第四十七話:ハロウィンと立食パーティー
10月27日
「カズキ君……ずいぶんと楽しそうに買い物をするねー……」
「まぁ、あいつはパーティーなんて初めての経験だからな、あいつ。普通の子供よりかは、ウキウキするだろうよ……初めてじゃないか。以前バーベキューパーティーもしたし……」
暦はハロウィンを迎えるにあたり、街にはジャックオーランタンを模した飾り付けがあふれるような季節になった。この時期はシャンデラやランプラーのオブジェクトも多数飾られ、街はハロウィンムード一色で、明日の仮装祭りに向けて商戦は最高潮だ。
明日は正確にはハロウィンではないのだが、今年はハロウィンが水曜日なので、明日、日曜日がそのかわりを果たして仮装を楽しむ日となっている。なので、準備が出来る最終日の今日は客でにぎわっている。
私は、ギーマを連れてカズキと一緒にブラックモールで買い出しの真っ最中。ギーマが狩ってきたメブキジカを丸ごと料理しなければならず、そのための調味料や、お酒、デザートの材料など購入するべきものはいくらでもある。カズキはといえば、かぼちゃで作るケーキのレシピを聞いたとかで、早速試そうと言うことらしく、なんだかやけに気合いを入れて買い物をしている。
家庭の状況が思わしくなかったせいで、パーティーだとかそういったことには縁がなかったのだろう。クリスマスもイースターも無縁となれば、初めての経験にはしゃぐのも無理はない。可愛いやつだ。
「ところでだ、ギーマ。例のアレは?」
「ジンクスは……ホワイトブッシュでは何も反応を示さなかったし……ここでの様子は、見ればわかるよね?」
視線を落とした先にいる、ジンクスという名前のアブソル。こいつはギーマの手持ちなのだが、危険を予知する能力がなかなか優れているらしい。彼女は、周囲に慌しく視線を移している。この調子じゃ、確かにギーマが心配になるのも無理はない。
「普段はこうじゃないのか?」
「まさか。ライモンでもヒウンでも、どんなに人が賑わう市場に行ってもこうはならないさ……だから気になるんだ」
それなのに疑うとは心外だね、とでも言わんばかりにギーマは否定する。
「わかった。信じることにする……ふじこの翻訳も、どれ……」
私は、愛しいポリゴンZに訳させたジンクスの言葉を覗き見る。スマートフォンに出力された文字には、こう書いてある。
『マジヤバイ、ココマジヤバイ。絶対何か悪い事起こるって、テラバロスwwww』
「だ、そうだ」
「もうちょっとその翻訳何とかならないの?」
「仕様だ。諦めてくれ」
ギーマの苦言に私は笑って誤魔化した。
「それで、ここ数ヶ月にわたって、売買が成立したポケモンが奴らに使われていたりとかは……」
気まずいので、話を変えて質問する。
「3人ほど相手をして、1人……アイアントが、君の育てたポケモンとして該当した。その他、ポケモンレンジャーから聞いた限りの情報と、知り合いのブリーダーの販売履歴から合致しそうなポケモンもちらほらと。
データはあとで纏めて、メールで送るよ」
「了解。すまんな、こんな調べもののために呼び出して」
「なあに……女の子を脅して辱めるのも楽しいものさ。裸にひん剥いてやれば、盗聴器も発信機も仕掛け放題。靴に仕込んだ二つのいけない機械で奴らの尻尾を掴んでやるさ……といっても、女性だからか靴に仕掛けても、履き替える可能性が高そうなのが難点だけれどね……」
「まぁ、確かに靴は森に行く時と街に行く時で靴は変えるだろうな……だが、裸にひん剥いたと言うことは、全部脱がせたのか? 酷い事をする」
まぁ、カズキから聞いた限りの情報じゃ、相手に問題があると言わざるを得ないようだがな。
「アイアントを出されたんだ……こっちは表に出していたのはノクタスだったからね。いくらなんでも勝てる道理がないわけで……泳がせるために育成途中の弱い子を出していたのが間違いだったようだ」
「アイアントか、そりゃ運が悪い」
「あのねぇ……君が育てたポケモンだよ……?」
ギーマは苦笑するそうだな、私のポケモンに当たるとは運が悪い。
「それで、私のポケモンを一匹戦闘不能にしていったんだ。だからこっちもムキになってね。ヘルガーで蹴散らしてやりたかったが、森で火を使うわけにも行かないから……ポーカーちゃんにブラックジャックを握らせて暴れてもらったのさ。
いやぁ、やっぱりズルズキンだから、ブラックジャックの扱いは上手いね。でも、こっちも怒りが収まらなかったから、トレーナーへのお仕置きも泣くまでやってやったさ。呟きサイトの通意他に顔がはっきりわかる下着姿の写真と住所、氏名、携帯電話の番号を流してやってね……『私をしかるべき場所に訴えるなら全裸の写真をばら撒く』って脅しておいたから、まあ大丈夫だろう」
「ギーマ。お前はやることが徹底的だな。かわいそうに」
可哀想だが、同情はできないがな。カズキもきっと同じ事を言うだろう。
「こっちは謂れのない暴力で愛するポケモンを傷つけられたんだ。当然の処置だよ」
「なるほど。だが……お前は与えられたカードに文句は言わないんじゃなかったのか?」
「それは、私が自分から勝負を受けた場合だ。相手の同意無しに始める戦いは勝負とは言わない。『襲撃と抵抗』と言うんだよ」
「物は言いようだな」
私が皮肉たっぷりに言い放つとい、ギーマは『まあね』と笑う。
「だがしかし、正直奴らの資金力は半端じゃない。君の育て屋のポケモンを始めとして、あんな上質なポケモンを、あんな無能な隊員に預けるだなんてどうかしてる。目的はなんだろうね? 楽しみだよ」
最後の言葉とは裏腹に、ギーマは相当苛立っているように見えた。恐らく、ホワイトブッシュで行われている狩りへの抗議活動は何かの布石なのだろうが……あまりに不可解すぎると言うのは同意だ。だがしかし、盗聴器や発信機を仕掛けた以上は、そこから情報を引き出すことも不可能ではなかろう。
「ともかく、他の人たちにも、それなりに脅して、色々仕掛けておいたから……これからの情報には是非期待してよ。あの女の子も、これから色々電話や手紙で追い詰めて、狩猟反対の団体を辞めるように脅しかける。裸にひん剥いたのも、そのための仕込みだ。
圧力をかけて追いつめて脱退という事になれば、支給されたと思われる強いポケモンも団体に返却しなきゃならないだろうし。そしたら、電話の記録とかアイアントのボールに仕掛けた発信機からアジトの位置など割り出して見せる。便利屋さんに頼んだから盗聴器なども万全だし、安心してよ」
「相変わらずのいい仕事っぷりだな、ギーマ……だが」
「だが、なんだい?」
私が言いかけた言葉をギーマが急かす。せっかちな奴め。
「今回、お前への借金の返済とは別に……きちんと報酬をつけて調査を依頼したが。今回はお前、やけに張り切りすぎじゃないのか? 私から頼まれた仕事を一生懸命やってくれるのは嬉しいが、その……」
私は、育て屋を立てるにあたってギーマから金を借り、その借金を返済中。今回はそれに追加で金を渡すことで、私の育て屋で育てたポケモンが誰に使われているかの調査に当たってもらったわけだが……
「何か別の目的があるんじゃないかって?」
私がすべてを言い切る前に、ギーマは先んじて私に尋ねる。
「ありていに言ってしまえばそういうことだ」
私が言うなり、ギーマは考え出す。
「一つは、最近はスポンサーのPRとか、そういう仕事が来なくってね。ポケモンバトル以外にめぼしい仕事も無いし、トレーニングだってきちんと時間を決めてやらなければ逆効果だから、適度の休み時間にこういう仕事もいいものさ。余った時間が退屈だってのがある。もう一つの理由は……気に喰わないんだ」
ギーマの口が、ギリリと歯を食いしばっていた。
「というと?」
「2年前にね。シキミ君がお世話になった人が1人死んだらしくてね……ソウリュウシティで。彼女、泣いていたよ……メイ君がチャンピオンマスターになる頃には何とか立ち直ったけれど」
「2年前でソウリュウシティというと、プラズマ団がキュレムの力を利用して放ったあの冷凍砲弾か?」
私の問いに、ギーマは『あぁ』と頷いて続ける。
「別に、その人は知り合いの知り合い……シキミ君には悪いけれど死んでしまおうと、私にはどうでもいいけれどさ。万が一同じように君が死んでも困るし、君が死ななくとも……例のポケモンの件で育て屋が何らかの責任を取らされることになれば、私を含めた借金取りが泣く。そうだろう?」
「そうだな。私のポケモンで犯罪を行った奴が出たとなれば、スポンサーのデボンコーポレーションからも違約金を取られかねん。そうなる前に未然に防ぎたいところだな」
「そういうこと。とにかく、悪い子は嫌いじゃないけれど、好き勝手やる奴は嫌いだよ。もしも、今回の件がプラズマ団のテロのような事態を引き起こすのであれば……大事になる前に叩き潰す。それに、ブラックシティには馴染みの店が多い……そういうのがもしも営業停止にでもなったりしたら、嫌だろう?」
つまり、私を始めとする他人のため、か……なんだかんだ言って、こいつは優しいんだよな。
「恩に着るよ、ギーマ」
その優しさをダサいとでも思っているのか。それを隠すためにギーマは無頼の輩を気取ったりもするが、結局は困っている人、困ろうとしている人を見捨てられないあたり、面白いものである。
私もカズキに同じような事を言われたっけか……優しい自分を隠そうとしているとか何とか。意外と、ギーマと私は似たもの同士なのだな、きっと。
「ところで、話を戻すが……『便利屋』さんに頼んだのだっけな? 後で依頼に掛かった経費もきちんと払っておくからな。いくら掛かったか教えてくれ」
「ありがとう、スバル君。さて、もう必要なことは語り終えたんだ……今は買い物を楽しまないかい? せっかく燻製をやるのならばスモークチーズも欲しいし、何よりワインがなければ始まらない」
「了解、いい店を知っているぞ。後でカズキを連れて行こうじゃないか」
そうだな。あんなに楽しそうに買い物をしているカズキの後ろで、こんな話をするのも無粋だ。明日は大いに楽しむためにも、今日は準備を頑張ろう。いつも仕事熱心なカズキを喜ばせてやらなくちゃな。
◇
10月28日
「今日はこんなのに乗って過ごすのか……」
憂鬱というわけではないが、まぁ……こういう日だし、いいのかもしれない。
アサヒがコジョンドに進化して数日。暦はハロウィンを迎えるにあたり、街にはジャックオーランタンを模した飾り付けがあふれるような季節になった。この時期はシャンデラやランプラーのオブジェクトも多数飾られ、街はハロウィンムード一色である。
街はね……ウチの近くは田舎だから、飾りつけは侘しいが、ぽつんと一軒だけ不夜城のように光り輝くイルミネーションを取り付けた家もある。まだ輸出入の解禁されていない異国のポケモン、バケッチャやパンプジンをあしらった飾りや、ヨマワルの飾りなど非常ににぎやかなその家のイルミネーションは、無駄に見事である。
ホワイトフォレストの僻地ではお菓子を、貰いに回るのも一苦労なので、ハロウィンを満喫したいならば、アブソルの額と呼ばれるブラックモールに行くか、もしくはブラックシティまで出張するしかないのだ。
しかしまぁ、うちの仮装の面白いこと。キズナはこの日のためにこしらえたマスクとフードをかぶり、専用のミトンを手に装着してサザンドラになっている。可愛い、とても可愛い。
中華風なイメージのアサヒは、キョンシーとして、土葬死体に着せるための民族服を纏い、腕を前に突き出して跳ねるように移動している。妹もこんなことのためにきちんと動きを調教したのだから、力の入れ所が間違っている。
タイショウは、ダゲキの青い顔を生かしたフランケンシュタイン。背が低いのが残念なところだが、ボルトが刺さった風に見える装飾や血の跡風の絵の具が妙に生々しい。セイイチは、とりあえず狼男。ルカリオに任せられる仕事なんてそれしかなかったというか、口の周りに血糊を塗っただけなので、一言で言えば仮装としてはしょぼい。まぁ、かわいいし、喜んでいるからいいか……一つ心残りがあるとすれば、このイベントのときはリオルに戻ってくれたほうが、特性も悪戯心だし相応しかったかもしれない。
セナは、綿を専用の粉末で真っ黒に染めて、バフォメットみたいになっている。ヴァフォメットと言えばヤギの姿をした結構な大物悪魔だし、この中では一番身分が高いかも知れない。まぁ、顔はかわいいから威厳ゼロなんだけれどね。この子は特性がすり抜けだけれど、悪戯好きには変わりないので、お菓子をくれない人にはちょっとした風をくれてもらおう。
サーナイトのコロモには、その真っ白さを生かして、髪まで白く染めて幽霊っぽくしてみた。髪の白いのは洗えばすぐに落ちるし、いいよね? サマヨールのクラインは、そのままでも何の問題もなかった。ノーコメントで。
そして、私とその相棒コシの仮装だけれど、これがなかなかおしゃれな仮装をさせられたものだ。私の相棒、コシは電動車椅子に憑依することが出来る個体であった。夏休みに数箇所の不法投棄現場を回って手に入れたこの子は、最初のころよりもずいぶんと憑依が上手くなった今、下半身が不自由な私の脚がわりとして活躍してくれている。
そんなコシの仮装は、動く……というより浮遊する椅子であった。真っ黒なぼろ布をかぶせて雰囲気作りをした電動車椅子に、私はヴァンパイアの格好をして鎮座している。宙を浮く玉座にヴァンパイアという格好は親和性も高く、妹に選んでもらった衣装はなかなか上手く嵌っていたと思う。まぁ、問題は私が月経の終わり間際で本当に血が欲しくってたまらないくらいに貧血なところだけれど。頭痛もするし、今日もコロモに添い寝してもらおうかしら……コロモがサーナイトだからだろうか?添い寝してもらうと、なぜか痛みが和らぐのよね。
育て屋に行く前に、まずは小さな商店街へ繰り出してみると、ブラックモールには適うべくもないが意外と面白い仮装があふれている。身の丈ほどのチェーンソーを二本持ったローブシン。なんかのホラー映画のキャラクターだったっけ? ダークライやムウマージ風に着飾った人もたくさん見受けられる。
『トリックオアトリート!』悪戯されるかもてなすかと、声を上げて家を回り、お菓子をせしめている。私達も、何時同じ事を言われてもいいように、お菓子は飴玉を常備しているが、なかなか仮装のクオリティが高いおかげか、私へ話し掛けるのを躊躇されているらしい。
妹はなんだか気軽に話しかけられて、お菓子をおねだりされているところを見ると、私は気合いを入れすぎたのか、それともクラインのプレッシャーがやばいのか。多分、クラインが原因だと思う。
この反応を見る限り……介護に向いているのかな、サマヨールは? 人が避けて通るのは、車椅子が通る分にはものすごくありがたいのだけれど……避けられるのはちょっとショックかもしれない。
「ヴァンパイアのお姉さん。我をもてなすが良い」
おっと……
「ほう、私に目をつけるとはたいした眼力よ。褒めて遣わすぞ。受け取るが良い」
ミネズミを連れた男の子が話しかけてきたので、私はノリノリで飴玉を渡す。わーい、初めて話しかけられた……私。プレッシャーがヤバイなら、クラインはしまっておこうかしら? いや、せっかくのゴーストタイプだし、ハロウィンに出さないのはもったいないか。
商店街では、キズナの友人である緑音カナと待ち合わせており、私達は周囲の様子に心を躍らせながら待ち合わせの場所に向かう。時間を適当に潰して待ち合わせ場所に赴けば、彼女は彼女で魔法使いに仮装しており、ウィッチハットの装いはなかなかさまになっている。
「アオイさん……気合いはいっておりますね……」
「この浮かぶ車椅子、そんなに珍しいですかね……」
「いやまぁ、すごく珍しいと思います……でも、なかなか面白くていいと思いますよ」
やはり、そんな評価なのか。コシについてはもともとあったものを有効利用しているだけだし、気合いが入っていると言われるとなんだか違う感じがする。そういう言葉はやっぱり、もっと気合いを入れている人にかけてあげるべきだと思う。
そう、この人みたいに……
「スバルさん、それは……」
結局、商店街を抜けるまでに話しかけられた回数はキズナが8回、私が3回ほど。合流してからは、カナさんが一番話しかけられていたりなど……私、そんなに話しかけ辛いのだろうか……? ちょっとばかしショックである。だがまぁ、もしも目の前の人間が商店街を歩いていたら、きっと一度も話しかけられなかったのではなかろうか?
「ギリースーツだ。ギーマが狩りをするときに使ってた奴でな……お下がりを貰ったんだ」
あれは、ギリースーツというらしい。全身を草で覆ったような、モジャンボ……いや草のミノのミノマダムのようないでたちのあのスーツは。
「熱が篭って暑くて仕方がないし、そのせいでメガネが曇って着けられないのが難点だがな……ハロウィンに着ていくものなどこれしかなかったのだ」
「というか、何故そんなものを……育て屋では必要なのでしょうか?」
お、いいぞカナちゃん。私が聞きたい事を的確に尋ねてくれた。
「これは、ポケモンを戦闘用ではなく探索能力を鍛えるのにもってこいなんだ。ポケモンレンジャーとかには、これくらいの変装を見破ってもらわないと困るからな」
「そ、そうなんですか……なるほど。熱が篭ると言うことは、外からは熱源探知も出来ないと言うことでしょうし、ジャローダ……チャリスで見破るのも難しそうですね……」
「そうだな。ピット器官でも見破れん。レントラーかルカリオくらいじゃないかな、すぐに見破れるのは? なんせ、実際に隠れる時はハハコモリにも協力してもらって、現地の葉っぱをくっつけるからな」
「俺のママンも、育て屋お抱えのハハコモリもノリノリだよね……」
そう言ってため息をつくのはカズキ。彼はダークライの仮装をしており、片目を髪で塞いでいる。ボロボロのスカートを着て、赤い首飾りを下げているだけだが、なかなか可愛らしくていい感じだ。
「おー、すげー。俺の師匠よりもよっぽど忍者っぽいなぁ」
キズナ、その言い方はオリザさんに失礼よ。
「おや、そんな言い方をオリザしたらかわいそうだぞ? ほれオリザ、何とかいったらどうだ?」
「いやまぁ、確かにギリースーツまで着用して野山に繰り出すことはありませんからねぇ……そういわれるのも仕方がないですが……」
と、オリザさんは言う。ちなみにオリザさんはケンタロスのマスクをかぶってミノタウロスに仮装していて、2mを越す巨躯にはオモチャの斧がやたら似合っていて怖い。
「なんかショックですね……」
あ、落ち込んでる。しかし、スバルさんとオリザさん、こんな調子だけれどよくまぁ仲良くやっているものである。
「そんなに言うならかくれんぼ勝負でもしてみたらどうだい?」
そして、ギーマさん。この人、私と同じくヴァンパイアの仮装をしているのだが、オリザさんと同じくものすごく似合っている。隣にはドンカラスを添えていて、ポケモンは特に仮装をしているわけでもないのにはまり役だ。
「先に見つかったほうに思いっきり悪戯をしてもいいって言うんなら私が審査員を頑張っちゃうかもね」
ギーマさんはそんな言葉を甘く吐く。どちらを悪戯したいとしても問題発言ではないのか、ギーマさん。
「はは、スバルさんに勝っても負けても損するので、遠慮しておきます」
そうなりますよねぇ、オリザさん。スバルさんは一応恋人だし、それが悪戯されるとなったらまぁ……
「おやおや、オリザ。お前は私がギーマに悪戯されるのが嫌か? 束縛する男は嫌いだぞ?」
そういう問題でもないと思います、スバルさん。
「そういう問題じゃないでしょう」
ほら、オリザさんも苦笑しながら同じ突っ込みをする始末。
「しかし、いたずらかぁ……ケーキを作るのに、チョコのペンが余ったから、母さんの顔に落書きしたいなぁ」
と、こんな危ない台詞を吐くのはカズキ。スバルさんに叩かれやしないか心配だ。
「ふふ、あんまりオイタしちゃ嫌ですよぉ? 子供に辱められたら、私もお嫁にいけなくなる」
「その時は私のペットになりなよ、スバル」
と、思ったが、スバルさんは満更でもないのだろうか、そう言って微笑んでいた。
「ギーマさんって……愉快な人なんですねー」
そんな一連のやり取りを見て、カナさんは苦笑していた。
「あぁ、ちょっとイメージ崩れましたか?」
私は前回会った時にイメージが崩れたけれど、これはこれでアリという気もしてきている。
「崩れましたね……もう少し、寡黙でクールな人かと……」
「はは、なるほど」
そうよね、もう少し寡黙なのを想像しちゃうわよね……。
「でも、私はあんなギーマさんも好きかな。楽しそうで。黙っていて、感情を表に表さないよりかは、素直に感情を表現できるというのも違う味があっていいと思うの」
「それもありですね」
私の見解に、カナさんは微笑みながら同意をしてくれた。
ふと、向こうのやり取りを見れば、スバルさんはなぜか地面に伏せている。
スバルさんが着込んだそのギリースーツは、単なる草のお化けの仮装と侮るなかれ、ギーマさんが狩りに使っていたと言うだけあって、草むらに伏せてしまえば簡単に背景に同化してしまう。残念ながらここは平地エリアだから思いっきり目だってしまうが、それでも草食のポケモン用に積んでおいたのだという干草の中にもたれかかれば、その姿は見えなくなる。あれはすごい……。
それはそれとして、ここのメンバーに草食のポケモン……ママンやセナ以外にいたっけか?
とにもかくにも、仮装したままの立食パーティーは、そんな前フリを経てから始まった。カナさんは、どうしてもギーマさんに会ってみたいとのことで参加したため、スバルさんやオリザさんとは初対面であった。そのため、まずは互いの自己紹介から始まった。その時点から解放されていた料理は、なかなかに豪勢だ。
ギーマさんが狩ってきたというメブキジカは、炙り焼きにされて小さく切り分けられているものに、数種類のソースが用意されてどれから食べようか迷ってしまう。ポケモン用に生のまま振る舞われる肉もあり、特に内臓は主にポケモンの胃袋行きだ。
ドードーの肉にスパイスをまぶして焼いた料理や、キャベツにごま油と塩で味付けしたもの。タマゴやチーズをたっぷりと使ったグラタンに、マトマの辛味が上手く活きたミートパイ。隠し味に味噌を加えたにんじんと塩漬けキュウリのポテトサラダ。
ヘイガニの肉をエビチリ風に味付けしたものもや、インディカ米を使ったパエリアなど、ほとんどカズキ君が作ったと言うのだから驚きだ。彼に料理を教えたと言う隣人のユウジさん、何者だったんだろう……?
焚き火を燃してバーベキューも行い、熱々の焼き鳥やスペアリブなども楽しめて、言うことなしだ。お酒もカクテルやワイン、ビールなど各種用意され、つまみにカルパスやスモークされたチーズやサーモンなどもきちんと用意されており、酒を飲むにも困りそうにない。
格闘タイプの人たち(ポケモンにあらず)はお腹がすくのだろうか、キズナもオリザさんもそれらの料理をもりもりと食べ、ギーマさんはその線の細い体に見合う小食のようであるが、ワインは結構いける口のようだ。ヴァンパイアの格好をしているだけあって、血のような色のワインは見栄えする。
同じヴァンパイアの仮装をしていた私がツーショットの写真撮影をお願いすると、なんと快く承諾してくれる。スバルさんからは、ポケモンに手話を教えている私の事をよく聞かされているらしいので、期待を込めてのファンサービスだとか……なんでも私の手話は将来的に商売に利用できると聞かされているらしく、私が失われたら社会的損失なのだとスバルさんは語っているらしい。スバルさんってば商売人だなぁ……
何回かスバルさんがそう言っているのを聞いたが、他の人にも実際にそう思われているとなると嬉しいものだ。実際、立食パーティーが始まる際にもきちんと手話で『いただきます』をしていたところを見ていたらしく、すごく感心していたそうだ。
そうして、空も暗くなり、外はライトアップされる。私はとっくの籐に満腹になっていると言うのに、格闘タイプの2人はまだ食べ続けているし、悪タイプの2人はまだ酒を口にしている。スバルさんもギーマさんもお酒強いんだねぇ。
「さて、私達酔いが回って今にも潰れちゃいそうなわけだけれど」
「いやいやいや、平気そうにしか見えませんが……」
と言っているオリザさんは、ビールを一杯ほど飲んで以降、まったく飲んでいない。ギーマさんと比べるとこっちは結構弱いのか?
「こんなにポケモントレーナーも集まっているわけだし、ここらで……バトルでもやってみないかい? ローテーションバトル……実は私も結構得意なんだよね」
「えー。師匠たちとかー? 勝てるかなー」
「勝てなくても、やってみりゃいい経験になるんじゃないの?」
キズナとカズキはものすごくノリノリ。負けるとわかっている勝負でも、楽しむくらいの余裕はあるのだろうか。
「四天王と……」
なんて、唾を飲みつつ呟くのはカナさん。まだギーマさんと戦うと決まったわけじゃ……まぁ、いいか。
「おやおや。我が子達はやる気のようですね。叩き潰す準備をしなくては」
あんたが一番やる気というか殺る気じゃないか、スバルさん。
「ですねぇ……我が弟子も嫌ではないようですし、お相手いたしましょうか」
「レディーがやる気になってくれて嬉しいねぇ。私、興奮して噛み付いちゃうよ」
まだヴァンパイアなギーマさんが、含み笑いをしてボールを構える。
「どうやらやることに決まっちゃったみたいだね……俺、この戦いが終わったらケーキを持って来るんだ」
「おい、死亡フラグ立てるな!! カズキ、その言葉はいけない」
「いや、死なないと思いますが……」
カズキの華麗な死亡フラグ風のセリフに、息ぴったりにキズナが突っ込みを入れる。そんなネタにマジレスしてしまうカナさんは空気が読めていないというかなんと言うか……仲のよろしい事で。
「頑張りなさいよ、皆。私は見守っているからね」
「了解、ねーちゃん!!」
「やれるだけやってみるよ」
「頑張ります」
「ふふ、か弱い乙女は負けないように頑張ります」
キズナ、カズキ、カナと三者三様に返事したのはいいのだが、なぜかスバルさんも混ざっていた。大体、あの人が自分の事を『か弱い』とか……一体何処から突っ込めばいいのだろうか……というか、スバルさんはギーマさんが初恋の人だと言っていたが、スバルさんもギーマさんもボケだからツッコミがいなくって、下手に恋人になって2人きりにでもなったら会話が成立しないんじゃなかろうか?
「ではか弱い男子とか弱い乙女と、牛のお兄さん。そして紳士淑女のお2人とボーカロイドみたいな名前のお嬢さんとで、バトルを行いましょう」
「う、牛のお兄さんですか!? 私」
「ボーカロイドみたいな名前って言うなぁ!!」
いやまぁ、確かにオリザさんミノタウロスの格好しているけれど、ギーマさんもあんまりな言い方である。そして、何故ギーマさんは的確に緑音カナさんの傷をえぐる……確かにサーナイトのボーカロイド、『緑音 サナ』と一字違いだけれどさ。
「もぅ……絶対に来年の大会でビリジオンをゲットして、
緑音カナと呼ばせてやるんだからぁ!」
「ふふ、頑張りなよ」
ムキになって声を張り上げるカナさんに、ギーマさんは甘くささやく。完全に子ども扱いじゃないか。そして、毎回思うけれど、そのネーミングセンスは正直無いと思うの、カナちゃん。
「さて……私も育成途中の子がいるし、その子で相手をすればちょうどいいかな? ジムリーダーや育て屋ならば、ハンデとかその辺の調整は利きますね?」
「問題ない。虐めにならないように気をつけるさ」
「バトルフロンティアやバトルサブウェイで使うようなフラッターなら一応持ってきてます。一方的な勝負にはさせないつもりですよ」
一応、ギーマさんたちもハンデはつけるつもりらしい……だが、ハンデはつけても、決して弱くはないだろうから、キズナ達はどんな風に戦うのか、楽しみだな。
半分に折ったバーベキューの竹串を使ってくじを行うと、対戦の組み合わせは、キズナがギーマさんと。カズキ君がオリザさんと。カナさんがスバルさんということに。キズナは格闘タイプを3匹も所持しているし、ギーマさんが相手なら有利と言えば有利だけれど、ギーマさんが相手ではそれだけで勝てるような事はないだろう。
カズキ君は、格闘タイプのポケモンが岩タイプの技をサブウェポンとして持っていることが多い事を考えると、ちょっとオリザさん相手は厳しいかもしれない。サミダレあたりを何処まで上手く使えるかが鍵だろうか?
雨状態ではママンもサミダレも強いし、雨に頼るしかないかもしれない。
カナさんは……最近ミカルゲを投入していたが、街を歩くには機動力が低すぎて、せっかくのハロウィンで街を歩けないと言う可哀想な事態になっていた。ともかく、相手のスバルさんとともに、お互いにタイプに偏りがない分なんともいえないが……やっぱりきついだろうなぁ。スバルさんは育て屋に散らばったポケモンを集めてくるとか言ってどっかに行っちゃったし……どんなポケモンで来るのやら、本当に怖いわ。
「えーと……相手は恐らくドンカラスとかを使ってくると思うんだよなぁ」
「そりゃねえ……しかもギーマさんは勝負強いから、貴方の手を二手も三手も読んでくるでしょうね……」
「むぐっ……マジで、勝てるとまでは行かなくとも、どこまで喰らいつけるか……」
そうなのよね。相手も大人気なく終始本気で戦いを挑むようなことはさすがにないと思うけれど、きっと相手も負けるつもりはないと思うの。
「格闘タイプのポケモンが弱点の奴が多いけれど……だからといって、それだけで安易に格闘タイプを投入するのは……」
「じゃあどうするの?」
「……ゴンゲンが進化していたならガブリアスは確実に投入するべきなんだが。ギーマさんは砂パも出来るような構成だろ? ほら、バンギラスとか、ワルビアルとか、キリキザンとか……最近はノクタスも育てているって言うし……」
「そうね。さすがにフカマルじゃ無理ね」
「だよなー」
肩をすくめてキズナは笑う。
「だから、正義の心持ちのセイイチは入れる。ルカリオ相手に悪タイプの攻撃をしてくるって事はないだろうけれど……うん」
「あとはどうするの?」
「相手が砂パで来るとすれば、草タイプを入れたい。そうなるとセナは必要だし……捨て身の戦法もいけるタイショウを使わない手はないかな。あとは、アサヒ……」
「格闘タイプが結局全員入ってるし……」
「うん……確かにそうなったな。だけれど、こういう思考停止と言うのもある意味正しい事はあるかもしれないぜ? 一応、格闘タイプのポケモンにはみんな岩タイプの技を覚えさせているし……」
「うーん……まぁ、その考えはありかもね」
「よし、決めた。これで行く」
キズナも思い切った選出をするもんだ。
「なんだ、ねーちゃん? 大丈夫、師匠もギーマさんも、偏ったタイプ構成であってもきちんと戦い、強者として名を馳せているんだ……だから、問題ないさ」
「それを問題なく出来るから強者なのであって、貴方が強者じゃなきゃ問題なくはないのよ?」
かもな、とキズナは笑う。
「なって見せるさ。そうじゃなきゃ、来年の大会じゃ勝てないし……それにギーマさんと戦って盛大に負ければ、11月のセッカシティの戦いで大負けしたって怖くないさ」
「そう、ね。頑張りなさいよ。セッカで負けるための練習して、ビリジオン捕獲祭りでは景気よく勝ちなさいな」
相手はこのイッシュでも最強クラスの強敵……生半可な戦略じゃ勝てないというか、どうあがいても感謝祭の時の二の舞になるだけじゃないかと思う。ただ、そうなってもキズナはへこたれないだろう。きっと、強くなる目標や、その方法を見つけていまよりも成長してくれるはずだ。
「それでは私、スバルが審判を務めさせていただきます。勝負形式はローテーションバトル。交代は体の一部をタッチすることにより認められ、一度交代すると、10秒以内の交代及び交換は認められません。人数は4対4、ポケモンは個別に棄権させることが出来、4体すべてが棄権もしくは戦闘不能になった場合決着といたします。
また、場に出すポケモンは3体まで。4体目は、控えとしてボールの中へ待機していただきます。交換は、待機中のポケモンとのみ行えます。両者、よろしいですね?」
「了解です」
「もちろんさ」
絶望的な状況だと言うのに、キズナは微笑んでいた。対してギーマさんは、不敵な笑みを浮かべている。
「それでは、勝負を始めましょう」
その宣言と同時に、両側から声が上がる。
「いくぞ、タイショウ、アサヒ、セナ!!」
「行こうか、カット、グリード、テッカ」
キズナは先程の話どおりダゲキ、コジョンド、エルフーンを。そして、ギーマさんはキリキザン、ノクタス、ワルビアルと、わかり易すぎる砂パだ。もちろん、どちらも仮装はすべて脱がせているが、トレーナーたちはまだ仮装を解いていなかったりする。
しかし、ギーマさんの手持ちのえげつないこと。ノクタス以外は普通にエースとして起用しているポケモンだし、キリキザンのカットにいたっては彼の切り札である。
ギーマさんがキズナに勝たせる気がまったくないということだけは伝わってきた。精々2匹倒せれば上出来だろうか……
「キズナ……頑張りなさいよ」
「お、おうよ……アサヒ、まずはお前からだ!!」
キズナの声が、震えている。あの笑みは、虚勢だったのかな……?