第五十六話:ハチクマンVSルカリオダンディ
「さぁ、セッカ湿原慰霊祭もいよいよ大詰め!! 今日はベスト4まで出揃った勇士たちを、ここセッカジムのバトルスタジアムより、実況及び解説付きで放送いたします。実況はこの私、握ったマイクは離さない! マイクを握ればレジギガスことギガサワ、解説はポケモンバトル評論家のアケビさんでお送りいたします」
「アケビです、よろしくお願いします」
今までは野外のフィールドで行われた対戦だけであったが、準決勝を行う今日からはセッカジムのバトルフィールドで試合が行われる。このジムは、元々ポケモンバトルの地方大会用に設計された場所を、普段はジムとして開放された場所であるほか、ウィンタースポーツの会場になることもあるため地方大会用の会場でありながら1万人を収容できる、巨大な会場だ。
もちろん会場内は仮説の席などではなく、すり鉢上の周囲に所狭しとブルーのプラスチックのベンチが並べられ、周りに売店も完備されていて、体があったまるジンジャーの効いた飲料や、お茶、コーラなどの飲み物、ポップコーンやホットドックと言ったスポーツ観戦のお供も一通り揃っている。
そこで行われる試合は、まずは準決勝の2試合と、3位決定戦。そして決勝戦という流れである。つまり、今日まで勝ち残った者達は、どうあれ2回戦う事を義務付けられているわけだ。師匠の応援もしなきゃならないし、カズキの応援もしなくてはならない。スバルさんにだって負けて欲しくはないし……今日は応援にも熱が入りそうだ。全部応援するのは喉が潰れそうだ。
「さぁ、今日の対戦を楽しみにしていたかたがたの熱気はすさまじい。この寒冷地のセッカシティの雪が解けんばかりの熱を帯びて、会場にはもう暖房の必要もないんじゃないか? だけれど、その熱気も試合という燃料ありき! 前置きもそこそこに、今日の第1試合は、ハチクマンVSオリザ! 選手、入場です!!」
今日はテンションの高い実況もついて、その分なんだかワクワクする。さーて、師匠の応援頑張らなきゃな。
「さぁ、謎の悪のカリスマ、ハチクマン。彼はこの大会で優勝する事を世界征服の足がかりにしようと画策しているご様子だ。今までその破竹の勢いをとめるものはおらず、このまま世界には悪が栄えてしまうのだろうか!? それとも、誰かが止めてくれるのか?
その誰か……の、第一候補はジムリーダーのオリザだ!! こちらのジムリーダー、昨年の秋よりジムリーダーとしてバッジの授与の資格を与えられている、身長2m超の巨漢忍者だ。普段は格闘タイプのジムリーダーとして門下生を鍛えたり、挑戦者の相手をしたりしているが、大会に出る際にはジムリーダーという肩書を脱ぎ去って、タイプなんてフリーダムだ。
悪のカリスマと、巨漢忍者。どちらもこの大会では安定した戦績を残してきた二人ですが、勝利の女神はどちらに微笑むのか? 入場した選手が今、定位置につきます。今日の審判は、ポケモン公式リーグでもおなじみの国際審判、シェールさんです」
「この人のジャッジは毎回外れが無いと定評がありますからね。今日は疑惑の判定の心配もせず、安心してみることが出来ますよ。と言っても、今回の大会は皆さんフェアプレイですので、とても審判に優しい試合ばかりですが」
「ありがとうございます、アケビさん。さぁ、そろそろ試合が始まります。開始のホイッスルの邪魔だけはしないよう、私も今だけは黙りますよ!!」
騒がしい実況が黙ると、静かになった会場へマイク越しに審判の声が響き渡る。
「それでは私、シェールが審判を務めさせていただきます。勝負形式はローテーションバトル。交代は体の一部をタッチすることにより認められ、一度交代すると、10秒以内の交代及び交換は認められません。人数は4対4、ポケモンは個別に棄権させることが出来、4体すべてが棄権もしくは戦闘不能になった場合決着といたします。
また、場に出すポケモンは3体まで。4体目は、控えとしてボールの中へ待機していただきます。交換は、待機中のポケモンとのみ行えます。それでは両者、試合開始!!」
さぁ、師匠とハチクマンとの戦いだ。師匠が出すポケモンは……フライゴンのサラ、ルカリオのクイナ、マタドガスのショウキ。最初っからとばしているなぁ。今回は師匠も本気で挑むつもりなのか、クイナにはゴツゴツメットをつけている。お気に入りなんだなぁ……あの装備。
「ファーッファッファ!! 行くがよい、我が僕たちよ!!」
ハチクマンが出したポケモンは、ハチクマンツーとハチクマンツーと、シュバルゴ。
「おーっと!! これはなんということだ!? クローン人間のハチクマンツーがなんと二人!! これは相当な威圧感、オリザはこのプレッシャーに耐えられるのか?」
「えぇー……」
思わず俺が間の抜けた声を出すと、隣からも似たような声が聞こえてくる。
「すごい……大胆な選出だね、ハチクマン」
「あぁ、師匠はどうするんだろう……?」
この組み合わせに出せるとしたら……まず、どちらのハチクマンがどの種族なのか、正体を見定めないことにはどうしようもない。となると、必然的に出せるポケモンは……
「クイナ、行くんだ!!」
「ハチクマンスリーよ! 行くがよい」
そう、ルカリオしかいない。師匠のクイナは、ブレイズキックも使えるからシュバルゴに対して対応できるし、悪の波導も格闘技も使えるから、相手のメンバーに対してはすべて対応出来る。特に、シュバルゴについては、師匠の戦術の一つである毒ガスによって視界を奪う作戦の妨げになるから、どうにかできればいいのだが。
いや待て、ラティアスは確か追い風を使えるはず。バンジロウさんの手持ちを調べたらそう乗っていたし……となると、師匠のあの作戦は、いきなり使うのが難しい状況というわけだろうか?
「両者、繰り出したポケモンはハチクマンスリーとルカリオだ!! というか、いつからこの大会はクローン人間を出してもよくなったのか? 流石ハチクマン、ルールを変える事も朝飯前なのかぁ?」
そんなわけないというか、この実況もわかった上でノリノリでとぼけているだけだろう。
「そうですね。流石ハチクマンとしか言いようがありませんが……万が一あのハチクマンのクローンが本当はクローンではなくポケモンだったりすれば、今のところ候補は二つに絞られるでしょう」
「ほほう。と、いいますと?」
「来年の10月には新しいポケモンの輸入規制が解除されますが、今現在で候補となるのはラティアスとゾロアークくらい。まぁ、ハチクマンならアレがクローン人間ではないなんてありえないでしょうね」
ま、万が一……というか、解説も実況もノリがよすぎるだろう。ともかく、ハチクマンスリーがどっちのポケモンだかわからない以上は、今のところクイナの判断に任せるのが一番だろう。
「クイナ……相手のタイプによって有効な攻撃を使い分けろ。だがまずは近づくことからだ!!」
「ハチクマンスリーよ。念の力で転ばせろ」
さぁ、ツーとスリー……どっちがどっちだ?
ここで火炎放射を使わないということは、ハチクマンスリーはラティアスだろうか。足跡は残っていないが、まだ数歩しか歩いていないからこの程度ならば幻影で取り繕えないこともない。
クイナは一発目のサイコキネシスで転ばされるが、受身を取って転がりつつ、ほとんど止まることなく前進する。そして、ハチクマンスリーに肉薄する直前、二度目のサイコキネシスが発動する。
ハチクマンスリーのサイコキネシスの連続発動が早い……1回めのサイコキネシスは、軽く小突いたような最小限の力だったのだろう。流石に力の使い方が、その他大勢とは大違いだ。念の糸がクイナの体に絡みつき、勢いをそのままにハチクマンスリーの足元にひれ伏される。
今度は本気の一撃だったのだろう。ものすごい勢いで走ってきたクイナが、制動距離数メートルで止まるほど激しい摩擦が発生している。起き上がる前に、ハチクマンは足をクイナの頭蓋に向かって振り下ろすが、跳ね起きたクイナがそうはさせない。跳ね起きた時に一歩だけバックステップ、バトルフィールドの土に足爪を食い込ませながらハチクマンスリーへと襲い掛かる。
まずはクイナの左掌底。ハチクマンスリーはついに正体を現し……それは、長い首を捻って発経の衝撃を逃がしたラティアスであった。
「くっ、正体がばれたか!?」
ハチクマンが叫ぶ。
その一撃から矢継ぎ早にクイナの右掌底が襲い掛かる。首を捩じってそれを避け、空中を浮遊しながらラティアスが後ずさりするも、クイナの足に後ろ向きでは勝てるわけもない。
クイナはラティアスに抱きつき、胸のとげを首に押し付け、その上で首に牙を突き立てる。野生だった頃からの伝統的な狩り殺しのスタイル。簡単には剥がせない完璧に決まったこの噛み砕く攻撃に、ラティアスはどう対処するのか?
「おっと、ホールドされました。このように、対戦相手のポケモンに抱き付かれたりなどしている場合は、タッチをしても交代は認められません」
「ありがとうございますアケビさん。と、言うことはこれを振りほどかない限りはこのまま噛み付かれたままということになります。見守ることしか出来ない仲間やハチクマンはさぞや歯がゆい思いをしていることでしょう」
ラティアスの短い腕では首に抱き付くクイナの腕には届かないし、生半可なサイコキネシスじゃルカリオの腕力を振りほどくには足りない。結果、唯一届くクイナの尻を叩くくらいがラティアスに出来る精一杯なのだ。
ルカリオやコマタナの胸の棘はよく出来ている。この攻撃、例えばゾロアークがこうやって抱き付いて攻撃したのならばボディプレスで強引に引き剥がす対処も出来るだろうが、ルカリオの場合は抱き付かれる方が暴れれば暴れるほどトゲが深く食い込んでくる。それでも、今のラティアスのように抱き付かれた者は暴れることで振りほどくしかない。正直、地獄の苦しみである。
ラティアスは短い手でクイナの尻を引っかき、尻尾を引っ張って引きはがそうとするが、それは致命傷にはならず、首に食い込んだクイナの牙は、クイナが強引に首を振ろうとすることでどんどんその傷の深さを増している。
「ふん、使えん奴め!! もう良い。貴様は棄権させる」
「ま、まさかハチクマンスリーがラティアスだったとはな……予想だにしなかったが、まずは私の先制だ!! このルカリオダンディが、悪はこの世界には栄えさせん!!」
師匠……貴方も、ものすごいノリノリなのですねぇ。いつもの師匠はどこへ行ったのか。
「おーっと、これは驚きです!! まさかハチクマンのクローンがポケモンだったとは、こんな事を一体誰が予測したでしょうか!? そして、ルカリオダンディの決め台詞、痺れます!!」
「こうなると、ハチクマンツーもポケモンの可能性が高いでしょうか。恐らくはゾロアークか何かと考えられます。もしもハチクマンツーがゾロアークであれば、同レベルのルカリオとゾロアークが戦えば、ゾロアークが素早さで押し切る可能性は高いとされておりますので、ハチクマンツーを出すというのも一つの手かもしれませんね。
ま、ハチクマンツーがゾロアークだなんてありえませんが!」
もう師匠も実況も解説もハチクマンも、お前ら全員ノリが良すぎて大好きだ。
「さぁ、解説が終わったところでハチクマンの控えのポケモンはツンベアー!! まるでかつてのジムリーダーハチクのような手持ちだぁ!!」
もうつっこまないぞ
「そして、場に出したポケモンはシュバルゴ!! 息も絶え絶えなルカリオは一旦引いて、次はフライゴンに交代したところで試合再開です」
そう、確かにクイナも結構なダメージを負っている。尻や足は引っかかれているし、転ばされて擦り剥いたり鼻血が出たりで結構血まみれだし。
「相性に特に有利不利はありません。しかし、シュバルゴが少々鈍いところを考慮すると地割れに注意して欲しいところですね」
「なるほど、ありがとうございます」
そんな状況で繰り出されたフライゴンのサラ……頑張れよ。
やはり、どうあれシュバルゴの足は遅い。だからといって、素早いフライゴンが全力で飛べば後ろに回りこめるかといえばそうではなく、どんなに回り込もうとしても、シュバルゴはきちんと目線を合わせて相手を睨み続ける。
「サラ、閉じ込めろ!」
「ランスマン、打ち破るがいい!!」
という指示を受けて、サラがまずは砂地獄に相手を閉じ込める。だが、相手も負けじと身を伏せることで砂塵の影響をできる限り避け、強引に砂地獄を抜け、地面に突き刺した腕をはじけた様に動かしながら、サラへと飛び掛る。
普段は遅いけれど、動くとなればシュバルゴは目にも止まらない。砂地獄に閉じ込められたシュバルゴへ地震を食らわせてやろうと意気込んでいたサラは、その動きに不意を突かれて、シュバルゴのアイアンヘッドをモロに喰らってしまう。効果はいまひとつ、だがカウンターで決まったこの頭突きに、サラは思わず怯んでしまい、そこに胴への洗礼が見舞われる。
極太の、ランスのような円錐形の腕が、サラの胴を深々とえぐる。その上で、腕を捻って怪我を悪化させているのだからえげつない。だが、サラの闘志もたいしたもので、彼女はその腕を握ったまま大文字を吐き出す。
いや、大文字なんて大層なものではなく、小文字と言うべきか。せいぜい火の粉よりも強い程度のささやかなものであったが、イタチの最後っ屁としては悪くない。だが、シュバルゴは、オッカの実をぶら下げていたらしく、彼はその攻撃をわりと余裕で耐え抜いた。
さらにランスのごとき腕から追撃。サラはシュバルゴを投げ飛ばすように突き放し、満身創痍の体で味方の元に逃げ帰る。サラはすでに血まみれなのに、それでも追いつけない当たりシュバルゴの遅さはやはり致命的だ。
「サラ、砂嵐を起こしてショウキと交代だ」
「ショウキとはそのマタドガスの名前か。良かろう、ならばランスマンはそのままだ」
師匠の指示を受けたサラは置き土産代わりに砂嵐をおいて行ったが、それで得をするのは味方にはクイナぐらいだ……サラも継続して戦えるならばともかく……いや。
「ショウキ、毒ガス……サラ、お前はもう休め。よく頑張った」
砂嵐で悪くなった視界へ、追い討ちを掛けるようにショウキが前に出る。交代する際に、サラはマタドガスのショウキの体に開いた穴に指を引っ掛け、ボーリングの球を投げるように前へと押し出した。それが最後の気力によるものだったのか、彼女は膝を折ってうずくまる。
「フライゴン、戦闘不能。オリザ選手は新しいポケモンを出してください!」
オリザさんがサラをしまってドクロッグのムラサキを出しているその前で、ショウキは毒ガスを噴出しながら、その反作用で前へ出てバトルフィールドの真ん中あたりで毒ガスをばら撒く。無論、鋼タイプであるシュバルゴには砂嵐も毒ガスも効かないが……視界は確実に悪くなる。
ラティアスもいなくなった今、この毒ガスを晴らすことが出来るとすれば……? 凍える風を使えるツンベアーくらいか……
「司会を塞ぐとは小癪なやつめ……えぇい、ランスマン。その毒ガス野郎を倒すがよい!!」
しかし、ツンベアーに交代すれば砂嵐も毒ガスもきちんと機能してしまう。ハチクマンは、それを嫌ってかマタドガスへ攻撃する事をまず最初に選んだ。ランス状の腕を使って飛び上がり、鋭い切っ先でマタドガスを突き刺しに掛かる。距離が遠すぎて一度は上空に逃げられてかわされ、そのままマタドガスは高いところへ逃げたまま、味方のほうへと戻っていく。
やはりローテーションバトルほど機動力が重要なバトルもあるまい。マタドガスには機動力はないが、それに輪を加えてシュバルゴの機動力は低い。相手がシュバルゴでなければあそこまで浮き上がる前に一撃を加えることも出来たろうに。そして、ガスを噴出して急降下すると同時にショウキはクイナとタッチする。
マタドガスは火炎放射を使用できるので、それを考慮してかハチクマンはランスマンにショウキを追わせなかった。クイナはハチクマンスリーに抱きついた時に足を何度か引っかかれて機動力の低下が心配だが……それでもブレイズキックを使うことは出来る。すでに逃げの入っているランスマンを追って、クイナは走る。
「波導弾はこない……ならばカウンターだ!!」
「腕を狙え!!」
やはり、足の遅いポケモンはローテーションバトルでは致命的だ。あっさりと追いつかれたランスマンは、クイナの蹴りに合わせて腕を突き出すとするが……師匠が命令したのは、まず最初にランスマンの腕を狙うということ。
ハチクマンがブレイズキックが来ると思ったのかどうかは定かではないが、カウンターを命じると言うのは間違った判断ではない。しかし、クイナが頭や胴を狙ったのであればともかく、始めから腕を狙われれば、相当の体格差でもない限りは相手の打撃に合わせてカウンターを入れることは難しい。
ましてや、砂嵐と毒ガスで視界が不良になっている状態では……クイナはすでに目をつむり、後頭部の房を立てて視覚に頼ることなく応戦している。目ではなく波導を感知することで。視界の悪い状況でも難なく戦う……流石ルカリオだ。
一撃、クイナの右蹴りがランスマンの左腕に叩き込まれる。効果は抜群……クイナは足をすぐに引いて、腹を狙ってきたランスマンの右腕を、尻餅をつきつつ避ける。一見無様な姿に見えるが、地面に寝転がったままでもブレイズキックは出来る……お互いうかつに手が出せずに様子をうかがいあっているが、今度は逆にランスマンがクイナの足をめがけて突きを見舞う。
クイナは足を引いてそれを避け、後ろに回転しながら起き上がる。再び相対しあった2人だがクイナの蹴りが、残されたランスマンの左腕に食い込むまで一瞬であった。やはりあの視界の中では……ルカリオが1枚上手だったようである。クイナは、両腕をやられて方向転換の手段すら失ったランスマンの後ろにまわり、肩を掴んで燃やした足の熱気を当てて降参を要求する。
「シュバルゴ、戦意喪失。ハチクマン選手は、次のポケモンに交代してください」
結果、ランスマンは降参せざるを得なかった。これで2対1……師匠の優勢だが、このまま押し切ってくれるだろうか?
「クイナ、そのまま頼むぞ!」
「フロストマン、次はお前だ!! 行くが良い!!」
さて、次はツンベアー。クイナは師匠に頼まれたとおり、そのまま敵陣深くでハチクマンが次のポケモンに交代するのを待っていたらしい。クイナの猛攻に耐えて凍える風やらあられをやることはほぼ不可能と言ってもいいし、そうでなくとも格闘・鋼のルカリオと氷単一のツンベアーは相性が悪いはず。さて、どうやって戦うのか。
ツンベアーの体はなんだかキラキラと光っており……もっている道具は光の粉のようだ。クイナならばむしろ目を瞑って戦ったほうが強いんじゃなかろうか。
相対した2人は、まずクイナが体当たりで先制。右肩とメットをかぶった頭でフロストマンの腹を打つが、体格差のせいか大したダメージもない。2.6mの巨大な体から繰り出される張り手がクイナを襲うが、クイナはそれをつかみ取り、滑らかに力を殺しながら手首を捻り、背負い投げ。
転がったフロストマンの顔面を蹴り飛ばし、鼻面を踏み潰すがしかし、巨体ゆえのタフさはそんな攻撃を喰らっても血を僅かに零すだけ。すげえな。クイナを引きはがすためにフロストマンは爪を振るう。クイナがバックステップで避けると、起き上がったフロストマンは四つんばいになって、防御の構え。同じくらいの巨体を持った相手ならばともかく、クイナが相手では晒した顔面は弱点ではない。
そのまま、凍える風でクイナの体力を奪う。攻め疲れと凍える風による機動力の低下が重なってしまえば、ツンベアーの優勢と言う展開もあったろう。毒も砂嵐も凍える風のおかげで大分ましになったがしかし、カズキのゼロと戦っているとわかるのだけれど……そして俺のセイイチを運用しているとわかるのだけれど、足が速いポケモンと言うのはローテーションバトルで本当に厄介なのだ。
「クイナ、戻れ!!」
相手が凍える風している最中に、クイナは体を丸めて寒さを堪えながらじりじりと後ろに後ずさりをする。
「それでもってショウキと交代!」
そして、フロストマンが息切れしたところで彼は神速で後ろに退避。
「フロストマン、あられ」
距離が離れているためにツララ落しを当てることもかなわないと悟ったのか、ハチクマンはフロストマンにあられを命じる。ツンベアーの特性がすいすいではないと言うことは。雪がくれ……ルカリオでさえ、波導があられに紛れてしまうため正確に狙えなくなる技だ。
「ショウキ、毒ガスを撒いて攻撃に備え、相手が近づいてきたら毒々」
なるほど、当たらないならば、当てやすい技。そして一発でも当たればそれだけで相手を削り殺せる技を……ということか。毒々を撒いているうちに、ツンベアーは降り注ぐあられに真っ白な体を紛れさせ、煌く粉がさらにあられとの親和性を増させてゆく。これは、そうそう当たるものではなくなる……師匠は大丈夫か?
「フロストマン、あくび」
なるほど、そういう戦法か。相手と呼吸や瞬きなどのタイミングを合わせて暗示に掛かりやすい状態を作り、数秒後に強烈な眠気を誘う技だ。雪に紛れて攻撃するのではなく、雪を利用してひたすら自分に有利な状況を作り上げる……流石ハチクマン、悪のカリスマの名は伊達ではないようだ。
だが、呼吸のタイミングを合わせるといっても、周囲は毒ガス……ショウキは呼吸をできても、フロストマンは呼吸をきちんとできるのであろうか?
「ゴフゥッ」
案の定、フロストマンは咳き込んだ。そして、その音を頼りにショウキは毒をぶっかける。これではフロストマンも暗示に掛けようにもかけられないし、体力は削り殺される。
「ショウキ、撤退だ」
「追え、フロストマン!」
ハチクマンはショウキを追わせるが……宙にふわふわと浮いたショウキに、フロストマンの重く鈍い攻撃は相性が悪い。ぽんと弾かれ、ボールのように飛んでいって、逆にショウキの撤退の一助となってしまった。しかもその際、漏れた毒ガスが思いっきり顔に掛かり、目でもやられたのかフロストマンは顔を抑えて苦しんでいる。
「ムラサキに交代して、気合いパンチ!!」
そして、ムラサキの渾身の正拳がフロストマンの鼻面に叩き込まれる。如何にその巨大な体躯ゆえに顔が弱点ではないと言えど、気合いパンチほどの威力を持った攻撃を食らってはひとたまりもない。フロストマンは溜まらず立ち上がり、噴出する鼻血を右手で抑えながら左手を振り上げる。
血で染まった体は、もはや雪がくれでも隠すことは叶わず、またバランスもめちゃくちゃな片腕の攻撃は師匠のポケモンにとっては獲物以外の何者でもない。振り下ろされた左腕は地面を抉りはしたものの、それがムラサキを傷つけることもなく、地に着いた左腕を蹴られるとそのまま崩れ落ちていった。
「ツンベアー、戦闘不能!! ハチクマン選手は最後のポケモンに交代してください」
師匠、すごいな……。ローテーションバトルでハチクマンを圧倒している。
「まさか、こいつを出すことになるとはな……後悔するなよ、ルカリオダンディ!! 行け、ハチクマンツー!!」
いまだに、あられは止まない。その状態でハチクマンツーを出したハチクマンだが……さて、あいつの正体は何アークなんだ?
「最後まで諦めないその意気やよし。しかし、悪は栄えさせぬ……ムラサキ、何であれ構わない。格闘タイプの技で奴を叩け!!」
「悪のカリスマはどんなときでも堂々としているものだ!!」
ハチクマンがそういうと、ハチクマンツーは胸元が開かれたジャケットを脱ぎ去り、上半身裸になる。そして、脱ぎ去ったその服を自信の目の前に優雅に敷き、まるでムラサキを招くように深々と頭を下げた。
そのわけのわからない行動に、ムラサキはカチンと来たらしい。トレーナーの挑発に乗ってどうする、ムラサキ……いきり立って襲い掛かるも、その踏み込みは約10cmほど足りない。と言うより、ムラサキが左拳を見舞った一瞬でハチクマンツーが10cmほど後ろにずれた。その足りない踏み込みに合わせて相手の左に踏み込み、ムラサキがパンチを見舞っている間に、相手の外側から左腕で左肩を掴んだハチクマンは、手持ちのステッキでムラサキのわき腹を叩く。
ルール上では、ポケモン自らが作った武器や、協会が認めた道具は武器としての使用が認められているが、アレはいいのだろうか……? まぁ、ハチクマンだし気にしちゃいけないか。
そのまま、ハチクマンツーはムラサキのわき腹を膝蹴りで叩く。無防備な状態のそこを叩かれれば、例え効果はいまひとつでも鈍い痛みで動けなくなる。その膝蹴りを終わらせたハチクマンツーは、一歩下がって神通力で相手を浮かし、そして紫の頭が一番下に来るように体勢を整える。そのまま一秒ほどかけて、背中から落ちられるように体勢を変えてから地面にたたきつけた。
毒・格闘のドクロッグに神通力は効果は抜群……まぁ、まず一撃、起き上がれはしないだろう。背中から叩きつける当たりまだ良心的だが、その気になれば首から叩き落すことも出来たろう。試合じゃなかったら死んでたな。
「ドクロッグ、戦闘不能。オリザ選手は新しいポケモンに交代してください」
さて、師匠は次に誰を出すのだろうか……?
「クイナ、目を瞑って波導弾!!」
「ハチクマンツーよ、火炎放射だ!!」
次はクイナだ。相手はバトルフィールドの真ん中あたりまで移動していたが、底からでは距離が遠すぎる。ハチクマンツーはステッキから炎を放ったが、それでは上手く当たらず体毛が少々妬ける程度だ。逆にクイナの波導弾は正確に相手を狙い澄ます。もしクイナの体調が万全だったならば、完全に避けられていたことだろう。
クイナは目をつむり、視覚ではなく波導を感知して波導弾を撃ったためか、注意深く見なければわからない程度に狙いがそれ、しかし本体を正確に射抜く。
「くっ……正体がばれてしまったようだな」
正体は……まぁ、言うまでもなくゾロアークだった。
「波導弾!!」
接近して、さらに火炎放射を放とうとしたハチクマンツーに、師匠は波導弾を仕掛けさせる。クイナは主に足を怪我をしているので、今は打撃で攻めるよりも特殊技で攻めたほうがよいと言うことか。だけれど、素早いゾロアークに対して、クイナの切り返しではさすがにどうにもならなかった。
小さな波導弾を申し訳程度に放ち、当てることが出来たものの、それでゾロアークは倒れず、波導弾を放った後隙に火炎放射がクリーンヒットした。
「おーっと!! これはいい戦い!! 最後に残されたマタドガスとゾロアークで一騎打ちだぁ!! 両者とも、ここまで着たからには負けられません、非常に手に汗握る試合展開です」
「しかし、これはどうでしょうかね……マタドガスはスピードも遅く、しかもダメージを受けています。ゾロアークも満身創痍ではありますから、お互いにあまり長くは戦えないでしょう」
気付けばあられも止んでいる。ダメージ的には、ショウキのほうがハチクマンツーよりも元気だろうか?
「ヘドロ爆弾」
「神通力!!」
お互い、一番ダメージを与えられる技を出し合う……どうでもいいけれど、なんというかマタドガスよりもルカリオと一騎打ちさせたほうが盛り上がっただろうなぁ……まぁ、どうでもいいかぁ。
浮いていたショウキは地面に叩きつけられ、ハチクマンツーは毒をぶっかけられて膝を付いた。目だけはなんとしてもと守ったハチクマンツーだが、それまでであった。もう一発のヘドロ爆弾の発射準備に入っているショウキと、今だ動く事の出来ないハチクマンツー……というか、あのゾロアークの名前は本当はなんなんだ……?
ハチクマンツーは、そのまま攻撃態勢に入ることなく、座り込んでしまう。
「ゾロアーク、戦意喪失。これにより、オリザ選手改め、ルカリオダンディの勝利となります」
おい、審判! と、突っ込みたくもなったが、そんなツッコミを入れる事も出来ないくらいの歓声が会場に響く。
「見たか!! ハチクマンよ! これが正義の力だ!!」
「ぬぐぅぅぅ……だがしかし、悪は滅びぬ。何度でも蘇るぞ!!」
そして、2人が決め台詞と捨て台詞を残して去っていくと共に、期せずして始まるルカリオダンディコール。いやぁ、ハチクマンのおかげでものすごい一体感だわ……うん。
「ルカリオダンディ!! ルカリオダンディ!!」
隣でカズキも叫んでいることだし……俺もその名前を呼んでみるかな。普段『師匠』って呼んでいるから、なんだか違和感が拭えないけれど。
そうして、ひとしきり叫び終えると、実況の挨拶と拍手が起こり、その後15分の休憩時間を挟んで、カズキとスバルさんの戦いである。
「俺、次の試合だから……キズナ……行って来るよ」
「あぁ、頑張れよカズキ。でも、その前に……」
何をするかを具体的に言うことなく、俺はカズキを抱きしめる。それに対してカズキはなにも言おうとせず、ただただ身を任せてゆっくりと呼吸をしていた。
「もう一度言うけれど、頑張れよ」
そっとささやいてから、カズキから腕を離す。
「相手はスバルさんだ……負けてもいいけれど無様な戦いしたら怒るぜ?」
「大丈夫」
お返しとばかりに、カズキは俺の右手を右手で掴み、その上から自身の左手を重ねる。
「頑張るから。母さんに勝つつもりで」
自信満々に笑って見せたカズキに、俺は静かに頷いた。
「勝ったらご褒美にキスでもしてやるよ」
「キズナったら、その恰好で?」
そんな軽口を叩いて、俺はカズキを送り出し、カズキは戦いの場へと赴く。別にいいじゃねーの、俺が男にしか見えなくたって。