第三十四話:バンジロウとの決着
「
漢だなー……あのラティアス」
「お、女の子相手にその言葉はダメだよ、キズナ……」
崩れ落ちるラティアスを見てのキズナの第一声。本人が知ったら怒るんじゃなかろうか。
「しかし、二人とも互角……なのかな。残ったポケモンの数、一緒だぜ? しかも、リーフィアは傷を負っている……」
「まだどっちが勝つかは分からないけれど……スバルさんに期待は出来そうだね」
「うん、目が離せないや……」
二人で頷きあって、バトル中のおふた方を見やる。
「な、なんで地震が来るってばれたんだよー」
バンジロウさんがスバルさんに問い詰める。
「貴方が、『自信』と言う言葉を命令に混ぜると、確実にラティアスが命令違反を起こしますので……あと『苦労』とかいう言葉だとドラゴンクロー。『死ね』なら思念の頭突きとか……ちなみに、ネットで調べた情報に載っておりましたね」
「え、え、え……おいおい、何だよそれー。オイラの戦法、もしかしてばれているってことかー?」
「えぇ。私は貴方の戦略も、所有するポケモンもきっちりと把握しております。それでも、あなたはほとんど私のことをしらない割にきちんと喰らいついているあたり、実力は非常に高いと言えますが……さらした弱点、戦法をいつまでも放置しておくのは得策とはいえませんよ。
しばらく白の樹洞や黒の摩天楼に閉じこもって、格下を相手にしているだけでは気付けなかったと思いますがね……もしも今、デンジさんやアイリスさんといったチャンピオン連中と戦えば、貴方はきっと無様に負けてしまいますよ?」
「ちぇ、正論だな。オイラもきちんとパソコン使えるようにしなきゃなー……」
「ふふ、頑張ってください……さて。私は次のポケモンを決めました。貴方もどうぞ」
「オーケー。オイラも決めたぞ」
「では、再開いたしましょう。カズキ君は私のポケモンを預かってください」
「え、あ、はい」
またもや、俺に向ってモンスターボールが投げられる。サイファーが入っているやつか……ぐったりしてるや、お疲れ様。
バランスを崩しかけながら俺がそれをキャッチしている間にスバルさんが取り出したのはシビルドンのうな丼。相手は、リーフィアのフレイヤ。うな丼はとぐろを巻いてからの攻撃が強力だけれど……でも、アレは待ちの構えだ。攻撃力も防御力も上がるけれど、こういった広いフィールドではなく閉所での戦いにこそ映える技だ。しかし……フレイヤはチャンスがあれば剣の舞だって使うだろうし、葉緑素状態のリーフィアがそうなったらもう手がつけられない気がする。
スバルさんはどう動くのか?
「まずは搦め手からだ」
このスバルさんの命令は、大体電磁波につながる。
「すっかり、天気も元に戻っちまったな。やり直せ」
言われるがまま、うな丼は電磁波を放つ。なるほど、素早さを得る葉緑素持ちにはこれが最良か……? フレイヤは、額に力を集中して擬似太陽を作り出す。その間にうな丼は電磁波を放ち、相手を麻痺させようと仕掛けるのだが、相手はそれをさせるほど弱くはないようだ。
まだ葉緑素の力も発動し始めていないだろうに、自身の網膜すら焼きかねないような擬似太陽の光を出現させる瞬間は、術者は目を閉じなければ目がくらんでしまうと言うのに、一体どうやってうな丼の行動を見ていたのか、重心を崩してからのサイドステップで難なく避けた。
「くっ……とぐろを巻け」
「剣の舞だ、呼吸を整えて一気に決めろよ!」
スバルさん、バンジロウさんと、命令が飛び交う。そして、次の行動は……
「リーフブレード!」
「ニトロチャージ!」
と、勇ましく命令したのはいいのだが……フレイヤは先程のユウキから受けた傷が痛んだのだろう、肝心なところで足がもつれて転んでしまう。そこを、うな丼のニトロチャージがここぞとばかりにヒットする。炎を纏った体当たりを喰らい、地面を転がり、引きずられるようにしながらフレイヤは吹っ飛ぶ。その間に電磁波を喰らったが、何とか体勢を立て直し、うな丼に向き直る。
先程喰らったユウキからのダメージもあるので、今回のニトロチャージと合わせてフレイヤはすでに息も絶え絶え。フレイヤが転んでくれたのは運がよかったとはいえ、バンジロウさんのポケモンにたいしたものである。流石に、先ほどのような余裕もなく、フレイヤの顔に浮かぶのは笑みではなく苦痛の顔。最後に、彼女のリーフブレードの斬撃がうな丼の左わき腹を切り裂いたが、とどめには至らない。
痺れと負傷のせいでバランスを崩したところで、うな丼のニトロチャージが再度フレイヤを叩きのめした。もううな丼はとぐろを巻いてはいないから、瞬発力も落ちて威力も下がってこそいるが、止めを刺すのにはそれで十分であった。
後ろ足に、炎の体当たりがヒットする。最後は避けようとすることすら出来ずに、それを喰らい、フレイヤが転がる。まだ意識はあるようだが、立ち上がろうとするとうな丼がきつく睨むため、立ち上がる気になれなかった。
「フレイヤ……やられたか。オイラ、なさけねーや」
「運がよかったのですよ……私の運が」
「へ、運なんかじゃどーにも出来ないようにするのが、強いトレーナーの仕事さ」
そう言って、バンジロウはボールに手をかける。残る手持ちは、情報が確かならばラティオスとカイリュー……さぁ、どうなる。
「頼むぞ、バハムート」
バンジロウさんのカイリュー、バハムートはドライフルーツを首にぶら下げていた。あれは、ヤチェの実だろうか……? ここからじゃ匂いが分からないからなぁ……。
「引き続き行ってもらおうか、うな丼」
そして、スバルさんはそのまま続行……相性は良くも悪くもないけれど、ボロボロのうな丼で大丈夫なのだろうか?
「電気を纏え!」
「一瞬で決めろ!」
ほぼ同時の命令だったが、バンジロウさんのカイリューのほうが早かった。技は、おそらく神速……瞬きする間も無くうな丼が屠られる。不動のまま電気を決める事がすら出来なかった……速いな。
「すまないな、うな丼。犠牲にした……だが、敵はとらせるさ。すまん、カズキ。預かってくれ」
うな丼が入ったボールをまたもや俺に向って投げる。もう受け取るのも慣れてきちゃった……。
「お、次はなにが出て来るんだ?」
バンジロウさんは、一進一退の攻防にワクワクが止まらないらしい。次を急かす声がとても楽しそうだ。
「スバルさんの手持ちって、あとは……」
キズナが不安げな視線を交えて尋ねる。
「エルフーンとポリゴンZだね。どちらも戦法は違うけれど、どう攻めるんだろ……バンジロウさんはカイリューのまま変えないみたい」
「あーん……わかんねえなぁ。一応相手は飛行タイプだし、ポリゴンZは冷凍ビームを使えるからふじこかなぁ……カズキはどう思う?」
「だよねぇ……俺も、ここはふじこだと……」
ここはスタンダードに、カイリューの弱点をつけるふじこだと、キズナと俺の二人揃って思った……のだけれど。俺達二人は固唾をのんで見守る。すると……
「いけ、ケセラン」
予想に反してエルフーンだった。
「エルフーンか……何をする気かは分かんねーが」
バンジロウさんがつばを飲む。
「遊びなさい」
「摩り下ろせ!」
スバルさんの命令は、ケセランに対する遊べとの命令。悪戯心の特性だから、まず間違いなくただ遊ぶわけじゃないんだろうけれど……まずはバハムートが飛び立つ。神速ほどの速さではないから、十分に迎撃も可能だけれど……バハムートも案の定、ケセランの所作に戸惑っている。
ケセランは擬似太陽を仰ぎながら、くるくると回って踊っていて、そこにどう攻め込むべきか非常に悩んでいる。何でも良いから攻め入ってやろうと意を決した頃にはもう遅い。ケセランはその身に追い風を纏い、そのモフモフとした背中の綿を掴もうとしても、紙一重の差で掴み損ねる。流石のケセランも、あの素早いバハムートへすれ違いざまにヤドリギの種を貼り付けるようなことは出来なかったが、それにしたってあのふわふわした物体があそこまで華麗に動くとは信じがたい。
まるで、同じ極を向けられた磁石の様だった。着込んだ風は、それこそ体の一部のようにケセランを守っている。バンジロウさんが使うバハムートのフリーフォールは、相手を掴んでから地面すれすれを飛んで相手を引きずりミンチにする技だと聞いたが(だから『摩り下ろせ』と命令するらしい)、それの二回目にはケセランはコットンガードを纏っていた。
当然、物理技なんて聞かないだろうから三回目のフリーフォールをしようというわけにも行かない。必然的にバハムートは特殊技の『暴風』を駆使するのだが、彼の暴風は土ぼこりが割れるようにケセランを避け、大文字は☆の図形を描くように着弾点がケセランを避ける。ケセランが追い風で強化された暴風で身を守っているのだろう。お互いけん制しあっているので、ヤドリギの種を貼り付けられバハムートがジリ貧になるなんて事はないが、互いに決め手のない非常に危うい状況だ。
しかし、本当にケセランは強いスバルさんが最強と証するのも分かる。お互いにこう着状態になると、流石にケセランが呼び込んだ追い風の効果も薄れてしまった。その瞬間を見計らい、二人が吼える。
「神速で掴みかかれ!!」
「追い風」
スバルさんは追い風を張りなおし、バンジロウさんはここで一気に勝負を決めるつもりらしい。せっかくの晴れももうなくなってしまい、大文字もその恩恵を受けることは出来なくなって入るが……掴みかかりさえすれば、特殊技の効果はある。暴風は……さすがに掴んだ状態での超至近距離じゃ当たらないよな。となると、大文字あたりだろうか?
追い風を失ったケセランでは、いかにもともと瞬発力のある種族であろうと神速の前には流石に歯が立たない。目にも止まらない速さで掴みかかられ、バハムートはそのまま無情に口へ炎を吐くため酸素を体内に集める。バンジロウの指示を待たずに大文字をするつもりだろう。ケセランはここでヤドリギの種だろうか……
「得意の技で止めを刺すんだ!!」
と、バンジロウさん。
「痺れ粉」
それに対してスバルさんが命令をしたのは痺れ粉。なるほど、そうきたか。息を思いっきり吸い込んでいる最中のバハムートにならば、命中率が不安な痺れ粉も……
「ゴフッ!!」
咳き込んだ。そりゃ、酸素を思いっきり吸い込むつもりで呼吸していたのだ。あそこまで思いっきり吸い込んだらそうなるよな……そして、畳み掛けるようにヤドリギの種。そこを、呼吸を整えたカイリューが今度こそ大文字で葬ってやろうとしたのだが……
「まて、その子は棄権させる。私は最後の子を出すぞ」
しれっとした口調で、スバルさんが宣言し、ふじこのボールを握る。
「最初から、ケセランは捨石なのか……スバルさん、大胆だなぁ……あ、ふじこはこだわりメガネか」
「わちゃー……こだわりメガネかぁ。もしここであのカイリューを交換したら、負けるかもしれない」
バンジロウさんはこれからなにが来るのか分からない。それを考えると、ものすごく不安だろうけれど……さて、この場合もしバハムートを交換すると、バンジロウさんが負ける可能性がある気がする。そんな事を口にすると、キズナは意外そうな目で俺を見る。
「なんでさ?」
「冷凍ビームだけで戦っても、カイリューはともかくラティオスが相手じゃ今のふじこでは多分倒せない。そうなると、適応力の特性で強化された破壊光線しかないけれど……反動があるから……ラティオスに交換されたなら、ラティオスを倒しtらその反動の最中にも、麻痺したカイリューの攻撃なら耐えられるかも……
けれど、破壊光線でカイリューを倒してからラティオスの相手となると厳しいし……」
「破壊光線かぁ……確かに、ラティオスを倒すとなるとそれしかないけれど……まず大前提として倒せるのか?」
「さ、さぁ?」
キズナに尋ねられたが、こればっかりは俺にもわからない。バンジロウさんは、ボールに手をかけたまましばらく考えていたが……
「バハムート、そのまま頼む」
そのまま行かせることにしたらしい。バトルフィールドの真ん中で渦巻いているケセランが起こした追い風はそろそろ効果が切れかけ……大丈夫だろうか? その分、バハムートもかなり痺れが深刻化しているから、一概にどちらが不利かと言われれば分からないけれど……ふじこが繰り出され、バハムートは身構える。
ふじこはおあつらえ向きの、こだわりメガネを装備していた。相手にの手持ちにはゴーストタイプも鋼タイプもいないから、これなら……カイリューは倒せるだろう。
「ふじこ、破壊光線」
「神速だ!!」
バンジロウさんはなにを思ったのだろう……やられる前にやると言うことなのだろう。しかし、まずふじこはやらなかった。バハムートの神速を、纏った風を利用して避け、麻痺のせいで自由の聞かない後姿をここぞとばかりに破壊光線で攻撃する。
ふじこのそれは文句のつけようもない一撃必殺だった。だけれど、その威力に見合った反動のおかげで、少なくとも最後の手持ちが一撃を与えるくらいの時間は稼げるだろう。
「シエロ、竜星群!!」
間髪いれずに、バンジロウさんは最後のポケモン、ラティオスのシエロを繰り出して命令を下す。
「ふじこ。出来る限りで良い。かわせ!!」
スバルさんの指示は、もはや根性論である。けれど、それしかないのも事実である。追い風を纏ったふじこは、空から降り注ぐ竜星群を見据え、さっと身を引く。よければ、勝ちはほぼ確定だった……しかし、偶然は起こらなかった。ふじこは、シエロの強力な竜星群に巻き込まれ、あえなく撃沈。
スバルさんの負けである。スバルさんは平静を装ってはいるが、内心穏やかではないらしい。口を閉じたまま、鼻だけで息を吸い込んで胸が上下しているけれど、その幅が尋常ではない。おそらくは、呼吸を沈めようと頑張っているのだろう。
「お見事です……事前に貴方の情報をきちんと調べて戦った私と、前情報なしに挑んだ貴方……普通に考えれば、私のほうが圧倒的勝利を飾らなければ、恥ずかしいような条件でしたが……いやはや、強いですね」
「スバル、スバルよぉ!! そんなことねーぜ! こっちも、途中まで負けるんじゃないかとひやひやさせてもらったからな。思う存分に楽しませてもらったぜ!」
負けた悔しさも、何とか収まりがついたのだろうか、スバルさんは笑顔で握手する。しかし、スバルさんが負けるところ……はじめてみたけれど、やっぱりスバルさんって無茶苦茶強い。こんなに強くっても、ジムリーダーになれないのはやっぱり人間性が関係しているんだろうか。スバルさんって態度がなぁ……時々問題になるから。
しかし、その実力者であるスバルさんの更に上を行くバンジロウさんは相当なものなんだけれど……パソコンを使えないのが珠に傷だ。それのせいでスバルさんに負けかけたというのは、正直笑えない冗談だ。早くパソコンの使い方を覚えたほうが良いんじゃ?
「ふふ、そうですか……所で、観客の皆さんは、どうでしたか?」
「もちろん、楽しめましたよ、スバルさん!」
真っ先に俺が答え、他の人達も賛同する。
「それと、これを返します」
そう言って、俺は預かっていたボールを返す。結局何のために預けたのかはよくわからないけれど……ボールを探す時に、まだ戦えるポケモンと混ざるのが紛らわしいとか、そういうのがあるのだろう。
「ご苦労様」
そう言って笑いながら俺からボールを受け取り、スバルさんが俺の頭を撫でた。
「では、バンジロウさん。皆さんを楽しませることは出来たわけですし。お互いに健闘をたたえあって、握手といたしましょう」
どうやら、スバルさんは平静に戻ることが出来たようだ。すっかり自然な表情になって、精神的に余裕を得ている風に、握手を交わす。ぎゅっと硬く握り合った時も、手の平に画鋲だとかそういうこともなく、いたって普通の握手であった。
「ところでよ……」
握手を終えて、バンジロウさんは俺のほうを見る。
「な、スバルよぉ。あの、カズキって言ったか? あいつ、お前と苗字が同じ『シラモリ』だけれどお前の子供か?」
「苗字が同じ……はて、面妖な」
スバルさんが俺のほうを睨む。俺、地雷踏んじゃったかな?
「カズキ……私はお前の後見人であって、養母ではないのだぞ。そこらへんを勘違いするんじゃない……」
「だ、だって……俺としては……まともに『母さん』って呼べる人が欲しいと言うか……」
「大体、私はまだお前みたいなでかい子供がいる年齢でもなかろうに?」
「いや、本当の母さん、スバルさんより2歳若いし……スバルさん確か28歳ですよね?」
あ、絶句した。そりゃ、母さんは生きていれば26歳……とても10歳の子供がいるとは思うまい。
「なるほど、お前の母親は15で妊娠してたのか。負けたよ……だが、そういう話を客人の前でするものじゃないな」
うん、その通りだと思う。どうしてこうなったんだっけ……?
「あー……まぁ、人生色々あるんだな」
バンジロウさんもちょっと戸惑っているよ。あんなにマイペースそうな人なのに、流石にあんな話をされたらああなるよなぁ。
「ところでスバルよお。こいつ、ぶっちゃけ才能あるのか?」
と、バンジロウさんは俺を指差してスバルさんに尋ねる。何でまた、そんなにストレートに尋ねるのやら?
「えぇ、才能はありますよ。わざわざ、自分の管理下に起きたいと思う程度には、伸び代のある子だとおもいます」
「だよなぁ」
スバルさんの言葉に、バンジロウさんが頷いた。
「他のみんなはどうよ? こいつのこと、どう思う?」
そういえば、バンジロウさん、俺の仕事をずっと見ていたんだっけ……職員のみんなは、口々によく働いてくれているとか、頑張り屋だとか、仕事を覚えるのが早かったとか、褒めてくれるあたり、評価はしてもらっているのかもしれない。そしてキズナは……
「悔しいけれどこいつは、かなりの実力の持ち主だと思うぜ。まだまだ俺と同じで、駆け出しだから弱いだけでさ」
また、うれしい事を言ってくれる。
「おや、才能に関して言えばもちろん、貴方もですよ、キズナさん。貴方は、ポケモンとの信頼関係が、他のあらゆるトレーナーの上を行っていらっしゃる」
そんな、俺ばっかりが褒められている空間で、ただ一人スバルさんはキズナを褒める。なるほど、確かにキズナはポケモンとの仲のよさは、そこらへんの野良トレーナーなんて比べ物にならない気がする。それはやっぱり、手話とはいえ会話出来ることが一番の要因なのだろう。
「よし、全員一致みたいだし……なぁカズキ」
「え、はい……?」
な、何だろう?
「よしカズキ!」
「ど、どうぞ」
バンジロウさん、なんというか名前の呼び方がしつこい。
「カズキ。一つ、お前に頼みてーことがあるんだ。オイラのポケモン、受け取ってくれねーか?」
「え、いいんですか!?」
「おうよ!」
俺の問いに、バンジロウさんは大げさなくらいに頷く。
「なぁ、見ろよ。オイラの手持ち……リクヒノカミはじいちゃんから貰ったメラルバ。グンジョウはシロナさんから貰ったフカマル。バハムートはアイリスのミニリュウ、フレイヤはデンジのイーブイ……アヴェマリーアとシエロ以外は、みんな貰いもんなんだ。
こいつらを貰うってことはな……皆が皆、俺の才能を認めてくれたってことなんだ。だけれど、それだけじゃねぇ……ポケモンバトルに強いと、ポケモンが褒められるのはもちろんのこと、育てたオイラ達トレーナーも褒められるだろ?」
「そ、そうですね」
「同じなんだ。オイラを育ててくれたやつ。才能を見出してくれたやつ……強くなるためのアドバイスをくれたやつ。じいちゃんも、アイリスもシロナさんもデンジさんも、みんなすげーんだ。そして、すげーやつらの顔に泥を塗らないためにも、頑張ろうって気分になるんだ」
「ほぅ……よい心がけですね。私も、そんな風に思っておりますよ。私は、私を育ててくれたギーマさんの顔に泥を塗れませんもの」
バンジロウの言葉に、スバルさんが頷いて笑う。
「だからよ。俺も、そのすげーやつらになりてーんだ、カズキ。カズキ……俺は、お前の仕事ぶりを見て才能があるって思えたぜ。だからよ、お前がもっと強くなるきっかけを与えてーんだ。
上手くは言えねーけれどさ。無償と言うか、アイリスとかシロナとかはオイラを強くしたところで何の得もないのに、オイラにアドバイスをくれたこと。そういうの、オイラもやってみたくってさ……カズキ。カズキも俺の実力を買ってくれたチャンピオンたちと同じく、オイラをすげーやつにしてくれよ。強くなったお前と、戦ってみてぇ」
なるほど、恩送り……というやつか。この人も、恩は返すだけじゃなく、送るものだって考えているんだね……バンジロウさん、人間的にもよく出来ている。
「……なるほど。それは光栄です……でも」
「でも、何だ? 手持ちが6以上いて、ボックスの契約していないとか、二級以上の免許を持っていないとかか?」
そう言って、バンジロウさんは数珠繋ぎで肩にかけていたモンスターボールをはずす。この人、パソコンが使えない割にはなぜか勉強が出来て、すごいことにポケモンの持ち歩き制限が無制限なポケモントレーナー免許が一級で、可能であれば百だろうと千だろうとポケモンを持ち歩けるわけだ。良くも悪くも両極端とは、頭の構造どうなっているんだろう?
いや、そんなことじゃない。そんことよりももっと大きな問題だ。
「いえ、俺だけじゃなく、キズナにも……譲ってあげて欲しいなと」
「お、俺か?」
俺はキズナのほうへと視線を向けて、そう頼む。キズナはマメパトが種マシンガンを喰らったような顔をしていた。
◇
まさか、俺をご指名とは……俺がすごいのかどうかと言われると、少し疑問だけれど、やっぱり手話を教えることが出来ると言うのは、一般人にとってはすごいことなんだろうなぁ。
「キズナが……? どうすごいんだ、キズナが? オイラも、見ただけで『うむ、いい目をしておる……』とかいうノリで分かるような達人じゃねーからなぁ。でもまぁ、オリザのやつも将来有望だって言っていたし、多分そういう事なんだろうなぁ。なぁキズナ、お前のすごい所ってなんだ?」
まぁ、確かにキズナの凄さは見ただけじゃわからないよなぁ。
「一目で分かりますよ。な、キズナ」
「貴方達姉妹の得意技じゃないですか」
カズキだけでなく、スバルさんまで俺がすごいと評価してくれているようだ。二人とも、考えることは同じみたいだな。今日は夜道で危ないから、一応護身用も兼ねていろんなポケモンも持ってきたことだし……ちょっとやってみるか。
「えっと……それじゃあ、バンジロウさん。ちょっとばかし、貴方のポケモンを出してくれませんか?」
「お、おう。それで、キズナ、キズナ?」
「うん、キズナでいいんだぜ。ミカワ キズナだ」
「よし、キズナ。どいつを出して欲しい?」
「アヴェマリーアとシエロを……」
まぁ、正直どいつでも良いんだけれど……伝説のポケモンなんてそんなに見る機会もないからな。そういうわけでこの二匹だ。バンジロウさんが、軽い掛け声と共に二人を繰り出すと、俺も早速タイショウを繰り出す。
「頼むぜ、タイショウ!」
俺の手持ちの中じゃ、こいつが一番手話は上手いんだ
「ほう……若い割にはよく鍛えられているダゲキだなぁ……」
「へへ、そうか? そう言ってもらえるなら光栄だな」
バンジロウにちょっと褒められた俺は、上機嫌になりながらダゲキに通訳を頼む。質問の内容は『主人のこと、どう思ってる?』という簡単なもの。手話を交えてタイショウに伝えると、彼はきちんとその意味を理解して頷いた。
「なんだ、なんだ? なにが始まるんだよ?」
「まぁ、見ててくれよな」
取り敢えずは、今はタイショウの通訳を待つしかないわけで。タイショウと二匹のやり取りを見守ること十数秒。タイショウは、まずアヴェマリーアを指差し、こう言った
「『主人』『好き』『ありがたい』」
俺は、タイショウの手話に合わせて、言葉を復唱する。
「ふむ、主人は大好きで、何か恩もあるみたいだな。その恩って言うのは?」
「『悪者』『捕まる』『その時』『助けた』」
なるほどね、大体分かった。
「ほう……バンジロウさん、この子達の命の恩人なのか?」
と、俺は得意顔でバンジロウさんに尋ねる。
「何で知ってるんだ? インターネットか?」
「ちげーよ。俺、手話でポケモンと会話出来るし、俺のポケモンは手話で人間と会話出来るんだ。だから、タイショウにアヴェマリーアの言葉を通訳してもらったんだ」
「へぇ……」
分かっているのか、いないのか。バンジロウさんは気のない返事をする。
「それで、シエロはなんて言ってたよ?」
と、キズナが尋ねると、タイショウは手を慣れた様子で動かす。
「『母』『助けた』『格好いい』。『恩』『返す』『きっと』。ふふ、そっかー……ママを助けてもらったんじゃあ、一生かけて恩に報いる気概がなくっちゃなぁ。でも、お前達のおかげでバンジロウさんは世界でもトップクラスの腕前なんだ……これからも頑張れよ、シエロお坊ちゃん」
ちょっと茶化すような口調でシエロに言うと、気に障ったのかシエロは俺の頭をはたこうとしてきた。俺はしっかりその腕をいなして、肩をすくめる。シエロが驚いているところをみると、手加減したとはいえまさか防御されるとは思っていなかったことがうかがえる。
「ごめんごめん。だけれど、いつかは親離れするんだぞ? ラティオスがいつまでも親元にいたらしまらないからな」
そう、普通ならばシエロはとっくに親元を離れている年頃。 痛い所を突かれたのか、シエロは怒ってそっぽを向いた。その際、タイショウは右手のひらを下に向け、人差し指を耳の穴にあててねじる。
「おっと、『五月蝿い!』だとよ。すまんすまん」
タイショウの通訳によるとシエロは『五月蝿い』とのことらしい。あのラティオス、照れちゃってなかなか可愛いところがあるじゃないか……親子で仲が良いのも、考え物だな。
「と、いうかんじ。バンジロウさん、自分のポケモンとの関係は良好みたいだな」
「ほえー……すっげー。この子達、密猟者に違法ボールで捕らえられていた所をオイラが救ったんだが、なんだかんだに懐かれちまってさー。最初は、ジーちゃんに保護を頼んだりとかもしたけれど、シエロが成長してからはその必要もなくなっちまったんだ。
……どこへでも飛び立っていけば良いのに、こうしてついてきてくれるのは……お前ら、オイラに恩返しがしたかったんだな。キズナ……キズナのおかげで、やっと真意が分かったぜ、キズナ!!」
「そりゃ、素敵な話じゃねーの。完全じゃないとはいえ、それに対する感謝の気持ちをきちんと伝えられたのは幸運だな」
「おうよ、キズナ。すっげーいい気分だぜ、感謝感激だよキズナ! キズナ!」
「そりゃ、何よりだなバンジロウさん」
それにしても、このバンジロウとかいうやつ、俺よりもテンション高いんじゃないかな。格好もすごく野生児って感じだし……
「よーし、決めた。カズキ、なぁカズキ!!」
「はい、何でしょう?」
「お前ら二人にポケモンを譲る。だけれど、代わりに絶対絶対、拍子抜けな結果になるんじゃねーぞ? わかったか、カズキ、キズナ? 大丈夫だよな、カズキ、キズナ?」
「期待を裏切るつもりはありません」
カズキのやつ、自信満々だな。
「同感。俺達、日々強くなろうと頑張っているんだ。残念な結果になるつもりはないよ」
まぁ、そういう俺も自信満々なわけだけれど。
「了解。それじゃあ、選んでもらうぜ……まずは……このフカマルの女の子」
そう言って繰り出したのは、一頭身の大きな口を持った鮫龍の子。へぇ、可愛いじゃないか。
「こいつは、結構陽気でね。餌もよく食べるから、健康には気を使わないでも勝手に食って元気になってくれると思うぜ」
「へー……陽気なフカマルかぁ。すばしっこそうで、いいなぁ」
と、俺がそれを評する。陽気な子ならガブリアスにはぴったりな子だ。
「ふむ、この子……攻撃と素早さは最高の力を持っていますね……素晴らしい力を持っている」
「母さん、分かるんですか?」
「母さんと呼ぶなお前は……まぁ、いい。ジャッジ検定なら一級だ。育て屋にはあるべき資質だよ」
へぇ、スバルさんそんな資格も持っていたのかぁ……それにしても、陽気でしかも攻撃と素早さは最高とは。こいつをもらえると言うのなら、すごい贅沢だな。
「そんで、こいつはメラルバ。こいつは穏やかな子で、将来はいいお母さんになりそうないいやつだ。フカフカしてて可愛いだろ」
「わー……やっぱり虫ポケモンはいいなぁ」
「こいつは特防と特攻が最高だな……全体的にすばらしい能力だし、蝶の舞で素早さを補えばかなりのものだぞ」
今度反応したのはカズキだ。あいつ、やっぱり虫ポケモンが好きなんだなぁ。
「で、こいつはミニリュウ。なかなか図太くって肝の据わったやつだから、意外と攻撃を耐える丈夫さはあるぞ」
「この子は特攻と体力が最高だな。やはりこいつも素晴らしい血統だ……」
ふむ、こいつが育ってカイリューになるのか……これはこれで捨てがたいな。というか、バンジロウさんが持っているポケモンは何気に全員すさまじいな。
「で、最後にこのイーブイ。こいつ、なにに進化させるのかは決まっていないけれど……まじめなやつだからなにに進化させても構わないだろう。今なら、デンジさんから貰った雷の石もついてくるぜ」
さすがデンジさん、抜かりない……結局リーフィアに進化しちゃったようだけれど。
「ふむ、この子は素早さと特攻が優れておりますね。エーフィかサンダースにしてはどうでしょう?」
そうなるとデンジさんの野望が一つ世代を超えて実現か……
「まぁ、こんなところだ。オイラも、そこまでたくさん持ち歩けるわけじゃないからなー。とりあえず、この4匹の中から選んでくれよ」
「あぁ、ラティアスとラティオスの子供は流石にいないかぁ……」
ちょっと残念だなぁ……。
「キズナ、この子達親子なんだから、卵を作るのはどうかと思うんだけれど……」
「そうだぜ、キズナ! 近親相姦はポケモントレーナーとして一番やっちゃいけないことだぜー! だからこそ、ジムリーダーは多くが性別を統一しているというのに」
「あははは……そういや、親子なの忘れてたもんで」
なんだか、アヴェマリーアとシエロにまで睨まれてしまって気まずくなった俺は、取り合えず笑って誤魔化した。
それにしても……最後に、いいのが出てきたな。俺、ちょうど悪タイプが欲しかったところだし……ブラッキーにでも育てたいが。
「えっと、それじゃあ俺は……イーブイかな」
「よーし、決めた。イーブイだ」
しかし、カズキと俺の声が重なった。なんだ、欲しいポケモンがかぶったぞ? 俺達は微妙な空気の中で互いに見つめあい、苦笑い。
「俺、サンダースが欲しいんだ」
「あぁ、俺は悪タイプの子が欲しくってな。ブラッキーがちょうど……」
どうやら、お互いきちんと欲しい進化先がいるようで……
「あー……イーブイはこの子しかいねえぞ? どちらか一人にして欲しいかな」
そりゃ、バンジロウも困るよなぁ。どうするべきか……他には……ガブリアスは結構欲しいけれど、うーん……悪タイプを他で手に入れる選択肢もなくはないんだよなぁ。
「あらあら、二人とも。そういう時は、お互いトレーナーなのですし、バトルで決めればいいのですよ。お二人とも、ローテーションバトルならばお得意でしょう?」
スバルさんに上手く方向を定められてしまった。まぁ、それしかないよなぁ……
「へー、お前らローテーションバトル得意なのか? オイラの実家のザンギでも、聖剣士ゆかりの地があるから、オイラも結構得意だぜー」
「あらあら、奇遇ですね。私もローテーションバトルはそれなりたしなんでおりますので、いつかまた、次はローテーションバトルでお手合わせいたしましょうか、バンジロウさん」
スバルさんとバンジロウさんは俺達そっちのけで世間話を始めてしまう。
「バトルで決めればいいだとよ、カズキ。俺はそれでいいと思っているけれどポケモンの機嫌は大丈夫か?」
俺がそういうと、カズキがため息をつきつつ苦笑した。
「まぁ、多分まだポケモン達も眠ってはいないだろうから……」
どうやら、俺もカズキも、スバルさんの提案には賛成ということでまとまってしまったらしい。周りの大人達は、リトルリーグのようにレベルが低くなるであろう俺達の戦いにもかかわらず、先程のスバルさんとバンジロウさんの盛り上がりにも負けない囃し立てをはじめる。どうやら、この雰囲気じゃ引き返すことも出来なそうだ。
「やるか、カズキ」
「そうだね、キズナ……でも、ちょっと準備してからね」
「りょーかい」
ボールの様子を探ってみると、すでにアサヒは眠っているみたいだ。やんちゃ坊主のセイイチは眠っていないし、タイショウやセナも起きているみたい。もちろん、サマヨールのコシが眠っているわけもない。しょうがない、アサヒ無しの4人で行かせて貰うかな。
あっちのほうも、どうやら選び終えているらしい。……なんだか、そんなに時間が立っているわけでもないけれど、あいつと戦うのは久しぶりな気がする。しかし、あいつ……少しだけ雰囲気が変わったかな。
母親のことを、いい風に言っていたところなんて一度も見なかったけれど……今はスバルさんの子供のような感じになっているわけだし。法の上での苗字は変わっていなくとも、母親のように慕っているような節はあることだ……明るくなったりは、しているんだろうな。
その分、弱くなっているなんてこともないはずだ。なんたって、親代わりのスバルさんはプロのブリーダーだ。ハンデがあったとはいえ、バンジロウさんにどこまでも喰らいついていたし、カミツレさんとの戦い以外にも、オリザさんやらサブウェイマスターやら名だたるトレーナーともそつなく戦いをこなし、そして勝利している。
その技術、ノウハウをどれほど受け継いでいるかは定かではないし、そもそもまだそんな手ほどきも受けていない可能性がある……けれど、まぁ。今までより弱くなっていることはないだろうし。結局はおんなじこと……全力でぶつからなければ勝てる相手じゃないって事には違いない。
「カズキ。準備出来たか?」
「大丈夫。俺達は準備万端だ!」
あちらもポケモンを選び終えたらしい。俺達2人は、左右に分かれて向かい合う。
「……母さん。ローテーションバトルの審判、お願い出来ます?」
カズキ、すっかり息子気分か?
「カズキ、その名で呼ぶな。母さんと呼んで良いのは3歳になってからだ。お前はまだ0歳だぞ?」
いやいや、スバルさん。それじゃあ逆に、3年たてば母さんと呼んで良いのかな? というか、メガネを外して口調を変えてる……細かい人だ。
「じゃあ、ママ」
カズキ、お前は何を言っているんだ。
「カズキ……お前、明日うな丼の餌になるか?」
「ご、ごめんなさい」
サザンドラじゃなくって、シビルドンってところが微妙に何か狙ってるのか? あぁ、サザンドラは牙で喉を噛み千切って一瞬で命奪いそうだけれどシビルドンは丸呑みだなぁ。けれど、スバルさんはママとか母さんと呼ばれるのがまんざらでもないらしく、少し嬉しそうに微笑んでいる。
「まぁ、いい。じゃあ、私が審判をやるぞ」
こほん、と咳払いを一つ。気を取り直してスバルさんは宣言をする。
「それでは私、スバルが審判を務めさせていただきます。勝負形式はローテーションバトル。交代は体の一部をタッチすることにより認められ、一度交代すると、10秒以内の交換は認められません。人数は4対4、ポケモンは個別に棄権させることが出来、4体すべてが棄権もしくは戦闘不能になった場合決着といたします。
また、場に出すポケモンは3体まで。4体目は、控えとしてボールの中へ待機していただきます。よろしいですね?」
「了解です」
「大丈夫だよ」
カズキと俺で宣言しあい、3つのモンスターボールを構える。
「勝負、開始!!」