第五十四話:ヒヤリとさせてみせる!
取っておきのすさまじい攻撃力……ありゃくらいたくねえなぁ。雨状態でのサミダレならば下手な攻撃を食らうほど馬鹿じゃあないだろうが。
幸運なのは、俺達がいつでも交代できる場所で戦っていると言うことだ。合図一つで、いつでも出られますぜ、ご主人。
「サミダレ、凍える風!」
なるほど、ご主人はとにかく素早さで優位に立つ腹積もりらしい。しかし、相手はあの豊かな体毛があるから凍える風は効果が薄いんじゃ? いや、関係ないか?
『いくどー!!』
サミダレが叫ぶ。敵は体の表面が凍りついて、体毛同士がくっつきあって動きが阻害されている。寒くはなさそうだが、あれはあれで……というか、雨に濡れたせいで俺らが寒いんだが、後で暖めてくれるのだろうか? あぁ、遠くでは焚き火をやっている……当たりたい。
「サミダレ、隙を見てイッカクと交代してやれ。そしてイッカクは気合いパンチ」
「あぁ、逃げろチビ!!」
指示をされて、イッカクは精神を集中させ始める。おー、そんな方法で気合パンチを放つのもありなのかぁ。すさまじい迫力を伴った取っておきをサミダレは受け流し、イッカクの体を撫でるように触れてタッチ。ほとんど衝撃をを感じさせない柔らかなタッチで、整えた気合いを散らすことなく交代したイッカクは、相手のムーランドを追いすがる。ムーランドは気合いパンチの集中が切れるまで逃げようと、すでに仲間の元に走っているのだが、先程の凍える風が利いたようだ。
鈍くなっていたため、飛行して迫ったイッカクに追いつかれて、その強烈なパンチで一撃で沈められた。まだ胸につけた火炎珠も発動していないと言うのに、さすがはヘラクロス、おっそろしい攻撃力だぜ。
「ムーランド、戦闘不能。ルイ選手は控えのポケモンを場に出してください」
「いよし、イッカクはこちら側に戻って様子見だ」
『りょうかーい、ご主人。熱ちち……』
無事……といっていいのか、イッカクは火炎珠の効果で火傷する。
「くっ……ハナタレ、出るんだ!」
次はツンベアー。せっかくの雨を利用すると言うことか。相手さんはボールの中に自身のポケモンをしまい、新しくユレイドルを出す。なんというか、色んな天行為対して対応できるように構成されたパーティのようだな。どうでもいいけれど、こいつはポケモンが進化すると言う事を知らずに名前をつけているのだろうか? クマシュンはともかくツンベアーはハナタレじゃないぞ。
「……さて、どうするべきか。相手のツンベアーの特性が……すいすいか!! ならば、イッカクは……ゼロと交代!」
OK、やっと出番だな。俺の本領発揮、行かせてもらうぜ、ご主人。
「まずは……まぁ、攻撃を喰らわないようにやってやれ。お前には口が負いつかない」
下手な指示を出されるよりは、そっちの方がいい。
『おらぁ!! 行くぞ』
威勢良く俺は駆ける。
『若造めが!! 舐めるんじゃないよ!!』
相手のツンベアーは女の子のようだだ。しかしでかいな……あぁ、彼女が虫だったら喰われたくなるようないい体つきだぁ……これは。ともかく、まずは瓦割りだ。ツンベアーの強靭な前足から繰り出されるパンチを避けつつ、肘を踏むように足を伸ばす。関節を叩かれた相手が痛みを感じる前に、俺はその腕を駆け上がって顔を蹴……る前に腕を切り返された!?
腕を切り返された俺は、相手の顔を蹴ることは叶わず、一度翅で飛んで安全圏へと離脱する。
「相手もすいすいの特性のおかげで速いぞ、気をつけろゼロ」
「ハナタレ、ツララ落とし!!」
相手の指示が飛ぶ。離れたら離れたで、きちんと遠距離攻撃がとんでくるわけか。相手は跳躍し、高所からツララを鬼のように降り注がせる。
「上から来るぞ、気をつけろ!!」
わかっているさ。こういうのを避けるのは大の得意。相手の足元に入り込んでしまえばこの技は無力……そしたら、自慢のカマであいつの尻を切り裂いてやる。 大また開きのまま落ちてくるツンベアーの後ろに回りこみ、俺は全体重を込めて背中に瓦割り。流石に相手はデカブツだけあって、体勢はほとんど崩れなかったが……その僅かな体勢の崩れだけで俺には十分。足でもう一度瓦割をしてから相手が振り向くと同時に金的を軽く峰打ち。
陸上グループの男には喰らうと辛い技だ、雌だけど。だが、雌であろうとそこが弱点であることには変わりない。悶えているところに、カマをぴったりと首にあてがう。寸止めはしたが、もし振りぬいていればどうなっていたかは、容易にわかる状況だ。ツンベアーも痛みに歯を食いしばりながら動けなくなった。
『降参しろよ、お嬢さん』
『くっ……マスター……申し訳ない』
「ツンベアー、戦意喪失。ルイ選手は別のポケモンと交替してください」
「ここまでノーダメージで、こんな……ショクシュ、次はお前だ」
む……今度はユレイドルか。草はサミダレが。岩は俺が苦手……となると、どちらもいけるイッカクが適任か?
「ゼロ……剣の舞して。お前なら多少の攻撃は問題ない」
む、何をさせるつもりだご主人……。いや、とりあえず従おう。全身の力を抜いて、脱力から最大限の力を生み出せるように呼吸を整えて……ユレイドルは、ノシノシとこちらに歩み寄り、長く伸びる触手をこちらに構えている。相手の歩みが遅いから、十分積む時間はあったが……ご主人、俺にどうしろと? このまま切りかかればいいのか? 相手も歩きながら鈍いを積んでいるっぽいが……まぁ、俺なら当たらないだろうから大丈夫かな?
「そしたらイッカクにバトンタッチ。イッカクは適当に攻撃すればいい」
なるほどね。バトンタッチのための剣の舞か。了解だご主人、行かせて貰うぜ!!
『イッカク、受け取れ』
『はいな』
火傷状態に加えて、俺の剣の舞の効果をハイタッチで受け取ったわけだが……その力は、想像したくないな。相手はご愁傷様だ。
「え、えーっとショクシュ……怪しい光!!」
『マーックスパワー!!』
イッカクは堅く拳を握り締め、相手の懐まで駆けてゆく。触手で腕をとられ、怪しい光を直視させられたりもしたが、無視して突っ込みユレイドルの顔を一撃。そのままラッシュに入る事もで来たのだが、その一撃で勝負はついていた。
「ユレイドル、戦闘不能。ルイ選手は別のポケモンと交替してください」
『ふひー……ちょっとふらふらするなぁー……後でチーゴの実とオボンの実が欲しい……キーの実とかラムもぉ……』
流石に怪しい光を直視させられているから、イッカクはかなりフラフラだな。しばらく休んでもらって、後は俺達に任せてもいいんじゃないかな。
『木の実はともかく、後一匹だ。イッカク、頑張ろうぜ!!』
まぁいい、とりあえず俺も応援だ!
『オイラも応援してるぞー!!』
サミダレも一緒に応援してるから、がんばれイッカク。しかし、ご主人は俺達全員を上手く回しているけれど、相手は……ポケモン自体の育てが足りない事も原因だけれど、深追いしすぎてまったくローテーションバトルの特性を活かせていないなぁ。それは、ご主人と俺達が結構強いってことなのだろうか?
敵はあと1人。ライボルトのみ……まぁ、サミダレを向かわせれば楽勝だろう。と、思ったが……
「すみません……降参します」
相手は降参した。なんだ、あっけない。ちょっと暴れたりないな。
「ルイ選手、降参により、この勝負、カズキ選手の勝利とします!! 両者、ポケモンをしまって、速やかにご退場をお願いします」
なんだ、結局イッカク以外はほとんどダメージを食らっていないし、そのイッカクだって捨て身の戦法が得意なだけだからダメージは想定内。要するに、俺達の完全勝利と言うわけだ……まぁ、初戦だしこんなもんか。
◇
「ようし、よくやったぞみんな」
場に出ていたポケモン達を撫でつつ、ボールに収納せずに連れ帰る。全員にねぎらいの木の実を与えて、そしたら次は出張ポケモンセンターの回復器具を利用しよう。バトルフィールドの観客席を離れ、慰霊のための火が焚かれているところに出ると、早速俺はポケモン達を撫でる。一応、平等に可愛がる事を基本としているが、今回は一番健闘したイッカクから。
「イッカク、よくやったな。とりあえず、チーゴの実と、オボンの実」
抱きしめて、撫でてから木の実を渡す。取り合えず、火傷を直すチーゴと体力を回復するオボン。どちらも出張ポケモンセンターに頼めば治してもらえるけれど、やっぱり機械よりも自然にあるもので直した方が心地いいよね。木の実を与えると、待ってましたとばかりにイッカクはかぶりつく。
なんだか、『バトルした後はこれに限るねー』という感じの言葉も口走っているようで……ふむ、なんともおっとりした子だよ。
「次はゼロ。サポートもアタッカーもよく出来ていたよ。これからもよろしく」
カマで切られないように気をつけつつ抱きしめてあげると、ゼロはきっちりと甘えてくる。向こう見ずでバンバン攻撃を仕掛けていくわりには、こいつイッカクなんかよりもよっぽど甘えん坊なんだよな。イッカクが食いしん坊で甘えている暇がないだけなのかもしれないけれど。
ゼロは、『次も頼むぜ』というような事を言っているようだ。
「こちらこそ、ゼロだって次も頼むよ……頼りにしているからさ」
ゼロのいいたい事を理解して声を掛けてあげると、ゼロは嬉しそうに小さく鳴いた。
「ともかく、こいつにも木の実を与えてと……ゼロはカマを木の実に突き刺すと、少しずつ齧って食べ始めた。
「で、サミダレ……やっぱり雨の中でのお前はすごいよ。ムーランドとの戦い、痺れたぜ」
しかし、サミダレの体は冷たい。濡らしてしまったから当然と言えばそうなのだけれど……あぁ、この焚き火がなかったら死んでいたかもな。レインコート被ってきてよかった。
「サミダレには、オボンの実」
譲ってあげると、サミダレは長い舌を伸ばして丸呑みにする。……いつも思うんだけれど、味わわないのに木の実が好きというのはこれいかに……胃袋で味わっているのだろうかねぇ。サミダレ自身は、いい舌触りだ……みたいな事を言ってくるぐらいで、それ以上の言葉は特に発している様子もない。
みんな俺の事を慕っているけれど、なんだかんだで一番忠誠心が高いのって、ゼロなんだろうなぁ。
さて、と……このままキズナと合流……したいところだけれど、もう少し温まってからにしよう。せめてレインコートが乾いてからだな、うん。
寒すぎると言う事もあり、取りあえずはみんなで炎に当たり、ついでにあらかじめ購入しておいた慰霊用の木札を投げ入れる。雀の涙でしかないけれど、これで少しは火力も増すはずだ。
「やるではないか、カズキ」
「ふえ?」
轟々と燃え上がり、景色をゆがめながら周りの皆を暖めている炎を見つめていると、後ろにはスバルさんの声。
「あ、スバルさん」
「私もオリザも初戦の相手は完全勝利だったが、まさかお前も完全勝利とは思わなんだ」
「いやいや、あれは相手が弱かったから……相手はろくに交代も出来ていないし、全然ローテーションバトルの体をなしていなかったじゃないか。だから、こっちは勝てたと言うだけであって……」
「はは、それを言ったらカズキ。私もハチクマンも相手に交代などさせる間も無く一気に潰して行ったぞ? オリザだけは相手に交代させたが……それも、毒ガスをばら撒いて目眩ましにした時だけ。ひとたび攻撃して潰しにかかれば、相手に交代をさせる隙なんて与えなかったぞ」
「あぁ、そういえば……」
「要は、それだけお前が強くなっていると言うことだよ、カズキ。わかるな……どんどん私好みに成長しているということだ……私の前に立ちはだかる日を楽しみにしているぞ?」
「は、はい……」
そのあと、シードであったキズナも2回戦目を突破。ハチクマンとオリザさんとスバルさんも、何の面白みもないくらいに2回戦目を完全勝利。俺も順調に勝ち進んで3回戦へと臨む。というところで1日目の日程は終了である。
3回戦目以降は、2日目に持ち越しだ。
一日目の20:10
すっかり夜となったセッカシティだが、この街はライトがなくても眩しいくらいに明るい。一面に敷き詰められた雪が月や星の光を反射して、それが照らしてくれるおかげだろう。
「なぁ、カズキ」
「なに、キズナ?」
特に用があるわけでもなかったが、俺達2人は夜のセッカシティ郊外を散歩していた。2人で火事で飢え死んだポケモンに対する献花も終えたし、まだ慰霊用の炎に木札を投げ込んでいなかったキズナに付き合って、それも終えた。慰霊祭としての体裁は一応整えておいたから、他は特にやることもないわけだけれど、せっかくこういう観光地に来たのだから、デートらしい事もしておきたいので、今はこうしてキズナと二人きり。母さんは相手がいるけれど、アオイさんはどうしているのかな……?
2人で、分厚い手袋越しに手を繋ぐ。二人で狩った獲物を、専門の業者に加工してもらったお揃いの手袋だ。いつもは女の子の手とは思えないくらいにごつごつした手だけれど、今回は手袋が分厚すぎてそもそも人間の手なのかどうかすらわからないし、暖かくもないのが少々残念だ。
「この森で、防人のアオは人間と戦ったんだってさ」
「知ってる。アオイさんが熱く語ってくれたから」
「だよなー。だけれど、このお話は知っているか? アオは、人間は敵でもあり味方でもあるって言った話」
「初耳」
そっけなく答えて、俺はキズナの話の続きを促す。
「赤髪の吟遊詩人の歌を纏めたお話の一説でな。最後に、子供達に対して残した言葉がそれなんだってさ。緩やかに見てみれば、肉食のポケモンも草食のポケモンも味方であり、敵であるし、人間も緩やかに見てみれば敵でも味方でもあるってね」
「ヘー……そんな事を」
「いつだったかさあ。あの変な集団がいたじゃないか……ポケモンを狩猟する事を反対している変なオッサンがいただろう?」
「あれ、おっさんじゃなくってお兄さんじゃなかったっけ?」
「どうでもいいだろ、そんなこと。ともかくさぁ……ここは聖剣士ゆかりの地。俺らいつも、森そのものやヌシ様やヨツギ様に感謝をしているけれど、たまには……」
「あぁ、なるほど。確かにそうだね。人間が自然を壊しすぎないように戒めたのも、防人のアオたちってことなんだろうし……感謝の気持ちを込めるのも悪くないよな」
「だろ? 俺達がポケモンを狩って食べることが出来るのも、森のおかげ。ならばその森を守ってくれた奴らに、感謝しないわけにはいかないだろう」
「じゃあ、森に行って見るか。走れば10分くらいで着くっけか?」
「だな、寒いからせっかくだし走ろうぜ」
2人並んで、白い息を吐きながら湿原まで続いている巨大な森を目指す。少し道をそれれば龍螺旋の塔があるけれど、そこには2人とも興味はなく、結局話題にも上らなかった。
そうして、荒い息を吐きながら俺達は森を臨む。雪帽子を被った森は静かな佇まいでそこに置かれている。降り積もる雪にすべての音が吸い込まれていくようだった。今の時期は、植物もまともに育たないからポケモンたちはさぞや食料に苦しんでいることだろう。そういうときこそ、農業に生きている人間たちが狩りをすることで負担を軽減する。
皆がみんな飢えて共倒れするよりかは、一部が間引かれた方がきっと都合が良いのだろう。それがきっと、人間も味方であるという発言の真意なのだろう。
今は、人間は農業技術とか畜産の技術が発展しているから、冬だからといって食料に困ることはないけれど、それでも俺達のように、狩りをして食費を浮かすような者もいる。自然を守り、人間と戦ったコバルオンのアオさん……ありがとうございます。
…………………………よし、と。
「帰ろうか」
「そんなつれないこというなよカズキ、冷たいじゃないか。ここはひとつ雪合戦でもしていかない?」
それはそれで、ある意味思いっきり冷たい気がするよ、キズナ。
「嫌だよ、疲れる……俺はサザンドラに乗ってここに来たんだよ?(飛行免許取立てだし) 結構疲れているんだけれどなぁ……明日やろうよ。明日なら多分疲れていないし」
「そういやそうだな……残念」
と、言いながらキズナは俺の腕を抱いて肩を寄せてきた。着ている服が分厚いせいか、すぐにぬくもりが伝わってくるわけじゃないけれど、やっぱりこうやって抱いてもらうと、体もそうだけれど気分が暖かくなる。
「キズナ、いつまでそうしているつもり?」
しかし、キズナはそれっきりずっと俺の腕を離さない。痺れを切らして俺が尋ねると、キズナは頬を摺り寄せる。
「お前が嫌になるまで」
で、出てきた答えといえばそんな感じだ。
「……仕方ない。このまま歩いて帰ろうか」
「街へ向かうと人が多くなるぜ? これを見せつけるのか?」
「見せ付けようよ、キズナ。傍目には男同士抱き合っているように見えるけれど」
「はは、いいなそれ。男同士ってのもいいんじゃねえの?」
そんなわけで、俺は抱きつかれたままホテル街まで帰る。まだ時間帯はどこの飲食店も営業している時間帯。料理を食べ終えた後なので、もう食べようという気はおきないが、人間の作る明かりは安全な場所までこれたという感じがして安心できる。ブラックシティでも、明るいところは人が多いから比較的安心できたっけなぁ。
周囲にはちらほらと人影も増え始め、この感謝祭に合わせて観光に来たカップルや家族連れも少なくないし、中にはポケモンをぞろぞろと連れているトレーナーもいる。アオイさんや母さんと鉢合わせでもしないかと思って探してみたが、どうやらそういう偶然はないようだ。
その道を、俺達は他愛もない話をしながら歩く。最近の出来事……例えば、育て屋で生まれたポケモンの事。負け続けだったポケモンが、突然奮起して連戦連勝になった事。迷惑なお客さんの事。キズナも、道場や学校で起こった事を教えてくれた。あぁ、俺も学校に行かなきゃなぁ……という気分にもなるが、今は育て屋が楽しすぎて行く気が起きなかった。
「……そろそろいいかな、キズナ?」
「うん、俺も満足した」
やがて、キズナが宿泊するホテルまでたどり着いたところで、俺はそろそろ離れてもいいんじゃないかと持ち掛ける。流石のキズナも、30分以上腕を抱いて歩いていたら満足したのだろう、言葉通りの答えを即答して笑う。
「それじゃ、また明日会おうぜ! 万が一のことがあれば、バトルフィールドでな」
「そういえば明日はいきなりスバルさんからだもんね。俺は勝ちあがるつもりだから、お互い頑張ろうか」
「おう」
2人でハイタッチをして、俺達は別れる。さて、ポケモンそっちのけでいちゃこらしちゃっていたし……ホテルに戻ったらポケモンと一緒に寝てあげよう。今日は、そうだな……ミロクに全然構って上げられなかったし、ミロクと一緒に寝ようかな。その前にお風呂に入って体も温めたいもんだ。
ホテルの一室にて。
「なぁ、カズキよ」
「うん、なに?」
ホテルに戻ると、ちょうど母さんも帰ってきたばかりだったようで、俺は浴場へ向かおうとする母さんに話しかけられる。
「オリザの奴も私達と同じホテルでな、これから風呂に入ろうと思っていたのだが……」
「混浴だから邪魔するなとか?」
「あー、そういうのじゃないし、このホテルに混浴の風呂はない。そんなことよりも、頼みたいことがあるんだ……」
「は、はぁ……」
「オリザの奴、私が誘ってもちっとも誘いに応じない。」
「あー、それってつまり、子作りの真似事のこと?」
「ほう、よくわかったな。というか、真似事じゃなくてもよいのだがな……結婚しないと絶対しないだろうなあいつは」
母さん、そこで感心されたような顔をされても、俺は困るのだけれど。
「俺としては、軽々しく応じたり誘ったりするのは男女共にどうかと思うのだけれど……」
「まぁ、そういうな、カズキよ。おまえ自身の事もあるから、そこらへんは頭ごなしに否定は出来んし、実際考えが軽すぎるのはどうかと思うが……私達はもう、付き合って一年以上は経っている。
お互い、結婚もまだなわけだし、そろそろそういう関係を意識してもいいはずなのだが、あいつはまったく誘惑に応じないんだ」
「そ、それで……俺が誘惑しろとでも……?」
「いやいやいやそんなわけなかろうに!」
あ、母さんが珍しくつっこんだ。
「あいつに男らしいものがきちんとついているか確認してきてくれ」
「うおい!」
恐らく、『オリザさんをからかってこい』と言いたいのだろう、母さんは。まったく……なんて事を頼むのか。
「ついてるでしょ、あの人は……多分。あんなでかくて筋肉もすごいんだから、ついていないと詐欺だよ」
「はは、案外キズナの成れの果てがああなっているだけかもしれんぞ? 本当にあいつが男なのかどうか確認してくれ」
「あぁ、分かった分かった……ははは」
結局、俺が入っている間にオリザさんは風呂へ入ってくることはなかったので、結局わからずじまいであった。風呂から上がった俺は、サンダースのミロクと一緒にベッドに入り、眠りについた。明日はキズナと母さんの試合が楽しみだ。
◇
11月23日
慰霊祭2日目。俺は初っ端からスバルさんとの戦いを控えている。なんというか、運が悪い……こういうのって、アニメとか漫画ならもっと上手くばらけてくれるものなのになぁ。
「セナ……まずはお前に先陣を切らせようと思う。お前の特性は悪戯心じゃないけれど、それでもエルフーンの素早さは脅威だし、すり抜けの特性が意外なところで役に立つこともあるはずだ。スバルさんは同じくエルフーンのケセランを繰り出してくるかもしれないから、その時は同族対決を頑張ってくれ」
綿毛の中に手を突っ込んで撫でてやると、セナはピィッと甲高い声で鳴く。こいつには、食べ残しを持たせている……上手く耐えさせて、長持ちさせよう。
「で、アサヒ。お前の飛び膝蹴りは、使い方さえ間違えなければ最強だ。だからこそ、ここぞという場面でお前を使わせてもらう」
頭を撫でると、アサヒはコクコクと頷いた。こいつには、格闘ジュエル……一撃必殺に掛ける。
「セイイチ。お前は、セナのサポートを受ければ天下一品の強さを誇るようになるはずだ。相手はなんといってもスバルさん……お前の父親であるセイイチを鍛え上げたトレーナーのチームだ。だから、どんなに攻撃力が上がっても勝ちを握るのは容易じゃないが……そこらへん、上手くできるように俺も頑張るから、応えてくれよ?」
ガウッ、と鳴き声を上げてセイイチは頷く。こいつにはオボンの実。見方の攻撃を受け止めなきゃいけない分を補えるように。
「で、最後にお前だ。まだ中間進化系のお前を、こんな大事な実戦に出すのはいささか不安な面もあるけれど……まぁ、なんだ。具体的な相手はセイイチに任せて、お前はサポートに専念しろ。いいな?」
シャーッと、声を上げてガバイトのゴンゲンが応える。こいつには、取りあえずドラゴンジュエルを。光物好きな女の子だし、うん。
よし……今回の目標は、スバルさんをヒヤリとさせてみせる。勝てる確率は万が一でもいい……負けるかと思わせるくらい、喰いついて喰いついて……あわよくば勝てるくらいに。ギーマさんだって言っていた……途中までどんなに負けていたって、最後に本番で勝てればいいって。
今回も本番といえば本番だし、木彫り聖剣士のコバルオンも欲しいけれど……でも、自分の実力不足ともきちんと向き合わなきゃ、強くはなれない。頑張ろう。負けたら、反省点を探せばいいさ。
「ねーちゃん、先に行って来る!!」
「頑張りなさいよー……私は頭痛が治まったら……」
ねーちゃんはまだベッドの上でダウンしていて、コロモの癒しの波導を受けつつ頭痛薬が効き始めるのを待っている。妹が頑張るこんな大切な日に生理痛とか、空気読めてねーなぁ……まぁ、しゃーないか。生理現象だし。これだから女は……俺も女だけれどさ。
「それでは私、ユキノが審判を務めさせていただきます。勝負形式はローテーションバトル。交代は体の一部をタッチすることにより認められ、一度交代すると、10秒以内の交代及び交換は認められません。人数は4対4、ポケモンは個別に棄権させることが出来、4体すべてが棄権もしくは戦闘不能になった場合決着といたします。
また、場に出すポケモンは3体まで。4体目は、控えとしてボールの中へ待機していただきます。交換は、待機中のポケモンとのみ行えます。それでは両者、試合開始!!」
女性審判のコールをおぼろげに聞きながら、俺は前の敵を見据える。カズキも師匠もねーちゃんも、勝てるとは微塵も思っていなかった。スバルさんとは会話をしていなかったが、恐らくは同じ意見だろう。だけれど、そう……3月の勝負までには、その勝ちを期待されるくらいには成長してみせる。
今日はその足がかりだ!!
「キズナ、頑張りなさいよ!!」
ねーちゃんは一応薬が効いたらしく、きちんと応援に駆けつけていて……しかも、立っている。コロモに手助けの練習をさせているらしいが、最近どんどん上達してきているようだ。手を繋いで手助けをすれば自力で立てるくらいにはなっているようである。
「キズナ、頑張って!!」
そして、もちろんカズキも応援に来てくれている。……よし、頑張らなくっちゃ。
「ようやくの強敵だ。頑張ってもらうぞ、トリニティ、ユウキ、ケセラン」
相手は、サザンドラ、アイアント、エルフーン。スバルさんは目に雪が入らないためだろうか、それとも表情を読まれないためか、ゴーグルをしている。マジックミラーになっていて非常に表情が読み辛いところを見ると、後者なのだろうか。
「ゴンゲン、セナ、セイイチ。こいつが正念場だ!!」
そして俺はガバイト、エルフーン、ルカリオ。相手にドラゴン……氷タイプがいないのは非常に助かるが、トリニティ相手にどこまで立ち回れるか……。
「……この組み合わせならば。ユウキ、お前が行け」
「セナ、頑張りなさいよ!!」
よし、ユウキが相手なら……張り切りだろうと爪とぎを積まれようと、セナのコットンガードで何とかなる。ハサミギロチンは怖いけれど、そうそう当たるもんじゃないし……
「コットンガード!!」
「爪とぎだ」
俺の命令に一瞬遅れて、相手はテンプレどおりの戦略。かえってそれが怖いけれど、何とか……何とか頑張ってみせる。
「よし、限界までコットンガードだ」
「こっちも、相手が仕掛けてこない限りは積んでおけ」
セナはモコモコと綿を増量し、ユウキはアイアントの強靭な顎や、前足の鋼を煌くほどに研いでいる。……さて、そろそろ怖いから俺も攻撃に……いや。
「セナ、一度引け。セイイチを蹴り飛ばせ!!」
「ほう……ならばユウキ。貴方は攻撃に備えるんだ」
セナのコットンガードは一度引いても効果は残る。ならば、先にセイイチの強化を優先するんだ。
「そしたらセイイチは剣の舞!!」
宣言を終えるとほぼ同時に、セナの飛び蹴りがセイイチの肩にヒットする。このセナの蹴りは悪タイプの力がある……つまり、正義の心の特性を持ったセイイチは攻撃力がアップするんだ。それに加えてセイイチ自身も剣の舞をするんだ。その高すぎる攻撃力、いかにレベルで上回るスバルさんのポケモンといえど、無事ではすむまい。
「ふむふむほうほう……ユウキ。待つんだ……貴方はじっと待って隙を伺え」
しかし、なんかさっきから違和感が……。
「ガッ!?」
その一瞬、セイイチが頭についている房を立てる。何か……気付いた?
「グアッ!!?」
「セイイチ!!」
気付けば、セイイチは地面から穴を掘って現れたユウキに足を噛み付かれていた。セイイチは穴を掘って現れたユウキに足を噛み付かれ、振り払おうとして足を振りぬくが、ユウキはそれに逆らうことなく自ら外れて吹っ飛んだ。
「な……あっちのアイアントは?」
相変わらず、アイアントは動かずにじっとそこで佇んでいる……はずなのに。あの足じゃ……セイイチはもう万全の戦いは出来ないか!?
「あぁ、ずっとバトルフィールドにたたずんでいるアイアントは身代わりだ。良かったな、セイイチが……ルカリオが相手で……他のポケモンだったら、そのまま気付かずに一撃だったぞ。ルカリオの探知能力は恐れいる。だが、脚をやられたぞ? 足なんて飾りですというわけにもいかぬな」
スバルさんの言葉にはっとしてセイイチを見ると、彼はまだ戦える……のだろうか。
「噛み付いたまま蹴られたり殴られたりする前に離脱できるようにと、浅めに噛んだせいだろうな。いわゆる、踏み込みが甘かったという奴だ……見誤ったなユウキ」
「く……セイイチ、神速で打ち上げろ」
確かに、スバルさんが言うとおりで、ユウキがもう少し強めに噛んでいたら、セイイチは戦えなかったかもしれない。けれど、その他にもセイイチはユウキの攻撃にきちんと気付いてギリギリ避けることが出来たからこそ、浅い傷で済んだんだ。このチャンス、逃してなるものか!!
セイイチは、神速で相手との間合いをつめると、掬い上げるようにユウキの顎を叩き、敵を打ち上げる。だが、いつものようなバランスを怪我した状態では保てなかったのだろうか、相手を空中に打ち上げたはいいが、大きく前かがみになったおかげで派手に転んでしまったし、ユウキは場外に飛んだとはいえ、ヒットの瞬間にきちんと後ろに流れつつ受け流していたからダメージは軽微。おまけに場外に飛んだら仕切りなおしだ……。
何とか一撃だけでもと思って神速を叩き込んだが、やはり相手はみすみす喰らってくれるほど甘くないということか……。せっかく攻撃力を上げたセイイチでも、これではどうにもならない。
ユウキも先程きちんと受け流していたし、今の攻防も何度も何度も繰り返せば恐らくは……スバルさんのポケモンならば目が慣れて反撃してくるだろう。こうなったら……
「セイイチ、一度引いてセナと交代して、セナは痺れ粉!!」
「そうだな、ユウキ。貴方は身構えるんだ」
「いっけぇぇぇぇ!!」
俺の声援を受けて、セイイチとタッチしたセナは痺れ粉を振りまく。しかし、何か違和感が……
「セナ、下からくる!!」
わかった、違和感の正体。スバルさんはいつもは『お前』って言っているのに、今日は何故か『貴方』って言っている。だから、俺の推測が正しければ、俺の言ったとおりになるはず。
そして、思ったとおりユウキは下から……穴を掘って攻撃をしてきた。それに向かって、セナは再度痺れ粉を放つ。
「ほう……気付いたか」
恐らく、『あなた』といった時は『あなをほる』の合図なのだと思う。そして『みがまえろ』は『みがわり』なのだろうことはわかった。だって、スバルさんはメガネをしていない時は『貴方』なんて言わないし……バンジロウさんとの戦いを見ていてよかった。
バンジロウさんも、ラティアスに指示する時にそういうのを利用していたからな。
「ならば噛み殺せ、ユウキ!!」
「セナ、ヤドリギの種を終えたら、一旦引いてゴンゲンに交代」
うわぁ、スバルさんの指示は物騒だなぁ……ハサミギロチンだろうか? しかし、動きは鈍いし大振りの一撃。上手いこと麻痺が働いてくれたおかげで何とか……避けられた。後ろに跳び退ると同時に放ったヤドリギは放物線を描いてユウキにくっつく。
「ストーンエッジを放った後は……穴をほ……普通に戻れ!!」
セナはそのまま背中を向けて走り出した。弱点のヘタの部分以外は、ユウキのどんな攻撃を喰らっても痛くないだろうから大丈夫……急所にさえ当たらなければ今のセナに物理攻撃でダメージを与えるのは難しい。ユウキの放ったストーンエッジは、偶然がおこることもなくセナの背中に当たる。よし、そのままゴンゲンとタッチしたついでにオボンの実で足を治療中のセイイチに悪タイプの力を込めたとび蹴りだ!!
セイイチはため息をつきつつ、セナに蹴り飛ばされた肩を撫でているが……まぁ、うん。うんざりしているように見せかけてどことなく嬉しそうだし気にしちゃいけない。しかしまぁ、なんだ……セナ1人で袋叩きをやるのはなんだか寂しいな。やっぱり袋叩きは皆でやってこそ映える。
「今だ!! ゴンゲン、地震!!」
本当は穴を掘って逃げているところを地震でしとめるつもりだったが、スバルさんはゴンゲンに交代すると聞いて、穴を掘るのを直前でやめてしまった。とはいえ、他にやれる事もないので普通に攻撃をさせてもらうことにする。
尻尾を巻いて自陣へ逃げる途中だったユウキは、地面からの衝撃で空中に吹っ飛ぶ。効果は等倍だが、攻撃力を上げたセイイチの神速や、2回に渡る身代わりの使用。そしてヤドリギの種でもう彼は疲労困憊のはず。
ゴンゲンが放った地震の結果は……。
「アイアント、戦闘不能。スバル選手は新しいポケモンと交代してください」
「いよっし!! 先制取った!!」
と言っても、俺のポケモンは結構なダメージを与えられてしまっているが……このまま上手くいくだろうか?
「ほう……面白い。キズナもやるではないか」
スバルさんがヒヤリとするどころか、マジックミラーのゴーグルをつけていてもわかるくらいに笑っているところを見ると、怖すぎて喜んでばかりはいられないな……セイイチはまだ足の痛みを気にしてオボンの実を足にこすり付けている。とにかく、セイイチを温存してスバルさんの攻撃に備えないと……でも、あまり温存しすぎても、せっかく上げた攻撃力が元に戻っちゃいそうだな……そうなる前に行かせるべきだろうか。