第五十七話:親と子供
ボールの中から周囲の様子をうかがってみると、正面にいるのはご主人の親代わりである、シラモリスバル……今日もなにやら変なものを目に付けている。なんだろうあれは、人間の発情期はああなるのか?
「さて、主に観客の皆さんのための休憩時間を終えて、準決勝第2試合。流石に先ほどの試合の熱気は収まっていますが、注目の戦いにまたもや観客の皆さんは沸騰せんばかり。
この戦い、注目は……なんと2人の苗字が同じく『シラモリ』であることでしょうか。もしかして、お2人さんなんか関係あったりするのでしょうかねぇ」
うるさい……今までも、人の多い場所で戦う事はあったが、ここまで人が多いのは、小生には初めてだ。
「ああ、あの人は俺の母親です」
「あいつは私にとってただの後見人だ」
おや、ご主人とスバルで意見が割れた。小生がバルチャイ……トリを育てている際は母親のつもりで育てているが、どうにもスバルはそういう認識ではないようである。
「おっと、私のぼやきに対して、ふたりともわざわざ答えてくれました。答えの方の意見は割れておりますが、お互い浅い関係でないことは確かなようです。このトーナメント、スバル選手は圧倒的な強さで、ピンチになる様子一つ見せずに勝利を収めています。一番苦戦したのは恐らく3回戦目のキズナ選手でしょうか?
対するカズキ選手も、あまり苦戦らしい苦戦はしておりません。ストライクの圧倒的な素早さによりかき回し、そのあと別のポケモンにトドメをさしてもらう戦法が安定した強さを誇るため、皆さんどうやってトリックルームを破るかに焦点を当てておりましたね。
他人ではない者同士、因縁の戦い。これは否が応にも燃えますね。それでは、そろそろ試合開始の笛がなる時間です。私もしばらく黙りましょう」
そう、確かにゼロの素早さに対抗するためにトリックルームを使用した奴もいる。動きが軽い奴ほど浮き足立ってしまうあの技は確かに厄介だが、ローテーションバトルは機動力が大事。あまりトリックルームでアドバンテージを得るポケモンが使われないのが救いである。
「それでは私、シェールが引き続き審判を務めさせていただきます」
よし、始まるか……。気を引き締めんとな。
「勝負形式はローテーションバトル。交代は体の一部をタッチすることにより認められ、一度交代すると、10秒以内の交代及び交換は認められません。人数は4対4、ポケモンは個別に棄権させることが出来、4体すべてが棄権もしくは戦闘不能になった場合決着といたします。
また、場に出すポケモンは3体まで。4体目は、控えとしてボールの中へ待機していただきます。交換は、待機中のポケモンとのみ行えます。それでは両者、試合開始!!」
「行くよ、皆」
「行くぞ、お前ら」
小生らのチームは、ハハコモリである小生と、サンダースのミロクと、ガマゲロゲのサミダレ。それぞれ持ち物は銀の粉、気合いのたすき、湿った岩。雨を降らせて、炎の弱点を潰したり、雷を必中にして立ち向かうチームだろうか? 相手のチームは、アイアントのユウキ。何かの木の実を首から下げている。エルフーンのケセラン、こいつは大きな根っこを首から下げている。シビルドンのうな丼……こいつは命の玉だろうか。こちらも、雨を前提にしたパーティだろうか……? といっても、小生らのチームには炎技を使えるような輩はいないから、うな丼以外は特にそういう考えはなさそうだ。
「サミダレ、まずは雨乞い!」
「ケセラン、まずは挑発!!」
「雨乞いだ!! ソーレ!! レッツ雨乞い!! 頑張れ頑張れ雨乞い!!」
ご主人が叫び声を上げている。いつもはあんなに声を上げることはないというのに、一体なんだというのか?
『ご主人、オイラわかったから……』
『おや、サミダレ君。君のイボイボ、とてもじゃないけれど気持ち悪くて直視できないから戦いに有利でいいねー。僕は可愛いから注目されて困っちゃうよ』
なるほど、ケセランの挑発に乗らないように、サミダレの注意を後方にそらすという意味ではあり……なのだろうか? 結果、ケセランが何かを言っていたようなのだが、それがまったく気にならなかった。
「ほう、挑発を無理やりかわさせるとは……だが、それだけではまだまだだ。ケセラン、ヤドリギの種」
スバル殿がケセランに指示を下す。
『よっしゃー、ご主人からの命令だー!! 頑張ってヤドリギの種を植えるぞー!! お前覚悟しろよなー!!』
スバルからの指示を受けると、途端にケセランは饒舌になる。ピィピィという甲高い声に乗せて届けられる言葉が、非常に五月蝿くて困る。
「サミダレ、凍える風!! 相手に惑わされちゃダメ……耳を傾ければ、その隙を突いてくるよ」
『了解、ご主人』
しかし、ご主人の言葉で我に返ったサミダレは、ケセランに惑わされることなく凍える風を放つ。濡れた体でそんな技を喰らえば、寒いではすまなくなるだろう。
『うざってぇ……』
そんな凍える風を、豊かな綿が守る背中を向けて耐えながら、ケセランは彼らしからぬ低い声を出して毒づく。凍える風が止んだ時に、彼は自分の手に山盛りに乗ったヤドリギの種をばら撒いた。数個ならば避ける事も出来るだろうが、あれでは避けようもない。しかしながら、サミダレはそれをよけるのではなく、大量の水で真っ向から押し返す。さっすが、サミダレ、強いな。
「サミダレ、一旦引いてママンに交代」
『上等だぜ、アンタのご主人』
言いながら、ケセランが指先を光らせて、サミダレへと光る触手を伸ばす。ギガドレインだ……あ、喰らってしまった。サミダレは尻尾を巻いて逃げていたおかげで、すぐに距離が離れてギガドレインの接続が切られたのが幸いであったが、もしもあのまままともに食らっていたらと思うとぞっとする。
「ケセラン、身代わり」
『だが、俺のご主人はもっと上等だ』
身代わりを命じられたケセランは、不敵な笑みを浮かべながら自身の綿を盛って、それを切り離して塊にする。そうこうしているうちに、サミダレは小生とタッチして交代した。
「毒々だ、ケセラン」
「ママン、シザークロスだ! だが綿を投げられてもすぐに振り払うな!!」
ご主人? いや、よくわからないがご主人の言うとおりにしよう。
毒々に警戒しつつかけていくと、ケセランは自身の綿を切り離した物を盾代わりに持っている小生のシザークロスに対して、ケセランはその盾を構えて受け止め、小生に綿を押しつけて自身はバックステップ。そして毒々……ここか!!
小生は毒々をその綿で受け止める。言われたとおりすぐに振り払わなかったおかげで、綿を盾にして毒をくらわずに済んだ。感謝するぞご主人。そして、今だ!!
『喰らえい!!』
『くっ!!』
ざっくりと、小生のカマが綿を切り裂いてケセランに突き刺さる。ケセランは避けられないと悟ってか、お辞儀をすることで綿をクッションにしたが、それだけでは不十分だったようだ。血がにじんだ感触が伝わってくる。効果は抜群、手応え十分だ。
「ケセラン、追い風をして逃げろ」
『させるか!!』
小生は、シザークロスで突き刺さったカマを離すことなく押し倒し、カマを胸に突き立て、綿を踏みつけて地面に押し付ける。エルフーンは力も弱いし、腕も短いし、何よりエルフーンの攻撃は小生に対してとことん相性が悪い。力尽くで押さえつけてしまえば、もはや相手に反撃手段はほとんどなかった。
「いいぞ、ママン。そのままだ!!」
「ケセラン、そうなってはもう抜け出せん。毒々で華々しく散って見せろ」
左カマを離しては何度も叩きつけていると、追い風を打って逃げることすら不可能と悟ったらしい、ケセランは小生に毒々を放つ。今度こそまともに当たってしまったが……毒が回るまでにはこいつを倒してみせる!!
ケセランはギガドレインで最後の悪あがきをするが、何度もそちらの顔を殴る小生の攻撃には、その程度の回復では追いつけるはずもない。最後に、自分が倒れるタイミングを見計らって追い風を発動する根性は見上げたものだったが……
「エルフーン戦闘不能。スバルさんは新しいポケモンを出してください」
「キズナと同じく……お前も先制をするか、カズキよ……楽しいぞ」
結局小生の猛攻に対し、ケセランは為すすべがなかった。もしも序盤に濡れた体へ凍える風を撃たれていなければ逃げられていただろうが……サミダレの頑張りのおかげで何とか、先制できた。
だが、小生も毒が回ったせいできつい……もしもサミダレと同じくヤドリギが効果を持つタイプだったら、小生も危ないところだった……。
「ママン……大丈夫? いつでも交代できるようにこちっちに戻ってきて……」
『了解だ、ご主人……』
自分でもわかるくらいに苦しそうな声を上げつつ、小生はご主人の元に戻る。
「なんとか、スバルさんの最強の手持ちを倒せたけれど、でも……2人とももう厳しいかな」
確かに。小生は毒が回ってきて頭がくらくらするし、サミダレはギガドレインのせいでもう息も絶え絶えだ。本当に草に弱いのだなぁ……
「ではそろそろ行こう。カズキよ……お前のために用意した、新しいポケモンでな」
なんだって……? 出てきたポケモンは……ラムパルドのバリスタ。追い風状態の今じゃ、無類な強さだぞ。しかもゴツゴツメットを装備しているし……すさまじい攻撃力を誇りそうだ。
「バリスタ……商品からスバルさんの手持ちに昇格したんだね。おめでとう……けれど。負けてあげるつもりはないからな」
「それでこそだ……いけ、うな丼。とぐろを巻け」
「バリスタを出すわけじゃないのか……いや、どちらにせよすまない、ママン……捨石になってくれ」
うな丼のメインウェポンは、電気。そしてサブに炎……それを考えると、ミロクが適任かと思ったが……ご主人、小生に何を……
「うな丼はとぐろを巻く事を主体にした物理型……だから、リフレクターだ、ママン!!」
『了解……』
とぐろを巻くのは、待ちの戦法。確かに攻撃力も防御力も上がるとはいえ、その場から積極的に動くのには適していない。しかし、シビルドンはその弱点を克服する方法を持っている。それは、浮遊……それを生かしてもやはり遅いことに変わりはないとは言え、それなりに移動できることと、とぐろを巻く優位性を両立できるのはやはり恐ろしい。
最後にリフレクターを張りはしたがもう小生は限界で、何をされるまでもなく地面に膝を付いた。
「ハハコモリ、戦闘不能です。カズキ選手は新しいポケモンに交換してください」
「出て来いよ、ゼロ。それでもって、今度はミロクが行くんだ、電磁波で。アクアテールに気をつけろ」
『了解、ご主人』
主人の手を煩わせては申し訳ないので、何とか立ち上がって主人の横に座る。
「ママン、ありがとう。ボールに……」
『いや、このまま戦いの成り行きを見守る所存だ……』
「そうか、わかった。無理するなよママン」
ご主人にボールにしまおうかと提案されたが、小生は断ってそのまま観戦する事にした
「うな丼、アクアテール」
如何にリフレクターを張られているとはいえ、雨がまだ降り続く中でのアクアテール。とぐろを巻いて攻撃力が上がっている事を踏まえれば非常に危険である。特に耐久の低いミロクが喰らったらあっという間に足趾という事もあり得るだろう。
まぁ、素早いミロクである。一度電磁波撒いてしまえば、動きが鈍った相手の対処などあまり心配ないと踏んでいる。電磁波を放とうとしたところで、早いうちにアクアテールの洗礼を受けてしまったが、電磁波を見舞ったうな丼の攻撃ならば、避けて反撃できるだろう。
『くそっ……やるじゃねえかこのウナギめ』
「よし、まだいけるなうな丼?」
吹っ飛び、地面を転がってしまったが、それでもリフレクターのおかげで何とか耐え切ることが出来たようだ。ご主人が小生を捨石にリフレクターを指示した判断は間違っていなかったようである。スバルはそのまま麻痺したうな丼を起用しているが……何かを狙っているのだろうか、気味が悪い。
「シビルドン、戦闘不能。スバルさんは新しいポケモンに交代してください」
結局、スバルは麻痺したシビルドンをそのまま使い、ミロクの雷の連発で使い潰されてしまった。スバルは一体何を考えて……状況は有利になったけれど……。
「ユウキ、お前だ」
「スバルさんの相手はユウキか……どうするか……雨も止んじゃったし……雷は必中じゃない。だけれど、それならそれで雨をまた降らせるか、麻痺を撒いてやれば……」
そういえば、気付けば雨も止んでいる。ご主人はここからどうするつもりなのか……?
「ユウキ、高速移動」
ご主人が悩んでいる間に、スバルはユウキに積み技を命じる。ご主人、迷っている暇は無いぞ。
「ミロク、そのまま行ってくれ!! 電磁波をしてから、10万ボルトで攻め立てろ」
『了解だ、ご主人!!』
高速移動……元々速いアイアントがさらに速くなったら確かに恐怖だが、電磁波で麻痺させれば……怖くない、はず。だが、予想に反してユウキは電磁波をものともしない……というわけではなく、彼は首にかけてあった実を口にして、電磁波を無効化した。
「な……クラボ? ラム……? どっちでもいいか、ミロク雷だ。麻痺を狙え!!」
『わかった、何とか頑張ってみる』
と、主人が命令し、ミロクが答えるが……正直高速移動でちょこまか動くアイアントを雷で捉えるのはサンダースでも難しいようだ。熟練者の貫禄を見せ付ける、最小限の動きで回避を続けるユウキとがむしゃらな攻撃でスタミナを失っていくミロク。
とうとうミロクが息切れをした所で、ユウキは爪とぎを始める。そこに飛び掛ったミロクの雷は当たりはしたが、間髪いれずに放たれたシザークロスの前に、ミロクは散ってしまった。この時点ではリフレクターも消えてしまっていたのだ、無理も無い。
「サンダース、戦闘不能。カズキ選手は次のポケモンに交代してください」
これで状況は2対2……お互いもう2体しか残っていない……が。
「ユウキ、バリスタにバトンタッチ」
スバルの命令が会場に響く……その手があったか。
「あぁ……くそ、高速移動と爪とぎを……」
満を持して登場したラムパルド……バリスタという名前のそいつは、すでにして高速移動と爪とぎを積んでいる状態だ。
「いくらゼロでも危険か……いや、それとも……」
残ったポケモンは2人。ご主人はどうするつもりだ……?
「サミダレ……波乗り!!」
『わかった……』
息も絶え絶えにサミダレが動き出す。恐らく、この攻撃で最後だろう。
「バリスタ、岩雪崩で迎え撃て」
『了解よ、ご主人』
命令をされたバリスタは、すぐさま攻撃に移る。息も絶え絶えなサミダレも攻撃に移ったが、相手に波が到達する前に岩の濁流に飲まれて、バリスタの元まで到達した水も僅かなもの。その程度、バリスタは飛び越えて、何事も無かったかのように着地する。
雨やら波乗りやらで、地面がぬかるんできたが……これがあのずっしりと重そうな相手の足を取るなど有利に働いたとしても……流石に勝利は無理だろう。
「ここまで来たら……最後まで行くか。でもゼロ、怖かったら無理はしなくてもいいからね……いって来い」
けれど、ご主人は最後まで戦い続けるつもりのようだ。
「諸刃の頭突きでは死に兼ねないな。バリスタ、岩雪崩で優しく仕留めて差し上げろ」
『遊んであげるわよ、坊や』
バリスタが挑発的な口をきく。
『舐めるな!! 恐竜』
余裕の表情のバリスタに、ゼロは敢然と向かってゆく。放たれた岩雪崩を、何の苦も無く走って抜け、すれ違いざまに相手の右わき腹にカマを叩き込む。
高速移動状態のはずのラムパルドが、動くことすら出来ない……やはりゼロはとんでもなく速い。すぐさま振り向いて右爪を振りぬくバリスタだけれど、それを軽くいなして足にカマを一撃。バリスタは右足を踏み出して蹴り飛ばそうとするが、ゼロはさっと身をバリスタから見て左側にやって、相手の軸足。左足を蹴り飛ばす。
『痛いじゃないのよ!!』
右足を下ろしたバリスタが、上体を捻ってアイアンヘッドを放つ。しかし、ゼロは懐に入り込んで、カマで彼女の両足を挟み込むように一撃。
『ちょこまかと鬱陶しい!!』
一方的な展開に苛立ち、バリスタが声をあげる。
『その鬱陶しさ以外に誇れるものが無いんだよ、俺は』
あまりの痛みに冷静さを失って、バリスタはがむしゃらに飛び掛って押さえ込もうとするが、ゼロは飛び掛られる前に身を伏せて、バリスタには自身の体を飛び越えてもらう。ボディプレスを不発にしたバリスタの背後を眺めながら起き上がり、投げ出された彼女の左足を瓦割りで踏み抜く。
『この、羽虫め……』
バリスタは短い手を使って起き上がるが、すでに足に来ているのか、体が僅かに震えている。だけれど、ゼロ自身もすでに息切れしているが……さて、どうなる?
『全力で仕留めてやらぁ!!』
ついに我慢できなくなったバリスタは、ゴツゴツメットをかぶった頭を振り上げ、諸刃の頭突きを放つ。当然、ゼロはかわしてやり過ごすのだが……もう、あいつは息切れしてカマを地面についてしまった。
『すまない、ご主人……これ以上続けると、攻撃をくらって死ぬ』
頑張ってはいたが、ゼロのスタミナは無限ではない。全力で動ける時間をとっくに過ぎたゼロは、不完全燃焼のまま降参を宣言した。
「すみません、審判のお姉さん……俺達、降参します」
「わかりました。カズキ選手、降参により、この勝負、スバル選手の勝利とします!!」
終わったか。結局、ラムパルドは倒せず終いだったが、ゼロは良く頑張ったな……小生も、毒が悪化する前にボールに入れてもらうとするか。
◇
「なんと、カズキ選手のストライクは足を執拗に攻撃して圧倒しておりましたが、あまりに素早い動きだからでしょうか、瞬く間にスタミナ切れで降参という非常にあっけない幕切れだぁ!!」
「短時間に強力な力が出せる無酸素運動は持続時間が短いですからね……あの子は、これまでの戦いでも数秒動いたらすぐに休むという戦闘スタイルでしたので、今回のような結果になるのは当然と言えるでしょう。後続がいる状態ではあのストライクの性能は脅威と言えますが、後続なしでは残念な性能かも知れませんね」
試合の最中は聞いている余裕すらなかった実況と解説の声が聞こえてくる。うな丼を犠牲にしてミロクを攻め疲れさせてから、ユウキを積みの起点にしてラムパルドの圧倒的な攻撃力で攻める。なんともまぁ、見事な戦法であった。
もしあの時、うな丼を倒した後に他のポケモンに交換していたら……いや、流石に高速移動を積んだユウキが相手では、ゼロも対応できなかっただろう。
「しかし、カズキ選手。今回の大会でスバル選手へ最も健闘したといえるでしょう。年齢を考慮すれば、ここで負けても仕方が無いといえますし、最後まで立派に戦い抜いた、非常に良い試合だったと思います。
それでは皆さん、バトルを終えた選手達に惜しみない拍手を送りましょう!!」
実況の呼びかけで拍手が巻き起こる。俺は、もう流石に苦しいからと訴えかけてきたママンをボールに収納し、フラフラと立ち上がったゼロを一度抱擁してから、ポケモンをしまい終えたスバルさんの方へと歩み寄る。
こちらの動きに気付いたスバルさんは、マジックミラーのゴーグルをはずし、素顔になってこちらを見る。その表情が微笑んでいた。
「今日は対戦、ありがとう。母さん」
スバルさんを見上げて口にすると、スバルさんは俺を黙ってそっと抱きしめてくれた。胸の辺りに俺の体を引き寄せ……あの、おっぱい当たっているんだけれど。
「カズキ、よくやったな。負ける気はしなかったが、簡単に勝てる気もしなかった。そしてお前は私を簡単に勝たせてはくれなかった。強くなったな、お前は……」
そこまで声を掛けた後、スバルさんは俺を胸から話す。
「でも、俺はまだまだ強くなりたい……」
「わかっているさ。そのために、私もお前を手元に置いたんだ。お前なら強くなれると確信してな」
言いながら、スバルさんが俺の頭に手を置く。
「さぁ、そんなことより行くぞ。話はこんな公衆の面前じゃなくとも出来る」
「うん、母さん」
背中を軽く叩かれ、急かされるように俺は歩き出す。
「ところで母さん。一つ質問があるんだけれどさ……」
「ん、なんだ?」
「正直な話、うな丼を失わずとも、俺に勝てたんじゃないかな……って思うんだけれど。どうかな? ミロクの雷を連続で喰らってた時、あえて退かせずにいたよね?」
「……あぁ、それか。私が、お前にご褒美を与えるためにわざとうな丼を捨石に使ったと思っているのならばそれは間違いだ。私としては、確かにうな丼を犠牲にせずとも勝てる道筋はあったが……それよりもうな丼を犠牲にして、リフレクターが解けるのを待ったほうが勝率が高そうだと思っただけだ。他意はない。要は……お前に負けると思ったから、マンに一つもにも負けないように犠牲にしたのさ」
「そっか……なら安心」
試合が終わったとき、それがちょっとだけ気がかりだったけれど……まぁ、手加減されたわけじゃないのならいいか。
「カズキ」
そんな事を考えながら選手の控え室を歩いていると、スバルさんが不意に話しかけて来る。
「なに、母さん?」
「約束どおり褒美をやる。褒美は、優勝商品だ」
「優勝商品って……本当に?」
「あぁ、木彫りの聖剣士、どれが欲しいかを表彰式の前にきちんと考えておけ」
……それなら、俺はすでに決まっている。
「1位は、二つの聖剣士を貰えるんだよね」
「あぁ、そうなっている」
「じゃあ俺、コバルオンとケルディオがいいかな」
「何故だ?」
俺の要求を聞いて、母さんは微笑みながら尋ねる。
「セッカの伝説にある聖剣士……『防人のアオ』は、ケルディオの女の子を引き取って、立派に育てたっていうじゃない? 俺達も、そうなってくれればって思ってさ」
「いいだろう」
口元に笑みを浮かべて、母さんが俺の頭をわしづかみにする。
「今日行われる最後の試合。勝利をさらってくる。お前も、ハチクマンとの試合で無様な結果を晒すんじゃないぞ。ハーフタイムショーを挟んで30分後に次の試合だから、医務室の職員にきちんと治療をしてもらっておけ。キズナあたりと話したいこともあるだろうが、まずはそっちからだな。
私も後で医務室に行くから、先にゆっくりと休ませておけ」
「うん……それじゃ、行ってきます」
俺は一度だけスバルさんの方を振り返って、小走りで医務室へ向かう。微笑んでいるその顔を目に焼き付けて、俺の足取りは軽やかであった。
「キズナ……俺さ」
医務室にポケモンを預けてから、少しの時間ローカルテレビの取材を受けた。それを終えた俺は、医務室にてポケモンの治療の終了を待ちながら、長いすの隣に座る彼女の名前を呼ぶ。
「うん、どうしたの?」
「母さんに抱きしめてもらっちゃったよ。俺さ、前の母親には全然愛してもらえなかったから……なんていうかさ」
「なんていうか、なんだ?」
「嬉しい。すっごく嬉しいんだ」
こんな陳腐な感想しか出ない自分が憎らしいくらいには、嬉しい。
「そうかぁ……カズキは大変だな。俺の家は、普通に子供の頃に抱っこしてもらったりとかしたからなぁ……元気すぎる俺にいっつも手を焼いていて、危ない事をしそうになったらすぐに抱きしめて連れ出してたって、母さん言っていたよ」
「俺は、牢屋みたいな柵に閉じ込められてたそうだよ。そのほうが面倒くさくないからね……だから、抱きしめてもらうとか、そういう経験は少ないし、抱いてもらっても、それは愛を感じるようなものじゃなかったと思うんだ。
でも、さ。なんていうの? スバルさんが抱きしめてくれると。すごく優しくって……幸せな気分だよ、本当」
「あの人、変わり者だけれどポケモンの愛しかたはまじめだから。子供の愛し方もまじめなのかもな。本当に、いい人だよ」
「うん、そう思う。あと、スバルさんはちょっと不器用なところもあるかな。素直じゃないっていうかさ……優しい自分を、格好悪いって思っている節があるんだよね。だから、素直に感情を表現できない可愛いところもあるし、怒った時はそりゃもう殺されるんじゃないかと思うくらい怖い時もあるけれど。
でも、さぁ……やっぱりいいなぁ。家族がいるっていうのはさ。スバルさんのおかげで……キズナがいてくれた事とはまた違う形で、生きていて良かったって思えるようになったよ。あの人は、最高だよ」
「いやいや、そういうもんでもないと思うぜ?」
「……どういう意味だよ」
人が気持ちよく語っているところに横槍を入れるなんて、キズナのやつ空気が読めていないなぁ。
「スバルさん、世の中ギブアンドテイクだとか、そういう風に考えているだろう? だから、カズキがそれだけスバルさんを信頼しているってことじゃないかな? お前がスバルさんを愛してくれたから、お前を愛しているんだよ、きっと。スバルさんが最高なんじゃない……鏡写しのように、お前も最高なんだよ」
「なるほど、そういうこと……確かに、そんな感じかもしれないな」
納得した。確かに、スバルさんは自分に懐いてくれないポケモンは嫌いそうだ。だからこそ、懐いてくれたら全力を注ぐだろうけれど。
「そう思った理由はな。カズキ、お前が俺を必要としてくれるから、俺がお前を好きなように……スバルさんもそうじゃないかと思ったんだ」
「相乗効果ってことかぁ……」
「そういうこと」
と、言い終えてキズナは俺の腕を抱く。
「好きな相手に好かれると、結構嬉しいもんだからな」
キズナに頬を寄せられて、他愛に頬ずりをしあう。医務室の中は暖房が効いていたが、この廊下はとても冷え冷えとしており、当然キズナの頬も冷え切っている。けれど。使い込まれた彼女の手とは違って、頬はすべすべで触れ合っていると気持ちいい。
その感触に身を任せながら、俺達二人はポケモンの治療が終わるまでの間お互いの存在を確かめ合っていた。
◇
「聞いてくれ、オリザ。私はな、今日初めてカズキの事を抱きしめてやったぞ」
「えぇ、見ておりましたよ。なんだかこっちまで胸が熱くなる気分でしたよ」
「ほう。傍から見てもそう思うか」
「事情を知っていますとね。血がつながているだけの、そこいらの家族よりもよっぽどいい顔をしておりましたよ」
オリザは筋骨隆々の肩をすくませて微笑む。
「やはり、成長を見守ってやれる者がいるというのはいいものだ。今まではポケモンだけだったが、こうして子供がいるのは楽しい。育て甲斐がある」
「それが貴方にとって、ジムリーダーになりたかった理由ですか? 子供を育てるのが好きだから……」
「どうだろうな。一つは確実に、色んな挑戦者と戦うことで自分を高めたかったのもあるし、我が育て屋の宣伝に利用しようと考えていたのも確かだ。
だが、やっぱり私は育てることが楽しくて仕方ないんだ。ポケモンも、子供も。ただの浮浪児だった私がギーマに拾われ、育ててもらったように……誰かを拾って、立派に育て上げたかったのだろう。ま、カズキは才能がありすぎて少々あっけなさ過ぎる気もするがな……もう少し、手をかけて育てないとあんまり実感が沸かん」
「でも、いいじゃないですか。カズキ君は、貴方に出会わなかったらきっと、いまだに苦しみ続けていたでしょうし。私の門下生であるキズナさんと一緒に強くなる姿は、見ていて嬉しくあります」
「そうだが……手間の掛かる子ほど、可愛いんだよ。あいつらはそういう観点から見ると可愛げがない。手間がかからな過ぎて、花を育てるような楽しみがない」
少なくとも、私はそう思っている。
「そうかもしれませんね。キズナさんも、ポケモンバトル、格闘訓練、隠密行動。それらの総合実習であるサバイバルゲーム、どれをやってもそつなくこなすから、可愛げがありません。でも、そんな弟子を持ち、育てる事が出来るのは誇りです」
それでもって、お前もなんだかんだで手間が掛かる大人だがな。
「まぁ、いい。あいつがあいつなりに立派になるならば、私は帰る家を用意してやるだけでも、意味はあるはずだ。いつか、あいつにも旅に出てもらって、さらに大きくなって帰ってきてほしいものだな」
「お、旅ですか? いいですね。イッシュ巡りでもさせますか?」
「いや……新しいポケモンが来年の10月には輸出入の解禁をされるからな。例えばほら、カロス地方とか。それに合わせて、あいつを送り込むのもいいなと考えている。まぁ、その前にイッシュ巡りと言うのも悪くないな。あいつらならば、リーグの出場権を得るのは楽勝だろうし」
「あいつら、ですか? ということはキズナさんも?」
「……あの2人を引き裂くのは、考えられんだろ? 資金は私が出すつもりだよ」
なんて私は言ってみたはいいが。あいつらがいずれ結婚話を持ちかけてきたらどうしようだなんて考えてしまう。まぁ、私自身……ギーマとは仲がいいつもりで、必死でアタックを仕掛けて結婚するつもりだったと言うのに今は隣にいる奴が恋人だから人生というものはわからないものである。
「あの2人は、ラブラブですものね。このままじゃ、私達が追い抜かれてしまうかもしれません」
「お前、その言い方は違うんじゃないか? 私達の方がずっと先に知り合ったのだがな……」
「面目ない……」
本当に奥手な奴だな……ったく。仕方ない。
「そうだ、いい事を考えたぞ。お前、決勝で私が負けた時にして欲しい事を考えて置け。常識の範囲内でな? 私もお前にして欲しい事を考えておく」
「え、それって……何を頼む気ですか?」
「優勝商品は、多いほうがいいだろう? 勝者が敗者に何でも命令できる。それが私達の商品だよ」
勝ち誇ったように笑みを浮かべて、私はポケモンを治療するために医務室へ向かう。カズキに会ったときのために、温かいお茶の一つでも買っておいてやるかな。