第三十二話:新生活の始まりへ
ユウジさんが職場へと向っていった後、俺は掃除や洗い物の片付けなどで時間をつぶす。テレビはあるけれど、アニメは途中からなので分からないし、バラエティはみんなくだらないものばかりなので見る気にはならなかった。
やることもないし、アイルを風呂に入れようとか考えていると考えていると、玄関のほうからは呼び鈴が鳴り響く。まだ夕暮れになりかけの時間帯、一体誰だと考えながらインターフォンを取る。
「あの、すみません。カズキ君、いらっしゃいませんか?」
こんな時間に誰だろうかと思ったら……
「あ、スバルさん……今は、俺1人ですよ」
であった。
「こんばんは……カズキ君。朝のことは色々ありましたが、落ち着きましたか?」
「は、はい……おかげさまで。警察に対しては……いろいろ聞かれましたけれどしつこくは聞かれませんでした。あ、あの……この街の警察って無能なんですよね?」
俺の言葉に合わせて、スバルさんが眼鏡を外す。
「いや、無能ではない。こんな小さな事件にかかわっていられないだけで、もしも暇だったならばお前は捕まっててもおかしくはないぞ? むしろ有能だからこそ、かまうべき事件とそうでない事件を見極めているんだ。言ってみれば、お前の母親なんて構う価値もないという事だ……冷たいが、その通りだな」
「う……」
有能なのか……そ、それは困る。
「まぁ、お前が犯人だとしても子供だからつかまることはないし、麻薬やら人身売買やらの捜査で忙しいから相対的に無能であるというのも事実。お前の母親なんぞに、かまう暇なんてないさ、この街の警察には」
スバルさん、俺が犯人であるみたいな言い方を……実際そうなんだけれど、鋭いなぁ。
「まぁ、まず心配することはない……それよりお前。今後の身の振り方はどうするつもりなのだ?」
「うーん……ユウジさんは、俺が家政婦をやってくれるなら、この家で養ってくれるって言っているんだけれどね……なるべく迷惑をかけないためにも、働ける年齢になったらすぐにお金の面で負担をかけないようにとは思ってる。今回の件は、俺が原因だからさ……」
「原因? あの、お前の家だというこの部屋の隣が立ち入り禁止になっているのに、何か関係があるのか?」
分かっている癖に。きちんと確認しなきゃ気が済まないらしい。
「うーん……キズナたちにはまだ話せないけれど、スバルさんならいいかな……あ、今からドア開けるんで、待っててください」
「このまま外で話させられるのかと思ったぞ?」
「そんなことしませんよ」
と、いいつつ、インターホン越しに話すべき話じゃないと思うまでに時間がかかったのは事実だけれどさ。
「どうぞ……」
自分の部屋ではないので、俺は中に案内するのは気が引けた。それをスバルさんは理解しているのか、靴を履いたまま玄関に座る。俺もそれに倣ってかかとがつぶれた靴の上に足を乗せて、隣に座った。
「悪いな。仕事が終わったらこの時間で……ユウジさんだっけか? あの人がいるうちに話しておくべきこととも思っていたんだが……」
「いえいえ……悪いも何も、これは全部身から出た錆ですし」
そう言って、俺は俯き気味に首を振る。
「アレ、立ち入り禁止になっている理由は、ユウジさんが偶然母親と、母親が連れ込んだ男が死んでいるところを発見したからなんです。でも、その2人を殺したのって、俺なんです……」
「ふむ……やはりか」
スバルさんは、驚かなかったのか、それとも驚けなかったのか、判断しかねるのか、あいまいな相槌を打つ。
「母親からは、昔から酷い虐待。そして、たまに男を連れてきたかと思うと、そいつも虐待……もう、耐えられなかったんです。だから俺は、料理用に買って置いたブランデーを、ママンの草笛で深く眠らせて飲ませたんです。
致死量以上のアルコールを摂取した2人は……死にました。まぁ、当然ですけれど」
「だから殺したのか。まぁお前は悪くはないな」
全部を話したというのに、スバルさんはやはりというべきか落ち着いていた。
「だがまぁ、後先をあんまり考えない行動というのは感心しないな。ユウジとやらが親切だからよかったものの……」
「そ、それはその……本当に、あの親とはもう、一度たりとも顔を合わせたくなくって……だから、衝動的に……」
俺がなけなしの言い訳を始めると、スバルさんは鼻で笑う。
「それなら、それなりに根回しをしておくものだ……私に相談すれば、いろいろ便宜は図ってやったぞ?」
「例えば?」
「トリニティとうな丼その他もろもろに死体を。サイファー達に魂を食わせてやるとかな……死体が残らなければ捜査のしようもあるまい」
「えげつない……」
サザンドラとシビルドン。そしてシャンデラにいろいろ食わせるのか……証拠は残らなそうだけれどねぇ。
「まぁ、そんなことどうでもいいだろう?」
前置きを置いて、スバルさんは俺に顔を寄せた。
「お前、私に引き取られてみないか?」
「……スバルさんも、ですか」
「も、とは?」
「ユウジさんも、俺の世話を申し出てくれたので……」
と、俺が答えると、スバルさんは満足そうに笑った、
「あぁ、そういうことか。なんというかまぁ、ユウジとやらはお目が高い。私も、お前ならば今からみっちり教育するのも悪くないと思ってな」
そう言って、スバルさんは俺に笑いかける。そんな表情をされて、俺はいったいどんな顔をすればいいのやら……。
「一応、ユウジさんにも言ったのですが」
「ふむ」
「警察の人たちが、色々調べて、俺の母さんの両親……要するに、祖父と連絡を取っているそうなんです。ですから、そっちに引き取られるかもしれないんですけれど……まぁ、なんといいますか。あの母親を育てた人だからあんまり信用できませんけれどね」
「どういうやつだか、聞いているのか?」
「それが、素晴らしい親ならばあんな子は育ちませんよ、本当」
「そうだな」
「で、そいつは……私立高校の教師です。俺の母さんの事も教師にしたかったそうなのですが……成績があまり良くなくてですね。母さん自身は、ぬいぐるみとかを作るのが得意だったので、そういうことを学べる大学にいきたかったそうなんですけれど、祖父はそれを許そうとしなかったんですって。
来る日も来る日も勉強の毎日……友達と遊べば、友達を非難する始末。母さんは14歳で家出を繰り返して、そのうち子供が出来てしまったそうなんですが、家出の原因が祖父にあったのは間違いないでしょうね。馬鹿なもんです」
「まぁ、それならそれで、その祖父が何かを言ったとしてもきちんと断るのも重要だろうな……」
「それなら、スバルさん。もし暇があればでいいのですが、一緒に付き添いとして来れたたりとかしませんかね?」
「出来れば休日が良いが、休みを取ることも不可能じゃない。いつでも良いが、予定の連絡はなるべく早めにな?」
スバルさんの言葉に、俺はうんと頷く。
「で、正直なところ、お前としてはどうなのだ? 私と、この家の主以外に引き取ってもらう充てはあるのか?」
「ない、ですね……。今のところ、ほとんどユウジさんかスバルさんかの二択です」
「ふむ……しかし、ユウジとやらも豪気だな。言ってしまえば人殺しのお前を飼いならそうとするなど」
「あの人、寂しがり屋なんですよ。だから、アイルを飼い始めたようなものですし、俺のことも気に掛けてくれた……あの人の家、兄弟皆が仲良かったらしくって、多分ホームシックなんじゃないでしょうかね」
「よく見ているな、お前」
スバルさんが、俺のことを笑って褒める。俺は少し照れて、蛍光灯に照らされた頬を赤らめた。
「ポケモンほどじゃないですが、あの人の本心、結構見やすいですから。あの人アイルのことが本気で好きですし……ま、ちょっとばかし変なところもあるけれど……スバルさんが私を欲しがる理由とは、ぜんぜん違う理由です。
ほうっておけないというのもあるのでしょうけれど、一番は……人間と一緒に居たいからなんでしょうね。逆にスバルさんの場合は……恩返しのために俺を引き取る、ですかね」
「はぁ? 私はお前に恩義を感じるほどの事をしてもらった覚えはないぞ?」
スバルさんは、何を言っているんだこいつとでも言いたげに俺を見る。
「俺に対する恩返しじゃないです……貴方はギーマさんのお話をしてくれたじゃないですか。それで、ギーマみたいに自分も、ポケモンや人間を育てる者でありたいと……」
「あぁ、言ったような気がするな」
「恩返し……いや、恩送りって言うのですかね。恩は返すと、その2人の間だけで止まってしまうから、受けた恩はまた別の人に送るのが一番いいんです。そういうのって、いい事ですよ。……そんな事を考えているから、親が嫌いなのかもしれませんけれど」
「育ててやった恩がどうのこうのと、親に言われたか?」
「正解、スバルさんは鋭いですね。育ててやった恩を忘れたかのかって感じの事、母親に言われちゃいました」
スバルさん、なかなか分かっているじゃないか。
「それを言うなら、健康的に生まれてきてくれただけでも、子供にありがとうって言うべきなんだってさ。ポケモントレーナーなら、結構普通に出来ていることなのに……ましてや人の親が、生まれてきてくれた命にありがとうもいえないなんてさ。
確かに、育てられた恩はあるかもしれません。でも、それは親に返すものではないと思うんです……次の世代に恩を送るものだって。そりゃ、親孝行はするべきだと思いますけれど……」
「お前の考え方……それは、『Pay Forward』って言うんだ。なるほど、恩送りか……一理ある。私は、ギーマのようなやつになりたくて……誰かに尊敬されるような、誰かに、自分と同じ思いを与えられるような……ふむ。
納得だな。私は、お前を『ギーマにとっての私』にしたいのだ。恩送り……なるほど。お前ならば、私とユウジ……どちらの元に引き取られるとしても、それが出来よう。だが、それを鑑みると……ますます私はお前が欲しい。
無理強いはしない……だが。カズキ、お前のよい返答を期待するぞ」
スバルさんが、肩を組むように俺を抱きこむ。胸にはぎりぎり当てていないあたり、色仕掛けをするつもりは無いらしい。
「はい……考えておきます」
ユウジさんと比べると、きっと愛し方は乱暴なものになるだろう。だけれど、どちらに引き取られるにしても贅沢すぎる組み合わせであることは明白だ。ただ、どちらが自分のためになるかといえば、それも明白だけれど……寂しがりやなユウジさんとなら、一緒にいてあげたほうがいい気もする。
明日、ユウジさんが起きたならば、ゆっくり話さねばなるまい。これからのことを。
「そうだ。人を殺したということを負い目に感じることは無いぞ。普通の人は気にすると思うし、よく『人間を殺したようなやつが幸せになんてなれない』という説がささやかれているが……お前が殺したのは『人』であって人間じゃないからな。ま、人間は人間だろうとかのたまって、クズにも人権を求める馬鹿もいるにはいるが、それは屑の戯言だ、気にするな」
「少し言いすぎな気もしますが……まぁ、そういう人はいるでしょうね」
「お前のような子供に暴力を振るうようなやつは、ただ人権があるだけ、喋られるだけの動物以下さ。私はね、そういうやつは何人も殺してる。ブラックシティというのはそういうところだ。借金を払おうともせずに自己破産をしようとした女が、いかがわしい店で商品にされたり、人体実験の被験者にされたり、見世物になったり、酷いときは食卓に上ることもある。私の『白森スバル』という名前も、そうして死んだ女の名前を奪ったものだしな。
そして、そういった大人に抗えるお前だからこそ、育てたいと思った側面もある。ユウジとやらがどれだけ真っ当に生きているのかは知らないが……私に引き取られれば、いずれは私のようになるかもしれない。だから警告しておく……私と付き合うことは、メリットばかりではないとな」
突然、なにを言い出すのかと思ったが、俺も重要なことを忘れていた。そういえば、俺は人を殺していたんだっけ……ユウジさんは気にしないといっていたけれど、罪の意識がないことを尋ねてきたってことは、多分そういうことなのだろう。気にしているということだ。
迷惑ってわけじゃないけれど……なんか、表現できないけれど、なんだかユウジさんのそばにいるのが、少し申し訳ない気がしてきた。なんだか、格好つけた言い方だけれど、ユウジさんとは住む場所が違うような、そんな……
「それでは、私はそろそろ帰るとするよ。また、連絡してくれよな」
スバルさんはそう言って立ち上がる。
「あ……」
「どうした?」
名残惜しそうに声を出してしまった俺にスバルさんが振り返るが、俺は何も言えなかった。
「今日は、わざわざ森まで来てもらうとか……迷惑かけてすみませんでした……それと、ありがとうございます」
「いや、こちらこそ、自分のギーマに対する気持ちに気付かせてもらってありがたかった。だが、迷惑を掛けたことは気にしなくてもいい。私も、ギーマの気を引こうとして、わざと風邪を引くために寒空で薄着になったりとか、無茶なことをしたことがある。お前は、あのときの私よりも若いし、ましてや恵まれていない状態で誰かに慰めて欲しい状況……誰かの愛情を確かめたくなるのも、当然というもの。
だが、もう二度とやっちゃだめだからな? 何度もやると、見放したくなる……ヘルガー少年のようにな」
「それは……本当にすみません」
俺が謝ったところで、スバルさんは眼鏡を装着する。
「子供の時は、少しくらいのわがままは許されるものなのですよ。1回くらいの間違いは、お気になさらず」
「でも、早く大人になって自立しなきゃ……スバルさんに悪いよ」
「いいのですよ。ゆっくり大人になっていけば。私はそれで構いませんから」
そう言って微笑んで、スバルさんはドアの向こうに消えた。ユウジさんは、人を殺した俺のこと……本当はどう思ってるのかな。スバルさんなんかは自分も殺したことがあるみたいだから、本当に気にしていなそうだけれど……その事が、俺は急に不安になった。
いや、ユウジさん自身はきっと気にしないだろう。このまま、何も起こらなければきっとユウジさんに迷惑を掛けることもないのだろうけれど。……人を殺したことを罪に思う必要なんてないとは思ったけれど、なんだか色々面倒くさい。スバルさんが相手なら、こんなことを負い目に感じる必要もないのだけれど……。
8月26日
その日から、毎日が忙しく過ぎていった。警察やら、児童の世話を任せられている機関やらがどこかから調べてきた連絡先とのコンタクトとって、親戚関係に母親の死を告げると、日曜日には葬式が開かれ、母親は骨となった。
母親には親しい人も特におらず、親戚からも半ば見放されていたようで、参加者や香典は非常に少ない。自分は右も左も分からないので準備らしい準備も出来ず、喪主は俺の祖父が勤めたたため、わずかな香典は祖父のものとなった。
そうして、一連の葬儀が終わると、話の話題は俺の親権……というか後見人の話となる。俺はまだ働けない年齢だから、誰かに養子にとって貰うか、もしくは後見人を探すしかないわけで。両親がいない以上は、よっぽど素行に問題がない限りは当人の同意があれば決められるらしく、素行やら経済的な問題やらはまぁ……スバルさんなら問題ないだろう。
それに、俺は祖父の顔なんて一度も見た事がない。普通の子供ならば見たこともあるのだろうけれど……そんな相手に引き取られるのは勘弁だ。
いや、それどころか……あの母親を育てただけあって、祖父も酷いもんだ。
「育ててやった恩? 育てきることも出来ずに家出させたダメ親が調子に乗るなよ?」
気がつけば、ついつい俺はそんな事を口にしていた。
俺の祖父は、俺の事を親不孝と称した母親と同じく『育ててやった恩も返さずに出て行った親不孝な娘』などと戯言を言っていた。母さんの弟だという男から聞く限りでは、教育と洗脳、躾と虐待を履き違えたような、反吐の出る子育てしかしていなかったようだ。
俺がそんな事を言えば、祖父は立ち上がって俺の胸倉を掴み、威嚇する。
「貴様、それが大人に対する態度か!?」
俺は黙って、熱々のお茶を手首に掛ける。
「あっつ!!」
慌てて腕を放す祖父を睨みつけながら、俺は湯飲みをこれ見よがしに構えて言う。
「やる気?」
そう言って、俺はモンスターボールからゼロを繰り出す。まぁ、こいつならば間違いはなかろう。
「というか、『大人』っていう称号は子供に何か生意気なことを言われたくらいで胸倉を掴むような馬鹿でも名乗れるものなの? これが大人なら、中学生の不良だって大人だよ。え?」
そう挑発すると、ふざけるなといって腕を振り上げる。俺はお茶を相手にぶっかけつつその一撃を腕で受け止め、さらにもう一撃を湯飲みで受け止める。硬い湯飲みに手首を打ちつけた祖父は痛みで顔をしかめていた。その間に、ゼロは祖父の首筋に鎌を当てて脅し、それをさらに掻っ攫うように、スバルさんが首根っこを掴んで壁に押し付けた。人間なのに、なんて見事な手腕だ。
スバルさんは、祖父の喉仏を親指で押さえつつ、足は相手の親指の付け根を自身の足の親指で押さえつけている。あれ痛いんだよなぁ……実戦では出来る技じゃないと自分自身で言っていたくせに、こういうときはちゃっかりと使う護身の技だけれど、これまた見事すぎた。
二言か三言、耳打ちで話した後、スバルさんが祖父を開放すると、今度の祖父は怒鳴ってきた。要約すると、『お前みたいな子供を育てるようなやつは娘じゃないし、その子供であるお前のことも知らない』といった感じだ。あぁ、子供を育てる才能がまったくないんだなと、分かりやすいほどよく分かった。
「自慢の教育者が聞いて呆れますね。自分の妻が、お腹を痛めて産んだ子なのに。あんたさ、申し訳ないと思わないの? 自分のつがいとなるメスが苦労して生み出したものを、台無しにしたんだよ? ポケモンは、交尾をした後にメスの栄養になるために、オスが自ら食われる種もいるけれど、そうしたほうが良かったんじゃない?
メスの養分になっていた方が、よっぽど有意義だよ、あんたは。このストライクや、デンチュラならそうしている」
勝ち誇った顔で一言添えると、祖父に真っ赤な顔して『出て行け』と一喝された。付き添ってもらったユウジさんとスバルさんは、俺の言動にひやひやしつつも、痛快な気分になったらしい。
そして、その帰り道。ホワイトフォレストのバス停で、1時間に一度のバスを待つ30分の間に、俺は蹴りをつけるべき話を始める。
「ユウジさん、スバルさん。今日は付き添いのほう、ありがとうございます」
「いや、お前の祖父に育てる気が無いなら俺達が引き取るという意思表示も出来たし、その了承も取れたみたいな感じだし、良いんじゃないのか?」
「私もそう思いますよ。あそこまではっきりと断られたなら、私たちも貴方を引き取る口実が出来やすいじゃないですか。レコーダーに会話内容を録音していますし」
2人とも、大人を怒らせたことに対してまったく気にしていないらしい。うれしいのやら、それはそれで大人としてどうなのという感じもする。
「こういう、家族関係のことならお任せの弁護士が知り合いの弁護士から紹介されていますので、今回のことも踏まえてきちんと、相談しあいましょう」
「あ、その事なんだけれど……すみません、ユウジさん。せっかくのお誘いなんですけれど……俺、スバルさんと……」
その先、言い切ることが出来ずに俺はもじもじと下を向く。
「あぁ、そうなのか……」
ユウジさんは、寂しそうにつぶやくが、納得はしている風だった。スバルさんは何も言わずに、俺のことを見ている。
「まぁ、仕方ないさ。俺なんかよりも、スバルさんのほうが才能を伸ばしてくれそうだし、経済的にも恵まれているしな……」
当然、それ以外の理由もある。多分、俺はまだ罪を犯すと思う。今回の祖父との件でも分かったけれど、俺は基本的に自分を押さえようと思うことをしない。世話になる以上は、迷惑を掛けないでいることは不可能だけれど、流石にそういう迷惑を掛けるのであれば……多分だけれど、スバルさんのほうがよっぽど上手く立ち回れるはず。多分ユウジさんは、逆にどうにも出来ないと思う。
「引越しとか、そういうのがあったら出来る限り付き合うからな、カズキ」
そういってユウジさんは、俺の頭を撫でてくれた。
「はい、ありがとうございます……でも、たとえ引っ越したとしても。たまには顔を見せますので……いつまでも、仲良くしてくださいね!」
お互いお別れというわけでもないので、何とか涙は流さなかった。少し目頭が熱いけれど、何とか堪えている。
「水を差すわけではないですが、良いのでしょうか、カズキ君?」
「もちろん。スバルさん、よろしくお願いします」
俺はスバルさんの顔を見上げる。スバルさんも、こちらを見つめていた。言葉もなく、涼風に揺られながら、ずっと。やがて、メガネに汗が滴り落ちてきたところで、スバルさんがメガネを外す。
「何も言わないという事は了承したという事だな。了解だ。お前は私が育ててやる」
えらそうにスバルさんは言う。実際、他人の子供を引き取って育てるというのは偉いのだと思うけれど。この態度はいかがなものか。
「ふぅ……しかし、隣人がいなくなるとちょっと寂しくなるなぁ。アイル2人きりかぁ……」
やっぱり、ユウジさんは寂しいんだ……。少し申し訳なく思ったけれど……ユウジさんからの恩は、絶対に忘れない。ママンを譲ってもらったことでつながった、キズナやスバルさんとのつながりは大事にする。スバルさんの言う通りゆっくりでもいいから、絶対に立派な大人になってみせる。
そうして、スバルさんのように、他の誰かに対してその力を注げるようになろう。それが、恩返しだって思っている。ユウジさんには恥ずかしいから、声を大にして言えるようなことじゃないけれど、そうすることできっと喜んでくれると、俺は思った。
その次の日、俺は引越しをする……といっても、荷物なんてほとんどないので、ダンボール数個にまとまってしまった。ポケモンに手伝ってもらうこともなく、冷蔵庫とかは死臭が染み付いている様子もなかったのでリサイクルショップに諸事情を黙ってタダ同然で引き取ってもらった。そうして、俺の新居はスバルさんの家。一人暮らしには無駄に広い3LDKの住まいである。
与えられた部屋は、今まで住んでいたアパートのダイニングキッチンと同じくらいで、一人で使うには結構広いんじゃないだろうか。一人暮らしのせいもあって使われた形跡もないので、少しほこりっぽかったが、一人で掃除をするだけでも、すぐに綺麗になった。
慌しい1日が過ぎて、夜になる。いつもならば眠くなる時間帯に、用意された布団に潜り込んでみたが、どうにも寝付けない。興奮しているような、不安で心がざわつくような。気になって起きてみると、なにやら居間から話し声が聞こえた。
「何ヶ月ってお前、妊娠したわけじゃないさ……10歳のな……うん、そうだ。お前と同じく、とある子供の後見人になったんだ。私が物好きだと? あいつ、料理が上手いし、家事も出来るから、それだけでも養う価値はあるさ。それにあいつはお前にとっての私と同じ。将来化けそうなんだよ」
嬉しそうな声だった。独り言ではなく、誰かと電話しているのだろう。
「うん、うん……お前の気持ちが分かるといいのだがな」
話の流れからすると、電話の相手はスバルさんを拾って連れまわして育てたらしい、ギーマさんのようである。
「え? あぁ、9月の大会に……そうか、待ってるよ。私も、それなら参加しようかな……」
こうやって報告を入れるあたり、よっぽど尊敬しているのだろう……俺が、スバルさんを尊敬しているように。
「うん……ようやく、お前に恩返し……いや、恩送りが出来そうだよ、ギーマ。あぁ、恩送りっていうのはな」
スバルさんは俺が話した恩送りの理論を嬉しそうに話す。
「そういうわけだ。恩送りが出来て、本当に誇らしい気分だよ」
しばらく話して、スバルさんは、最後にそう締めくくる。いや、しかし……こんな幸せそうな声で話せるものなんだな、スバルさんは。それじゃあまたと挨拶をすると、スバルさんは走ってこちらに向ってきた。息を潜めていたつもりなのに、完全にばれているらしい。
「なんか用かな、カズキ? レディの話を盗み聞きとは、マナーのなっていないお子さんだ」
「あ、えと……すみません」
顔は笑っているが、その表情からも声色からも、感情は読み取れない。
「まぁ、聞かれて困る話でもないし、いいでしょう……」
スバルさんは、ため息をついて続ける。
「眠れませんか?」
スバルさんの顔が微笑んでいる。
「えぇ……目が冴えちゃって」
「ふむ、なるほど。貴方は夏休みなんですし、そんなに早く寝ることにこだわる必要もないと思うのですが……あぁ、そうだ」
「どうしました?」
「ちょうどいい。飛行訓練でもしませんか、トリニティに乗って?」
「あ、それいい……え?」
それいいですね、と言おうとしたが、2秒考えてみると結構とんでもない。
「もちろん、免許は持っていないので、育て屋の敷地内のみでの飛行になりますが……」
「いやいやいや、敷地がどうのこうのじゃなくって、何で突然飛行訓練なんて……? 前までは、危ないから許可してくれなかったのに」
スバルさんは、しばらく黙って考える。
「気分が良いからですよ。私の気分が」
彼女自身、どうしてかは分からないのだろうか。スバルさんはてきぱきと騎乗用の道具を取り揃えると、俺を強引に外へ連れ出した。パジャマがないからパジャマは着ていないけれど……うーん。
「カズキよ」
「はい……」
「まだ正式に決まったわけではないが、私はお前の後見人となり、お前は私の管理下に置かれるわけだ……これから、以前よりも厳しく指導することになるだろうな」
「それは覚悟の上です」
「だろうな。だから、まずはアレだ……私のトリニティとコミュニケーションをとってみろ」
言うなり、スバルさんはトリニティを繰り出す。スバルさんの手持ちの中では一番のお気に入りである、お互いに見知った顔。その体色が示すように、闇に紛れる色のサザンドラは本来夜行性。育て屋の営業時間に合わせているせいか、夜に眠る体質になってしまってあくびをしている。ただ、やっぱり夜は本来眠る時間ではないからだろう、トリニティは俺と同じく寝付けないようで、一応起きてはいる模様。
彼は、地に足を付けてまどろんでいる。退屈だが、やることもないといった感じだ。暇つぶしのために飛んでもらうのは……果たしてこいつにとって気が乗ることなのかどうか。スバルさんにはかなり懐いているから、あるいは彼女を乗せるだけでも嬉しかったり誇らしかったりするのだろうか、それとも餌のためと割り切っているのだろうか?
もしくは、スバルさんはポケモンよりも普通に強いから、緩やかな恐怖で支配されているなどということもあるのかもしれない。
そう考えると、スバルさんがものすごく恐ろしい……流石にサザンドラには勝てないかな? いや、でも武器を使えば……っと、そんなことより。
「こんばんは、トリニティ」
俺の問いに答えるのも面倒なのだろうか。トリニティは真ん中の顔の目をしょぼしょぼさせながら、左の顔をずいっと近づける。肉食獣の口の匂いが、暑苦しい熱帯夜には少々きつい。
「いや、ね。こんな時間になんだけれどさ……俺、スバルさんから飛行訓練の許可が下りたんだ」
言いながら、トリニティの顎に手を近づける。自分より小さいポケモンが相手であれば、このとき出来るだけ身を低くする必要もあるけれど、こいつ相手なら不要だろう。お許しを請うようにゆっくりと手を近づけ、相手が拒否も威嚇もしないのを確認しつつ、俺はトリニティの顎の下を撫でる。
顎の下には逆鱗があって、それを触れられると龍は怒り狂うというが、トリニティは別にそんな事はない。うっとうしい時は首を引くし、もっと撫でて欲しい時は首を差し出すように前に突き出してくる。
「だからね。少しの時間で良いから、乗せてくれると嬉しいんだけれどさ……」
眠かったような感じだったが、トリニティも撫でられるのはまんざらでもないらしく、顎をマッサージしてあげると、真ん中の首は表情豊かに目を細めて上機嫌をあらわにし、左首はもっと撫でろとばかりに突き出してくる。
そうして撫でてあげると、上機嫌になったのかトリニティは右の首で俺の体を舐めてくる。あぁ、そうだ……汗をかいているから、その塩味が好きなんだっけ。風呂に入った後とはいえ、こう暑いとじっとしてても汗が出るから、やっぱり塩の味はするらしい。
捕食ではないけれど、餌としての扱いを受けているのだろうか、俺。まぁ、そんな事はいいか。
「どうかな、トリニティ?」
額を撫でる。左の顔だけとはいえ、すっかり身を任せているあたり、この2ヶ月の間にずいぶんと気を許してこらっているようだ。真ん中の首を見てみると、まだ気持ちよさそうに目を細めるばかり。右の顔はまだうっとおしく舐めている。
「ありがとう」
凶暴なポケモンといわれているけれど、きちんと身内に対しては優しい。トリニティのそういう姿は見慣れている。乱暴で喧嘩っ早いけれど、こういう風に接すれば大人しくっていい子なんだよなぁ……今度は右首差し出してきたので、そっちを撫でてあげる。
やれやれ、この調子だと真ん中の首も撫でさせられるな。
「見事だな……普通の子は、サザンドラなんて近寄れんぞ」
「そうですかね? キズナも多分近寄れますよ」
「確かにな。トリニティはなんだかんだで人当たりがいいやつだから、普通に近づく限りはまぁ問題ないか」
後ろから語りかけてくる声色で判断する限り、スバルさんもトリニティに負けじと気分がよさそうだ。
「あぁ、でも……そうか。キズナは、捕まえたエルフーンが懐くまでに時間がかかっていたし、そういう意味じゃ俺よりもポケモンに触れるのは苦手かもしれないな」
「だろうな。お前はポケモンの領域に入り込むのが上手い。自分を受け入れさせるのが得意というのかな……ポケモンがお前を拒まない。それは才能だよ」
「そうなんですか? そう言われるとちょっと嬉しいです……ところで、乗る許可を取れたのはいいのですが、トリニティにはどうやって乗れば……?」
「あぁ、すまない」
と言って、スバルさんは肩にかけていた長いベルトのようなものを、俺に渡す。そのベルトは、蛍光色になっており、夜でもよく目立つ……夜間飛行用のベルトのようだ。
「これをつけておけ。命綱のようなものだ。トリニティの首と、自分の胴に回すんだ。そうしておけば落ちることはまずないからな……まぁ、万が一落ちても大丈夫なようにもう1匹ポケモンをつけておく」
「了解です……それじゃあ、トリニティ。ちょっと失礼するよ……」
毛づくろいの時に背中を触ったことはあるが、乗るのは初めてだ。前体重をかけて体の位置を乗りやすく調整してくれたトリニティの体に、しがみつくように飛び乗って、その首周りの豊かな漆黒の羽毛につかまってよじ登る。
熱を持たない首に蛍光色のベルトを巻いてきつく締めると、なるほど、安定する。激しく飛行するともなればこれでも不安だが、緩やかに飛行するのであれば、まず落ちることはなさそうだ。
トリニティは、左右の首を曲げて俺の様子をうかがっている。手が使えないとはいえ、手に目がついていると思うとつくづく便利な顔である。
「ありがとう、トリニティ」
きちんと声をかけてあげることは忘れないように。基本に忠実にだ。
「よし、カズキ。ちゃんとしっかりしがみついて飛ぶんだぞ?」
「了解です……よし、トリニティ。もう飛んで大丈夫だよ」
首の根元を優しく撫でると、トリニティは前へと向き直り、足に力を込めてから翼を振り下ろす。遅れて、万が一落ちた時に救助してくれるつもりなのか、シンボラーのアーティファクトが編隊飛行を組んでくる。レンジャーに卸されるポケモンだけあって編隊飛行はお手の物のようだ。
「すっごい……」
トリニティの全身に、余すところなく力が篭っているのがわかる。ゼブライカに乗った時は、股下までの感触がメインだったけれど、今回はしがみついているから感触が全身にあり、トリニティの全身の筋肉がフルに動いているのが分かる。
左右の首は空気抵抗や重心のバランスをとり、背筋は翼を動かすために肌の下でせわしなく動いている。尻尾もバランスをとるためにぴんと張っており、その周りの筋肉が怒張しているのが分かる。
重力が増したり、消失したというせわしない上昇運動がやむと、トリニティは安定した飛行体勢になる。翼を上下すると、こちらも上下にゆれてしまうため、暴走したメリードーラウンドに乗っているような気分で、なんだかすぐに酔いそうな感じだから、こういう飛行はありがたい。
飛行していいのは私有地上空のみのため、俺達は育て屋の上空を旋回飛行するだけだが、それでも広大な育て屋なだけあって、満足できるだけの飛行スペースはある。トリニティの飛行は、戦闘中に見せるような激しく旋回するようなものではなく、ごく優しい平穏な飛行だ。それでも酔う人は酔ってしまうだろうが思ったよりもずっと良心的であった。
上空からは、地平線がどこにあるかも分からないような暗い。南のブラックシティまで行けば、星を散りばめたかのような明かりが地面にともっているが、ホワイトフォレストは星もまばらであった。思わず、その美しさに息をのむ。
しかし、夜風は涼しいけれどトリニティの背中が無茶苦茶熱い。これだけ運動すると、熱をもたないドラゴンの体でも相当な高熱を帯びるようだ。普段ならば、近寄るなと言いたいくらいの熱だけれど、今はそれによって汗をかくことが心地よく思えるほどの高揚感とスピードだ。目や口に叩き込まれる空気は、トリニティの熱気と混ざり合って生暖かい。
その風、重力の上下、そして筋肉の躍動。すべてが混ざり合って、夢のような時間だった。
満足するまで飛び回って、地面に降りた時は一瞬足が上手く動かなかったが、転ぶ前に何とか姿勢は立て直す。スバルさんはアーティファクトをボールに収納しながら、慌てた様子でこちらに駆け寄ろうとしていたが、体勢を直すと差し出そうとした手を引っ込めた。
「すみません、スバルさん……それとトリニティ、ありがとう。出来れば何か上げたかったけれど……」
ここで、オレンの実でも渡せればよかったのだけれど、強引に連れてかれた俺はあいにくそんなものは持ち合わせてはいなかった。しょうがないのでスバルさんに目配せをすると、騎乗用具の中にきちんとそういうものを忍ばせていたらしく、スバルさんは大きなビーフジャーキーを一枚放る。
「ご苦労、トリニティ」
空中で見事に受け取ったそれを、トリニティは三つの顔を総動員してそれを食べていた。
「どうでしたか?」
「えっと……なんていうか、色々すごかったです。スピード感とか、ポケモンから伝わる筋肉の感触とか、景色とか……重力が上下するって言うか、表現するのが難しいですけれど、そんな感覚も楽しかったですし……一言で言うなら、最高の気分ですよ」
「そうか」
手短に言って、スバルさんは笑っていた。
「これからは、育て屋内であればドラゴン型のポケモンに乗ることを許可する。だが、命綱は必ずつけてもらうし、鳥型のポケモンへの騎乗はまだダメだからな?」
「……はい!!」
肩に力が篭るくらいに、万感の思いを込めて答える。これから俺に、どんな未来が待っているのかはわからないけれど、なんだか、猛烈に明るい未来が待っている気がした。少なくとも、あの親の元にいるよりかはずっと……輝かしい未来であるような気がした。
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今日は、引越しで精神的にも肉体的にも疲れているというのに、なぜだか夜に飛行訓練をさせられる。初めての飛行訓練が夜間だとか、スバルさんは何を考えているんだとも思ったけれど、よく考えればサザンドラは夜行性。俺なんかと違って、夜でもずっとはっきりと物が見えているんだろうな。
だから、しがみついていれば安心と言うことで……万が一のためにアーティファクトにも待機してもらっていたけれど、その必要もなかったみたい。
ただ、トリニティは飛行に慣れているからあんな感じで済んだけれど、多分ポケモンによっては飛行が苦手な子もいるだろうし、人間を乗せるのが嫌いな子もいるだろう。
育て屋には飛行訓練、騎乗訓練、遊泳訓練などを施す職員もいるが、そういうのを出来る人は本当に尊敬できるなぁ。今日はベテランのドラゴンの背中に乗っていただけだけれど、いつかはそんな仕事もしてみたいものだな。
さて、以下は具体的な飛行にあたっての注意を……
・飛行の前には、必ずベルトをつけること。命綱にもなるし、それで体がぶれないことでポケモンが重心を取りやすくなる
・夜間飛行の場合は、必ず蛍光ベルトを使うこと。めったにないとは思うが、ごくまれにある衝突事故の予防になる。
・ポケモンへの気遣いは忘れないこと。ポケモンは俺たちのために飛んでくれるのだから、自分のほうが立場が上だとしても、きちんとお願いする立場であることを忘れずに。
・緊急でもなければお礼のための木の実などを用意すること。飛行は非常に体力を消耗するので、ご褒美がなくちゃやっていけません
こんなところかな。ドラゴン型のポケモンは正直、乗るのは結構楽らしい。鳥型のポケモンはぶら下がって飛ばなきゃいけないから、別の心配が付きまとうわけで……そっちのほうはまだ訓練すら許可されていないんだよね。
そっちは、まだ飛べなくてもいいや。
8月27日
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スバルさんが後見人としての権利を得る(養子ではないらしい……俺としては、『大沢』の苗字を捨てたかったんだけれど、何かたくらんでる?)ための手続きは、弁護士の方にほとんど丸投げしていた。犯罪歴(すくなくとも白森スバルの名前では)は無し、経済的な問題なし、社会的な地位もジムリーダー代理を任せられる程度にはある。その上、俺がスバルさんと一緒にいることを望んでいる以上は特に問題もないというわけだ。
怪訝な顔をしながらも家庭裁判所はスバルさんを後見人として認めるつもりのようだ。
そんな事をしているうちに、夏休みは終わっていた。キズナたちとは連絡こそ取り合っているが、どんな顔をして会えばいいのかわからず、直接顔をあわせることはしていない。最近は誰にも会おうという気がせず、学校にも行かずに育て屋の中でなんとなしに仕事をしていた。今は、幼いポケモンの世話の補助や、技の習得などを任せられるようになり、自分が出来ることが増えて楽しい気分だ。
学校にも行かず、旅にも出ず。こんなところでのんびりしていると、少々罪悪感のようなものも沸いては来るが……この生活に慣れるまでは、まだ少しこうしていたかった。