第五十話:ポケモンの発情事情
10月31日
日曜日のパーティーは、成功に終わった。かぼちゃで作ったケーキも美味しく焼きあがり、タマゴやバター、小麦粉の香りとカボチャの香りの絶妙なバランスは見事なのだと舌鼓を打ってもらった。大量にホイップした生クリームや、カラフルなチョコスプレッドをかけ放題にして振る舞えば、男女問わず笑顔になってもらえたのがこの上なく嬉しかった。
ちなみにお菓子作りについてはオリザさんも負けておらず、和のスイーツと即席で点てたお茶の美味しいこと。ハロウィンの雰囲気には合わなかったが、カボチャ羊羹や、甘さ控えめの小豆とカボチャを用いた和菓子は特に絶品であった。しかし、あの巨体であんな茶菓子を作るとは意外や意外。
そして、今日は平日ではあるが本来のハロウィンの日。今日は平日なのでみんなを呼んでパーティーというようなことはやらないが、お世話になったユウジさんの家に押しかける約束をしていた。ユウジさん、1人で寂しがっているだろうから喜ぶだろうなぁ。
自転車を走らせ、フラッシュを使えるミロクを明かり代わりに連れ歩き、子供の一人歩きが危ないブラックシティもポケモンたちがいれば何のそので越えられる。一応、催涙スプレーや防犯ベルもあることだし、大丈夫なはず。暗闇で襲われたけれど、いろいろな個人情報と罪状をそいつの携帯で拡散してやったから、いずれは身をもって罰を受けて懲りることだろう。
そうして、俺は以前住んでいたアパートへとたどり着く。俺の母親の死によって訳あり物件となってしまった俺の部屋は、家賃が安くなったせいかすでに入居者は決まっているらしく、明かりがついていた。ユウジさん、新しい隣の人と上手くやれているだろうか……?
「あれ、どうしたのミロク?」
ユウジさんの家の前に立つと、ミロクがソワソワしている。なにやら鼻を動かして匂いを気にしているようだけれど……?
「交尾?」
見えたのは、ポケモン同士が交尾しているイメージ……なんでこんなイメージが? だけれど、交尾のイメージの後に見えたのは雄……。
「ははぁ……交尾している匂いがする? で、雌は……?」
と、尋ねると、ミロクは首を横に振った。なるほど、恐らくはアイルが発情したのかもしれない。そうなると、どうにかして性欲を治めてあげないとストレスの原因になったりするから、ユウジさんがそれを解消したと。そういえば、ミロクは2ヶ月ほど前はイーブイだったし、まだ大人になって間もないから発情を経験したことが無いのだろう。ポケモンの声を聞いて頭に浮かんでくる映像がひどく不完全だ。
発情……か。俺はあんまりその相手をするのは好きじゃないから、ゼロ達には野生のポケモンと交尾するように指示している。一応、あいつらはこのへんで捕まえたポケモンだから生態系が崩れるようなことはなかろう。
とはいえ、やはり主人がやってあげたほうが信頼関係は高まるものだ。去勢すればその問題に悩まされることはないけれど、去勢させるのも可愛そうだし……悩みどころだ。キズナもきちんと発情した時の世話をやってあげているようだし、アオイさんも今度挑戦するような事を言っていたし、男の俺が頑張らなくってどうするって思いはするけれど……交尾は、見ていると吐き気がする。ポケモンなら少しはましだけれど、人間のは、特に。
くっそ……ミロクのせいで変なことを考えてしまった。電話して、もうすぐでそちらの家に着くと連絡しよう。もう本当は家の目の前にいるけれど。
「こんばんは、ユウジさん」
扉の向こうのユウジさんたちが来客の準備を終えられるであろうくらいの時間を待ってからインターフォンを鳴らし、この家の主を呼ぶ。
「お、カズキか? 待ってろ、今鍵開けるから」
インターフォンから声が聞こえると、間も無くこちらへ足音が向かってくる。
「こんばんは、カズキ。元気にしてたか?」
「見ての通りですよ」
久しぶりに命の恩人に会って、俺は思わず笑顔になった。
「へぇ、ジムリーダーにそんなに……褒められたのか」
家の中に入ると、お茶とパンプキンパイを出され、俺たちはそれをつつきながら世間話を始める。
「うん、バッジ7個レベルだって言われたよ。すごい成長スピードだって褒められてね」
「そっか……お前、努力しているんだな」
「そりゃ、ね。でも、バッジ8個までは簡単に手に入るって、皆言ってる。バッジ8個までは、ジムリーダーは皆手加減して挑んでいるからってさ……」
実際、オリザさんが本気で戦うのであれば、俺達のメンバーなんて骨も残らないであろう。
「でも、いいじゃないか。お前は努力の結果がすぐに現れてさ。俺なんて、料理は上達しているのかいないのか、分からないからモチベーション保つのが難しいぜ?」
「そうなの? でも、ユウジさんの創作料理は全部美味しいじゃない?」
「あんなもの、ありふれたものさ。そんなことよりも、自分の店を持つための資金を溜める努力は、結果が見えてすごく楽しいんだけれどね。貯金通帳を見ていると達成感が沸くぜ?」
「いいですよねー。一国一城の主」
「男のロマンだよな」
ユウジさんは、夢を嬉しそうに語る。本当に、この人が父親だったらいいのにと思うくらいには、いい人だよね。
「俺もさ、スバルさんの所で働くのも悪くないけれど、いつかは独立して自分の育て屋を持ったりとか、してみたいなって……ユウジさんを見ていると思っちゃうよ」
「いいんじゃないのかな? お前も育てや開けよ、損だけポケモンバトルが強いならさ」
「でも、まずは広大な土地を探さなくちゃね」
そんな他愛もない話を互いに楽しみ、皆で集まった時のケーキを温めなおして一緒に舌鼓を打った。狭い部屋に互いのポケモンを出しながら可愛がったりしてみると、それもまた盛り上がるもので、夜を明かすまで喋りつくした。
育て屋でポケモンの勉強をしているから、最近は全然学校に行っていない事を話したとはいえ、ユウジさんもそんなに遅くまで子供を突き合わせるとは罪なものである。
◇
11月1日 午前2:14分
「ハロウィンが近くなると、発情期になる……とは聞いたものの」
ご主人のアオイがそうぼやく。ハロウィンは、数日前の祭りじゃなかったのだろうか……人間はよくわからねぇな?
しかし、人間の事はわからないが、この女はわかりやすくてとてもいい。
『はぁ……アクスウェル君。もうちょっとこうしていていい?』
そう、サマヨールのクラインだ。
『もちろん構わないぞ』
何でも、こいつはこの時期になると発情期を迎えるらしく、平たい話が交尾したい気分になると言う。そのおかげなのか、こいつは異様なほどに擦り寄って、俺のたくましい体に自分の匂いをつけようと必死だ。
オノノクスの俺とサマヨールのこいつとでは交尾しても子供ができないと言うのは本能的にわかるのだが……主人はむしろその組み合わせになるように、俺達を二人入れるボールの中に収納した。何でも、これ以上サマヨールの数が増えると、群れを維持するのに支障をきたすとかどうとか。人間の事情はよくわからないが、取りあえずそういうことらしい。群れの数を維持できないのは困るので、俺も子作りはしないことにする。
このボール、外からも中の様子を確認できるらしく、主人に監視されているのが気に喰わないが……まぁ、二人一緒に入るということで、喧嘩しないかとか色々と心配なのだろう。だが、クラインは別に攻撃的なわけでもないし、俺だって暴力はそんなに好きじゃない。
そこまで心配することもないんじゃないかなと思うのだが……まぁ、人間はよくわからない。もしかしたら交尾を見たことが無いから好奇心でそれを覗こうとしているのかもしれないし……まぁ、気にすることはないか。
ともかく、クラインは抱きついて頬を寄せてきたり、大きな手で俺の腹を誘ってきたりと、誘惑に忙しい。物足りないと思えるのは、彼女が初めてだからか、それとも俺とサマヨールがそれだけ好みも何もかも違うと言うことなのか、それはわからないが。
しかしまぁ、今よりもっと激しくなると言うことは期待してよいのだろう。ゴーストの時間、夜はまだまだ長いのだ。
『ねぇ、アクスウェルさん』
『ん、どうした?』
甘ったるい声を上げて、クラインは俺の腹を指でなぞる。
『素敵な体をしてはりますなぁ。足の筋肉、腕の筋肉、尻尾の筋肉、首の筋肉。どこも無駄がなくって』
『まあな。今でもキズナちゃん達と一緒に鍛えているからな。あの女、小さくて幼いくせにすごい強さだ。男だったらねじ伏せられるが、成長したら俺が力負けしそうだな』
『そうよねぇ、キズナちゃんは強くていい子で、大好きよ……でも、今のウチは女の子よりも、男の子な気分やわぁ……あぁ、アンタの子の素敵な体を呪ってみたい……こんなに素敵な体なら、さぞや素敵な鮮血が吹き出そうやなぁ』
『いやいやいや、困るからそれ』
突然この女は何を言い出すのやら。こいつ、危険人物だな。
『ええじゃないか、ウチもとっても痛いんやで? 一緒に痛みを共有しはったら、ウチらきっと死合わせやで?』
『いやいやいや、俺は痛いの嫌いだし!』
『そっかぁ。ウチは1人で痛いならともかく、2人で同じ痛みを共有すれば、なんだか同じ思いを共有できて幸せな気分なんやがなぁ』
ダメだこいつ、早く何とかしないと……
『あー……いや、そんなことよりもさぁ。痛みじゃなくって、もっと違う事を感じようぜ?』
『苦しみとか? なら、ウチとアンタで一緒に首を絞めあってみはる?』
『いやいやいやいやいやいや、クライン……苦痛から離れようぜ、な? もっとこう、男と女が2人揃った時ならではのこう、アレとか』
『あぁ、ヨノワールに進化していたら、お腹の中にずぶりずぶりと顔を埋めてみるのもいいんだけれど……ウチ、まだサマヨールやし』
『もうちょっとオノノクスの事も考えてぇぇぇ! 君はサマヨール、俺はオノノクスだから!』
クラインはおっとりしすぎていて、俺の言う事をいまいち理解してくれない。甘えてくる様子はとても可愛いのに、こんなに性格が残念でいいのか……はぁ。
『はぁ……ウチサマヨールやからよくわからへんのや。オノノクスはどんなのがいいの?』
『そ、そりゃあよぉ……こう』
俺はクラインをぎゅっと抱き上げ、顔の高さを合わせて舌なめずり。
『こんな風に、さ。俺からの愛情表現も受け取って欲しいな』
そんでもって、舌で彼女の体を舐める。クラインの匂いは、人間たちが着ている服のような味と匂い、そして土の匂いが混じっていて、アサヒやセイイチのような獣の匂いとはずいぶん違う印象だった。
◇
「ハロウィンが近くなると、発情期になる……とは聞いたものの」
「カズキにどんな会話をしているのか教えてもらって欲しいなー」
キズナ、今のこの状況を見てそれは、すごく危ない発言よ……。
「いや、私は正直聞いているだけで顔から火が出そうな予感がするので、遠慮したいかな、通訳は」
ボールの中で繰り広げられているオノノクスとサマヨールの痴話げんかを見物しながら思う。何を話しているのかはわからないが、やっぱりポケモンというのは人間と違うのだなと実感せざるを得ない。本来ポケモンは理性というものよりも、本能を優先して生きていく生物だ。
ポケモンは私の言うことには従うけれど、それは本能的、生理的欲求である食欲や身の安全を満たしてくれるからこそ従う価値があるとポケモンが判断しただけであり、彼や彼女らが従う道理なんてのも本当は薄いのだ。
だからこそ、ポケモンの不満を溜めてはいけない。ポケモンが主人に従う価値がなくなったと判断するのが素早く淡白なポケモンもいれば、情に厚くいつまでも見捨てないポケモンもいる。私のポケモンは後者よりのようだが、やっぱり不満をためてよいことはないと思うのだ。
不満を溜めないためには、本来はクラインをアクスウェルではなくサーナイトであり卵グループが不定形同士のコロモと交尾させてやるべきなのだろうが……やっぱり、今はまだ新しいヨマワルを求める時ではないと思う。
一番の問題は、コロモであった。アクスウェルとクラインをファミリーボールに収納した際は、モンスターボールから勝手に出てきたクラインがコロモを誘惑している時であった。同じタマゴグループと言うこともあり、その匂いや仕草に否が応にもコロモは反応せざるを得ず、それに相手を不快にさせることは苦手な種族であることも相まって、彼は為すがままにクラインの誘惑を受け入れていた。
それが今日の午前2時ごろのこと。和樹くんが言っていた通り、交尾を禁じるのは躾も出来ないような事柄で、今までしつけなどしてこなかった。だから、クラインの行動は本能に素直に従っただけ。コロモもまんざらでもないため、本来なら誰に迷惑をかけているわけでもないので叱る事も出来ず、私は理由を上手く説明する事も出来ないままに二人を引き剥がすしかなかった。
クラインはアクスウェルに相手をしてもらうことで何とか収まりはつきそうだったが、可哀想なのがコロモだ。お預けを喰らってしまった彼は、男としてさぞかし欲求不満だろう。収まりがつくだろうか?
「出ておいで、コロモ」
一時的にボールの中に避難してもらったコロモを、ボールから出す。車椅子に乗るのも億劫なので、この数分間ずっとベッドの中で寝転がっているままなのが結構わずらわしい。
「あちゃー……」
キズナが思わずまずいと思うコロモの表情は、まずかなり落胆したガッカリ感の漂う表情と、それを彩るため息、体育座り。コロモ(というかサーナイト全体でも)の体育座りなんて初めて見た……。
「あぁ、ゴメン……コロモ」
「謝っても解決しねーぞねーちゃん? こうなったらもう、やることは一つじゃねーのか?」
「一つっていわれても一体どこでやれば……家でやったら最悪家族会議よ」
「俺は、夜中にこっそり窓から抜け出しているけれどなー……一階だから、ねーちゃんでも足が健常なら不可能じゃないけれど……」
「家を抜け出してポケモンと秘め事とか、足が健常でもとんでもねえわ……ってか、それだとあんた裸足でしょ。というか、その言い方だとあんたは二階でも飛び降り……は、あなたなら大丈夫か。ともかく、二階だったら部屋に戻れるの?」
やはりキズナはキズナだ。こういうところで自重しない変人性が顔を出すのだ。
「そんなことはいいだろ? なぁ、コロモ……機嫌直せ。ねーちゃんだって悪気があるわけじゃないんだ……」
「あ、そうだった……『ごめん』、コロモ」
手話交じりにコロモに言うと、コロモは恨めしそうな目をこっちに向ける。
「『大丈夫』『気にしない』」
「いや、気にしているでしょコロモ……据え膳下げられたわけだし」
「そう思うなら、やることやってやれよ、ねーちゃん……」
いやいやいやいや、やることって……どうやれと。キズナがやっているところを見ておけばよかったのかな。ふと時計を見ると、もう2時24分……もう寝たい。
「ほら、まずはキスをして……」
「あぁ、うん……えぇぇ!? キス!?」
驚いてキズナの方を見ると、キズナは真顔だ。つまり、まじめにやれと言うことか。
「なんだよ、コロモとキスするなんていつもやってるだろ?」
まぁ、確かにコロモとのキスの経験はないわけじゃないけれど、うん……まずはキスね、うん。
「えっと、じゃあコロモ……」
キズナに凝視されているし。見られながら舌事もあるけれど、さすがに凝視はなぁ……
「あぁ、もちろん普通のキスじゃなくって、舌を入れて濃厚にな」
「う……うん」
もう、なるようになれとしか。体育座りの最中のコロモに這って近づき、肩を掴んで這い上がる。
「ごめん、コロモ……今は取りあえずこれで……」
コロモの髪を指で払い、あらわになった唇を舌でそっと持ち上げ、首に手を当てコロモの顔を寄せる。最初こそ驚いた顔をしていたものの、以外にもコロモは大人しく口付けを受け入れ、強引にするまでもなく顎を開いて中への進入を歓迎する。
かなり緊張しているのか、コロモの舌はガチガチに固まっており、なんだかこっちが悪い気分になってくるような。ただ、歯磨きをきちんと教え込んだおかげか匂いなども悪くなく、口の中一杯に幸せが広がっていくような気分になるので調子に乗ってずっとやってみる。
目を閉じて、呼吸や鼓動を感じながらやってみると、興奮しながらもどこか落ち着いて達観したような不思議な感覚に包まれる。調子に乗って押し倒して、互いに横向きに向かい合わせながら脇に腕を挟みこみ。肌寒くなってきた空気を忘れさせるように体温を与え合って、いつまでも二人で口の中を揉み解した。
「ねーちゃん……キスに夢中になるのはいいけれど、もう2時45分……20分くらいやってるよ? もう寝たらどう?」
「え、あ……」
周囲の音が気にならないほど夢中になっていたが、気付けば時間は2時45分。
「コ、コロモ……満足した?」
当のコロモはといえば、目がうつろになっており、すっかりとろけきっているようだ。
「ねーちゃん、テクニシャンだな。俺にもキスしてくれよ」
「そ、そうなのかなぁ? ってか、弟とそんなキスする姉なんていねーから!」
「じゃあ、今だけ妹だと思ってよ」
「都合のいい時だけ女ぶるな、キズナ!!」
あぁ、もう! キズナのやつはこんな深夜に爆弾あhつげんしないで欲しいものだ。衣の方に視線を戻すと、コロモの口はまだ物欲しそうに半開き。舌も外気に触れるか触れないかの所で、先端が中空を漂っている。
「ま、まぁ……満足したみたいだし……」
「いや、していないと思うような気がするけれど……なんでもない」
キズナは明らかにコロモの下半身の方を見て何かを言いかける。いや、言いたいことはわかる……サーナイト特有の保温膜の下、男の子の証が……。さすがに妹の前でそこまでやる度胸は……ない。
しかし、どうしよう。クラインのほうはアクスウェルと楽しくやってもらえばいいとして、キズナが言うようにコロモが満足していないと言うのであれば……結局、満足するまでやらなきゃダメってことよね。
「カズキ君に相談してみるかな……明日の……というか今日の放課後」
「それがいいんじゃないのか? あいつ、育て屋としてどんどん一人前になっていく、アドバイスの一つや二つもらえるだろう」
はぁ……なんだろう。コロモが喜んでくれるのはとっても嬉しいし、なんだか途中からキスに夢中になるくらいには……興奮していたのに、なんだか気が重い。大好きなコロモのためにやることなのに、どうしてこんなに気分が重いんだろう……。
いやまぁ、原因はわかりきっているんだけれどさ。私、このままじゃ本当に女として終わりそうな気がするからだよね……人間の女として。
◇
11月1日、放課後
学校にて、考えるのはポケモンの事ばかりであった、股間部分に謎の怪我を負っていたアクスウェルのこと(いや、クラインも怪我していたけれど何故にアクスウェルも?)。
昨夜のコロモのこと、これからのコロモやクラインとの向き合い方などなど。やっぱり、かわいそうなどと思わずに、覚悟を決めて去勢したほうがいいのかなどと、そんなことも考えた。他には、そういうストレスに対応できるように、繁殖しないように薬物投与されたメタモンをレンタルできるサービスもあるそうだけれど……
「と、いうわけでね……」
「あー……メタモンねぇ、貸してあげてもいいけれど、1日約これくらいで……」
カズキは、慣れた手つきで携帯電話のブックマークから、この育て屋の情報を閲覧する。
「3日借りるとお得だけれど、どっちにしろ払える額……ではあるけれど、お金きついんじゃない? スバルさんに頼めば、知り合いだし安くしてもらえるかもしれないけれど……中学生のお小遣いじゃきついよね?」
「3日借りると小遣い、3か月分ね……」
「うん。たった数日のために、それだけの料金を取るのは……大人ならともかく、中学生のアオイさんには厳しいんじゃないかなと……小学生の俺が言えた義理ではないけれどさ」
カズキくんに、メタモンレンタルの相談を持ちかけると、そんな値段を提示される。確かに、スバルさんに頼めば割引してもらえるかもしれないが、そんな虫のいい頼みをするわけにはいかない。
「いいわよ、その義理についてはどうでも。はぁ……」
「アオイさん諦めたら? 腹を括って、真正面からポケモンの相手をしてあげるのも一つの手だよ」
「ところでカズキ君は……どうやってそういうのを処理しているの?」
「雄の方は、野生のポケモンとね……。雌の方は、トリはまだ子供だからともかくとして、イッカクのほうも取りあえず野生のポケモンと……ミロクはね、どうしようか悩んでる。俺が頑張るしかないのかなぁ……」
「いやいやいやいや、イッカクはメスのヘラクロスでしょ? 野生のポケモンとやらせても、タマゴが生まれちゃうのは変わらないでしょ?」
「うん、でも、ヘラクロスの産卵はタマゴを地面に埋めてそれで終わりだから……だから、問題ないよ? 野生だと小さいタマゴを20とか30産むみたいなんだけれど、飼育下だと1個か2個になって、数がすごく少なくなるんだって。その分、卵自体がすごく大きくなるけれどね」
「虫タイプ恐るべし……」
カズキ君のまさかの回答に、私は大きなため息をついた。そんな手で済むならそうしたいよ、私も。けれど、サーナイトはこのへんには存在しないから、万一のことがあって生態系を乱すわけにもいかないし……
「ただ、この方法は、俺がそれらのポケモンを現地で捕まえたから出来るってわけで……例えばトリ。俺のバルジーナなんかは、俺がこの周囲で捕まえたわけじゃないから、そういうことは出来ないわけ。生態系の問題とか色々あるからね」
「わかってる……サーナイトはこの辺にいないから……そういうことはできないのよね」
「そういうことだね。ミロクも、イーブイをすぐに進化させちゃっただけで、まだ体は完全に大人になりきっていないからまだだけれど、いずれは発情期も来るだろうからなー……俺の方も色々考えておかなくっちゃ。後尾やその真似事を見ても……吐かないように頑張れるのかどうか」
「吐く? そんなに……ポケモンの交尾を見るのは苦手?」
「まぁ、ね……というか、人間の交尾が苦手、かな。いやほら、俺の場合、子供の時から母親が男を連れ込んでは、そういうことしていたから。俺はずっと押入れの中に隠れていることしか許されなくってさ。
だから、嫌なの。もちろん、ポケモンが嫌いなわけじゃないんだけれどさ……でも、ポケモンであっても交尾を見ていると、どうしてもあの時のこと思い出しちゃうんだ。なんだかね……育て屋では、仕事内容によっては交尾なんて嫌でも目に入るし、それを覗くのが好きな職員さんだっているのに、俺にはそれが出来ない……情けないことだよ……」
「そう……なんだ」
私が、哀れむような。可哀想という感情を顔に出すと、カズキは力なく笑う。
「アオイさん。今の自分の下半身を見て、可哀想って顔をして欲しい?」
カズキ、君が唐突に変な話を切り出す。
「え、いや……」
いきなりカズキ君は何を言うのか、そんなの答えは決まっているというのに。
「いや、変に可哀想って思われると、逆にうざったい……かな?」
「じゃあ、大丈夫。俺も同じ。このトラウマ……っていうのかな?? この苦い思い出とは、きちんと向き合っていくつもりだよ。向き合ってどうにもならなかったら、その時はその時、キズナと一緒にでも考えるから。だからさ、そんなかわいそうって同情するような顔はよしてよ。
余計に惨めな気分になるから」
「あ、ごめん……」
思わず詫びの声が漏れると、カズキ君は笑う。
「大丈夫。そんなに気にしていないよ」
そういわれると、さらにまた『ごめん』と言ってしまいそうなので、私は一度深呼吸を挟む。
「ところで、さ。ちょっとウチの子が不可解な怪我をしちゃったんだけれど、カズキ君……見てもらえるかしら?」
「不可解な怪我?」
「うん……アクスウェル、出ておいで!!」
そう、不可解な怪我をしたのはアクスウェル。彼は総排出孔から、まるで生理の時のように出血していて、歩くのも痛そうにしていたのだ。傷薬を塗る時は歯を食いしばって我慢していたが、正直痛みで我を失って襲われるのではないかとひやひやしたものだ。
どうやら昨日は、タマゴグループが違うと言うのにきっちりとクラインと交尾していたらしく……処女を破られる時は雌から血が出るというのは男子の下品な会話から聞いたことがあるものの、同じことが雄にも起こるなんていうのは聞いたことが無い。
「あぁ、なるほど……これはあれだね、痛み分け」
「いやいやいや、バトルならばともかく何で交尾で痛み分けをしなきゃならんのよ」
「あぁ、それはサマヨールの性質のせいなんだけれどね。子供を生むからには、ポケモンとしては強い子を産みたいわけ……で、強いポケモンかどうかを決める基準っていうのは例えば……アクスウェルと同じオノノクスなんかはこの立派な斧歯だよね?」
カズキ君は、アクスウェルを見上げながら斧歯に手を伸ばして撫でる。うっとうしいのか。男に触られるのはは嫌なのかアクスウェルは顔を逸らして抵抗した。
「そのほかにも、角の大きさとか、顎の大きさとか、相撲の強さとかで雄の価値を計るポケモンがいるわけだけれど、サマヨールはほら、丈夫な上に痛み分け、道連れ、呪いって感じで、自分がダメージを貰う事を前提で使う技が多いでしょう?」
「じゃあ、そういう技を使える男がいい男って訳?」
「うん。具体的に言うと、痛みに対しての耐性が高い男が、サマヨールにとっては魅力的に感じるんだね。だから、サマヨールの雌なんかはよく、呪うのが好きな子が多いんだ……特に、呪っても気丈に耐えてくれる雄に対しては、非常に好感を抱くんだよね。
サーナイトも、命がけで主人を守る性質があるし、道連れなんかを使える個体もいるから……ある意味サマヨールとお似合いと言えばそうなんだけれど……おっと、ちょっと話がそれちゃったね。それでもって、サマヨールって雄の生殖器のサイズのわりに、雌の生殖器が小さいんだよね。
だから、交尾するとほぼ確実に雌の膣口が裂けたりとか、そういう怪我をするんだけれど、むしろそれで恍惚とするのがサマヨールだし、オノノクスはサマヨールのオスよりも、体格も生殖器もずっと大きいわけで……その状態で痛み分けをされたんだと思う。まぁ、サマヨールの本能的なものなんだろうけれど、俺はやられたくないなぁ……」
「痛そう……」
クライン、呪うのが好きな子だと思っていたけれど、なるほど……そういうことだったの。
「世の中、味や匂いに好き嫌いがあるように、痛みにも好き嫌いがあるってことなんだよね……」
しみじみとカズキ君が言う。いやほんとう、クラインはとんでもない子ね……今度は痛み分けを使わないように何か注意しておいた方がいいのかな。
「アクスウェルも災難だったね。でも、それだけの痛みに耐えられるなら、クラインはサマヨールとしてきっといいお嫁さんになるよ、いてっ!!」
カズキ君が、頭をアクスウェルに叩かれた。手加減はきちんと出来ているみたいだけれど、アクスウェルが自発的に暴力を振るうとは珍しい。
「『うるせぇ、馬鹿野郎』だって……へへへ、怒られちゃった」
「はは……そりゃ、怒るわよね。あんな怪我をさせた相手が褒められていたら」
これには、私も苦笑するしかないわね。
「まぁ、とりあえず……お金を掛けるわけにはいかないんだし、普通にやってしまうわけでしょ? 怪我とかしないように気をつけてね」
「覚悟決めるしかないっぽいし……ね」
私の発言に、カズキ君は大丈夫だよとばかりに笑う。
「サーナイトはそこまで変な性癖じゃないと思うから、適当にやっておけば大丈夫だよ。サーナイトは、主人の嫌がることは絶対にやらないし。多分」
「う、うん……多分は余計だ」
「ポケモンと暮らすって言うのはそういうこと。頑張って、アオイさん」
結局、こうなるのか……はぁ。
「しょうがない……腹を括るか」
結局、私は人気のない夜の公園でコロモの相手をすることに。汚れたら水道があるし、かくれんぼが出来る程度には植え込みなどの陰もあるから、誰かに見られると言うこともあるまい。多分。
ホワイトフォレストゆえに、野生のポケモンが寄ってくる可能性も無きにしも非ずだから、その時は皆に頑張ってもらおう。コシはあまり頼りにならないが、アクスウェルもクラインもコロモも、野生のポケモンに負けるほど弱くはないし。
コシはすでにボールの中に入ってもらい、私はロトムのいない電動車椅子を走らせて、公園内のトイレへ。
「コロモ、『お願い』」
私は手話を交えてコロモに頼んで持ち上げてもらって、トイレの一室で隠れて事に及ぶことにした。
もちろん、本番はやらず、教科書どおりに性欲を解消してあげるだけの、最低限の行為であった。それでも、なれない私はものすごく疲れたし、誰かに見られやしないかと、非常にひやひやした。
事を終えて、汚れたところをきちんと水道で洗い、匂いも私の鼻では感じられなくなったが……まぁ、人間にはバレるまい。カズキくんは鼻がいいからわかるかもしれないけれど、あの子にならばれても問題ないだろう。
しかし、匂いは消え去ったけれどコロモの生殖器を握った時の不思議な感覚、熱、匂いがまだ忘れられない。
全部を不快だと思えればまだ女の子としての尊厳を保てると思ったんだけれど……どうにも、どれも嫌いになれない自分が、なんだかものすごくむず痒いし、すごく悪い事をしている気分になる。昨晩のキスだってそうだ……あの感覚を思い出しては、口元が寂しくなったりするし、もう一回してみたいとか思ってしまう。
私、変なのかな……。
「あ、コロモ……」
不安な気分になっていると、後ろからそっとコロモが抱きしめてくれる。もう11月……日が沈んだ今の時間だし、寒いのでこうして抱きしめてくれるのはとても助かるのだけれど。
「優しく……しないで欲しいな」
コロモには聞こえたのかどうかわからないし、私が口に出した言葉もきっと本心ではない。優しくされると、これ以上コロモを好きになってしまいそうだし、これ以上好きになったら、さらに一線を越えてしまいそうな気がする。そして、私は心の奥底でそれを望んでいる。いけないことなのに。
それだけは、なんとしても越えてはならないと、誰かに止めて欲しい。誰かに、『お前はおかしい』って言ってもらったほうがいいのだろうか。だけれど、打ち明ける勇気が持てるような人は……いるか。
キズナも、カズキも、スバルさんも。多分、いい意味で変わり者のあの人達なら話しても大丈夫だ。