第六話:悪戯女
今日はポケモンセンターへと赴いて、タイショウを預けてきた。ポケモンは衛生的な問題もあって、色んな公共施設における入場や、ボール内待機の制限が設けられているが、介助ポケモンとしての申請が通ればそういった制限も無くなってくれる。レストランとか駅構内などでも、ポケモンを自由に出せるというのは非常にありがたいことである。
そのためにタイショウには申請に受かってもらわなければいけないし、受かってくれれば妹が慕う格闘道場の師匠兼、ジムリーダーの所有するサーナイトを譲り受けるための条件も達成できる。いい事尽くめだ
大丈夫よね。私とキズナが育てた子だもの。お行儀よくしてくれるって信じているわ。
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6月30日
「キズナは出かけちゃったし……暇だなぁ……」
土曜日、クーラーが効いた部屋で、私は昼ごろから日記に筆を走らせていた。休日にこんなことをしているのは、友達と喋りあう事もなければ暇で暇で、勉強でもするくらいしかやることがないためである。
何でも、キズナ曰く、『気が早いかもだけれどお祝いのために何か用意しよう』とのこと。何かを用意するのであれば私も連れて行けばいいのにと思ったけれど、あの馬鹿は何を間違ったのかショッピングが出来る場所ではなく森へ向かうのだという。着ていった服もそれに合わせて作業着であった。
まぁ、私よりはずっと頭がいいから、迷子になるなんてことはないんだろうけれどさ。でも、ポケモンもアンタもいないと……寂しいのよね、これが。家には母さんもいるけれど、なんか寂しさを紛らわすのとは違うし……そんなこと考えていないで、勉強しろってことかな。
「はぁ……設定温度30℃だし……熱いよ」
キズナはこれだから……でも、設定温度を下げると節電だなんだとうるさいし、おとなしく従っておこう。
◇
「あるーひ!! 森の中! リングマに! 出会った!」
ご主人、元気だなぁ。タイショウを預けたご主人は、タイショウが着る胴着の材料になるポケモンを探しているんだって。それはいいんだけれど、そんな風に大声で歌っていたら、警戒心の強いポケモンは逃げちゃうと思うんだけれどなぁ。
野性のポケモンはみんな怖がりだから、皆を刺激しないようにする方がすぐに見つかったりするもんだと思うの。
もしかして、ご主人はそういうのを考えていないのかなぁ。それとも、逆にこの状況でも近付いてきてくれる物好きなポケモンを探しているのかなぁ? エルフーンっていうのはよく分からないけれど、きっとご主人がそうしているって言うことは、そういう事なんだろうな。
それにしても、涼しい。細かい石が敷き詰められた道路は歩きやすいけれど、足の裏が焼けつきそうなほど熱いから嫌い。今歩いている場所は、土の地面に枯れた葉っぱがたくさん敷き詰められている。森の木々の影になったここは、僅かに零れてきた太陽が私達を照らすだけで、眩しくもないから本当に快適だ。
体毛がないご主人は、こういうところでは蚊に刺されるとかなんとか言って、嫌なにおいのする薬を肌に塗りたくっている。近寄ると臭いし、目も痛くなるからあまりあの薬は塗らないで欲しいんだけれど。でも、ご主人が蚊に刺された場所は赤く腫れ上がって、本当にかゆくって辛そうだったから、そんな辛い姿を見ないためにも塗って欲しい。うーん、こういうのジレンマって言うのかなぁ。
うーん、なんか複雑。ご主人、いつも裸足だし半袖で、セイイチ君と似ている出で立ちなのに、今日はいつも竹やぶとかに入るときに着込む、作業着って言う長袖長ズボンの黒い服とオレンジの上着。折角綺麗な色の肌なのに、見せられないのはもったいないよね。今日はなんだかスコップも担いで持っているし、戦いになったら怖そうだな。
『うーん、ワクワクだねー、アサヒ』
『うん、森は楽しいよ、セイイチ』
そういえば、セイイチは小さい森や、森の入り口くらいまでしか行ったことがないんだっけか。こんな風に、皆で遊ぶような場所から外れて森の奥地へ進むのは、私も久しぶりだっけ。
『ねえねえ、森の奥には何があるのかな? 美味しいものはある?』
『うーん……特に何もないと思うよー。ただ、人間の手が入っていないから、すっごく歩きにくい場所ならあるかもねー』
『なにそれ、楽しそう!』
ふふふ、セイイチったらはしゃいじゃって。でも、そうだよね、楽しいよね。私も、こんな奥までは来るからワクワクするなあ。エルフーンって言うポケモンを捕まえに来たみたいだけれど、どんなポケモンなんだろう? タイショウの胴着の材料になるポケモンって言っていたから、やっぱり服みたいに薄い形をしているのかな?
そんな生き物想像もつかないけれど、いたらいたで面白そうかもしれない。
そうして歩いていると、見たことの無いポケモンがたくさんいるもんだ。巨大な芋虫?
「おー……『みろ』よ、アサヒ、セイイチ。ありゃペンドラーって言う『ポケモン』だ、『デカい』だろ?」
すっごく大きい……アキツの方が大きいだろうけれど、こんなに大きいポケモンはアキツだけじゃないんだなー。
私はとりあえず、手話を使って『格好良い!!』ってご主人に伝える。
「そうか、『格好いい』のか。案外『怖い』とか『言わ』『ない』んだな。やっぱりお前『勇敢』だな」
えへへ、ご主人に褒められちゃった。
『すごいねー、アサヒ。僕も人間と話したいよー……』
『大丈夫。手話を覚えれば、人間と話すことなんて簡単だから。私や、ご主人タイショウの真似をしていればすぐだよ』
私もそうやって手話を覚えたんだもんね。だから、きっとその方法で大丈夫だと思う。
『難しいよー』
全く、だだなんてこねちゃって生意気ね。
『セイイチ、諦めるのは禁止! 努力しなさいよねー』
『はーい。その代わり優しく教えてよー?』
そうそう、素直にしていれば可愛いのよねー。アオイさんの服を齧ってビリビリに破いたりなんかしたときは、相当怒られたおかげか今はちょっと聞き分けも良くなって助かるわ。
『教わるんじゃなくって覚えるものよー。うちのポケモンはみんなそうやって覚えたんだからねー』
『うん、分かった。がんばってみることにする』
うんうん。私もアキツにこうやって諭されたっけなぁ。今では、私もそれなりに会話も通じるようになってるから、きっとアサヒもそれぐらい出来るよね。
話している間にも、ご主人はずんずんと先に進んでゆく。歌は飽きたのかいつの間にか歌わなくなって、淡々と。
ついて行く間、物珍しそうに目移りして、二人で指差しあいながら、私達も存分に楽しんでいたが、そうやって楽しんでいると突然ご主人は私達の歩みを止める。
「アサヒ、セイイチ……あそこ!」
と、指を指すご主人。ご主人は目がいいから、私達に見えない物まで見えているんだよなぁ。ちょっと私には見えないや。
「すまん、遠すぎて見えないか……取り敢えず、モンメンがいる。あの子、ゲットできればいいけれどなぁ……」
「『ゲット』?」
と、私は問いかける。
「そう、ゲットだ。あいつを捕まえられれば……タイショウがいつでも胴着の修復をできるってわけだ」
あれって、ご主人が何時もしているみたいにどこかのお店で買うものだと思っていたけれど、そのモンメンだとか、エルフーンだとかってポケモンから作るのかぁ。
そのポケモンの元に、ご主人は忍び足で近付いてゆく。ずいぶんと遠くからだけれど、相手は野性のポケモン。私達よりも、よっぽど警戒心が強い奴らだ。
ゆっくりゆっくり歩いてゆくと……。
『あれ、ご主人……』
一番最初に何かに気付いたのはセイイチだった。セイイチは、木の上の方を見上げ、主人に向かってキュウンと鳴く。
「どしたの、セイイチ? 何かに気付いた?」
『う、うん……』
「それは何? 生き物か?」
『分からない……って、どういえばいいのかな、アサヒ?』
けれど、なにかは分からないみたい。ご主人の問いかけにセイイチは頷いたけれど、そこから先は何とも言えないみたいね。それを伝えるために、私は手を動かす。
「……アサヒ。そう。『分からない』のか……なら、仕方ないか……」
そう言って、ご主人はまた歩きはじめる。ぶつぶつと独り言を言っているご主人は、上手くは聞き取れなかったけれど、波紋がどうとか波導がどうとか。
リオルは感覚が鋭いポケモンだなんてご主人が説明してきたことがあったけれど、そういう事なのかな? 私達には感じられない何かを……
「ひゃわう!!」
突然ご主人が声を上げる。声がした方向を覗いてみれば、結ばれた草に足を引っ掛けてご主人は転んでいた。きちんと受け身を取っているし、地面は柔らかい腐葉土。
そんなにダメージはなさそうだったけれど……。
「っだーれだ!! こんなことしやがったのぉ!! あ、この草結び……ポケモンの技だ!!」
ご主人はご立腹のようだ。そりゃあそうだよね。あんなことをされれば怒るのも当たり前。だけれど、あんなこと、どこの誰がやったんだろうなぁ……。
「あぁ!!」
それにしても、さっきからご主人が五月蠅い。
ご主人の視線を追ってみればモンメンが声に驚いて逃げてしまっている。
「あー……やっちまったー……」
そしてご主人は意気消沈。まぁ、そうなっちゃうよねぇ。
「くっそー……どうしてこんなところにこんなトラップが……」
トラップって言うのがよく分からないけれど、主人は大層ご立腹の様子。セイイチの様子はと言えば……相変わらずよそ見している。どうしたもんなのかしらね。
『ねー、セイイチ。まだよそ見しているの?』
『うん……何か、居る気がするの』
『何か?』
と、思って私もセイイチが向いている方向と同じ場所を見る。木の上に何かがいるのだろうか、よく分からないけれど、私には何も見えない。と、その視線にご主人も気付いたらしい。
「どうかしたのか? あ……エルフーンだ……笑ってやがる。もしかして、あいつがあの草結びしやがったのか……?」
ご主人、睨みながらエルフーンの方へと向かって行く。結構怒ってる?
「はびゃぁ!!」
と、思っていたら、ご主人が落とし穴に落っこちた。ご主人ははずみで担いでいたスコップも落としてしまい、エルフーンは大笑いしている。
「なるほど……お前の仕業だったんだなぁ……」
ご主人は言いながら、太もものポケットの中から帯。胸のポケットから石を取り出した。帯の一方は手首に固定して、もう一方は握れるようになっていて、その真ん中に小石を乗せて、振り回して投げる投石器である。
あれで投げた石は、ものすごく速くって、私達でも目で追うのが難しいくらい。それを持ったっていうことは、飛び道具を使う必要があるってことなんだろうけれど、ご主人は何か見つけたのかなぁ?
「しゃらくせぇ!!」
なんて、思って居る間もなく、ぶんぶん振り回した投石器の一端からご主人は手を離し、何者かに向かって石を飛ばした。がさりと、木の葉を薙ぐ音。そこから遅れる間もなく、鈍い音。ゴツンとでも言うのかな、とても痛そうな音だったね。
そして、エルフーンとか言うポケモンは落ちていく。まっ白い何かを背負った、茶色いポケモンだった。
「へっへーんだ!! 光矢院流忍術の優等生の実力を見ろってんだ!! 当たったのは偶然だったけど……」
自分の射撃が上手く行って相当嬉しいのか、ご主人はそんなことを言ってガッツポーズをとっていた。よけいな一言付け加えなければ格好いいのに……あれあんまり当たらないんだよね。
「なぁ、エルフーンさんよ!!」
そう言ってご主人は不敵に笑い、がさがさと派手な音を立ててそちらへと向かう。へー、やっぱり、今落ちていったのがエルフーンなんだぁ。なんだかおいしそうな子だなぁ。ご主人様は追いかけているわけだけれど、やっぱり相手も易々と捕まるわけにはいかないみたい。
額の左側から血を流しながら、エルフーンは逃げる逃げる。あの白いふわふわした奴が揺れていて、とてもおいしそうだなぁ。
「待てこらー!!」
セイイチはついて行くのが精いっぱいなのだとご主人が判断してか、ボールにしまわれてしまった。私も結構疲れてきたけれど、ご主人まだまだ元気だなぁ。
背の低い草を飛び越え、根っこに足を取られないように走り、『待てこるぁ!!』なんて乱暴な声を上げたりなんかして、追いつきそうになったり突き放されたりの繰り返しだ。
それでだめなら、私とセイイチの鼻を頼ってくれると嬉しいな。でもでも、その必要もないみたい。ご主人が投げた石のおかげか、相手は私達より疲れているみたい。どんどんと走りに疲れが見えてきている。そのおかげでようやく追いついたと思ったがしかし、周囲には不穏な空気が漂っている。殺気だ、しかもすごい量の。
エルフーンの動きを追ってみれば、ナゲキが……5人の群れを作っていて、エルフーンはそれの後ろにこそこそと隠れている。
「あちゃー……ナゲキダゲキとエルフーンは共生関係……か。助けを求めるのは想定していたけれど、5人の群れが揃っている状態は流石に想定していなかったなぁ……」
『あ、あ、あ……あいつら怖いの!! やっつけちゃって……』
震えた声でエルフーンがナゲキへ言う。
「往生際が悪いぞ、エルフーン。あの草で俺を転ばせて最初にちょっかい出したのお前なんだからなー。やったらやり返されるのは常識だろ?」
『そ、それは……』
キズナの言葉にエルフーンは目を泳がせながら縮こまる。
『あれ、あの草結び……君がやったんじゃないの? ご主人それに怒っているみたいよ? もしかして、人違いだった?』
言い訳したがっている様子だけれど、私はそれを許すつもりはないよ。
『う、ひぃぃぃ……ご、ごめんなさい。私がやりました……けれど、それは悪かったけれど……でも、ここまでやることないじゃん……』
あちゃー……やっぱりこいつがやったのかぁ。そうなると、もうご主人許さないだろうねぇ。殺しはしないだろうけれど、きっとゲットされなきゃ許さないんだろうなぁ。タイショウが捕まった時は、リアルファイトでタイショウがボコボコに叩きのめされたそうだし、私の母さんはスコップでボコボコにされキズナが私をさらったそうだけれど、このエルフーンもそういう運命なのだろうか。
『おいお前ら! 何のことを話しているのかよく分からないが、俺達のエルフーンに手出しはさせないぜ!!』
『おうよ、そいつがいないと胴着の手入れも出来ないんだ!』
ナゲキたちが言う。へー……タイショウやこいつらが着ているあの白い奴、エルフーンのもこもこで作られているんだぁ。
「ほーう、やる気満々じゃないか……なら、こっちもそれなりに行かせてもらうかな」
ご主人が誰よりも何よりも殺る気満々な気がするんだけれどなぁ……。ご主人は、上着のすその近くのポケットから、丈夫そうな靴下の中にコインをたくさん入れた武器を取り出し、担いでいたスコップも地面に放り捨てる。ご主人の師匠曰く、あの靴下は野性のズルズキンがたまに抜け殻に砂や石を入れて作る武器に似せたものなんだって。
さっきの投石器とは違って投げたりなんてしないけれど、あれで殴られたら痛いじゃすまない。相手のナゲキ達は大丈夫なのかなぁ……。
ナゲキは、徒党を組んでいる割には紳士的だった。まずは、一番体が小さいナゲキAがご主人に向かって行ったけれど、ご主人は掴みかかられる前に前蹴りで顔面を殴打して相手を潰してしまう。若いから一番下っ端で一番弱いのねー……可哀想に。
次に出てきたナゲキBが主人の手を掴んだところ、主人は短く持った重り入りの靴下でナゲキの手首をぶっ叩いてた。手首に走る痛みで悶絶しているところを、ご主人は重心を落とし、相手の足に自分の足を引っ掛け相手の重心を持ち上げてから地面に叩きつける払い腰。さりげなく胸にエルボードロップを入れてとどめを刺しているあたり、流石ご主人だね。最後のローキックで仕留めたご主人は……
「次っ!!」
と吠える。
次のナゲキCはご主人が地面を土ごと蹴りあげ、それによって幻惑されている間に、ナゲキの肩を掴んで胸にとび膝蹴り。主人の実力なら頭を掴んで顔にとび膝蹴りも出来たろうに、胸を狙うということは少しは優しさも持ち合わせているんだね。
決死の覚悟でそれを受けきったナゲキCは、痛みに耐えてご主人の足を掴んで押し倒し、覆いかぶさるが、ご主人は倒れながらも構わず右手に掴んだ靴下を振り回し、マウントポジションを取ったナゲキの右横腹をぶち抜いた。
これには流石のナゲキも耐えきれず、右横腹を押さえてうずくまった。ご主人はナゲキのマウントポジションから左足を抜け出し、未だ右の腹を上にして呻いているナゲキの胸と顔を連続で蹴り飛ばして仕留めてしまった。やっぱり、もう全部ご主人1人でいいんじゃないかな。
続くナゲキDとなって、今度はご主人が積極的に攻める。まずは、足を相手に向けて、ドロップキック。着地の際にはダメージを受けそうなアグレッシブな飛び蹴りだけれど、下は腐葉土の床だから落ちても痛くはないだろうな。相手が防御したその上からでもダメージを与えそうな音とともに、主人は地面へと落下を始める。
落ちた時はきちんと受け身を取りつつ、そのままオープンガードポジション。睨み合いが続くが、主人はその状況を打破すべく、湿った腐葉土を掴んで投げる。相手が手をかざした隙を見計らい、もう片方の手にも土を握る。そして、もう一度顔面に向かって投げられると、意表を突かれたナゲキはまともにその土塊を喰らってしまう。
ご主人は金的に鞭のような鋭い蹴りを一発。タイショウがあそこは男の弱点だから叩かれたくないって言っていたけれど、やっぱりナゲキも……同じみたい。悶絶しているナゲキに向かってご主人は一瞬背を向けたかと思うと、置いていたスコップを持ち出して、大きく振りかぶったかと思えばフルスイング。綺麗に弧を描いた先端の金属部分が流星の如く、袈裟懸け((袈裟をかけるように、一方の肩から他方の腋(わき)へ斜めに物をかけること。転じてそれに添った太刀筋))の太刀筋でナゲキの肩に突き刺さる。綺麗なスコップ斬りだなあ……ご主人格好いい。
最後にナゲキEと言いたいところだけれど、残りの1人はご主人があまりに鮮やかに仕留めるものだから、戦っても無駄だと理解してしまったらしい。
「どした、ナゲキ? 次、来ないのか?」
言いながら、ご主人はスコップの取っ手を右手に持ち替え、柄の部分を左手に持って構える。強い相手には本気を使うんだなぁ……。
『勝てるわけねーし……あいつは強すぎる。まともに戦っては勝ち目が無い……』
残ったナゲキは仲間に対して申し訳なさそうにそんなことを言っていた。
「どーした? こねーのか? 情けない」
確かにナゲキは情けない……けれど、ご主人がやっぱり強すぎるんだよなぁ。まぁ、ご主人が強いに越したことはないし……いいか。
『うっせー!! 縄張り荒らすんじゃねーよチクショー!!』
ナゲキは捨て台詞を吐きつつ、ナゲキDを背負って、すごすごと逃げ帰る。ナゲキBは1人で歩き、ナゲキAはナゲキCを担いでいる。皆さん満身創痍にもほどがあるなぁ……。
「と、言うことはだ……エルフーン」
ご主人は舌なめずりをして、ナゲキ達の活躍を期待していたエルフーンに詰め寄る。ご主人、全身から発せられる気と言うかなんというか、それがすっごく殺気に満ちているなぁ。
「お前にはもう、味方はいないわけだ……観念しろよ」
ひっくり返されてもがく虫のようにワキワキと指を動かしながら、ご主人は言う。すでに血は止まっているが、額から血を流しているエルフーンは今にも泣きそうだ。
追い詰められて縮こまるエルフーンを、ご主人はダイビングキャッチ。ふわふわの綿を掴んで高々と掲げた。
「さーて、お灸をすえてやらなきゃねってあれ……?」
『やややや……やめてぇ……』
なんて、命乞いの言っている間に、エルフーンの綿が千切れ、同時に黄色い粉がばら撒かれる。あれは、痺れ粉だ……しかもご主人、吸っちゃった。ご主人が咳き込んでいる間に、エルフーンが逃げていく。追わなくっちゃ!!
『だめ!!』
それを制するのは、セイイチの声。思わず私は止まってしまい、エルフーンも少しばかり先に行ったところでこちらの様子をうかがっている。
『ダメって何よー、セイイチ。ご主人様が怒っているんだし、お仕置きしなきゃだよ』
『だって、可哀想じゃん……』
そんな、甘いこと言っていちゃだめだよ。でしゃばった奴、弱い奴から死ぬのが野性の掟だってタイショウが言っていたもん。野生なら仕方ないよ、それにあのエルフーン、おいしそうだし、仲間にならないなら食べてみたいよ。
ご主人は……うん、まだ辛そうに呼吸している。少しだけれど麻痺の症状も出ているみたいで、私たちのやり取りを見守っている。
『ほら、オイラは味方だよ……』
セイイチはそろりそろりと、ゆったりとした足取りでエルフーンに歩み寄る。何よ、セイイチってば裏切り者!! 今はどうするべきかよく分からないけれど、ご主人から命令があったらボコボコにしてやる!
『ほら、大丈夫……その怪我痛くない? 舐めてあげるよ……』
『あ、ありがと……』
むぐぐ……セイイチのやつ、あんな綿毛女に優しくしてやる必要なんてないのにぃ。優しく肩なんて掴んで舐めはじめちゃって……そのまま覆いかぶさって、胴に足をまわしてもう一方の肩も掴んで相手を組技の体勢に……
『つーかまーえた』
あれ、セイイチってばいつの間にかちゃっかりエルフーンを捕まえちゃってるし。
「ふひひ……流石は悪戯心のリオルだ。でかしたぞ、セイイチ」
そうして、拘束されたエルフーンは悲鳴を上げるが、ご主人はそんなのお構いなし。手にモンスターボールを握ったまま、エルフーンのわき腹に強烈な左フックを叩き込む。ぐはぁと言う声が聞こえたかと思うと、そのままエルフーンはモンスターボールへと放り込まれ、そしてボールから吐き出されることもなく、彼女は捕まってしまった。
「よし! エルフーンゲットだ!! こいつはタイショウの奴隷にしてやる」
ご主人、落とし穴に落とされたり草にひっかけられたことがそんなに悔しいのかなぁ。悪戯の元凶を捕まえられてものすごく嬉しそう。
「帰ろうか……と、言いたいところだけれど、ちょっと疲れたな。休もう……体もまだ痺れてる」
けれど、やっぱりナゲキとの戦いで疲れていたみたいね。痺れ粉もちょっと吸いこんじゃったみたいだし、麻痺が治るまでは薬を飲んでじっとしていなきゃね。
◇
私が勉強に飽きてイッシュ無双をプレイし始めたところで妹が帰ってくる。手にはエルフーンが入り込んだモンスターボール。ゲットしてきたんだと、キズナは得意げにアピールをして、捕まえるまでの経緯を説明してくれた。
ナゲキのこととか、セイイチのこととか、色々と。
「と、いうわけだ。こいつの特性はすり抜け……臆病なくせに好奇心旺盛な女の子だよ」
そう、臆病なのね。エルフーンには悪くない性格かも知れないわ……臆病なおかげで叱れば屈してくれるならそれに越したこともないしね。でも……
「あんたは何をやっているのよ……全く、エルフーンも怯えちゃっているじゃない……」
妹がエルフーンをボールから出してからずっと、彼女は部屋の隅っこに行ってしまって怯えている。私が近寄っても、ものすごい拒絶をするし……まぁ、仕方ないわよね。
スリングとかいう投石器で撃ち落とされ、ナゲキの群れをたった1人で追い返し、味方になってくれると思ったセイイチに騙された……と。うん、キズナから聞く限りでも、このエルフーンは散々な目に合っている。
これはしばらく人間不信になってしまいそうだけれど……はぁ、私たちが仲良くしているところを見て慣れてもらうしかないのかしらね。
「アサヒ……『今日』は『一緒』に、『寝ましょう』?」
「『了解』」
私が手話を交えてアサヒにお願いすると、アサヒは快く答えてくれた。添い寝なんかで仲良しアピールになるのかどうかは分からないけれど……信頼していなきゃ添い寝なんてもんは出来ないからね。それで何とか仲良しアピールをしてやるしかない。
エルフーンならばなんとか手話も教えられそうだし、そのうち慣れてくれれば手話だって自ずと学んでくれるだろう。それにしても……はぁ。これだから妹は困るというのだ。もういい、レポート書こう、レポート!!
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全く、呆れたもんだ!! 妹は野性のエルフーン(もしくはモンメン)を捕まえに行ったのはいいんだけれど、エルフーンが仕掛けた草結びと落とし穴の罠にはまってブチ切れちゃったみたいで。
そのままスリングとかいう投石器でエルフーンを撃墜して、追い立てて、ナゲキ5匹相手に4人抜きして、最後は不戦勝。それでも逃げようとするエルフーンをセイイチに騙して捕まえてもらって、モンスターボールを握ったままわき腹をぶん殴って気絶させたところを捕まえた……って、文章にするだけで頭が痛い。
エルフーンにノミ避けのシャンプーをするのも、アサヒとセイイチの二人掛かりで押さえつけるなどしないと、とてもじゃないが無理だろう。
額の傷を応急処置のために、森で見つけた薬草を口の中で砕いて軟膏にしていたのはいいんだけれど……キズナは忍術習っているせいか、そういうのだけはうまいのよねぇ。そういう才能をポケモンのゲットにも活かして欲しいものだわ。
もう少しだけでいいから友好的にゲットできていれば、あのエルフーンが人に慣れるのも早くなるし、私も手話を教える段階まですぐに行けたんだけれどなぁ……
ともかく、やってしまったものは仕方がないわ。この子に慣れてもらえるように、私はアサヒやセイイチとイチャイチャと言う効果音が聞こえてきそうなほど、仲良くしてやろうと思う。それを見せ付けてやれば、私は安全だという事も理解してもらえる……はず。
そんなんで相手がいつ心を開いてくれるのかも分からないけれど……取り合えず、ないよりはましだと信じましょう。
日曜になれば、アキツとも遊べるし、色んなポケモンと率先して仲良くなれば……いつかは心を開いてくれるはずよね? そうよね?
6月30日
翌日――7月1日
「『おはよう』アキツ、今日はちょっと私に付き合ってもらえるかしら?」
父さんのモンスターボールを持ち出して、私は庭にアキツを繰り出す。相変わらずの巨体は、車椅子に座っているおかげで、立っている時より巨大化して見えた。
「『用』『何』?」
庭に出された目的をアキツが尋ねる。
「別に、用ってほどの事じゃないの……あのエルフーン『怖がって』る。だから、『私達』が『仲良く』して、『安心』してもらおうと『思って』ね」
手話混じりに私は告げる。
「アキツ、私ね、最近足を少しだけ動かせるようになったの……」
私は、伸ばしていた足を下せるように、車椅子の足の部分の角度を調整する。直角に下された私の足は、この前々小指一つ動かすのが限界だったけれど、今は足の指が全てと、膝が少しだけ動くのだ。と言っても、90度が80度になるくらいの、控えめなものだけれど。
こんなんじゃ、歩くのはまだまだ先だけれど、努力すればどうにかなりそうって言う希望がある。アキツに見守られていても、何が変わるってわけでもないけれど。見守ってもらえるってことがありがたいし、うちの子の中では一番力が強いから居て損はないはずだ。
エルフーンは昨日の一日でもまだ警戒は解けていないが、こちらの様子をうかがえるようになるくらいには警戒も解いてくれた。まだまだ触らせてもくれないけれど、ずっと警戒しっぱなしでは疲れるらしい。
それに日向ぼっこもしたいと思っているようなのか、窓際に立ったエルフーンは私達を見物している。
私はアキツに見守られながら、懸命に足を上げようと頑張る。疲れたら、ぼうぼうの草の上に寝転がって、アキツの怪力を活かしてマッサージをしてもらった。本気でやられたら私の骨なんて簡単に砕けちゃうのだろうけれど、力加減はキチンと出来ているから問題ない。
手話ができる介護用のポケモンを育てるのも大事だけれど、やっぱり私自身、自分の体を元に戻せるように頑張らなくっちゃね。そして、エルフーンは……和室の窓から私を見ているようだ。アキツ達と仲のいい姿を見て、私達に敵意はないってことをきっと分かってくれるといいんだけれど。
とにかく、出たとこ勝負よね。無理にやったって逆効果だろうし、あの子が心を開いてくれるまで、何日だってかけてポケモンと交流するところを見て貰わなくっちゃ!