BCローテーションバトル奮闘記





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第二章:成長編
第四十三話:ポケモン狩猟反対!!
10月13日

「アサヒ、今度はお前だぞ」
 ご主人の呼ばれて、あたしはモンスターボールの中から這い出る。久しぶりのホワイトブッシュで、あたしは心が躍る気分だった。
 今日はカズキ君と一緒に、ご主人が狩りデート。私も久しぶりの借りだからウキウキしちゃうけれど、ご主人もすごく嬉しそうだ。今日は、セナやタイショウのように、肉をあまり食べないポケモンはお休みで、かわりにアオイさんから預かったクラインやアクスウェルなど、肉食・魂食の子と一緒。
 アクスウェルはとっても体が大きいから良く食べそう……ゴンゲンもだけれど、初めての狩りだから、血の匂いに興奮すること間違い無しね。とは言っても、あまり人数が多すぎると匂いや気配で存在がばれてしまうので、ぞろぞろとつれて動くわけにも行かないようで。
 だからあたし達は時間で交代してボールに入り、獲物を探すことに。みんな狩りの楽しさを知っているからか、そして興味があるからなのか。誰もが率先してボールの外に出たがっていてご主人もカズキ君も困っていた。
 カズキ君は、ママンを育て屋に置いて。最近ずっと会いに行ってあげられなかったアイルを誘ってこの森に来ている。アイル君、背も高いしとっても格好いいのよね。新しくカズキ君のメンバー入りをしていたサンダースのミロク君も、今はすっかりメンバーに馴染んでいるみたいで、あたし達の誰よりも素早く走り回っては、対戦となれば場をかき乱すのに一役買っているらしい。

 そんなわけで、色んなメンバーで狩りをすることになったわけなんだけれど……なんだかこの森、前来た時と違って嫌な匂いが充満しているなぁ……なんだろう? 不穏な気配もどこかにあるような……。
『アクスウェルは狩りが下手ね。みんなの足を引っ張っちゃってる』
 そのせいなのか、獲物も少なくって……食料を得られるチャンスは少ない。まったく、ご主人ったら、そんな時に狩りに慣れていないアクスウェルなんかに任せるんじゃなかったわ。
『本当、僕の幻影でもカバーしきれないよ』
 アイルがからかい混じりにそう笑う。アクスウェルは図体がでかいし、体重も重い分足音が目立つから、警戒心の強いポケモンにはすぐに見つかってしまう。だから、アイルの幻影でサポートをしたはいいけれど、それでもカバーしきれない。
 ご主人いわく、オノノクスは体を暖かくしない代わりにあんまりものを食べなくてもいいポケモンだから、食事の回数は少ないんだって。だから、狩りは下手でもたまに獲物が取れればそれで生きていける、そんなポケモンなんだという。
『うっせー! お前等の足音が静か過ぎなんだよ』
『そして、何よりも速さが足りない!』
 あたしと一緒に繰り出されたミロクがそう言って笑う。逆にミロク君は速すぎだと思うの。セイイチの神速が一瞬上回れるくらいで、誰も追いつけないくらいに速いんだもの。そもそも、アクスウェルだってかなり速い。もっと速く……なんて、ミロク以外には言えない台詞だ。
 彼自身、もっと木々がまばらな森でならもっと動けるそうなのだけれど、あいにくここはうっそうと木が生い茂る密林だ。アクスウェルが狩りをするには向かない場所なのだと、ご主人は言っていた。

 ともかく、あたしとミロクで狩りをすることになったわけで……あたしのほうが経験豊富なこともあって、忍び足は私のほうがずっと上手い。十分な距離まで忍び寄ったら、ご主人たちが手裏剣や吹き矢で別の角度から攻撃するのと同時に走り出す。あたしが先制攻撃で取り逃したら、ミロクが10万ボルトなり何なりで追撃する。そういう算段だ。
 忍び足でそっと近寄り、見張りをしているオタチの旋回の隙を突く。木の根に生えたコケが足音を消してくれる場所を選んで歩み、木の陰でじっと息を潜め……指だけを物陰から出したご主人のほうを見ながら、様子をうかがう。草むらに突っ込まれた吹き矢はすでにオタチのほうに向いており、いつでも撃てる状態だ。
 あたしが手話でOKと意思表示をすると、ご主人が建てる指を5本にして、1本ずつ減らしてゆく。3・2・1……0!!
 その合図と共にあたしは飛び出した。セイイチが吹き矢と繋がった空気入れを踏み潰し、カズキ君が構えた吹き矢を打ち出した。音より速く飛ぶ弾丸が通り抜ける。放つまでの予備動作の音で気付かれないかとひやひやしたけれど、そんな心配もなく。
 当たったのは肩。急所ではないけれど毒を回すための弾丸だから、何処へ刺さってもそれなりに意味はある。肩に刺さって、驚き尻尾ごと倒れたオタチに私は飛び掛る。飛び掛って噛み付くと激しく抵抗した。後ろからはミロクとセイイチが迫ってくる。ミロクは得意の特殊技ではなく、あたしと同じように噛み付いて、遅れてやってきたセイイチは、私達が押さえ込んでいたオタチを奪い取り、手の甲の棘で一思いに首を貫いて殺した。
 急所を射抜かれたオタチはしばらく痙攣していたけれど、やがて動かなくなった……うーん、でもこれじゃあ皆が食べられるだけの量がないなぁ。私達全員でお腹一杯になるには、まだまだ狩る必要があるわね。

 そうやって、しばらく交代しながら狩りを続けてゆく。先程の獲物の後に、眠ったまま動かないトランセルを1匹ゼロが見つけて摘み取ったので、それ(中身ドロドロ)をみんなで分けて食べたりなどして、私達のお腹も大分一杯になってきた。この人数で来ても、獲物が2匹もいれば意外と何とかなるものである。
 人間達は焼いて食べる必要があるとかで、すぐに食べようというような事はなかったけれど、サミダレに頼んで凍らせてもらい、後で食べるようである。今日はたくさん収穫できたし、人間達の分もそれなりに集まっている。クラインも魂をしゃぶる際はとても美味しそうにしていたし、やっぱりみんなで狩りをするのは幸せだなぁ。この匂いがなければもっと幸せなのに……本当に、この森のこの匂いは何なんだろう? すごく、嫌な臭い……。コレじゃ、ポケモン達が森の奥の方に引っこんじゃうよ……

 ◇

 二つ目の獲物、手持ちのポケモンがトランセルを食べ終えたところで、俺達は自分のポケモンをしまって再び歩き出した。サナギ系統のポケモンは、内臓がどろどろに解けているから、調理にはコツが必要(まず調理できるんだ)とのこと。調理できるのは例のゾロアークの持ち主、ユウジさんだけ(すげぇ)らしく、流石にどろどろの中身を渡すのも……ということで、すべてポケモンたちの胃袋に治まる形となった。
 後一匹くらいは狩りたいと言う事で、そのまま狩りは続行され……今はサミダレとセイイチをメインに探索を進めている。獲物となりうるシキジカを見つけた俺達はこっそりと忍び寄るが、そこに……
「おい、お前ら!」
 後ろから、ガサガサという音と、無作法なまでの声が響く。せっかく獲物のシキジカを捕らえようというところだったのに、獲物は驚いて逃げてしまった。
「なんだよ……お前のせいで獲物が逃げてしまったじゃないか」
「獲物を狙っている最中に、それを邪魔するのはマナー違反ですよ」
 俺、カズキ共に不平を漏らしつつ、その声の主……長袖の服を纏った無精ひげの、何というかあんまりいい暮らしを指定なそうな男性へ不機嫌をあらわにして睨み返してやる。カズキもかなり不機嫌そうだ。
「マナー違反だと? まずお前らがどうなんだ?」
「どうって……何が? おっさん、まくし立てれば子供が従うと思っているのならば、勘違いも甚だしいぞ?」
 なんというか、相手が子供だと思って強気に出ているような気がしたので、俺も一応すごんでみる。近寄ってきたそいつは、シャツの首周りも広がっていて……なんというのだろう、みすぼらしいというかなんというか。というか、森を舐めているかのような服装だ。長袖ではあるけれど普段着じゃないか。俺たち2人は作業着なのに。

「お前ら、ポケモンを殺しに来ているんだろう? その血のついた服……」
 カズキのやつは育て屋で使っている作業着をそのまま流用しているし、俺も狩りの作業のためにホームセンターで作業着を買い揃えた。迷彩柄の作業着だから、血がつけばそれなりに分かるし、セイイチの口や手にも血がついているから、一狩り終えた後だというのは分かるのだろう。
「何か問題でも?」
 カズキも相手が言わんとしていることはなんとなく分かっているのだろう。冷静に返す。ここはカズキに任せるべきかな。
「問題に決まっているだろう!! ポケモンを殺して、それを食べるだなんて残虐な事を、こんな子供の時代からやるだなんてな。この調子じゃ、将来は人殺しか何かか? 生き物がかわいそうなんて気持ちがないのか!?」
 うわ、うっざ。というか、カズキはすでに人を殺しているのだけれどな……お前も死ねって感じだなこりゃ。
「え、生き物が可愛そう? いや、ならどうして殺さないんですか? そうか、この匂いも貴方たちが原因か……ポケモンを中層に近寄らせないために」
 ほう、さすがカズキ。俺には思い浮かばないような斬新な切り口だ。っていうか、匂い……? 何の話か分からないが、相変わらずカズキの鼻はよく利くようだ。
「何を言っているんだお前は!?」
「何を言っているのかってのは貴方のほうですよ。なぜなら、この森には昔は肉食のポケモン……例えばレパルダスとか、ムーランドが住んでいたのですけれどね。しかし、家畜を食い荒らすからという理由で、残っている肉食のポケモンはストライクとかのような小食の種に限られてしまったんです。
 要するに、この森には肉食のポケモンがほとんどいない……これがどういう意味か分かります? 普通、ポケモンというのは食料や縄張りについて争う事を極力避けようと頑張るものですが、その努力も増え過ぎればそれが不可能になるんですよ。で、この森には肉食のポケモンも少ないから増え放題というわけで……住み分けが不可能になったらどうなるかなんて分かりますよね? 大人だから」
「……争いが起こるといいたいのか?」
 少しためらいながらも男は答える。



「そうなんですよ。ヤナッキーやらヒヤッキーやらの縄張り争いはそりゃ悲惨なものでしてね。時には殺し合いにまで発展することもある。昔は肉食のポケモンがいたからなんてことなかったんですがね、今はその争いに負けたポケモンたち、飢えたポケモンたちが街に出ては人間のゴミ漁りや農地を荒らしたりで駆除されることもある。
 知ってます? シキジカとかを駆除する毒って、結構苦しいらしいですよ……安楽死用の毒ではないですからね。その他にも、農家や近隣住民の手持ちのポケモンに攻撃されることだって日常茶飯事だ。そして、人間が怖くって住宅街に出られないポケモンは飢えて死ぬしかない……飢えて死ぬって、どれくらい辛いのでしょうかね? 想像したことあります? というか、お腹がすきすぎて幻覚を見たことってあります? 俺はありますよ」
「く……デタラメを……」
「デタラメ? お言葉ですが、シキジカを駆除する毒の辛さは実体験したわけではないですが、幻覚を見るくらいお腹が減った経験があるのは本当ですよ? ポストに収まってたチラシをわけも分からず食べたりなんかしたこと、貴方はないんでしょう? 俺は運よくその時助けてもらったんですよ……俺とキスしてくれたらお金を上げるって、知らないおじさんが持ちかけてきてくれてですね。その時はそのおじさんが神様に見えましたとも。そのまま、裸にして色々撮影させたらたくさんお金を貰って……もしもアレがなかったら、あの時俺は死んでいましたよ」
 ちょ、おま……カズキのファーストキスを知らない誰かに取られてるし。この話が本当だとしたら……カズキって本当に苦労しているんだなぁ。
「そもそも、こうやって狩りをするのも生活がかかっていたんですよ。私も、保護者が代わるまでは生活かかってましたし……今はともかくね。で、何か反論は?」

「……い、今は飢えていないんだろ? じゃあ、狩りなんてやめろよ」
 しかしまぁ、カズキって、えげつないくらいに口が達者だな。
「は? なんで? 家計を節約する必要もあるし、何より狩りをしなくたって、家畜たちはどんどん殺されてスーパーやお肉屋さんに出荷され、プラスチックのトレーにラッピングされて、値札を付けられてただの肉になるんだ。それとも何か? 家畜は幼い頃から餌を与えられ、場合によっては交尾の場も与えられて幸せだから殺されてもかわいそうじゃないとか? ふふ、一理ありますね……細く長く生きるよりかは、太く短く生きるのも悪くない」
「そうは言っていない! というか、私は肉食そのものに反対なのだ! 健康にも悪いし、野蛮だし、何よりポケモンたちが可愛そうだ!」
「は? 俺の説明聞いてました? 飢え死にしたり、飢えた末に住宅街に入り込んだのを駆除されるのと、こうして狩られるの、どっちがかわいそうなんですか? それにねぇ……野菜を育てるのにも農薬を使って虫を殺している。虫を無視するとは虫のいい話ですねぇ……あはは、つまらないダジャレを言っちゃった」
「それは……」
 男が答えに詰まっているところを、カズキは笑顔になって反論を続ける。しかし、カズキも結構Sなところがあるんだな。
「そもそもですね、健康に悪いというのも心外ですね。俺達の歯、前歯に犬歯がきっちりとついていますよね? この犬歯は一体何に使うものか知ってます? 肉を食べるためですよ、ですので人間はもともと肉を食べるために出来ている生物なんですよ。
 なのに、肉を食べるのが健康に悪い? はん、そんなもの食べ過ぎたり偏食したりで健康の管理も出来ない馬鹿の戯言以外の何物でもありませんよ。それを言ったら、ポテトチップスやフライドポテト、ドーナッツにポップコーン。そんなものばっかり食べている人は健康じゃないのですか? それら全部植物ですよ? 何を言っているのやら。
 それとも何か? 肉を食べると、肉しか食べられない体になるとでも言うのでしょうかね? ありえないとだけは言わせて貰いますよ。
 はい、では……飢え死にとかで死ぬのと狩られて死ぬこと、どちらが不幸か? と、肉を食べることと健康についての反論をお願いします。大人として論理的にね?」
 カズキはそこまでまくし立てて、笑顔で言葉を待つ。さて、ここまで言われたらどう反論するのやら。
「とにかく、生き物を殺すことはいけないんだ! いけないったらいけない!!」
「はん、いけないとか……この森では、ポケモンレンジャーだって狩りは公認だし、それにいけないことならこの森に住むビリジオン……ヌシ様やヨツギ様が黙っちゃいないでしょう? でも、ビリジオンがこの森への訪問者を襲うような事はないし、普通に狩りをしているだけじゃレンジャーも挨拶くらいしかしない。注意なんて一切しないんだ。
 貴方はどんな根拠を持って、『いけない』という戯言を吐くのですか? 宗教ですか? どうせ金でしょう? 一般市民から寄付を募りたくて仕方がない保護団体のお偉いさんの言葉からですか? 貴方よりもずっと森の事を知っているであろうビリジオンが何も言ってこないのに、貴方如きにわかの人間の言葉にどれほどの重みがあるのでしょうかね?」
 あぁ、そういえばビリジオン。カズキはあいつとはすでに友達と呼んでもいいような間柄になっているからなぁ。このブラックシティでは、ホワイトブッシュにビリジオンが住んでいるのは常識。それを出されると相手も辛いんじゃなかろうか?

「うるさい! うるさい! うるさい!」
「お前のほうがうるせえよ、オッサン。こっちは生理前でイライラしているんだ、これ以上イライラさせるんじゃねーぞ?」
「お、女なのかお前?」
「女であることを認めたくはねーがな」
 思わず俺も本音が漏れてしまった。カズキは男に反論が不可能であることが分かっていてか、くすくすと笑っている。
「理性的な反応も出来ないのですね、貴方は。そんなんだから、訳の分からない抗議活動の団体に入って、その団体からお金を稼ぐしか選択肢がなくなるんですよ……いや、俺もそういう時代があったんですよ。
 ブラックシティにポケモンレンジャーの基地を造ることについて反対する団体のデモに参加しましてね。その時、お金を貰ったんですけれど、アレも今思えば麻薬や人身売買を行うアングラな組織に小金で雇われていたのかも知れませんね。
 子供が反対すれば、効果があると思って狙ったことなんでしょう。雇うにしても賃金が安く済みますからね、子供なら」
 カズキ……お前は子供のころから一体何をやっているんだ。というか、今日は色々カズキの意外な過去を聞けるなぁ……
「いいから……子供は黙って大人の言う事を聞いていろ」
「おや、本音が出ちゃいましたね? そんな事を言う大人についていく子供なんていませんよ? 子供を従わせられる大人は、もっと子供に分かりやすく説明できますし、それに説明にも筋が通っていますからね。
 子供は大人に従うべきなんて浅はかな考えを持っている奴はすべからく掃いて捨てるべきダメな大人の見本だね。子供に理解させられる大人になるべきと、考えている大人こそ、心も体も成長している大人ですよ。貴方はそれとは程遠い……願わくばあんたがメスとつがいになって子供を作っては欲しくないものですね、貴方のような人には。貴方の下に生まれたら、子供は不幸になりそうだ」
 自分がそうだったからといって、カズキも言うなぁ……まぁ、確かに俺もあいつの子供としては生まれてきたくないかもしれない。
「馬鹿にしやがって……」
「いやだって、頭がよければ普通は俺に対して反論出来ますし……反論できないのは頭が悪いからでは?」
 ごもっともである、カズキ。カズキによる更なる挑発を受けた男は、激昂して腰に下げていたボールに手をかける。セイイチとサミダレが臨戦態勢に入り、構えを取った。
「おい、マイン!! こいつらにお仕置きしてやれ!!」
 そう言って繰り出されたポケモンは……メタグロスだと!? 
「な……なんでこんなポケモンを」
 俺は思わず声を出してしまった。カズキも声こそ出していないが驚いているようだ。しかし、いきなりお仕置きしろといわれて、マインという名前らしいメタグロスは困っているようだ。
「あ、あれ……お前、テッキじゃない?」
 そして、思わぬところで思わぬ言葉をカズキが口にする。おずおずと頷いたメタグロスを見て、カズキは表情を明るくする。
「……おい、どうしたマイン?」
「やっぱりお前かぁ……育て屋卒業してもう1ヶ月くらいか? 買い取ったやつの顔は観ていなかったけれど、こんなやつが主人なのか? かわいそうに……アトラスとモップはどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」
 カズキはまったく恐れることなくメタグロスに近づいていく。どうやらあのメタグロス、育て屋で育った子なのだろう。その子が売りに出されてこいつに渡ったということか……。
 カズキが近寄ると、メタグロスのほうも嬉しかったようで、その膨大な質量を持った体を寄せてカズキに甘えている。あの強面のメタグロスがそんなチョロネコのような事をするのは驚きだが、もっと驚きなのが……。
「うんうん……買っていったのは別の人で、このおじさんにはその別の人が支給したとか、そんな感じかな?」
 メタグロスの言葉を理解しているということだ。ねーちゃんが言っていたが、こうして間近で見ると衝撃的だ。今までも手持ちのポケモンと話している風なそぶりはあったが、なるほど。思っていた以上に……
「な、なんでその事を知って……」
「ポケモンの言葉が、なんとなくわかるんです。ビリジオンも言ってましたよ……もっと森に来てくれていいんだぞって。狩りに来る俺達を見てね」
 ここで、それを言うとはえげつない。いや、同じ事を普通に言っても絶対に子供の戯言だって言われて信じてもらえないだろうし、このタイミングでしかいえないことなのか。

「カズキ、そいつ知り合いなのか?」
「うん、知り合い。この子は先月に売られていった子なんだよね……最近、やたら売り上げがいいってスバルさんが喜んでいたけれど、なんだか、こいつみたいに変な団体に買われていっているみたいだなー……なんか嫌な感じ。
 というかさ、このメタグロスに十分な鉄分を取らせていないね? トレーナーとして失格じゃないの? いつもお腹すかせているみたいだし……もっと多めに餌を食べさせたら?」
「く……うるさい」
「そもそも、戦う意思のない相手に対してポケモンを繰り出すことは不法行為を働いた相手に対して以外は違法です。正当防衛意外じゃ認められないのですよ……それに、ポケモンを違法行為に使うことは、我が社……シラモリ育て屋本舗との売買契約違反ですし、何より……俺の手持ちにガマゲロゲがいるのを見て、メタグロスを出すだなんて、ポケモンバトルの素人がいきがりすぎですよ。そりゃ、メタグロスは強いですし、うちの育て屋の子だから輪をかけて強いですが……相性もきちんと考えない馬鹿っぷりにはうんざりします」
 男は何も言い返せなかった。
「出て来い、ゼロ、ミロク、トリ、アイル……キズナも、ポケモン出そうよ」
「む……わかった。じゃあ、クライン、ゴンゲン、アクスウェル、アサヒ」
 この中じゃ、アクスウェルが一番メタグロスを相手にするのに相応しいだろうか……。あいつ地震使えるしなぁ……いや、この、味方が多すぎる状況では使えないか、さすがに。この場合、囲んで動きを制限してからハサミギロチンが使いやすいかな?
「なぁ、オッサン。ポケモンの力を自分の力と勘違いしているんじゃねえぞ、雑魚が?」
 カズキがいきなり乱暴な言葉遣いを始め、思いきり男を睨みつける。
「もしもポケモンの力がお前の力なら……この状況、どう思います? 俺のほうが強いぞ。四面楚歌って言うんですよ、こういうのが」
 青い顔をした男に、カズキは精一杯睨みを利かせる。
「それに、テッキはまだ僕達の子だ……新しいご主人には慣れていないようだからね。商品保障期間は、2週間……この間に起こった育て屋の意図せぬ障害や事故などは、私達育て屋が損害賠償などを全額補償することになっているほか、返品が認められています。1年以内に『購入者の管理不足が原因でない』と医師に診断された病死をした場合も、購入金の半額までの保証が約束されています。
 つまり、何が言いたいかといいますとね……いまからこの子が貴方にとって不都合のある子になったとして……返品は不可能ということです。テッキ……鉄分足りていないんでしょ? 鋼タイプには、鉄分がたくさん含まれた餌が必要だけれど、メタグロスはさらにそれが顕著だから、餌には気をつけないといけないのに……」
 男が恐怖で顔が引きつっている様子を笑いながら、カズキはリュックの中を漁る。
「食べるかい? 血の滴る肉だよ……鉄分たっぷりだ」
 先程狩った、オタチの肉だ。血の匂い……凍らせていても鉄臭い匂いが鼻をつく。メタグロスが何を食べるのか……調べていないから知らないが、アサヒ達が食べるものとはまったく異質であろうことや、図体がでかい分だけ大飯喰らいなことは分かる。カズキはポケモンの言葉がなんとなくわかるようになったといっていたが……それで、お腹がすいているといっていたが、その状態であんなものを差し出されて、あのメタグロスが耐えられるのかどうか。
 テッキとか言う名前のメタグロスは。匂いをかいでいた。
「お、おいお前……何をやってる?」
「血の味を思い出させてあげるのですよ。この子に」
 男の問いかけにしれっと答えて見せたカズキは、微笑みながら凍らせた肉の匂いを嗅がせる。テッキは空腹と鉄分不足でとても耐え切れなかったのだろう……サイコキネシスでカズキが手に持っていた肉を奪い取ってしまった。

「おやおや、まだ食べていいって言っていないのに……きちんとしつけはしたはずだけれど、トレーナーが舐められている証拠なのかね」
 カズキが黒い笑みを浮かべている。
「お、お前何を……!? やめろ、マイン!」
「大丈夫だよ、テッキ……お前は間違っちゃいない。食うことは、生き物として正しいことだし……それに、お腹がすいているならきちんと食べなきゃいけない。虐待を受けているなら、トレーナーを攻撃することもたまには必要だ
 カズキはメタグロスの事をテッキと呼び、男はマインと呼ぶ。メタグロスのほうは、テッキとしてカズキに耳を傾けていた。
「知ってます? 肉の味、血の味を覚えたポケモンは、それ無しじゃいられなくなる……」
 オタチの肉の余りなんて、たかが知れている。一口放り込んで食べ終わったメタグロスは、当然まだ満足していない。その表情を見ているカズキは、とても満足げなのが対照的だ。
「これで、貴方にとってテッキは、貴方の思想と真っ向から相対する存在となった。ベジタリアンな主張をしたい貴方が、肉を食べるポケモンを連れているのでは、立つ瀬がありませんものね。で、どうします? 俺と問答を続けますか? 雑魚さん?」
「この、糞餓鬼……!!」
 男は青筋を立てて怒りをあらわにして、胸倉を掴む。さすがに見ていられなくなった俺は、作業着の胸の内ポケットに仕込んであるブラックジャックを手に取る。相手が殴りかかってきたら、こっちもそれなりの対応をしないとな……。
「舐めてんじゃねえぞ!!」
 右手で襟を掴む、のだが。カズキはその右肘を左手で掴み、相手の右手を自身の右手でつかみ取りつつ、相手から見て右側に移動。がら空きになった右親指を掴んだかと思えば、あっという間に親指の関節を極めて相手を地面に座らせる。すごいな、スバルさん仕込みの護身術か? まったく物怖じしないあたり、カズキも根性が座っていやがる。
「この、たわけが!!」
 そして、顔面を蹴り飛ばした。汚らしい叫び声を上げて、男は大人しくなる。小学生にここまでやられたら、さぞかし屈辱だろうな……自業自得とは言え、可愛そうに。
「自分が大人だと思って、相手が子供だと思って、それで圧倒できるとか思い込んでんじゃねえぞ、屑が!! お前みたいな大人がいるから、大人が舐められるんだって気付かねぇのか!?」
 カズキはそのまま、躍起になって男の腹を蹴り続ける。子供の力とはいえ、あんな風に一方的に殴られていたら非常に痛いはずだ。ましてやカズキはスバルさんに色々と仕込まれている身。
「子供をいたわれねぇ大人が、子供を見下しているんじゃねぇ!! そんなの、もっともたちが悪い屑だ!!」」
 油断をしていない大人だって倒しかねないほどの力量はあるはずだ。カズキはそれを分かってあんなに暴力を……
「カズキ、やめろ!」
「嫌だ! こういう奴は徹底的にやって分からせてやらないと!!」
 おいおい、こんなカズキ見たことないぞ……止めなきゃ。
「この、馬鹿野郎!!」
 と、俺は叫び声をあげながらカズキの事を背負い投げにした。普段のカズキなら抵抗したであろうが、今は俺の事なんて目に入っていなかったせいか、綺麗に地面に叩き付けられる。おかげで手加減も簡単だったから、立ち上がるのに時間はかからないだろう。
「カズキ、何だか知らないけれど、お前は興奮しすぎ。ちょっとは頭を冷やせ」
「くっ……ごめん。釘を刺して終わりにするよ」
 カズキは苦しそうに呼吸をしながら、かすれた声で俺に謝る。……全く、世話の焼ける奴だ。カズキはやっぱりダメージが浅かったのか、すぐに立ち上がり、相手を見下ろす。
「今度俺達の狩りを邪魔したら、お前の肉、内臓、骨……ポケモンに全部食わせる。証拠どころか、血の一滴すらこの世に残さず殺すからな。俺のポケモンは大食漢もいるんだ。お前ら、農薬で虫を殺してもいいんだろ? だったら俺も、お前のようなクズを殺すのは気にしないことにする……殺すんじゃない、駆除するんだ」
 へー。こんな啖呵を切れるようにもなったのかぁ。カズキのやつ、強くなったなぁ……その反面、まだ心の弱い部分もあるみたいだけれど。
「俺からも警告しておく」
 そう言って、俺はスコップを相手の首筋にぴたりと当てる。
「別にお前らが肉食を嫌うのも、狩猟を軽蔑するのは全く構わないが……それを他人に強制するのは好きじゃない。次、邪魔したら怪我するってことをきちんと覚えておけよ?7」
 男は悔しそうにこっちを睨んでいたが、やがて勝てる要素が何一つないと悟ったようで、テッキをボールの中に仕舞うと、逃げ帰っていった。
「さて、キズナ。狩りを続けようか」
 何事もなかったかのようにカズキは言う。頼もしいやつだ……あの程度の男ならば俺でも何とかなっただろうけれど……あそこまで言葉攻めするのは俺じゃできない。

 ◇

「なぁ、カズキ?」
 そんなことより、とばかりに、キズナが何か話を振ってきた。
「なに、キズナ?」
「いや、さ……さっき言っていた、あの……アレだ。何日も飯が食えなくって、幻覚を見たって話……」
「あぁ、あれ……紙とか、雑草とか食べたりさ……今思えば、あの見た目なら万引きしても許されたかもしれないな……それぐらいはみすぼらしかったよ。そういう見た目をしていたんだ……いろんなところに殴られたりした跡もあったしね」
 あんまり、思い出したくはない。いまよりもっと幼い頃は、ゴミ漁りとかも平気でやっていたし……。ユウジさんがそういう俺の境遇を知ってからは、何かと面倒を見てくれたし、クリスマスにはママンもくれたりとか色々あったわけだけれど。
「いや、そっちじゃなくって……知らないおっさんに……」
 ……あぁ、なるほど。
「あー、そっち。いやね、それは……そんな幻覚を見るほど腹が減っていた状態からどんな風に生き残ったんだって、突っ込まれたくなかったから、あらかじめ理由を先に言っておいたんだけれど、その……嘘じゃ、ないんだよね……その経験も。世の中、変態がいるもんで……不覚にも、変態のおかげで生き永らえたんだ」
 適当な嘘のひとつでも言えればよかったんだけれど……俺もそこまで頭が回らなかった。それでもって、今ここで追及された以上、キズナに嘘はつきたくなかった。
「そ、そうなのか……ファーストキスは……」
「……ごめん、って言うべきなのかな。それともキズナは男だから関係ないかな、そもそも……男女の関係でもなければ、ファーストキスなんて」
 一応、形の上ではまだお互いに想いを伝え合っていない。キズナが俺を好いているのは、分かり易すぎるほど分かるけれどさ。
「なぁ、カズキ。隠すつもりはないけれどさ……その言い方だと、俺がお前のことを好きだって事、分かっているんだよな? そうじゃなかったら、『ごめん』なんて言葉は出ないし」
「そうだね。キズナが俺のことをなんとも思っていないなら、そもそも謝る必要はないし……ずっと、感じていたよ。祭りの日あたりから、キズナが俺の事を好いてくれているって……そもそも、君は俺がコロモの制止を振り切って逃げたあの日……5回くらい言っていたじゃない。『俺はお前の事が好きなんだから、頼ってくれ』って」
 さっきまで目をあわすことは楽勝だったというのに。そんな事を口走った瞬間から、俺はキズナの事を直視できなくなる。少し、恥ずかしくなる。
「だよなー……っていうか、そんなこと言っていたっけか。つい本音が出ちゃったのかな……。俺、男として生きて行くって言った傍から、お前にそんな事を……」
 なんていいながら、キズナはいきなり俺の目の前に手をかざして視界を塞ぐ。直後に、首に手を添えられて口までふさがれた。軽く開いた唇の中には、うねうねと動く物体が挟み込まれた。ざらついているそれはきっと、キズナの舌だろう。
 キスされている。しかも、舌まで突っ込まれて、キズナの唾液が入り込んでいる。口付けが終わる前にキズナは目隠しを終える。キズナの顔がものすごく近くにあって、これじゃ誰だかわからないくらい。口を離すと、唾液が糸を引いて銀色の橋を作り、程なくして途切れる。
「なら、俺のキスを思い出にしろよ。そんな、わけのわからん奴のキスなんて覚えていないでさ……」
「あ、うん……わかった。記憶する……」
 儚げに笑うキズナを見て、俺はなんと答えてよいのかわからず、そんな心無い返事しか出来なかった。そのまま、数秒の沈黙。
「ねぇ、キズナ」
 沈黙に耐え切れずに、俺から口を開く。ここまでされたからには、真っ向から向き合わないと……
「実はさ、両想いなんだ……俺達。俺もキズナが好き」
「うん、わかってる……両想いだなんて、恋愛漫画の鈍感主人公でもわかるさ。でも、カズキ。お前さ、なんか俺に色々隠しているだろ……そんでもって、その隠し事を、隠したままにしたくないんだろ? 両思いなのに、素直に告白できないの……そこらへんに理由があるんだろ?」
「両思いなのに告白できない理由は、大体そんなところ。もう一つの理由として……君を男として扱えばいいのか、それとも女として扱えばいいのかがわからないから……だから、恋仲になったらどうすればいいかわからなかったってのがね……。隠し事があるとか、どうしてそんな答えにたどり着いたのかは知らないけれど、確かに大体キズナの言うとおり……。女の勘だったりしたら怖いな」
「違うよ……女の勘じゃない。みりゃ分かる。で、お前……夏休みの終わりごろのあの時。本当は何があった? さっきのあの怒り方も尋常じゃなかった。お前が……何か得体がしれないように思えて、俺は少し怖い」
 そうか、あの時からすでに、キズナは気付いていたんだな……かなわないや。
「わかった。話すよ、キズナ……」
 あの時、ユウジさんやスバルさんといった大人には本当の事を話したけれど……あの時キズナやアオイさんには本当のことは言えなかった。本当は、事故に見せかけて2人を殺したんだけれど……それを話すとなって、俺の心臓も恐ろしく速く脈打っていた。



Ring ( 2013/11/28(木) 23:06 )