第五十二話:育て屋で手助け
11月11日 午前11時
「よし、上手いぞコロモ」
コロモは、スバルさんの肩を掴んで、スバルさんに力を送る。『手助け』をすることで、中身の入ったペットボトルにデコピンで穴を開けられない(自称)貧弱なスバルさんも、デコピンでペットボトルに穴を開けられるようになるだとかどうとか。
つまり、貧弱という言葉を辞書で引けということだ。一応、スバルさんの素の力ではペットボトルに穴は開かないらしく、デコピンをしても大きな跡が残るくらい。今朝から『手助け』のご教授をしてもらい、その間のコロモの努力もあってか、デコピンの跡はどんどん大きく、そして深くなっている。
この人の指は一体どうなっているのだか。ゴツゴツしていて男みたいだとは思ったが、どうやらそんな認識では甘いようだ。男だってデコピンで穴をあけられる人間なんて……キズナの師匠、オリザさんなら開けられるのだろうか?
コロモのほうはといえば、先程の休憩前に試した時は、立てないまでも足を持ち上げるところまではかろうじていけた。着実に効果は出ていると言うのが恐ろしい限りである。
手助けの修行法と言うのはこうだ。サーナイトならば角、前足、腕など、とにかく何でもいいから自分の力、自分の熱をそこに集中させるようなイメージを持ち、それを手助けしたい対象に流れ込ませる事をイメージすると言うものだ。そして、イメージの補助のためにスバルさんは手を握ったり、肩から指先まで撫で回したり。
育て屋の敷地内の草刈りをしているハハコモリや救護室のタブンネにも触れ、自力で手助けを覚えるポケモンの滑らかな手助けを体験して、感覚をつかませたり。それらのポケモンからの手助けを受けて感じられたのは、熱くて力強い……まるで粘液のように濃厚な力の流れ。
そりゃもう、コロモの拙い手助けとは一線を画するものを感じられた。コロモのそれは、まだまだ思い切りが足りないと言うか、ちょぼちょぼと小出しにしている感じ? 爆発力が足りないと言うのだろうか。
そういった事を続けながら、コロモと手をつないだり見つめあったりと。スバルさんは社交ダンスを教えるように、懇切丁寧に『手助け』を教えている。最初は戸惑っていたコロモも徐々にその手ほどきに慣れ、落ち着いた表情で技の練習に臨んでいる。
手助けの技は、フレアドライブだとか竜星群だとか、そんな技のように目に見える技では無いため指導するのにはコツがいるらしい。まずは、目に見えない力の流れを見られるように、感じられるようにならなければ教えられないとの事で、私もコロモの体を触りながら力の移動と言うものを感じようと模索している。
スバルさん曰く、肩へと力を送り込む際に発揮される、皮膚の下の力の脈動。鼓動とも違う、筋肉の弛緩や緊張とも違う。なんとも言えない気の流れ。暖かいような生ぬるいような不思議な感覚を感じられたら、それが手で助の技が効いている証拠なのだと言う。
今は肌に直接触れないとそう言った力を感じられないものの、きちんと訓練すれば離れた場所にあってもなんとなく手助けされたことがわかるとスバルさんは言う。私は、そうやって手助けの技を教えていく様子を忘れまいと、木尾珍とメモに書き起こし、ついでに撮影もしておいた。
スバルさんは、こうやってポケモンだけでなく人間も育てていく。カズキ君も、色んな技をポケモンに仕込めるように、日々ビデオを見たり、スバルさんや他の職員の実演を観察させてレポートを書かせたり、実際にポケモンの技を受けたりする事もある(死ぬ気か?)。キズナほどじゃないけれど、カズキ君の動きも大分化け物じみてきたような。
それにしても……コロモはヒメリの実を齧りながら、私に対しても手助けの技を発動してくれるのだが、その時の足の感覚は回数を増すごとに手応えを増している。
まだまだ指を動かすことも大変だし、しびれのようなものも残るけれど、いつかは本当に歩き出せてしまうんじゃないかと思うほどだ。それを見ているスバルさんも、興味深そうに観察しては感嘆の声を上げている。
「手助けという技はエルレイドが自然に習得するような技だ。サーナイトが出来ないわけはないが……なるほど、筋は悪くないな」
そんな事を口走りながら、スバルさんはコロモの顎をつまみ上げてその顔を見る。
「9時から練習を始めて約2時間……これなら、戦闘中での実用レベルまでは無理でも、基礎の方は今日中に完成しそうだ……」
「コロモ、筋はいいのですか?」
「主人のために頑張ろうっていう気持ちが強いからな。だから、必死だよ、コイツは。手持ちのポケモンにこんなに想われ慕われて、幸せ者だよ、お前は」
スバルさんは私を見下ろして頭を撫でる。
「……やっぱり、そうですよね。なんか、私みたいに体が不自由だと、どうにもこの子に苦労掛けさせちゃって悪いなぁ……」
「はは。言っておくが、私なんかにこんないい子はもったいないとか想う必要はないぞ? サーナイトは良くも悪くも等価交換だ。サーナイトが自分を慕ってくれるかどうかは、主人が出してくれるサイコパワーの触媒となる感情をどれだけ振りまいてくれるかにかかってる」
「しょ、触媒……って、二酸化マンガンみたいな……」
「二酸化マンガンか。確かにそんなもんだな……つまりはそういうことだ。サーナイトは自分でサイコパワーを生み出すことが出来るし、感情はあくまでそれを生み出す助けに過ぎないが、助けがないとサーナイトのサイコパワーは非常に弱い。サーナイトが主人につくすのは、そういう本能的な理由によるものだ。お前がきちんとこの子に感謝しているなら、サーナイトにとっちゃそれが何よりのご褒美だよ。けれど、それ以上に……損得じゃない感情もある。サーナイトは、自身が死んでも主人を守ろうとするような個体もいる。すでにお前らはそういう絆で繋がっているのだろうな。
お前の妹の名前と同じ……お前がそういう関係を築けているのだから、きっとお前の妹も名前負けにならないのだろうな」
「妹は、もう名前勝ちの極みですよ。変わり者だから同年代と仲良くするのは苦手だけれど、キズナの事を理解して上げられる人となら、名前に恥じないくらいに深い絆を育んでいますし……カズキ君みたいな恋人が私も欲しいくらいですよ」
「息子をナンパするのはよせよ?」
「しませんよ。でも、コロモとはカズキク君とキズナ以上に仲良くなれたらなぁって思います」
「難しそうな目標を立てるんだな、お前は。だがそれでいい……サーナイトとは出来る限り、絆をはぐくんで行け。ポケモンは……特にサーナイトはきちんと応えてくれるもんだ」
「だってさ、コロモ。スバルさんから期待されちゃっているけれど、大丈夫?」
尋ねると、コロモは方をすくめて苦笑しながら大丈夫と手話でアピールする。
「大丈夫だ、そうです。期待されたらその分だけこたえたいのでしょうね、、この子は」
「ふん、いい心がけだ……所で、だ」
スバルさんは時計を確認しつつ、私のほうをちらりと見る。
「なんでしょう?」
「今日は、11月11日。棒状の菓子を盛大に祭る日、と言うことは知っているな?」
「……いやいやいや。知ってますけれど唐突になんですか?」
「いやなに、この前の発情期騒動でコロモとの関係が深まったと聞いてな」
「え、えぇ……!? というか、言った覚えが無いのですが」
「はは、一週間ほど前に感染症について聞いてきたのはお前だろうに? サーナイトの生殖器は人間と少し形が違うからコンドームも使えないとか、そういうのを赤裸々に話したら、お前は電話の向こうでも顔を赤らめているのがわかるくらいに恥ずかしがっていたな。ダゲキにはコンドームを使えるのが惜しいな」
最後の一言は余計です、スバルさん。
「というか、普通そんな事を聞くか、お前は……? 答えられる私もどうかしているとは思うが……」
スバルさんの最後の一言に対しても含めて何も反論できない。
「わ、私はもうコロモを好きである事から逃げないって決めたんです。それにコロモが望むことなら、なんでもしてあげたいのです。だから、そのためには何を注意するべきかをきちんとですね……」
「いい心がけだが……若いうちに悟ったものだな。愛は正義だと悟るのには、少々早熟すぎるな……ふふふ」
くつくつと、スバルさんはくぐもった笑い声を上げる。
「だが、悪いことじゃない。私みたいにひねくれた乙女になるよりかはな」
「スバルさんは乙女って年でもないような……いてっ」
頭をはたかれる。
「すまんな、手が滑った」
ここまで堂々と嘘をつけるとは、ある意味すがすがしい。
「ともかくだ。もうすぐ11分11秒……せっかくだから、コロモと記念にキスでもしてみるといい。ほれ」
「何を用意しているんですか貴方は……」
差し出された棒状のお菓子。ポケモンはチョコが毒になるポケモンが多いせいもあってか、チョコを使ったお菓子ではない。小麦粉を練った生地に、さまざまな味の粉末をかけただけのシンプルなお菓子である。
「1人と1匹でやれとは言わん。私も一緒にやるさ」
「なんて下世話な……」
「記念だよ。やっておけ」
言いながら、スバルさんはうな丼……シビルドンを出す。そこはトリニティとかケセランじゃなくって? 悪趣味なのか、そう思われる事を期待してわざとあの子にしたのか。
「おっとっと、適当に選んだらまさかの雌ではないか」
言いながら、スバルさんはぬめっているうな丼の顎を撫でる。ぬるぬるとしたその体に指を這わせると、拭った粘液が滴って指を塗らしていた。なんかエロい。というか、うな丼はスバルさんに撫でられるのが好きなの?
「適当でしたか……しかし、その子と両端から一緒に棒状のお菓子を食べると言うのはなんとも……」
「口が大きいから一口だろうなぁ。そのまま私が丸呑みにされるのも面白そうだ」
「いやいやいや、危ないですそれ」
「まあよい、私は手持ちをすべて愛しているからな。シビルドンとならキスをしても構わんか」
この人は本当につかみどころが無い人だ……手持ちを大切にしていることは確かなんだろうけれど、実はキスをするならあの子が一番とか、そういうわけではないわよね?
「さて、そんな事を言っているうちにもう11分だな。ほれ、棒状のスナック菓子をやるぞ」
スバルさんは1箱に入っている4つの小分けの袋のうち、一つを差し出す。
「ノリノリですね……スバルさん」
「いいではないか。お前らみたいに、ポケモンと仲良くしている奴を見ると心が和む」
「カズキ君にもやらせましょうよ、せっかくですし」
「あいつはすでに朝からやらせたぞ。バルチャイのトリとやってた」
「微笑ましい光景になりそうですね、それは……というか、強制したんですか?」
「カズキの奴は意外とノリノリでやっていたぞ? あいつ、やはりパーティーを楽しむ才能はあるようだな」
カズキ君……アンタは一体何をやっているのか。
「いいから受け取れ。大体、恥ずかしいなら途中で口を離せばよかろう」
「……確かに」
「ちなみにカズキはきちんとトリとキスまでしてた」
「どうでもいいですってそれは」
言いながら、私はスバルさんが手に持っていた棒状のお菓子を手に取り、袋を開ける。香ばしい小麦粉の香りと、味付けに使う粉末のよい香りが漂い、程よく小腹の空いた腹に心地よい空腹感が引き起こされる。コロモの方をちらりと見て、目に付いたスバルさんの方を見る。
「さぁ、うな丼よ。存分に食うがよい」
スバルさんはといえば、すでに口には棒状のお菓子を加えており、スタンバイはばっちりだ。
「コロモ、あんな風にやって欲しいらしいわ、スバルさん……」
そう言って、コロモにはスバルさんのほうを向かせる。なおうな丼は、スバルさんが加えている棒状のお菓子を見ると、一口で食べて奪っていった……。
「訂正、もうちょっとじっくりこのお菓子を食べて頂戴。そうしてキスしましょう?」
コロモに、うな丼とスバルさんのやり取りを見せて、取りあえずイメージトレーニングをしてもらうとしよう。
「ふむ、情緒のかけらもないな、うな丼は」
スバルさんは悪態をつきながら、残りの菓子をバリボリと食べ、半分ほどをうな丼へ渡す。そら、耳鼻ルドンに情緒を求めてゆっくりしたポッキーゲームをしろだなんて無理よねぇ…・・
「では、じっくり見物と行こうか」
なんてこった。腰をすえて見物されることになってしまった……。
「こ、コロモ……。お菓子の反対側からゆっくり食べてね、うん」
このままでは引くに引けないので、私達も棒状のお菓子ゲームをやることにする。やり方はいたって簡単、端から棒状のお菓子を食べて、最終的にはキスを目標とするゲームだ。
目標半ばで断られて撃沈する様子や、あおりに乗せられて公衆の面前でキスをしてしまう様子に一喜一憂するゲームだ。ともかく、さっと菓子を差し出すと、コロモは胸の角を気にしてむずがゆそうにしつつもおずおずと口に咥え、カリカリと食み始めた。
そのまま順調に私達はキスをする。もう、やけくそである。もちろん、そのままディープキスに発展するようなことなどはなかったが、やはり公衆の面前でやるものではないよなぁ、これは……うん。
「ふむ、よいものが見れたな」
スバルさんは舌なめずりをしていやらしい笑みを浮かべる。中学生のそんな姿を観察して喜ぶんじゃねぇ!
「ニヤニヤしないで下さいよぉ、そんなに」
「無料で育て屋の仕事を教えているのだ、これくらいは役得でよいだろう」
「い、今の光景が報酬代わりですか?」
頭が痛くなる人だな、この人は。
「今、コロモの表情の移り変わりを見ていたが……最初はお前が恥ずかしがっていたせいかむずがゆそうな表情であったが、最後の方はなかなか良い顔をしておったな。なんだかんだでお前が楽しんでいたのがよくわかる」
「え……私、楽しんでました?」
そんなに楽しんでいただろうかと、私はすがるようにコロモのほうを見る。コロモは肩をすくめて苦笑していて、スバルさんの言葉が真実であると言っているようなものだ。
「私、そんなに幸せそうだったかなぁ……?」
「見ていてうらやましくなるくらいにな。それぐらいは幸せそうだったぞ」
スバルさんは、含みを持たせた笑みを浮かべた。
「うらやましいだなんて……そんな……」
「私はな。ポケフィリアではないが、ポケモン相手であっても、男同士だろうと、女同士だろうと。深い愛をはぐくめる奴を尊敬するよ。それに、うらやましいと思える。だから恥じるなよ、アオイ。私だって、人を愛することのむずかしさに戸惑ってる最中だからな。素直にポケモンを愛せるお前は、尊敬するよ」
「は……はい。そ、そこまで言ってくれるなら、後衛です……」
私が小さく、おずおずと頷くと、スバルさんはため息を吐いて続ける。
「それにな。最近……なんというか、変な噂が絶えなくてな。お前がその変な噂の渦中に立たされなくってよかったと安心しているんだ」
「変な噂?」
オウム返しに尋ねる私に、スバルさんは続ける。
「あぁ、何でも……ポケモンや人間の性格が一夜にして変わってしまうという現象だ。酷い時は、『自分は昨日までブラックシティに暮らしていたはず』だとか口走る者もいる。あぁ、もちろん逆に『ホワイトフォレストに暮らしていた』と言っている者もいるらしいぞ」
「あぁ、それ聞いたことがあります。ダークライとビリジオンが来る前にあったという、この街の怪奇現象とまるで同じですよね?」
「そうだ。この街は夢との境界線が薄いからな。だから、パラレルワールドから連れてこられた魂が、脳の記憶と魂の記憶を混同させてホワイトフォレスト、もしくはブラックシティに住んでいたと錯覚させるらしい。
そして、それは……感情の高ぶりが強い者ほどそういった症状に陥りやすいんだ。婚約破棄とか、親が死んだとか……だから、お前がそうなったりでもしたら、困るなって……私には柄でもないが、心配していたんだ。ほら、デリケートな問題だろ? ポケフィリアなんて。
お前が、『ポケモンを愛している自分』に対し、酷い自己嫌悪をして、現実逃避までしてしまったら、人間でも性格が変わってしまうとかいう話だから、微妙に心配していたんだ」
「ふーむ……心配、かぁ。まぁ、確かにそうなるのもわかりますね」
「お前はいつか私の育て屋に就職してもらうつもりなんだ。そんなことで教育に支障が出て欲しくはない」
「就職が決まっているのは喜ぶべきなのかそうではないのか」
私は苦笑した。スバルさんはいい人だけれど、本当にこの育て屋に就職してもよいのだろうかとは思ってしまう。変り者のスバルさんとうまくやっていけるだろうか?
「ところで、そのその性格が変わる現象って、いつごろから始まってましたっけ?」
「ビリジオン・ダークライ感謝祭より少し前くらいかな。こういうことが起こるのは陰と陽のバランスが崩れているからだと思うが……下は小学生から、上は70のご老人まで。ダークライに何かあったのか、それとも、ダークライが陰と陽のバランスを司る以上に大切な役目を見つけたか、だ。出産とか」
「ブラックモールのダークライ、女の子でしたっけ……?」
「なんだ、知らないのか? あいつ女だぞ?」
棒状のお菓子を端から食べあうゲームをきっかけに始まった休憩から、私達はこんな風に無駄な雑談を続ける。結局、11時半になるまでこの雑談は続くのであった。
11月11日 午後0時
その後も、修行は続いた。コロモの修行はもちろん、私の修行もきちんと行う。コロモの体に触れながら力の流れを感じるころで、コロモが手助けを覚えるまでに、アドバイスを行えるようにしろと。手助けされる時の感覚を覚え、『手助け』を覚えさせたいポケモンに、その感覚を出せるようにしなければならないのだ。
こればっかりは、私自身も手助けを体に受け続けることで修行して覚えるしかないと言う。だから、私が手助けを教えられるようになるのは、コロモが手助けを覚えてからになるだろうというのがスバルさんの予測である。
こういった技をポケモンに使わせると、ポケモンは集中しすぎて頭痛がしたり耳鳴りや不眠などの症状が出るらしく、そうなったらすぐに練習をやめてしばらく休めともスバルさんは言う。ポケモンに技を教えるときはあまり急かしちゃいけない。育て屋の道は厳しいのだと、スバルさんは教えてくれた。
幸い、私はまだ頭痛や耳鳴りも起きていない。さすがに、少しばかり疲れて集中力も落ちたが、まだまだこの程度ならば休めば午後もいけるだろう。
「ところでだ、アオイよ。午前中からお前が訪問してきたのも久しぶりだな。いつも午後に来ていたから」
「そういえば……そうですね」
「そこでだ。提案なんだが、コロモを昼食バトルに参加させてみないか?」
「昼食バトルってあれですよね……ポケモン達に、自主的に賭試合をやらせて戦意の向上を狙うっていう……いまだに続いているんですね」
その昼食バトルに勝てば食糧を受け取れるが、負ければ、昼食は味気ないポケフーズや牧草のみ。美味しい木の実を多く食べたいポケモンたちには、賭け試合における勝利というものの意味は大きい。だから、その食欲を原動力に戦闘意欲を高める……単純だが、このシステムできちんとポケモンを育てられるのだからこそ、このシラモリ育て屋本舗が大きく発展したのだろう。
「その通り。コロモにはオボンの実をやるからな。それで何か賭け試合をやってみるのもいいんじゃないのか? 手助けばっかりではなく、たまには体を動かすのもいいものだと思うぞ」
「……だってさ、コロモ。どうする?」
振り返ってコロモを見つめる。コロモは、自分の手を見つめて開閉を繰り返してしばらく考えたが、やがて考えがまとまったのか、『僕、戦う』と手話で意思表示をして私に向けて頷いた。
「格闘タイプのジムで育っただけあって。血気盛んだな。バトル方面にもそこそこ才能はあったと思うと、介護だけに専念するのはやはりもったいない」
「ですよねぇ……純エスパーなのに、意外に戦うのが好きなんですよね、この子」
そんな事を言っていると、コロモは『いいじゃないか』とでも言いたげな表情をしている。大丈夫よ、私はどんな貴方でも、私へ献身的に接してくれる限りは大好きよ。
◇
手助けの訓練は、どんどんと上手くなっている実感が出てきて、楽しかったのだけれど……しかし、人間と言うのは僕にはよくわからない。『キスをすると』いうのも、よくわからない。僕はキスとかそんな発想もなかったし……でも、悪くはなかったけれど、それはアオイさんが楽しんでいたからって言うのが大きいんだよなぁ。
僕たちサーナイトってあんまり鼻が良くないから唾液でマーキングされてもそこまで感じないし……いや、それともあのキスというのはマーキングよりも唾液を交換することが一番の目的なのかな? 人間も鼻あんまり良くないはずだしな……あのキスという行為は一体どういう目的なのやら? それとも、人間にとってはあれが交尾の合図なのかな? キスすると発情の感情が漏れ出すことがあるし……うーん、わからん。
大体、交尾の前以外にも同じようにキスをしたし……いや、そういう時は軽いキスだったな。となると、仲間であることの証なのかな? その割にはキズナちゃんとか家族同士でキスをするような場面もない事を考えると違和感があるし。
結局は、よくわからない。ともかく、人間にとってキスというのは好きな人とやるものだと言うこと。それは大体わかった……うな丼さんとキスをしていたスバルさんも、うな丼のことはかなり好きみたいだったし、この認識は多分間違ってないと思う。
それはともかくとして、なんだか僕は戦いに借り出されるようだ。キズナちゃんにはよくトレーニングにはつき合わされているけれど、たまには他の事も戦ってみたいし、たくさんの木の実を食べるチャンスというのならば、試してみる価値がありそうだ。
『なーコロモ』
『なんだい、コシ?』
コシは、今日も変わらず主人の足代わり。本人は甘いものを毎日食べられて、安全な場所でゆっくり眠られれば満足のようで、今日もゆったりのんびりと浮かびながら、悪路をすいすいと抜けていく。
『ミーも木の実欲しい』
『でも、コシ……お前戦うのあんまり得意じゃないだろ?』
『大丈夫……ユーと一緒なら……』
『しょうがないな。ご主人と交渉してみる……ご主人!!』
ため息をつきつつ、僕はご主人の肩を叩く。コシは、練習はしたのだが、結局ロボットの全身フル稼働モーターフィギュアに憑依出来ないままでいた。そのため、手話を学ぶことはいまだに出来ないでいるし、そのためこうして細かい意思の疎通は僕や他の子に頼んでいる状態だ。
面倒と思うことはあるけれど、毎日ご主人の足となっているコシならば、わがままの一つや二つ許してあげるべきだろう。
「あら、どうしたのコロモ?」
まずはコシ(が憑依した車椅子)を指差し、コシの訴えである事を伝える。そして、親指を立てた拳をあわせることで、『たたかう』を表現し、右手の親指と人差し指を伸ばして、指先を広げ、顎にあてることで『〜〜したい』を伝える。
「コシが、戦いたい……なの? 戦いたいって言うよりは木の実が欲しいだけじゃなくって?」
いやまぁ、実際そうなんだけれどね。
「まぁ、どっちでもいいか。いいわよコシ、アレを使いなさい。それと、賭けにはこれを出しなさい」
と言ってコシが渡されたのは、マゴの実のドライフルーツ。渋い味が好きな彼のために、家には常にストックされている代物だ。
そして、アレというのは彼の変身道具である。ご主人は電動車椅子の収納スペースに、常にヒートガン(ネットオークションで安く購入したらしい)を収納している。どうにも、モーターがついていてなおかつ熱を発生させる機能がある物体ならばコシは憑依出来るらしく、そのままのフォルムでは弱い彼の強さを補う一品なのである。
その他、モンスターボールにも似た箱に収納できる高圧洗浄機なるものも常備しており(ゴミ捨て場で拾ったらしい)それらに憑依出来てしまうコシのは才能は悪くないとスバルさんも褒めていた。ロトムのことはよくわからないが、悪くないならいいことだ。
コシも、今日はどちらをチョイスするのだろうか。
「ついたぞ」
スバルさんに言われるまでもなくわかる。ポケモンたちは、草原エリア、森林エリア、池沼エリア、洞窟エリア、砂地エリアなど、色んな場所へ好き勝手にたまり場を設けて集まっている。僕達は草原エリアという、最もスタンダードな場所での戦いを選んだ。
「今日も大盛況だな」
本当に、その通りだ。大小さまざまなポケモンたちが、円を作って戦いを見守っている。子供同士の戦いもあって可愛いものから、最終進化系でも小さいおかげで、イジメのような体格差でありながら非常に良い試合を繰り広げていたり。スバルさんはこの育て屋の代表であるおかげもあってか、到来しただけで皆が口々に彼女の名を呟いている。
何しにきたんだ? 今日も凛々しいお姿。今日もあの人自身が賭け試合に参加するのか? などなど。スバルさんも賭け試合するんだなぁ。元主人のオリザさんやキズナちゃんも、この賭けに参加したら盛り上がるだろうなぁ。
『すげー……勝てるかなぁ』
そんな戦いを目にして、コシは浮き足立っていた。
『勝てなくても、木の実を失うだけだよ』
だから、そこまで悲惨なことになりはしないだろう。野生だと、負けが死に繋がったりするだろうから大変だろうなぁ。
『それがミーに取っちゃシリアスプロブレムなんだぜ?』
『ならば、戦うことなく大事に取っておけばいい。何かを得るためには、リスクを恐れていちゃいけないんだよ。野生ではそうなんだろう?』
『ワイルドライフな日々なんて、ミーにはすでに過去の遺物さ』
『どうでもいいけれどそのしゃべり方どうにかならないの? 言っていることがたまにわからなくなる……』
『いやぁ、ゴメン……生まれたときから周りの皆がこんな感じで……』
二人だけでそんな会話をしていると、前で行われていたバトルが終わる。レントラーとナットレイのバトル、ナットレイの粘り勝ちのようだ。そうして、戦いが終わったら当然スバルさんと一緒にいる僕たちに注目が集まる。
『おめえら、見ない顔だな』
『木の実は持っているか? 戦おうぜ!』
口々にそんな言葉が交わされる。
「お前ら。こいつらが持っているのは、こっちの白い奴、サーナイトのコロモがオボンの実で、こっちの桃色とオレンジのあわせ技、ロトムのコシがマゴの実のドライフルーツだ。欲しい奴は、こぞって参加するが良い」
スバルさんの言葉を聞いて、場にいた一部が盛り上がる。オボンの実は、嫌いなポケモンはほとんどいない。マゴの実を欲しがるのも少数だがいるようで……
『おーっし、マゴの実もーらい!』
と、コシとの戦いを申し出たのはヤナッキー。コシがヒートフォルムになって優位に立てるという事を知らないのだろう、これなら勝利も難しくないか?
『じゃ、じゃあ……俺、いいかな』
と、言って出てきたのはアーケオスの女の子。攻撃力が高そうで、苦手なんだけれど……弱気にさせちゃえば勝てるだろうか。
「お、決まったみたいですね……相変わらず血気盛んですね、ここの子達」
「そういう子じゃないと、やっていけないさ。現に、ノリが悪い奴らは各所に散らばっている……ああいうのは、育てても限界はたかが知れている」
「それを放っておくから、批判が出ちゃうんですけれどねー」
「使えないポケモン……才能の無いポケモンの中でも、最も性質の悪いやる気のないポケモンを預ける方が悪いのさ。他の要素ならどうにか出来ても、やる気までははっきり言ってどうにもならんよ」
「厳しいですけれど、まぁ……それがこの育て屋の特徴ですからね」
その、ノリの悪い子達と言うのは、あまりこういう集まりに参加できない子達である。そういう子は、大抵負の感情オーラが出ているから、あんまり好きじゃない。と言うか苦手だから、あまり近寄りたくない。
ご主人のように根が明るい人ならば慰める気にもなるが、ああいう輩はどれだけ関係を持とうとしても、拒絶されるのが関の山。ともかく、そういうノリの悪い子をを放っておくスバルさんの教育方針は……悪いけれど間違っちゃいないと思う。
『はい、コシ』
取り合えず、僕も身内が勝つに越したことはないので、車椅子の収納スペースからヒートガンを出し、コシに渡す。コシは車椅子から這い出すと、それに憑依してヒートフォルムとなる。どういう原理化、コシはヒートガンというL字上の道具の中に憑依しても、何故だか電子レンジという道具に似た姿に変身する。どういう原理かはわからないが、あっちの方が強いから考えるのはやめよう。
『え、ちょ……フォルムチェンジとか』
『ワッツ? 何か問題でも?』
『ごめんなさい、やりましょう』
高圧的にコシが聞き返し、対戦相手が引くに引けない状況を作り出す。ヤナッキーが諦めて戦う事を決めると、ギャラリーは沸きあがってはやし立てた。
『じゃ、僕達はアレの後でいいでしょうか?』
『あ、はい……よろしくお願いします』
大人しそうな子だけれど、戦闘となるとものすごい形相になって牙を向く子もいるからなぁ……何かをたくらんでいるような感情は感じないけれど、気をつけないと。さて、そんなことよりも……今は応援でもするかな。
『さーて、勝負開始と行こうかね』
『ど、どうやって攻めれば……』
苦手な炎タイプのポケモンと戦うことになり、浮き足立つのはヤナッキーのほう。にらみ合って、勝負開始だ。
ともかく、攻め手に回るのが難しいヤナッキーは、あくびの技を発動して眠気を誘い、相手と呼吸を合わせる。相手と呼吸を合わせることで意識を同調させ、深い暗示にかかりやすくするのだ。
対してコシはまず電磁波で攻める。互いに搦め手は基本と言うことだろう。念波と電磁波はお互いに狙いをはずさずヒットし、コシは眠気を誘われヤナッキーは麻痺をする。このまま眠ってしまっては非常にまずいことになるコシは、ヤナッキーに狙いを定めると、間髪いれずにオーバーヒートを放つ。
麻痺した体ではそれを避けることも出来ず。威力が下がったオーバーヒートとはいえ満身創痍のヤナッキーに炎をちらつかせると、ヤナッキーは負けを認めた。コシもそれで眠気に限界が来たらしくポテリと地面に落ちる。
互いに勝負を焦ってしまったきらいはあるが、タイプ相性でコシがゴリ押し価値をしてしまったと言うところか。ご主人の手持ちでは一番弱いけれど、なんだかんだでキズナちゃんが鍛えてくれるだけあって強いんだよな……コシ。
僕はコシを拾い上げて、ご主人の膝まで持っていく。ご主人は眠っているコシの顔を撫でて、よく頑張ったねと褒めていた。暗示で眠らされたものだし、程なくして眠りから覚めるだろうか。行ってくるよと、ご主人と握手をしてから、僕は前に出る。さて、相手はアーケオス……ヤナッキーと比べるとかなりの実力者っぽいけれど、勝てるだろうか。
アーケオスは、まず力がとんでもなく強いから……物理攻撃が多めだ。だから、直接攻撃が多めになるだろうとはいえ、ストーンエッジを使われたらひとたまりもない。さて、どうするか……
『あの、勝負開始でいいでしょうか……』
『うん、構わないよ』
しかし、僕の特性がトレースじゃなくって良かった。対面したら弱気もトレースしてしまう。さて、僕達二人はにらみ合ったまま動けない。弱気なアーケオスは思い切るまでが少々時間がかかるのだろうか? ならば、僕が一番最初にすることは……よそ見!
僕は、アーケオスから見て斜め右後ろを眺める。黙って眺める。殺気や敵意と言った攻撃の合図となる感情は即座にわかるから、よそ見をしていても攻撃が来るタイミングくらいはわかるし、問題ない。アーケオスは、僕の視線の先を追った。取りあえず、サイコキネシスで不意打ちだ。
僕の念が相手の体に絡みつく。相手が身構える前に、地面に叩きつけてやる。威力ではなく、素早さ重視にしてみたが……悪くない。いきなり地面に押しつぶされるような衝撃にアーケオスは目を白黒させ、状況を把握できずにいる。決めるなら今しかなかった。
一気に間合いをつめ、起き上がる前の死に体の相手を、僕は上から足で叩き潰す。翼を踏まれ押さえつけられて、アーケオスはジタバタと暴れるが、抜け出そうとするあまりサイコパワーへの備えはおろそかだ。僕はアーケオスの頭に念を絡みつかせ、地面に叩きつける。
強かに顎を揺り動かされたアーケオスの長い首を踏み潰し、シャドーボールを構える。避けようもないアーケオスは、手に内包された霊の力を目にして、弱気になっていることもあって潔く降参した。
僕が預かってもらっていた木の実を受け取り、ご主人に勝利を報告する。ご主人の手を掴んだりなんかして喜びを伝えると、なんだか、アオイさんは嬉しいようなげんなりしているような、不思議な感情で僕を迎えた。
「……なんか、キズナに戦い方が似てきたわね。よそ見して隙を作り出す戦法とか……汚い、さすが忍者汚いっていうかなんというか」
「いいではないか。卑怯でもルール違反をしているわけではないぞ? それに、あんな戦法は上級者には通じない」
僕の戦い方、そんなにまずかったかな? 相手を油断させるのって、基本だと思うんだけれど……。
「まぁ、いいわ。二人とも勝ったわけだし……お昼は一杯休んだら、また午後から練習を始めましょうね」
はい、ご主人。と、僕は頷いて、戦利品に口をつけた。スバルさんが、なにやら僕の事を一層気にいってくれたようだけれど、何か変なことしちゃったかなぁ……。
◇
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今日は、コロモやスバルさんと一緒に手助けの練習をしました。
コロモの練習はもちろんのこと、私自身他のポケモンにも手助けの技を教えられるようにと、手助けを上手く使えたときにポケモンから発せられる感覚をよく覚えておけとのこと。
あんまり強力な手助けを受けすぎるのも体に負担がかかって良くないからと、日程の最後まで取っておいたタブンネやハハコモリの力強い手助けの技は、確かにすさまじいものだった。車椅子で体を支えながら、それでもフラフラだったけれど、本当に立ち上がれてしまったことは、今でも信じられないくらいの驚きだ。あの時、地面を踏みしめる感触も確かにあったし……立ち上がるだなんて、ずっと忘れていた感覚だったなぁ、本当。
その時の不思議な高揚感、興奮はコロモにとってよほど心地よいものだったのだろうか、コロモは自分の胸の角を気にしながら舌舐めずりなんてしながら私のほうへ目を見開いていた。
なんにせよ……私は医者からは『治ったとしても家の中で車椅子が必要なくなる程度』らしく、それも低い確率らしいが……少しだけ、希望が見えてきた。この手助けの技はリハビリに役立つと言うことらしいし、そういった希望を私以外の誰かに見せてあげられるなら、やっぱりそれはすばらしいことだと思う。そして、そのために利用できる『手助け』という技は本当にすばらしい技だと思う。
以下には、スバルさんから教わったことを書いて行こう。
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PS.日付のせいなのだろうか、今日はなぜか棒状のお菓子を両端から食べていくゲームをやらされた。もう、スバルさんの目の前でキスまでしちゃったし、怖いものがだんだんなくなっている気がするなぁ。
まぁ、サーナイトが相手なら、どんなに興奮しても私に乱暴なことはしないだろうし。感染症に気をつける以外は命の危険もないだろうから、大丈夫よね。
11月11日
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レポート兼日記を書き終え、私はコロモをボールから出す。
今はキズナも風呂に入っている最中だから、ちょっとくらいなら……あいつの場合15分で(女のくせに速いよ)出てくるから、ちょっとだけ。あぁ、でも今日はあいつ生理の最中だから多分湯船に入らないしもっと早く出てくるかもしれない……あぁもう、いいや。あいつは気配でわかるし。
「ねぇ、コロモ……」
立っているコロモの肩を掴み、強引に顔を近づけてキスをする。もう、軽いキスをすることの方が少なくなってしまったかもしれない。ぎゅっと口をよせ、深く舌をもぐりこませた十数秒のキスを終え、私は指で口元をぬぐいながらコロモを見つめる。
「私の足が良くなったら、もっといろんな事をやってみようね。いろんな場所に行こうね」
あの時、足の感覚が戻ってきたことで、私もまだ歩くことへの希望を捨てる必要はないということがわかった。それと同時に別のことまでやりたくなってしまい、こんな風にコロモを誘ってしまった。もう、女として完全にいけない感じかもしれないけれど……もういいわ。ポケフィリアが異常だとか超獣姦が異常だとか、そんなの世間が勝手に常識と思い込んでいるだけのことだし。