BCローテーションバトル奮闘記





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第二章:成長編
第四十九話:バッジ7個分
 キズナとギーマさん。カナとスバルさんの戦いを見ていたが……相変わらず、母さんは容赦がないし、ギーマさんも今日はほとんど本気で挑んできている。えげつないなぁ……オリザさんは手加減してくれるだろうか?
「二人とも、大人気ないですね」
 あ、今オリザさんがいい事を言った。
「酷いなぁ、オリザさん。私は手加減しているじゃないか?」
 ギーマさん、あの手持ちで手加減と言うのなら、辞書を引く事をお勧めします。
「何を言っている、炎タイプで完封できるほど楽勝なへんたいではないか」
 母さん、それは編隊なのか変態なのか。あきれ返るオリザさんだけれど、その表情はミノタウロスの覆面に隠されて見えない。しかし、みんな本当にハロウィン満喫しているなぁ。そんなオリザさんに、ヴァンパイアのギーマさんと草のお化けなスバルさんは毅然と反論する。なかなかシュールな光景だな……。
「それは編隊なのだか変態なのだか……」
 頭が痛そうにミノタウロス被り物を押さえる。俺と同じツッコミとはオリザさん、今回ばかりは気が合うようだ。
「ともかく、今度は私達の戦いですね、カズキ君」
「あ、はい」
 そう、次は……俺。二人ともかなり大人気ない編成で挑んでいたけれど、オリザさんはジムリーダーだし、手加減もきちんとできる……のだろうか?
「私は、一応ジムリーダーですので、相手のレベルに合わせて相手をすることが求められますから、多分あれほど一方的な戦いにはならないと思いますが……」
「人聞きの悪い……私なんて愛しのアイアントが4匹中2匹もやられたと言うのに……」
「ねー。私もノクタスがやられたと言うのに、手加減していないだなんて酷いなぁ」
 母さんとギーマさんがぼやく。
「白々しい……」
 と、キズナが漏らす。いやほんとう、母さんが白々しいのはいつものことだけれど、本当にギーマさんに似ちゃったんだねぇ。
「私はこんなこともあろうかとフラッターを持ってきていますので」
「フラッターって、ジム戦とかバトルフロンティアでポケモンのレベルを調整する装置ですよね……?」
 カナさんが尋ねる。
「はい、こんなこともあろうかと」
 オリザさんはそれに対して笑顔で答えた。
「準備……いいですね……」
 と、カナさんが苦笑する。
「本職は忍者ですので」
 ……説明になっているようないないような事をオリザさんは言う。
「さすが師匠! 光矢院流の師範だな」
 それ関係あるのかな、キズナ……。
「ともかく、フラッターは効き始めるのに時間がかかりますが、もうすでに準備は整っておりますので、私としてはカズキさんが望むならばいつでも開始出来ます」
「あ、それなら俺ももう準備万端で、ポケモン達もスタンバイOKです」
「そうですか、では……互いの健闘を祈りましょう!」
 オリザさんはそう言って、2メートルを越す巨体から握手を求めてきた。俺はそれに応えると、なんだか自分が小さい頃に戻ったかのような錯覚を受ける。スバルさんやキズナも女性の手とは思えないぐらいにゴツゴツしているが、さすがにこの人は格が違った。髪も白髪で、ケッキングの特性が怠けじゃなくなったような人だからなぁ、この拳に殴られたら生きてはいられなそうだ。
 岩石のような、と言う表現が的確だ。
「スバルさんから、よく自慢されます。貴方とそのポケモンの成長スピードは素晴らしいと。以前話したときはバッジ6つレベルほどの強さだった、スバルさんからと伺いましたので……今日は、大体バッジ7つ分の戦力でお相手しますね」
「え、あ、はい……」
 そんなに強いポケモン達を仕掛けられて……大丈夫かな。

「では、スバルさん、審判をお願いできますでしょうか?」
「構わんぞ。息子と彼氏の戦い、特等席で見物させてもらおうか」
 母さんが審判か。頑張らないと……というか、今母さんが俺の事を息子って言ってくれた。嬉しい!
「おっしゃー、カズキ頑張れよ!!」
「やれるだけやるよ、キズナ!」
 キズナからの声援、嬉しいことだ。
 俺とオリザさんはバトルフィールドの両脇に立ち、三つのボールを構える。オリザさんはスバルさんと違って、きっちりとミノタウロスの覆面をはずして対戦に挑むようだ。
 俺は、取りあえずルカリオの存在を危険視して、それに対応できるヘラクロスのイッカクを入れる。飛行タイプの攻撃が怖いが、ツバメ返しやアクロバットを使えるポケモンはそう多くないし問題ないだろう。
 そして、エースであるストライクのゼロ。草以外には概ね万能なガマゲロゲのサミダレ。最後に、雨状態でなら活躍できるサンダースのミロク。相手は格闘タイプが多いのだから、バルチャイのトリを入れるのも考えたが、やはり未進化であること、格闘タイプが飛行対策に岩タイプの攻撃をよく入れている事を考えると、警戒はした方がいいだろう。
「それでは私、スバルが審判を務めさせていただきます。勝負形式はローテーションバトル。交代は体の一部をタッチすることにより認められ、一度交代すると、10秒以内の交代及び交換は認められません。人数は4対4、ポケモンは個別に棄権させることが出来、4体すべてが棄権もしくは戦闘不能になった場合決着といたします。
 また、場に出すポケモンは3体まで。4体目は、控えとしてボールの中へ待機していただきます。交換は、待機中のポケモンとのみ行えます。両者、よろしいですね?」
「問題ありません」
「大丈夫だよ、母さん」
「では、両者ポケモンを出してください」
 俺は早速ポケモンを繰り出す。イッカクはボールの中に待機させ、こちらは雨状態で戦う事をアピールするようにサミダレとミロクを見せ付ける。うちのパーティは雨状態で何らかのアドバンテージを受けるポケモンも多く、また格闘タイプには炎タイプを兼ねているポケモンが多い事も考えれば、この選択は間違っていないはず。
 オリザさんのポケモンは、エスパー対策のズルズキンのシズルちゃん……俺エスパータイプ持っていないけれど。そしてフライゴン……確かデートの時にフライゴンに乗っているって母さんが言ってたっけ? あの子はストーンエッジを飛行タイプに当てる練習のためのポケモンでもあるとかどうとか。そしてもう1人が……マタドガス……? 格闘タイプがまさか1匹とは予想外だ。
「もともと、本職は忍者なので、格闘タイプ以外のポケモンもいますよ、はい」
 こちらの考えを見透かしたようにオリザさんは言う。マタドガスを何に使うつもりかはわからないけれど、格闘タイプと同じくエスパーが苦手であるにもかかわらずあんな子を入れているということは、それなりの意味があるのだろう。
 この場合、浮遊のマタドガスを打ち落としたいところだけれど、それが出来るのはイッカクだけ。そもそも誰を最初に出してくるかわからないし……誰が来ても対策出来るやつのほうがいいとなると、フライゴンが来るときついイッカクとサミダレは出さない方が無難かな?
「ゼロ、お前だ。素早さでかき回してやれ」
「シズル、行くんだ。おや……あの子か。あの子は素早いらしいから気をつけろ」
 どうやら、オリザさんにもゼロの情報は伝わっているらしい。こちらもオリザさんの手持ちはネットとかで公開されている限りでは知っているから、マタドガス以外は想定内だったわけだけれど……ともかく、ゼロには細かい指示は不用。
「ゼロ、相手は強いぞ!! 岩タイプの攻撃には本当に気をつけろよ」
 と、月並みな注意を促せば、ゼロはシャーッと鋭い鳴き声を上げて応える。どうやら、『なんとなくそんな気はしている』と言っているような気がする。

「シズル。技は任せる……岩が弱点だから、それで沈めろ」
 相手は定石どおり岩タイプで来るようだ。ズルズキンと言えば諸刃の頭突き、ストーンエッジなどあるが、さて何で来るのやら? シズルが持っているアイテムは……えーと、オボンの実だろうか? ちらりと脇の方に目をやれば、キズナがセイイチを繰り出し、彼の母親であるシズルの戦いを見せている。セイイチは手や尻尾を振っていて可愛いが、見とれている場合ではなさそうだ。
 ゼロは相手に高速で駆け寄り、まずは神速のツバメ返し。首を薙いだそのカマの一撃をまずわざとはず……はずれなかった。
 彼女は、わざと一撃目をはずしてから、相手の攻撃を誘うはずのツバメ返しを、自分から受け止めに行く。ゼロが行うツバメ返し、あれは最初の一撃が袈裟懸けに斜め下へ振り下ろす技なので攻撃力が高そうに見えるが、体重が乗っていないために存外攻撃力は低い。
 肉を切らせて骨を絶つつもりだろう、肘の硬い部分でカマを受け止めたシズルは、そのままゼロの懐に頭突きを――
「危ねぇ……」
 それを紙一重で体をよじり、ゼロは避ける。避けた拍子に転んでしまったが、しうるの追撃が来る前に立ち上がり、再び構える。この間約8秒……次の攻防が終わったら、一度ゼロを退避させるか。
「翼で打て」
「カウンター!!」
 次の攻防では、ほぼ同時に声が上がる。シズルは腕を構えて防御の姿勢をとり、ゼロの攻撃に備える。
 ゼロは身を低くして、カマを地面につけてクラウチングスタートからの全力でダッシュ。羽ばたき一回を経て、相手の懐へすれ違いざまに翅を叩き込みにかかる。ゼロはシズルから見て左側から攻めたて、構えられた腕と同じくらいの高さに羽の高さをあわせる。シズルは体を左に傾けつつ、右上腕でカマを受けつつ、左手の掌底で敵のゼロの腹を狙う。
「ゼロッ!?」
 すれ違った途端、ゼロが転んだ。まただ……ゼロはあんなに転ぶような奴じゃないのに。すぐに起き上がったものの、シズルが相手だとそれだけ無茶な動きをしないと対応できない攻撃ってことか。だけれど、1ヶ月と10日くらい前にギーマさんのポケモンと戦った時は、よけることすら出来なかった事を考えれば、ずいぶん成長したと考えるべきか。

「ゼロ、退避してサミダレに交代」
「シズル、龍の舞い」
 ゼロのスタミナはもはや限界だろう。ほとんどダメージを貰わなかったが、あの時のシズルのカウンターは微妙にかすっていたらしい。退避する間に、わずかだが腹を気にしていた。
 シズルはオリザさんからの命令どおり、龍の舞の呼吸法に入る。特殊な呼吸法により、瞬発力と膂力を高める技だそうなのだが、人間でありながらスバルさんやオリザさんも似たようなのを使えるらしい……どうでもいいことだけれど。というか、実際に実演指導していた。
 本当にどうでもいいけれどギーマさんも出来るのかな……?
「サミダレは交代次第雨乞いをするんだ」
「やり方は任せる、ぶっ飛ばせシズル!」
 シズルが龍の舞を終える前にゼロはこちらへたどり着き、サミダレとタッチ、サミダレが雨乞いをする。
 ゆっくりと歩きながら呼吸を整えていたシズルは、サミダレが雨乞いを始めている間に龍の舞の呼吸法をやり終えて、地面を蹴る。
 まずはシズルが挨拶代わりの猫騙し、相手をひるませることは出来たが、しかしもう雨乞いは終わっている。その勢いのままに、シズルは飛び膝蹴り。
 相手の顔を掴んでの飛び膝蹴りはさすがにリスクが高く、またぬめっているサミダレの体には難しいのだろう。サミダレは腕を前に突き出し、シズルの飛び膝蹴りの威力を殺す。殺しきれずに、胸へ膝が叩き込まれるが、ダメージは浅い。

「水で攻めろ」
「粘れ!!」
 シズルが着地してからの切り返しは、やはりサミダレのほうが圧倒的に早かった。雨水を得てサミダレの水技は圧倒的に強さと速さを増し、大量の熱湯をシズルにかぶらせる。シズルはドレインパンチのつもりだろう、抜き手をサミダレに叩き込まんとするが、その手が届く前に踏ん張りきれず足が滑って尻餅をつく。それでもうほとんど限界だった。
 シズルが首に下げていた乾燥した木の実を食べながら起き上がる前に、サミダレは大地の力を発動、ジャンプして避ける事も威力を世編める事も出来ず、シズルは見事に打ち上げられて、そのまま地面に落ちて転がった。
「なんと……」
「ズルズキン、戦闘不能。オリザさんは控えのポケモンを出してください」
 よし、いい調子……これがバッジ7個分の強さ……俺、そんなに強くなっていたのかな?
「ふむ、いいでしょう。こちらも、それなりのポケモンを出させていただきます……」
 どうやら、本気と言うわけでもないのだろうか、オリザさんの発言が不穏だ。そもそも、あれでもシズルはフラッターで弱体化しているんだよなぁ。天井が遠い世界だ。
沙良(サラ)相手をしてやれ。クイナは待機」
 そう言って、オリザさんはフライゴンをバトルフィールドに出し、ルカリオを控えとしてボールから出し、待機させる。クイナ君、またゴツゴツメット装備してるよ……よっぽどインファイトが好きなんだな。
「フライゴンか……地面技が通じないとはいえ、サミダレならば相性は悪くないが……」
 それにしても、ゼロがあの子を見る目がおかしい。どうやらゼロには同じタマゴグループ同士サラが美人に写っているのだろうな……。また口を開けば『食われたいなぁ』とか言い出すに決まってる。
「よし、サミダレ。そのままいくんだ。まずは凍える風!!」
「羽ばたいて相手の攻撃を押し返して耐えろ、そして活路を見出せ」
 この雨の中、濡れた体で凍える風を食らえば無事じゃすまないはず……だった。しかし、オリザさんはそれを見越してか、悪戯に時間を消費させて雨の時間を終わらせようと言うことらしい。サミダレには、湿った岩を持たせているから雨は長く続くが、いつまで持つことか。
 とにかく、こっちとしても相手を倒すためには手段を選んでいられない。サラの羽ばたきに負けない勢いで凍える風を打ち込まなければ……いや、無理か? 追い風をまとって、彼女は凍える風を押し返し、そのおかげでほとんどダメージを受けていない。
 その上、彼女の装備はどうやらヤチェの実らしい。凍える風を受けながら、首にかけられたドライフルーツが光を放って次々消えていっている。でも、続けるしかないか……サラは凍える風を耐えながらサミダレのスタミナ減少を狙い、息切れして口から吐き続けていた凍える風が途切れたその瞬間のことだ。
 前方に風を送ることで後ろに倒れないように踏ん張っていたサラは、ひときわ大きく羽ばたいたかと思うと、波導で作られた仮初の砂を巻き上げる。
「砂地獄か……熱湯で攻撃!!」
 と、俺が指示を出す前に、サラは大きく羽ばたいてバックステップ。いつでも控えのメンバーに交代できるところまで下がり、サミダレの攻撃も避けやすい位置へ。サミダレは砂の竜巻にまとわりつかれて動くに動けず、熱湯を出しても遠くてあたらない。このままじゃ交代も出来ないし、相手に何かをする隙を与えてしまう……となれば。

「審判、サミダレは棄権させます」
 このまま時間を稼がせるよりも、サミダレは棄権させ捨て駒にした方がよさそうだ。このまま放っておいてもよい影響はなさそうだし。しかし、地面タイプを兼ねる格闘タイプで、輸入が解禁されているポケモンはいないから、ミロクが活躍できると思っていた自分は浅はかだったかな。相手が地面タイプでは、サンダースのミロクがこのままじゃ活躍できそうにない。
「ガマゲロゲ、棄権により退場ですね。それではカズキさん、新しいポケモンを出してください」
「頑張れイッカク、そんでもって行くんだゼロ!!」
 母さんのコールが終わる前に俺はイッカクを出し、ゼロをけしかけ、ゼロが走っている間にボールの中にサミダレをしまいこむ。彼を覆っていた砂の竜巻は、まだ残っていたがいずれ消滅するだろう。
 さて、ゼロだが……彼は、可愛い女の子を見かけると、必ずと言っていいほど『喰われたい』などと不穏な発言をするのだが、それでも戦う相手に対しては全力で向かって敬意を示している。だから、恐らくはサラが相手でもきちんと手加減も油断もせずに戦ってくれるだろう。

 ゼロの電光石火のとび蹴り。風を纏ったサラはそれを体をよじって避けつつ、ゼロに向き直ってドラゴンクロー。左手で放たれたそれを、ゼロは体を沈めつつ左カマでいなし、龍の爪は頭上を通り過ぎた。ゼロは沈めた体の体勢を生かして、クラウチングスタート気味に体当たり。頭と肩でぶつかり、フライゴンの豊満な腹に衝撃を与えると、反撃を受ける前に体当たりの反動で離脱。牽制のためにカマを一振りして、掴みかかろうとするサラの攻撃をやり過ごした。
 再び相対したところで、今度はずいぶんと大降りにサラのドラゴンクロー。ゼロはそれを上体を後ろに傾けてやり過ごすが、サラは矢継ぎ早に翅による攻撃。ゼロはそれをカマで防御して見せるが、さらにそこから尻尾による攻撃ゼロの足元を刈り取った。
 足払いのようなその一撃は、さすがにドラゴンクロー、鋼の翼、ドラゴンテールと言う無茶な連携のせいで体重も籠っておらず威力が落ちており、まともに当たったとはいえダメージはさほどでもなさそう、だが……ゼロが転んだ! 今日はなんだかよく転ばされるな……ゼロ。
 尻尾で足を刈り取ったサラは、その足でゼロを踏みつけようと一歩踏み出す。ギリギリでゼロは皿の股間を蹴り、その反動で後ろに宙返りしつつその足から逃れた。宙返りによるカマの峰打ちを用いた牽制も混ぜているから、サラは近づけなかった。

 一歩踏み込めなかったサラは、苦し紛れにストーンエッジを放つ。当然ながらそれを喰らうようなゼロではなく、さっと体をよじって避け、カマの切っ先を長い首に叩き込む。軽い一撃ゆえにその攻撃でサラに大ダメージを与えることはなかったが、当たり方は悪くはない。
「ゼロ、一旦休め!!」
 疲れてくる前にゼロを退避させ、次は……サラも、いくら翼で押し返したとはいえ、凍える風のダメージは甚大のはず。それに加えてゼロのカマによる攻撃でもう体はボロボロだし……気付けば雨も止んでいる。ミロクには雨乞いを覚えさせていないし、これではミロクの活躍は難しいだろうか……となれば。
「イッカク、頑張って来い!!」
「サラ、ショウキと交代」
 さて、今日はイッカクには火炎玉は持たせていない。だから、相手が何か状態異常技を放ってくれないことには、根性の特性を発動できないのだけれど……まぁ、それを差し引いても、ヘラクロスにわざわざ状態異常を誘発させる技を放つようなリスキーな真似は相手も避けたいだろう。
 ジムリーダーなら、知ってて敢えて麻痺や毒をまくかもしれないけれど、その時はその時だ。しかし、相手はマタドガスに交代したが……どう来るんだ? 相手が毒ガス使いと言うこともあるし、呼吸の管理については気をつけなきゃな。無呼吸運動を、イッカクがどこまで続けられることやら……
 相手もまさか毒々は使ってこないだろうが、さて……
「イッカク、まずは打ち落とせ!!」
 取りあえず、イッカクは地震も使えることだしこれが定石だろう。相手のマタドガス、ショウキという名前らしい彼ははふわふわ動いているかと思えば、ガスを噴射してその反作用で素早く動いては岩をかわす。サラが起こした追い風を受け継いでいるせいか、ものすごく速い。
 それによって、バトルフィールドには徐々に毒ガスが溜まっていくが……まぁ、この程度なら問題ないだろうか?
 じりじりと近寄ってきたショウキだが、バトルフィールドの半分くらいまできたところでショウキの動きが止まった。大きく膨れ上がって、おかげで容易にイッカクの岩が当たって撃ち落とされたのだが……なんだ? 気味が悪い……これは蓄えるって奴か?














「毒ガスだ!」
「イッカク、決めてしまえ!! 」
 オリザさんの言葉の後、イッカクの地震が決まる。だけれど……どうやら相手は一撃では落ちないようだ。しかし、相手はまだ大きくなってきて……まずいかな? いや、とにもかくにもイッカクにやらせられるのはこれしかない。
「息を止めてもう一度地震、終わったらすぐに退避するんだ!!」
「毒ガスを全部吐き出せ!!」
 オリザさんの指示は俺よりも一瞬だけ遅く、またイッカクの攻撃もショウキが毒を吐き始める前から繰り出され、地震は完全に決まった……のだが。ショウキの体からはダムが決壊したように毒ガスが流れ、バトルフィールドは毒ガスが充満してしまった。どうにかしないと……呼吸もまともに出来ないぞこれは。
「マタドガス、戦闘不能。オリザさんは新しいポケモンに交代してください」
イッカクを退避させておいてよかった……しかし、何というのか。このガスは目が痛くなるようなくしゃみが止まらなくなるような……吸ったら体に悪いじゃ済まなそうだ。
 待てよ、フライゴンには目にカバーがあるし、ルカリオは目をつむっていても戦えるぞ……。
「と、いうことは……」
 まずいな。もうショウキは倒れてしまったとはいえこの状況でまともに戦えるのか? 今はまだ、ゼロを休ませないといけないし……どうするか。イッカクは取りあえず、バトルフィールドの端っこ、ギリギリの所で待機してもらっている。彼女は翅で飛行できるため、より重い毒ガスから逃れるために、背中の翅を展開して空を飛んでいるが、空中戦を出来るほど上手くは飛べないので、フライゴンのサラのように、飛行が得意なポケモンが来たら交代しなければいけない。
「ミロク、お前捨石になってくれるか?」
「わぅっ!?」
 何それ怖い! と言われたような気がするが、気にせず続ける。
「勝てたら、いいもの食わせてやるから……だからお願いだ」
 そう言ってやると、ミロクはしぶしぶながら頷いてくれた。
 さて、俺の考えでは……如何にフライゴンであるサラが、毒ガスの中でも目を開けて戦うことが出来るといっても、長い時間息を止めて戦うのは難しかろう。そうなると、毒を吸い込んだくらいじゃなんて事のないルカリオ……クイナがでてくるはず。
 そして、電気タイプには近づけば目が見えなくとも放電と言う手段がある事を考えると、クイナも近距離で攻めるのは辛いという事になる。そうなればタイプ一致で放てる特殊技、波導弾が飛んでくるはず。万が一サラがでてきた時は、その時はその時だ。このままイッカクで行く。
「クイナ、お前が行け」
 よし、予想通り。ルカリオが出たぞ、
「ミロクと交代だ、イッカク。呼吸には気をつけろよ。目も薄目にするんだ……そんでもって……光の壁だ」
 最後は小声でそう命令する。まずは光の壁で一発耐える……捨て石になってしまうが、この際仕方あるまい。
 ミロクは、期待通り放たれた波導弾を光の壁で受けきる。ミロクは毒ガスのせいでもう目が開けられないし、息も出来ないようだ。こんな状態で、クイナの攻撃を受けきれるのかどうか……
 それどころか、まずいことが起こった。
「クイナ、剣の舞だ」
 波導弾ではまともにダメージを与えられないと判断したオリザさんは、きちんと積み技を行ってからミロクを討つ事に決めたらしい。やばいな……ミロクの紙耐久じゃ耐えられないだろう。
 そうなると、一矢報いるくらいが精々として……どうする。放電か、もしくは電磁波か?
「ボーンラッシュだ、お前のタイミングで決めろ」
 そして、オリザさんの命令が下される。いつだ、いつ来る? そんな事を考えているとミロクも息を止めることが限界になったらしく、咳き込んだ。その瞬間であった。足音も立てずにクイナがふわりと駆け出し、ミロクの肩口を波導で作られた骨で突く。
 倒れてしまったミロクの喉を、流れるような動きで軽く踏み潰し、睾丸に狙いを済ましてぴたりとボーンラッシュを止める。あんな事をやられて、まともな神経で戦闘を続行しようと言うポケモンがいるはずもなく……
「サンダース、戦意喪失。カズキ君は新しいポケモンに交代してください」
 と、こうなるしかない。そりゃ、睾丸は男の弱点だものなぁ……

「こうなったら……ゼロ、銀色の風!!」
 取りあえず、銀色の風なんて技じゃダメージなんて高が知れているが……ダメージの事は考えないことにして、風で毒ガスを吹き飛ばさないことにはどうしようもない。図らずもオリザさんの方までガスが飛んで、オリザさんのむき出しの眼球がガスにさらされたが……まぁ、自業自得ということで。ギーマさんみたいにゴーグルやガスマスクを持ってこなかったのが悪い。
 ともかく、オリザさんが指示を飛ばせない今が最大のチャンス。
「ゼロ、攻撃だ!!」
 先程までの素早い動きを見ていたせいか、クイナは神速を使わなければゼロの動きにはついていけないと判断したようで、素人には目で追うのも難しい攻防が展開される。
 クイナの左ジャブ、手の甲の棘がゼロの顎先を狙う。カマでそれをいなし、クイナの左側に回りこむ。そのままカマで斬りつけようとするが、クイナは肘打ち。それが外れれば裏打ち、その流れるような連続攻撃を避けたゼロは、リーチに勝るカマで相手のほほを薙ぐ。
 しかし、クイナは頭を傾けゴツゴツメットでそれを受け止める。運よくメットから飛び出しているとがった岩に当たらずに済んだが、少々カマが痛いようでゼロは顔をしかめ、反面クイナはノーダメージのようだ。
 ダメージを堪えたクイナはゼロの懐にもぐりこみ、敵が近すぎて攻撃できない距離まで迫る。まずは、頭突き。メットから突き出た岩にあたらないようにカマでそれを阻止。上体を起こされたゼロは、逆に下半身を突き出してすねをえぐるようにクイナの足を踏む。素早く足を引いてゼロはそれを避けるが、クイナはさらにバレットパンチ。ジャブのような威力とはいえ、ゼロの腹には見事にそれが叩き込まれて、クリーンヒット。そのままクイナは半歩踏み込んで近距離での体当たり。
 ゼロの懐に肩とひじを当てた後に、素早く首を傾け、ゴツゴツメットの岩をゼロの胴体に押し込み、ゴツゴツメットの棘を喰い込ませる。ゼロは痛みに負けて押し返す事も出来ずに、そして無理に逆らおうとせずに自分から尻餅をついてしまう。ダメージこそ少ないが、いきなりピンチだ。

「起き上がるな……ゼロ、そのまま」
 あくまで威力を殺すためにやむを得ず尻餅をついてでも逃げる事を選んだゼロは、すぐさま起き上がろうとするが、俺は起き上がらないように指示を飛ばす。母さんから聞いたことがある……クイナは倒れた相手への攻撃をする際は、尻餅をついた状態の相手には直接攻撃はしにくいと。尻餅をついた状態はオープンガードポジションという体勢に近いため、これに攻撃を加えるとしたら……ストーンエッジ、波導弾、ボーンラッシュと言った、直接攻撃でない手段でなければ無理だそうだ。だけれど、ゼロは飛行・虫タイプだから……ストーンエッジ以外は正直効果が薄いのだ。そして、その技ならゼロはこの体勢からでもかわせるだけの素早さがある。
「相手が攻撃するそぶりを見せたら、反撃に転じろ。クイナがストーンエッジを使うなら、お前の方が速い!!」
 俺の指示のせいで状況は膠着した。どちらも上手く動けない、と言うこの状況、むしろこの体勢で休んでスタミナを回復できるゼロには有利だが……。クイナはストーンエッジを使ってしまえばやられると判断したのか、雨乞いで濡れた地面を蹴って、ゼロに泥を掛ける。ゼロはカマを使って起き上がり、バックステップをかけながら起き上がってそれを避け、カマを薙いでクイナの追撃を牽制。その牽制を動かないことでやり過ごしたクイナが、右手の甲の棘を突き出してバレットパンチ。
 ゼロはフェンシングのごとくカマを突き出して、クイナの腹に左カマを差し込んでやる。カウンターで入った渾身の突きだ、あまりの痛みに顔をしかめるがクイナの特性は精神力。その程度の痛みでは止まらない。ゼロは差し込んだカマを手元に戻しつつ一瞬で切り返し、クイナの右腕を跳ね上げる。
 攻撃に使ったクイナの右手が浮き上がり、無防備になったクイナの顔には、次いでゼロの膝蹴りが叩き込まれ、さらに右カマによる渾身の振り下ろし。瓦割(膝で)と、ツバメ返しのダブルでクリーンヒットし、さすがのクイナもフラフラだ。斬りつけられた肩を抑えてこちらを睨んでいるクイナに、ゼロは顔面へ前蹴りを放つ。
 クイナはとっさに避けようと足を動かすが、肩を抑えたままで普段のバランスが役に立たず、またスタミナの低下もあって転んでしまう。尻もちをついたまま土を掴んで投げつけてやったが、ゼロは当然のようにそれを避けて、逆に土を蹴って相手の顔に泥をぶっかけてやる。
 ルカリオならば目が見えなくなるくらいどうって事無いのだが、ゼロが間髪入れずにクイナの足の甲(脛のように見える部分)に足刀を見舞ってやると、痛みに歯を食いしばりながら、もう戦えないと手を振ってトレーナーにアピールをする。

「ルカリオ、戦意喪失。オリザさんは新しいポケモンに交代してください」
「ゼロ、イッカクに交代だ。お前は休め」
 母さんがコールをしている間に、俺はゼロを控えと交代し、イッカクを場に出す。
「それにしても、まだまだ素早い相手には難しいみたいですね。クイナ君」
 母さんはクイナに対して微笑む。そういえば、クイナ君は育て屋にお世話になったことがあるんだもんなぁ……スバルさんが育てたんじゃあ、強いはずだよね。
「ふむぅ……普通ならばここまで一方的にやられた場合は降参するべきところですが、ジム検定のつもりで挑む以上は……最後まで頑張りませんとね。サラ、頑張ってください」
 最後の相手は、サラ。図らずも虫同士の戦いとなったわけだが……。


 結論から言うと、サラとイッカクはしばらく打ち合った後、イッカクのメガホーンが彼女の腹にクリーンヒットしてサラは倒れてしまった。やはり、サラはすでに限界だったようである。
「……ふむ。毒ガスの中で戦わせる戦法、初めて使用してみましたが、まだ改良の余地がありそうですね……風ですぐに飛んでしまうようでは……」
「え、あれ初めてなんですか?」
 その割には、結構手馴れているように見えた作戦だけれど……。
「初めてですよ。マタドガスをどのように運用するかはまだ決めかねていましたが……なんだかんだでクイナがサンダースを無傷で倒すくらいの活躍は出来ましたし、この作戦が全く使えないわけではないと言うのは証明されましたので、また改めて運用方法を考えたいと思います。
 負けてしまったのは残念でしたが、カズキ君。今回は対戦ありがとうございました」
 再び握手を求められ、俺は戸惑いながらもそれに応える。
「あ、で、でも……今回は……今回は、ハンデをつけた上での勝利……ですよね?」
「はい。大体バッジ7個分くらいの強さにして挑みましたね。今のままではバッジ8個はさすがに無理でしょうし、私の本気を相手にするとなれば……。まぁ、今は無理でしょう。少なくとも今日中に勝ちを拾うことは、10回戦おうとも無理です」
「ははは……まだ当分は、お手柔らかにお願いします」
 はっきりと俺はまだまだ未熟だと言われてしまったが、仕方ないか。今日は全員自分より強い相手と戦い、そして一匹以上は倒すことが出来たが、それは相手に手加減があってのこと。大人気ない大人も、ハンデのつけ方が上手いオリザさんも、本気を出したら俺達の実力では一匹倒すのさえ難しいだろう。
「やるじゃねーか、カズキ!」
 こうやってキズナに褒められたりはしたが、やっぱりまだまだ未熟。もっと強くならなきゃ。

 そうして試合が終わった後も、ハロウィンは大いに盛り上がった。キズナもアオイさんも母さんも皆楽しそうで、幸せな気分だ。俺の生みの親は、どうしてまぁ……俺と一緒にこういう雰囲気を楽しめなかったのか、理解に苦しむ程だ。

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今日は、ハロウィンパーティーを大いに楽しみました。みんな仮装には気合が入っていて、見ているだけで面白くなるような気分だ。
俺はダークライ、母さんは草のお化け、オリザさんはミノタウロス、ギーマさんとアオイさんはヴァンパイア。キズナはサザンドラ。そしてポケモン達もいろいろ仮装していたりして、可愛らしいので思わず写真をいっぱい取ってしまったものだ。

さて、せっかくポケモントレーナーが集まったという事もあり、俺達は育て屋の一角でポケモンバトルをすることになったのだけれど、その際にオリザさんからは非常に面白い戦法を見せられた。と、言うのはマタドガスに毒ガスを撒かせて、毒ガスの中でも目を開けていられるポケモンで相手を襲うというもの。
その戦略のせいで、素早く相手をかき回すのが得意なミロクが相手のルカリオに手も足も出ずにやられてしまった。そりゃもう、勝てるわけがない……。その作戦を考えた本人は、『まだ改良の余地がある作戦』だとのこと。ただ、大量の毒ガスと鋼タイプのポケモンというのは確かに相性がよさそうだ。
俺はその戦法を使うつもりはないけれど、気には止めておいた方がいいかもしれない

10月27日

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Ring ( 2013/12/28(土) 22:14 )