第五十五話:黒い霧
「それではサイファー。相手を殺すつもりで行け……だがまずはその前に……」
スバルさんがボールから出してきたポケモンはシャンデラ。確かあいつは育て屋で生まれた子供の」孵化要因としても使われていたはずだから、特性は炎の体……まぁ、貰い火だからってわざわざあいつに炎なんて放ってやるつもりはないけれど……炎の体の場合はニトロチャージしながら交代なんて手段を取る奴もいるから厄介だ。
「ケセラン。お前がエルフーンのお手本を見せてやれ。あっちの女の子にね」
「相手がケセランで来るなら……セナ。お手本だなんだといわれているけれど、お前だって同じエルフーンだ。やれるか?」
スバルさんは、自身の最強(自称)の手持ちであるエルフーンのケセランを場に出した。ただ、エルフーンは積極的に攻撃するタイプは少ないし、それはケセランも同じはず……ならば、相手に毒を盛って削り殺すが最適か。
「ゴンゲン、戻ってセナと交代だ」
まずはゴンゲンに戻ってもらい、セナとタッチしつつ、セイイチに噛み付いてもらう。バトルフィールドから戻ってきたゴンゲンに押し倒されながら噛み付かれるセイイチは、絵面がなんだか悲惨であるが、これも正義の心のポケモンの運命だ、諦めてもらおう。思いっきりため息をついているが……ゴメン、勝つためなんだ。後で何でもするから許してくれ。
「ほう……同じエルフーンで来てくれるとは意趣返しか? 面白い。ケセラン、ツバメ返し」
「え……ちょ……セナ、毒だ。相手の攻撃を恐れるな!!」
ツバメ返しなんて技、エルフーンは覚えないはず。そもそも覚えていたところで、コットンガードで限界まで綿を増量しているセナに、いくら効果抜群とはいえダメージが通るような技ではないだろう。
セナの毒々が、見事にケセランへと当たる。だが、ケセランはその毒液を、自身の綿を掴んでたて代わりにすることで大半を防ぎ、自身は……
「ピィッ!?」
セナにツバを吐きかけていた。
「ほれほれ、もっとやってやれケセラン。お前の母ちゃん出ベソとか、アンポンタンとかって罵倒してやれ」
スバルさんの毒舌のセンスがいつの時代だってくらい古い……けれどそんなことよりも。ツバメ返し、って言っていたあれは唾を吐けってことだったのか……挑発しろってことか。
「セナ、戻れ!! 戻れ!!」
必死で叫んだがダメだった。挑発に乗ってしまったセナは、ケセランに殴りかかっている。だけれど、エルフーンの短い手足でそんな事をしても、まともな攻撃にならないのは明白。そもそも、セナ自身まともな攻撃なんて数えるほどしかない。今、セナは暴風を撃ったが、同じくケセランも暴風で対抗する。同じ技同士、押し合いはしたが、結局はレベルが上であるケセランに、格下のセナが真正面からの殴り合いで勝てるわけはない。
セナは暴風同士の殴りあいに押し切られ、吹き飛ばされ、しかしその飛ばされ方も場外にならない程度で……場外なら仕切り直しだが、これでは仕切り直しすらできない。
「ケセラン、トリニティと交代だ」
そのあとに控える相手はサザンドラ。セナは今もまだ頭が冷えていない……火炎放射で来るのか、それとも別の技で来るのかはわからないが、セナがサザンドラなんかの攻撃を喰らったら一撃だぞ……やばいな。
「そして、トリニティは竜星群」
「セナ、空中に浮いてトリニティに接近するんだ!!」
竜星群は、避ける方法がいくつかある。それは、相手の懐に入り込むことで、技の使用者自身が巻き込まれるのを嫌って自身の周りには着弾しない事を利用する方法。もう一つは気合で避けるという、無謀な方法……もう一つは、着弾した時の爆風だけでも避けられるように空中へ退避すること。
セナも流石に、この命令には従ったが……トリニティに近づく前に、空から落ちてきた星に叩き落され、あえなく撃沈した。運が悪い、というよりは運が良くなかったな。
「エルフーン、戦闘不能。キズナ選手は控えのポケモンを場に出してください」
クッソ……セナ。あんな安い挑発に乗るだなんて……注意しない俺も馬鹿だったな。このままじゃ流れがスバルさんに傾いちまう……どうすりゃいいんだ。ねーちゃんとカズキの声援が聞こえるが、頭に全然入ってこないじゃねーか。
「くっ……出て来い、アサヒ。そんでもって、行け、ゴンゲン!!」
とにもかくにも、こうなったらもう虎の子のセイイチをサポートするっきゃない。竜星群で特殊攻撃能力が下がったトリニティをゴンゲンで適当に攻撃しつつ、チャンスがあればセイイチに噛み付いて……。
「さて、そろそろよい頃合だな。トリニティ、3秒後にサイファーと交代だ!」
「ゴンゲン、トリニティにドラゴンクロー!!」
「1、0、タッチからのオーバーヒート。地震に気をつけろ」
トリニティはゴンゲンのドラゴンクローを3本の首で捌き、爪は体を切り裂くことなく弾かれてドラゴンジュエルが輝きを失った。くっそ、不発なのに、そんなんありかよ! 後ろに下がってサイファーと交代。サイファーの燃え盛る体の熱気を嫌って、ゴンゲンは命令される前に後ろへ下がりつつ地震を放つ。
逃げながらの一撃は威力が低いのみならず、そもそも相手も地震はすでに警戒済み。サイファーは浮き上がって地震を軽く避ける。どうしよう……さっきのドラゴンクローも不発だったくせにジュエルは消費しちゃっているし……。
「オーバーヒート」
「ゴンゲン捨て身で行け!! ドラゴンクローを叩き込め」
炎タイプの技ならば、ゴンゲンには効果はいまひとつ。いかに相手がシャンデラといえど、耐え切れるはず。オーバーヒートの中に、腕を十字に組んでゴンゲンが突撃する。その捨て身の特攻で、かなりのダメージは負ってしまったが、これでサイファーに一撃を叩き込める。
ゴンゲンの左爪が、サイファーの顔面を斜めに切り裂……かなかった。2つの燭台がついたサイファーの左腕が、交差するようにゴンゲンの左腕を掴み、燃え盛る燭台の右腕でゴンゲンの胸を殴り、そのままゴンゲンの左腕を引っ張って地面に転ばせる。完全に合気道の動きじゃないか……シャンデラのくせにそんなんありかよ。
「鬼火だ、抵抗する力を奪え」
近距離での格闘まで出来るのか、あのシャンデラ……なんて変態的な育成だ。かと思えばきちんと鬼火も搭載しているし……くそ、ゴンゲンのやつ、火傷してもう体が動きそうにない。
「ともかく、こうなったら……ゴンゲン、セイイチに交代!!」
まだユウキに噛みつかれた足の痛みは引ききっていないだろうが、こうなったらもうセイイチに任せるしかない。この戦いの中で、セイイチは見方から何度も悪タイプの攻撃を受けている……正義の心の特性のおかげで、今のあいつの攻撃能力は半端じゃないはず。
「あぁ、そうだ。オーバーヒートで攻撃能力が下がったのでな……サイファー、黒い霧」
「え、あ……」
スバルさんが、マジックミラーのゴーグルをはずし、ものすごく嗜虐的な笑みを浮かべた。サイファーの頭からは、大量の黒い霧が発生し、サイファー自身はもちろん、トリニティも、セイイチも……黒い霧に飲まれた。
「さぁ、サイファー。相手が誰であれ、やることは同じだ……オーバーヒート。それさえ出来ればそれでいい」
せっかく、正義の心を積んだセイイチの強化が……黒い霧で無駄になって……これじゃ。サイファーを倒すことなんて……よしんば出来たとしても、ほとんど無傷な残りの強敵を、今のメンバー……足が傷ついたセイイチや、すでに満身創痍なゴンゲン。アサヒだけは無傷だけれど、倒せる気がまるでしない。
「どうした、キズナ。そんなものか?」
「……降参します。まるで勝てる気がしません」
悔しいが、やはりスバルさんは別格だった。四天王並みの強さらしいけれど……ジムリーダーにすら勝てない俺が(四天王より強いジムリーダーもいるけれど)、勝てる道理なんてなかった……。
「キズナ選手、降参により、この勝負、スバル選手の勝利とします!! 両者、ポケモンをしまって、速やかにご退場をお願いします」
審判にコールをされて、自分が負けた事を思い知らされる。俺はボールを握り締めながらポケモンをしまい、悔しさで俯きながらバトルフィールドを後にする。
「ふむ」
「ぬわぁ!? す、スバルさん?」
「挑発したのにきちんと引きどころをわきまえているとは、なかなかによい判断だ」
「ど、どうも」
ボールを握っていた右腕を後ろからつかまれ、俺は飛び上がって驚きながら振り返る。
「……スバルさん」
「私はな。お前が相手でも手持ちを1匹も失わないつもりで挑んだ」
そのまま、俺達は並んで歩いた。今は、スバルさんの言葉なんて聞きたくないけれど、自分の弱さに向き合えなくちゃ、自分は弱いままだ。だから、聞かなくちゃ……。
「正直な。セイイチを狙ったあの穴を掘る攻撃、避けられるとは思っていなかった……その点については、私の油断というか、見誤ったところだと思う」
「はい……」
「だが、そのあと、身代わりで目を引いて穴を掘って攻撃するところを、お前はきちんと見切っていた。あれは正直信じられない気持ちで一杯だったよ……そして、正義の心の特性を利用し、どんどん力を増してゆくお前のセイイチも怖かったぞ。
はっきりいって、サイファーに黒い霧を覚えさせていなかったらどうなっていたことやら……すこし、心臓に悪い」
今、少し怖かったって言った。ヒヤリと……したのか。
「だが、やはりあれだな……何はどうあれお前のポケモンはまだまだ成長の余地が沢山ある。それはお前が実力不足だからではない……わかるな?」
「はい」
「確かに、仲間のサポートがあればセイイチは強い。だからこそ、使いどころを選ぶし、それに頼りすぎても痛い目を見る。今回はそれに頼りすぎてはいなかったが、やはり途中からやりたいことがばれてしまったきらいはある。切り札も、ばれてしまえば対策は容易だからな、戦略は隠せ。それでもって、悟られずに遂行するんだ。もちろん、戦略がバレバレでも対抗手段が無いことはある……が、そもそも対抗される前にたたく方がよっぽど有効だからな……お前の今の戦法は、初見でも何がしたいのかわかる。
私も、先程使ったオーバーヒートや竜星群と黒い霧のあわせ技はこれから誰かに対策されることもあるだろうが、気付かれなければ先程のように有効なんだ。あいてい悟られ相手を用意しておくこと。それも大事だぞ、キズナ」
「はい……ありがとうございます」
キズナさんは、結構嗜虐的なところもあるけれど、ねーちゃんやカズキに対してそうであるように、人間だろうがポケモンだろうが育てるのが好きなのだ。自分の弱さと向き合うのは苦痛の伴う作業だと思ったけれど、自分の弱さを指摘してくれたスバルさんの言葉は思った以上に俺の心を優しく撫でてくれた。
「細かいことはともかく、大まかに気付いたアドバイスはそんなところだ。そら、カズキと姉が待っている……行ってやれ」
「はい。また、機会があったらお手合わせお願いします、スバルさん」
「よかろう……こちらからもお願いする。お前とならいい勝負が出来そうだ」
俺が忘れていた礼をすると、スバルさんも俺に向かって頭を下げる。ポケモンバトルではこんな作法はないけれど、やっぱり礼に始まり礼に終わった方がしっくり来るな。
「あ、それともう一つ。キズナとカズキ……2人が戦ったときの勝率ってどれくらいだ?」
「カズキが7割くらいで勝つよ」
「カズキの方が強いという事か……そうか。楽しみにしているぞ」
言いたくはないけれど、最近はカズキのほうが俺よりも強い。ゴンゲンがガブリアスになればまた違うのだろうけれど……。いや、言うまい。たらればの考え方は、不毛以外の何者でもないんだ。
「5回戦で、カズキと戦えるといいですね」
「他の奴らが実力を隠しているわけでもなければ、カズキが勝ち上がるさ。しかも、お前以上の強さで立ちはだかると思うと、胸が躍るぞ」
「そうですね。しっかり応援しましょう」
言い終えて、俺はスバルさんと手を振って別れ、カズキのほうへと向かう。スバルさんは俺の師匠に今回の戦いの撮影を頼んでいたらしく、そっちの方へと向かっていった。
「カズキ……俺負けちゃったよ」
ため息混じりにカズキへ漏らす。
「仕方ないよ。相手が悪い」
「まぁ、そうなんだけれど……でも、さ。スバルさんが俺との戦いで、ちょっとヒヤリとしたんだって。」
一応、当初の目標はそれで達成できたわけである。
「へぇ、スバルさんでも恐怖を感じるんだ……まぁ、確かにどんどん攻撃力上げていくセイイチは恐ろしいけれど、スバルさんでも……」
「それだけ俺達が成長しているってことだよ」
「かもね。でも、もっと強くならないと……母さんにもオリザさんにも届かない。春分の大会に……同じ大会に出たときに、それを打ち破れなければビリジオンの捕獲の権利は与えられない……この大会で、成長した実感を掴みたいな」
「そのためにはまず、スバルさんと戦うまで勝ち残らないとな」
……スバルさんも言っていたが、カズキなら大丈夫だろう。準決勝に当たることになるが、それまで負ける事はあるまい。
「それなら自信あるよ。俺、ここまで完全勝利で進んでいるし、他の人たちは普通に2匹か3匹やられているから。だから、そこまでは心配ない」
「だよな。カズキが俺よりも強いってスバルさんに教えたら、スバルさん喜んでいたぜ? 俺よりも強い相手と戦えるからってさ」
「母さんに期待されちゃってるの? 俺」
「されているさ。俺よりも強いんだから」
カズキの事を褒め称えていると、自分のことでもないのになんだか誇らしい気分になる。こんな気分は負けた事実から目を逸らすための現実逃避なのかもしれないけれど。
「お2人さん、会話が盛り上がっているわね」
ねーちゃん(というかコシ)は、車椅子では人の波を掻き分けるのがあまり得意ではないらしく、観客席で俺達を待っていた。やっぱり、こういう人が多いところでは、少しばかり幅が広い車椅子は不便っぽいな。手助けの技で立ち上がるためにボールの外に出されていたコロモも、今は邪魔になるからとしまわれている。
「あぁ、ねーちゃん。ゴメンな、負けちまった」
「気にしていないわよ。相手がスバルさんじゃ仕方のないことだし。それに、よく頑張ったじゃない? スバルさんの手持ちを1匹でも倒したの……この大会じゃ今のところキズナだけよ」
「まだ3人としか戦ってないし、あてになる統計じゃないだろ?」
俺は強がって笑う。
「でも、手も足も出ないよりかはずっとよかったし……途中まで、勝てるかもって夢を見せてくれるぐらいには」
「はぁ……慰められたって負けた事実はかわらねーし。とにかく、だ」
ねーちゃんとカズキを一瞥してから、俺は一度深呼吸をする。
「今はまだ弱いことがわかったんだ。俺はまだ強くなるぜ! 絶対に」
「手伝うよ、キズナ。俺もきっとまだ弱いから」
「頼むぜ、カズキ」
そう。一緒に強くなってくれるカズキが居るから、俺は強くなれるし、強くなりたくなる。気付けば、カズキは俺の手を握っていて、その感触が俺の中に伝わってくる。こちらもお返しとばかりに強く握り返すと、それに気付いたカズキと目が合って、一緒に微笑みあった。
運悪く強い相手と当たってしまって、無様な結果に終わったけれど、カズキなら順当な結果を残してくれるだろう。4位以内には入れたならば、ご褒美のかわりにキスの一つでもしてやろうかな。
「まったく、二人の世界に入っちゃって……仲がよろしすぎてお姉ちゃん寂しくなっちゃうわ。コロモとでもイチャイチャしようかしらね」
「ねーちゃんと話したいことだってあるけれど、それはホテルでお願いするよ。今はカズキと話したい気分なんだ。あと、コロモとは俺の見ていないところで頼むよ」
「私も彼氏を見つけなくっちゃね。妹に負けるのは悔しいわ」
もう彼氏なんてコロモで十分じゃないのかな、それは。
その日の大会で、カズキは全勝で勝ち上がる。やはり、この大会の一般参加者は、カズキが負ける相手ではなかったようだ。
「それにしてもさ……スバルさんは今頃何をやっているんだ?」
雪玉を握って投げる。カズキは腕をかざしてそれを弾き、続いてセイイチが投げた雪玉はさっと身をかわして避ける。
「オリザさんとデートしてるらしいよ。昨日もね」
カズキは横にいるイッカクに目配せをして、タイミングをあわせつつ雪玉を投げる。セイイチを狙ったその雪玉はしかし、目をつむったまま避けられてしまった。流石ルカリオ……
「あー、なるほど。観光地の空気を満喫しているんだな……そうなるとねーちゃんだけかー……1人なの」
「当たらないな……キズナ避けすぎ」
そうぼやくなよ、カズキ。
「アオイさん、昨日もだけれど1人で何をやっているの? ポケモンとデート?」
「ポケモンと混浴できる浴場で、コロモと一緒に温泉を満喫してるよ。2時間くらい入ってるみたい……女の子の日の最中なのに」
ちょっと大き目の玉を作って、両手で投げる。もちろん簡単に避けられてしまったが、小さい玉をひゅんひゅん投げるよりかはこっちの方が派手で面白い。
「なんというか、生理の最中ってそれ迷惑じゃ……」
そんな俺のロマン砲のセンスに理解を示さず、カズキは小さい玉を堅実に投げる。くそ、情緒の無い奴め。
「いや、『ポケモンと一緒に入るから、毛とか色んな汚れも浮かんでいるんだし、血くらいでがたがた言われないっしょ!!』とのことで……」
「いやいやいや……というか2時間か……よくまぁのぼせないね」
「水風呂とか、ぬるめの風呂があるからなー、ウチのホテルは。カズキのはどう?」
「んー……ポケモンと混浴のお風呂は、種類が三つくらいかな。室内風呂と、露天風呂と水風呂とサウナくらい。人間のみのお風呂はそれに加えて薬湯とか、電気風呂もあるんだけれど……あー、電気風呂はサンダースと一緒に入ればセルフで出来るかも」
「おいおい、痺れちゃったらどうするんだよ、カズキ?」
カズキと俺とで同時に投げる。振りかぶって投げでもしない限り案外当たらないものだが、避けるのもあたらないのも含めて楽しむのが雪合戦だ。こういうのもなかなかいい。
「大丈夫だよ、ミロクは弱い電流を流すのは得意だから」
カズキはイッカクに何かの指示を下す。すると、イッカクは雪ダルマを作る要領で雪玉を大きくしている……こいつもなんだかんだでロマン砲の魅力を……。
「なるほど、お前のサンダースは生活に役立つなぁ。コシにも覚えさせたらねーちゃんの足が良くなるかな? 電気マッサージもしてくれる車椅子なんて、結構燃えるぜ」
ならばと、こっちも対抗してカイスの実ほどの大きさの雪玉を作る。カズキはこちらの様子をうかがいながら、自分もイッカクに頼るばかりではなく作り始めた
「電気治療……か。それって下半身の不随にも効くのかな……?」
「医者に聞いてみないとわからないな。俺達素人が勝手にやっていいことじゃないのは確かだよ」
お互いに、大きな雪玉を持ち上げて構える。俺は頭の上に、カズキは胸の辺りに。セイイチは付き合ってられなくなったのか、数歩下がって様子を見ている。
「だねー……コロモの手助けも治療の一環だってのは効いたけれど、本当に歩けるようになるといいね」
「だよなぁ。ねーちゃんは今の暮らしに特に不満はないみたいだけれど、やっぱりパワフルに動けるってすごく貴重なことだし……こんな風に!!」
「させるか!!」
俺とカズキの雪玉がぶつかり合って砕け散る。お互いの顔に思いっきり白い雪がこびりついた。
「はっは! 結局こんなんかよ……クリーンヒットしねえなぁ」
大きくし過ぎた雪玉がともに不発なのがなぜだかおかしくて、俺は大いに笑った。
「キズナがそんな大きいものを作るから悪いんだよ」
「でも、大きいって言ったら……」
「ん?」
カズキが振り向いてみれば、そこには自分の身長よりも大きく成長させた雪玉を携えたイッカクが。
「イッカク、それどうやって投げるの? え、あぁ……ドロップキック……なるほど。キズナ、逃げよう」
ポケモンとの会話の精度をますます増してきているカズキは、一人納得してイッカクの行動に備え、俺の手を握って逃げる。しかしイッカクはそれを許さず、軽々と空中へ放り投げた雪玉を、その強靭な脚力と翅の力で空中を翔け、強烈なドロップキックで雪をあめあられと降らせた。背中から雪崩のように雪を食らった俺達はそのまま転んで雪にダイビング。
特にダイビングする意味は無かったが、お互い思いっきりはじけられた瞬間に大いに笑いあった。セイイチはといえば、波導を全身から発してその雪の余波を弾き返していた。俺達を見おろしながら『お前ら仲がいいな』と手話で言い、なんだか達観している風なのが少しむかつく……けれど、セイイチがカズキも一緒に楽しんでいる事を感じているのだとしたら、それはそれで嬉しいかもしれない。
はぁ……幸せだな。明日はカズキの事を力いっぱい応援してやろう。
◇
結局、その日の脱落はキズナのみで、ハチクマン、カズキ、オリザ、私が5回戦を生き残り、ついでにハチクマンもベスト4まで進出した。ふむ……あの子が落ちてしまったのは非常に残念だ。キズナもベスト8なら確実に残れただろうに……。
「オリザ。最近、キズナを相手にローテーションバトルの練習試合を行っていると話してくれたな?」
キズナと戦ったときの情景を反芻しつつ、夜の街にて私は訪ねる。今はオリザと二人きりなので、もちろんダサい格好を意識しており、上下と帽子含め黄色と黒の蜂のようなファッションだ。もうオリザも突っ込みを諦めてしまったようだが、私は諦めんぞ。服を脱がしたくなるようなファッションで誘って誘って誘いまくるのだ。
「えぇ、ローテーションバトルは競技人口が少なくって相手がいませんからね。一応、ジム戦用のフラッターを使ってレベルを調整してはいますが、基本的にもう本気で相手をしています。今は、8つめのバッジを手に入れるために挑戦してきた子に対して出すレベルで……それでやっとキズナさんと互角、という感じです」
「つまり、それはシングルならばポケモンリーグに挑戦できるレベルということか……」
「そうなりますね。恐ろしい才能ですよ、あの子は」
「いつの間に、そんなに……くくっ」
私は思わず笑いが漏れるのを防げない。
「ふふふ……やはり、あの女は天才か」
「ええ、キズナさんは良いポケモンレンジャーになるでしょう。一応、キャプチャースタイラーの使い方が上手ければの話になってしまいますが……まぁ、彼女は器用なので……そこは心配しないでもいいでしょう」
「ならば将来性は何の心配もないというわけか」
まぁ、ポケモンレンジャーについてはあまり興味はないがしかし。格闘も、ポケモンを使役する才能もある女だ。例えポケモンレンジャーになれなくともその才能が潰れることもあるまい。
「カズキは、フラッターを使うのが嫌いでな」
「は、はい……」
「まぁ、私も嫌いだ。だから、ローテーションバトルをガチで戦うようなことはせず、軽く1対1で戦うようなことはあったが、本格的な対戦はまだ一度もしていない」
「ということは、スバルさんとカズキ君が本気でぶつかり合うのは、明日が初めてということになるのですか?」
「そうなるな。ハロウィンの時は、バッジ7つレベルでお前に勝利していたが、今のキズナは8つレベルにも勝つことが出来、カズキはそのキズナに対して高い勝率を誇っているらしい。
明日の戦い、我が子を初めて抱きしめてやれるかもしれないな。私を満足させられたら、褒めてやらねば」
「カズキ君の事、まだ抱いてあげていないのですか?」
そこを突っ込んで聞くか、オリザよ。
「いいだろ? 普通の女は、子供を身籠ってから10ヶ月は子供が腹の中。だから我が子を抱いてやれんのだ。子供を手に入れてまだ2ヶ月と少し。抱くには早すぎるくらいの時間だよ。それにカズキは、親の愛には飢えていたが……私は愛を抱かずとも表現できる」
「なるほど、抱いてあげる必要もないというわけですか」
オリザが笑う。笑われると、少し照れるのだがな。
「だがまぁ、なんだ? カズキは私を慕ってくれるし、尽くしてくれる。そういうところにポケモンのような可愛らしさがあるからな……最近は、ちょっとばかしうずうずしているんだ。愛でてやりたいとな」
言いながら、私は並んで歩いているオリザの顎を掴む。
「カズキとお前、抱くのはどっちが先だろうな。え? お前とカズキじゃ抱くの意味が違うがな」
「婚前の性交渉は禁止されております……」
「それは、いつの神の言葉だ? 子供の頃にお酒は飲んじゃいけないといっていた父親がいたとしよう。その父親と音信不通になった今でも、お前は酒を飲んじゃいけないと固く心に誓うのか? あん?」
我ながら、非常に意地悪な質問だとは思う。私は神を否定するつもりはないし、神と交信できる人間はいたとしてもおかしくないと考えている。だからこそ、そういう人間がいなくなって久しい今、人間の生活が変わった今も同じ生活を貫く必要はないと思うのだ。
「確かに、それはそうなのですが……」
「ならば戒律だなんだと堅い事を言うな。私は、お前の強さに、トレーナーとしての資質に、生活力に、そしてジムリーダーとして未来ある子供を育てたいという気概に惚れている。けれど、不安要素が無いわけじゃない……その一つを埋めておきたいんだ」
実際、三大欲求の馬が合わないのが、共同生活を続ける上で一番辛いことだ。だからこその提案なのだがなぁ……こいつは頭が固い。
「私も、色々考えてはいるんですよ、これでも……」
「後腐れ無いようにやれば問題なかろうに」
気付けば、ポケモンのことなどそっちのけで、私達は穏やかに痴話喧嘩を始めている。そして、案の定というべきか、誘ったというのにこの男は誘いに乗らない……くそ、下半身の欲に素直じゃない奴め。
22:11
オリザとのデートを終え10時を回った頃になって、ようやくホテルに戻ってみると、カズキはいまだに起きていた。
「眠れないのか?」
荷物を化粧台の脇に置きながら私は尋ねる。
「ううん……そういうわけじゃないけれど、その……」
カズキはママンと一緒にベッドの上で天井を見ている。なにやらベッドシーンのようにタオルケットをかぶっているが、まだ11歳であるこいつが情事のような事を行っているわけも無く、ただ静かにママンの体の感触を確かめているようであった。
「色々、思い出しているんだ。ポケモンと一緒に、ここまできたんだなって……いや、まだ優勝とかそういう事をしているわけでもないのに、なんだか生意気な言い方だけれどさ」
私は自分のベッドの端に座り、カズキと視点の高さを合わせる。
「いや、ただの非公式大会とはいえ、ベスト4まで残ったのだから、優秀な結果だと思うぞ? 運も絡みはしたが……ジムリーダーや私と一緒にここに残れたこと。ポケモントレーナーを始めて一年も経たずに私と肩を並べられるのならば、それは才能があるということに他ならないぞ」
「まだ、肩なんて並べられないさ。ようやく足元が見えてきたってレベルだよ」
「それでいい。来年になれば、私達を超えるかもしれないと考えると、胸が躍る」
「無茶言わないでよ、スバルさん。いつかはそうするつもりだけれどさ」
カズキはお世辞を言われて謙遜するも、決して自身を卑下しすぎない。来年は無理でも、いつかは越えてやる……なんと力強く、甘美な響きだろうか。
「楽しみにしているぞ、カズキ」
「ならば、意見が一致しているね。楽しみだよ……スバルさんを超える日は」
そう言ったカズキの目は、真っ直ぐこちらを見て笑っている。
「明日、私の手持ちを2匹戦闘不能にして見せろ。もしも、キズナよりもよい成績を残せるのであれば、その時は私が褒美をやろう」
「ご褒美って?」
「後で考える。キスをしてほしいというのなら、考えてやらんでもないぞ?」
「遠慮しておく。キスはキズナのためにとっておくから」
「だろうな。というか、私自身こんな偉そうな事を言っていないで、きちんと1位を取らないことには始まらん」
「うわぁ……自信満々」
「当然だ。育て屋が儲かるためには。強い育て屋でなくてはならん。背負っているものがお前とは違うのだ」
なんて、格好つけた物言いだが、実際はただの負けず嫌いをこじらせただけだからな。
「でも、スバルさんって……育て屋だとか、ジムリーダーだとか、そんな立場なんてなくても強そうな気がするなぁ……ただ、超えたい相手がいればそれだけで燃えられるって感じ。ギーマさんとかにも本当は負けたくないんじゃない?」
「そうかぁ? まぁ、確かにキズナというライバルがいるお前にとっては、ポケモンバトルというのはそういうイメージなのかも知れんな」
「だって、スバルさんは強い相手と戦うの好きそうだし」
「まぁ、その通りだな。だけれど、大人になるとそればっかりでもいられない。勝たないと明日の飯が食えないというトレーナーもいるからな」
「俺も、将来プロとして活動する時が来たとして……そんな底辺トレーナーにならないように注意しなくっちゃ」
「そうなったら親の責任……私の責任だな。だが、私がそうはさせないよ。というか、そんなトレーナーしか育てられないような育て屋じゃ、客足が遠のく。お前が私の顔に泥を塗るようなことにはさせんよ」
「そっかぁ……あぁ、なんていうかさぁ」
カズキは、枕に頭をおいてこちらを見る。
「俺、母さんの息子になれてよかったよ」
「息子にした覚えはない。私はただの後見人だよ」
その違いは、カズキもなんとなくはわかっているのだろうが、それをわかった上でカズキは私と見つめあい。
「……似たようなもんでしょ?」
悪気もなく、そう尋ねてきた。
「まぁ、そうだな」
「じゃあ、息子になれて良かったよ」
勝手にしろ、と私は思う。
「じゃあ、今度は逆に私にお前を息子にしてよかったと思わせるのだな。早いところ寝て、体力を温存して……無様な戦いをしないようにな?」
「うん、そうする……ママン、ゴメンね。スバルさんと話している間、構ってやれないで。そう? そっか……」
カズキは、1人ポケモンと話して笑う。その光景を見ていると、我ながらとんでもない奴を拾ったものである。実は、それだけでもあいつを息子にしてよかったと思っていることは、カズキには秘密にしておこう。