第三十三話:その男、バンジロウ
9月11日
昨日はかなりの朗報があった。選別余りをギーマさんからもらったというヨーギラスを育てて進化させたバンギラス(♀)のアトラス。そして、ついでだからと元ホウエンチャンピオンからもらった(育て屋で使用しているポケモン関連用品の取引でコネがあるとか)ダンバルを進化させたメタグロスのテッキ。そして、とりあえずいつでも需要があるので育ててキープしていたムーランド(♂)のモップが売れて、大きな臨時収入が入ったそうだ。モップ……俺が以前さらわれた時に助けてくれた子だよね、ありがたい。
砂嵐セットという名目で売りに出されていたこの子たちは、誰に依頼されたわけでもなく自主的に育てておけば誰かが買ってくれるだろうと考えていた子たちで、しかし買い手がつかないまま長らく育て屋の教官や天候対策練習の砂嵐起動の役などで時間を潰していた子たちだ。値段が一千万に軽く乗ってしまうものの、セットでお得なこの組み合わせがまとめてさばけたことに、スバルさんは非常に上機嫌で、部下全員に高級バーベキューパーティーを行うことを約束していた。
今日行われるバーベキューの約束を楽しみにしながら、俺が幼いポケモンの世話をしている最中に、育て屋を熱心に見つめる影があった。ウルガモスを髣髴とさせる、まるでモミジの葉のように立ち上がった頭髪。色も紅葉したモミジを思い出す鮮やかな朱色。ズボンもぼろぼろで、おそらくは真っ白だったランニングシャツは汗と泥の染みで汚れ、肩の部分はよれよれに広がっている。
下はボロボロのサンダルを履いて、肩からは大量のモンスターボールを吊り下げ、何に使うのか背中には大量の木の棒を背負っている。血の跡がついていることから、武器なのだろうか? 腰には抜き身の鋸が備えられていて、あれでおそらく木を切っているのだろう……危ない。なんにせよ、キズナ以上に野生児という言葉がよく似合う、そんな男であった。キズナのおかげで野生児は見慣れたつもりだが、アレ以上とは恐れ入る。
というか、あの人……まさかとは思うけれど。
「見学ですか?」
見学ならば、わざわざ俺ばっかり見なくとも、もっとためになる人がいると思うのだけれど。それとも、別の理由か……
「いや、ちげーよ! オイラ、ここの主にあってみてーんだ! たしか、アレだ……スバル、そうシラモリ スバル。スバルだよ!! お前、しらねーか!?」
「知ってます……今日は、洞窟エリア近くでポケモンの指導をしているはずですが……その、貴方は一体なにをしに……? 貴方、バンジロウ、さん。ですよね?」
元イッシュチャンピオンマスターのアデクの孫にして、その後就任したチャンピオンマスターのアイリスやデンジを次々と下した男……しかし、いろんなしがらみにとらわれるのが嫌で、トウコやメイといったトレーナーと同じく、殿堂入りだけ果たしてチャンピオンや四天王といった役割を辞退している、生きる伝説のトレーナーである。
間違いなく、イッシュ最強の5本指に入るトレーナーだ。そういうやつが、またどうしてこんなところに。
「おう、オイラの名前はやっぱり知られてるのかー。いや、有名人になっちまったなー。ところで、お前の名前は?」
「おおさ……シラモリ カズキです」
まだ法律上は
大沢 一輝だけれど……もうオオサワの名前を捨てたいし、普段からこう名乗っておこうかな?
「そうか、カズキ! カズキ……シラモリ カズキ? それって、シラモリ スバルの……」
「……親戚のようなもので、浅い仲ではないです。でも血はつながってませんよ」
まだ、戸籍の上では他人だし、苗字も
大沢のままだけれどね。
「そっか、それなら話が早い! オイラな、あのカミツレさんを余裕で破ったっていうスバルとやらに会いてーんだ」
尋ねる前に理由を答えてくれた。それは嬉しいけれど、アポ無しとはちょっとぶしつけすぎやしないかな……。
「あー……なるほど、バトルをしたいのですか。それなら育て屋の宣伝にもなりますし、おそらくは別に構わないと言いそうですが……そういうのはきちんとアポを取ってですね……」
「そーしたいのは山々なんだけれどよー。それが、オイラパソコンよく分からないから電話番号とか調べようがなくてなー」
「そ、そうですか……」
そういえば、そうだった。この人パソコンが使えないから、預かりシステムも利用できなくって、大量にモンスターボールを持っているとかどうとか。
「おうよ! だから、もしよければその旨、伝えておいて欲しいんだよ……オイラも、ポケモンセンターで仲のいい人に動画の存在を教えられただけだから、詳しいこととかぜんぜん知らなくってさー」
「そ、それは良いですけれど……連絡手段はどうすれば……電話とか持ってます?」
「え、えーと……一応、ライブキャスターなら……でもこれ、電話しか出来ないんだよなー」
いつの時代のだか分からないけれど……インターネットの出来ないタイプのライブキャスター。これは最低限の通話が出来るくらいで、本当に最低限と言う感じじゃないか……
「了解です。ちょっと、スバルさんに連絡をいれてテレビ電話しますので……」
まったく、この人俺より大人なはずなのに、なんでまぁ、こんなに抜けているのか。とりあえず、俺の携帯電話はテレビ電話も出来るやつに買い換えてもらったから、スバルさんも一目見てバンジロウさんだと分かるだろう。バンジロウだからと言って顔パスみたいなことになるかどうかは分からないけれど。
「おや、カズキ君、どうしました?」
眼鏡を装着した状態のスバルさんが電話の向こうで応対する。
「なんというか、客人が来たんです。スバルさんとカミツレさんのバトルを見て、スバルさんにバトルを申し込みたいって人が来て……でも、パソコンを使えないから電話番号を調べるとかが出来ないらしくって……それで、俺が代わりに電話を中継していると言うことですの。今すぐじゃなくっていいから、バトルをして欲しいみたいだけれど……」
俺がそういうと、スバルさんはメガネを外した。怒ってる?
「ちょっと待て。動画を見たのならば、私のブログぐらい知っておろう? ブログからコメントすればバトルの申し込みぐらい出来るんじゃないのか?」
「いや、ですからパソコンが使えないそうで……」
やはり、そういう理由で怒っているのか……だよねー。
「どこの未開人だそれは……チャンピオンのアデクなんかもそうだったが、よっぽどだな」
パソコンが使えないの、有名なのかな、アデクさん。孫にもそれが受け継がれているとは、なんと言うか悲しい血筋だなぁ。
「取り合えず、代わってみますね。多分、驚きますよ。どうぞ」
「なにが驚くものか……」
ため息混じりにスバルさんが漏らす。そして、口をあけたまま言葉を失った。へー、スバルさんでもこういう表情出来るんだ。
「まさか、本当に驚くとはな……貴方は……バンジロウ……なるほど」
やっぱり、孫のバンジロウも機械が使えないことは有名なのだろうか。あ、スバルさんがメガネをかけた。砕けた口調ではいけないと悟ったらしい。
「おうよ! オイラ、やっぱり有名人なんだなー……」
「のんきなことを……ポケモントレーナーにとっては、貴方は紛れもなく憧れの的だと言うのに……」
ため息混じりにスバルさんは続ける。
「バンジロウさんからの勝負の申し込みですね。把握しました……夜、19時にこの育て屋でバトルしましょう。待ち合わせ場所は育て屋の管理棟でお願いします」
「おっし、了解だ! 楽しみにしてるぜー!!」
スバルさんからOKを引きずりだすと、彼は飛び上がって喜んだ。なんというか、感情表現がストレートな人である。
「それと、カズキ君」
言いながら、スバルさんは眼鏡を外す。
「……はい」
「いい機会だ。今日は夕食の準備が終わったらお前も育て屋に残って、バトルに立ち会え。バーベキューパーティーの下ごしらえには少し予定を早めてやってもらう。今日は仕事を早めにあがれ」
「は、はい。是非!」
最初からそのつもりだけれど、招待されたと言うのは気分がいい。
「ところで、見学する人を増やしても問題はありませんか?」
「あぁ、好きにしろ。お前が呼ぶやつなんて、大体分かっている」
好きにしろ、と言った時のスバルさんの顔は、少しだけ緩んでいた。キズナを連れてくることが嬉しかったのだろうか。
「……そういえば、カズキは私が負けるところを見せたことはあったかな?」
「いえ、ジムリーダー代理の時だけです。あのときの負けは、ハンデマッチなのでノーカンかもしれませんが」
なんとなく聞いたのだろうその答えに、スバルさんは満足そうに頷いた。
「そうか……多分、私は負ける。だが、強敵相手に勝つ方法もない事はないからな……参考に出来ることがあれば幸いなのだが」
驚いた。いつも自信満々なスバルさんが、負けることを予想するだなんて。
「負けるんですか?」
「確定ではないがな。私はチャンピオンはおろか四天王にすら一矢報いるくらいがやっとな腕前だ。それが、チャンピオンを負かしたやつと相手をするんだ。ゼロではないが、勝てる確率は低いと見て間違いなかろう」
「まぁ、そうですよね……」
「おうおう、なんだかさっきから弱気だなー。強いやつだって聞いたんだから、胸を張って挑もうぜー!」
俺達二人で会話しているところに、バンジロウさんが割り込む。もう少し空気を読んで欲しいものだけれど……悪気がないのは少し厄介だなぁ。
「えぇ、もちろん勝つつもりで挑むさ。しかし、おそらく実力が離れているであろう私と勝負したいといってくるバンジロウは……私と同じくいじめが好きなのか、それとも……ふふ、楽しみだ」
スバルさーん、めがね装着していないから、口調が砕けてますよー。そんなことより、言葉通り解釈すればスバルさんは弱いもの虐めが好きなのか……性格が悪いな。ただ、負けそうな戦いだというのに喜んでいる様子。これは一体どういうことなのか。強いものを知略やら何やらで苛めるのが好きと言うことか? スバルさんは色々計り知れないところがあるから、よく分からない。まぁ、いじめよりも勝負が好きなのだということにしておこう。
バンジロウさんはお礼を言って別れ、俺もスバルさんと少しだけ会話をして仕事に戻る。その合間に、俺は久しぶりにキズナと会う約束をした。シングルバトルだけれど、きっと楽しい試合になると思うからと。
返事を届けてから仕事を続ける。どんなバトルを繰り広げるのかとわくわくを思い出すと仕事が進まないので、なるべくそれを考えないようにしながら、幼いポケモン達への指導を続ける。
思えば、スバルさんに養ってもらうことを決めてからというもの、やらせてもらえる仕事が増えた。幼いポケモンに技を教えたり、大人しい子に限るが育児に不慣れな母親の補助をしたり。トレーナーから預かったポケモンの出産を手伝ったこともある。その過程で授乳の風景を見ていると、俺もあんな時期があったのだろうかと、ふと思う。
あの母親が、目の前にいるポケモンのように我が子を慈しむ姿なんて想像できないし、そもそも俺は物心ついたときには大家さんのガルーラに抱かれて育ったんだ。おかげで人間の言葉を覚えるのが少々遅れてしまって、小学校に入った時でさえもまともにしゃべられず、孤立してしまったものだ。はぁ……つくづく母親に恵まれていない。あんな風に穏やかな目で、子供を育ててくれるならいいのだけれど……そんなの、望んでも意味のない事か。
対照的にスバルさんはいい人だ。何でもやってくれるし、何でもやらせてくれる。もちろん、勝手に育て屋のポケモンに関わることは禁じられているけれど、今まで地上を走るポケモンにしか乗せてもらっていなかったのに、空を飛ぶポケモンにも乗せてもらえるようになった。本格的にスバルさんの教育が始まったかと思うと嬉しいし、それに出来ることが増えるって言うのが純粋に達成感を感じられる。そんな達成感を、今教育しているポケモンの子供達にもきちんと感じさせて上げられると良いんだけれど……俺が出来るだろうか?
「もう、バイトは帰りの時間か……」
ポケモン達が、眠ったり遊んだり、指導されたりを繰り返しているうちにもう周囲は暗くなっている。17時になった……バイトはここで帰り。お手伝いという名目でここにきていたときは、どんなに遅くとも今日と同じ17時までには帰らされたけれど、今は家が育て屋から徒歩5分と近い場所にあるおかげか、いつもは18時まできっちりと仕事を任せられている。
今日は例の試合があるから早めに上がれと言われ、きっちり17時で作業を終えると、俺は、ユウジさんに仕込まれた料理の腕を振るうべく、バーベキューの野菜を切ってゆく。今日は、育て屋の中に野生のポケモンが紛れ込んでいたから、駆除ついでにそれを食材にするから、きっと美味しいぞ。スバルさんも迷い込んだ野生のポケモンを料理することには最初こそ驚いていたが、新鮮でガッツリ固い肉の味がくせになるらしく、気に入ってくれたのですでに2回ほど振舞って、そのどちらも舌鼓を打ってくれた。
しかし、ポケモン1匹を丸ごと使うせいか肉の量が半端じゃない分、全体的な量が多い……もしよければ、キズナだけでなくバンジロウさんを夕食に誘ってみたほうが良いかもしれない。あの人食いしん坊なイメージだし。
「ふぅ……」
材料を切り終えて、時計を見る。まだ6時半……50分くらいまでは暇であるので、適当にテレビをつける。テレビをつけると、ちょうどCMの時間という間の悪さ……そのCMがスバルさんの師匠だというギーマさんだったのは、必要のない幸運だった
『投げたコインだって必ず表か裏のどちらかになるわけじゃない』
ギーマさんが天井に向ってコインを投げると、銃弾のような効果音と共に天井の破片がパラパラと落ちてくる。
『お、落ちてこない事だって……あ、あるだろ?』
『え、えぇ……そうですね』
ギーマさん自身も驚いた顔をして、モブのトレーナ役も若干引き気味の演技でコミカルに演出する。最後に、『元気一杯! エナジーギフト!』と商品名が高らかに宣言され、ポケモン協会公式の、人間とポケモンのどちらも飲用出来る商品として売り出されていることが右端に小さく示されている。
「つまらん……」
結局、そんなCMを一つ見ただけで、俺はテレビを消してしまった。仕方が無いので、スバルさんの所有する本を読む。本棚には日記帳も置いてあったが、それは流石に触れたら怒られそうなので無難なポケモンの生態書を読むことにする
虫タイプについての総論は、わからない言葉も多くて、もっと初心者用のやつから読もうとおもって探しているうちに、50分を告げる携帯電話のアラームが鳴り響く。読みたい本を探すだけで終了してしまったのは、なんだか時間を無駄にしてしまった気分だ。
3LDKという、一人暮らしにしては大きすぎる家の戸締りをして、俺は育て屋へと向う。すでに管理棟にはバンジロウさんがいて、クーラーの効いた待合室でウルガモスと一緒に話していた。おい、炎タイプのポケモンを出すな。流石に、あの人もNのようにポケモンと話せるということは無かろう、多分俺と同じでなんとなく相手が言わんとしていることを理解しようと努力する。そういう感じで会話しているのだろう。
「こんばんは、バンジロウさん」
どうやら、ここにはキズナはいないようだ。育て屋についたとメールが届いているから、育て屋にいることは確かだけれど……
「よう、カズキ! なぁ、カズキ! カズキ、対戦楽しみだな!!」
「え、えぇまぁ……」
相変わらず五月蝿い人だと、俺は苦笑する。
「バンジロウさん、カミツレさんとの対戦を見て、スバルさんと戦いたいと思ったのでしたっけ?」
「おうよ! 見事に戦うやつだと思ってさ。そしたら、ホワイトフォレストで育て屋をやっているって言うだろ? せっかくだから、挑んでみようってわけよ」
「ポケモンバトル、好きなんですね」
「オイラ、じいちゃんに小さい頃から鍛えてもらったからな。好きさ。子守唄よりも先に、バトルを見て育ったんだぜ!」
「そうなんですか。でも、バトルを見ているんじゃ眠れませんね」
「おうよ! オイラの元気っぷりには母さんも困ったって、いっつも聞かせてくるくらいだぜ!? それに、寝てくれなくても泣き止んでくれれば御の字ってやつよ。バトルを見れば泣き止む子だったんだとよ」
「すごいですね……それは」
これが、天才というやつなのだろうか、
「カズキ、ところでカズキ。カズキ、お前はどうなんだ? ポケモンバトルは好きか?」
騒がしいし、テンションが高くてうっとうしいくらいだ。けれど、本当に楽しそうに話すバンジロウさんは、嫌いじゃない。
「大好きです……けれど、俺の手持ちはシングルは苦手で、ローテーションバトルが得意なんです」
「ほーう。オイラ、ローテーションバトルはやったことなんて無いけれど、やっぱり楽しいのか?」
「楽しいかどうかは、人次第です。けれど、俺のポケモンが一番輝けるルールなので、そのために……俺が楽しむのも重要ですけれど、何よりポケモンに楽しませたかったんです」
「そりゃいい心がけじゃねーの。お前のポケモン幸せだな」
「そう思いますか? 俺も、実際そういわれている気がするから、ローテーションバトルを始めてよかったって思っているんですけれどね。バンジロウさんのポケモンは、どうなんですか?」
「聞くまでもないだろ? なぁ、
六日乃神?」
どうやら、このウルガモス、リクヒノカミという名前らしい。なんだか、子供らしくないネーミングセンスだけれど、アデクさんの趣味だろうか? そんな俺の疑問など関係なしに、ウルガモスはくるくると回って頷く代わりに『そうだよ』とアピールをする。
幸せ物なんだな、バンジロウさんのポケモンも。こういう人とこういう話をしていると、すごく楽しい。
「盛り上がっているようですね」
そんな話をしているうちに、スバルさんが現れる。イトマル製糸工業製品の丈夫な作業着を身に纏った姿で、受付のベンチに座る俺達を見下ろしている。
「おうよ! オイラ、強いやつと戦えるのが楽しくって仕方ないからな! スバル、お前はどうなんだ?」
「ふふ、聞くまでも無いでしょう。育てるのは好きですが、戦うのはもっと好きですよ。そして、勝つのが一番好きにございます」
「言うじゃねーか! オイラ相手でも、まったく萎縮しないなんてな!」
「大人の虚勢に過ぎませんよ。今回は胸を借りるつもりでお願いしたしますよ」
……バンジロウさんは無邪気だなぁ。スバルさんは負けるかもしれないといっておきながら、腹を探ってなんとしてでも勝つつもりらしい。バンジロウさんは、初心者相手でもなければ手加減するような人じゃなさそうだけれど、スバルさんはバンジロウさんをどういう風に見ているのだろう?
「胸を借りるって、おいスバル。男の胸なんて、そんな良いもんじゃないってば……変態め!!」
「おや、ならば女性の胸なら良いものなのですか? バンジロウさんはませておりますね! 私の胸は触らせませんよ」
バンジロウさん、天然なのか……な? バンジロウさんは本性しか見せていないけれど、スバルさんは本性を見せない。なんというか、そんな感じ。
「オイラそこまでエロ餓鬼じゃねーってば! ま、そんな事よりも、準備は出来てるかー? 出来ているなら、はじめようぜ!?」
「あせりは禁物です、レディにがっつくと嫌われますよ?」
「えー、じーちゃんは女は押して押してモノにするんだって教わったぜー?」
しかし、バンジロウさんはすごいな……スバルさんは本性が分かりづらいから実際はどうなのかわからないけれど、俺ともスバルさんともすぐに仲良くなってしまった。きっと、バンジロウさんはキズナともすぐに仲良くなれるんだろうな……。
「俺について来いって態度に惚れる女性とは相性がよさそうなことで……でも、今日だけは私がエスコートいたしますよ、バンジロウさん!」
「おうよ、よろしくな」
「では、私についてきてください。カズキ君も、キズナちゃんはすでに敷地内にいますよ」
騒がしいけれど、バンジロウさんはやっぱり見ていて気持ちが良いな。2人は、バトルのために外に出る時も大声かつ笑顔で語り合っていて、見ているこっちまで微笑ましい。
「よっしゃ、ここで戦うんだな?」
「えぇ、紳士的に、フェアプレイで戦いましょう」
バトルフィールドまで案内すると、バーベキューパーティーに参加する職員のみならず、偶然今日の対戦を知ったトレーナーが何人か待ち構えていた。やはり、伝説級のトレーナーであるバンジロウさんと、職場の最強戦力であるスバルさんとの戦いは、皆がみんな興味深く思っているらしい。そして、俺が探しているお目当てのもう一人……
「キズナ……久しぶり」
「よう、カズキ。ご無沙汰」
それだけ話すと、俺達は会話が止まってしまった。これ以上、どんな話題で話しかければいいのやら、分からない。というかこの匂い、生理中じゃないかキズナ……女の子は大変だな。
「二人ともせっかちだから、もうバトルフィールドに着いちゃってるみたい」
「……話したいこと、いっぱいあったんだけれどな」
俺の言葉に、キズナは残念そうな顔をした。せっかく、顔を合わせることが出来たと言うのに、俺達はこの調子だ。こんな時に、きちんと言葉を出せない自分が恨めしくて仕方ないや。
「まぁいいやバトルが始まる前に、黙るか。あぁ、でもその前に……バンジロウさん、お久しぶりです」
と、キズナはバトルフィールドにいるバンジロウさんへ声をかける。
「お、えーと、お前……キズナだっけか? 久しぶりだなぁおい! 今日も勝てるように頑張るぜ! 」
どうやら、二人は知り合いらしい。
「頑張ってくれよー。スバルさんも応援していますから、どちらも健闘を祈っています!」
「了解だ、キズナ。見守っていてくれ」
キズナの声援に、スバルさんはそう答えた。
「バンジロウさんとは知り合い?」
「あぁ、まあな。白の樹洞ってところでバンジロウさんは日夜ポケモンと自分を鍛えているけれど、ホワイトジムのすぐ隣がそこだからさ。たまに、俺の師匠とバトルしてるんだ……師匠に負けたところを見たことがないほど、バンジロウさんは強いよ。あと、もう一人ワタリっていうおじいさんも化け物並の強さだ。普段は
White Knighっていうご当地ヒーローの中の人をやっている人らしいぜ」
「バンジロウさん、やっぱり噂にたがわない強さなんだねぇ……」
「あぁ、スバルさんでも巻けるんじゃないかな……あの人が相手じゃ」
キズナからの情報に感心しながらバトルフィールドのほうを見ると、審判は職員の1人がやってくれるようで、すでに位置についている。バンジロウさんはパソコンによる預かりシステムを使えないために、すべてのポケモンを持ち歩いているが(トレーナー免許も6個以上の所有が認められている二級や一級なのだろうか?)、戦いに当たって、エースの6匹のボール以外は取り外して傍らに置いている。
どちらも万全の体制といった感じで、職員の一人がすでにビデオを構えて撮影の用意をしているあたり容易も周到だ。周囲に何も無い田舎だから、ライトアップされたバトルフィールドはなんとなく幻想的だ。紫外線が少いタイプの電灯だから虫も寄ってこないので不快になることもない。
蒸し暑い空気にそよ風は時折吹く程度。人が少ないから、熱気に包まれることが無いのが幸運だ。
「それでは私、カイヤナイトがジャッジをいたします。ルールは6対6のシングルバトル。全てのポケモンが戦闘不能、もしくは試合放棄した時点で試合終了とします。また、ポケモンの交換はどちらも自由としますが、その最中の積み技やチャージ技の使用に制限はありません。
両者、よろしいですね?」
「あたぼうよ!」
「もちろんだ!」
スバルさんがメガネを外す。本気を出したというか、本性を出したというか。取り合えず、スバルさんの本領発揮といったところだ。
「行くんだ、
群青!」
「トリニティ、行きましょう」
バンジロウさんは、最強と名高いドラゴンポケモンのガブリアス。スバルさんは弱い者いじめが大の得意と評判のドラゴン、サザンドラ……どちらも育てるのが難しい代わりに無類の強さを発揮できるポケモンだ、いきなり見どころとは、非常に心が躍る。
「剣の舞!」
「トリニティ、竜星群!」
見れば、グンジョウという名のガブリアスは、気合のタスキを肩にかけており、トリニティにはこだわりスカーフ……これは、もしかすると、もしかするのか……?
上空に放たれた巨大な竜の力の塊。それは、拡散してからグンジョウにある程度狙いを定め不規則にバラけながら向ってゆく。スカーフを装備しているおかげだろうか、微妙に追尾性能も弾速も速い気がする。
それもあってか、体中の筋肉を柔軟にして攻撃力を上げる、剣の舞の呼吸法を行っている最中のグンジョウに、容赦なく隕石となった竜の力が襲い掛かる。いかにグンジョウがトリニティよりも格上とはいえ、あの攻撃には気合のタスキなしには耐えられまい。
そして、実際気合のタスキで一発耐えてしまったわけだが、スバルさんはもちろん……
「もう一発」
「ドラゴンクローだ!」
竜星群の威力は下がっているが、もう
群青は小石に躓いただけでも倒れてしまうだろうダメージを受けている。スカーフを巻いたサザンドラに、爪が届くのかどうか。トリニティは下がることで出来るだけ間合いを取りながら、グンジョウの攻撃を凌がんとする。
結果、グンジョウの体に隕石が降り注ぐが、わずかに残った余力で、グンジョウはトリニティへ爪を届かせる。トリニティは倒れこそしなかったが、グンジョウの右腕の一本爪が胸を穿ち、深手を負ってしまう。一矢は報いたが……まさか、トリニティが勝つとは思わなかった。
「戻れ、グンジョウ」
「戻れ、トリニティ」
竜星群2回分の反動によって特攻の威力も大幅に落ちていることを考慮し、スバルさんはそのままトリニティをボールにしまいこんだ。こういうふうに、2人でポケモンを選びなおす場合は、1分以内に、もしくはどちらかが選び終えてから5秒以内にもう一方も選ばなければならない。
だから、速攻で選んで相手を動揺させる場合もあれば、お互いにじっくり考え込んで1分をフルで消費するものもいる。今回はどうだろうか……
「すっげ……」
「そうだね、キズナ……あんな風に強いポケモン、育ててみたいや」
ポケモンの選出の間に、キズナが漏らす言葉へ、俺は同調する。いやほんとすごい。それ以外の言葉が出なかった。そうして、会話にならない呟きを終えて数秒。
「こいつで行く」
「頑張ってもらうぜ!」
ほぼ同時。スバルさんが一瞬速いくらいだろうか。
「それでは、両者次のポケモンを繰り出してください」
「頼むぞ、ケセラン」
「行ってくれ、アヴェマリーア!」
エルフーンと……出た、バンジロウさん自慢のポケモン。夢幻ポケモンの……ラティアス。普通に伝説のポケモンを持っているんだから、バンジロウさんには頭が下がる思いだ。エルフーンのケセランはさっそくもって余所見をして、対戦相手であるラティアスのアヴェマリーアなど見ていない。
「ケセラン、撹乱しろ」
「アヴェマリーア、最初から飛ばしていけ! 相手がなにをしていても惑わされるな! よそ見していても無視するんだ!」
今度は、仕返しのようにバンジロウさんが竜星群を放つ。ケセランはバンジロウさんの言うとおりに余所見をしていたが、バンジロウさんの指示もあってか、アヴェマリーアは容赦なく攻撃を開始した。ケセランの場合、ああいった余所見は隙を作るための演技で、後ろに目がついているかのように相手の行動を把握しているのだ。
アヴェマリーアの胸に下げられたジュエルがひときわ輝いたかと思うと、それはすぐに光を失った黒い宝石となる。中に蓄えられていた力は上空に放たれケセランを狙う。しかし、撹乱しろとはどういうことなのだろうか……余所見をやめてケセランは敵の技を見ると、真っ先に伏せた。アレはコットンガード……それじゃあ特殊攻撃である竜星群は防げないと思っていると、ケセランは背中の綿を増量してそれを分離させて投げ上げる
息をつく間も無く、竜星群は隕石となってケセランを襲う。だが、その標的はケセランではなく分離した綿へと向っていった。結果、空中で爆発して消滅した。
「身代わりかよ……だが、甘いなオイラのラティアスの真骨頂は肉弾せ……」
「ケセラン、コットンガード」
バンジロウさんの言葉の最中に、スバルさんが技を支持する。
「くそ、そうきやがったか!」
そう、バンジロウさんのラティアスは、物理型。超強力な威力を誇るジュエル竜星群の強さにかかわる特攻はほとんど鍛えられておらずあれはただの一発技だ。逆に物理的な攻撃能力は徹底的に鍛え抜かれている。
だからこそ、コットンガードを使われてしまうのは痛い。ケセランが相手に背中を向ける。ボフッと間の抜けた音とともに、アヴェマリーアの技が不発に終わる。
「マリア、交代だ」
「ケセラン、交代だ!」
……すっごい。スバルさんの視線は、完全にバンジロウさんの口元を捉えていた。だから、相手が喋りだすと同時に、自分も交換を指示して……バンジロウさんは、すでにボールを掴んでいた、スバルさんもすでにボールを掴んでいた。
ボールをしっかり掴んで交代を宣言した以上は、掴んでいるボールのポケモンを繰り出さないことは許されない。そうして繰り出されたウルガモスのリクヒノカミと、ボールの中に戻ってゆくアヴェマリーア。
スバルさんが繰り出したポケモンはサザンドラ……トリニティだ。
「リクヒノカミ、攻撃を避けることに専念しろ! さざめいてもダメージを喰らう前に頭突きが来るぞ!」
何の攻撃がくるかを、バンジロウさんは理解したらしい。
「諸刃の頭突きだ、トリニティ」
すでにトリニティは強烈なドラゴンクローを喰らっている。身体能力のパフォーマンスもかなり落ちていることだろうが、こだわりスカーフの効果もある。この戦い、勝機はあるのかどうか……?
サザンドラの漆黒の翼が、空気を掴み、向かい合っているリクヒノカミが空気を薙いで、その突進を避けんとする。連続交換は、消極的な戦法として公式試合では10秒以下の交換は認められておらず、逆に言えばそれまでの間、10秒間リクヒノカミは逃げ続けなければならない。
まともに戦えば、相性の差があるからトリニティがリクヒノカミに勝てる道理はないだろうが、そんな力関係を崩すほどこだわりスカーフと言うのは恐ろしい代物なのだ。ライトアップされた漆黒の体が、鋭い曲線を描きながら、リクヒノカミを追う。まさしく縦横無尽に二匹は駆け巡るが、やはり、こだわりスカーフの力には勝てなかった。時間にして、9秒くらいだろうか、バトル用のストップウォッチから10秒を知らせる電子音が鳴り響くが、その頃には、ジャブのような左首の頭突き、ボディーブローのような右首の頭突き、最後に二つの首が噛み付き、真ん中の首から渾身の頭突き。
あまたの格闘タイプの拳よりも重い頭で、あのワンツーと、最後の真ん中の首による諸刃の頭突き。超強力な岩タイプの一撃が叩き込まれるのだ。岩タイプが弱点でなくとも無事ではすまないその一撃を、まともに受けたウルガモスは、何の見せ場もなく散ってしまった。
「なんだよ、このままじゃスバルさん勝っちゃうじゃないか……」
「勝つつもりで挑むって、スバルさん言っていたけれど……ここまでとは」
キズナも、俺も、感嘆の声を口にすることしか出来なかった。トリニティは今回の一撃で傷つき、もう戦えそうにない状態だ。スバルさんは無理をさせるつもりはないのだろう、トリニティをしまうと――
「カズキ、預かっておけ。もうこいつはこの試合には使わない」
なんと、俺にそれを投げてよこした。突然のことだったが、何とか受け取った俺は、なんと答えればよいのかもわからずに『はい』と一言、頷いた。
さて、呆然としながらバンジロウさんの様子をうかがってみると、リクヒノカミが入ったボールを見つめながら、悔しそうに……いや、笑ってる。
「スバル、なぁ、スバル。スバルさんよぉ!! お前、すげぇなぁ……オイラ、楽しくってお腹一杯になっちまいそうだ」
「それは何よりです。ですが、まだまだ食中毒を起こすくらいに喰らってもらいますよ、私とのバトルを!!」
「望むところだ!! 行け、フレイヤ!」
「噛み殺しなさい、ユウキ!」
ただの野試合だから、気負う必要もないとはいえ不利な状況で笑うとは……バンジロウさんも流石である。彼が次に出したポケモンは、リーフィア。首には何かの実を乾燥させたドライフルーツがぶら下がっている。そして、スバルさんは……アイアントのユウキ君だ。オッカの実を首からぶら下げている。
すでに、ユウキは走り出していた。噛み殺しなさいと言うことは、虫食いでも放つのだろうか? それともそれはただの比ゆ表現で実際は違う技なのだろうかと考えていたら、どうやら顎を利用したシザークロスのようである。
「フレイヤ、日本晴れ!!」
フレイヤとか言う名前のリーフィアが、バンジロウさんの掛け声一つで、フレイヤと呼ばれたリーフィアは、額の近くに光を集めて擬似太陽を出現させる。すでにユウキはフレイヤの肩口に噛み付いているが、リーフィアはもともと打たれ強いし、バンジロウさんのポケモンだけあって鍛え方も半端じゃないらしい。弱点属性の攻撃であっても、半端な一撃では落とせまいが……ユウキは張り切りの特性なのに、よくまあ耐えられるものだ。
歯を食いしばりながら、耐えてはいるが、まだまだ余裕が見られる。
「離れろ!! ユウキ!!」
いや、フレイヤが笑った……? 一瞬だけ遅れて、スバルさんの怒号が聞こえる。フレイヤの首に下げていたドライフルーツが光り輝く。そして、轟々と音を立ててそれは業火へと変わる。
晴れ状態で強化された、自然の恵みだ。木の実に秘められた力を、ポケモンのタイプのどれかに変える技だけれど、これほどまでに威力が高いだなんて……。至近距離で喰らったこともあり、ユウキはオッカの実すら無駄になるほどのダメージを負ってしまう。焼き焦がされたユウキは、無様にひっくり返って息も絶え絶えの状況だ。もしもあの時使っていた技が虫食いだったら、ユウキが勝っていたかもしれないな……。
お互い、これで二匹の手持ちを失ったわけだ。しかし、バンジロウさんのリーフィア、フレイヤは肩に傷を負っているから、少々あちらが不利だろうか?
「……すまないな、ユウキ。フレイヤの耐久能力を甘く見ていた……」
俺はテレビを見ないから、バンジロウさんが強いトレーナーであることや、手持ちの顔ぶれくらいしか知らず、戦法なんかは知らなかった。この日本晴れ戦法も、きっとスバルさんには見覚えがあるのだろう。
「カイスの実のドライフルーツを利用した。お見事です」
「褒めるのは構わねーが、日本晴れが消える前に交換頼むぜ、スバル!」
言いながら、バンジロウさんもフレイヤをボールの中に仕舞い込んだ。そうしないと、シャンデラのサイファーが交代してくるだろうし……当然バンジロウさんも、炎タイプが来るであろうことは分かっているはず。それでも、ラティアスやラティオスならば相性的には有利になるけれど……
「なぁ、2人ともすげえなカズキ!?」
それらの様子を見守っていたキズナが、興奮気味に俺に語りかける。
「……どっちも、よく育てられているからね。けれど、経験の差なかな、ポケモンの強さはバンジロウさんのほうが上だけれどスバルさんのほうが一枚上手だ」
「だな……俺もあんな風に強くなりたいもんだ」
その声から、キズナも手に汗握っているのが分かる。やっぱり、これ観戦料を取れるくらいの名勝負だよなぁ……2人とも無茶苦茶強い。
「日本晴れが消える前ですか……無論、そんな戦法でお客様を退屈させるわけには……この子で行きますよ。カズキ君は、この子を預かって置いてください」
そんな事を考えているうちに、スバルさんはボールを選び終え、ユウキが入ったモンスターボールを俺に投げる。俺はそれをキャッチしたが……治療よりもこの戦いを見たいんだけれど……まぁ、スバルさんならばそれくらいは分かっているのだろうし、バトルが終わるまで応急処置は無しかな。
そういえば、バンジロウさんはスバルさんの手持ちを、どこまで知っているんだろう? 一応、ブログに上げている動画には、すべての手持ちが登場するが、カミツレさんとの戦いだけしか見ていないなら三体分しか知らないことになる。
スバルさんだけが相手の手持ちを知っているのであれば、それはハンデになるだろうが……さて、次のポケモンは? バンジロウさんの立場なら、カイリューを出したいところだが……
「じゃあ、せっかくだからオイラはこの赤のポケモンを選ぶぜ、アヴェマリーア!」
「サイファー、行きなさい」
ラティアスだった。そしてスバルさんは、晴れともなれば定石どおりのシャンデラを。
「むっ……弱点を逃がそうとしたら、弱点が来ちまったか」
「……私のポケモンの構成を知っているならば、ここはカイリューで来るはずですよ。もしくは、岩タイプの攻撃を使える誰かとか。炎タイプはいますが、草タイプの子はいないものでしてね」
そういえば、今まで誰も言及していなかったが、スバルさんは普通に相手の戦術を研究している、バンジロウさんの手持ちと、そのエースポケモンは当然のように網羅しているので、スバルさんが圧倒して見えるのも当たり前というわけだ。
「いやぁ、カミツレとの対戦動画しか見てなかったもので……でも、スバル! すげぇぞ、スバル。お前との戦い、楽しいぜ! 手の内知らずに来てよかったぜ!」
おいおい、本当にカミツレさんとの戦いしか見ていないのか……バンジロウさんってばたいしたハンデだよ、まったく。
「スバルさんが一枚上手な理由が分かったな、カズキ」
「パソコンを使えないから相手の戦術が分からないとか……理由しょぼい……」
キズナも俺も、拍子抜けだよ……ま、彼らしいといえばらしいけれど。
「ふふ、たいした余裕です……それだけのハンデを貰っているなら、勝ちませんとね」
それを聞いて、スバルさんの顔にはわずかに余裕が出ていた。
「じゃあ、大サービスだ! アヴェマリーア、さっきのリクヒノカミとトリニティの戦い、見えてただろ? 鍛えぬいた攻撃力に自信を持って、思念の頭突きでお返ししてやれ」
意趣返し、と言うものだろうか。先ほどスバルさんが諸刃の頭突きを宣言したように、思念の頭突きを宣言するバンジロウさん。シャンデラは炎の体を持っている個体もいるし、サイファーはタマゴ孵化のためにまさにその特性なんだけれど……頭突きなんて自ら火傷しかねない行為を行って大丈夫なのか?
「サイファー、下から来るぞ!気をつけろ!」
「え、ばれてた!?」
完全に頭突きの体勢に入っていたアヴェマリーアだが、その体がいきなり沈み込んだかと思うと、かわいらしいお手々が地面を叩き付ける。しかし、サイファーはその地面が襲い掛かってくる攻撃範囲よりも高く浮き上がり、無傷のままにお返しの鬼火を浴びせかける。地震を放つ瞬間、停止していたアヴェマリーアは、おぞましい紫色の炎に体を舐められ、全身に火傷を負う。
「次は分かってますよね、サイファー?」
「アヴェマリーア、ドラゴンクロー!!」
破れかぶれになって、バンジロウさんはドラゴンクローを指示するが……サイファーは燃え盛る腕でそれを受け止める。やはり、火傷した腕じゃ上手く力も入らないらしく、あげくそのまま祟り目がクリーンヒットする。アヴェマリーアの周りに無数の目が現れると、その目から発せられる怪光線がアヴェマリーアの全身を叩く。戦闘中の二人はまだ互いに動けそうだが……アヴェマリーアはもうフラフラだ。
「竜星群!」
「もう一度、お願いしますよ」
しかし、スバルさんのポケモンはよく調教されている。具体的な指示を出さなくとも、きちんと従ってくれているじゃないか。この攻防の中で、アヴェマリーアは燃え盛るサイファーの腕を掴み、逃げられないようにした。確実に、自身もろとも竜星群に巻き込むつもりらしい。確か、スバルさんのシャンデラは体力と特防に重きを置いているはずだけれど……いくらなんでもアレじゃあ……
そのままアヴェマリーアは腕を掴んだまま下をとり、サイファーを傘にする。もみあいになりながら祟り目を喰らってアヴェマリーアは意識が飛びかけたが、竜星群が降り注ぐその時まで彼女は最後まで手を離さなかった。手足(?)を押さえつけられたまま、まともに竜星群を喰らったサイファーは、戦闘不能……いくら特防を鍛えていても、あんな風に抑えられていたら、一撃も仕方ない。
結果は相打ち。2人の手持ちは残り3体になった。互角の戦いじゃないか……すごいや。