BCローテーションバトル奮闘記





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第二章:成長編
第五十九話:デンジとカミツレ


 12月10日 日曜日

「うんしょ……っく……」
 セッカシティから帰って来た俺達は、再び日常に戻ってゆく。特に大きなイベントもないまま時間が過ぎて、俺は修行の毎日……最近は流石に裸足で走って道場に向かうのはきつい季節になってきたが、これも修行の一環。毎年歯を食いしばって頑張っている。
 今日は日曜日。宗教の関係でオリザさんは基本的にお仕事をお休みにしており、今日は自宅でポケモンと組み手を行っている。人間の成長速度じゃポケモンの成長には追いつけないから、最近はプロテクターなしじゃポケモンとは戦えなくなってきたけれど……あー、師匠みたいにいい筋肉があれば……いやあれは、流石になりたくないか。
 いくら女を捨てた俺でも、バシャーモのような脚とエレキブルのような豪腕はゴメンこうむる。うん、スバルさんだな……あの人、腕の筋肉ものすごく引き締まっているから、体の傷がなければモデルになれるくらいらしいし。それなら見た目もいい感じになるはずだ。あれを目指そう。

 その鍛錬も、俺は休憩して水分補給の真っ最中だ。その横で、ねーちゃんは修行……ではないけれど、まだ鍛錬にいそしんでいる。非力だったねーちゃんも、今はリハビリのために両腕で体を支える機会が増えたためか、握力も腕力もどんどん強くなってきている。強くなるために鍛えている俺には届かないだろうけれど、やっぱり女の子も力は必要だよ。料理で鍋を振れないとか、そんなの恥だと思うしさ。
 まぁでも、今のねーちゃんは料理は出来たとしてもそんなにアグレッシブに料理をすることは難しいだろう。最近ようやく実戦投入も可能なレベルに達してきたコロモの手助けのおかげで、立ち上がっている姿は何度も確認しているし、松葉杖があれば10mは歩けるようになったが……それでも、まだまだ歩けるというには程遠い。
 今のままじゃ、鍋をもった上半身を支えることはきっと無理だと思う。あー、俺は料理できないし、ねーちゃんが出来ないと俺の家で料理できるの母さんしかいないよ……カズキが嫁に来てくれないかな。

 ねーちゃんの脚は家の中では車椅子が必要なくなるくらいには回復する可能性があると医者は伝えていたが……今はまだ、室内でも車椅子を手放さないほうがよさそうだ。
「ふーっ……」
 父さんが野外に設けてくれた手すりにつかまりながら歩く練習を続けていたねーちゃんは、俺が休んでいるのを見てか、大きく息をついて庭の縁台へ座り込んだ。いつもは寒い寒いといっているねーちゃんだけれど、やはり運動をしている熱くなるのだろう。ナイロン製のウインドブレーカーの上着をはだけ、胸元をつまんで中の空気を入れ替えている。あれをやると体は冷えるけれど、すぐにまた寒くなるんだよなぁ。
 コロモとねーちゃんは会話をしており、乾燥した風の音に遮られて声はよく聞こえないが、手話を見る限りは付き合ってくれたことに対するお礼と、それに対してコロモは『どういたしまして』と言っているようである。

「なぁ、ねーちゃん。さっき師匠から朗報があったんだけれどさぁ。来週の日曜日、チャンピオンマスターのデンジさんがうちのジムに来るってよ」
「ん、マジで? またどうして?」
「いや、デンジさん、まだホワイトジムのバッジ持っていないんだってさ。一応、ホドモエのクエイクバッジはまだ失効していないから、ポケモンリーグへの挑戦も向こう3年間は出来るけれど、やっぱりバッジはたくさん欲しいだとかなんだとか。
 チャンピオンとして、自分が在籍する地方くらいはすべてのバッジを持っていないとしまらないし……というわけで、戦いを挑みに来るそうだぜ。まー、そんなわけで、見学に着たければ来いっていうお達しなんだけれど……。ついでに、以前スバルさんに負けてしまったカミツレさんも一緒に来るとかで、結構豪華なメンバーになると思うけれど、ねーちゃんも来る?」
「行く、絶対に行く!!」
 ねーちゃんは面食いである。最近は、スバルさんやオリザさんと知り合ったおかげでポケモン界のイケメン(ねーちゃんのイケメンの基準にハチクさんが含まれないのが真に遺憾である)と出会う機会も多くなり、それで遠出しようと思う気概が出てきてくれるのは本当にありがたい。
 歩けない上に、気持ちも内側に向かっていって引きこもりにでもなられたりしたらたまらないけれど、ポケモンと一緒の生活や、ポケモン界のイケメンが原動力になってくれるあたり、ポケモンは偉大である。
 いやまぁ、イケメンはポケモンとあんまり関係ないか。

「そうなると、久しぶりにお洒落しないとダメねー。なに着て行こうかしら……上着に合うマフラーと小物を考えなきゃ……」
 最近のねーちゃんは、友達と出かけることが少なくなったおかげかすっかりファッションには無頓着であったし、ハロウィンの時もギーマさんに会うのだから、いつもならばお洒落の一つでもしたところだろうがヴァンパイアに仮装していたからファッションとかはあんまり関係なかった。だけれど、こうして普通の機会にイケメンに会うとなれば、昔のねーちゃんに戻るんだな。
 本音を言うと、足まで昔に戻ってくれるといいのだけれど……まぁ、それを望んでも不毛なだけなんだよな。そんなことになったら、ポケモンブリーダーを目指すということすらなくなってしまうわけだし。
 しかし、デンジさんが来ると聞いて、ねーちゃんが嬉しがっているのは、コロモを見てもわかる。コロモと目があったら、あいつは微笑み返してくれた。こいつもなんだかんだでイケメンである。俺にとっては、どんな人間よりもコイツの方がイケメンだな。恩人補正がかかっているのだろうけれど。
 俺はねーちゃんが、あいつは主人が喜んでいるのが嬉しいのだろうな。ねーちゃんは両親にも愛されているし、スバルさんも注目しているし、ねーちゃん幸せ者だなぁ。

 ところで、来週は師匠曰くスバルさんやカズキも呼んでいるそうだけれど……どうなることやらなぁ。

 ◇

 12月16日 日曜日

 今日は、元シンオウ地方のジムリーダにして、現在イッシュ地方のポケモンリーグ、チャンピオンマスターを勤めるイケメンにして輝き痺れさせるスターことデンジさんが、妹であるキズナが通う道場兼ジムに来るという。そのため、普段は安息日として休業しているジムが、今日ばかりは午後に開くのだ。

 私も、これは是非見学せねばと思って、今日は色々なコーデを考えた結果、結局シンプルに落ち着いた。下半身を冷やすと感覚が無いので、取り返しのつかないことになったら大変なため、膝まで覆う黒に近い灰色のコートに、黒を基調としたチェックのカーディガン。
 ゆったりとした紺色のマフラーを首に巻いて、長袖で厚手な純白のシャツを纏いて下は白と黒の二色で彩るジーンズ。靴は真っ白にすることで、白と黒のバランスを出来るだけ保とうとしてみた。
 帽子は両側にお下げが付いた紺色のニット帽。まぁ、カミツレさんから見たらあんまりセンスないかもだけれど、奇抜なものを着て行ってダメだしされるよりかはずっといいわよね。

「ねーちゃん、少しファッションセンス落ちた?」
「ぐおっ……」
 こいつ、いきなりなんて人の心をえぐるような事を……
「最近本当にお洒落していなかったし、そのための服も買っていなかったから……とはいえ、キズナ。アンタは表現がストレートすぎるのよ」
「ま、まぁいいじゃないの。ファッションセンスが落ちてもねーちゃんの人間としての魅力はすごく上がっていると思うしさ……」
「それはフォローになっていないの!! アンタはちょっとでもいいからお世辞を覚えなさいな」
「い、いーじゃないか、家族なんだしさ」
「親しき中にも礼儀ありって言葉があってだね……」
「ねーちゃん、昔よりも賢くなった?」
「……私は妹に馬鹿にされているのか」
 いや、実際に勉強に時間を割いたおかげで賢くはなったと思うけれど。その言い方はやっぱり酷い。
「ともかく……私も、自分の体を大切にしないといけないのよぉ。そのためにファッションを犠牲にしてでも……ってことはね、必要なのよ。だって、怖いじゃない……下半身が寒いか暑いのかわからないなんて。それで、極端な話凍傷にでもなっていたら笑えないもの」
「そっか……それを考えると、さっきの言葉は悪かったな……」
「言い方はね。でも、確かにお洒落を忘れているから、そう思われちゃうところもあるかもね。そういう風に自分の欠点を自覚させてくれること自体は間違っていないんだけれどね……どうしてこうなったんだか」
「うぅ……それについては、なんというか……俺、嘘とか苦手でさ」
「言いたい事を何でも気がねなく言っちゃうのは、男の子らしいのかもね。貴方らしいといえば貴方らしいわ」
「そう言ってもらえると嬉しいんだけれどさ」
 こいつは……カズキ君に恋をしていることからもわかるけれど、レズビアンじゃないのが幸いだわ。レズの気もあることはあるけれど、今のところは飼うきくんへの恋心のおかげでストップがかかっているみたいだし。
「そこで嬉しいって言っちゃうところが、貴方の残念なところよねぇ……せっかくいい素材を持っているのに、お洒落もしないし」
「ねーちゃんが俺にして欲しいって言うんなら、いくらでもするよ。限度はあるけれどさ」
 こいつ……嬉しい事を言ってくれるじゃないか。その時は、思う存分着せ替え人形にしてやろう。
「いつかね。あんたがお洒落をしたいって言ってくるのを待っているよ。カズキ君のためにさ」
「いいな、それ。その時は頼むぜ、ねーちゃん。でも、お礼女の子の服装なんて似合うかなぁ?」
「大丈夫よ、素材はいいもの」
 その時の光景を想像しているのか、キズナは顔を僅かに上気させて微笑む。
「カズキとかぁ……お洒落をして、歩くのか」
 何だかんだ言ってこいつも……女の子だな。キズナの男の子なところもいけれど、やっぱり女の子の幸せも感じてほしいかな。
「いいじゃない。好きな男のために、精一杯お洒落をする。素敵よ、女の子らしくって」
「うーん……でも、女の子らしい、かぁ……あこがれもあるけれど少しだけ怖いなぁ……」
「アンタはそこで悩まないの……」
 女の子らしいといわれて、この反応。もうちょっとでいいから、キズナを調教しないとダメかもしれない。


 デンジさんは12時に来るというので、私達もそれに間に合うように、早めに家を出る。
「そういえばさー、キズナ。さっき通意他を覗いていたらね」
「おう、どうしたんだ?」
「ギーマさんがこんなこと呟いていたのよ。『#有益な情報で他者と意思を通わそう』ってタグでさ。モンスターボールってさ。極稀に中のポケモンを出すことが出来なくなる不具合が発生するんだって。
 でも、デボンとかシルフカンパニーとかの量産品がそういう状態になっても、ぼんぐりから手作りしたモンスターボールならきちんと作動するし、最悪モンスターボールを割れば中のポケモンも出てくるんだって。だから、災害か何かでモンスターボールg起動しないときは、割ってみるのも手だって」
「へー……といっても、どういうときに使える知識なんだろ?」
「ギーマさんのことだから、きっといろいろ会ったんでしょうね……あぁ、そういえば……ラルースシティだったっけ? 数年前にデオキシスとレックウザ騒動が起こった際に、ボールを使えなくなったとかって言っていたから……」
「そうかぁ、なるほど」
 そんなとりとめもない話をしながら走って、ホワイトジムが見えたのは11時40分で、十分間に合う時間なのだが……

「ありゃ、もう戦ってる音が聞こえる……」
 そんなキズナの声を聞いて、私も耳を澄ませてみる。すると、確かに戦闘が繰り広げられている音があった。歓声も聞こえる。
「本当だ……」
「急ごうぜ」
 私が呟いた後にボーっとしているのを見て、キズナは急かすように走り始める。私もコシにお願いをしてダッシュせねば。
「うん、コシ。ちょっとだけラストスパートをお願いするわ」
 私の呼びかけに応じて、コシは裸足で駆け抜けるキズナを追いかけるようにダッシュする。しかし、作業着に裸足……キズナのファッションはカミツレさんも卒倒するんじゃなかろうか?
 と、思ったが、道場の全員が作業着だった。この忍者道場では、作業着が胴着のように扱われているとはいえ。これは酷い。ジムというよりは工事現場や工房にでも来てしまったかのようだ。

 ともかく、中を覗いてみると、行われていたのは門下生とデンジさんとの戦いであった。一言で言えば、流石にレベルが違う。デンジさんが使役するオクタンは、守りを固めて、自身に起こる力の変動を待ち、調子が整ったところで相手を粉砕するという戦法を取っている。いわゆるムラっ気のオクタンに耐久寄りの戦術と、それに見合った育成をさせているのであろう。
 相手が格下ともなれば、その戦法は確実性を増す。オクタンは息をするたびに大幅な強化と控えめな弱体化を繰り返し、時間を重ねて得られた殺傷力で蹂躙する。デンジさんが、得意の電気タイプではなく、地面対策に過ぎないオクタンで戦うあたり、まだ肩慣らしというか、ウォーミングアップのつもりなのだろうか。
 その様子を、少し離れたところでカズキ君とスバルさんが見ており、こちらに気付くと手を振ってくれた。バトルフィールドの隅っこでは、オリザさんもきちんと正座しており、デンジさんの戦いぶりを穴が開くほどに見つめている。とはいえ、相手はオクタンだから、あんまり見ていても意味が無いような気がするけれどね……。

「次、誰か挑戦するかい?」
 自信に満ちた表情でデンジさんが告げる。
「俺、やらせてください」
 カズキくんが手を上げる。どうにも、ついさっき道場にたどり着いたキズナの事を見てやる気になったらしい。デンジさんの呼びかけに、彼いの一番に申し出る。
 このジム、中庭のような場所にある床面は川原の滑らかな石が敷き詰められたフィールドになっている。広さは公式の企画で言うところのスモールフィールド。バスケとのコートとそう変わらない大きさのフィールド格闘タイプのような距離を詰めて戦うポケモンに相性がよく、逆に素早さを生かし戦う飛行タイプにはめっぽう苦手なコートである。
 前述の通りなめらかな石が敷き詰められている……のだが、それらはポケモンたちの激しい技によって石が砕かれ、そのままでは足の裏が怪我してしまいそうなのだ。しかしながらこのジムの練習生というか門下生というか、そこらへんに属している人たちはよく裸足で歩いているそうだから、少しくらい尖った石など問題なかろう。ポケモン達も、この程度の意思ならば足の裏を切ったりはしないようだ。
 カズキが座っていたのは、その砂利のフィールドの周りにある、フローリングの床。彼とスバルさんは胡坐をかいて座っているが、門下生はもちろんカミツレさんもなぜか正座である。足が痺れそうだなぁ……カミツレさん大丈夫なのだろうか? その時、カズキ君の視線が私達の方へ向いたことに気付いて、デンジさんも後ろを振り向いてこちらを見る。
 そして、私を凝視した。
「君は……」
 デンジさんは私の方を真っ直ぐと見つめる。え、何これこの状況?
「なんて素敵な子なんだ……」
 すたすたと、一切視線をぶらすことなくこちらへと向かってくるデンジさん。オチはなんとなく読めてきたけれど、私はこの時の恍惚とした気分を存分に味わった。
「名前を教えてくれないかい」
 私は、あっけにとられながらも、口を開く。
「この子の名前は、コシです」
 このジムリーダーの性格上、人間に一目ぼれはしないだろう。デンジさんが見ていたのは、私ではなく私が座っている電動車椅子に憑依したロトムである。多分、恐らく、きっと。
「へぇ、コシって言うんだ。すごいね、この子」
 あたりだった。なんか猛烈に悲しいのだけれど、この気持ちをどう表現するべきか。
「電動車椅子に憑依したロトムなんて、俺も始めて目にしたよ……バッテリーとかモーターはどういうの使っているのかな……制御用のOSも気になるし……色々改造のしがいがありそうだな。
 うーん……いやしかし、憑依したままじゃ分解も出来ないし、ここは……」
「あ、あの……デンジさん?」
「ん、あぁゴメン。そういえば、トレーナーの名前を聞いていなかったね。君の名前は?」
 そっちを先に聞いていて欲しかったな……出来れば。
「アオイです……その、ずっとファンだったので、お会いできて光栄です」
 緊張してしまって声が震えながらの挨拶。
「よろしく。君のコシ君はずいぶんと素敵なポケモンだね」
「あ、は、はい……ありがとうございます」

 ◇

「キズナ……どうしよう」
 デンジさんが自分の世界に入り込んだおかげで、戦おうとする気概を向ける場所を失ったカズキが、こちらに向かう。
「あ、あぁ……カズキ。なんか、しまらなくなっちまったなぁ……」

「ところでアオイさん。よければ、この子が憑依しているこの車椅子を色々見せて欲しいのだけれど……」
「ふぇっ!?」
 デンジさんとねーちゃんがそんな会話を繰り広げている。あー……どうしよう。カズキ、完全にペースをくじかれたな……。
「一度、コシ君の憑依を解いてくれると嬉しいのだけれど……」
「あ、了解です……コシ、大丈夫?」
 ねーちゃんの呼びかけにコシが車椅子から飛び出る。デンジさん、なにをする気だろうか……?

 まぁ、そんなことより……と、俺はカズキの話に耳を傾ける。
「いや、さ。デンジさんは電車で来ていたんだけれど、結構余裕を持って来ていたらしく予定の時間よりもデンジさんが速く到着しちゃったから、呼んでいた観客が来るまでの間に少しバトルでもして待とうってことになったんだけれどさ……それで、俺はキズナが来るまで挑むのを待っていたんだけれど……」
 カズキが二人を見る。
「なんだかなぁ……」
「あら、それなら私が相手をしてあげようかしら?」
 そう言ってきたのは、クールビューティーなジムリーダー、カミツレさんだ。白に黄土のまだら模様のマフラーとワインカラーの上着。紺色のブラウスに黒いタイトスカート。お洒落なベルトで腰の括れをばっちりと見せつけ、くそ寒い冬だというのにタイトスカートの下は脚線美を失わせないタイツ一枚だ。ヒートテックかな?
 とても美人だしファッションセンスはいいのだが、素材が違いすぎてこの人の格好はとても真似はできない。
「良いんですか?」
 カズキはその声に振り向き嬉しそうに反応する。
「ええ、デンジさんのバトルを見ていたら、私もうずうずしてきちゃってね。それに、デンジさんってば、ああなるとテコでも動かなくっテコまっちゃう人だから」
 何か、妙なアクセントがあったような気がしたが、気のせいだな。
「光栄です、カミツレさん。俺の名前は、シラモリカズキ……以後、よろしくお願いします」
「よろし……シラモリ? 貴方、スバルさんと一緒に座っていたけれど、まさか……年の離れた姉弟……もしくは甥っ子か何かかしら?」
 そういえば、スバルさんとカミツレさんは知り合いだったっけ。以前彼女との対戦動画を見たことがあるが、スバルさんが圧倒的だったのを覚えている。
「血は繋がっておりませんが、親子のようなものです」
「……なるほど。スバルさんには土を噛まされた経験もあるから、その子供がどれだけ強いのか……楽しみでもあり怖くもあるわね」
 そう言って、カミツレさんは自分のモンスターボールに手を掛ける。
「勝負は一対一のシングルバトル。出すポケモンの運も絡むけれど、問題ないわね?」
「望むところです。こりゃ、つまらないポケモンは出せませんね」
「カズキー! 頑張れよ!!」
 対するカズキも自身のボールを掴む。バトル開始だ……

 ちらりとデンジさんの方を見ると、どこに工具を持っていたのか分解している。コロモに背中を支えられて足を投げ出すように座りながらそれを見ているねーちゃんは気が気でなさそうだ。コシはといえば、デンジさんの手持ちであるフロストロトムと一緒に寄り添っている。
 仲間同士落ち着くのだろうか……と、そんなことより。すでにカミツレさんとカズキの戦いは始まっている。カズキのポケモンはガマゲロゲのサミダレ。いつもは湿った岩を持たせているが、今回は一対一の戦いだからなのか、何かのドライフルーツを装備させている。
 そして、カミツレさんの手持ちが……フライゴンだ。飛行タイプのポケモンに雷を当てる練習用だろうか、電気タイプのポケモンで空を飛べるポケモンはいないから(サンダーとボルトロスは別として)移動用も兼ねているのかもしれない。
 師匠はストーンエッジの練習用にフライゴンのサラを入手しているが、意外なところでポケモンがかぶるものである。カミツレさんのフライゴンはドラゴンジュエル持ち……ということは、ジュエル竜星群を警戒する必要があるか。
「……危なかったわ。電気タイプを出していたらイチコロだったわね」
「電気タイプでガマゲロゲに勝てるポケモンなんてカットロトムのように限られていますからね……さて、雨乞いだ」
「パーヴォ、竜星群」
 へぇ、カミツレさん攻めるなぁ。まずは竜星群で、致命傷を狙うといったところか。確かにジュエル竜星群は強力……場合によってはこれで戦いにケリが付く事もあるだろうけれど、それはサザンドラみたいな強力な特攻を持ったポケモンの長所をきちんと伸ばした場合に限る。
 サミダレも怯みはしたが、胸に下げたオボンの実らしきドライフルーツが光になって消滅……体力も回復しただろうし、まだまだ戦えるだろう。何度も戦っているからわかるけれど、雨状態になったサミダレは強いぞ。
「サミダレ、熱湯だ!」
 それにしても、俺達はひさしが付いているところに座っているから濡れないが、カズキたちは寒そうだなぁ……風邪引くなよ?
「ドラゴンクローよ」
 しっかりと竜星群を耐え抜いたサミダレへ命じるのは、熱湯。フライゴンは攻撃力が高いポケモンだから、これによって火傷でもしてくれれば幸運だ。雨を存分に吸っているサミダレは、いつもよりずっと多量の熱湯を口から吐き出す。寒さのおかげもあってかものすごい湯気が立ち上り、視界を覆う。
 パーヴォは下半身が熱湯を浴びてしまったが、それはまだいい。湯気を振り払うように翼をはためかせ、それを押し戻すが……結局熱と湿気を帯びた空気が周りの冷たい空気に冷やされることで、容赦のない湯気がパーヴォを襲う。
 結果、それはフライゴンの眼球を守る赤いカバーを曇らせ、視界を不良にする。
「へ、狙い通りだ。」
 その状態で攻撃をくらうのはまずいからと、パーヴォは独断で空を飛ぶ。
「どうしたの、パーヴォ!?」
「ハイパーボイスだ」
 カミツレさんの視点からだと、カバーが曇ってしまったを知ることは叶わないからそう言う反応も無理ないか。パーヴォ空を飛んで自身のカバーを指で拭わんとするが……そこに大音量の声が響き渡る。
 驚いてめちゃくちゃにバランスを崩し手高度を下げるパーヴォに、サミダレは容赦なく熱湯をぶつけた。そのまま地面に落ちてなお闘志は失っていないパーヴォだが、体勢を立て直して立とうとする前に。サミダレの熱湯が再び降りかかる。
 それがとどめとなった。

「ふぅ……勝っちゃった。相手がフライゴンでよかった……」
 確かに、目のカバーが曇ったりしなければ、まだパーヴォが勝つ可能性もあったろうになぁ。
「……一体、パーヴォになにが起こったの? 途中、明らかに様子がおかしかったけれど」
「目のカバーが熱湯で曇ったのですよ。それで、攻撃が見えなくなったパーヴォ君は曇りを拭うために飛び上がったわけだけれど……飛んでいる相手には、音の攻撃が良く刺さります。苦肉の策で空に逃げだけだから、特にあの状態は音の技が得意なガマゲロゲにとっては絶好のカモって言うわけです」
 おいおい、カズキがカミツレさんに解説をしちゃっているよ。ジムリーダーの面目がねーな。
「なるほど……というか、よくパーヴォが男の子だってわかったわね……」
「あぁ、それは……パーヴォ君がボールから出てきた時に、サミダレが『男か……』って呟いていたような気がしたから……」
「よ、よくわからないけれど……すごいのね」
 そういいながら、カミツレさんは力尽きたパーヴォをボールの中にしまう。
「ふぅ……一対一のバトルとはいえ、また負けちゃったわ……ポケモンに申し訳ないわね。それに、貴方たち親子は強いのね」
「否定はしませんけれど。今回は運も絡みましたし……夏だったらあんなに湯気も発生しませんから」
「何言っているの。舞台装置を活用できるものにこそ、女神は微笑むものよ。環境も利用できる貴方が弱いはずなんてないし……悔しいけれど、負けは負け。ジム戦だったらバッジの1つや2つ渡せたんだけれどね」
「いや、2つ貰っても困りますが」
 カズキ、そこはマジレスするところじゃないぞ。
「ふふ、冗談よ。そんなことより、貴方のポケモン……良い鍛錬、良い指示、良い才能。全部合わさって、とても輝いていたわ。負けちゃった私が言うのもなんだけれど、貴方がこれから、自分自身も含めて周りを輝かせる人でいて欲しいものね。頑張ってね、小さな凄腕トレーナーさん」
 カミツレさんは、女性にしては長身であるその体を傾かせながらカズキに視点を合わせて微笑んだ。ねーちゃん、憧れの対象としてカミツレさんのファンでもあるから、うらやましがりそうだな。
「ありがとうございます」
 褒められて嬉しいのだろうか、少々はにかみながらカズキが頭を下げる。……俺も、後でバトル挑もうかな。カミツレさんを見ていると、カズキに対してはあくまで笑顔で振る舞っていたが、内心は悔しさで一杯らしい。握った拳には跡がつきそうだ。

「やったじゃん、カズキ」
「いや、さっきもカミツレさんに言ったけれど、やっぱり運が良かったんだよ……カミツレさんも、今回の事を踏まえて、熱湯というか湯気に対する対策は必ずするだろうし……」
「お前は強いんだ。自身を持てよ、カズキ」
「う、うん……」
「確かに、今回の勝ちは運が良かったというのは間違っていないと思う。けれど、それでも勝ったことは勝ったんだ。だから、次も勝てるように頑張る励みにしろよな、な?」
「うん……。それじゃ、ちょっと母さんに報告をしてくる」
「おう、行ってこい」

 ◇


「少しばかり、配線にも無駄が多いな。ここら辺をもっとシンプルにすれば……この絶縁体も劣化してる。安物だな……うちの大学のスポンサーの特殊ゴムなら……」
 デンジさんは相変わらず機械弄りに夢中であった。分解した電動車椅子の写真をいくつも撮って、オイルがどうのこうの、バッテリーが、モーターが、伝達が……私にはよくわからない事をぺらぺらと喋って、混乱させてくる。
「でもまぁ、要するに言える事は……ロトムっていうのは、人の想い入れが大きいものに程憑依しやすいんだ。例えばそれは、ヒトモシ系統が人々にとって非常に関わり深いロウソクの形を生存競争の中で取ったようにね。照明器具なんていくらでもあるのに、なぜ蝋燭という形をとったのか? それは、人の思いが関係していて、ヒトモシというのは人ともに生きてきたポケモンだというのが伺えるのさ……こういうのは俺の専門じゃないから詳しくは知らないがね。
 だからこそ、『この機械は便利である』という共通認識が、ロトムに新しいフォルムを与えるんだ。ここら辺はむしろ電気よりもゴーストタイプの領域だがな。で、本題……つまり、電動車椅子は万人受けするものではない。人によっては一生触れることもなく人生を終えるものも少なくはないだろう。だから、人によっては『この機械は便利である』という認識をされないということになる」
「あの、それなら芝刈り――」
 芝刈り機も同じなんじゃないかと言おうとしたが、それはデンジさんの言葉により遮られてしまう。

「だから、本来ならば電動車椅子にロトムが憑依することなんて、難しいことなんだ……さっき、俺のロトムにも車椅子に憑依させようとしたけれども無理だったしね。何匹も厳選したんだろう?」
「あ、はい……15匹ほど選んで、ようやく見つけた子なんです」
「なるほどね。ともかく、俺はアオイちゃんがこうして車椅子にロトムを憑依させたことに、新しい可能性を感じたよ。いやね、俺の親友のオーバっていうやつがいるんだけれどさ……知ってる? 四天王の」
「あの、カトレアさんの後釜として四天王に収まった、自力でアフロブレイクが出来そうな人ですよね」
「そうそう、あいつは俺にこう言うんだ。『芸術的なメカを作って人を驚かすのもいいけれど、お前はもう少し自分の世界ではなく、他人の世界に踏み込んだものを作ってみたらどうだ?』ってな。
 いや、シンオウにいた頃は、ジムの改造ばっかりやっていたし、それで電力を消費しすぎて街を停電させたこともあってね。その件があるから、いっつもオーバの奴には反論できなくってさ」
 ははは、と自嘲気味にデンジさんは笑う。1人で停電を起こすって、どういう電気の無駄遣いなのやら。
「あはは……有名な話ですよね。その電力不足を解消するために、ソーラーパネルを歩行者用の道路や灯台に設置したとか」
「そうそう。そんなこんなで、俺も人の役に立つものを作れって言われ続けているんだ。でさ、提案があるんだ……俺ね、とある大学と、ロトムが憑依しやすい電化製品の研究で、機械分野からの見地で協力しているんだ。その研究、ロトムの戦闘能力をアップさせる事を目標にしていたけれど、こういうのもありじゃないかって思ったんだ」
 まさかデンジさんからこんな話が来るだなんて……なんとまぁ。意外なところから意外なお話が来るものだ。
「つまり、車椅子に憑依させる研究をしてみたいんだけれど……車椅子の利用者としてどうかな? もちろん、君の意見が絶対反対ということ……は無いと思うけれど、君が強く希望するのであれば状況は別だ」
「強く推薦するということですか?」
「ああ。こちらとしても他の車椅子利用者からアンケートを取ったりとかする必要もあるだろうし。あと、生々しい話になっちゃうけれど、研究費用を引っ張ってくるのに、障害者のためっていう大義名分があるとやりやすいんだ。研究費用はあればあるだけ欲しいからね」
 なるほど、お金の関係も絡むのか……それについては置いておくとして。この子、コシは確かに特別な個体だ……20匹も調べることなく発見したからには、そこまで確率が低いものではなさそうだが、それでも最初は憑依するのに苦労したものだ。
 もしも、車椅子をもっと憑依しやすく出来るのであれば、それは今後私のような立場の人にもすごく役に立つわけだし……。
「あの、出来ることなら……お願いします」
 デンジさんは変わり者だとかなんだとか言われているけれどこういう風に人の役に立とうとする一面もあるんだなぁ。今までポケモンバトルの腕前と顔だけで評価していたけれど、ちょっと尊敬するかも。
「よし来た。これで自由に使える金が増えるぞ!! どんなギミックの車椅子を作ろうかなーっと」
 そして、尊敬した矢先にこんな無邪気で生々しい発言だよ! さっきの尊敬という感情も訂正、この人は機械を弄りたいだけなんだな、うん。



Ring ( 2014/03/13(木) 23:45 )