BCローテーションバトル奮闘記





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第二章:成長編
第四十一話:相談ごと
9月29日

「おや、こんにちは。アオイさん。どうしました?」
 スバルさんは砂地エリアにてポケモンの指導中とのことで、私は管理棟を抜けて砂地エリアへ。砂地エリアでは、スバルさんが 頭にアクリルやら何やらで出来たプロテクターを装着し、ドサイドン、バンギラスといった砂パの面々への指導をしている。相変わらず何をやっているんだ……スバルさんは一旦鍛錬を中止して、こちらのほうを見る。
「こんにちはスバルさん。実はですね……例のいじめの件、区切りが付いたので、そのお礼をと思いまして」
「あぁ、あの件ですか。相手はしっかり脅しましたか?」
 こういう事を真顔で言ってくるあたり、スバルさんは恐ろしい
「えぇ、もちろん。バンジロウさんを呼んでいいわけ出来ないようにしましたし、映像の証拠もばっちり。スバルさんに言われたとおりの方法で相手にポケモンを使わせ、示談にまで強引に持ち込んで没収してやりましたよ。わざと名前を間違えて相手に名乗らせたりとかも、上手くいきましたよ」
 そんなスバルさんに対して、得意げにこういう事を言える私も、なかなか恐ろしいのかもしれないけれどね。
「ふむ、それを実行するとは……アオイ、お前優秀だな」
 わざわざプロテクターの下にあるメガネを外してスバルさんは言う。それを優秀の一言で済ませるとかも、やっぱりスバルさんは普通じゃない。反面、スバルさんのそういうところが魅力的なんだけれど。
「お礼と言っちゃ何ですが、私が要らないポケモンをスバルさんに差し上げようかと……」
「ほう、それはありがたい……後で目を通すから、ちょっと休み時間になるまで待ってくれ。この子達の指導をしなければいけない……」
「ところで、指導にポケモンは使わないのですか?」
「使っているさ。お客様のポケモン同士戦わせるでも、いずれ販売する私が所有するポケモンをけしかけるでも立派な鍛錬じゃないか」
 いや、言いたいことはそこではないんだけれどな。私が言いたいのは、どうして今、あなただけでポケモンに恵子をつけているのかという事であって。生身で戦うのはやっぱりありえないのよね……昨夜のアヤカを見た限りでは。
「あぁ、それともこの格好の事を言っているなら、お前の想像通り、ポケモンに拳で直接指導の一つや二つしている。本当はプロテクターもかぶりたくはないのだが、砂嵐が起こると目を開けていられないのでな……ゴーグルだけでもいいのだが、鼻や口に砂が入るのも嫌なのでな。だからこうして全体を覆う防具をつけている」
「相変わらずですね……」
「なあに、ポケモンレンジャーとかも大体こんな風にポケモンと生身でやり合えるやつばっかりだからな。お前の妹もいずれ私のようになるぞ?」
「うわぁ……妹ならありうるだろうから怖い」
 私が、武器を手にポケモンと大立ち回りをしているキズナを想像していると、スバルさんは苦笑していた
「ポケモンは、ポケモン同士で戦うのも重要だが、やっぱりトレーナーも一緒に強くなるのが一番だよ。ポケモンにとっては、千の言葉を並べ立てるより、飼い主が強くあることが一番説得力があるもんだ。ポケモンも懐くぞ、トレーナーが強いと。野生のポケモンは、強さこそが価値であることが多いからな」
「無茶言わないでくださいな。卑屈になるつもりはないですけれど、流石にこんな足じゃあね……パンチもまともに放てないですよ」
 今も、ロトムが憑依した車椅子の上、私の足はぶら下がったままなのだ。医者には将来的に、家の中で車いすが要らなくなるくらいにはなるだろうと言われたが、それもいつのことになるのやら。

「大丈夫だ、お前は強いよ」
 なのに、スバルさんはそう言って笑う。眼鏡も外していた。
「ここがね」
 私の心臓に、拳を当てて。スバルさんは微笑みかけている。
「相手に犯罪を犯させて、示談で相手のポケモンを没収したということは、相手にポケモンを出して脅させるまで挑発したと言うことだろう? 法律の盾を振りかざしたところで暴力を止められるとは限らない……自分より強いトレーナー。それどころか、ポケモンを持っていない状態で、腕のあるトレーナーに真っ向から喧嘩を売る覚悟のある奴なんて、早々おらんよ。
 度胸だって強さの証……慌てず騒がす指示を下せる主人にならば、ポケモンは付いてきてくれるさ。だって、お前の命令に従っていれば間違いないのだからな。命令に従いたくもなるさ。そして、何か面倒事が起きたときに、素直に仲間をに頼るのも、強さの一つだよ。キズナとバンジロウを呼び寄せたお前は、人脈も強いじゃないか? 私も、チャンピオンや四天王とは知り合いだが、お前の年齢の頃には縁のない人物だったよ」
 ……なるほど。確かに、そうなのかもしれない。
「ありがとうございます……そういう行動が出来たのも、スバルさんのおかげです。アドバイスがなければ、あんな風に喧嘩を売るなんて……」
「礼には及ばんよ。もしも虐めなんかでお前の才能が潰れたら、それは社会の損失だからな。お前の育てるポケモンはみんないいポケモンだしな」
 少し照れているのだろうか、スバルさんはそんな事を言って目を逸らす。なんだかんだで、面倒見がいいのよね……才能のある人に対して限定だけれど。
「ほら、いいから仕事の邪魔だ。話は後で聞くから、仕事の休憩に入るまでカズキと一緒に子供達の相手をしてやってくれ……平地エリアで遊んでいるだろうから」
「はい!」
 なんにせよ、悩みも色々消えたし、オノノクスも手に入ったし。いい事づくめね。これからは、学校に行くのが憂鬱じゃなくなりそうだわ。


「カズキ君、お久しぶり!!」
 晴れやかな気分を携え、私は生まれたばかりのポケモンたちの世話をしているカズキ君に話しかける。育て屋は、子供の種付けから出産、育児までを任されることもあり、その大事な役目をこんな子供に任せるとは……スバルさんもなかなか思い切ったことをするものである。
「あ、アオイさん。昨日はよく眠れましたか?」
「うーん。今日、アヤカがどんな顔をするのか楽しみにしていたら、全然眠れなかったわ。一晩で慣れてきちゃったオノノクスに学校で手話を教えてあげていたら、』狂ったように泣き叫んじゃってさ」
「はは、自業自得だね。ところで今日はどうしました?」
 カズキ君は、まだ生まれたばかりのフシデとヨーテリーの2匹を、ポケじゃらしやらボールやらの道具で遊んであげている。母親のムーランドやペンドラーが見守っているが、その表情はどちらも非常に穏やかだ。カズキ君がポケモンに信頼されている証だろう。
「スバルさんに用があったんだけれどね。でも、スバルさんは忙しいから、今のところはカズキ君を手伝ってやれって」
「そっか……しかし、なんというか。コンクリートの道なら地面に降りて移動もできるけれど、ウチは全部オフロードだから大変でしょ、コシ?」
 カズキ君は、立ち上がって私が座っている電動車椅子に語りかける。確かに、カズキ君の言うとおり、こういう場所ではコシに苦労かけさせちゃうのよね。カズキ君が近づいてくると、コシは車椅子から腕を伸ばしてジジジと鳴き声をあげる。
「そっか、コシは餌が貰えるだけじゃなく、家では相当可愛がって貰えているのかな?」
 正にその通り。神経痛や生理痛に悩まされる時はコロモに抱いてもらったりもするけれど、基本的に毎日添い寝しているのはコシだけだ。
「あら、カズキ君、コシの言葉が分かるの?」
「なんとなくね。あの祭りでさ……昔、お世話になったガルーラとそのトレーナーに出会ってさ……小さい頃の感覚が少しよみがえってきたんだ」
「というと……?」
「俺、小さい頃5歳くらいまでまともに喋られなかったんだ。母親が言葉を教えてくれなかったからさ……ほれ、取って来い」
 カズキは私との会話を続けつつ。ヨーテリーのためにボールを投げる。
「でね、その頃よく世話をしてくれたのが、大家さんのガルーラなんだ。その頃は別の家に暮らしていてね、以前見せた家は母さんがストーカー被害にあったから引っ越した家なんだけれどさ。そのガルーラはブラックシティで、アパートに落書きとかをされないかどうかを見守っている、逞しいガルーラなんだ」
「それでそれで?」
 カズキ君は、フシデの体を掬い上げて転がしたり、腹を撫でてくすぐっている。毒の棘を気にするそぶりもないということは、あの子の特性は虫の知らせなのだろうか?
「うん……俺は幼稚園にもいっていなかったもんでさ。母さんには、『外に出るな』って言われていたけれど……だから、アパートの敷地からは出ないで、いつも大家さんのガルーラと一緒に居た。人間の言葉は教えてもらえなかったけれど、そのガルーラにはお腹に子供がいなかったから、俺の事をよく構ってくれてね。おーよしよし、偉いぞ!!」
 カズキ君は語るのをやめずに、ボールを咥えて持ってきたヨーテリーの顎下を撫でる。ヨーテリーはたっぷり甘えて甘い声を上げていた。
「よし、それじゃあ次はお母さんに向かって体当たりだ。フシデの君も、一緒にヨーテリーのままにぶつかってこい!!」
 カズキ君は威勢よく二匹をけしかける。穏やかな表情で見守っていたムーランドは、子供達が向かってくると感じて嬉しそうに立ち上がった。
「何を言っているのか、ガルーラの言葉は人間よりも分かりやすかった気がするんだ……少なくともあの頃の俺にとってはね。お祭りであのガルーラに出会って、少しだけ……その時の感覚を思い出せた気がするんだ。そのガルーラが娘をお腹の中に連れてたのが嬉しかったな」
「ポケモンの言葉が、人間よりも分かりやすい……の?」
「今は人間の言葉のほうが良くわかるけれどね」
 うん、と頷いてからカズキ君は言った。
「人間の言葉は、文字を音声にして語るからね。ポケモンの言葉は、絵を音声にして語るんだ……だから、周りの子供に比べて知能が劣っていた俺には、ポケモンの言葉のほうがよくわかったんだと思う。そうだね、人間の会話は文字で代用できるけれど、ポケモンとの会話はパラパラ漫画を見せられている感じ。
 普通の人間は、ポケモンの言葉にピントを合わせるのは難しいみたいだけれど……慣れれば、幼稚園児に見せる知育の単語カードで会話するようなものさ。走っている絵を見せられたら、走るという単語……食べている絵を見せられたら食べるという単語を意味するように。声を見せられるんだ」
 カズキ君、さらっと言ってくれているけれど、それってとんでもなくすごい事なんじゃないかなと思う。
「だから、最近はポケモンの言葉を積極的に聞くように頑張ってるの。人間との話し方を忘れないように気をつけなくちゃいけないけれどさ」
「そっか……私達も手話でポケモンと会話しようと試みているけれど、カズキ君みたいにそんなの無しでも会話出来ちゃう人がいるのね……Nさんだけだと思ってた」
「運が良かったんだよ。悪かったとも言えるけれどね」
 そう言って、カズキ君はこともなげに笑っていた。

 カズキ君と一緒に、ベイビィポケモン達の外出タイムが終わるまでポケモンと一緒に遊んであげた。それが終わると、カズキ君は一足先にお昼休み。30分ほど遅れて休みに入るスバルさんを待ちながら、部屋の隅で食事をすることになった。私は何も持ってきていないから、カズキ君の食事風景は眺めるだけになりそうね。
「ところでさ、アオイさん……相談したいことがあるんだ。こんなこと……アオイさんにしか相談できない事なんだけれど……」
 部屋の隅、他の人に話が聞こえないような場所を陣取ったと思ったが、どうやらカズキはこのために子の場所を選んだらしい。
「何かしら? っていうか、キズナの事?」
「あたり……キズナ、俺のこと何か言ってた? 好きだとか、惚れているだとか……」
 カズキ君、ある意味当たり前だけれどキズナの恋心に気付いているようだ。しかし、残念ながらキズナはその子とについて何も言及していない(よもや隠しているつもりは無いだろうが)。
「ううん、何もいっていないわ。キズナのことだから、隠しているつもりは無いだろうし……」
「キズナの感情表現はポケモンを相手にしているのかと思うくらいには、ストレートだったよ……」
 うん、そうよね……貴方が、キズナを大切にするって言ってから、ものすごくスイッチ入っていたわね……。
「で、貴方はどうなの? キズナのこと、嫌いって事はないだろうけれど、恋人としては見られない?」
「キズナの事は嫌いじゃないし、むしろ好きなんだけれどさ。もちろん両想いだよ。でも、俺はキズナの恋心にどんな風に向き合えばいいかわからないんだ……キズナって、男宣言しているし、それだけでもややこしいのに、その上恋をされたとか、正直訳が分からない」
「どうして? キズナが甘えて来たら、貴方も甘え返してあげればいいじゃない……きっと喜ぶわよ? キズナは、きっと性別なんてどうでもよく、あなたが好きなのよ。だから、貴方が思うままに接すればいいと思うわ」
「母さんが、人を愛するってどういうことなのか、全然教えてくれなかったからさ……そういうの、なんというかよくわからない。ちょっと話が横道にそれるけれど、アオイさんは子供がどうやったら出来るか、知ってる?」
 唐突に何を言い出すのかと、私はちょっと顔が厚くなったような気がする。
「そりゃまぁ、ポケモントレーナーなんだから知っているけれど……それに、ポケモンを飼っていれば、嫌でもそういう部分が見えるし……」
「母さんにとって、愛する、愛されるって、そういう行為を擬似的にすることだったからさ……親が子供を愛するとか、子供が親を愛するとか、そういうのとはかけ離れているわけ。男女同士の愛でも、プラトニックな関係ってのはよくわからないしさ。そりゃ、交尾なんて愛し合ってなきゃ出来ないことなのかもしれないけれど……そういう訳で、絆とどう接すればいいのかわからなくって、少し怖いんだ」
「なるほどね……うーん……でもなぁ。分かるような、分からないような……」
「……俺も、何が怖いのかよくわからない。キズナなら、大抵のことくらいは受け入れちゃいそうだけれど、それに甘えていいのだろうかって」
「出たとこ勝負でいいわよ。キズナなら、嫌な事は嫌って言うだろうし。あんたがキズナを傷つけるところなんて想像できないし……ま、あせる事はないわ。キズナの心が離れるまでに、あの子の気持にこたえてくれれば、それでいいわ」
「うん……でもさ。それ以上にもっと心配なことがあるんだ……隠し事が一つ、ね。それを打ち明けないことには……俺も、まだなんとも……」
 心配を拭えていない表情でカズキ君はかぶりを振る。
「そんな顔しないの。キズナはきっと、元気な子の方が好きよ? 素直に、カズキ君の気持ちを表現すればいいんだって……そうすれば、キズナもきっとそれに応えてくれるからさ。きっと、その隠し事とかだって、大して気にも留めないわよ、きっと」
 とは言っても、カズキ君は特殊な環境に育っているみたいだから、色々難しいところもあるのかもしれないわ。キズナがそこらへん、上手くバランスを取ってくれる事を祈るしかないのかもね。
「分かった……キズナの気持ちが離れないうちに……何とか、やれるようにがんばる」
「頑張ってね。男だと思っていたキズナが、やっぱり男だったけれど、恋するときだけは女だったなんてことになったら、私にとってとても嬉しいことなんだから」
「アオイ、さん……俺もそう思いますが、その言い方、あんまりです」
 カズキ君は苦笑していた。私の言いたい事はわかっているのだろう。
「いいじゃない。キズナを見て、男の子っぽいって思わない人間のほうが貴重よ」
「そうですけれど」
 カズキ君は力なく笑う。
「ま、いっか。俺がキズナをもっと女の子に出来るように頑張ります」
「完全に女の子にはしないでね? キズナの個性が丸ごと失われちゃうから」
「もーう……アオイさんわがままですね」
「だって、最近は妹が可愛すぎて生きるのが辛いくらいなんだもん。妹っていうのもいいけれど、弟っていうのもいいわね。どっちも楽しめるのは優秀な子だわ」
「ははは……キズナが聞いたらどんな顔をするのやら」
 あんな女の子が恋をしちゃって、しかもその相手がカズキ君なんだから、最高よね。ひとしきり、私達はキズナについて話し合った。本人がいないところで散々悪口を言った気もするが、それ以上に彼女を褒め称える言葉が多かったような気がする。

「ねぇ、カズキ君」
 ひとしきり話し合った後で、私は昨日半ば強制的に譲ってもらったポケモンの事を思い出す。
「なんですか、改まって?」
「ちょっとね、訳あってポケモンをたくさん貰ったんだけれど……カズキ君にちょっと見てもらいたくなったの。さっき、コシの声を聞いてくれたでしょ? だから、さ……ああいうことが出来るのならって思って」
「いいですよ、やりましょう」
 ちらりと時計を見ながらカズキ君は言う。
「スバルさんが来るまで、まだ時間もありますしね」
「ありがとう……それじゃ、外に行きましょう」
 正直な話、カズキ君がポケモンと会話することには驚いたけれど、なんだか納得できた。この子は、以前はポケモンに何かを尋ねる際に、両手を差し出しながら選択肢を与えていた。『○○かな?』と言って左手、『それとも××?』と言って右手を差し出して……カズキ君は、今までポケモンがどちらを選ぶのか分からないからそんな風に聞いているのだと思っていた。
 けれど、実際は多分違うのだろう。カズキ君は、ポケモンがどちらを選ぶのかをなんとなく分かっていて、念のための確認のために尋ねているだけだし、尋ねる事でポケモンにも『自分の話を聞いてくれた』と言う満足感を与えているのだろう。正直、ポケモンを扱う職業に就くのであれば、天職なのではないかと思う。あぁいう扱い方がきっと、才能というものなのだろう。


「そうだね……このムクホークのゲイル……とドレディアのリリィは、アオイさんの事をかなり嫌っていると思う。メブキジカのメープルは野生に帰りたがっているね。でもどうだろ、野生に帰りたがっているのは、本当に帰りたいのかそれとも居心地のいい人間に買われるのなら気にしないのかにもよるからなぁ。
 要するに、木を見て森を見ずとは言うけれど、この子達もあのアヤカとかいう人間が嫌いなだけかもしれないから、まともな人間に育てられれば変わるかも。ブロックちゃんは……スバルさんが同じドサイドンに指導をしていたのをボール越しに見ているみたい。で、それでそのドサイドンに興味を持っている感じかな……確かスバルさんが指導しているのは雄だったし、同種の異性って惹かれるものなのかな?」
「やっぱりかぁ……」
 リリィはある程度予想通りだったが、ゲイルも私を嫌っているとは意外ね。ほかはまぁ、今後の教育次第と言ったところかしら?
「前のご主人に、大事にされていたんだろうね……この二人は。それでも、頭の花が萎れていたってことは、今までの環境は野生のころよりはましって程度なのかもね。でも、どうしてかな? アクスウェルとジェリーには、あんまり『前の主人を好き』っていう感覚は……少ないなぁ。ポケモンの種によって扱いに微妙に差があるような……そんなイメージ?」
 いいながら、カズキ君はオノノクスのアクスウェルに歩み寄り、体に触れる。オノノクスはかなりムスッとしているが、はて……?
「あはは、このオノノクス、男に触られるの。嫌みたい。なるほど、この子が一晩でアオイさんに慣れたのもそのおかげかな」
 カズキ君は苦笑していた。
「この子の特性、きっと闘争心なんだね。ふむ……」
 言いながら、カズキ君は再びムクホークの方へ向かう。
「ねぇ、君達のご主人は、どういう風に君達を可愛がっていたの?」
 カズキが尋ねるとムクホークもまたムスッとした様子でけだるそうに甲高い鳴き声を上げた。
「……うーん。楽しそうな……戦いじゃない、ね。あー、なるほど」
 カズキ君は、一人納得して笑顔になっている。
「わかった」
「どういうこと?」
 一人理解しているカズキ君に私は尋ねる。
「いやー……なんていうの? 多分、そのアヤカさんとやらはバトル嫌いなんじゃないかな。コンテストかミュージカルか、分からないけれど……戦いよりかはそっち向き。だから、扱いに差があるみたいね……ゲイルとリリィも、なんて言うのか……あんまり戦いは好きじゃないし、コンテスト的な技の指導をされたみたい。
 ポケモンには向き不向きがあるけれど……そうね。大方、この子達のご主人は、バトル以外の事をやりたくって、だから気分転換程度にコンテストの真似事でもやっているんじゃない? でも、他のポケモンはそういうのに興味が無くって……うん。戦い以外の事で褒められるのはいつも2人だけ。
 そんなところじゃないかな……どう、合ってる?」
 最後にカズキが尋ねると、ジェリー以外の面々は目を丸くして驚いていた。しばらくしておずおずと頷くまで、カズキの言葉を信じられないといった様子だ。
「正解みたい」
 そう言い放った時のカズキ君の顔が嬉しそうな事。キズナに見せてやりたいくらいだ。というか、カズキ君のポケモンとの会話術って……私達の手話なんかよりもよっぽどすごいんじゃないだろうか。
「つまるところ、2人は好きな主人から引き剥がされたって思っているわけだ、この2人は……特にこのドレディアは殊更にアオイさんを嫌っているようだし……アオイさんはこの子になんかした?」
「以前、頭からゲロ吐いちゃって……私……ドレディアが嫌いだから近寄らないでってお願いしたのに、聞いてもらえなくって……それで、催しちゃってね。それが例のいじめの原因の一つよ」
「あちゃー……そりゃ、嫌われるわけだ。ドレディアはデリケートだから」
 ありのままに話してみると、カズキ君が苦笑している。ただ、私のドレディア嫌いはもうどうにも治りそうにないのよね……
「でも、それで逆恨みするのは筋違いだからね、自業自得だよ、ドレディアの御嬢さん」
 嘲笑うようなカズキ君の言葉に、ドレディアは不快感を洗え話にしている。そんな顔しても、きっとカズキ君は動じないだろうけれど。
「……で、この子達はどうするの? 飼うの?」
「私は、今回の件で隠しカメラを貸してくれたり、ハッタリの効かせ方を教えてくれたり、色々お世話になったお礼もあるからね。オノノクス以外はスバルさんに譲ろうと思っているの」
「はぁ……そりゃ、スバルさんなら喜ぶだろうけれど……でも、この子達、結構無理やり奪ったようなものなんでしょ? 懐かせること、出来るかな? もし無理だったら……スバルさんも扱いに困ると思うなぁ」
「うーん……」
 正直、もしもスバルさんにいらないと言われた場合……私も実はドレディアやムクホークはいらなったりする。そうなると、どうなるかっていうお話なんだけれどね……。
「逃がすって言うのも手ね……と、言いたいところだけれど、ドレディアはともかくムクホークは何処に……放せばいいのかしら」
 ムクホークはイッシュには住んでいないから、野生に返すためにはきちんと手続きをしないといけないし……まぁ、いろいろやってダメなら考えよう。

「そういえば、アオイさんは苛められたって言っていたね。その、アヤカさんって人はどんなだったの? なんか、逆恨みっぽい感じだったけれど」
「あ、うん……その認識で間違いないわ。私がドレディア嫌いなの知っていて、ドレディアをけしかけて頭からゲロを被ったら私のせいにするんだもの。逆恨みよ、逆恨み。威張り散らしていたから、他の人にも嫌われていたし」
「それって、完全に逆恨み。そんな人でもポケモンは懐くもんだね……」
「まぁ、ムクホークの場合はすり込みもあるんじゃないの? 卵から育てたのかどうかは知らないけれど。ドレディアはどうだろうね」
「なるほど……すり込みか。そういう考え方もあるかもね。ともあれ、これから付き合っていく以上は、あんな飼い主の事なんてどうでもいいと思ってもらわないとね」
「アオイさん、酷い言い方だなぁ……ま、真理だけれどさ」
 少々呆れ気味にカズキ君は口を滑らす。
「私は……キズナもだけれどさ。悪いやつには、お仕置きしないと気が済まない性質なのよ……。今まで自覚していなかったけれど、私もきっとそう。だって、そうしないと、また被害者が出るもの」
 私が自身の足を見ながらそういうと、カズキ君も何も言えなかった。
「別に、自分も含めてこれ以上の被害者が出ることなんて無ければ、お仕置きなんてしなくってもいいんだけれどね。罪を憎んで人を憎まずって言うし。まぁでも、世の中そんなに甘くないから、お仕置きとか死刑が必要なんだよね。とくに殺せば、被害は絶対に広がらないし」
 そう言って、カズキ君は笑う。この子も結構過激な子よね。
「そうね。でも、私はもう彼女の事は許してあげるから、後は彼女次第ね。ポケモンがなくなってから、どう立ち回るのか興味深いわ。私以外の同級生にも色々とやってきたらしいから、お礼参りでもされないといいけれど……それに、親はおそらくポケモン没収で仕事クビになるし、悪ければトレーナー免許も剥奪されるし最悪逮捕。家庭が崩壊しなければいいけれど」
 音符のマークでも付きそうなくらいご機嫌な声色で私は言う。
「アオイさんってキズナと同じで、微妙に腹黒い本性があるんだな……」
 それを、カズキ君には冷静に突っ込まれてしまった。まぁ、否定は出来ないわね。
「えー……その言い方だと、キズナの悪いところも見えちゃったんだー?」
「え、えぇ……アオイさんのもね。まぁでも、それくらいの腹黒さは、毒じゃないよ。少し強めの薬だと思えばいいさ。毒は、量が少なければ大抵は薬と同じだし」
 苦笑いしながらカズキ君が言う。あぁ、そんな風に思われてるのね……。

「楽しそうだな、お前ら」
 話していると、スバルさんが現れる。その背には、スマートフォンを抱えたポリゴンZのふじこ。ポケモンの言葉を訳してくれるふじこも、今ではカズキ君のせいでほとんど形無しなんじゃなかろうか。
「おやぁ、母さん。休憩ですか?」
「うむ……お礼があると聞いて、小躍りしながら来てみたぞ。あと、カズキ。私を母さんと呼ぶな……ママにしろ。お前はまだ0歳だ」
 スバルさん、開き直ってる? キズナから呼称についてもめていたのを聞いたけれど、最近はもうママでいいのかしら……? 0歳って言うのは、スバルさんの子供になってからまだ1年もたっていないという事かしらね。
「ふふ、そうですかぁ……さっき言っていたポケモンっていうのは、あちらのブルンゲル、ムクホーク、ドレディア、ドサイドン、メブキジカなんですが……どうにも、ブルンゲル以外は少し反発が強いみたいですね」
「ふむ……確かに、この雌のブルンゲルは大人しいが……他は威嚇をしているな」
 そう言っておもむろにスバルさんが近づく。ゲイルは翼を振り上げてスバルさんを攻撃しようとしたが、スバルさんに膝で受け止められた。キズナが『蹴りは膝で受けるんだ』とか言っていたのを聞いたことがあるが、スバルさんすごいなぁ。
「この、たわけが!!」
 挙句、翼を掴まれて、横っ面に拳を叩き込まれていた。
「危害を加える意思のない者に、近づかれただけで攻撃するというのはどういう了見だ? ぶん殴るぞ?」
 むしろもう殴ってる。アヤカさん、バッジ8つ持っていてすでにリーグへの出場権はあるんだけれどな……そのポケモン相手にあの攻撃とは一体どういうことなの。というか、カズキ君や私に歯攻撃しなかったのに、スバルさんは攻撃されるんだ……スバルさん、危険なオーラがダダ漏れだからなぁ。
「まったく、馬鹿を殴ったら拳が痛いな……あん? 『ますたぁから引き剥がしたお前らがテラワロス!!』だと? 知るか」
 ふじこが訳した文面を見ながらそう言って、スバルさんは手を仰ぐように振りながら顔をしかめる。だが、ゲイルの頬のほうがよっぽど痛そうだ。ふじこが訳した限りでは、ゲイルは『ますたぁから引き剥がしたお前らがテラワロス!!』と言っているそうだが……それを一蹴するスバルさんはなんとも乱暴だ。

「で、このオノノクスは? 私にはプレゼントしてくれないのか?」
「あぁ、その子は……私が、貰っておこうかと。その子、結構大人しい子ですし、性格も優しいから介護にはぴったりかなって。それに、この子女性には優しいですし」
「なーるほど」
 スバルさんはそう口にしながら。オノノクスの体を見回る。
「爪の特徴を見る限りじゃ、この子の特性は闘争心か……力も強そうだし、こいつは男の子だから女性には優しいだろうからな……女性の介護をさせるにはもってこいだろう」
「しかし、分かってはいてもオノノクスが女性に優しいとはねぇ……想像つきませんよね」
 なんか、繊細な作業は苦手そうだけれど……大丈夫なのかな? 案外大丈夫なのかもしれない。
「うむ。闘争心の特性だからな。こういうやつは男のためには頑張らん」
 スバルさんが鼻で笑っていると、アクスウェルもその通りだと頷いていた。
「ところで母さん。オノノクスの特性ってどうやって分かったんですか? 見た目で分かるもんじゃないような……」
「あぁ、それは……」
 カズキがスバルさんに尋ねると、スバルさんはおもむろにカズキ君の肩を掴む。
「こういうことだ……」
 言うなり、スバルさんはカズキ君の肩に爪を食い込ませる。
「痛い痛い痛い!!」
「そして、こう!!」
 といって、スバルさんはカズキ君の頬に顎を軽くぶつける。
「例えば逆鱗をやる場合、型破りの特性を持つ個体は、こんな風に敵の肩に傷をつけつつ、確実にその後に顎の斧で叩き切る。肩を掴むだけで爪が相手を攻撃するから、マルチスケイルも頑丈の特性も形無しというわけさ。だから、型破りのオノノクスは爪が少し頑強でね。爪を見れば特性が分かるというわけだ。炎の牙をやるときも、表皮を突き破って体内に炎を届けるからな……痛いぞ、あれは。死ぬかと思った」
 いや、オノノクスの攻撃を受けたら炎の牙だろうが逆鱗だろうが死ぬでしょ、普通。
「なるほど……ていうか、母さん握力とんでもないですね……どこにそんな力が。ってか、死ぬでしょ」
 痛みで顔をしかめているカズキ君の顔を見ながら、スバルさんは言う。そして、カズキ君に思いっきり突っ込まれているし。
「私は鍛えてるんだ」
 そういう問題ではないと思うが……まぁ、いいか。鍛えていれば何でもできるよね、うん。
「確かにこいつら少し反発心が強いようだが……私は別に構わんぞ。そういう子を調教するのも私は好きだぞ? あぁ、だがドレディアはなぁ……安値で投げ売りするか」
「そりゃまた、なんで?」
 私が聞きたい事を先取りしてカズキ君が言う。
「……ドレディアは環境が変われば花は元気が無くなり萎れるものなんだ。なのに、それを知らずに売ってすぐ花が萎れてしまったとクレームをつけてきたやつがいるんだ。それについては保証対象外なのだが、言っても聞かなくてな。それ以来、ドレディアは二度と扱わんと決めた。だからいらないんだ」
「ドレディアはすごい嫌われっぷりだなぁ……アオイさんも母さんも」
「運が悪い子ね」
 見てみると、リリィは顔を背けていて、ものすごく不機嫌そうだ。ゲイルがリリィを励ましている。

「で、どうするんだ? 里親探しくらいならやってやるし、私ならばトレーナー免許第一級持っているから、私の権限でオークションに出すことも出来るが……」
「売り飛ばしましょう。腐ってもバッジ8つ分の実力はある子ですし。プラズマ団と違って奪ったわけでもなく、きちんと話し合いで手に入れた子なので、問題ないでしょう」
「そうかい。じゃあ、ポケモン達はありがたく貰っておくよ。贈与税がかかるのは癪だし、少々値段を低く見積もって税金がかからないように書類を作っておく」
「母さん、それ……さらっと犯罪なんじゃ……」
 うん、カズキ君の言うとおり。スバルさんって、結構度胸が座っているというかなんというか。
「なに、貨幣価値の算出しづらい資産を贈与された場合……まぁ、例えば絵画なんかが特に顕著だが、そういうのは専門家の鑑定を税金の参考にするものだ。だが、私のような専門家が受け取った場合は非常に便利だ。なんせ渡しが自分で値段を決められる」
「流石スバルさん……俺も大人になったらこうあるべきなのかな」
「カ、カズキ君? あんまり悪い大人になっちゃダメよ? 警察につかまったらキズナが悲しむから」
 なんだか、このままだとカズキ君がスバルさん色に染まっちゃいそうで怖いなぁ。ギーマさんもスバルさんには手を焼いたりとかしたのだろうか……。

「ふふ、案ずるなアオイ。みんなやっていることだし、そもそも2倍も3倍も価値を低く見積もるようなことはしない。こいつらの強さじゃ、せいぜい2割か3割見ればいいところだよ。ところでその子達、実際のところどうなんだ、アオイ? 強さは保障できるのかな? ムクホークは本気で攻撃してきているわけでもなかったから、実力もわからんし」
「あぁ、この子達……強さはオノノクスしか観ていないのよね。キズナのポケモンでは、正直まだ相手になる子はいなかったわ。アヤカサンはウチの中学校でも一応、1年生でありながら部のエースだし。あと、どうでもいいことだけれど……ゴンゲンちゃん……バンジロウさんから貰ったフカマルの女の子の事は気に入っていたみたい。さすが闘争心って感じ」
「ほほう、ロリコンだな、このオノノクスは」
「そ、そこは母性といってあげましょうよ……」
 アクスウェルは首をかしげていた。ロリコンの意味は分からないほうがきっと幸せね。
「さて、それじゃあどうする、アオイ? オノノクス以外は好きにして構わないのだな?」
「あ、はい。スバルさんなら、好きにしたとしても酷い事にはならないと信じておりますので」
「どうも、私も今以上に強く育ててやるつもりだよ」
 無駄に謙遜なんてしたりせず、スバルさんは微笑んで返す。
「それにしても、カズキ君はすごいですね。ポケモンの言葉を理解していらっしゃる」
「あぁ、すごいだろ、こいつ?」
 私の言葉に反応して、スバルさんはカズキ君を微笑んで見下ろした。
「アオイ。どうだった、カズキの翻訳は?」
「ポケモンが驚く程度には、ポケモンの言葉を理解しているようでしたよ」
「だとよ、カズキ。素晴らしいじゃないか」
 私はカズキ君の事を褒めてあげるとスバルさんは誇らしげに笑う。
「ポケモンとのコミュニケーションが上手い子だとは思ったが、そこまでとは嬉しい誤算だな。最近、カズキが一緒に居ればふじこがいらないよ」
「あ、ありがとうございます……母さん」
 掛け値無しに褒めるスバルさんに、カズキ君は照れていた。
「カズキ。ママと呼べ」
 どうやら、スバルさんは母親扱いされることに慣れてきたらしい。彼女自身もまた、照れているようで、自分の事を『母さん』と呼ばせないためにママと呼ばせているのだろうか。
「それじゃあ、アオイ。私は昼食に入る。カズキと一緒に話していてもいいが、仕事の邪魔はするなよ?」
「えぇ。私も、昼食がまだなので、そろそろ帰ろうと思います。この子を連れて……」
 私が目をやると、アクスウェルだけはまんざらでもなさそうだし、ブルンゲルは特に何も思っていないようだが、そのほかの4匹はかなり嫌そうな顔をしていた。可愛くないやつらね……
「怪我にだけは気をつけろ? さっきも言ったように、お前がいなくなったら社会的損失だ……あ、あとそうだ。後日書類を印刷して送るから、印鑑とサインを頼むぞ。税金に関する書類になるから、きちんと書いてくれ」
「あ、はい」
 あ、そういえば……育て屋にポケモンを渡す以上、そういうことはきっちりとしないといけないのか。というか、その前にアヤカと正式にポケモンの受け渡しの契約を済ませないといけないわね。
「わかりました。それとカズキ君、改めてありがとう」
「こちらこそ、今日は相談に乗ってくれてありがとうございます。アオイさん、気をつけてくださいね。キズナにもよろしく」
「えぇ。キズナには両思いだって事は伝えないでおくわ」
 カズキ君は軽く手を振ったら、そのまま管理棟の中へ入っていった。うーん……あの二人の恋模様、どうなるのかしらね。カズキ君も、生い立ちが変なことになっていなければもっと普通に恋できたと思うともったいないわ。
「さ、こっちだ」
「コシ、行きましょ」
 座っている車椅子に語りかけると、呼応するように車椅子が浮き上がる。残された3匹をボールの中に収納して、私達はスバルさんについていった。そうだ、今日は気分がいいし、クラインにお風呂の世話をしてもらおうかしら……あの子は初めてだけれど、上手く行くかしら?


 ◇

 ウチが進化してから結構な時間が経った。ヨマワルだった私にはなかった手を使い、いろいろなことが出来るようになってからは、まず最初に教えられたのは手話による挨拶やった。おぼつかない手つきで何回も真似ているうちに、キズナさんやアオイさんが、ウチの言っていることもわかるようになり、気付けばコミュニケーションが取れているのが嬉しいわぁ。
 ご主人、今まで学校のことが片付くまで色々やる気がなくなっていたって言っていたけれど、最近はちょっとやる気が出てきたみたいでいい事やわぁ。元気なご主人は呪い甲斐があるわねー。ご主人呪われるのが嫌いみたいなのが残念だけれど。(というか、全員嫌い? 新入りのアクスウェル君は呪われるの好きかなぁ?)
「それじゃあお願いね、クライン」
 まぁ、嫌いなら嫌いで仕方の無いことだよね。取り合えず、ウチもしっかりご主人の役に立たないと、もらえる餌に悪いなぁ。呪ってもお礼にならないみたいだから、呪い以外で恩返ししなきゃね。
 まずは服を脱がせる手伝い。私だったら、着る時はともかく脱ぐ時は体を透過しちゃえば楽だし、袖も必要ないのだけれど……やっぱり普通の人間はそんな能力を持っていないわけで。上半身は特に問題ないみたいだけれど、下半身の服を脱ぐことは苦手みたい。
 コロモいわく、こうやって服を脱いだ状態になると、ご主人は警戒心が異常に増すらしいから、優しくやってやれとのこと。何回もやっていると、相手も慣れて来るそうだ。別に、ウチらご主人に危害を加えようなんて考えはないんやがなぁ。ジーパンを剥ぎ取り、その下のオムツも剥ぎ取ると、アオイさんはなんだか敵意がない事を示すように目を伏せてはった。
 なるほど、これが警戒心……うーんでも、警戒しているなら威嚇のためにも目を伏せるよりも睨みつけたほうがいいと思うんやがなぁ。それか、怖い顔をして唸り声を上げた方が相手はびびるとおもうんやけれど。いつもは教えられる立場だけれど、あとでアオイさんに威嚇のやり方教えてあげたほうがいいのかなぁ?

「やっぱり、力強いのよね……サマヨールって。頼もしいわ」
 ほほう、でもウチはもっと力が強くなれるんやけれど、ご主人進化させるつもりはないんかな? ウチも一目だけしか見たことないんやけれど、ヨノワールになったおっちゃん、かっこよかったわ。
「ありがと」
 壁に座らせると、小さく微笑んでご主人は言う。ご主人は早速髪を洗ったり、顔を洗ったりとして、だんだん下のほうへ。背中を洗う時は体を支えてあげたりなんてしながら、ご主人が苦手な下半身を洗う時もスムーズに。
 ご主人は、しきりに『やっぱり女の子だと安心する』と口にしてはるところを見るに……アオイさん雄が苦手なんやなぁ。どうにも発情期ではないようやわ。熱いシャワーを潜ると、ご主人はタオルを持ってくるように促して……
「ありがとう。初めてにしては一番安心できたわ」
 あれ、終わっちゃった? 二人の話だと、始めてやる時は途中で中断させられたそうなんやけれど……うーん、よく分からんけれど、アオイさんはやっぱり雄は苦手っちゅうことやな。ということは、ご主人の特性って闘争心なんやろうか? アクスウェルがその特性やったはずやが、もしかしたらご主人とアクスウェル、仲良くやれそうかもなぁ。


『と、思ったわけなんやが……』
『なるほど……確かにご主人。以前からずっと雌の子が欲しいって言っていたけれど、そんな理由が……』
 私がお風呂の世話をした感覚を話してみると、コロモは納得してくれたようだ。
『おうおう、俺様と同じ特性かもしれないって言うのは本当かい?』
 やっぱりというべきなんやろうか、新入りのアクスウェルはんが反応する。
『うーん……わからんわぁ。そもそも、人間に特性なんて無いはずやし……』
『ふぅん、まあいい。この家は居心地もよさそうだしな……。俺もいずれ、主人の水浴びの世話をさせられるようになったら、参考にさせてもらうわ』
『前の家、そんなに居心地悪かったの? 僕は、ジムにいた頃は結構快適だったけれど……』
 コロモが胸の角に手を当てながら、アクスウェルさんに尋ねはる。
『褒めてくれねえんだ……バトルの練習しているとな。こっちのご主人は、褒めたり、御礼をしてくれたり……ま、飯だけは世話してくれるから、命令には従ったけれどよ。モチベーションが上がらない』
 アクスウェルは嫌な事を思い出したのか、不機嫌そうだった。なんにせよ、呪わせてはくれないけれど主人はいい人やし、アクスウェルはんも早う仲良うなってくれるとええなぁ。

 ◇

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 今日は、スバルさんの育て屋に行って、お礼という名目で譲り受けたポケモンを引き渡しました。
 それ自体はたいした事はなかったのだけれど、今日見てきたカズキ君が、もはや別人になっているといってもいいくらいの能力を手に入れていたような……数日の間に何があったというのか。
 なんでもカズキ君は、最近ポケモンの言葉がなんとなくわかるんだそうで。何でも、人間の言葉は文字を声にして送り出し、ポケモンの言葉は絵を文字にして送り出すのだとかなんだとか。
 流石に、自由に会話できるわけではないみたいだけれど、ポケモンが驚くくらいなんだから、相当なんだと思う。
 その際にカズキ君に教えてもらったことだけれど、アヤカはアレね……ポケモンたちの間で格差があるみたい。バトルよりも別のコンテスト的なものをやりたいのかは知らないけれど、それが得意なゲイルとリリィのほうはよく褒められているらしく……思えば、頭の花も以前は咲いていたのよね。それくらい懐いていたって事。
 だから、別の誰かに懐かせるのは難しいかもしれないと判断して、ジェリー以外の子はスバルさんへの贈与は断念した。
スバルさんも、税金とか色々めんどくさいそうなので、構わないとのこと。


 そして、夜はいろんなことがひと段落着いたこともあって、今日はサマヨールのクラインちゃんとお風呂に入ってみることに。
 やっぱり、なんだかんだで服を脱がされるのは恥ずかしかったけれど、相手が同性というだけで幾分かましな気分。ポケモンによっては、発情期になると抱きついて腰を振ってくるような子もいるらしいし……タイショウやコロモがそうなるというわけじゃないけれど、やっぱり裸になるとそこがちょっと怖いのよね。
 でもまぁ、クラインみたいに女の子ならその心配はないし……うん、同じ事を考える女性の可能性を考えれば、やっぱり女の子というのは正しい選択だわ。

9月29日


「ねーちゃん」
 レポートを終えて勉強中、キズナが私に話しかける。こいつ、両想いとか改めてうらやましすぎるな……私も恋の一つや二つしてみたいもんだ。
「ん、何かしら?」
「明日の昼、俺達のポケモンの練習相手にしたいから、アクスウェルを貸してくれねーか?」
「いいわよ。でも、まだキズナはポケモントレーナー免許2級を持っていないから、6匹以上は持ち歩けないでしょう? だから明日は私がクラインを預かるわ」
「あ、そうだなー。サンキュー」
 今はまだ、私もキズナも6匹しか持ち歩けない。けれど、スバルさんからはポケモンブリーダーを目指すのであれば絶対にとっておけといわれている。キズナもきちんと勉強しているし、1級はともかく2級は余裕らしいから……近いうちに2人揃って、免許を更新したいものだわ。


Ring ( 2013/11/03(日) 22:16 )