BCローテーションバトル奮闘記





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第一章:初心者編
第五話:育て屋の里親
 今まで若輩者でありながらチャンピオンマスター(レッドとかメイとか)となった少年たちは、皆レポートを書くのが速く、そしてまとめるのが上手かったそうな。
 そうやってレポートを書くことで、自身の思考をまとめる事が強さの秘訣だと言われたから、帰りがけに買ったノートで、日記(?)を書いてみることにする。
 狩りをしてみようなんて思ったのは、本当に思いつきなんだけれど、初日から大物を捕まえてしまったのには……正直な話、驚いた。成功した時の方法はというと……

1、アイルが幻影をたくさん出した。
 それまでは一つの幻影しか出していなかったアイルだけれど、幻影の精度を落としてたくさんの幻影を出すことで、相手の退路を塞いだ事が勝因だ。
 相手は焦っているから、幻影が本物かどうかを確認する暇もないってマコトさんは言っていたけれど、本当にその通りだったみたい。

2、ママンの糸を吐くで、足を引っ掛けたこと
 これは、何もできない俺が手持無沙汰にならないようにと考えてもらった作戦だけれど、偶然引っかかってくれた奴。これのおかげで転んだシキジカにメガホーンを喰らわせたおかげで、獲物にありつけたんだよな。。転んだ拍子に俺のポケモンたちが群がっていく様は、まさに野生という感じだった。
 今回の狩りの成功は偶然が重なったおかげとはいえ、足を引っ掛ける方法を思いついてもらえなかったら偶然すら起きなかったわけだ。ポケモンレンジャーのお二人さんには感謝だ。

今日であった人達
大月真(おおつきまこと) ポケモンレンジャーの人。とっても逞しい身体の人で、何でも人間岩石砲とかいう必殺技を持っているんだって……それ、死なないのかな?
 ドサイドン(♀)のメテオと、タブンネ(♀)のモッチーが手持ちだよ。
今川義男(いまがわ よしお)同じく、ポケモンレンジャー。口げんかは弱そうだし、長袖の服越しからはたいした筋肉には見えなかったけれど、脱いだらレンジャーだけあって逞しい。ボクシングとかに良くある引き締まった筋肉なんだって。
 どっちもすごい筋肉だから憧れちゃうなぁ

 アイアント(♂)のアリシアと、エモンガ(♀)のアルスが手持ちポケモン……アリシアは女の子、アルスは男の名前じゃないかな?


RIGHT:6月21日
LEFT:
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「ふぅ……レポート終わりっと」
 アイルの豪快な喰いっぷりや、ゼロの野性的な食事風景も垣間見えて、とても印象的だった。二人とも、真っ先に胃袋とか肝臓に飛びついたんだけれど……ポケモン的にはあそこが一番おいしいのかなぁ?
 何より印象的なのは……やっぱり、生き物が死体になってしまう瞬間かな。やったぁぁぁ!! って叫びたい気分とかじゃなくって、なんだか『あぁ、死んだんだな』って感じ。すごく言葉にし辛いんだけれど、感動もしなかったし、悲しくもならなかった。
 しばらく呆然としていて、どんな言葉を掛ければいいのかも分からなかったんだよな。結局、俺は『ごめん』なんて言葉を吐いちゃったけれど、マコトさんいわくかける言葉は感謝の言葉がいいんだそうだ。
 こうやって、帰ってまとめてみると、少しだけ分かる気がする。食料は自然から貰ったものと考えて、そして貰いすぎないように自分を戒めるためにも、感謝という行為が必要なんだという。なんだっけ、食べ過ぎることは大罪だとかなんだとかって言う話を聞いたな。七つの大罪だとかなんとか。
 食べる事への感謝を忘れたら罪って言うのは、そういう事なのかな。
 ユウジさんが作ってくれたシキジカ肉をアルミホイルとトウモロコシの葉で包み焼きして、香草と香辛料で味付けした料理はとっても美味しかったよ。ありあわせの材料でよくまぁあんなもの……寄生虫とかが怖いからって、焼き加減はきつくせざるを得なかったって言っていたけれど、それでも十分なくらい。確かに、肉の中心に生の部分とかがあったらよかったかもしれない。

 そうそう、ビリジオンに会えたうえに、顔を舐めて貰えたのは衝撃的だったなぁ。狩りを成功させて、変な風に畏まった変り者をからかっただけって言っていたけれど、やっぱりそうなのだろうか。

 そういうわけで今日は達成感のある狩りになったわけだけれど、ついさっき来たメールに、衝撃的な事実が記載されていた。『そうそう、ホワイトブッシュにいるヘイガニは移入種だからガンガン狩っちゃってくれると助かります。釣り糸を垂らせば勝手に獲物を挟んで捕まってくれるので、釣って食べてみるといいよ。美味しいから』
 だそうだ……達成感がなさそうなんですけれど。

 ◇

「まさか、狩りを成功させちまうとはなぁ……夜になって意気消沈して帰ってくるかと思ったが、意外なもんだ」
 アイルを手元に戻す際に、カズキから話を聞いたが、あいつなかなかやるじゃないか。あいつが俺に、『ユウジさんにもおすそ分けです』なんていってくるとは思いもしなかったぞ。
『それに、ビリジオンも「変り者だな」って言っていたよ、ご主人』
 俺のアイルは、誰にも話していないがテレパシーを使える。信用出来る奴にだけその事実を話せと言っておいたが、いまだにカズキにその事実を知らせていないという事は、やっぱりまだ警戒しているところがあるのだろうか。俺自身、アイルには厳しく釘を刺してはいるが、あいつは信用しても大丈夫だと思うがなぁ。
 アイルの真意は分からないが、アイルが信頼できないのならば俺からは何も言えないが……今日の狩りでは一緒に頑張って、皆を労らったりとかもしてくれて良い雰囲気だったらしい。
「なのに、なぜお前は話せることを明かさないんだ?」
 勢い余って質問してしまったらアイルは少し考える。
『僕、あの子が好きだから、もっと成長して欲しいんだ』
 あぁ、やっぱりアイルは一人称が『僕』のほうがかわいい。進化した当初は一人称が『俺』だったけれど、成熟したたくましい雄の姿でこのギャップがたまらん。言葉を矯正してよかった。
「成長って言うのは?」
『うん。あの子、自分なりの方法でコミュニケーションを取ろうとしているんだ。でも、もし僕があの子にテレパシーで喋られることを教えてしまったら、僕に通訳を求めるようになったりとかしちゃうと思うんだ。それはそれで結構もったいないことになると思うし。
 今日も、本当はテレパシーでガンガン喋りたいと思うこともあったけれどさ。でも、我慢してもっともっと言葉なしでも仲良くなれるようになってほしいかなって思うんだ』
「ほーう。あいつ、結構ポケモンに好かれる才能あるのかもなぁ。いつかテレパシーで話してもいいかなってくらい、心が通じ合えるといいな」
『うん、それまでは僕も極力黙ってることにする』
 アイルはそう言って、俺に抱き付き、肩に手を回され……
『だから、それまで僕のテレパシーはご主人だけの特別だからね』
 にんまりと笑ったアイルに口付けされる。
「浮気がダメとは言わんが……カズキをこういう道に引き込むなよ? 俺はもう手遅れだが……あいつは綺麗なままでいてもいいと思う」
『大丈夫。これはテレパシー以上の、ご主人への特別だから』
 アイルが髪を掻き上げる。何に変身するのかと思いきや、今日はポケモンレンジャーの制服のようなものを着ている。もともと赤い鬣や爪が、明るい場所ではよく目立つポケモンだというのに、赤い制服を着ているものだからとてもよく目立ち、少々目が痛い。やれやれ、コスプレを趣味にさせたのは俺だが、アイルめ。新しいもの好きな子だ。あぁ、アイル可愛い、モフモフして顔をうずめたい……

 ◇

6月30日、日曜日

 初めての狩りをしてから一週間と少し経った。狩りは、初日の成功以来シキジカのような大物に出会うこともなく、ミネズミだったりケムッソだったり(ユウジさんはそういうものでも料理できると言っていた)を狩りながら、レポート(日記?)も進める毎日。
 驚いたのは、ヘイガニを釣るのが本当に簡単であるという事。奴ら、やたら繁殖力が高いせいでポケモンレンジャーも困っていたそうだが、なるほどこの餌に対する貪欲さがその繁殖力の高さの秘訣なのかも知れない。獲物が見つからない日はこれで行こうとも思ったけれど、食べるところが少ないヘイガニであっても、図体がでかいだけあって、比率が少なくとも絶対量は多い。流石に毎日食べるには量が多すぎるので、それは止めておくことにする。
 食料が新鮮であることはそりゃ大事だけれど、やっぱり食料への感謝を忘れちゃいけないから、腐らせて捨てるようなことはしないように気をつけなきゃ。まぁ、そんなわけで……ヘイガニのおかげで食費がかなり浮くかもしれないんだよね。ヘイガニ料理は軽くゆでて塩を振っただけでも美味しいし(ホワイトブッシュが清流だからかもしれないけれど。工業地帯の汚染水でも育つからなぁ……奴ら)、ユウジさんに頼らなくってもまともな料理が作れるのは嬉しいな。
 今度はエビチリみたいなものでも試してみようかなーなんて、そんなことを考えながら自転車を走らせて、俺は目的の場所にたどり着く。
「ついたー……」
 ブラックシティにある俺の家から東へ、自転車で一時間。そこにあるのは、シラモリ育て屋本舗(有)(ゆうげんがいしゃしらもりそだてやほんぽ)である。普通にポケモンを育てることはもちろん、ポケモン同士のお見合いやら、選別あまりで生まれた子供の里親検索のサービス。
 そして、護身用及び企業法人向けのポケモンの育成及び販売など、幅広い業種を行っているとかで、そこで里子を検索すれば俺が望んでいるポケモンもいるかもしれないという事だ。ポケモンレンジャーとも成体の取引をしている、超優良企業である。株式の上場しないのが不思議なくらいだ。
 中が見える透明なガラスをはめ込まれたドアを押し開け、僅かにクーラーの効いた受付へと行く。中には2台のパソコンがあって、そのうち使われているのは今のところ1台のみ。眼鏡をかけており、ワインレッドの作業服姿をしたお姉さんは、ドアを開けた時に鳴ったベルの音でこちらに気付き、靴底が丈夫そうなブーツで立ち上がってこちらへと向かう。
 黒縁のダサい眼鏡であるその女性は、ダークブラウンの肩までかかる髪をエアコンの風でわずかに揺らしていた。
「いらっしゃいませ。本日のご用件はどうなさいましたか?」
 仕事をしていた女性は柔らかな口調であいさつをした。
「えと……里子の検索が無料で行えると聞きまして……」
 カウンター越しに、俺は女性を見上げて言う。それにしてもこの女性大きい。男の人と同じくらいの身長はありそうだ。
「トレーナーカードはお持ちですか?」
「もちろん」
 と、俺はサイフの中からそれを取り出して提示する。
「なるほど、承りました。それでは、こちらへどうぞ」
 どうやら、無料だと謳われていた里親検索は本当に無料のようだ。いや、そういう風にインターネットで出ていたから当然なんだけれど。どういう原理で儲かっているんだろう? 手招きされるがままについてゆくと、女性はポケットの中に一瞬手を入れた。それが何を意味するのかは知らないが、そんなことを考えているうちに先程は使っていなかった方のパソコンの前にたどり着く。

「さて、今日はどのようなポケモンをお探しでしょうか?」
「えと、ローテーションバトルで、うちのポケモンたちと相性がよさそうなポケモンが欲しいんです。それで、いろいろ考えた結果……バルジーナかフワライドが欲しいかな、と」
「なるほど、バルジーナですか、それはどのような狙いをもってその子に決めたのですか?」
 育て屋のお姉さんはそんな事を聞いてくる。なるほど、ソムリエと言うわけではないが、やはりポケモンの扱いのプロという事だ。
「えっと……うちの子、変っているんです。なんというか、俺のストライク……外皮が極端に薄いとかで、攻撃力も防御力も極端に低いけれど、その分素早いだとかなんだとかって、ポケモンソムリエの方に言われまして」
「それはそれは……興味深いですねぇ」
「はい、どうもです。それで、その子はローテーションバトル向きだと言われて、実際に使ってみたのですがこれが思いのほか強くって……なんだけれど、こいつの素早い攻撃に全く怯まない精神力もちのポケモンには、素早さがあまり意味をなさなかったっていうデメリットを発見したんです」
「それで、精神力もちのポケモンに対する対策として、バルジーナ……ですか?」
 女性はパソコンを操作しながら、
「はい。精神力もちのポケモンはエスパータイプや格闘タイプが多いので、悪と飛行のバルジーナ。もしくはゴーストと飛行のフワライドならと思いまして……」
「なるほど、理解しました。ですが、私としましては、話を聞く限りでは……それだけであれば単にゴーストタイプ一色でも何とかなるような気がするのですが……それならば格闘タイプの攻撃は効きませんし、格闘タイプのポケモンにサブウェポンとして多く採用される岩タイプに対しても飛行タイプの弱点が気になりませんし……エスパータイプのポケモンに対しても優位に立てます」
「なるほど、確かに……」
 と、納得しかけたが。だけれどもう一つ理由があったんだっけ。
「あ、あとそれとなんですがね、丈夫で時間稼ぎができるって言う点でバルジーナは優れておりますし……あとは追い風を使えます。ブルンゲルも確かに候補には入っていたのですが……追い風を使えることは、ローテーションバトルで大きなアドバンテージになると聞いたものでして」
「ほう……」
 そこまで言うと、女性は感心したように声を上げる。
「なるほど、中々考えておられるようですね……どうでしょう? 私はポケモンソムリエ検定Bランクの資格を持っているのですが、少しばかりパーティーの鑑定してみませんか?」
「え、そんなのもやってくれるんですか?」
「いえいえ、貴方の言う変わったストライクというのが少々気になりましてね。日曜日以外はお客さんも少なく受付業は若干暇なので……もちろん、お時間がとられるのが困るというのでしたら、無理強いは致しませんが」
「い、いえ……鑑定してくれるというのならば、ぜひ!!」
「かしこまりました、それでは、あちらから牧場へどうぞ。私は少々着替えてまいりますので」
「は、はい」
 なんだか、最近は棚から牡丹餅的な運の良さだな。そのツケが来て、どっと不幸にならないかとか心配だけれど……いや、今まで不幸だった分かな?
 ともあれ俺は受付を出て、広大な牧場へと出る。たくさんのポケモンたちが人間や教官ポケモンたちに指示を仰いでいる。この育て屋はこうして、ポケモンと人間で共同で育てているのが特徴なのだという。みんな生き生きと戦っていて、とても楽しそうだけれど……自主性に任せているせいか、さぼっているポケモンもいる。
 自主性に任せていると言えば聞こえはいいけれど、結構放任な管理だから成長の度合いはピンからキリまで激しいのだという。成長するポケモンは半年で四天王に匹敵するともいうし、逆に成長しないポケモンは弱くなったり太ったりして帰ってくるという。成功例として有名なのは、ホワイトジムのクイナとかいうルカリオだとか。

 イッシュではトップクラスで大きな育て屋だと言うが、なるほど、広いな。個人経営がほとんどの育て屋の中で、従業員もたくさんいるらしい。
 ホワイトフォレストは土地がとても安いから、ここまで広く出来たんだろうなぁ……それにしても、本当にポケモンたちはのびのびとしている。俺のポケモンも放してみたくなっちゃうけれど、勝手に放しちゃいけないだろうからできないのが残念だな。
 そんなことを思いながら、俺は日陰でポケモンたちを遠くから見守っていると、駆け足で男性職員がやってくる。恐らく、さっきの女性が受付業務を抜けたので、その代わりだろう。準備を終えた女性職員が受付の建物から現れた。
 手には、地面に置いても肩ほどまでありそうなほど巨大なバールのようなものを持っている。何をするつもりですか、貴方。

「さぁ、始めしょうか」
 なんて、笑顔で言われた。
「は、はい。よろしくお願いします」
 取り敢えず、言われるがまま俺はポケモンを繰り出す。
「この子が、ストライクのゼロ」
 まずはローテーションバトルにおけるエース候補だ。二本の足でしっかりと立ち上がって、腕組みなんかしている。
「この子は、イッカク。見ての通りのヘラクロスの女の子。食いしん坊なんだ」
 こいつは性格がおっとりしているせいか、今もなんだかボーっとしている。
「そして、最後にハハコモリのママン。俺を守ってくれる、最初の相棒……と、今のところはこの三人が俺の手持ちです……」
「なるほど。と、そういえばこちらも自己紹介をしておりませんでしたね。私はシラモリ育て屋本舗(有)の代表取締役、白森スバルと申します。カズキさん、よろしくお願いします」
 さっきのトレーナーカードを見て、名前覚えられてたのだろう。自己紹介をしてもいないのに名前を覚えられていた。
「よ、よろしくお願いします……」
「はい。それでは、鑑定を始めますね」
 そう言って、スバルさんは鑑定を始める。まず最初にやったことは、ゼロの体に触れる事。
「このストライクですが……本当に、体を覆う外骨格が薄いのですね……叩いてみると、音と感触でそれが分かります……なるほど」
 何かに納得してスバルさんは微笑んだ。
「よし、それではゼロ君でしたね。私に攻撃してみてください」
 ゼロも俺も沈黙したさ。この女は何を言っているのか。ゼロは首を傾げて何か珍しいものでも見るような目でスバルさんを見ている。
「おや、心配なさらなくっても大丈夫ですよ。鍛えておりますので」
「だ、そうなんだけれど……どう、ゼロ?」
 作業着を見る限りでは分かりにくいが、この人胸はあまり無いし、別段腕が太いわけでもない。ポケモンレンジャーの皆さんは本当に逞しい肉体をしていたけれど、この人も実は脱ぐとすごかったりするのだろうか? 暑いって言うのにこんな長袖を着て……あれか、能あるウォーグルは爪を隠すってやつなのかな?
 ゼロは頷く。半信半疑だがOKを出してくれたようだ。
「ゼロは……大丈夫って言っているので、最初は軽く……」
 俺がそういうと、スバルさんは手に持ったバールを構え、ゼロを見据える。くぎ抜きとかには便利なバールだけれどあんなでかいバールは一体どこで買うんだろう?
「問題ありませんよ。始めてください」
 自信満々だった。いやはやこの育て屋さんのお手並み拝見と思っていた俺は馬鹿だった。畳まれたカマが、スバルさんの左外側から左肩を狙って振り下ろされたのだけれど、スバルさんは見事にそれを打ち払っている。

 右手を肩ほどの高さ、左手を眼ほどの高さにして、斜めに構えたバールのようなものを円の動きで滑らかに動かし、カマは見事に下に払われスバルさんの髪を揺らすだけに終わった。
「手加減どうも。もっと早くしても大丈夫ですよ」
 笑顔のまま、涼しい顔でスバルさんは言う。ゼロも野性でこれくらいの経験はあるのか、悔しがることなく楽しそうに笑っている。
 シャーッと鳴いて、気分を奮い立たせたゼロは深く踏み込んでからの、足を払うように両手のカマで攻撃した。上半身への攻撃ならともかく、あのシザークロスをどうやったら避けられるのか。と、思う間もないくらいに速い攻撃だったのだけれどスバルさんは軽い跳躍から足を浮かせてそれを避け、バールのようなものを地面に突き立てる。
 ゼロはそのバールにカマをぶつけて痛がるようなアホな真似はせず、ジャンプすると共に繰り出された前蹴りを紙一重でかわす。

 一瞬で切り返して殺意の篭ったとび蹴りを交わしたゼロは、相手の左、バールは今スバルさんの体の右側にあるため、がら空きの左のほうからスバルさんを切りかかる。避けられないと判断したのか、スバルさんはそのまま肩口を寄せて体当たり。カマで切られつつもゼロの体勢を崩した。
 スバルさんはと言えば、カマの根元の方で受けたため、ダメージは軽微。ゼロはダメージこそほぼないと言ってよいが、押し倒されてしまう。そのまま、スバルさんはバールを放り捨てて、左肘でゼロの右カマを押さえつけ、左膝でゼロの腹と胸の継ぎ目を圧迫。右膝でゼロの左カマを押さえ、右手は掌底を当てる直前で寸止めされていた。ゼロの胸の装甲は非常に薄いから、寸止めされていなければ、中まで衝撃が通って無傷じゃすまなかっただろう。
「素早いですね、この子」
 息切れしながら彼女は言う。ていうか、スバルさん、貴方何やっているんですか。俺のゼロは……数人相手でも全く問題なく戦えるくらいには素早いんだけれどな。攻撃力は弱いけれど、それを補って余りある素早さで、ゼロの攻撃を普通に避けてたり防いだりしてくるようなポケモンなんて今までいなかったのに……人間がそれをやるとか、いったいどういう鍛え方なのやら。
 スバルさんは立ち上がると、ゼロに手を貸して立ち上がらせ、体に付いた土を払う。
「しかし、攻撃力の不足が心配です……なるほど、敵に切られることを覚悟で踏み込めるような精神力の持ち主に対しては確かに弱いかもしれません……それを考慮すれば、確かにバルジーナと言う選択肢は悪くない……」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「ところで、物は相談なのですが……この子、私にくれませんか? 育ててみたいんです」
「え」
 そんな素敵な笑顔で言われても困る。
「おっと……ケフンッ」
 この人はいったい何を言っているんだろうという雰囲気を全身全霊に発してみたら、スバルさんは咳払いをして訂正する。
「いえいえ、あまりに面白い才能を持った子ですので、ついつい本音が出てしまいました。今のは忘れてくださいませ……」
「そ、そうですか……いや、あげるというのは無理ですが、鍛えてくださるというのならば、仮にもポケモンの扱いはプロなわけですし……嬉しい申し出なのですが……」
「嬉しいのですね」
 墓穴掘った!! 嬉しそうにスバルさんは問い返す。

「でも、毎日俺の手元にいないと嫌です……」
「……そうか。それなら仕方ないですね」
 墓穴を掘ったと思ったけれど、意外と簡単に引き下がってくれた? いや、この人結構変り者っぽいからまだ油断はできないなぁ。
「そうかぁ……毎日こっちに通ってもらうわけにもいかないしなぁ……大人とばかり遊んでいたら親御さんが心配しますからね」
「あー……その心配はないですよ。俺、親はいないんで。でもなぁ、確かに面倒と言えば面倒かぁ……」
「む? 親がいないとは……それは一体全体どういうことだ?」
 あちゃー……突っ込まれてしまった。どう答えればいいんだろうか。なぜかスバルさんはメガネをはずしている。
「いや、すみません。変な事を聞いてしまって」
 そして、メガネを再び装着した。何なんだ、メガネの有無で口調が変わるぞ。
「あ、大丈夫です。今はもう気にしていないんで……なんというか、生まれた時から俺、父親がいなくって……で、母さんは男をとっかえひっかえしては家に連れてきていたんです。でも、ある時、酷く短気な男を連れてきて……何日かは暴力も振るわれたんですが、隣の人が助けに来てくれたんです。
 しかも、ハハコモリのママンまで、わざわざゲットしてプレゼントしてくれたんです……そのハハコモリで反撃してからというもの、親が帰ってこなくなっちゃって……」
「なるほど。それで心配する親もいないというわけですか……だが、その隣の人とやらも心配するだろうし、きちんと帰ってあげたほうがよろしいですよ?」
「それもそうですね……すみません」
 そうだよ、スバルさんの言うとおりだよな……。
「いえ、こちらこそすみません。変な話をして……と、ところで」
「はい、なんでしょう?」
「その子、戦ってみて思ったのですが……抑え込む時に力はそれほど弱くないのを感じました」
「あ、それは……ソムリエの人も言っていました。筋力は十人並だって……Sランクのソムリエなので、信用できると思います」
 そう言えば、戦わなきゃ分からないことを、あのソムリエは見ただけで判断したわけである。なんというか、あのソムリエ、テイストがどうのこうのとか言っていることは訳が分からないけれど、Sランクのソムリエだから、本当にものすごい実力の持ち主なのだろうな。
「やはり……ふむ、Bランクでは思うように行きませんね。と、いう事は……防御力が低すぎて攻撃が本気で行えない。本気で攻撃すれば自分もダメージを受けるという事になるわけですね……そういう事なら、あれを使ってみるか……」
「あれ、とは?」
「進化の輝石……ハッサムへの進化可能性を残しているこの子なら、きっと使いこなせると思います……と、言いたいところですが、今日ここへ来た本来の目的は……里親探しでしたね。すみません、少々興奮しすぎました」
 そう言えば、俺も本来の目的を忘れていた。
「いえいえ、ためになりました……進化の輝石、かぁ……」
 聞いたことはある。何でも、それを装備したサマヨールやらポリゴン2やらラッキーやらがとても強いのだとか。
「先ほどの受付に戻りましょう。バルチャイならば、里親募集もなくはないですし」
「はい、お願いします」
 受付に戻った俺は、スバルさんに勧められるがまま、ちょっと生意気な性格の親から生まれたバルチャイの里親になることに決めた。Bランクとはいえソムリエの資格も持っていることだし、スバルさんのきっと間違った判断ではないのだと思う。

 ◇

 ポケモンは明日までに用意するとの事なので、俺は一旦家に帰ることにし、あの言葉が気になって仕方なかった俺は、携帯電話の情報端末で進化の輝石と言うアイテムについて調べてみる。
「高い……」
 値段は、毎月の生活費がギリギリしかもらっていない俺には、とても払えるような額じゃない。ゼロが強くなるというのならば、ぜひ欲しくなる代物ではあったけれど……色々とよくしてもらっている買ってくれとユウジさんに頼めるものでもないし。
 狩ってきた獲物を差し出す代わりに浮いた食費の分お金頂戴なんて言ったら、迷惑というかウザったいだけだろう。諦めるしか、ないのだろうかな。
 今後も狩りが成功して節約出来れば、お金はたまって行きそうな気がするが。しかし、人生はそんなに甘くないものである。成功しなくなる時だってきっとあるだろうし、どっちにしたって長い時間貯金しなければならないだろう。
「どん詰まりかぁ……」
 そんなことを呟きながら、俺は時計を見る。まだ14時、日は高い。
「アイルと狩りにでも行くかな……」
 今日も明日も、ユウジさんはお仕事。というか、日曜は忙しいから大体お仕事。アイルと一緒に狩りで時間を潰すかな……

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 今日は、俺のポケモンを連れて育て屋に行った。
 そしたら、暇だから俺のポケモンを鑑定してくれるとかいう話になって、そこで聞かされたのは、進化の輝石と言うアイテムを与えれば、ゼロの攻撃能力も上がるかもしれないとの事。進化の輝石は普通防御能力が上がるものだと聞いたけれど、なるほど……ゼロはある意味特別という事なのかもしれない。
 結局、バルチャイを貰うことになった俺だけれど、進化の輝石か……欲しかったな。

 気分転換に狩りに向かってみると、この前であったのとは別のポケモンレンジャーさんと出会い、軽く挨拶して軽く話した。どうやら俺はビリジオンに気に入られたとかなんだとかいう話題で有名人になっているらしい。けれど、この前みたいにビリジオンが現れるわけでもなかったから、本当にからかわれただけなのかも知れないな。
 ……進化の輝石、欲しいなぁ。

6月30日
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7月1日

「どうぞ、カズキさん」
 バルチャイのような鳥ポケモンは、一度親の顔を覚えてしまうと、他の誰かが世話をするのは難しい。これは刷り込みと言うらしいが、バルチャイももちろん変わらない。
 ゆえに、俺が渡されたのは卵の状態だ。ずっと俺の顔を見ていれば、俺を親だと認識してくれるだろうとのこと。でも俺はずっと一緒にいられるわけでもないし、ママンのほうが適任かもしれない。
 生まれたばかりのバルチャイならば、今持っているエモンガやシキジカの頭骨でも足りるだろうけれど……雛鳥なんてすぐに成長しちゃうだろうから、何かいい頭骨が欲しいところである。殺したての骨とか贅沢なことは言わず、何かの原因で死んでしまったメブキジカでも構わないと言われて、なんちゃってとはいえ狩りをしている俺だけれど、そう言われたからには頑張って頭骨を探さないとなぁ……。
「どうしました?」
「あ、いえ。ミネズミとエモンガとシキジカの頭骨なら持っているのですが……もっと大きい頭骨を持っていないものでして。なので、頑張って探さなきゃなって……」
「あ、あぁ……そう言えば、通販などで頭骨をお買い求めになれない身分なのでしたね。バルジーナは本来、見通しの良い木々もまばらなサバンナや山肌に巣を作るのですが……頭蓋骨などホワイトフォレストやブラックシティで見つかるでしょうか?」
「最近、毎日狩りのためにホワイトブッシュを見回ってますが……中々大物を狩るのは難しいですからね。とりあえず、死体だけでも見つかれば万歳ってことで……なんとか、頑張ってみますよ」
「まぁ、貴方がそういうのならば何も言いませんが……そのバルチャイは貴方のポケモンです。責任を持って育てくださいね?」
「それは、分かってます。俺と同じ目には合わせませんよ」
 同じ思い……か。俺はユウジさんやママン達がいるから寂しくないけれど……うん、絶対に寂しい思いはさせたくないし。
「分かりました、頑張ってお世話をしてください!」
「……はい!!」
 とにかく、色々不安はあるけれど、なるようにしかならないもんだ。今日もまた、狩りに出かけよう……いや。

「あの、すみません」
「なんでしょう?」
「いえ、昨日訪ねた時に……俺のポケモンを育てたいと言っておりましたけれど……」
「ゼロ君を預ける気にでもなりましたか?」
「いえ。違います……その、やっぱり俺はいつもポケモンと一緒に居たいから、預けるとかそういうのはする気にはなれないんですが……ここで、お手伝いとかできないでしょうか?」
「お手伝い、ですか? ご冗談を……ブラックシティでは15歳以下の子供を働かせるなんて日常茶飯事ですが、ここはホワイトフォレスト。15歳以下の子供を働かせるなんて、私にはとてもじゃないですが怖くてできません……」
 確かに、そういう法律的なことを出されるとこっちも何も言えなくなってしまう。
「いや、でも……働くってのは給料を出すってことですよね? あくまで社会見学ってことにして……給料の代わりに物でって感じにできれば……俺、昨日あの後進化の輝石について調べたんですが……とても買えるような金額じゃなくって……」
「それで、金の無心、と言うわけですか」
 スバルさんが尋ねる。金の無心、と言うのはよく分からないけれど、おねだりってことなのだろう。
「はい……」
 あまり認めたくはないが、スバルさんのいう通りである。嫌々ながらも、俺は頷いた。
「ふむ……良いでしょう。私はそのストライクを育ててみたいことですし、給料を払わずに働かせられる手駒が出来るというのならば、私も望むところです。ですが!!」
 突然厳しい眼差しになって、スバルさんは言う。
「どんな仕事でも文句は言わない事、そして危ない事はしないこと。お手伝い、社会見学と言う名目上、この二つだけは絶対に守ってもらいますからね?」
「……はい。ありがとうございます」
 ついに言ってしまった。もしかしたら、無理難題を吹っ掛けられて、やめさせようとして来るかもしれないけれど……そのもくろみにはまらないように頑張らなければ。
「いいでしょう。私のシラモリ育て屋本舗(有)で働く許可をします。貴方がお望みの進化の輝石も……働き如何によっては、取り寄せて差し上げましょう」
「お願いします……」
「では、質問です。平日と休日、来れる日はどれくらいありますか?」
 スバルさんは興奮したのか、メガネを外す。
「基本的に放課後なら毎日これますが……」
「ほう……それは楽しみだ」
 なんだか、口調が少し不穏になってきている気がする。
「ならば、一週間後の土曜……休みか?」
「はい、学校はお休みです」
「ならば、その日に来い。それまでには作業着を用意してこき使ってやる……私の手駒として……あ」
 なんだろう、これはあれだ。戦隊ものの女幹部のような口調と言うかなんというか。むしろ、表情も雰囲気も女幹部の匂いがする。そして、最後の『あ』は何だというのだ。メガネを再び着用して、スバルさんは一息つく。
「ふふ、ちょっと地が出てしまいましたね、申し訳ありません」
 そこか……いや、なんというかこの人、ガチで変り者と言うかなんというか。むしろ変態の域に達しているんじゃないかとすら思う。
 ともかく、言ってしまった以上、土曜日には来ないといけないよね。狩りの方は休みがちになるかもしれなけれど……困ったときはヘイガニでも釣りながら、何とかできるだけやってみよう。



Ring ( 2013/08/31(土) 22:03 )