BCローテーションバトル奮闘記





小説トップ
第二章:成長編
第四十四話:恋と進化と


「俺はさ。昔っから、親に虐待されて生きてきたんだ」
 掘り返したくはない俺の過去……でも、キズナになら、話しても大丈夫なはず。
「虐待?」
 キズナがオウム返しに尋ね返す。
「うん夏の暑い日とか、冬の寒い日に家の中に閉じ込めるような形で放置されたり。いや、ね……母親は、何処の男とも知れない男の子供を身籠ってさ。それで、俺の事なんて育てるつもりもないのに、産んじゃったんだ……中絶も出来なかったみたい」
「それは……悪い予感しかしない状況だな」
「実際、その予感が当たった結果が俺だよ。俺が生まれてからも、母親は何度も男を家に呼んだけれど……家に泊まりに来る男たちはさ、みんな母親と交尾しに来たんだ。それで、子供がいると気分が萎えるってさ。本能的なものもあるのかね、他人の子供は……自分の遺伝子が組み込まれていない子供は憎くなるっていう……
 それで、押し入れに押し込まれたり、さっきも言ったように外に追い出されたり。時には黙らせるために殴られたりもした。大人だから、子供よりも力が強いからって、偉そうに威張っちゃってさ。あの日……キズナの家に泊まりにいった、あの日の前日。俺はね、俺は……母親と、最後の喧嘩をしたんだ。俺は、母親が態度を変えるならば許すつもりで……とびっきり美味しい料理を作って、母親を出迎えたんだ。普通の親子として、やり直せればって……そう思ってね。
 でも、母親は……料理を作った俺の事を邪魔者扱いした。料理が出来る事を褒めるでもなく、お礼を言うでもなく……邪魔者扱いして、部屋に連れてきた男と……子作りの真似事をしようとして……。その時俺は、もうだめだって思ったね。母親は手遅れだって……この先何があっても、母親はまともな思考で子供の世話をするようなことはないって。死んでも問題ないし、死んだ方が世界のためになるってね。
 俺は、諦めたんだ……ママンに草笛を使わせて、母親と男を深く眠らせて……あらかじめ買っておいた酒を大量に飲ませて、殺したんだ。それで、何食わぬ顔で、ユウジさんの部屋に泊めてもらったんだ。もとより、殺す殺さないは関係なく、もし泊まる所がないなら俺の部屋に来いって、ユウジさんに言われていたから……急性アルコール中毒で死んだのを確認もせず、俺はそのままキズナに会いに行った。
 それで、ユウジさんから親が死んだ旨のメールが来るまで……ずっと、母親が死んだことを気にしないフリをしていたんだ。コロモには、ばれていたけれどね……さすがサーナイト、いい子だよ。あの時は……ユウジさんから『親が死んだ』っていうメールが来て、俺が動揺していたら、コロモは俺の事がなんかやばいと思ったんだろうね。あそこで抱きしめたのは、ある意味正解だよ。
 あの時誰か、心の支えになるような人がいなかったら、自殺してもおかしくなかったかもしれない。もしもキズナとかがいなかったら、そのままコロモに抱きしめられて、ずっと泣いていたいたかもしれない」
「あの時、お前が動揺していたのは……親が死んだからじゃなくって……殺したから、なのか」
「うん、殺したから。殺した事実が圧し掛かってきたから……正気じゃいられなかったんだ。だから、コロモも俺が壊れてしまわないように、強く抱きしめてくれたんだ……ほんと、あの子はいい子だよね。俺も欲しいくらいだ……」
「まあ、な。師匠とねーちゃんが育てた子だし……」
 キズナは、平静を装っているのか、それとも本当に平静なのか。いつもと変わらない声の調子で言う。

「つまり、なんて言うの? さっきの男が言っていたけれどさ……肉なんか食っていると将来は人殺しになるとかどうとか。あの時、キズナはどう思ってた? 多分だけれど、『実際に人殺しだし……』みたいな事を考えていたんじゃないかな。俺が階段から突き落として人を殺したこと、知っているだろうし」
「俺は……お前も死ねっ……て感じかな。ああいう大人は俺も嫌いだし……それでもって、あの馬鹿な男がカズキがすでに人殺しをしている事を知ったら、どう思うんだろうなって、そんなことを考えていたよ」
「そっか……それで、キズナは今どんな気持ち? 俺のこと、どう思う? 母親を殺して、そのくせ平然と生きている俺って……罪深いのかな?」
「どうって……よくわからない。今は、お前がどうしたのか、それだけしかわからない。お前がどう考えて、何を思って親を殺したのか……わからなければ、俺はそれになんともいえねーよ。
 極端な話、お前の親が人身売買や麻薬の売人をやっていたんだとしたら、俺としてはお前がやったことはむしろ賞賛に値するさ……そういうもんだろ? 何が悪いかなんて一元的に決められるもんじゃないし……だから俺は、お前をこの程度で軽蔑するようなことはしないよ……むしろお前の中での俺は、そんな安い男か?」
「生ぬるいんだよ、キズナ。それじゃ……俺が言っていることが嘘だったらどうするの?」
 キズナの肩に掴みかかる。キズナもさすがに驚いていたが、構わずに俺は続ける。
「そうだよ、キズナ。キズナの言う通りでさ……確かに、今話したことは、俺がやったことのお話でしかない。俺が何を思って親を殺したのか、そこまでは詳しくわからないかもしれない。
 確かにそうだ……結果だけ聴いて軽蔑するなんて、さっきの屑みたいな馬鹿のやることだ。でも、キズナ。そうじゃないんだ……俺、キズナに信用してもらいたいんだ。君が俺を、怖がる必要はない……『少なくとも普通に暮らしていれば、俺がカズキに殺される心配なんてない』って。そういう風に確信していて欲しいんだ……」
 キズナの肩を掴む手が、強くなる。俺自身の指まで痛いくらいなのに、キズナは顔色一つ変えなかった。

「……してるさ。お前を信用しているから、お前が俺の家から逃げたあの日に……お前に何があったのかを詳しく詮索しなかったんだ。だからさ、カズキ……俺は大丈夫だから、何か不安があるなら頼れよ、俺を。俺の家に泊まりに来たあの時と同じく、俺を心のよりどころにしてもいいんだ。不安なら俺が抱きしめてやる。お前を全部受け止める……そうするに値するだけの奴だって思ってる……だから信じるさ。
 お前は、人間だろうとポケモンだろうと、目的があって命を奪うならば、それに抵抗はないかもしれない……けれど、だからと言ってカズキがむやみに命を奪うやつだなんて絶対に思わない。だから、お前は……弱いところも、後ろめたいことも、全部さらけ出してみろ。俺に嫌われるのが不安だなんて思わずさ。カズキ、俺が受け止めてやるから」
「キズナ……キズナは、どうして俺が好きなの?」
「普通に、ポケモンバトルの腕前がどんどん成長して行って、競技人口の少ないローテーションバトルの相手になってくれて、よく遊びに行ったりもする……まぁ、それだけじゃただの友達だよな。恋心は抱かない。一番大きいのは……俺はお前がいないとダメってこと。それでもって、俺がいないとお前はダメってところ。
 お前は、男になりたい俺を頼らせてくれた……仲がいいと思っている姉に対してすら言えなかった、『男として生きて行きたい』って告白を……おれはお前に、一番最初に言えたんだ。それが出来るくらいに、お前を信頼していたんだ。男になりたいとかなんだとか、俺って言ってみりゃかなりの変態だよな? そんな気持ちを、告白させてくれた……それって、すごい事だろ? 俺はお前なら、何もかも受け入れてくれるって確信出来てたんだ。
 逆にお前もさ、俺の事を頼ってくれたじゃないか。あの時……俺の家に泊まりに来てくれた、あの日に。俺、あの時嬉しかったんだぜ? お前がすごく落ち込んでいるって言うか、心が弱りきっていた時に……俺を心のよりどころにしてくれたこと、すごく嬉しかったんだ。
 互いに信頼し合える仲なんだなって、俺は確信できた。だから俺だって、お前相手に過去の事も。自分の性癖も話す気分にもなったんだ……。お前が相手なら、何でも話せるし、何をやっても大丈夫……そう思えるから、好きだ。俺、女に生まれて損ばっかりしてきたけれど、こんな俺でも女に生まれて良かったと思えたんだぜ?
 自信持てよカズキ……お前の前でなら、俺は女でも男でもいいし、お前に恋できたことは、女として誇りに思える。成長するたびに性別の差が強く出てくるから、俺は大人になんてなりたくないって思っていたけれど……お前となら大人になりたいって思える。
 恋は盲目って言うけれどさ……俺はお前の悪い所を見ていないわけじゃない。けれど、お前は……誰かに愛されないような奴じゃないだろ。どうして好きになったかなんて、そんなこと考えるな……俺はお前が好きだから好きなんだ、それでいいだろう?」
「そう、じゃあ……こんな事をされても、信用出来るなら、怖くないよね? 俺のような殺人鬼のナイフだって……向けられても君は怖くないよね?」
 俺はキズナの首にポケットから取り出したナイフを当てる。ポケモンレンジャーが使用する、ポケモンの毛皮だって切り裂くような、鋭いナイフだ。少し力を入れれば、キズナは死ぬというのに。キズナは目を背けずに、真っ直ぐと俺の目を見る。俺が、ナイフを振り上げ、その首に振り下ろすフリをしても、その視線はまったく動かず――
「ガァッ!?」
 それどころか、俺の体が吹っ飛んでいた。何が起こったのかもわからずに目を白黒させていると、アサヒが俺の服を掴み、とび膝蹴りでみぞおちにダメージを与えてから、さらにもう一発頬を殴らんとする。俺は顔にも一撃食らってしまったが、幸いアサヒの体重は軽いし力もさほど強くないので、片手で引き剥がして放り投げる。
 地面に放り出されたアサヒはすぐさま立ち上がってもう一撃を加えようとするが、それはセイイチがアサヒの肩を押さえ込んで止めた。
「ごめん、アサヒ……本気でやるつもりはなかったけれど、誤解されちゃったね」
 みぞおちに走る痛みに顔をしかめながら立ち上がると、口の中には鉄臭い匂いがした。それを吐き出すと、地面には真っ赤な唾液が落ちる。
「人間は、結構性質の悪い冗談もするもんなんだよ、アサヒちゃん。だからそんなに牙を剥か……ん?」
「あ……」
 アサヒはきっと、キズナが殺されると思ったのだろう。それで興奮して俺の肩を掴み、みぞおちに飛び膝蹴り。そのまま馬乗りになって、殴りかかってきた。それ以上の追撃をしようとしたところで、セイイチが止めてくれたわけだが、これは……
「クッ……ン……」
 アサヒが苦しげに体を丸めたとかと思うと、途端に体が光りだした。間違いない、進化だ……このタイミングで。セイイチは抱きしめていたアサヒの体を開放し、進化をじっと見守る。数秒後、淡い黄色と小豆色だったアサヒの体色は、白に極めて近い薄紫と、紫色を基調とする体となる。
「コジョンド……アサヒ、やったなお前!!」
 俺と大事な事を話していたはずなのに、そんな事はなかったかのようにキズナが喜びの声を上げる。アサヒは喜びや感慨を感じる間も無く抱きしめられ、押し倒されて戸惑っていた。なにがなんだか、あまり状況はわかっていないようだが、主人に抱きしめられているのが嬉しいのか、数秒後には抱きしめてきたキズナに対して頬ずりをしていた。
「『嬉しい』ぞ、アサヒ」
 キズナは手話を交えてアサヒに声を掛ける。
「『ご主人』『私』『嬉しい』……そっか。お前も嬉しいか。当然だよな……。『でも』、『まだ』『終わり』『じゃない』。『もっと』『強く』『なれ』よ!」
 手話を交えつつ、途切れ途切れにそう言ったキズナに対して、アサヒは胸のあたりを2回叩いて、了解と手話で言うそうして、コジョフーからコジョンドに進化したアサヒを抱きしめながら立ち上がり、キズナは俺の事を見つめる。
「カズキ。俺はお前の事を信じてたぞ。お前が俺を殺すことなんてないって。だからナイフを避けなかったぞ……というか、カズキ。愛情を試すのはやめろって言ったろ? また愛情を試しやがって……女々しいやつだ。一発殴ってやりたいけれど、アサヒがすでにやってくれたからもういいや」
 信じてやったぞ、とでも言いたげなくらい、得意げな表情でキズナは言う。
「うん、キズナは俺の事を信じてたね……またやっちゃったか、俺」
 キズナは、ナイフを突きつけられても、俺から目を逸らすことも、目を瞑ることもしなかった。本当に恐れていなかった。当たり前といえば当たり前だけれど……
「まぁ、ネタ晴らしするとさ。お前が本気で俺を殺す気があるなら、セイイチがその殺気に気付かないわけがないって感じでさ。だから、セイイチが反応していないなら大丈夫だろうって思ってた……ちょっと、ずるいかな、俺?」
「いや、それでもいいよ。ともあれ、俺が無意味に命を奪うような奴じゃないって、信じてくれたわけだし……俺は、母親を殺したこともあるけれど、本当は殺したくなかった……本当なら、スバルさんみたいに仲良くして生きたかった。それが無理だから殺したけれど、本当は誰かに暴力を向けるのは嫌いなんだ……キズナは、そう思っている俺の事を、きちんと信じてくれたんだ」
「そりゃな……お前は人の不幸を望むような奴じゃない。お前はむやみに刃物を人に向けたりはしないだろ。それでも、お前が刃物を向けるとしたら……それは、屑か、食糧に対してだけだろ?」
「うん……キズナはそれを理解してくれているわけだし……もう、君に刃を向けたりなんかしないよ……絶対に」
「わかったわかった。とにかく、俺のことを信頼してくれたというわけで……どうするんだ? 俺、勢いで告白しちまったけれど……俺のプロポーズにどうこたえるんだ?」
 そういえば、キズナの恋心に応えられない理由は……まぁ、ほとんどなくなったわけだ。いまだに、母さんにとっての『人を愛すること』が、アレだったせいで、どう向き合えばいいかはまだまだわからないけれど……それは、おいおい考えればいいのかな。

 俺はキズナが抱いているアサヒの頭を撫でる。アサヒは一応申し訳ないと思っているのか、俺から目を背けていたが拒絶はしなかった。そうして、軽くアサヒの目隠しをして、お返しに軽く口付けをする。唇同士を軽く触れ合わせるだけだけれど……正直な話、キズナほど積極的に行くのは、俺はまだ恥ずかしい。
 いくら二人きりとはいえ、こればっかりは……勘弁してもらおう。キスを終えると、キズナは満足げに舌なめずりをする。
「へへ……ありがと」
 と、キズナがはにかむ。
「いや、俺からも……ありがとう。俺を受け入れてくれてさ」
 なんて照れくさい……キズナが相手じゃなきゃ、顔から火が出そうだ。
「そんなに卑下するもんじゃないぞ? スバルさんだって、お前を評価してんだ」
 キズナは微笑み、俺の手を握る。
「狩りを続けよう」
 その前に、大量に出したポケモンを仕舞わないと目立ち過ぎて獲物が逃げるだなんて、言ったらしらけてしまいそうだ。

 ◇

 結局、獲物は見つからない。奴ら、ポケモンの狩猟に反対している団体の馬鹿が、ポケモンの嫌う匂いの粉末か何かを狩場であるホワイトブッシュ中層にばらまいたのだろう。そのせいかポケモンが禁猟区である深層に閉じこもってしまっている。なので、俺達はもう獲物をほとんど諦めて、世間話モードになっている。
「でな、ねーちゃんが外でリハビリ中に家に侵入してきたアヤカがさ……ねーちゃんを包丁で突き刺そうとしたわけ。いやぁ、危ない危ない」
 話によれば、アオイさんのイジメ関係の騒動はまだ収まっていないらしく、キズナからは衝撃的なエピソードが語られた。さらっと言っているけれど、それ大変なことなんじゃ。
「コロモが寸前で止めたけれど、その光景を見て居たせいなのかな……アサヒが俺を助けようとしたのって。俺の事を守らなきゃって思ったんでしょ……コロモがねーちゃんを守ったみたいにさ」
 なるほど……目の前でそんな光景を見て居たら、あの時の俺に攻撃を仕掛けるのもわかるなぁ。
「それって……思いっきり殺人未遂じゃん。そのアヤカって人はどうしたの?」
「んー……行方不明。あいつ、何だかポケモンを手放してからというもの、父親は仕事をクビになって家族に暴力三昧。学校ではお礼参りされて、どこにも居場所がなくってボロボロらしいんだ……それでまぁ、ねーちゃんに復讐しようと思っているみたいなんだけれど……このまま野垂れ死んでくれれば楽なんだけれどなぁ。
 いくら相手がポケモンを持っていない上に、格闘技もずぶの素人とはいえ、怖いもんは怖いぜ」
「確かに厄介だねぇ……」
 さすがに俺も心配だ。まぁ、サーナイトはいざとなればテレポートで逃げられるし、護身用には最適なポケモンなんだけれどな。だから大丈夫だと俺は思う……アオイさんのポケモンは何気に強力だし。

「よ、キズナ」
「あ、今川さん」
 世間話をしながらしばらく散策していると、今度はポケモンレンジャーの今川ヨシオさんに出会う。キズナのお隣さんで、キズナはこの人に憧れてポケモンレンジャーを目指しているというだけあって、身体能力や戦闘能力は恐ろしく高いらしいが、それがどれくらいなのかは見たことがないのでよくわからない。
 今日もマコトさんと一緒に森のパトロールをしているらしく、パートナーポケモンであるエモンガとアイアントも元気そうにしている。そういえばこの子も俺の育て屋の子なんだよなぁ……テッキと同じく。
「あ、こんにちは」
 2人に向かって俺は挨拶し、さっきとは違う話題の世間話が始まる。話の流れで『お前ら仲が良いな』なんて言われたときは、キズナは自慢したくて仕方がないのか、俺の腕を取って恋人なんですと笑う。お前ら男同士なのに熱いなとマコトさんに笑われ、何時までもその関係が続くといいななんて後押しもされた。
 そんな風に応援されることが、キズナはとても嬉しいらしく、ヨシオさんは逆にお転婆で男勝り(どころか今はもはや脱がなきゃ完全に男に見える)なキズナが普通に恋をしていることに非常に驚いていた。明日は雪が降るぞなんていって、茶化すことも忘れない。そんな世間話を続けて、そろそろ話しすぎてのども渇いたかというところ……
「そうだ、2人に言っておかなくっちゃいけないことがあるんだ」
「なんですか?」
 上司のマコトさんが、突然話題を持ち出した。
「最近な、このホワイトブッシュでやたら狩りを邪魔してくる集団がいるんだ……」
「あぁ、それなら、さっき出会ったよな、カズキ?」
「だね」
 マコトさんの言葉に、俺達は顔を合わせて頷きあう。
「あぁ、そうなのか。何かされなかった? あいつら、やたら強力なポケモンを持っていてね……お前達なら問題ないとは思うけれど、あまり強いポケモンを連れていない人は手持ちがやられてしまったりすることもあるらしい」
 ヨシオさんが心配そうにこちらの顔色を伺うが、何かされていたなら真っ先に助けを求めると思う。
「いや、大声で狩りの邪魔をされた以外は何も……あぁでも、狩りについて抗議されてうざったかったから論破してやったら、メタグロスを繰り出してきて……なので、撃退しました」
「メタグロス、か……繰り出した奴の特徴とかはわかる?」
 そう尋ねられて、俺達はあの男の特徴を二人で思い出し、語る。無精ひげとか、襟が伸びて広がっているシャツとか……そういえば、こんな森の中に来るというのに軽装だったこと。ズボンの色とか、顔の特徴とかも含めて全部話す。
「それで、一つ重要な事なんだけれど……あのメタグロス、ウチの育て屋で育てていたポケモンなんです……テッキって言ってね」
「カズキ君のウチ? シラモリ育て屋本舗かい?」
 うん、と頷き俺は続ける。
「マコトさんの言い方だと、他にも被害にあった人がいるみたいだけれど……」
「あ、あぁ。狩りを邪魔して仮の残虐性を説いた挙句、反論されれば高レベルのポケモンを出してきて、狩りに来た人たちを脅すんだ。返り討ちにされるケースもあるけれど、どいつもこいつも強力なポケモンばっかりだ。デスカーンとか、ヒヒダルマを繰り出したりとか……というか、俺達が相談されたのは3件だけだけれどね。
 他の隊員から報告された例ではマラカッチとかイワパレスとか、ニョロトノとフローゼルをセットで出してきたりとか……とか。というか、子供たちに色々喋っちゃったけれどレンジャーの守秘義務とか大丈夫か?」
「私に聞かないでくださいよ、マコトさん」
 あー、レンジャーだから捜査状況をぺらぺら話しちゃいけないのか……そりゃそうだよね、うん。
「あの……フローゼルは知らないけれど……ニョロトノは……ニョロトノの特性は? もしかしたら、それも俺の育て屋の子かもしれない」
「襲われた奴は。雨降らしじゃないかって言っていたな」
「それって……」
 マコトさんの言葉が真実だとすると……2ヶ月ほど前に売れていった……
「その子も多分、育て屋の子だ」
 つまり、一体どういうことだ? あいつら、俺の育て屋のポケモンを……大量に買っている? 最近売り上げがいいようだけれど……
「……カズキ君の育て屋から購入されたポケモンが、抗議活動に使われているというですか?」
「そういうことになると思います……というか、多分俺の育て屋は氷山の一角で、他のブリーダーとかからも購入しているんだろうけれど……そんな強力なポケモンで抗議活動だなんて……何を考えているのやら?」
 マコトさんの言葉に俺は頷く。
「わかった。それなら近々育て屋に話を聞きに行くかもしれない……」
「あ……そうですか。スバルさん、警察嫌いだけれど、レンジャーは大丈夫かなぁ……」
「まぁ、別のところからも入手されているところを考えると、育て屋が悪いとかそういうわけでもないし……購入者の素性を調べる参考程度にね」
「了解です」
 ともかく、色々心配事が増えたというわけだ。一応、スバルさんにも報告しておくかな……余計な事を言うんじゃないとかどやされそうだけれど……。


 ポケモンレンジャーと別れた俺達は、数少ない獲物に近づく前に警戒されてしまうことが何度かあり、結局それ以降獲物はえられないままに空は暗くなってきてしまった。仕方がないので、最後にヘイガニを釣り上げて、それを捌いてもって帰ることにした。
 それで今日の狩りを終了ということになったがしかし、進化したアサヒは沸きあがる力をもてあまして、ソワソワうずうずとしていた。
 この力を試したくて仕方がないらしいけれど、奴らのせいで狩りがまともに出来なかったために発散の手段がないことが気に喰わないようだ。このまま帰ろうとボールに入れたいのだが、どうにもアサヒはまだボールに入りたくないらしい。
「カズキ……こいつに、有り余る力を開放させてやってくれないかな?」
 苦笑しながらキズナが俺を見つめてきた。アサヒも訴えるような視線でこちらを見つめており、どうにも断れそうな雰囲気ではない。
「了解、相手を用意するよ……そうだな、同じ陸上グループだし、ミロク……いっといで」
 アサヒの視線に負けて、俺もポケモンを繰り出す。なんだかんだで、俺の手持ちも狩りがあまり上手く出来なかったおかげで欲求不満らしい。ポケモンレンジャーも、例のあの集団がホワイトブッシュの中層にポケモンが嫌う匂いのする薬剤を撒いているところを厳重注意したが、しばらくは匂いが抜けないそうで、ポケモンたちは人間の立ち入りが禁止されている深層に引きこもっているのも確認しているらしい。
 立ち入り禁止の場所には入れるレンジャーさんは少し羨ましい。

 しかし……それだと、日が経てば狭い深層の食料はなくなるわけだし、ポケモンの狩りが不猟になるのも一時しのぎにしか過ぎないわけで……本当に、奴らは何をしたいのだろうか?
 こればっかりは『我々レンジャーが厳重に対処する』と言っていたから、今後の対応に期待するしかなさそうだ。
 ともかく、今日はそうやって欲求不満になったポケモン達ばっかりだ。今日は終始パートナーとして一緒に行動し、愚痴を吐きあっていたミロクとなら、拳で語るのも悪くないだろう。
「お、ミロクで行くのか……」
「うん。この子、公園とかで野試合をした限りじゃ結構強いよ。素早いしね」
「へー……」
 ボールから繰り出されたミロクは、ぶるぶると体を震わせた後、前足をそろえて大きく伸びをする。それで血行をよくしたところで、これから何が行われるのかを理解している様子で、電気を起こし体毛を逆立てた。
「やる気十分じゃん? 俺のアサヒはもう準備万端だけれど、そっちは?」
「ミロクは大丈夫?」
 尋ねると、暴れたりなそうなミロクはこちらを振り向いて、頼もしげな顔で放電する。
「暴れたくって仕方がないみたい。ほら、こっちだよミロク」
 ある程度の距離を離した状態から始めるため、俺とミロクはキズナ達から離れる。キズナもそれにならって離れ、両者向き合った。
「こっちはOK。いつでも始めてよ、キズナ」
「よーし、それじゃあ……アサヒ、遊んでやれ!!」
 キズナの指示と共にアサヒが駆け出す。
「猫騙しに気をつけろ」
「む……」
 きっちりと猫騙しを使ってやるつもりだったのだろう、キズナはミロクが猫騙しを受けないために、そこらじゅうにある樹の陰に逃げたことにむっとする。
「悪いね、こういう場所だし、地形は最大限利用させてもらうよ」
「なるほど……ならば、波導だ……はたく」
「隠れて雨乞って避けて!」
 波導弾をしようとしたところで、こちらが隠れさせる指示を行う事をきちんと察知したらしい。キズナはそれならばと、素早く相手を攻撃する事を選ぶ。ミロクは、一度樹の陰に隠れるために止まってもらったので、走りながら波導弾をチャージしていたアサヒに射程県内へ入られる。
 そして、コジョンドの最大の特徴である、腕から伸びている体毛が鞭のように伸び、ミロクの胴体を襲う。
「距離をとれ!!」
「波導弾」
 ミロクは雨乞いしながら逃げ、痛みに顔をしかめつつも、距離をとって仕切りなおし。しかし、距離をとるということはすなわち、チャージする時間があると言うこと。向き合ったときにはすでにアサヒは波導弾のチャージを終えており、ミロクは額でその波導弾を受ける。
 頭の中にガンガンと鳴り響く衝撃を受けながらもそれを耐え切り、ついでミロクはいわれるまでもなく。
「雷、決めろ!」
 俺に命令される前からそれを行っていた。樹を避けるように上空から打ち落とされた光の槍は、狙いを誤ることなくアサヒに突き刺さる。激しい稲光に包まれたアサヒは、歯を食いしばってそれに耐える。
「飛び膝……」
「突進だ!!」
 キズナはここで決めなければまずいと、コジョンドの十八番である飛び膝蹴りを命令する。しかしこの技、タイミングを合わせてけらなければ転んでしまい、むしろ自分が大きな隙をさらすことになる。
 普通のポケモンが相手ならともかく、ミロクほどの素早さを持つポケモンならば……案の定だった。相手の早すぎる移動に上手くタイミングを合わせることが出来ず、ミロクは前足を上げて飛び掛り、アサヒの飛び膝蹴りを潰す。
 もつれ合いながらも、ミロクはアサヒの上で地面に着地。地面へと叩き付けられる衝撃の大半をアサヒに吸収させて、反撃される前に彼は退避。起き上がりざまのアサヒに、雷を当てた。アサヒは立ち上がろうとしたが、ミロクはすでに雷のチャージが出来ている事をアピールする。あと一撃、いつでも当てられるのだぞと意思表示をされてはアサヒも負けを認めるしかなく、尻餅をついて負けを認めた。
「ひゅう、さすがカズキのポケモンだ。やるねぇ……それにアサヒも……『よく』『頑張った』」
 荒い息をつきながらうつろな目でキズナを見上げるアサヒをキズナは優しく撫でる。しかし、すっかりずぶ濡れだ……風邪を引かないように注意しなくちゃな。さて、俺は……
「よくやったな、ミロク」
 一度ブルブルと体を震わせてから駆け寄ってきたミロクは大量の電気を帯びていて、この雨の中だと言うのにバチバチと言っているのがわかる。案の定触れてみると手が爆ぜるような痛みが走るが、それに顔をしかめつつも撫でてあげると、顔を摺り寄せて甘えてきた。
 マズルをなぞるようにその体を撫でたり、耳を弄ったり。普段は耳を触られるのは嫌がるくせに、こうやって甘えている時だけはどんな好意だって許してくれる。人懐っこい子だ。
 気持ちだけでも水気を払えるように、まだぬれていないタオルで拭いてあげると、今度は体まで寄せてくる。あちらのほうも負けじと体を寄せているようで、どうやらポケモン同士で対抗しているようだ。
「何やっているんだかこいつら」
 とにかく、2人を甘えさせ続けても埒が明かないので、ある程度体を拭き終わったらボールの中へと入れてあげる。ポケモンがボールの中に収納されて静かになると、俺達は再び顔を見せ合った。

「あのさ、カズキ……」
「な、なに?」
 あまりに見つめあいすぎて、何かを言うタイミングを逃してしまい、『帰ろう』とすらいえなかった。そんな沈黙を打ち破るキズナの言葉は。
「行こう。帰ろう」
 言葉は普通だけれど、キズナは俺の手をとってそんな言葉を吐いている。指の第一関節から先だけをつまむような手のとり方だった。振り払われやしないだろうかと心配なのが嫌と言うほど伝わってきたが……あいにく、そんな心配に意味を持たせるほど、こちらも照れ屋さんではなかったようだ。
 その心配を杞憂にしてやった。しっかりと、手を握ってあげる。

 ホワイトブッシュの表層まで行くと、乗ってきた自転車が見える。手をつないで自転車を走らせるわけにも行かないので、ただ並んで走るだけだってけれど、今までより少しだけそれが楽しく感じられた。ユウジさんの家に寄り道をしてアイルを返しにいくことから始まり、ブラックシティを出てホワイトフォレストへ。
 育て屋まで先について、送っていこうかと提案したけれど、キズナは大丈夫だと言った。俺の前では女になってもいいけれど、男に頼るような女々しい奴はなりたくないようだ。ある意味キズナらしいと言えばキズナらしいけれど。
 家に帰ると、母さんの仕事が終わるまでに食事の準備をし、今日あった事を話す。キズナと恋人関係になってしまったことについては話さず、テッキがなにやら良くわからない集団に買われていったことや、ポケモンレンジャーの話を話せるだけ話した。
「……と、言うわけなんだけれどさ」
「ふむ、最近よくポケモンが売れて景気がいいと思ったら……そんな事が」
 取り合えず、ヘイガニを酒蒸しにしてバジルを振りかけたパスタを出す。母さんが美味しいものを食べて機嫌がいいうちに、悪い話は済ませておかないと。
「しっかしなんだ……わざわざポケモンレンジャーにその情報を流すというのは、感心しないな。いや、世間的に見れば普通の行為なのかもしれんが、我が育て屋にあらぬ噂を立てられて業績が落ちたらどうするというのだ?」
「うぐ……それを言われると、その……」
 やはり機嫌が悪くなってしまった。いやまぁ、確かに軽率ではあったと思うけれど……。
「高額な買い物をしてくれただけあって、その客の事はおぼえている……一応、身分を証明できるものを提示してもらったし、そのコピーも保存しているが……それも偽造だったのかもしれんな。もしくは、私みたいに死人の戸籍でも使っているか……そうなると本物の尻尾は掴みようがないし……」
 今、母さんがさらりとすごいこと言った。死人の戸籍を使うとか、母さん……それものすごい犯罪じゃないんですか?
「カズキ。そいつらの靴とかに発信機を仕込むこととかは出来るか?」
「いや、やったことないし、どうやればいいのか見当もつかないんですけれど……」
「だろうな。わかった、それとなく知り合いに頼んでみる」
「そういうのってそれとなく頼めるものなんですか? それとなくって……」
「知るか。それとなく頼めないなら堂々と頼めばよい」
 正論だけれど何か違う。やっぱり、スバルさんが露骨に不機嫌だ。
「ともかくアレだ。私達育て屋のポケモンが、そんな輩に使われるのは非常に不愉快だ。『次は殺す』と言っておけ」
「あぁ、言っておきました……ただ、育て屋のポケモンを使うことじゃなく、狩りを邪魔することについてだけれど……」
「カズキ、やるなお前……優秀な子だ」
 衝撃の事実にしかし、母さんは怒るでも驚くでもなく褒める。やはり、この人は変人だ

「どういう風に言ったんだ? ちょっとママに聞かせてくれよ」
 さっきとは打って変わって、母さんがご機嫌だ。怒っている時に『母さん』と呼ぶと神経を逆なでしてしまうが、今はママを自称する始末。
「いや、その……これ以上邪魔をするなら、骨も肉も血もすべてポケモンに食わせるって……証拠すら残さないってさ。そうやって脅したら、あっさり逃げて行ったよ。こっちはオノノクスとかもいたしね……胃袋の容量としてはなかなかのもんでしょ」
「ふふ、いい脅し文句だ。証拠も残さないなどと言われては、怖かろう。さす我が子だ」
 母さんの言葉を聞いて、ふと『ひ孫弟子が出来たら楽しみ』というギーマさんの言葉が蘇る。もしかして、俺も母さんに似てきてしまっているなんて事……ないと信じたいけれどなぁ。
「なんかそれ、褒められている気がしないよ……」
「はっはっは……世間的には褒められたものではないかもしれんな」
 俺が苦笑すると、逆にスバルさんは大いに笑ってみせる。
「だが、その気の強さはいいと思うぞ。お前の祖父と会ったときから思っていたが、お前は大人に一歩も引かないからな……胸倉を掴まれてもその手首に熱いお茶をかけるだなんて、並みの肝っ玉じゃ出来ることじゃないぞ?」
「いや、まぁ……」
「取りあえず、だ。我が育て屋のポケモンが使われていたという事実を確認できただけでも、収穫だ。この件については私からも少し動かせてもらうからな……だから、お前も情報の漏洩については気をつけろ?
 テッキの件についてはキズナやポケモンレンジャーに話したまではいいだろう、許す。だが、他の者には他言無用だからな……いいな?」
「は、はい」
 どうやら、最初のほうの母さんの機嫌の悪さは、微妙に演技がかっていたものらしく、実際はあまり怒っていないようだ。さて、キズナの事は何時話せばいいのだろう……そもそも話すべきことなのだろうか。

----
今日は、久しぶりにキズナと狩りへ赴いた。
狩りの内容自体は、全然獲物が取れずに不満の残る出来だった。どうやら、肉食に反対する菜食主義者の集団が、狩りをさせないために禁猟区である深層にポケモンを閉じ込めるべく、ポケモンが嫌う匂いのする薬剤をばら撒いていたらしい。いずれ深層の食料も尽きて中層に出てこざるをえないから、そんな事をしてもまったく無意味なわけで……本当にただ迷惑なだけの行為である。
他にも、大声で狩りを邪魔したり、場合によっては強力なポケモンを用いて暴力を振るってくることもあるらしい。ポケモンレンジャーも迷惑だからと、問題視しているようである。

気になったのは、その集団が使っている強力なポケモンの入手先だ……シラモリ育て屋本舗のポケモンも使われているらしく、どうにも自分で育てたポケモンではないようで……つまり、資金力がとんでもないんじゃないかって事。
でも、何のために……? 菜食主義者たちのあの活動は、どっかから金を引きずり出すための口実でしかないのだと思っていたけれど……何か、別の目的があるんじゃないだろうか?

色々憶測はあるけれど、大人が動くと言った以上は、もう俺達の出る幕じゃなさそうだし……この件については何か頼まれない限りは大人に任せよう。変に子供が出てきて計画を台無しにさせることだってあるだろうし、それがきっと最善だ。

10月13日


Ring ( 2013/11/29(金) 00:07 )