第四十八話:勝負師のローテーション
「では、グリード。貪欲に喰らい潰せ」
アサヒを繰り出した我が妹、キズナに対して、ギーマさんが初手繰り出すのはノクタス。格闘、飛行、虫に弱く、特に虫タイプについてはかわいそうなほどに弱い。つまるところ、アサヒのとんぼ返りがヒットすれば一撃で勝負がつくことも十分にありえるというわけだ。
グリードという名前らしいノクタスは、恐ろしげな眼が描かれた布のポンチョのようなものをかぶっている。さすがハロウィン、よくわからないものを着せている。ノクタスがあんな服だと棘が刺さって動きづらいのじゃなかろうか……だが、ああいった服は、服の中に道具を隠すという意味合いがある。スカーフを首に巻いたり首から提げていたり、腕にリボンをつけたりをつけたりと、そういった風に。
そうなると、初手は……様子を伺うのが正解か。
「猫騙しからの、とんぼ返り」
カウンターを警戒して、まずは触れることなく一撃。セオリー通り。さすがに、キズナはそこんところよくわかっているわね。アサヒの猫騙しに、グリードは目を背けた。
そのよそ見した一瞬、アサヒのとんぼ返りがヒットする。これなら気合いのタスキも発動しないだろうし……だがしかし。
「アサヒ、どうした!?」
彼女のとんぼ返りは、大体は胴を蹴り飛ばし、さらに胸、顔と三回連続で蹴り飛ばして宙返りする技。そのうちの初撃と二撃目は軽く蹴るだけで、最後の一撃が一番強力なのだが。今回、アサヒは一撃蹴っただけでそのまま地面に倒れてしまった。
「気合いパンチで始末しろ」
確かに、ノクタスの体にはトゲがついているからそれを蹴ったら痛いかもしれないが、ポケモンの強靭な足の裏がその程度で……だが、現にアサヒちゃんは足の裏に傷を負っており、血が流れ落ちている。そのせいで、立ち上がっても俊足で逃げ去ることが叶わない。
ギーマさん、いったいどんな裏技を使ったのやら。
「近寄ると蹴られるからな、一撃で仕留めろ!」
ギーマさんは冷酷な笑みを浮かべてアサヒに止めを刺せという命令し、グリードは命令に忠実に行動する。彼女が波導弾で何とか抵抗を試みるが、それも無駄だった。彼女の抵抗は間に合うことなく、グリードの気合いを込めた渾身の下段突きがアサヒにクリーンヒット。一撃でやられてしまった。
「コジョンド、戦闘不能。キズナさんは新しいポケモンを出してください」
「くそ、セイイチ出てこい! そして、死のまま神速」
スバルさんのコールが終わる前にキズナはボールからセイイチを繰り出し、そして神速を命令する。セイイチが走り出してから、ようやくキズナがアサヒをしまう。
「さぁ、退避だ、グリード」
走って退避するグリードをセイイチが追う。ルカリオの神速というのはやはり相当なもので、セイイチは3倍ほどの距離が開いていたというのにグリードに追いつき、そして押し倒す。いつもは押し倒された相手のほうだけが痛い顔をするのだが、今回はセイイチまで痛い顔をしている。あのポンチョの中に、ギーマさんは一体何を隠しているというのか。
キズナがアサヒをボールに収納している間に、セイイチがグリードの後頭部に肘打ちを加えると、グリードは動かなくなる。
「ノクタス、戦闘不能。ギーマは次のポケモンを出してください」
審判を申し出たスバルさんは、何気にギーマさんを呼び捨てだった。しかし、2人とも本当にお酒に強い……あれで酔っているとは思えない。
「……くっつき針を服の裏に隠したはいいが……さすがにアレだとグリードも痛かったかな? ごめんね、後で君の好きな木の実を上げよう」
そりゃさぞや痛かろう……ギーマさん、さすが自分のポケモンにも容赦が無い。
まぁ、そんなことはさておき……。
「キノ、出番だよ」
ギーマさんが出したのはバンギラス。素直腰の特性を持つこいつは、砂嵐を起こして鋼、岩、地面タイプを有利な状態へと導いてくれる。本当にこの人、キズナを勝たせる気が無い。ハンデとはなんだったのか。
「では、こちらが繰り出すポケモンは……カット、君だ」
バンギラスが場に出たことで、フィールドは砂嵐になる。ギーマさんはヴァンパイアのタキシードの中からゴーグルを取り出すと、早速それを装着してキリキザンのカットを選出する。カットは血まみれの斧を持っている……レッドキャップの仮装だろうか、というか、もはやキリキザンには仮装の必要がない。カットも、斧など不要なのか、ポイと放り捨てている。
「よく見えるね。じゃあ、カット……まずはいたぶれ」
キリキザンへの指示を言い終えるまでの間にノクタスのグリードをモンスターボールへと回収していた。それにしても、ゴーグルとは準備がいい……そして容赦ない。
「セイイチ、かき回せ!!」
そして、ギーマさんは技を命令しない。キズナも技による命令はしなかったが、ギーマさんの言う『いたぶれ』はどんな技が来るかわからないのでたちが悪い。かき回せといわれた以上、セイイチが選ぶ技はバレットパンチや神速だろう。メタルバーストが怖いが、それ以上に、激しく動く技なのでスタミナの消費が怖い。
初手はバレットパンチ。タイプは一致だが効果はいまひとつ、キリキザンのカットには効果が薄いが、棘のついた手の甲が頬に叩き込まれたとあってはさすがのキリキザンでも堪える痛みだ。カットはそれを冷静にメタルバーストで跳ね返す。
すぐにキリキザンの攻撃射程圏外、腕や足が届かない場所へと退避したセイイチだが、メタルバーストは届いてしまう。しかも、カットに攻撃した部位と同じ場所、顔に傷が刻まれるのだ。セイイチの力に加えて彼女の力まで加えて反射されているのだから、くらったセイイチとしてはたまったものじゃない。
「届かせろ」
再度ギーマの命令。
「逃げろ!!」
一体ギーマさんはカットに何を届かせるつもりだろうと思う間も無く、キズナがほぼ同時に逃げろと指示を出し終える。
カットが選んだ攻撃はサイコカッター。セイイチは神速で味方に交代しようと、踵を返して逃げる。カットが放ったサイコカッターは、身長差の関係もあって斜め下に向けてはなっていたため、セイイチの神速を追いきれずに地面に当たって消滅する。
そして、無事に交代して繰り出されるのが……
「タイショウ、頑張れ!!」
ダゲキのタイショウである。
「カット、キノに交代だ」
ギーマさんが次に繰り出したのは、バンギラスのキノ。巨大な棍棒と皮の服を着ており、なんだろう……トロルか何かだろうか? きっちり仮装している。もともとの身体能力、タイプと特性の親和性、そして覚える技。すべてが文句無しに強力な、最強クラスのポケモンである。あ、棍棒捨てた。
「キノ、火炎放射」
あわよくば火傷にでもなってくれればもうけものというところだろうか。キノへは無難に火炎放射を命じる。しかし、タイショウは特性が頑丈……一撃で沈むような柔なポケモンではない。
その炎を浴びてなお、彼は突き進んで、懐にもぐりこんで殴り飛ばす。タイショウは「腕を十字に組んで顔を炎から守りつつ、突撃しながら右の肘をキノの胴へ打ち据え、右膝蹴り、もう一度右肘打ち。如何にタイショウが自分よりもレベルの低い相手とはいえ、これにはバンギラスもひとたまりもない……が、キノの皮の服の下にはきっちりと気合いのたすきが巻かれていたのだろう。タイショウのインファイトをきっちりと耐えてしまった。
懐にもぐりこんでの捨て身の攻撃を放って、ガードが甘い状態だった、彼の攻撃を止める手段はない。連撃の最中に肩を掴まれた挙句、キノが口から吐いた火炎放射に焼かれるのを待つばかり。
「だめだ、タイショウは棄権させる!!」
その言葉が一瞬早く、タイショウは何とか焼かれる前にキノの手から開放される。
「ダゲキ、棄権によりバトルから除外します。キズナさんは次のポケモンに交代してください」
スバルさんの事務的なコールが響く。
「賢明な判断だね。さぁ、キノ……」
キズナに聞こえないように、キノにだけ聞こえる声でギーマさんは命令する。まだ交代はさせないつもりのようだが、いつでも交代できるように、キノの尻尾に仲間が手を伸ばせば届く位置にまで下がっている。
「よし、次は……セナ、お前だ!」
キズナもまた、耳打ちをしてセナにだけ聞こえるように小声で指示をして繰り出した。するとキノは黙ってカットのほうへ尻尾をやり、彼女と交代する。ギーマさんの切り札である、キリキザンの彼女と。
エルフーンのセナが相手では、待ちの戦法では相手にいいようにもてあそばれるという事をギーマさんは理解しているのだろう。カットはセナに向かって、その刃を振り上げ突撃する。美しい前傾姿勢から、砂によって磨かれていく白い刃を構え、砂嵐を防ぐために地面に伏せてしまっているセナを見据える。
セナはああして伏せているときは、コットンガードを使ったり、もしくはあのモコモコの綿を身代わりにして予想外の攻撃を仕掛けるのが定石の手段だが、さて今日はどちらか?
さて、カットはといえば、走りながらサイコカッターはなっている。普通に考えれば走りながら撃つのは狙いが定まりにくいため至難の業だが、それを平然とやってのけるあたりそこに痺れる憧れる。
セイイチとかだったら、無造作に放たれたそんな技くらいは簡単によけてしまうのだろうが、セナはコットンガードによって生じた分厚い綿の防壁でそれを防ぎきる。
しかし、サイコカッターは急所に当たりやすい技。如何にコットンガードとはいえ、きちんと急所に当てられてしまえば何の意味もなさないのだが。さて、ヤドリギの種とか、そういう技があるせいで近づきたくないセナを相手に、ギーマさんはカットをどう立ち回らせる気だろう……
「あ……」
キズナが間抜けな声を上げるのに、そう時間はかからなかった。カットはセナを組み伏せ、彼女の体に抱きつき胸の刃に急所が食い込むようにセットする。すぐさまセナはヤドリギの種を放つが、カットが放とうとした技は……ハサミギロチン。
「エクセキューションだ、3,2,い………」
「わー、ちょっとダメ!! 棄権! セナは棄権します!!」
なんとまぁ、無様なことだった。ヤドリギの種とコットンガード、さらには痺れ粉なんかを使って耐久させようとしたのだろうが、キズナの目論見は見事に外れて、ギーマさんはハサミギロチンという一撃必殺技で迅速に決めようとしてしまったようである。ギロチンが決まる前に何とかキズナは棄権を宣言するが……さて、これで残りは傷ついたセイイチだけである。
「くっそ……キリキザンはハサミギロチンが使えるって事、すっかり忘れていた……」
まぁ、プロじゃないんだししょうがないわよね……キズナ、ご愁傷様。
「エルフーン、棄権によりバトルから除外します。キズナさんは次のポケモンに交代してください」
「普通なら、もう降参するべきなんだろうけれどなぁ……セイイチ。行きたいか?」
最初からこうなるのはわかっていたが、改めて実力の差を実感してキズナはセイイチに尋ねる。最終的な判断は、もはやポケモンのやる気に任せたほうが正しいという判断か。確かに、もう勝利はどう見たって不可能な状況、ここで無理に頑張らせるのはトレーナーとして失格だ。
しかし、強敵の強さを知る事も経験と考えれば、セイイチがここで頑張りたいというのならばそれを止めるのも無粋だろう。セイイチは、両手の中指と親指を合わせてから左右に2回振る。本来は人差し指と親指を使うこの動作は、手話で言うところの『当たり前』とか、『当然』という意味。
「当然、ってか。セイイチ、いい心がけじゃねーか。胸を借りるつもりで気張っていけ!!」
「……いいね。君のポケモン」
ギーマさんが改めて、その手話で会話する様子に興味を示す。
「それは、戦闘への意欲においてか、それとも手話においてか……?」
「後者かな。前者については、四天王なんてやっているとさほど珍しくもないから。けれど、手話で話すポケモンなんて、初めて見たよ」
律儀にキズナの質問に答えてギーマさんは笑う。あぁ、手話をほめてくれている……それは私が褒められたのと同義だし、幸せ。
「そっか……セイイチ、一撃で決めろ!!」
「自由に迎え撃て、カット!!」
もはやギーマさんは指示を出すことすらやめてしまった。セイイチは神速でカットに接近、すれ違いざまに彼女の胴に裏拳を叩き込む。
しかし、カットは手首近くの刃ででセイイチの拳を払いのけ、痛みを覚える様子もなくやり過ごす。むしろ、防御されただけというのに、拳をついでに切り裂かれたわけだから、このままじゃセイイチのほうが痛そうだ。神速で後ろに回り込もうにも、カットの動体視力と身のこなしのよさがそれを許さない。セイイチがボーンラッシュで脳天を叩きのめそうとしても、カットの体捌きはそれを許さない。
右手と左手の間隔を十分にあけて構え、腰を落として体重を込めながら骨を振り下ろす瞬間、カットの左腕が頭上に掲げられ、頭にも肩にも当たらないようにボーンラッシュの軸をずらし、いなしてかわす。前に進みながらかわしたカットは、肘から手首にかけて生えている右腕の刃をセイイチの首にかける。
さりげなく、セイイチの足も踏みつけており、これでは神速すら使えない。カットはセイイチの首に光る刃を当てて、セイイチを可愛がるように頭を撫でている。舐め腐った態度だが、それでも抵抗する気概を奪われるほどの実力差が2人の間にあった。
どうでもいいけれど、タキシードを着たマフィア仮装をしているワルビアルは全く出番がなかったなぁ。咥えている葉巻、似合っているのに……
「ルカリオ、戦意喪失。キズナさんの負けですね」
「……後一匹くらいは、倒したかったな」
キズナも、さすがに勝てるとは思っていなかったらしく、ポツリと漏らしたのはそんな言葉。
「よく頑張ったな、みんな」
そう言ってキズナは力なくポケモン達を褒め、セイイチをボールに収納する。ギーマさんも場に出ているポケモン達をボールに収納し、特に最も頑張ったカットにはボール越しにキスをしてあげている。ボール越しじゃなくって実際にやってあげればいいのに……って言う発想はおかしいのかな?
「ふふ、ハサミギロチンを忘れていたのは正直なかったけれど。その年齢にしては筋は悪くないね。君はもっと強くなるよ、きっと」
「う……確かに、あれは無様でした」
砂嵐も収まったバトルフィールドで、二人は握手を交わす。その過程でギーマさんの感想が聞けたのだが、キズナは案の定ハサミギロチンの存在を忘れて、セナに防御に徹させていた事を指摘され、それに赤面する。
「君のポケモンは、よく育てられているし、何よりポケモンとのコミュニケーションが取れている。手話のおかげって言うのもあるんだろうけれど、それ以外にもよく触れ合っているんじゃないかな?」
「えと……お風呂に一緒に入ったりとか、拳で語り合ったりとか」
「君はレンブか……拳で語り合うなんて、その年齢からできるものなんだね」
さすが、キズナは私達にできない事を平然とやってのける。ギーマさんも驚きと呆れをない交ぜにして苦笑している。
「格闘タイプが得意な人は、拳で語り合うのが通例なのかな……でも、なんにせよそういうのは大事だよ。ポケモンが君を信頼するのはもちろん、信頼する君に応えたくなる。その信用を失わないためにも、きちんとポケモンの勉強をして、先ほどのように指示を間違わないようにね。
ハサミギロチンの件がなければ、倒せた相手もいただろうし……何より、似たようなことはいつ何時出も起こり得る。それと、もう一つ……ポンチョの下にくっつきバリを仕込んでいたグリードへの攻撃……コジョンドならあの手からぶら下がる体毛でポンチョをめくり挙げる事も出来るし、波導弾で安全策をとる事も出来る。
世の中、私みたいに悪い人は多いから、様子見を嫌ってはいけないよ。きちんと、相手の出方を伺ってみるといい」
「ありがとうございました」
なんだかんだ言って、スバルさんが師と仰ぐだけの事はある。ギーマさんはキズナに対してきちんと指導出来ていた。カズキ君いわく、ギーマさんはポケモンへの細かい指導もそつなくこなすから、一日といわず何日も育て屋にいて欲しいくらいだといっていたが、なるほど、四天王の名は伊達ではないらしい。
「さて、次はどちらが戦うのかな? スバル君が闘うのならば僕が審判をやるよ」
キズナとの話を終えたギーマさんは、そう言ってスバルさんを見る。
「おや、私をご指名のようだが……カナ、私の相手をする準備はいいか?」
「え、えぇ……大丈夫です」
草のお化けの姿をしたスバルさんが、ちらりと魔法使いの格好をしているカナさんを見る。
「では、始めようか」
それにしても、メガネをつけられないせいか、スバルさんの口調が威圧的だ。本当に、どういう原理であんな風に口調が変わるのだろう。自己暗示でそうなるようにしたらしいけれど、メガネを付けたスバルさんとつけていないスバルさんの、どちらの口調が本来の自分なのだかわからなくなりそうだ。
2人はバトルフィールドに並ぶ。これで、カズキ君とオリザさんは最後にバトルと言うことになったわけだけれど……
「あの……」
カナさんがいぶかしげに口にする。
「どうした?」
と、スバルさんが返す。
「ギリースーツは脱がないの……でしょうか?」
「あぁ、ハンデだ。なにせ、このスーツは暑くて集中力が削がれるし、何より視野がちょっと狭くなるからな」
スバルさんは仮装のために着ているギリースーツ(現地育て屋の草付き)を脱ぐことなく相対している。
「スバル君は意地悪だねぇ……ハンデどころか、それじゃ表情が読めなくて、相手にプレッシャーを与えちゃうよ」
魔法使いの仮装をしているカナさんはともかくとして、スバルさんの仮装は表情も目線もほとんど読み取れない。先程の戦いでは、キズナは考えていることが少し顔に出ていたが、ギーマさんは結構なポーカーフェイスで冷静に戦況を見極めている。
そう、表情を見せないというのは勝負をする上で大切な事もあるし、特に目線の動きや口の動きは思わぬヒントになったりする。スバルさんの言う、暑いとか集中が途切れるとか言っていることはわかるが、そう言ってのける上級者達の次元には私は当然ついていけないのだけれどね。私ポケモンブリーダーだけれどトレーナーじゃないし……
だけれど、これだけはわかる。
「いいじゃないか、弱い子を苛めるのがすきなんだよ、私は」
スバルさんが意地悪でSだということは……わかる。というか、スバルさん、本音出てます、本音。
「まったく……スバル君はこれだから。魅力的なんだよね」
と、呆れた風に口にするギーマさんの嬉しそうな事。弟子がドSに成長してくれると嬉しいのだろうか?
「お前が言うな、ギーマ。お前なんてもっと魅力的で悪い子じゃないか」
「おやおや、厳しいねスバル君」
二人はものすごく楽しそうだが、その対戦相手のカナさんは気が気ではない。さて、二人はどんな手持ちで来るのやら。
「それでは、このギーマが不肖ながら審判を務めさせていただきます。勝負形式はローテーションバトル。交代は体の一部をタッチすることにより認められ、一度交代すると、10秒以内の交代及び交換は認められません。人数は4対4、ポケモンは個別に棄権させることが出来、4体すべてが棄権もしくは戦闘不能になった場合決着といたします。
また、場に出すポケモンは3体まで。4体目は、控えとしてボールの中へ待機していただきます。交換は、待機中のポケモンとのみ行えます。二人とも、よろしいですね」
「は、はい……」
「いいぞ、ギーマ」
スバルさんは一応四天王並に強いとはいえ、育て屋であるために育成途中のポケモンならばたくさん持っているはず。どの程度のレベルでカナさんの相手をするのか……
カナさんが出したのはミカルゲ、バシャーモ、トゲキッス。どれも汎用性は高めの種族である。そして、スバルさんが出したのは、アイアントトアイアントトアイアント……気でも狂ったか?
「ずいぶんと……個性的なパーティですね」
カナさんがストレートにスバルさんのパーティを形容する。本当に個性的である。
「アイアントは、小さいから食費もかからず飼い易いわりに、素早く迅速に敵を葬るから警備用にも最適。そして、集団生活は得意だから一度にたくさん育てるのに向いているし、何よりも暗い洞窟に生息しているだけあって、夜でも問題なく戦える。無論、クイタランに集団で立ち向かう生態からもわかるように、連係プレーは大の得意。ポケモンレンジャーや警備会社にはエモンガとセットで卸しておりますが、もちろん一般の方の購入も大歓迎でございます。
警備用のポケモンを欲する企業法人からの発注依頼も多くてね……ブラックシティの近所に構えた育て屋に、これ以上向いているポケモンはいないよ」
「同じポケモンや道具を禁じるルールもなかったとはいえ……これはさすがにないね。私のグリードをやったのもこいつの仲間か……」
ギーマさんが呆れて苦笑している。ギーマさんでも呆れるレベルとはすさまじい変態パーティーだ。
「レーヴァテイン……いや」
カナさんはまず始めに出すポケモンを選ぼうと、バシャーモのレーヴァテインを見るが、それでいいのかと不安になる。アイアントは炎に対してきわめて弱いから、定石どおりならばそれで構わない。しかし、あそこまでアイアントばかり出されると。明らかに怪しくって、そのまま馬鹿正直に炎タイプを出す気にはなれない。
一説には、アイアントには怠けの特性を持った個体もいることだし、それを考えると安易に炎タイプを出すというのは難しいようだ。
「カグラ……まずはまぁ、出てきた相手に攻撃もしくは搦め手だ」
「ブリューナク、行きなさい」
結局、選んだのはトゲキッスのブリューナク。しかし、選び終える頃にはすでにカグラという名前らしいアイアントの女の子は、バトルフィールドの真ん中を越えて、ストーンエッジの射程内に入り込んでいる。
「まずは、火炎放射!!」
カナさんは、以前はブリューナクにスカーフを持たせて速攻型にしていたが、今は電磁波を撒いて、さらにそこからエアスラッシュで相手を完封する型にでもなったのだろうか。しかし、相手がアイアントということで、一撃でつぶしたほうが早いと判断したらしい。そして、カグラが『搦め手』と聞いて選んだ技は電磁波。加速バシャーモ(といっても、前情報が無ければ猛火の特性を警戒するかもしれないが)に加えてトゲキッスもいるのだ、スバルさんが相手の素早さを奪う電磁波を選ぶのは正しい選択といえるだろう。
果たして、電磁波と火炎放射が交差してブリューナクは麻痺状態になってしまう。カグラは一撃でやられ……ずに、気合いのたすきで堪えて、麻痺したブリューナクへ向かってストーンエッジを放っている。
上手くよける事もできずに当てられたブリューナクは、かすっただけだというのにものすごくダメージを食らって落ちてしまう。しかし、あのアイアント、特性は張り切りなのかな……いくらなんでも石が飛んでいった方向が酷いし、その分心なしかありえないほど弾速が速い気がする。
そして、落ちたブリューナクの結末は、さらにもう一撃ストーンエッジを喰らうこと。今度はまともに喰らった。辛勝ではあるが、カグラちゃんの勝利である。
「トゲキッス、戦闘不能。カナさんは新しいポケモンを出してください」
ギーマさんのコールが響く。カナさんは、腰につけていたボールを取り出し、控えのポケモンを出す。出てきたのはジャローダのチャリスだ。
「うわぁ……アイアントって強いのね」
私は思わずそんな声を漏らす。
「そりゃそうだぜねーちゃん。鋼タイプの中じゃ最速の瞬発力の持ち主で、爪を研いだ後の張り切りアイアントの攻撃力ったら、相当なもんだぜ? ほら、早速爪とぎを……」
見ておれば、カナさんがジャローダ、バシャーモ、ミカルゲのうち、次に誰を出すかを迷っているうちに、爪を研いでいる。迷っていたら、どんどん積まれてしまう事を考えると、あまり長く、迷っていられる状況じゃなさそうね。
「えげつない……」
そのまま積まれてしまうと、次第に手がつけられなくなってしまう。一刻も早くつぶさなければ……となれば、手段は選んでいられなかった。
「レーヴァテイン、電光石火!!」
カナさんはチャリスをすぐに出すようなことはせず、場に出ていたレーヴァテインに指示を出す。爪とぎの最中であったカグラちゃんはそのレーヴァテインの一撃でつぶされてしまったが、これでレーヴァテインは10秒間仲間と交代できないことになる。
「アイアント……全員アイアントだけど、戦闘不能。スバル君は新しいポケモンを出してください」
カナさんは、ギーマさんのコールを聞きながらブリューナクをボールの中に収納する。
「行け、オツボネ」
スバルさんは案の定というべきか、控えのアイアントを繰り出して……4匹全員アイアントだ。スバルさん、お茶目すぎ。
「お前はまず最初に仲間作りだ」
ともかく、アイアントを繰り出して仲間作りを命じる。わざわざ仲間作りをするということは、あのアイアントの特性は……恐らく、怠け。あの子、オッカの実を持っているみたいね……。
「くっ……レーヴァテイン、火炎放射!!」
カナさんは当然こうして炎を放つのだが……オッカの実を持っているから、それくらいは耐えられちゃうんだよね……。
アイアントが仲間作りを発動すると、周囲の空間がゆがんだような錯覚を覚える。その頃には、すでにレーヴァテインは怠けの特性に仲間入りしていた。せっかくの加速の特性を活かす事もできず、火炎放射たった一発で肩で息をする始末。
もちろん、オツボネの方も仲間作り一発で息をついているのだが、その意味は大違いだ。
「もう一発火炎放射!!」
「電磁波」
そうして怠けている間に二人の指示が飛ぶ。レーヴァテインもここで逃げておけば、あるいは仕事がもう少し出来たかもしれない。
「アイアント、戦闘不能……スバル君は新しいポケモンに交代してください」
結果は、火炎放射でオツボネがやられ、レーヴァテインは電磁波で麻痺をする。こりゃもう、レーヴァテインは何もできないぞ。
「あぁ……やられちゃった……」
ギーマさんのコールを聞きながら、カナさんの表情が絶望に変わる。スバルさんの表情は、いまだにギリースーツに阻まれて何も見えなかった。
「審判やった経験も少なくないけれどなんだかなぁ……全員同じポケモンだと調子が狂うなぁ」
ギーマさんは、こうまでポケモンの種族をかぶらせたトレーナーは見たことが無いのか、スバルさんのパーティーに苦笑しながらぼやく始末。
「では、ユウキ。お前で決めろ」
ポケモンの数では、スバルさんが不利だ……しかし、今度出てきたアイアントは、スバルさんが自身のエースポケモンの6匹に入れている、アイアントのエース、ユウキだ。
バシャーモのレーヴァテインは、怠けが発動中で、しかも麻痺状態。首から木の実を下げているが、あれはラムの実などではないようだ……オボンもしくは半減実であろうか?
ともかく、隙だらけのレーヴァテインに、アイアントのユウキをり出したスバルさんがまず最初に命じるのは……
「まずは、爪とぎ。基本ですね」
いやらしい笑みを浮かべながら、自陣にごく近い所でユウキは爪とぎを開始する。ユウキがあの位置にいると、10秒の交換制限の時間を乗り切ればちょっと後ろに下がるだけで交代できる。
レーヴァテインのなまけ終わり、次のミカルゲに交代するまでの間、ユウキはじっくりと爪を研いで鋭くする。
「レーヴァテイン! 電光石火でエリクサーと交代!!」
カナさんはレーヴァテインに交代を命じ。ミカルゲのエリクサーに交代する。だが、さすががミカルゲ、足が遅い。ユウキは攻撃の射程県内に相手が来るまでじっくりと待ち、そして研ぎ澄まされた感覚で以ってストーンエッジを放つ。普段ならばそうそうあたるものではないストーンエッジだが、爪とぎで感覚を研ぎ澄ましたユウキの攻撃は、正確にエリクサーの本体を狙う。
丈夫さに定評があるはずのミカルゲだったが、顔面にストーンエッジがヒットするとその一撃で倒れてしまう。恐ろしい威力だ……。いや、そもそもユウキのレベルが高すぎるわけだけれど。
「ミカルゲ、戦闘不能。カナさんは新しいポケモンに交代してください」
「あぁ……こんなの、どうやって勝てば……」
ジャローダのチャリスは、アイアントのシザークロスでまず一撃だろう。そして、レーヴァテインは怠けと麻痺でとても戦える状況ではない。もう、こうなれば完全に積んでいる状況といっていいだろう。
「……ギーマさん、すみません。降参します」
結局、カナさんはアイアント軍団に負けを認める形となった。いやぁ、スバルさんってばなんというドS。
「了解。この勝負、スバル君の勝利とします。カナさんも、しょげちゃいけないよ。勝負をあきらめない事も大事だけれど、ポケモンへの気遣いを忘れない事も大事だ。手駒を傷つけたり、自信を失ってしまう危険性を考えれば、賢明な判断だからね」
潔く降参したカナさんに対し、ギーマさんはそうフォローした。
「はぁ……賢明でも、ちょっと納得がいかないですよ……」
「あんまり負けすぎると、人もポケモンも勝つ気を失う。そういう状態になったら、危険だよ。噛ませ犬を用意しないと負け癖は治らない」
「はい……」
カナさん、ギーマさんに話しかけてもらったら普通は嬉しがるところだろうに、そんな事も気にならないくらいにものすごく肩を落としている。そりゃあ、あんな対戦相手に負けたとなればそうなるわよね……ロトム軍団とかならまだ可愛げがあるけれど、アイアント軍団はね……可愛くない。スバルさん、『虐めにはならないように気をつける』と言っていたが、それは一体なんだったのやら?
スバルさんの表情は、ギリースーツの中に隠れて見えなかった。
◇
「ずいぶんと優しいアドバイスだな、ギーマ」
「聞いていたのかい?」
試合が終わって審判の仕事も終わって一息ついた私は、先程カナへ告げたアドバイスについて、ギーマへとコメントする。
「まあな。だがお前、言っていたじゃないか。『負けたら何も残らないような勝負こそが生きがいだ』とか何とか。あれはどうした?」
「さっきのは初心者へのアドバイスだよ。それに私は、『いい勝負師ってのは勝利を得て自慢するでもなく、敗れて取り乱すでもなく、ただ次の勝利を求めるものだ』とも、思っている。ああやって敗れて取り乱すうちは、まだまだあれくらいの気持ちで楽に生きないと、先に進めないからね。その辺の子供相手に、同じセリフを言うのは酷だろう?」
「その辺の子供か……まぁ、カナの才能はそれなりだから……否定は出来んか。だが、その言い方も酷だぞ? あのカナという女には才能がないわけじゃなく、カズキとキズナに才能がありすぎるだけだ」
私の言葉に、ギーマはゆっくり口元に笑みを浮かべる。
「才能があるのは君もだよ」
嬉しい言葉なのだが、いまさらそんな言葉に喜ぶには、私はちょっと年をとりすぎていた。今はそんなものより、愛の言葉の一つでも聞きたいおのだがな。