BCローテーションバトル奮闘記





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第二章:成長編
第五十一話:変態でも恋がしたい


11月2日

「アオイさん……育て屋に来てくれるのは嬉しいけれど、コシにあんまり無理させないようにね」
 カズキ君は、車椅子に憑依したロトムのコシを撫でながら笑う。コシにはそれほど急がせていないので、今日はそんなに疲れてないはずである。
「そっかコシ。ならいいんだけれど……」
 カズキ君は腰の言葉ががわかるのか、コシに対してそんな事を言う。傍から見れば独り言にしか見えないのだが、彼はいたって大真面目である。本当にどんどんポケモンの言葉を理解して、人間離れしていないだろうか、カズキ君は。
「ふむふむ……アオイさんが? へぇ……」
 そして、ポケモンからあることないこと色々とコシから聞かされているようである。コシが何か変な事を言われなければいいけれど。
「アオイさん、何か悩みでもあるの?」
 そこで、直接私に尋ねるかなぁ……普通。それとも普通は尋ねる者なのかしら?
「あるよ。ちょっと、その相談っていうのかな……カズキ君はどう思うのか、少し聞かせて欲しいんだ。はなしをどうやって切り出すか悩んでいたのが、馬鹿らしくなっちゃうわ、全く」
「頼られるのは嬉しいけれど、小学生の俺でいいの……? 相談役は」
「その辺の高校生より、ずっとカズキ君のほうが頼りになるわ。多分ね」
「そう、です、か……なんか、ありがたいけれど照れくさいね……」
 言葉通りなのか、カズキ君はちょっとはにかんで顔を伏せている。
「それで、相談っていうのはさ……」
 私は、コロモのモンスターボールを握る。中にいるコロモを、出す気にはならなかった。
「コロモのこと、なんだけれどね」
「ふむ……」
「昨日相談したように、クラインが発情期を迎えていたから、さ。それに応じてコロモも発情しちゃったわけ。だから何とかして性欲を抑える必要があったわけで……選択肢としては、我慢してもらうって言うのもあったんだけれど、私はそういうことはせずに、コロモに……結局、手を出したの」
「それってつまり、交尾? それともその真似事?」
 直球に近い表現を使うカズキ君の問いかけに、私は頷く。
「うん……使ったのは手だけだけれど……」
「はぁ……サーナイトなら、自慰を覚えさせるって言う手もあるのに、そうしなかったの? ゼロみたいに手がカマなわけでもあるまいし……」
「それも、視野には入っていたんだけれどね。でも、コロモに報いてあげたいっていう……なんていうのかな、恩返しというか……」
「恩返し、か。それで、アオイさんはサーナイトと関係を持ったのか……まぁ、そういうのもありだと思うよ」
「まぁ、ね」
 さて、どうしたものかとカズキ君が考え始める。
「俺はまだ子供だからよくわからないけれどさ。男っていうのはやっぱり自慰だけじゃ我慢できないみたいね。母さんが連れてくる男を見ているとよくわかるよ。なんていうか、あれだね……自分で処理をしちゃうっていうのは、味気ない料理を食べているようなものなんだろうね、男にとっては。
 俺ももう少し大人だったらまともな意見の一つでも言えるんだけれどなぁ……いや、無駄か。ポケモンは人間とは違う。芸術を理解できないポケモンもいるし、変な味付けをしなくっても料理を食べられるポケモンもいるし……感性が違うから、ポケモンも一概には言えないからなぁ。
 それに俺は……交尾とかそういうのは、見たくない。吐き気がする……まぁ、それはさておいて」
 一通り考えがまとまったのか、カズキ君は独り言をやめる。
「アオイさんは、サーナイトと関係を持ったことが嫌なの? それとも、それを知られて軽蔑されるのが嫌なの?」
「正直、よくわからない。私さ、ギーマさんとか、デンジさんとか、Nさんとか。格好いい男性が好きなんだ。この前ギーマさんに会ったときとかも、あんまり表に出さないようにはしていたけれど、ものすごく嬉しかったし」
「うん……それは悪くないと思うよ。多分、それが健全な女性なんだと思う」
「別に、その人たちから気持ちが離れる事を……浮気だとか、そんな風に思ってしまうわけじゃないんだけれどさ……なんていうのかな。このままだとそういう人を好きになれないような気がして……それが怖いの。人間が好きになれないって、怖いの」
「それが原因で起こる、何が怖いの?」
 曖昧な、漠然とした恐怖しか抱けない私に、カズキ君は突っ込んだ質問をしてくる。
「『人間に恋をして人間と愛を育み、ポケモンとはそういう関係にならない、普通の女性』から仲間はずれにされるのが怖いとか? それとも、人間と子孫を残せないことが嫌?」
 カズキ君は、変にオブラートに包む事もなく、直球で尋ねてくる。
「……どっちだろう?」
 考えてすらいなかった。私は本当に、ただ漠然と考えていただけなんだなぁ……。
「前者は、俺以外にそういう事を相談せず、隠し通すことが出来れば心配の必要はない。隠せば、なんとかなるし……家の中だけでそのかかわりを消費していけば、きっとばれる心配もないはず。後者は、そうだね。子供を残したいと思える人間の男性を見つけられず、人間の子供なんて孕みたくない。ポケモンの子供を産みたいとか、それくらい重症になったならともかくとして……多少なら、ポケモンが好きでも問題ないと思うけれど? 『人間が好きになれない』わけじゃなくって、『ポケモンも好きになれる』だけなんでしょ?
 それとも、アオイさんはそういうのを禁止している宗教を信仰していたりする? 宗教的に、ポケモンと交わることは決して許されないとか、そういうのはあったりする?」
「そういうわけじゃ、ないけれど……うん。でもカズキ君の言う、『ポケモンも好きになれる』って言うのはまさしくそうなんだけれど……なんだろう。コロモが、一番好きな男性になってしまいそうで……」
「それはめったに食べられない高級料理と、いつでも食べられる庶民の料理。どっちも好きだけれど、どちらが好きかと聞かれるようなものじゃないのかな? どちらかが一生食べられないとしたら……どっちを選ぶかは、俺は庶民の料理だと思うよ。
 つまり、ギーマさんの一生姿を拝めない……死なないまでも、外国のリーグに挑戦とか、ポケモンバトルを引退して外国でボランティアに参加とかでそうなるのと、コロモがいなくなるの、どっちがつらいかって、そりゃもう決まっているでしょう? 例に挙げちゃったギーマさんには悪いけれど、アオイさんにとってコロモ君がギーマさんよりも大事であるっていうのが、悪いとは思わないけれどな」
「そんな……」
 カズキ君は、遠慮無しに私の事をズバズバ切り裂いていくようだった。
「そもそも、素敵な男性たちが高嶺の花だと思っているから、近づいて触れてみないから、男の価値がわからないだけかもしれないし……逆に本当にコロモよりも優れた人間の男性がアオイさんにとってはいないのかもしれないけれど。
 どちらにせよポケモンと人間は違うさ。俺は、その事がわかってるし、ポケモンブリーダーを目指しているなら、アオイさんだってそれはきっとわかっているはずだよ? コロモが如何に優れていようとね……人間とポケモンは違う生き物だ。ポケモンがあらゆる面で人間よりも優れているなんてことはありえないし、だからと言って人間があらゆる面でポケモンよりも優れているという事もあり得ない。
 分かるでしょ? いくらスイーツが好きでも、人はスイーツだけじゃ生きていけないよ。幾ら肉が好きでも、肉だけじゃ生きて行けない。人間なら、肉も野菜も食べないと」
 言い終えてから、カズキ君は微笑んで私の肩に手を伸ばす。
「いいじゃないの、アオイさんはコロモが好きで。それを馬鹿にされたり、ましてや変人と烙印を押されて避けられることが嫌なら……それを表に出さなければいいと思う。俺だってまだ、キズナやスバルさんとか、限られた人にしか話していない秘密もある。それに、アオイさんの性癖がバレてしまって叩かれるんなら、俺が全力でかばうし、キズナだってきっとかばってくれるさ。
 だからね、アオイさん。それを受け入れてもらえるかどうかで悩んでいるならさ。俺は受け入れるよ、アオイさんのこと。それでもって、アオイさんを受け入れる人間を好きになればいいんじゃないかなって思うよ、俺は。キズナは、自分を受け入れてくれる俺を選んだし、俺は俺を受け入れてくれるキズナを選んだようにね」
「うん……」
「確かに、アオイさんの性癖とか、そういう事を気にする人はいるよ。それはもう仕方ない……けれどね、好きという気持ちを偽っても、ストレス溜まるばっかりだろうし、サーナイトにそんな気持ちで向き合っていたら、彼に悪いよ……ただでさえ、サーナイトは感情に敏感な種族なんだからね、それに、アオイさんはコロモの気持ち、わかってる?」
「コロモは手話が使えるから……私に大体の思いを伝えてくれるよ。『大切な群れの仲間』だって。『番にするのに相応しい』、『大好き、一緒に居たい』って……馬鹿ね、サーナイトと人間の間に、子供なんて出来るわけないのに、番だなんて」
「なんだ、両想いじゃないの。だったらきちんとさ、それを認めて……それで、向き合っていこうよ。いつも介護をしてくれるコロモのために、恩返しだから仕方ないとかって言い訳するんじゃなく、いつか胸を張って『好きだからそうしている』って言えるようにさ。例えそれが、女性として恥ずかしい行為であったとしても、そっちの方が幸せならそうするべきだ。
 キズナはそうした。女として生きる事よりも男として生きたいと俺に打ち明けた……アオイさんにも打ち明けたんでしょ? だったら、アオイさんもそうすればいい」
「胸を張る……」
「そうだよ。別に公衆の面前でコロモとイチャイチャしろってわけじゃないんだから。でも、周囲の目を気にしなくてもいい場所でなら、コロモに対してだけは嘘偽りなく、素直になってあげなよ。彼はサーナイトの鑑みたいな子なんだからさ。コロモは、俺も欲しいくらいの良い子なんだから」
「うん……ありがとう。大分整理がついたような気がする……」
「そうかな? 俺、特に何か名言を口走ったような覚えもないんだけれど……こんなんでいいなら」
「大丈夫。カズキ君は結構聞き上手よ」
 少なくとも、私はカズキ君に対してそう思った。
「へへ、ありがとう」
 そうして褒めると、やっぱりカズキ君は少々照れてはにかんだ顔をしていた。
 それにしても……私は逆の答えを求めていたはずなのに、なぜか私は応援されることで喜んでいた。本当なら、『ポケモンと恋愛なんてやめておけ』と、カズキ君は言うべきなんだろうけれど……そう言わないって事はそんな常識は捨ててしまった方がいいのかな?



「ふむ……ポケフィリアという奴か」
「ポケフィリア?」
 スバルさんは、メガネをつけたまま喋るか、それともメガネをつけないでしゃべるか、それを事前に聞いてから相談に乗ってくれた。とてもいい気遣いなんだけれど、メガネをつけると口調が変わるというのはどういう原理の自己暗示なのだか、いまだによくわからない。私は、メガネをつけない素の口調のスバルさんで対応してもらうことにした。
「超獣性愛……という一種の精神疾患だが。まぁ、重症じゃなければ問題ないだろう」
「私がポケモンを好きになるのは……精神疾患……なんですか?」
「あぁ、だが断っておくがそこまで問題ないぞ? 程度の差があって、この疾患のせいで日常生活を送るのが困難だったり、社会的に迷惑がかかるというのなら治療の必要もあるだろうが。例えば露出癖とか、野外に出られて公衆の面前に見せるのが好きで、しかも我慢できないというのなら治療の必要もあるが……恋人とか、仲間内だけに露出して見せるだけで満足出来るのならば、その性癖とも上手く付き合ってゆけばよいのだ」
「はぁ……」
 改めて精神疾患といわれ、私は少し落ち込んだ。けれど、心配そうに顔を伏せる私に。スバルさんは笑う。
「ぶっちゃけた話。ウチの職員にもいるんだ……ポケフィリア。ウチの育て屋は洞窟エリアに隣接してポケモンたちの巣穴が用意されているんだが……そこには、迷い込んだ野生のポケモンの死骸とか、とっておいた木の実とか……食料が散乱している以外に交尾の跡が生々しく残っているのだが……
 それなのに、そこの掃除を任せられたがる変態もいるし、夜の見回りに暗視ライトやらなんやらでポケモンの子作り風景を覗く様な不届きな輩もいるし……だが、そいつらが問題を起こしたという話はとんと聞かないし、堂々としてるぞ、奴ら。カズキもね……あいつはセックスを見るのが極端に苦手な子だ。だから、手持ちのポケモンがどうしても発情してどうしようもない時は、そういう人に頼むように言ってある……まぁ、そういう趣味の人もいるってわけだ」
「堂々とする……か。私には、無理かな」
「そうでもないさ。そのうち慣れる。それに、女子なんてのは……男子の前と家では性格が違うものだろう? 私は、メガネを付けている時はホワイトフォレストモード、メガネをはずしたときはブラックシティモードと呼んでいるのだが、そういう感じで、口調やらなんやらは入れ替えている。
 お前もそうやって、発揮する場所をきちんとわきまえていれば問題ないだろう。コロモと二人きりの時だけ、自身の性癖を解放しろ。それがいい」
「た、確かに……学校と家では結構言葉遣いとか違いますけれど……。というか、カズキ君と同じことを言っているなぁ……さすが親子」
「血はつながっていないはずなのにそんなに似ているか?」
「け、結構……」
 と、私が言うと、スバルさんは悩ましそうな顔をしていた。
「まぁ、いい。学校と家では口調を変えるように、コロモと二人きりの時はさらにいろいろ切り替える。それでいいんだ。本当の自分を出しすぎるのはいけない。私だって、本当はメガネを外したまま生活をしたいのだがな……こうしてメガネをしていれば上手くいくし、カズキの前じゃメガネをはずせる。そんな一時が有れば、普段の自分を偽っているのも悪くない」
「というか、メガネを装着しないと丁寧な口調出来ないんですか?」
「出来るが、興奮するとボロが出る。だからいっそのこと、素の口調はメガネで封印するんだ」
「封印って……」
 相変わらず変な事を言う人である。
「メガネをつけている間は、本当の自分を封印出来るんだよ。少し子供っぽい表現かな?」
「かも、しれませんねぇ」
 私は苦笑するしかなかった。

「なぁ、アオイよ」
「はい……」
「サーナイトは、シンクロの特性を持っているが……ポケモンのシンクロというのは、相手にシンクロする能力ではなく、相手をシンクロさせる能力だ」
 スバルさんは突然まじめな顔になって、そんな事を言い始めた。何を、話すつもりなのだろうか?
「そして、その能力は、良くも悪くもサーナイト自身が強く想う事で強力になる。その際たるものが毒や火傷といった症状になったときの、恨み節だ。『俺を火傷なんかにしやがって、呪ってやる……』なんて思ったら、その強力な念が人間だろうとポケモンだろうとシンクロさせる。シンクロさせて火傷や毒にさせる。
 だけれどな。楽しい思いや、嬉しい想いもまた、シンクロするんだ。コロモがお前を強く想えば想うほど」
「はい……」
「でも、今のようにお前が悩んでいると、コロモはお前に対してどう接していいのかわからなくなってしまうから、素直にお前を想うことが出来なくなる。結果、自分の気持ちを素直に伝えられないコロモはストレスが溜まってしまうんだ……長生きできないぞ? サーナイトはサイコパワーが枯渇すると立ち上がることすら出来なくなって死ぬ。そのサイコパワーの源となるのが嬉しい感情だ……特に、感情豊かな人間のは美味いらしい」
「つまり、長く付き合いたいなら素直になれと?」
「そうだ。サーナイトの寿命は人間よりも短い。だからこそ、長生きできるように付き合ってやれ。それに、サーナイトと長く付き合うという事は、それすなわち幸せな日々を意味しているんだ。それはきっと、ただ付き合える時間が長いということ以上に幸福があるはずだ」
「うーん……取りあえず、周囲にばれない程度にがんばってみることにします」
「そうするといい。感染症と、誰かにバレることだけに気をつければ、そんなに問題ないからな。だから、もし必要があったらコンドームはきちんとつけろ」
 スバルさんは励ますように私へ笑い掛ける。少しだけ、勇気が出てきたような気がする。
「はい、ありがとうございました……で、でもコンドームはまだちょっと……買えるのかな、中学生で」
「私が買ってきてやろうか?」
「ちょ……いや、考えておきます」
 私の言葉を聞いて、スバルさんは安心したようにため息を一つ。

「まぁ、そんなことよりだ。お前に一つ提案したいことがあったんだ、アオイ」
 話題を変えて、スバルさんは話しを持ち掛ける。
「はい、なんでしょう?」
「お前、脚は僅かだが動くのだろう?」
「はい。歩くには手すりが必要になりますけれど、一応歩くことは可能です。とはいえ……歩くって言うには少し不恰好というか、むしろ腕で手すりの上を歩いているような感じですが……それが、何か?」
「良ければ、お前のポケモンに……『手助け』という技を覚えさせてみないか? 私なら、教えてやることが出来るのだが……」
「手助けというと……ビリジオンとかが使うあれですよね。味方の能力を上げるっていう……」
「わかるだろう? お前を歩かせようって事だ。もちろん、ポケモンの力が必要になるがな。いや、コロモの力か」
「歩く……」
「出来るかどうかはわからん。出来たという実例はあるが、お前の症状でも出来るかどうかは別問題だしな。だが、手助けを覚えさせることでお前の行動範囲も広がりを持つかもしれないし、それ以上に……お前が扱うポケモンの商品価値も高まる可能性があるからな。
 だから、将来お前がわが育て屋で働く事を見越して、今のうちにおまえ自身にも『手助け』の教え方を仕込んでおこうと思ってな」
「なるほど……」
 というか、もう内定が決まっているのかと心の中で思いながら、私は納得して頷き、今の自分が歩く姿を想像する。正直な話、最初こそ歩けた頃に戻りたいとも思っていたけれど、最近はなんだかこの生活にも慣れてしまった。
 確かに、歩けるようになれば便利だけれど……そうすると逆にコロモやコシの居場所がなくなりそうなのが怖い。まぁ、スバルさんの話を聞く限りじゃ、手助けをしている最中しか歩けないらしいからその心配はないわけで。
「……確かに、手助けの最中だけでも歩けたら便利かもって思うことは、あります」
「あるだろう? 出来なくっても、商品価値は落ちないが、あって悪い事はないだろうしな。もしお前さえ良ければ教えておきたいのだ」
 驚いた。スバルさんが、『教えておきたい』とまで言うとは。本当に私は期待されているのだろうか……こんなこと、本当に足が動かなくなる前の怠惰な生活をしていた頃ではありえなかったな。嬉しいような気もするけれど、なんだか複雑な気分だ。

「えと、是非……お願いしたいのですが……」
「なんだ、金なら必要ないぞ? 私の趣味でやるのだからな」
「い、いえ……ありがとうございます。じゃ、なくて……ポケモンが……」
「あぁ、そうだな」
 私が腰のほうに目をやったのを見て、スバルさんは理解する。
「コロモ、出てきて」
 と言ってコロモを繰り出す。コロモは私よりも先に、スバルさんへと頭を下げた。
「コロモ……聞いていた?」
 うん、とコロモは頷いて、手話も合わせて『当然』と返す。
「どうする?」
 コロモは、『やる』と即答した。
「だそうです、スバルさん……よろしくお願いしますね。コロモも、よろしくね」
 こくりと頷いたコロモは、再びスバルさんのほうに向き直って礼をする。
「いい子だな。人間だったら仕事を仕込んでいるところだ」
「スバルさんはポケモンにも育て屋の仕事やらせているでしょう」
「はは、そうだな。私のポケモンでないのがもったいない」
 スバルさんは得意げに笑ってみせる。こういう、つかみどころのないところがスバルさんらしいね。
 ポケモンに技を覚えさせるだなんて、まだ私はやったことないから、上手くできるかどうかわからない。それを言って置こうと思ったが……最初から弱気じゃダメよね。成功出来ると思ってやらなきゃ……。
「まぁ、今日すぐにやるというわけでもない。やる気があるのであれば、私も出来る日にちを伝えておくからな。いい返事を期待しておるぞ」
「はい、了解です!!」
 思いがけない話になったけれど、とにかくスバルさんがじきじきに教えてくれるというのは名誉なことなんだ。結果がどうあろうと頑張らなくっちゃ。


「コシ、ボールの中に入っていてくれるかしら?」
 家の近くの公園で、私はコシをボールの中にしまいこむ。コシは公園まで来たところでドライフルーツを与えてあげたおかげか機嫌は悪くないようで、頭を撫でながらボールを構えてあげると、色々察して中へと入ってくれた。
 コロモと私の関係は、すでに何らかの形で知っているのだろう。コロモに構う時間が多くなっていても他手持ちとの交流をおろそかにしていないとはいえ、その心中はいかほどのものか。いくら食事と寝床を手配している恩を売っているとしても、あまりひいきし過ぎて他の子たちが拗ねてしまわないように注意しないとなぁ。
「コロモ、出ておいで」
 すっかり日が短くなった冬の空は、5時にしてすでに真っ暗闇となっていた。公園に明かりは一つもなく、星と月だけが私達を照らしてくれる。
「コロモ。あそこに座らせてくれるかな?」
 と、手話交じりにベンチを指差す。コロモは快く頷いて、私の手を引いてを立ち上がらせる。この立ち上がらせる動作は手助けのそれとは違い、サーナイトが自分の体を動かすために使うサイコパワーと同じ原理で私を操っているだけで、私の意思ではこの体の動きは、上半身ならばともかく下半身は制御できない。逆らえば簡単に振り払える程度のサイコパワーで私を操っているのだ。
 シンデレラや人魚姫を優雅にエスコートする王子様のようなこの振る舞いは、どこでおぼえたのかは知らないがコロモにとっては照れ隠しのようなものなのかもしれない。緊張した時に、こうやって大げさに演技をすることで気を紛らわす。そんな感じなんだと、私は勝手に解釈している。

 お姫様抱っこではなく、そうやってエスコートされてベンチに座った私は、寒さを仲間にしてコロモの方をぐっと寄せる。寒空に晒されている彼の体はすっかり冷えているが、体毛が濃いわけでもないのに寒がったりしないあたり、ポケモンという生物のすごさを改めて感じさせてくれる。
 密着する。この距離だと、手をつなぐよりも腕同士を組み合わせた方が収まりがよく、必然的に私達二人は肘同士を組み合わせることに。私の左肘をコロモの右ひじに絡ませる間、彼はドギマギしながら私に身を任せるだけ。厚着をしているせいで、コロモの鼓動を感じることができないのが残念だった。
 そのまま、二人は何も話すことなく無言で冬の空気を味わう。砂時計のような形をした、狩人の星座が夜空にはっきりと浮かんでいた。
「ねぇ、コロモ」
 冷たい風が顔を撫でる中で、私はそっと口を開き、首から上も傾けて肩に頬を寄せる。コロモのことは見えていなかったが、彼がこちらを向いてくれたのはなんとなくわかった。
「私ね、やっぱり貴方と恋仲になることは怖いの。誰かに後ろ指を指されるんじゃないかとか、変態呼ばわりされるんじゃないかとか、そんな心配が沸いてくるから、さ」
 そこまで言っても、コロモはまったく動じていなかった。悲しい感情とか、苦しんでいる感情とか、そういうのが皆無もしくは少ないことがわかっているからこそ、こういう反応なのだろう。ただ、彼は心地よさそうに胸の角を撫でている。私の感情を気に入ってくれているのか。
「でも、決めたの。私、手段は選ぶけれど、貴方を愛すること、好きでいることから逃げないわ」
 私はコロモの右肘に右手を添える。
「だから、その……一生私のそばにいて欲しいな。私はずっと貴方を愛する自信があるから。貴方を自分の手足のように労わって、貴方の望みはかなえてあげるから。昨日は貴方がクラインに釣られて発情したことに対処したけれどさ。その時、『自分は貴方が発情したから嫌々やっているんだ』って、自分に言い聞かせていた。
 ポケモンである貴方にはわからないことかもしれないけれど、そう思わないと人間の女性として終わってしまっているような気がしてね。でも、今は違うわ……貴方と、ああいう事をするのは嫌いじゃない。むしろ好き」
 肘に添えていた右手をぎゅっと握り、彼の腕を抱きしめる。手の平からはコロモの鼓動が伝わってきた。どうやらドキドキしているようだ。
「貴方は、どう?」
 コロモは黙って私の肘に手を添え、私と同じように首を傾ける。身長差があるから、頭同士を触れ合わせることは出来なかったが、密着する力が強く感じられたのが嬉しかった。
「そうなの、嬉しい」
 私はそれを『僕も好きだ』という答えであると受け取って、口元に笑みを浮かべた。
「それじゃあ、さ……」
 その先を言うのが恥ずかしくて、私は口をパクパクさせる。
「あの、その……もう一度、キスしない? あんな風に突然じゃなくって、二人同意の上で」
 言っていて顔から火が出そうな台詞を言い終えると、私は恥ずかしくって顔を伏せてしまう。せっかく組んでいた腕も離してしまって、雰囲気をよくしようとしたはずなのに、逆に気まずい雰囲気になってしまった。
 けれど、コロモは膝の上に置いていた私の手をとってくれて、軽く引っ張って見せる。こっちを向けと言うことらしい。前回は、キズナの言うとおりにキスをさせられたという感じだったが、今度は私が提案してコロモが唇を寄せてくれた。
 最初は、コロモも控えめで唇を触れ合わせるだけの軽いキスのつもりだったのだろうけれど、私はコロモが唇を話そうとしたところで、彼の首筋を押さえる。力なんて入れずに、親指以外の4本の指でそっと指を添えると、コロモは私の心情を察したのか長い長いキスをしてくれた。彼の舌が、私の口の中でかすかに動いている。厚着をしているから寒くないはずなのに、体が打ち震える。
 少女マンガで見たような、恋人のような一時を終えて唇を離せば、唾液が糸を引いて橋がかかる。舌で掬い取ってそれを拭うと、今更になって恥ずかしさがこみ上げてきて、私は再び顔を伏せた。その間、コロモがずっと私の腕を抱いていてくれたのが嬉しくてたまらない。

「帰ろうか」
 寒空でじっとしていて、すでに長針が1周ほど回ってしまっている。そろそろ帰らないと親が心配するだろうしと、私はコロモの手を握って、促す。今度は照れ隠しの必要もないのか、コロモはお姫様抱っこで私を車椅子まで運んでくれた。腕に抱かれた顔を覗く時に、コロモの顔は花をめでるように微笑んでいる。つられて微笑む私の姿は、正にシンクロさせられていた。


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今日は、コロモへの接し方について、カズキ君やスバルさんと相談をしてみた。
まぁ、何というか話すのはすごく恥ずかしかったけれど、予想通りというべきか、二人はけろっとして私の事を受け入れてくれた。
むしろ、なにが問題なんだ? とでも言いたげなくらいにあっけらかんとしていて……同時に、そういうのを気にする人もいるだろうから注意しておけとも言われたけれど。

だけれど、その反面で、その性癖をばれないように注意しておけば、どれだけ愛し合ったって問題ないし、むしろ愛し合ったほうがいいとまで言われてしまった。
ポケモンが彼氏ですなんて、親や知り合いには口が裂けてもいえないけれど……いや、冗談として言うくらいならいいかもね。でも、何よりコロモに対して同じ台詞がいえるくらいには、真剣にポケモンを愛してあげなくっちゃ。
大丈夫、ポケモンを愛すること、好きであること。それが高じてしまうことは怖いことじゃないし、いけないことでもない。変かもしれない、異常かもしれないけれど、だからといって止めるべきものじゃないと信じたい。
自然にそうなってしまったんだもの、仕方ないわ。カズキ君やスバルさんは少なくともそう言ってくれる。


さて、そんな事を熱く語っているだけではダメね。
今日はスバルさんに、ポケモンへ手助けを覚えさせる方法を教授したいが、やる気はあるかと尋ねられた。
手助けの技を覚えれば、一時的にだが私のように下半身に障害のある人でも歩かせることが出来るらしく……まぁ、走ったり跳ねたりは出来ないらしいから実用性は微妙らしいけれどね。
でも、調べてみると……これ自体がリハビリにはもってこいの方法なのだとか。手助けを繰り返すことで、神経が手助けされた状態に慣れるらしく……それで杖無しでも歩けるようになった人も存在するらしい。無論、それでも走ったり跳ねたりは苦手だそうだけれど、車椅子が要らないと考えればその有用性は計り知れない。それを考えると、日常での実用性は微妙でも、介護用のポケモンとしてはアリだろう。
こんな事をするのはやっぱり堀川(ほりかわ) 一樹(いつき)らしい。ポケモンに手話を教えたり、テレパシーを仕込んだりで、バトルパレスのフロンティアブレーンを務めたりで、ポケモン業界における娯楽分野や技術分野に大きく発展したことでポケモンマスターの称号すら受賞したりという偉人だが、こんなところにも手を出していたとは。
本当に、感謝してもしきれないわね。ポケモンマスターのイツキさんは。


RIGHT:11月2日
----
LEFT:
「さて、と……」
 レポート兼日記帳を閉じた私は、手助けを教える方法の予習のためにと、スバルさんから受け取った本を開いて勉強を再開する。
「ねーちゃんさ」
 レポートを書き終えたタイミングで、キズナが私に話しかける。
「ん、何かしらキズナ?」
「コロモのことでなんか吹っ切れた? 昨日まで、何というか悩んでいる感じがして……少し表情が暗かったけれどさ。なんだか今日は、ちょっとだけ美人になっている気がするぜ」
「あぁ、そのこと……ただ、カズキ君やスバルさんに、私とコロモの事を相談しただけよ。で、吹っ切れたの……誰が何と言おうと、私はコロモが好きだってね」
 私は包み隠すことなく、すらすらと言い放つ。
「へぇ……そうか」
 と、キズナは感心したように声を上げた。
「俺も、カズキの奴に告白する時は堂々としていたつもりだが……ねーちゃんも堂々としているな」
「そりゃそうよ。愛して悪いことなんて、何もないじゃない。さすがに、普通の人にはばれないようにこそこそするつもりだけれど、アンタみたいに細かい事を気にしない相手ならば……そういった気持ちも自慢して生きたいと思ってる。誇りにする。
 ポケモンに恋をするなんて変態かもしれないけれど、それでいいって決めたんだ。私はきっと、コロモよりも長生きをする。だから、コロモの事を精一杯愛してあげるんだ。それが、私の誇りであるようにね」
 キズナは私の言葉に驚きながら、ゆっくりと表情を変えてゆく。そして笑顔になるまで数秒かけて、この言葉をつむぎだした。
「頑張れよ。コロモのこと、俺も大好きだからな……だから、幸せにしてやってくれ。一緒に幸せになってくれよ、ねーちゃん」
「うん」
 短いながらも力強く、そしてはっきりと私は頷いた。







Ring ( 2014/01/12(日) 23:50 )