BCローテーションバトル奮闘記





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第二章:成長編
第三十七話:ビリジオン・ダークライ感謝祭・本番


9月19日

 ようやくビリジオン・ダークライ感謝祭本番を迎えたこの日。俺はスバルさんに買ってもらった、紺色の甚平を羽織り、ビーチサンダルと合わせて祭りに繰り出す。ブラックシティとホワイトフォレストの中心にある黒白公園広場には出店が立ち並び、人がごった返して非常ににぎやかだ。
 特設ステージでは、『BCWF陰陽師』とかいうバンドがゴチルゼルやメロエッタと一緒にライブショーをやっていて、熱狂的なファン達がペンライトを持って大はしゃぎ。何気にメロエッタだなんてすごいポケモンを持っているな……何者なんだあの人。
 俺は約束の時間が来るまで祭りを1人で回る。昔お世話になったアパートに住んでいた大家さんとばったり会ったので、その人と近況の話をしながら、昔の事を懐かしんだりもした。母親が死んでいる事を告げると、驚きながらも励ましてくれたのが嬉しかった。
 俺達の集合場所は仮設のバトル広場で、そこにある選手登録用の受付近くに集合と言う手筈。時間になったのでその周囲を少々探したら、短パンにTシャツとか、作業着とか、お洒落のおの字もないいつものキズナに比べると、大分色気づいていると言うか。
 灰色を基調にした甚平には、背中に大きく黒で『絆』と書かれ。その周りを白が覆って大きな一文字を強調している。胸が見えそうなくらい開かれた胸にはブラジャーの代わりにサラシが巻かれており、一応女性らしく胸は隠されているが、その手段は女性らしくない。手にはダゲキとナゲキが描かれた鉄扇が握られており、まだ残暑の残る夏を満喫しているといった感じ。男らしいファッションというかなんというか、男にしか見えない。多分、このコーディネートは後ろにいる……車椅子のアオイさんの趣味ではないだろう。あの人は女性のファッションを考えるイメージだし。
 アオイさんはといえば、深緑色を基調に頭を垂れた稲穂の柄があしらわれた浴衣を着ている。キズナは姉であるアオイさんのことをお洒落と評していたけれど、やっぱりお洒落なんだなぁ。
「こんばんは、ミカワさん」
「こんばんは」
 まだこちらに気付いていないキズナ達に俺は声を掛け、その声に続いてスバルさんが挨拶する。
 何でも、オリザさんとのデートの時はわざわざ作業着を着て行ったそうだが、『今日はお前もいることだし……』とのことで普通の服を着てきたそうだ。こげ茶色を基調に、青いシダの葉をあしらった模様と、ねずみ色の帯。普通だった。
 今日は、ポケモンを預けていたトレーナー達の一部がポケモンを引き取り、大会や祭りに参加させたりをしているため、育て屋の中は比較的静かだし、従業員もいつもより少なめである。だから、スバルさんも今日はゆっくり羽を伸ばして欲しいものだ。
「お、カズキ!! 今日はよろしくなー」
「あ、スバルさん。この間はありがとうございます」
 俺達を見かけた二人は、そんな事を言いながら駆け寄ってくる。もちろん、アオイさんはロトムな電動車椅子に乗っているから、ふわりと浮いてやってくる。こういう人の多いところだと、あのロトムは足を踏まれなそうで便利じゃないか。

「ふふ、アオイさん。そのことについては秘密、ですよ。あくまで内密にね」
 しかし、スバルさんは何かアオイさんと取引でもしたのだろうか? なんだか不穏な会話をしているが……気にしないほうが良いか。
「こちらこそよろしく、キズナ。セイイチの調子はどう?」
「そりゃもう、最高さ。尋ねるからにはお前のトリは……」
「もちろん、問題ないよ。この戦いで頑張ったら、ご褒美を上げるって言ったら燃えてくれてる。期待できるよ」
 自信たっぷりに俺達二人は会話を交わす。
「ほほう」
 そんな俺達を見下ろしながら、スバルさんが感嘆の声を上げた。
「言い忘れておりましたが、今日のマルチ・ダブルバトルには私もオリザさんと一緒に出るのですよ」
「絶対秘密にしてただけでしょ?」
 と、俺は尋ねる。うだ、そうに決まっている。スバルさんは意地が悪いから……
「おや、ばれましたか」
 やはりか……スバルさんにはもはや何も言うまい。
「えー……ってことは、図らずも師弟対決になる可能性があるってこと?」
 あー、そういえばそういうことになるんだな。オリザさんとスバルさんとか、勝てる気がしないな……。
「まぁ、そうでしょうね、キズナさん。あと……スペシャルゲストも呼んでおりますゆえ、ご期待くださいまし」
 サプライズというやつか……ゲストを呼ぶ、か。スバルさんがこういうことを言うと、何を持ってくるか不安なんだけれどなぁ。
「スペシャルゲストかぁ……一体、誰なんだ?」
「ふふふ、秘密ですよキズナさん。いい女と言うのは秘密の1つや2つ持っているものです」
「母さん、女の秘密ってそういうのじゃないと思う」
「おや、カズキ君は秘密のポケモンに丸呑みにされて死にたいのですか?」
 どうやら、俺がんと呼んだのが気に食わなかったらしい。わざとらしい笑顔を崩さぬままにスバルさんは言う。
「そそそ、それ秘密になってない。シビルドンじゃない」
「まーたこのやり取り……カズキとスバルさん、もう結婚しちゃえば」
 おどけ混じりに俺は慌てた様子を見せると、キズナは笑いながらそんな冗談を飛ばした。
「出来ないって」
「出来ませんよ」
 そして、俺とスバルさんの素早いツッコミが入る。
「というか、2人とも仲が良いのね……顔は似ていないけれど、親子だって言われたら納得しちゃうかも」
 おお、アオイさんってば分かってる。
「私はこんなにでかい子供がいる年齢だとは思いたくないのだがな……」
「まぁまぁ、そこはお若いってことで良いじゃないですか」
 その呼び方はどうなの、アオイさん。
「なんだか、その呼び方はへこみますね……」
 スバルさんは力ない笑みを浮かべながらため息をついた。
「ところで……」
 スバルさんは爪先立ちになって背伸びをする。
「私のパートナーがやってきたようです」
 その視線の先には、ホワイトジムのジムリーダー、オリザさんが。しかしでかい……身長が2mあるから、遠くからでも一目でわかると言うものだ。
「よう、オリザ。今日は子供も一緒だからな、いつものようにダサい服は着ないでやったぞ?」
「それ、威張ることじゃないです……」
 いつの間にかスバルさんはメガネを外して手に持っており、いつもどおりのテンションでオリザさんに言う。
「何を言うか……そもそもお前、あんなに脱がしたくなる服を着て挑発したというのに、お前は強引に服を脱がすようなことをしない……一度でもそうしてくれるなら、普通の服を着てやっても良いのに」
「だったら作業着じゃなくってセクシーな服を着なさいって言うか、子供の前でするお話じゃないでしょう!」
「ふふふ、ならば逆に聞くが、浴衣はセクシーではないのか? ほれ、鎖骨だって見せられるぞ」
 スバルさんは浴衣の肩を少々はだけさせ、綺麗に窪んだ鎖骨を露にする。
「母さん、恥ずかしいからやめて……」
「おっと」
 俺が注意すると、スバルさんはわざとらしく声を上げて、肩をしまった。
「ほらぁ、子供に注意されてしまったではないかぁ。お前が肉食系男子じゃないからいかんのだぞ?」
「……いやいや、私は貞操についてはきちんと考えてですね」
「ふふ、お堅いな。そういうところも嫌いじゃないが」
 スバルさんは腕組みなんてしながら納得するように頷いた。
「さて、コレで師弟対決チームの念バーも揃ったわけだ。早いところ選手登録してゆこうではないか?」
「あ、そうですね……」
 こうして、俺達はスバルさんたちと一緒に選手として登録をした……のはいいのだが。

「ところで、この大会には一つ問題があってな」
 唐突にスバルさんが言う。
「参加者に制限人数もなく、しかしだからと言ってそれを振り分けるためのクジ引きとかが行われるわけではないので……登録した順番から、対戦表が決まるのですよ」
「それって、つまりどういうこと……?」
 俺の質問に、スバルさんは親指で対戦表を指差す。その時の、勝ち誇ったようなドヤ顔が憎らしい。
「一回戦……俺達と、師匠たち……」
「いやいやいや、無理だって無理……」
 どうやらスバルさん、ここら辺で俺達の実力を見ておきたかったのだろう。でなければ、最初っからばらけるように順番を置いて選手登録するはずだし……なんてあくどい。
「カズキ……勝とうぜ、とは言わない。ただ……師匠とスバルさんに舐めた態度だけは取らせられないように、今から考えよう」
「了解……」
 ジムリーダーと四天王並の実力者が相手ともなれば、もはやキズナですら勝つことを諦めるレベル。いや、俺も最初から優勝は無理だとは思っていたけれどさ……いや、やるしかない。なるようになるさ、きっと。

 しかし、対戦表を見てみると、色んなトレーナーがいる中で、俺達のすぐ後に登録した一人『ダーテング仮面』と名乗る謎の人物がいることに気付く。周囲を探してみると、明らかにそれだと分かるような覆面をした浴衣姿の男性が、ダーテング風の団扇を片手に佇んでいる。首まですっぽりと覆うマスクのため髪型はうかがい知れない。
「なんだろ、あの人……」
 他の人は普通に本名もしくは通名で登録しているだけに、祭りとはいえあの人の正体が気になった。というか、あの人は俺か母さんの勝ち残ったほうと2回戦で戦う位置にいるし、母さんが言っていたスペシャルゲストって、もしかしたらあの人のことなんじゃ……何者なんだろう?

「カズキ……あいつのこと、気になるのか?」
 ずっとダーテング仮面と思しき人を見ているとキズナが俺に声を掛けた。
「うん……スバルさんが言っていたスペシャルゲスト……あの人だったら分かり易すぎるけれど、あの人じゃないかなあって」
「かもな。……でも、まずは師匠たちとの戦いをどうにかしないと……勝てる気がしないけれどなー……」
 キズナは苦笑していた。

 登録を終えた後は、しばらくスバルさんと別れ、アオイさんと一緒に若い者達で別行動。キズナは輪投げや的当てでお店を泣かせるような腕を見せつけ、たくさんの商品を持ち帰っていた。
 アオイさんが連れているサーナイトのコロモは、この祭りの雰囲気がとても気に入ったらしい。胸の角を上機嫌そうにこすりながら、笑顔に満ちている。やはり、祭りと言うだけあってみんなの感情が喜び、楽しみで空間を覆っているのだろう。サーナイトにしてみれば森林浴をしているような気分なのかもしれない。
 一緒に歩きながらアオイさんの自慢を聞いていると、ある日困っていた聾者(ろうしゃ)((耳が聞こえない人))に対して、自分の手話が役に立ったのだと。そして、その様子を見ていたコロモが、その人と会話を試みていたのだと言う。ポケモンが会話出来ることに驚いていたその人は、目を見開いて夢中になって話していたと、興奮して話している。
 車椅子に乗っているアオイさんを見れば、介護などに使役しているポケモンであることは一目で分かるので、その聾者(ろうしゃ)も『この子を下さい』とは言わなかったが『こんな子が私も欲しい』と言ってもらえたそうだ。値段の交渉とかはしなかったけれど、自分がやろうとしていることに、ある程度自信を得ることが出来たと。
 誇らしげに語るアオイさんは、手話を教えるのが今まで以上に楽しいと、嬉しそうな表情を見せる。確かに……耳が聞こえなくなった時に、コロモがいてくれたらと思うと、すごく心強い気がする。
 しかし……今思うと、お世話になったユウジさんと、こういう機会で会えればよかったなと思う。引っ越して以来、姿を見ていないし……アイルがいるから一人でも寂しくなければ良いけれど。あぁ、なんか心配になってきた……もっと連絡とってあげた方がいいかな? この大会でひょっこり現れたりしないかなぁ?

 そんな心配を一人前にしていると、携帯のアラームが鳴り響いて、バトル大会が始まる10分前を告げる。2秒ほど遅れてキズナの携帯電話も鳴り響いた。二人で顔を合わせてそろそろ向かうかと言う流れになり、人の波を掻き分けながらバトル大会の会場に行き着く。
 試合場の数は4つほど。試合の回転率を良くするためにも少々狭いフィールドにして逃げ場を少なくしている。俺達とスバルさん達の戦いは、第3フィールドの4試合目……第3フィールドで観戦していると、悪タイプと格闘タイプを組み合わせたダブルバトルと言うだけあって、格闘タイプが弱点であることの多い悪タイプ側が集中的に狙われる傾向がある。
 それを防ぐには、ドラピオンやドンカラス、ミカルゲといった格闘タイプが弱点ではない悪タイプを入れるのも良いし、集中攻撃をされることを利用してカウンターを狙ったり、ゴツゴツメットをかぶせたりと、それなりの戦略を立てるというのもありだ。ともかく、格闘タイプとのタッグバトルと言う性質上、タイプの圧倒的不利をどう利用するかは大事な戦略の一つだろう。

 俺達の場合は、ライドという技術を使うことで、弱いトリを護ると言う方法を取っている……が、基本的に格闘タイプのポケモンはライドをさせられるようなポケモンが少ない。背中にポケモンを乗せることに適した格闘タイプといえば、ブラックシティの象徴であるビリジオンや、その仲間のコバルオン、テラキオンくらいしかおらず、それ以外の格闘タイプは未進化のポケモンでもなければライドは難しかろう。
 反面、悪タイプはバルジーナやドンカラスならばハングドマン。サザンドラならばジャッジメントと呼ばれる戦法が可能だ。サザンドラはスバルさんも使うポケモンだし……もしも使われたらどんなことをすればよいのやら。
 スバルさんのレギュラーのポケモンで悪タイプは今のところトリニティのみで、格闘タイプはいない。オリザさんの格闘タイプのポケモンは、キノガッサ、ドクロッグ、ルカリオ、ズルズキン、カポエラー、エルレイド、エンブオーとより取り見取りである。
 そのうち、ドラゴンなどの背中に乗る技術、ジャッジメントを使うとしたら意外と遠距離攻撃が得意なエルレイドのハカマ、もしくはルカリオのクイナになるだろう。だからどうすればいいかと言われると、どうしようもないのだが……こちらは、追い風の力を借りて、セイイチに素早く動いてもらうしかないか……?
 サザンドラも追い風使えるか。どうしよ……?
 キズナと色々話し合ったが、取り合えず出たとこ勝負と言うほかなかった。


 試合を前にすると、ジムリーダーのオリザさんと、カミツレさんと戦って以来着々と有名になりつつあるスバルさんが行うマルチバトルということで、他の対戦よりも心なしか観客が多かった。スバルさんはきっちりとふじこにビデオ撮影を頼んでおり、今回の戦いもブログにアップする気満々のようである。
 スバルさん、バンジロウさんと対戦した動画をブログで公開おかげもあってか、かなりの実力者として注目されているみたい。
「それでは私、アキラが審判を務めさせていただきます。勝負形式はマルチバトル。2体のみの選出のため交代は不能。2対2の人数で戦います。ポケモンは個別に棄権させることが出来、2体すべてが棄権もしくは戦闘不能になった場合決着といたします」
 ……そして、俺達の戦闘が始まった。俺達が出したポケモンは、当然バルチャイのトリと、ルカリオのセイイチ。相手は……ルカリオのクイナとサザンドラのトリニティだ。オリザさんが出したクイナはセイイチの父親で、図らずも親子対決というわけだ。スバルさん出したトリニティは彼女一番のお気に入りだ。クイナはゴツゴツメットを被っていて……それってつまりインファイトする気満々じゃないか。トリニティは、何かのドライフルーツを首から提げている。ヨプの実かなにかだろうか?
 こちらは、セイイチに達人の帯。トリには、気合いのタスキを持たせている……簡単にはやられないぞ。
「師匠もスバルさんも……わかり易い相手だな」
 キズナの声がする。
「どう攻める?」
 キズナに小声で話しかけると、次の瞬間キズナが叫んだ。
「クイナに神速!」
「トリに神速!」
 キズナの声と、オリザさんの声はほぼ同時であった。
「トリニティ、追い風」
 そして、一瞬だけ送れてスバルさんの声が聞こえる。神速で、補助役をつぶそうとするオリザさんと、それを阻止するキズナ。バルチャイを狙いすましたルカリオに、それを阻止するルカリオがぶつかる。同じ神速同士、ぶつかり合った時は力の強いほうが勝つ。図らずも同じルカリオ同士、幼いセイイチと成熟したクイナとでは、クイナに分がある。
「トリ、今のうちだ」
 セイイチの父親たるクイナは、アドリブ力も優れているのか、横槍を入れられるよりはましだと、神速の一撃はトリではなくきちんとセイイチに向かう。セイイチが放った裏拳を、クイナは体をかがめつついなし、懐に入り込んで自身も裏拳を放つ。クイナの裏拳は肘で手首を打たれて防御されたが、そのまま怯むことなく足刀でセイイチの右すねを狙う。
 右足を引いてそれをかわしたセイイチが、下半身を後ろに投げた反動で状態で体を前にやり、右抜き手をクイナの首に。クイナはその抜き手を手刀で弾き飛ばして、相手の腕の外側へ回る。クイナはバックを取ろうとしてセイイチの腹を抱くが、セイイチはクイナの手首を掴み、腰を落として胸の棘を利用した抱きつきによる胸の棘を突き刺す攻撃を防ぐ。
 膠着状態に陥ったところで、セイイチはあえてクイナの手首を掴む手を離し、右肘でクイナの顔を抱きこみ左腕で目にひっかきを喰らわせようとする。クイナは首を捻って肘から抜けると同時に、バックステップをしながら牽制の裏拳アイアンクロー。その棘の一撃をセイイチはのけぞりながら避け、やり過ごす。二人は一息だけ膠着状態に陥ったが、先にセイイチが動いてローキック。
 それをしっかりとカットし、脛で受け止めたクイナは、セイイチが足を戻す前に相手の鼻面に、ゴツゴツメットを被った状態での頭突き。ようやく、攻撃がクリーンヒットすることでクイナが年長の貫禄を見せ付けた。

 鼻面を叩かれ仰向けに倒れたセイイチに、クイナはボーンラッシュを使う。波導で作られた仮初の骨が両手に逆手に握り締められ、杭を打つようにセイイチの胸に叩き込む。横たわったまま体をねじり、足を上げて骨を蹴り飛ばしてそれを弾いたセイイチは、跳ね起きてトリの元に向かう。
 親子揃ってインファイトで遊んでいるうちに、トリは追い風を纏いながらトリニティの猛攻から必死に逃げ回っていた。トリニティはどんなに速くても避けられないよう、ハイパーボイスでねちっこく攻め立ている。トリが音にやられて転ぶなどの隙を見せでもしたら、一気に喰らい尽くす算段だろう。
 耳も閉じられず、大音量で攻撃し続ければ、やがて意識も膿漏として平衡感覚だって怪しくなってしまうだろう。トリがそのまま追いつめられてしまう事を救ったのが、セイイチの神速であった。ハイパーボイスの洗礼を潜り抜け、トリを拾い上げて抱き込んだ。
 猛スピードで駆け抜けながら拾い上げたため、バランスを崩したセイイチは転んでしまったが、抱きかかえたトリに胸の棘を刺す事はなく、またきちんと受身を取って再び立ち上がる。そのセイイチへ向けて立て続けに波導弾と、気合玉が飛ぶ。
 波導弾がトリを抱いた腕に当たる。歯を食いしばってその痛みに耐えている間に、トリニティの放った気合球が迫った。それを、緑色の障壁が阻む。トリの『護る』が決まったようだ。波導弾を喰らいながらも良くやってくれた……その一瞬、体勢を立て直したセイイチはトリを背中に回しておんぶする。
 追い風を纏うようになって、セイイチは肩で息をしながらトリニティとクイナを睨みつける。

「トリ、悪の波導!!」
「トリニティ、火炎放射」
「クイナ、波導弾!!」
 まず、トリにはセイイチの強化を担当してもらう。相手は、遠距離攻撃でセイイチをしとめる算段らしい。セイイチは、火炎放射を追い風で強化された健脚で動いて避けつつ、波導弾をボーンラッシュで着弾前に打ち落とす。
 そうして追い風によって得られた瞬発力で持ってして、構えたままの骨を手にして左腕を前に構えて突き。悪の波導を背に受けた上での、渾身の突きであった。しかして、半身になったクイナは前に構えた右腕をセイイチの突き出した骨に添えて、手の平で外側に押し出しつついなし、体幹を回転させて左手で裏拳を見舞う。
 下半身まできっちりと力を込め、しっかりとスナップを利かせた裏打ちは、頬に突き刺さる前に手首を捻って鉄槌打ちの形になって寸止めされたが……まともに放っていれば重さとスピード、加えてカウンターで突き刺さったと言う完璧なタイミングも手伝って、セイイチの頬に風穴を開けられたうえで顎の骨を砕かれたことだろう。一撃でケリをつけるのに十分すぎる威力だ。
 その威力が想像できるセイイチは、寸止めに凍りついたように硬直すると、呆然としているうちに父親のクイナに頭を撫でられる。それだけで負けを悟ったセイイチはその場に座り込んでしまった。
「うっそ……」
「セイイチが負けを認めちゃった……」
 崩れ落ちたセイイチを見下ろしながら、クイナは岩の槍を構え、トリニティは口の中に炎を溜めている。降参をしなければ、セイイチごとトリにトドメを刺すと言うことだろう。
「ルカリオ、戦意喪失により――」
「あ、あの……降参を……」
 審判がセイイチの除外宣言を出し終わる前に、思わずキズナが口に出した。まだ相談もしておらず、キズナの独断だけれど、それを咎めることはできなかった。圧倒的に、ポケモンの力に差がありすぎて、勝てる気がしない……そりゃもう、抵抗の気力も沸かなくなる位に。
 歓声が沸きあがった。オリザさんのファンと、数少ないスバルさんのファンの声が。アオイさんは、やっぱりと言った感じで苦い顔をしている。そりゃ、勝てるわけないよなぁ……

「了解です、キズナ・カズキチームの降参により、この勝負、オリザ・スバルチームの勝利とします!!」
「勝てるわけない……な。この二人が相手じゃ」
「一矢報いることも出来なかったね……」
 キズナの言葉に、ため息をつきつつ俺も声を掛ける。
「トリ……怖くなかったか?」
「セイイチ……やっぱり無理だったな」
 俺も、キズナも非常に気分が沈んだ声だ。あぁまで圧倒的な力を見せ付けられては……こういう声にもなるよ。


 戦いが終わって、ねーちゃんがいる観客席に戻ろうとする途中、俺達は後ろから声を掛けられる。母さんだった。
「トリ……あの子はきちんと育てられているようで安心しました。しかし、やはり私と戦うにはまだまだ基礎的な能力が低いですね……体の成長に合わせて、強くなってゆけば、いずれトリニティと互角に戦うくらいにはなるでしょう。
 戦略とか、作戦で喰らいつくのは、基礎体力を挙げてからのお話ですね……頑張ってください」
「はい……」
 今回、スバルさんからいただいたアドバイスは、一言で言えば技術よりもなによりも、とにかく基礎体力を鍛えろとのお達しだった。キズナもほとんど同じ事を言われたらしい。
 軽い怪我を負ったセイイチは癒しの波導を使ってもらうべく、コロモの元に預けられ、俺達二人は反省会となった。反省会といっても、今回俺達の指示に何か間違ったことはあるかといえばそうでもなく……見えたのは、圧倒的な基礎体力、基礎動作の弱さだ。こればっかりは時間が解決するのを待つしかない。
 要するに、大人と子供の戦いと言った感じ。負けた責任は俺達には無いけれど、逆にトリやセイイチにあるかといえばそうでもないということだ。純粋に、幼ければ弱い……それだけの話だった。生まれたのが遅いこと以外の敗因はなかった。
 しかし……今回はただのお遊びだから良かったが、ローテーションバトルの大会にもこの2人は出るのだ。それまでには、全員の強さを完成させなければいけない。厳しい道だ。
「ねぇ、キズナ……あの2人、ローテーションバトルでビリジオンを狙っているって……それってつまり、アレに勝てってことになるよな?」
 それはつまり、母さんとオリザの2人を超えなきゃいけないって事だ。
「……まだ時間はある。ジムリーダーを超えるのは無理でも、四天王を超えるのは無理でも……喰らい付いてやれば良い。ベスト16まで残れば、強者同士がつぶし合うこともあるだろうし。そこまで運で切り抜けるわけにも行かない、結局運に頼る勝負だって、基礎体力が強いに越したことはないし、強くならなきゃいけないけれど。
 だからカズキ。考えるのは後にして、ともかく強くなろう……ポケモンたちと一緒に、あの二人に勝てるよう……」
「分かってる……今回、お話にならないくらい2人は強かったけれど……今の俺達が話しにならないくらいに……」
「2人で鍛えよう。トウヤとか、チェレンとか、メイとか……ついでにひひひろしとか。1年たたずに大成した前例もある。出来ないことじゃないだろ!!」
「その意気だよ、君達」
 沈んだ気分を無理やりにでも奮起させるように、二人で強くなることを誓い合うと、ふいに後ろから声がする。何事かと思って振り返ると声の主は、ダーテング仮面だった。
「貴方は……ダーテング仮面?」
「うん、そうだよ。私は謎のヒーロー、ダーテング仮面さ」
 俺の問いに、ダーテング仮面はこともなげに頷く。
「胡散臭い……」
 キズナ、素直すぎ。
「私は謎のヒーローだからね、胡散臭くもなるさ」
 ダーテング仮面はそう言って、団扇で口元を隠しながら笑う。
「何ですかその理論……」
「はっはっは……いい理論だろ?」
 俺も突っ込みを入れたが、笑って誤魔化された。
「ところで、ダーテング仮面さんは俺達の試合の後じゃ……」
「もう終わったよ。次の試合は、君達の対戦相手と私が当たるよ」
 ウソだろ、もう終わったって……勝負がつくのが速い。俺達の戦いと同じく、圧倒的に勝ったのだろうか。
「負けて萎れるでなく、負けてなお奮起する。優れた勝負士というのは、勝って舞い上がるでもなく、負けて取り乱すでもなく、ただ次の勝利のことを考えるものさ……いや、次は負けても良いから、最後に勝とうという姿勢だから、もっと優れた考えかもしれないね」
 くつくつとくぐもった笑い声を上げて、ダーテング仮面は僅かに腰を下ろして俺に視線を合わせる。
「君が孫なら悪くない……」
 その言葉の意味が分からずにぼんやりしていると、ダーテング仮面は立ち上がる。
「頑張れよ、ダーテング仮面は君達を応援しているよ」
「え、あ、はい……」
 ダーテング仮面は俺に声をかけたまま、キズナのほうをじっと見ている。
「なんだ……1人は女の子か」
 ダーテング仮面は納得したように1人頷く。
「いや、2人とも男です」
「お、男だよ……」
 ダーテング仮面の言葉に、2人は必至で否定する。

「ふぅん……まぁ、そういう子もいるよね。いいか……どっちでも。ともかく、頑張ってね」
 と、ダーテング仮面はその場を去ろうとする。
「おい、待てよお前!!」
 俺が呆然としていると、キズナが突っかかった。
「カズキが孫ってどういうことだ、お前? お前、声とか臭いからしてそんな年齢じゃないだろ?」
 男か女かの議論はさておいて、キズナの言葉に対し、ダーテング仮面は悩んでいる風に顎に手を当てた。というか、キズナも何気に鼻がいいのかな? 加齢臭がしないのが分かるってことは。
「……孫と言う言葉が使われる時、それが戸籍や血のつながりだけじゃないってことさ」
 そう言って、彼は悠々と立ち去っていく。キズナは追いかけようとしたが、俺が動かないのを感じて追いかけるのをやめた。おそらく、キズナも正体はそう時間をかけずともわかると言うことを察したのだろう。
「カズキ、今の誰か分かるか?」
「多分……四天王の……ギーマさんだ。あの声、どっかで聞き覚えがあるし……それに孫と言われるとしたら……孫弟子と言う意味でなら間違いではないし」
「あぁ、スバルさんがギーマと知り合いなんだっけか? そうなると、スバルさんのいうスペシャルゲストってギーマさんになるわけか?」
「おそらく、ね……取り合えず、なんにせよ次の試合は見逃せないね……ギーマさんはあの圧倒的な強さの2人と、どう戦うのか……」
 スバルさんは確か、自分の強さを四天王に一矢報いる程度と言っていた。それだと、ギーマさんと比べて格が劣るわけだけれど……バンジロウさんにどこまでも喰らい付いていったことを考えれば、格上が相手でもスバルさんはただでは負けてくれないだろう。

 どんな試合になるのか、想像するだけでもワクワクが止まらない気分だった。


「ふぅ……このバトルフィールドに、何回も立ってみたかったなぁ……」
 母さんとオリザさんが、ダーテング仮面と向き合っているフィールドを見て、キズナが思わずつぶやいた。
「仕方がないさ……スバルさん、意地悪だから……」
 母さんのサディスティックな性格は良く知っている。完膚なきまでに負かせた相手に、『この動画をブログに乗せても良いですか?』と尋ねる時は、ものすごくいやらしい笑みで見つめてくるのだ。ブログへの掲載を断ってしまえれば楽だけれど、断るのも格好悪いからと言うことで、頼まれた者は大抵が泣く泣くweb上に醜態をさらすこととなってしまうのだ。
「今回の、母さん多分俺達がめげずに強くなろうと思えるか、見ていたんだろうし……ほら、なんていうの? バネの強さってやつを計ろうとしたんだろうな」
「俺の師匠ならば、そこまで厳しくしないと思うんだけれどなー、スバルさんは厳しいぜ」
「スバルさんの趣味だよ、きっと。あの人は、バネを砕きかねない強さで押しつぶしてくるような人なんだよ、多分」
 そう言って俺は乾いた笑い声を上げる。
「私も何回か話していて分かったけれど、あの人ドSだからねー。でも、基本的にいい人だから私は好きよ」
 俺の言葉に同意するようにアオイさんが笑う。現在、アオイさんは観客席に普通に座っており、コシは新しくこしらえてあげたというヒールボールの中でお休みである。以前、俺を探す時に無理をさせたので、いつでも疲れを癒せるようにヒールボールにしたのだと。
「それでは私、シアンが審判を務めさせていただきます。勝負形式はマルチバトル。2体のみの選出のため交代は不能とし、2対2の人数で戦います。ポケモンは個別に棄権させることが出来、2体すべてが棄権もしくは戦闘不能になった場合決着といたします」
 審判がお決まりのコールをする。そうして、試合が始まる前に、スバルさんはボールを構えたまま、ダーテング仮面を見据えた。
「お久しぶりです……わが師よ。そして、私の初恋の人……」
 このバトル大会には、実況は付かない。もしもここで実況や解説の人がいてくれたら、どんなに面白おかしく盛り上げてくれたのだろうか。観客の会話を聞く限りでは、ダーテング仮面の正体はもううすうす感づかれているらしい。
 一回戦を突破した時の圧倒的な強さ、指示を出す時の声、そして手持ちのポケモン……改めて観客の言葉に耳を傾けると、もはやダーテング仮面の正体は一つしかなかった。
「ギーマ!!」
 スバルさんが高らかに対戦相手の名前を呼ぶ。ダーテング仮面は観客席から湧き上がる歓声を全身で受け止めながら覆面をはずし、彼の汗だくの顔が現れた。ギーマさんの顔の表情は涼しいのが、ちょっと涙ぐましく思えた。



Ring ( 2013/10/11(金) 00:19 )