそんな感じだそうだが、フェンリルの様子を見るに正にそうなのだろう。
 しかし、その時のシズルの恐ろしさといったら、女の俺でもその恐ろしさが伝ってくる。彼女は、押し倒したフェンリルの股間に右手を伸ばして、生殖器をつかみ取る。耳を掴まれただけでも普通の人間は動けないけれど、男にとってのアレはその何倍も怖いのだろうなぁ……うん。握りつぶされたり引きちぎられたら男として終わるもんな。
 シズルはそのまま、心配しないでとばかりにフェンリルに囁くと、残った左手を肩にあてがい、悠々とドレインパンチを始める。結局、無抵抗のままにフェンリルはすべての精気を吸い取られ、一歩も動けない状態になるまで陥った。シズルの雷のダメージが完全に消え去ったわけではないが、シズルは結構元気も回復している。汚い、さすが忍者汚い。
「サンダース、戦闘不能。デンジ選手は次のポケモンに交代してください」
 カミツレさんのコールが響く。どうでもいいけれど、カミツレさんってすごくいい声しているな。発声練習でもしているのだろうか。
「よくやったぞ、シズル」
「参ったね、俺のポケモンは男の子ばっかりだよ……コレじゃみんなメロメロガ通じてしまう」
 シズルはデンジさんが余裕を見せている間にも、龍の舞いの呼吸法で体勢を整えている。あれの恐ろしさは半端じゃない……が、チャンピオンマスターのデンジさんなら何とかしてしまいそうだ。

「セッカで行われたのローテの大会は見たよ。そちらのお嬢さんの子は、ふじこって言ったかな? 俺のこいつは」
「猫騙し!」
「いけ、ナグルファルって……話は最後まで聞いてくれよ」
 そう言ってデンジさんが繰り出すのは命の珠を装備した、ナグルファルという名前らしいポリゴンZなのだが、猫騙しを受けて反射的に下がる。そこに追撃の拳が顔面へ迫るが、ナグルファルは胴体から顔を切り離して分離。空しく空を切った拳をもてあまし、ナグルファルの首から下に抱きつかれて身動きが取れないシズルへ、分離した生首がトライアタック。
 あっけなくシズルは倒れてしまった。一応、掴まれた際に何とか抜け出そうと膝蹴りを加えていて、それで僅かにダメージを与えられただけでももうけものだろうか。
「ズルズキン、戦闘不能。オリザ選手は次のポケモンに交代してください」
「オリザさん。やっぱり、ポケモンバトルは楽しいな。結構痺れるぜ、あんたのポケモン」
「そう言っていただければ光栄です。クイナ、行ってくれ!」
 ここで、オリザさんの切り札の一つ、ルカリオのクイナが登場する。
「まずは神速。捉えさせるな」
「十万ボルト」
 神速に反撃というのは難しいが、全身が燃える技や全身から放電する技を使えばその限りではない。一度勢いづいた体をクイナは止められず、自らクイナは喰らいに行ってしまう。
 一撃与え合って、さらにクイナは相手の右腕を右手でとって、引き寄せつつ右足で膝蹴り。だが、地に足が着いていないナグルファルは、かわすまでは行かなくとも、手を分離させて相手のバランスを崩し、体は後ろに下がることで威力のほとんどを受け流す。
 まさかポリゴンZの手を引くと、取れてしまうだなんて思っても見なかったクイナは、バランスを崩してつんのめったところをトライアタックが降り注ぐ。頭から地面に縫い付けられ、脳震盪を起こして起き上がる前に何度も何度も追撃を暗い、何も出来ないままにクイナは潰れてしまった。
「ルカリオ、戦闘不能。オリザ選手は次のポケモンに交代してください」
 しかし、そろそろ師匠も追い詰められてきたな……流石にチャンピオンマスターのポケモンは強いな。
「腕が取れるのは初めての経験かい? そのルカリオの子はアドリブに弱いようだな」
「……殴られた弾みで手足が取れるポリゴンZはともかく、自分からはずすような子は初めて見ましたね。お見事です」
 そうか、スバルさんのポリゴンZもやらないような事をやってのけたという訳か……改めてすごいポケモンだ。
 クイナがやられてしまった師匠は一瞬悩みながらボールを手に取る。
「ハカマ、お前だ!」
 エルレイドのハカマ。コロモの弟か……晴れ姿を見せられるといいけれど。
「まずは光の壁だ」
「破壊光線!」
 ハカマは出てきてすぐに光の壁。距離が開いているので破壊光線を避けやすいが、外れた時はすぐに発射を中止して反動を無しでやり過ごすだろう。よしんば外れたとして、次の攻撃までに長くて数秒だし、近づいて放ってくる事もありうる。しかしそれを警戒して袴が遠距離で対応しようとにらみ合っていたらロックオンをされる。厄介な相手だ。
 要するにハカマに残された選択肢は、よけることに専念する事を捨てて、光の壁を作ることに意識を集中しなければいけないということ。
 ハカマが光の壁を張る……のだが、その形成の途中で破壊光線が眼前に迫る。壁を張るのに集中して反応が遅れたハカマは、何とか避けようと転ぶ勢いで伏せる。その破壊光線は流れ弾を防ぐために地面をえぐったが、その威力のすさまじさは寒気がするレベルだ。地面から飛び散った砂利が皮膚を切り裂くような威力だ。まともに当たったら死ぬな。
 そうやって最初だけは避けることが出来たハカマだが、ナグルファルは照準を微調整して、倒れたハカマに攻撃を当てた。何とか壁を張るのは間に合っていたので、ハカマは耐え抜き、立ち上がってナグルファルへと向かう。
「気合いパンチ、行け!」
 しかし、ものすごい威力だ……倒れている無防備な体勢の相手に攻撃したとはいえ、特防の高さに定評のあるエルレイドがすでにフラフラというざまだ。
 ともかく、相手が反動で動けないのは美味しい。ふらふらになりながらも意識を集中して力を研ぎ澄ましたハカマは、堅く握り締めた拳を一番質量がある胴体に叩き込む。顔も腕も分離するなら本体を狙えばいいと考えたハカマの行動は、正解だったらしい。命の珠の反動も手伝って、弱っていたナグルファルは倒れてしまった。
 が、しかし……すでにハカマもボロボロだなぁ。
「ポリゴンZ、戦闘不能。デンジ選手は次のポケモンに交代してください」
「ふむ、なるほど。格闘タイプの子は、その不屈の闘志が非常に恐ろしいね。それじゃこっちも、真打の登場と行こうか。行け、トール」
 そう言ってデンジさんが出してきたのは……エレキブル。切り札だな……。すでに荒い息を吐いているハカマに対し、どう行動するつもりやら。
 こうまでボロボロになった以上、捨て身の攻撃を狙ってくるだろう。つまりはインファイト……だけれど、正直エレキブルに一撃を入れられるかどうか。並び立った2人は一定の距離まで近づき、お互い手を伸ばせば届く距離で息を飲む。
 先に仕掛けたのはハカマで、拳を構えて一歩踏み出す。その際、体の体勢を低く、低空から進入することでエレキブルのパンチを逃れようとするが、エレキブルはその動きにきっちりと対応して、ハカマの顔に膝蹴りを叩き込む。ハカマ、あの馬鹿……下半身を見ていたら、下から相手の懐にもぐりこもうとしているのがバレバレじゃないか。
 傷ついて判断力や注意力が鈍っているのはあるだろうが、初歩的なミスをしやがる……。チャンピオンのポケモンが持つプレッシャーに負けたか?
「エルレイド、戦闘不能。オリザ選手は次のポケモンに交代してください」
 カミツレさんがコールをする。審判といっても、反則らしい反則がほとんどないから誰がやっても一緒という面があったりするんだよなぁ。カミツレさんの無駄遣いな気がする。

「……最後のポケモンになってしまいましたね」
「降参したい状況でも続けなきゃいけないところがジムリーダーの辛いところだね。フラッターをつけて挑戦者の相手をしていた頃は俺もいつも歯痒かったよ……こんな奴に負けるのは自分じゃないってさ。さて、どうする?」
「……エンマ、頼んだぞ」
 最後の相手は、エンブオーのエンマ。以前はエースだったのだが、いつの間にかクイナにその座を奪われてしまった可哀想なやつだ。その他、恋仲だったシズルにも振られたりと踏んだりけったりなやつだが、一応戦えばそこそこ強かったはず。
「エンブオーか。トール、地ならし」
「フレアドライブ!」
 師匠も個々は力押ししか選択肢が無いと悟ったのか、トールへと突撃する。ものすごい炎をまとって突撃する技だが……あれの怖いところは地震と違って振動が長い時間残るということ。その分威力は低いのだが、つまり……
 エンマが地ならしの一撃をジャンプして避ける。だが、そのあと着地してもまだ地面は揺れており、足取りは安定しない。その状態じゃせっかくのフレアドライブも形無しだ。結果、勢いを落としたその突撃に、トールは蹴たぐりを仕掛けて相手を転ばせる。そうして相手が寝転んだところで地震を放つのだから、やられるほうはたまったものではなかろう。

 そして、その地震にて勝負は決着。
「オリザ選手のポケモンが全滅。よって、この勝負、デンジ選手の勝利といたします!」
 すげーな。やっぱりチャンピオンのポケモンは桁違いだ。デンジさんは完全にアウェーなので、歓声は上がらなかったが、皆息を飲んでその強さに感動している風であった。
「オリザさん、バトルありがとうございます」
「こちらこそ、胸を貸してもらいました」
 2人は互いに砂利を踏み鳴らしながらバトルフィールドの真ん中まで歩み寄り、握手を交わす。やっぱり、師匠も強いんだけれど上には上がいるもんだなぁ……天井が遠いなぁ。

「さて、オリザさん。ものは相談なのですが……」
「はい、なんでしょう?」
 握手をしあった後の師匠にカミツレさんが近づき、話を持ち掛ける。一体どうしたのだろうか?
「このジムの対戦場をお借りして、少しばかりシングルバトルをやらせて欲しいのですが……」
「あぁ、それって……」
 カミツレさんがいい終えると、師匠とカミツレさんが同時にスバルさんの方を向く。
「ご指名か? かまわんぞ」
「ええ、リベンジしたいの。もちろん、オリザさんが良いと言えばだけれど」
 と、言ってカミツレさんは師匠を見る。
「構いませんよ。存分に暴れまわってください」
 それに対して、師匠は悩む様子もなく即決する。
「デンジさん、短時間ではありましたが、貴方からの教え……無駄にはしませんよ」
 カミツレさんはデンジさんに振り返り、自信ありげに笑ってみせる。しかし、カミツレさん……さっきカズキに負けていたが、大丈夫なのだろうか。スバルさんに勝てる気がしないのだが。

「お、母さん頑張ってよ! 俺でも、運がよければ勝てるんだから!」
 カズキ、カミツレさんの心の傷を何気にえぐっていないかそれ?
「大丈夫だ。運がよければ私も勝てる」
 親子そろって、挑発なのか天然なのか。カミツレさんの神経を逆なでしそうな事を口にしている。まぁ、悪気はないだろうし、良いか……多分、無いよな?


 ルールは3対3。ということで意気込んで戦ったのはいいのだが……。
「私の勝ちだな、カミツレよ……最後のゼブライカの頑張りは見事であったが……だが、根性論だけで勝てるほど甘くはないぞ?」
 流石にスバルさんは格が違った。手持ちが1体やられはしたものの、2体目はほとんど無傷でカミツレさんに勝利を収めている。最後に残ったゼブライカのサジタリウスは、相性が有利なサザンドラのトリニティ相手に粘り続けたが。素の力の差もあって、トリニティから弄ばれるように攻撃を受けていた。
 トリニティに一撃をあてる直前には、とっくに倒れて戦闘不能になっていてもおかしくない程度のダメージを負っていたのだが、執念と根性で立ち上がりニトロチャージを決めたときは、流石にみんな驚いた。だけれど、それまでである。
 サジタリウスが一撃を与えた後は、龍の波導であっけなく倒れてしまった。それらの光景は、ポリゴンZのふじこがきっちりとビデオに録画していた。

「くっ……」
 まぁ、スバルさんは四天王並の実力者らしいし、一介のジムリーダーではあんなものなのかもしれないなぁ。カミツレさん、決して弱いわけじゃないんだけれど、相手が悪すぎるよね。
 最後に繰り出されたゼブライカのサジタリウスが悔しげに呻き、こちらを恨めしそうに見つめている……カミツレさんのエースだけあって闘争心は高そうな子だが、いかんせん、実力がなければどんなに闘争心があった所で意味はないか……ん?

「どうした……ムラサキ?」
 何の前触れもなく、師匠の手持ちであるドクロッグのムラサキがモンスターボールの外に出る。ムラサキ……あいつは確か危険予知の特性のはずだけれど。ムラサキは師匠を手で制してサジタリウスの前に立つ。
「お、おい……ムラサキ? 皆さん、すみません。ムラサキは危険予知の特性なので、一応注意を……」

 そのムラサキの様子から。師匠も何か悪いものを予感したらしい。念のため、ねーちゃんは……コロモとコシがきちんと避難させていた。このバトルフィールドの周りにいる連中はポケモンの扱いに慣れた屈強なトレーナーばっかりだし、問題ないだろうけれど……俺も念のため一応毒を塗ってある棒手裏剣を構えておくか。
「注意って、私のサジタリウスを危険物みたいに……って、どういうこと?」
 師匠の言い草にカミツレさんは抗議するが、どうにもそんな場合ではないと悟ったらしい。あのボロボロだったゼブライカが、再び起き上がった。それはすごい根性だと賞賛するほかないが、何と言うか目がどう見ても正気じゃない。まるで、怒りの粉を吸った直後のポケモンのようだ。
「なによこれ、どういうこと……どうしたの、サジタリウス? もう動いちゃダメよ。怪我が悪化するわよ……きゃっ!!」
 カミツレさんが慌ててサジタリウスに声を掛ける。だが、彼女はカミツレさんの制止を振り切って、まだボールの中にしまわれていないトリニティへと向かう――が。一歩を踏み出した瞬間に、ムラサキの毒突きがサジタリウスを捉え、打ち倒す。流石にそれがとどめになって、サジタリウスは白目をむいて気絶したが……一体なにが起こったんだ?

「ご、ごめんなさい、皆さん……私のポケモンが迷惑をかけて……」
 カミツレさんはすっかり動揺した様子で白目をむいたゼブライカの巨体に寄り添う。
「いや、貴方のせいではありませんね……」
 そのカミツレさんに、いつの間にかメガネを着用したスバルさんが歩み寄る。
「まさか目の前で見ることになるとは思いませんでしたが……今のが、あれか」
「あれ、というのは?」
「……この街に今蔓延っている、不思議現象だ」
 そう言って、スバルさんは続ける。
「最近、ブラックシティとホワイトフォレストで怪奇現象が起こっているのです。時期的には9月の始めごろから……人間やポケモンの人格が突然入れ替わったり、記憶がおかしくなったりとか。酷い時は……」
 そう言って、スバルさんはエルフーンのケセランを繰り出す。
「ケセラン、ヤドリギ!」
「え、ちょ!?」
 スバルさんの突然の行動に、カミツレさんは驚いて止めに入る……が、セナのヤドリギの種は、サジタリウスに当たっても芽吹くことなく、むしろ吸収されてしまったではないか。
「このように特性が変わったりするのです。先程、このゼブライカの様子をふじこでスキャンさせてもらいましたが……今のその子の特性は、草食……になっております。信じがたい事ですがね」
「うそ……」
「精神が昂ぶると、このように突然凶暴化したり、人格が変わったりということがあって、先月にも私の育て屋のポケモンに同じようなことが起きたりもしたのですが……まさか、こんなに分かりやすく現れるとは……」
 感心したような、気まずそうな。二つの感情をない交ぜにした様子でスバルさんは言った。
「ブラックシティとホワイトフォレストの境界あたりに、有能な陰陽師の家があります。そこに相談すれば、このゼブライカの特性をもとに戻してもらうことも出来ますが……性格がいい方向に変わったおかげで、戻していない人もいるのですよね、これが」
 スバルさんは苦笑する。
「とはいえ、ポケモン……特に草食動物ならば、戻しておいたほうがいいのは確実です。こういったポケモンは、自身の体そのものになじむことが出来ず、その恐怖から逃れようとどこまでもどこまでも逃げてしまったり、隠し穴と呼ばれるような場所を作って一人で暮らすような行動が確認されております……その状態は極度のストレスで寿命が短くなるそうです。
 ですので、そういう兆候が見られたら、きちんと陰陽師に頼んで、正確を元に戻してもらうほうが良いでしょう……今のままでも良いと、気楽に考えてはいけませんよ?」
「は、はい……」
 メガネをつけたホワイトフォレストモードのスバルさんの、理路整然とした物言いに、カミツレさんはすっかり戸惑わされて、ただ頷くしか出来なかった。そう言えば、例の不思議な現象はまだ収まっていないんだな。何かの兆候だとしたら、気味が悪いな。




Ring ( 2014/04/20(日) 14:28 )