BCローテーションバトル奮闘記





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第一章:初心者編
第三十一話:怒るな、叱れ
「……改めて、こんにちは」
 俺とユウジさん、二人きりでアパートの一室に入る。スバルさんはコシの充電のために、ゼブライカやねーちゃんと一緒に外にいる。
「こんにちは」
 正直、カズキの事を思うと気が滅入って話をする気にはなれなかった。けれど、この男はなれなれしく隣に座りやがる……迷惑と言うほどではないけれど、少しは放っておいて欲しいっていう俺の気持ちも分かってはくれないものか。
「君のポケモン、手話を扱えるんだってね……カズキは、君の事を自分のことのように話していたよ……えと、女の子だったよね?」
「いえ……今は男です」
「今は?」
 そこを気にするか……まぁ、気になっても仕方がない事だけれどさ。
「つい先日、男として生きていきたいって、カズキに宣言したばかりなので……」
「なんだそりゃ? 可愛いのにもったいない……いや、そうでもないか。格好いいという路線も目指せそうだ」
 と、言ってユウジさんは笑う。こんなこと話している場合じゃないんだけれどな。一刻も早くカズキの元に行きたいのに……。
「私も、あなたのことはよく聞いていますよ。冬の日に、チェーンソーを持ったローブシンの幻影をまとって、部屋に乗り込んだってさ。それをあいつは嬉しそうに話してさ……俺は、親のことや姉のこともよく話すのに、あいつは家族のことなんて全然話さねーんだ……いや、貴方が家族なんですかね?」
「俺や、君が家族みたいなものだったんじゃないかな?」
 まぁ、ユウジさんのいう通りなんだろうね。あいつにとっては、唯一の肉親である母親なんて、家族でもなんでもなかった。そういえば、以前母親に構ってもらいたくって、いじめっ子に灯油をぶっかけて燃やすと脅したことがあるみたいなことを言っていたっけ。
「だと、良いのですけれどね」
「あいつは、家族って物がどういうものだか分からないから、きっと試したいんだよ……一緒に花火をやったり、料理を教えたり、カズキには家族の温かみを教えたつもりなんだけれどさ……それじゃあ満足できなかったみたい。自分から行方不明になって、自分がどれだけ大切にしているかを試すだなんてさ。
 典型的な構ってちゃんだよ。悪化する前にどうにかしないとね」
 ユウジさんが苦笑する。
「じゃあ、今回の件が、もしも俺たちの愛情を試す行為だとしたら、たっぷり怒ってやらないと」
 左掌に拳をぶつけて俺は怒りをアピールする。
「ダメだぞ、怒っちゃ」
 と、ユウジさんが俺に諭す。
「何でさ」
 全うな意見のつもりだったことをユウジさんに否定され、俺は反発する。
「誰かに対して怒るのは、自分の満足のため。でも、叱るのは相手のため。だって、そうだろ? 政治に対して怒るけれど、政治に対して叱るかい? 庭の裏に巣を作ったスピアーに対して怒るけれど、叱るかい?」
「あー……そういえば」
「俺の言葉でなんとなく分かると思う。そのなんとなくを上手く言葉にするのは難しいけれど……親友の君なら、ガツンと届く言葉の一つでも言ってくれよ? 怒るな、叱ってやれ」
 ユウジさんは茶化すように俺に頼む。
「他力本願はいけないと思います。ユウジさんも叱って下さいよ」
 もちろん、そうするつもりだけれど、そこはユウジさんにも頑張ってもらわなきゃ。
「もちろん、俺も言うさ。叱るつもりだ……あいつのためにね」
 ユウジさんはそう言ってため息をついた。しかし、なんというか……こいつとカズキは年の離れた兄のようで、カズキがこの人を慕うもの分かる気がする。
 二人並んで無言のまますごしていると、外ではコシの充電も終わったらしい。ねーちゃんは体力を回復したコシを憑依させ、再び移動することに。移動の際は、アイルとキズナ、2人が先導する形となった。まず最初に向かうのは、いつもホワイトブッシュの中層へ入り込む際、自転車置き場にしている表層にある公園。
「なんだ、自転車あるじゃねーか……」
 そこまでいくと、カズキの自転車が顔を出す。……まるでマーキングのように存在を誇示してやがる。
「カズキのやつ、隠れる気はないみたいだな」
 俺の言葉に続いて、ユウジさんが苦笑する。
「まったく、世話の焼けるやつだ」
 呆れたようにいったのは、スバルさん。ホント、その通りだ。
「あの、私は流石にこのまま森に入るのはコシがかわいそうなので……ここで待ってます」
 皆が一斉にねーちゃんのほうを向く。
「確かに、道路ならばアスファルトじゃなくても多少浮けば大丈夫だけれど……森じゃあ、さすがに過酷かもな」
「ポケモンを酷使して嫌われてはいけないからな。そうしておけ」
 俺とスバルさんの意見が一致する。ねーちゃんは心配そうに俺たちに手を振り、自転車を見守ることにした。カズキが万一戻ってきても、入れ違いにならないようにするために待っているわね、とねーちゃんは笑って言う。その力ない笑顔に見送られながら、俺達は歩みを進める。……いるとしたら、ビリジオンがよく来るようなギャップのある場所か、もしくはよく狩場としている場所だろうか。
 ここら辺は、1回しか狩りに同行していない俺よりか、アイルのほうがよっぽど詳しいらしい。くんくんと鼻を動かしながら、カズキの痕跡を追うさまは、頼りになる。そうして、ゆっくりとアイルについてゆくこと数十分。
 ポケモンレンジャーとすれ違うと、先程カズキを見かけたようなことを言っていた。間違いない、近くにいるようだ。

「あそこ……カズキがいるな」
 歩いているうちに噴き出してきた汗をぬぐい、スバルさんが言う。背が高いおかげか、俺より遠くまで見渡せるし、それに視力もいいようだ。
「ホントだ……」
 と、俺が続いて言う。スバルさんはすぐにでも駆け寄るかと思ったが、彼女は早歩き以上の速度は出さなかった。大人の判断なので、そこはおとなしく従うことにする……なんか逆らうと怖そうだし。近づいてみると、カズキは体育すわりの状態から顔を上げる。
 どうやら、きっちりと俺の家に長袖長ズボンを持ってきていたらしく、森を歩くには適した服装だった。しかし、流石に虫除けスプレーは用意してなかったのか、顔に泥を塗ることで蚊よけにしている。こんなところにいたら、普通は蚊に刺されまくるであろうが、それを工夫で何とかするとは逞しい。
「みんな……というか、スバルさんまで来てくれたのか……」
 炭酸の抜けたコーラのように覇気のない声でカズキが言う。スバルさんが一歩前に出た。
「この、たわけが」
 抑揚のない声で、カズキの肩が蹴り飛ばされる。多分、痛くはないけれど感傷に浸る間もない。ぎゃっと声を上げてカズキは木の幹に押し付けられる。

「お前な、このユウジさんとやらに聞いたが、『待ってるから』なんて言って行方を眩ましたんだって? そんなことして……誰かを心配させて構ってもらいたいのか?」
 スバルさんは肩に足をかけたまま尋ねる。ものすごく怖いだろうが、暴力にまで訴えていない以上は説教の範囲内として見逃しておくべきだろうか?
「ご、ごめんなさい……」
 カズキは怯えていなかった。俺でさえ怖いのに……なんだろう、虐待されていたようだし、殴られ慣れているのか? いや、でも、それでも、スバルさんに睨まれたら無茶苦茶怖いはず……俺たちのほうから、スバルさんの表情は見えない。スバルさんの表情が怖くないのだろうか? いろいろ推測しても、分からない。
「そんな事をしても、愛は計れないぞ……お前を大切にしてるやつは、お前が間違えば叱りつけるんだ。こんな風に」
 踏みつけて叱るようなことを、普通の人はしないと思うけれど……まぁ、いいか。
「……1回目の間違いくらいなら、許してやれる。だから早く謝れ、私はおせっかいでついてきただけだから良いが、2人は当事者なんだろ?」
 スバルさんが、足を放す。カズキの肩にはスバルさんの靴についていた泥の跡がしっかりと付いていた。
「あの……色々……ごめんなさい」
 カズキは正座になって頭を下げた。俺からも何か言うつもりだったけれど、なんかスバルさんのせいで毒気抜かれたなぁ……

「カズキ。スバルさんが言ってたが、お前……寂しいのかなんか知らないし、なにがあったかも知らないが……こういうことはよくないぜ?」
 ただ、カズキの家が立ち入り禁止になっていたところを見ると……何か事件か事故があったのだろう。
「うん……分かってる」
 俺の言葉にカズキが頷いた。
「俺たちに迷惑なのが分かってるんだろう? けれど、それでもやめられないか?」
 俺は冷たく言い放つ。
「これっきりにするよ……」
「本当だな?」
 しゃがんで目線を合わせ、俺はまっすぐとカズキを見つめる。
「……うん」
「そっか。じゃあ、詮索はしない……なにがあったのかは、お前が言ってくれるまで待つことにする。だからさ、その……」
 ため息一つ挟んで、俺は精一杯の微笑を作った。
「また、泊まりに来いよ。落ち着いたらで良いから……俺、お前の事好きだから、大好きだから。だから、いつだって一緒にいて構わないんだぞ? おれ、お前の事が好きだから、頼ってもらえると嬉しいんだ……だから、愛情を確かめるんじゃなく、頼ってくれよ……俺は、お前の事、好きだから……頼ってもらえると嬉しいんだよ、迷惑じゃないんだよ……」
「分かった……ごめん、本当に、それしか言えない」
 俺も、スバルさんも、これ以上は声をかけられなかった。後は多分、ユウジさんに任せるしかないだろう。

「じゃ、次は俺かな……」
 アイルと一緒に、ユウジさんが前に出る。
「これからのこと、とりあえず話そう。俺でよければ相談にはいくらでも乗るからさ」
 そう言って、ユウジさんがカズキの手をとる。アイルとユウジさんに挟まれながら歩いているカズキの顔を覗いてみると、俯いたまま泣いていた。
 森を抜けるまで、俺達は無言だった。最後にカズキはねーちゃんへ軽く会釈をする。そのまま、ユウジさんとアイルに手を引かれて、家のほうへとつれて帰らされていた。
「カズキ君……見つかったのね」
「あぁ、見つかったけれど……」
 俺は投げやりな態度になって空を見上げる。
「ダメだった。俺にはまだ、心の傷には触れさせてもらえないや」
「そう……」
 ねーちゃんも、ふさぎこんだような顔をしていた。カズキの力になってやれないのは……やっぱ辛いよな。
「そうしょげるな。2人とも」
 姉妹で気分が落ち込んでいるところで、後ろから届くスバルさんの声。
「あいつ、そこまで馬鹿じゃない……と、私は信じているよ。助けを求めたってことは、生きるつもりがあるってことだ。そして、助けてくれる人がいる……それを自覚できた。だから、これからは大丈夫だよ……多分」
 スバルさんはそう語る、本当に大丈夫なのか、心配だけれど……これからも、助けを求められたら助ければいい。それで大丈夫だ。

 ◇

 ユウジさんの家に帰った俺達は、腹が減っていたために、ユウジさんに食事を作ってもらうことになる。話を聞くのは、それが終わった後だとのことで、その間俺達は、アイルやポケモンたちと過ごすことになった。
 放って置かれて暇になって、俺はふと、森へ逃げたあの時にポケモンたちに何もかも告白した事を思い出す。その時、ポケモン達が何を思っていたのか、気になった。
「なぁ、アイル。ポケモンとの通訳、頼めるか?」
 森へ逃げ込んだあの時、俺はポケモン達に今後の身の振り方を考えてもらうように言った。その時、ママンは俺のことを守ってやるといってくれていたような気がする。ゼロやイッカク、サミダレはその時になったら考えるとか、そんな感じのニュアンスで俺を見ていた気がする。要するに、俺の言うことを大体理解したうえで、何かを思ってくれていたのだろう。
 その時、なにを思っていたのか……知りたかった。
<構わんが、なにを通訳して欲しいんだ?>
 アイルは事情は知らないけれど、心情は察してくれるらしい。アイルは、俺に対して特になにを聞く様子もなくOKを出してくれた。
「うん……それなんだけれどね」
 自分がしたことは重罪であること。少年法に守られているから、俺自身はつかまりはしないけれど、最悪お前たちが……特にママンは殺処分になるかもしれないということ。
 だから、俺はその時に、『俺についていけないと思うやつは、逃げても良いぞ』といっておいた。幸い、バルチャイのトリ以外は同種がこの森にも住んでいる。人間が育てたポケモンは強くなるため、力関係をことごとく塗り替えてしまうとは言われているが、生態系を破壊するほどの力はない。だから野生に戻して、それでいいはずだと思ったのだが……
 しかし、ゼロもサミダレも、イッカクも。一番危ないママンまで、俺についてくることをやめようとはしなかった。むしろ、俺のことを守ろうとしてくれたようにすら思える。そんなやつらだからこそ、なにを思っていたのか、聞きたいのだ。
<なるほど……分かった。だけれど、少しだけだぞ?>
「うん……それで十分だよ。ありがとう」
 俺は手持ちのポケモンをすべて出し、アイルと俺で一緒になって手持ちのポケモンたちと話をする。先程の反応と同じような反応をママンたちは見せ、それを聞いているアイルはゼロのときに複雑な表情で苦笑していた。
<訳すよ……まずは、ママン。『小生、餌と住居を引き換えにアイルやユウジに主人を護れと頼まれた身。最後の時まで、お供しようと思っている』>
 なるほど、ママン……そこまできちんと俺に忠誠を誓わなくってもいいのに……義理堅いやつだ。
<次はイッカク。『本当にまずくなったらそうさせてもらうわ。というか、後ろめたいことを隠しちゃダメよー。野生じゃ、弱気になってるとばれたらぶっ殺されるしー』だとよ。僕もそう思うよ?>
 痛い所を突かれた……イッカク、確かにその通りだね。
<次はゼロ。『お前に捕まったこと、今はもう後悔なんて一切無いよ。後悔したくなったら離脱するさ……というか、人間は同族を殺しちゃいけないのか? 俺なんか、メスと交尾したらそのメスに体を食われるのが夢なんだけれどなー……子供に体を食われるポケモンもいるけれど、きっとものすごく幸せな気分なんだろうなって感じるよ』だとさ>
「な、なんとコメントしてよいのやら……ゼロは流石だね」
<ゼロの考えだけは流石に同意しかねたよ>
 そう言って、アイルは苦笑する。
<次、サミダレ……『皆がああいっているし、オイラもみんなの考えに乗ることにしたよ』だと>
「そっか……サミダレ、結構協調性あるんだね」
<最後、トリはね……『小生、父上につき従うつもりだ』だそうだよ。すっかり喋り方がママンに似てきちゃったね>
「まぁ、まだ進化もしてない以上はそうなるよね……ありがとう、アイル。それと、みんなも……改めてありがとう。みんな、俺のことを信頼してくれているんだね……」
 みんなに目をやると、全員が『当然だよ!』とばかりに嬉しそうにしていた。ポケモンって、人間を決して裏切らない……ってことは無いだろうけれど、案外裏切らないんだな。本当に、いい子達ばかりだ……みんな、ゲットしてよかった。
 感慨に浸りながらみんなを撫でる。すると、撫でていたつもりが、みんなに襲われるように押し倒される形になってしまい、痛くない程度に噛み付かれたり、つつかれたり、サミダレにはその冷たい手で弄られたり。
 みんなにもみくちゃにされる至福を感じながら、俺は物思う。今回、本当に色々やらかしてしまった。キズナやユウジさんたちに迷惑をかけてしまったし、罪は問われなくとも犯罪歴が付いてしまう。取り返しの付かないこともあったけれど、それでも……俺は、みんなに愛されていることが、改めて分かってよかった。
 これからは、罪滅ぼしってわけじゃないけれど……ユウジさんにはしばらくお世話になるかもしれないし、本当に迷惑かけないようにしなきゃいけないし、むしろ役立つつもりじゃなきゃダメだ。料理ももっと出来なきゃならないし、家事だってもっと手早くやって……そうだ、お金を稼げる年になったら、世話してもらった分返すくらいじゃないと。
 そのためにも、俺は勉強しなきゃならないな……育て屋で、自分のスキルを高めなきゃ。

「あいたっ!!」
 そんな事を考えていると、じゃれ付いてきたゼロから熱烈な甘噛みを受ける。
「このやろ、ゼロ!! やったなー!!」
 やり返すように、俺もゼロの体に噛み付いた。ゼロは嫌がってはいたがまんざらでもないようで、あんまり抵抗しなかった。しかし……ゼロは交尾した雌に喰われたいか。俺の場合は好きな人と言えばキズナかな……? キズナのことは好きだし、甘噛みくらいなら俺もやられてみたいけれど……喰われるのはちょっと勘弁だなぁ。それにあいつは……男だって自称しているしどうすればいいのかわからないけれど。
 そんな事を思いながら、俺達は下の階の人に迷惑にならない程度に戯れる。料理をしているユウジさんの邪魔にならないようにするので、派手に騒げないのが物足りなかったけれど、ポケモンと一緒であるということが、どれほど楽しいことか。生きていてよかったと、素直に思える。


「どこから話を聞けば良いものやら……」
 食事の準備を終えると、ユウジさんは座椅子に寄りかかりながら、話を切り出した。
「とりあえず、俺が尋ねること……答えられることだけ答えてもらおうかな……まず、どうしてあんなかくれんぼの真似事をした? つっても、大体理由は分かっているけれどな……」
 俺を見て、ユウジさんは笑っていた。
「心配してもらえるかどうか、確かめたかったんだ……」
「だろうなー……お前の親は心配しなそうだもんな」
 俺の答えに、ユウジさんは安心したようにつぶやいた。

「お前、怒られてでも良いから、昔いじめにあったときに、相手に灯油をぶっかけたことがあるんだったな。そうやって、なんとしてでも母親とかに自分を見てもらいたくて……でも、叶わなかった。寂しかったんだろう?」
「うん……気にかけてほしかった」
 それが、どうやっても出来なかったんだけれど。
「で、話は変えるけれど……そんな親だから、殺したのか……?」
「うん……これからもきっと苦しめられるし、あそこまで俺をないがしろにするんだったら、もう死んでいたって生きていたって変わらないと思ったから……ついでに言うと、子供に手をあげるような男に、生きている価値も感じなかった……死ぬべきだって思った」
「生きている価値ってもんは、お前が決めるものじゃないんだけれどな……」
 呆れられているのだろうか、ユウジさんの言葉が痛かった。
「でもまぁ、言いたい事は分かる。『人を殺しちゃいけない』って言う綺麗事も言えなくはないけれど……『子供を大事にしろ』っていう綺麗事を実行していないあの親が言える台詞じゃないしな」
 ため息混じりにユウジさんが笑う。しかしこの人、結構メンタルが強い……一応、人が死んでいるというのに。
「じゃ、次の質問だ。人間と、ポケモン……お前がそれらを殺すときに思ったことの違いは?」
「え……」
 いきなり、あんまりな質問だった。
「えと、その……」
 当然、俺はその質問に言い淀むしかなかった。ユウジさんは答えをひたすら待っていた。待っているのに飽きると、アイルを押し倒して胸の飾り毛に顔を押し付けたり、胡坐をかいてそれを枕にし、アイルの頭を撫でてあげるなどして戯れている。そんな様子に集中力を乱されながら、俺はアイルたちと狩りをした時に感じた思いと、あの時……階段から突き落としたときや、酒を飲ませて殺したときに考えたことを反芻する。
「人間を殺した時は、感謝して……なかったかな。何かを得るために行動したわけじゃないから……何かを、失わないために行動したから……人間を殺すときはマイナスを防ぐけれど、ポケモンを殺すときは今のところプラスを得るためだけ……相対的に言えばどちらもプラスなのかもしれないけれど……でも、そういうところが違うのだと思う。
 マイナスを消すために殺すときは、感謝しないんだ……何も」
「……そうか」
 アイルの耳を弄繰り回しながら、ユウジさんが首を振る。しかしこの二人、本当に仲がいいな……
「なぁ、カズキ。お前、罪の意識とかは無いのか?」
 痛い所を突かれた。
「それが……無いんですよ」
 以前だってそうだ。苛めっ子に灯油をかけたときも……火をつけるぞと脅された相手は恐怖で学校にこれなくなり、そのままなし崩し的に転校したけれど、自業自得だとしか思えなかった。大体、抵抗が許されていないのなら、被害者はどうしろというのだ。ちょっとした抵抗で咎められては、まことに遺憾だとしか言いようが無い。
「だって、行動しなきゃ、やられるし。徹底的にやらなきゃ反撃されるし……そうでしょ? 灯油をぶっかけたやつに、ちょっとした脅しで挑んでいたらどうなるの? 明日からいじめが悪化したら、意味が無いじゃん。殴って、それで勝利したら次の日に人数をそろえたり武器を持たれたら意味がないじゃん。
 階段から男を突き落とした時だってそう……中途半端にやったら、復讐にこられるじゃん。ブラックシティには復讐代行業だってあるくらいだし……たとえ下半身不随になろうが安心は出来ないよ。だから、殺さなきゃいけなかった……
 母さんたちだって同じ。殺さなきゃ問題が付きまとうのならば、殺すしかないよ……そんなに、変かな? だってさ、仕方ないじゃん……殺す以外に、どんな方法があったのさ……あの母さんのことだ。殺さずに、このままユウジさんに養ってもらったとして、その後母さんが日々の暮らしに困ったらどうするの? 『未成年者略取で訴えられたくなかったら金をよこしなさい』くらい言ってくるよ……ユウジさんに」
「確かに、そりゃ迷惑だな」
「あの女は、金に困ったら、汚い手を使ってでも金を稼ぐようなやつだもん……平和的に解決しようとしても、奴らは必ずそれを踏みにじってくる。そんなやからが近くにいて、一体どうやって平穏を保てっていうのさ? 殺すしかない……確かに、殺すのは悪いことかもしれないよ?
 でも、それしか選択肢が無いくらいまで追い詰めたのは誰なの? 相手でしょ、母でしょ? もともと……相手が俺に何もしなければ、俺も相手を殺さなかった。それってつまり、殺されたのは自業自得じゃない。俺が罪の意識を感じるなんて間違っているよ……」
「いや、それでも……」
「変かな……俺? ユウジさん」
 ユウジさんがここまで食い下がるということは多分、俺は多分変なのだろう。ここで罪悪感を感じなきゃ、やっぱり変なのかな。
「それでも、罪の意識くらいはあるべきだと思うが……俺のほうが間違っているのかな? 子供の価値観ってのは、結構馬鹿にできないからなぁ……」
 ユウジさんは、そう言ってため息をついた。
「ゆ、ユウジさん……そんなことないよ。ユウジさんは多分、間違っちゃ……いや……」
 ユウジさんの言うことは、なんとなく分かる。どんな人でも殺しちゃいけないって……でも、それだと殺すしか選択肢の無い人はどうすりゃ良いのさ……こう思ってしまう俺は、変なのかな……いや。
「どっちも、間違っていないんです」
 そうだ。それで良いじゃないか。
「だって、価値観なんて色々じゃないですか。狩りについてだってそう……ポケモンを狩っていると、それだけで嫌悪感を示して、まったく話を聞かない人もいます。けれど、そんな人はそう思っておけば良いじゃないですか。理解できなくても、『狩りなんかやっててお前は野蛮だな!』とかって噛みつかれなければ折舘むきになって反論しません。理解できないことは、無理に理解しなくたって……大丈夫ですよ。心配しなくっても、俺はユウジさんに手出しはしません。
 ユウジさんに手を出す理由が無い限り、手を出す意味は無いですし……それに、ユウジさんは俺に手を出されるような、そういうことをしませんし。だから、大丈夫……」
 ゼロのさっきの発言だってそう。喰われたいだなんて願望……多分、俺には一生理解できない。けれど、ゼロが俺を食いたいと思っているのならばともかく、そうじゃない。他のポケモンの全員が……そして、俺やアイルもあの趣味については理解できないけれど、ポケモンたちはそんな些細なことが違ってたって、上手く付き合っているし、俺だって付き合っている。
 それで良いじゃないか……。ゼロのことを理解できなくとも、あいつが好きだ、一緒にいたい。
「考えが違ったら敵……そうじゃないでしょ? 考えが違っても、上手くやることはきっと出来ると思います」
 勢いに任せて言ってみたが、どうだろう。ユウジさんは、こういうことでへそを曲げるような人じゃないと良いけれど……

「そうだな。だが、俺以外の人に、人を殺した事をぺらぺらと得意げに話しちゃだめだぞ? ポケモンを狩ることを異常なほど忌み嫌うやつがいるように、それだけでお前のよさを見ようとしないやつはいるだろうからな」
「……はい!」
 ユウジさんのアドバイスに、俺は力強く答えた、

「じゃあ、最後の質問。これからどうするんだ? 炊事洗濯掃除の家事をやってくれるなら、当面は俺がこの家で面倒を見てやるが?」
「……まだ、決めてない。母さんにも親のようなもの……つまり、俺にとっての祖父のようなものは存在するみたいなんだけれど……正直、母さんをあんな風に育てた人に、育てられるのはちょっとね……」
「だよなぁ……」
 そう言って、ユウジさんはしばしの間黙りこくる。
「まぁ、なるようになるか……」
「そんな適当でいいのかな?」
「騒いだってどうしようもあるまい……親権者がいないなら、孤児院にでも引き取ってもらうか? あ、ブラックシティの孤児院は当たり外れ大きいからやめたほうが良いって話だぞ。たまにニュースになるからな」
「うん……」
 ユウジさんは、大ごとなはずなのに、まるでなんてことないかのように言葉を発している。
「よく考えておけよ……これからのこと。弾みや勢いで殺したんなら、なおさらだ」
「分かってます……だから、これからはユウジさんに迷惑をかけないよう、きちんと……」
 そう。あんな母親にならば、多少の迷惑くらいかけたってプラスマイナスでいえばむしろマイナスくらいなんだ。けれど、ユウジさんは散々にお世話になった人である。迷惑をかけるようなことがあれば、それは罰当たりとか、恩知らずということ他にない。
 俺はポケモンじゃないんだ。いるだけで癒されるとか、たまに仕事を手伝ってもらうだけで良いとか、そんな風に生きているんじゃダメなんだ。働かなきゃ……ユウジさんは家政婦になってくれればいいって言ってくれたけれど、食費代わりに何か狩ってくるなりしなきゃいけないし、働ける年齢になったら少しでもお金を稼いで恩返ししなきゃいけない。
 それならばやっぱり……スバルさんの育て屋か。15歳になったら、即戦力として活躍できるように……。頑張らなきゃ。

 ◇

 仕事へ出かける少し前に、俺はカズキを見る。カズキは、警察に対して上手いこと親殺しに関する追及をかわして、なんら戸惑う様子もなく応答していた。時に、親の死に動揺したり、突然気分が浮き沈みしたりと、やばいくらいに感情に不安定で、いつも自分を保護してくれたやさしい人として俺の名前を挙げながら、親なんて要らないと大声で言ってのけたりなど、混乱が見えるような振る舞いだった。
 それがどれほど演技だったのかは分からないが……演技だとしたら恐ろしいまでの才能だ。いや、才能というよりは、心が冷めている……普通なら、多分あんな状況であんな演技は出来ない。演技力もさることながら、そこがすごいと思う。

「別に、価値観が違うことは問題じゃないんだけれどなー……」
 カズキは、『自分は価値観が違うことを恐れなければいい』と言った。その話のために、ゼロの『交尾が終わったら食われたい』という発言を引き合いに出して、理解できないもの同士が一緒にいたって上手くやっていけるのだと、カズキは主張する。
 けれど、問題はそこじゃない。あいつは、今のままじゃきっとまた犯罪を起こす。そしてそれは多分、カズキはむしろ人によっては賞賛してくるだろうと思うくらい、納得のいく理由でだ。今回の殺人だって、やりすぎとは思う反面、俺もなんだかすっきりした気分になった。人が死んだというのに、ざまぁみろと心の中で口ずさんでいた。
 それが、完全犯罪ならいいのだろうか? カズキにはまったく罪の意識がないから分からないが……なるべく、カズキには血に染まった人生を歩いては欲しくない。もう手遅れかもしれないけれど……
「でも、無理だろうな……いまさら、罪の意識を芽生えさせるだなんて」
 カズキは善悪の判断がついていないわけじゃない。むしろ、悪いことは悪い、良いことは良いと分けている……ただ、『悪いやつは排除しなければならない』と、その思いが強く、やるとなったら徹底的で妥協を許さないだけで、善悪の判断は人並み以上についていると思う。
 ある意味、法律よりも宗教が優先する国に行けば順応しそうなやつだ。
「親の心、子知らずってやつかぁ」
 どうせ罪の意識を感じないのなら。もしかしたら同情も、心配もカズキには不要なものなのかも知れない。放って置けば悪い子ではないのだ、なるようになるさ。俺はそんな風に諦めて、自転車を走らせ職場であるカジノへと向った。



Ring ( 2013/09/26(木) 22:25 )