第二十九話:ポケモンレンジャーへの憧れ
昨夜のことは、すごく印象に残っている。キズナの両親の寝室に連れて行かれて、一言『キズナのことをよろしくお願いします』と、言われた。なにこれ、俺結婚するわけでもないのに……と、思ったけれど、キズナのことを受け入れると宣言してしまったので、結婚とはいかなくとも、友達としてキズナを支える必要はきっとあるのだと思う。今更だけれど、茨の道だよな……キズナ、どうするんだろう? 学校でも男子便所に入るとか言い出さないか心配だ。そればっかりはさすがに俺もどうにもならないぞ。
俺のそんな心配はさておいて、今日は8月23日 水曜日。キズナに連れられて来たホワイトフォレストにあるポケモンレンジャーの演習場では、外部からの客を招いて興行が行われていた。ポケモンレンジャーの中でも屈指の実力を持った合奏サークルの面々が野外で見事な演奏を行い、テントを張られて作られた特設のブースには、レンジャーの装備品が公開できる範囲で公開されていたり。もちろん、こういうところには顔を出さない極秘の装備もあるという噂だ。
この興行は大学生以下の人へ向けて開催されているものなので、世の中の働く人たちには来る事が出来ない平日という日程で行われるらしい。何というか世知辛い、日曜日にやればいいものを。レンジャーの訓練風景の写真や映像を見ることもできるし、実際にマイルドにアレンジされた訓練を体験する事が出来る。たとえば通常は100回の腕立て伏せを20回とか、そういった感じの訓練で汗を流すこともできるらしい。
ほかにもレンジャーの宿舎で食べられる食事が一般客でも食べる事が出来るので、その味を楽しむのもまた一興だ。カレーライスがやたら美味しいのが、キズナに言わせれば今でも印象に残っているそうだ
飛行できるポケモンの、コンテストバトル顔負けのアクロバット飛行や編隊飛行。ポケモンたちに隊列を組ませての射撃訓練など、見ていて飽きない催しは、キズナがポケモンレンジャーに憧れを持ってからというもの、毎年の楽しみであるという。
「うわぁ……強そうなポケモンがいっぱい……ホワイトブッシュの人達も皆よく鍛えられたポケモンを連れていたけれど、これは壮観だねぇ」
至極単純な感想だが、まずはそれを思わずにはいられない。そして、ポケモンが鍛えられているだけでなく、ポケモンレンジャー自体も非常に鍛えられていて、服の上からでも体格の良さが渡るような人たちがちらほらと。ただ、まぁ……女性隊員はさすがに少ない。危険を伴う仕事だし、体が資本とあっては、女性が少ないのも当たり前だ。一応、オペレーターとか広報とか、非戦闘要員や作業要員では女性もいないことはないのだが、そこらへんはやはり……。
キズナがいなければ、キズナが男であれば、女性隊員の数なんて気にしないのだろうけれど、やっぱりキズナが女性であるという事を意識してしまうと、結構見る目も変わってしまうものだ。この中に、キズナが混ざるのか……まぁ、キズナの身体能力なら大丈夫だとは思うけれど。
「当たり前だろ、カズキ。仮にもテロリストたちと闘わなければいけない組織達だ。そこいらのトレーナーに負けるような軟な鍛え方はしていないし……それに見ろよ、あれ。メブキジカの群れと、そのたもろもろのポケモンたち」
キズナが指差した先にはメブキジカの群れ。今行われている演習は特殊部隊の一つの演習らしい。そんなものを見せてもいいのかと思うけれど、きっと機密のトレーニングやら技やらあるのだろう。内訳は、メブキジカ6匹、キリンリキとマリルリが2匹、そしてシンボラーとペリッパーが1匹ずつの計12匹。2人のレンジャーが指揮を執っている。
「あれがまたすごいやつらでな、あいつら全員、特殊部隊のポケモンなんだ」
「と、言うと?」
「全員で草笛を吹き鳴らす。もちろん、普通のポケモンならば眠くなっちまうところだけれど、あいつらの特性は草食。つまり、あの音を聞いているだけで攻撃力が上がり、揚句の果てに周囲のポケモンを眠らせて、上がった攻撃力で蹂躙するんだ。ちなみにあの群れで10頭しかいないけれど、ロクな訓練も施されていない組織ならば10倍の数。一般のレンジャー隊員を相手にするならば、大体3倍の数が必要だ。人間も1匹と換算してな」
「と、いう事はあれだけで100人以上相手にできるって事?」
「そこいらのトレーナーが銃で武装しただけならな」
「あぁ、銃は確かマジックルームで使えなくされちゃうんだっけ……」
スバルさんが借金取りにさらわれた俺を助けるときは、確かそんなことを言っていた。
「そして、マジックルーム返しをしようにも、レンジャーのやつらはその前に殲滅するだけの力があるし、返されたところでマジックルーム返し返しをされるだけという恐ろしい集団だ。しかもな、レンジャーには弓の達人が多くってね……弓矢ならばマジックルームの最中でも使えるから、あっちに射的場があるけれど。すごいぜ? 俺たちも射ってみる?」
「キズナって弓、撃てるの? 俺、狩りはやるけれど弓は扱ったことないんだよなぁ……」
「俺は忍者道場でよく使ったから一応は扱えるけれどね。レンジャーのとはものが違うけれど。レンジャーが使う弓は高くってもう……何種類もの素材と複雑な機構が搭載されているから、威力が半端じゃないんだ。だから、俺たちが使うのはレンジャーの練習用の弓だな。これで優れた成績をとれば、弓兵として弓の支給を受ける事が出来るんだって。さすがに、大人用の弓は扱いが難しくてほとんど当たらなかったけれど……」
「やったことあるんだね……」
「将来の就職先だからな、当然だぜ」
得意げにキズナが言う。将来かぁ……逆に俺の将来は一体どうなるのやら。人を1人、いや、3人殺しちゃっているからなぁ……。
「とりあえず、弓のほうは後で見るとして、俺はメブキジカノ奴を見たいかな」
「お、お前も見たいのか? でもあれ、見始めると止まらないからな、水分補給はばっちりか?」
「その点は、抜かりなく」
バッグに入れたスポーツ飲料を手に、それをアピールする。
「じゃあ、行こうか。迫力バッチリだからな、楽しいぜ!」
演習場、と言ってもスタジアムのように周囲がすり鉢状に高くなっているわけではなく、平坦な土地に置かれた身代わり人形へ技を打ち込むわけで、後ろのほうに行くと全く見えなくなってしまう。そのため、前のほうで見ている人たちは座っての見物だ。
前の方に座してみると、その迫力は確かにすばらしいの一言に尽きる。
草食の特性を持ったメブキジカとその相性補完のマリルリとキリンリキが横陣を組み並んでいる。そして後ろに控えるはシンボラー。さらに、水浸し要因のペリッパー。彼はマジックルーム要因であり、また光の壁やリフレクターを張って前衛を守るサポーターである。まずは眠りを誘う草笛、人の喧騒で五月蠅くてとても眠れないような状態だというのに、そよ風のように心地よく耳から入って脳を揺らす音色は、容易に人を眠りに引きずり込もうとする。
それを、同じく特殊部隊のポケモンであるロトム軍団が(結構な昔に一部野生化してしまったものがコシの先祖らしい)騒いで眠気を晴らしてくれるが、実戦では誰も騒いでくれないのだろう。それを聞きながら、キリンリキ達は仲間に対して壁を張っているし、シンボラーは神秘の守り、ペリッパーは追い風を放っており、部隊を強化している。
そうこうしているうちに、強化された膂力でもってマリルリがアクアジェットで飛び出し、前方にある身代わり人形の的を軽く貫いては退場していき、そこにメブキジカ達は角を振り下ろして突撃をして続く。一歩ごとに地面が抉れ、大地が悲鳴を上げてしまいそうな力強い足取り。あれに迫られるとか、考えたくもない。躍動する筋肉は、森で見慣れた同種とはけた違いで、一目で鍛え抜かれて利ることがわかる見た目。青々とした角の葉っぱは肉厚で美しく艶やかだ。野生の子は黄ばんでいたり虫に食われていたりすることも多いが、レンジャーのメブキジカにはそんなことはないようだ。虫が嫌うハーブの香りを塗りたくっているのだろう。
ナットレイが作り出した、草タイプにはきわめて強いはずに身代わりを、ガツンガツンと2回叩いて破壊する。ウッドホーンというメブキジカの得意技だが、そこから発せられる音から察するに、その威力は鉄をも軽く引き裂いてしまいそうだ。そしてそれが終わると、今度は空中に浮かんでいるフワライド型のバルーンに対して行われる種爆弾の一斉掃射。単発の爆弾は、あまり命中精度はよくないらしく、空を切ってしまうものもあったが当たればその威力はすさまじい。
ドガァァンという大地が鳴動するほどの轟音を立てて、緑色の爆風が青空を鮮やかに染め上げる。5mほど離れた場所に浮かんでいた隣のバルーンまでも爆風で無慈悲に破壊され、出遅れたメブキジカの爆弾が当たらない始末。結局空を切って遠くへととんだ種爆弾は、その凝縮されたエネルギーを地面に着弾した瞬間に、草むしりの必要がまるでないくらいに大地をえぐり、粘土質の地面を露出させた。
その後も、飛び蹴りのために大空高くまで飛翔するメブキジカ達。足腰の強化のせいで、もはや流星のようなスピードで飛び立っていて、えぐれた地面は痛ましいほど。そこに、遅れてきたキリンリキ達が一斉に地震を放つと、観客席のほうまで怖くなるくらいに地面が振動する。、まともに景色が見られなくなるほどの振動を受けて、視線が上下している間にメブキジカ達が隕石のように落ちてくる。普通は飛び蹴りを外すとバランスを崩してしまうが、今回はそこまでバランスを崩すような飛び方をしていないために安全に着地したものの、その細く引き締まった足は20cmほどは地面に沈んでいる。鉄板にだって穴が開きそうな威力だ。
前方から黒い霧を放つポケモンがいるも、追い風の効果でなかなかそれは届かず、追いついたペリッパーが霧払い。つまり、黒い霧で草食による攻撃力の上昇を無効化しようとしても、全くの無駄というわけだ……何それ怖い。
「すっげ……あんなのにどう勝てばいいんだ」
「すごいだろ? どう勝てばいいんだって……勝てないからこそのポケモンレンジャーなんだ。アイツらが負けたら、世界はテロ組織に乗っ取られると……そう思ったほうがいい。だからこそ、プラズマ団も戦いではなく、民衆の心を掴むことから始めたんだよな。ポケモンレンジャーを排除するには、もはやその手段しかないレベルだから……いやいや、本当に勝てる相手じゃないぜ?」
「キズナが……この中に混ざるの?」
「おう。と、言っても予定じゃ特殊部隊に入るわけじゃないけれどな。目指すはトップレンジャー、たった1人と1匹で素人相手なら30人と60匹相手にできるような変態集団たちだ。人間とポケモンに装着させる装備も特殊でな、防御力よりも道連れと呪いと滅びの歌を防ぐことに特化したものなんだ」
「またまた……たった1人と1体で90体を相手にするとか、そんなのがいるわけが……漫画の世界じゃない」
「おー、言ったな? たぶん、弓の射的場にトップレンジャーがいるはずだから行こうぜ!」
「居るんだ……」
実際にいるんだ、そんな人が。
「レンジャーにはな、異名の階級があってだな。強い人間には『人外』、それ以上の人間には『化け物』、至高をゆく神のような存在には『変態』という称号が与えられるんだ。そのトップレンジャーの異名は『戦闘中に棒を固くしたりする変態』だ!」
「いや、それガチの変態じゃん……」
何をやっているんだ、戦闘中に。
「『棒』って言っても弓のことだがな。弓使いの
木戸 克之。聖剣士たちの角やら腱やらを素材に使った弓を用いて、自身の殺気に応じて威力を変える弓を扱う達人だ」
「な、なんか……強そうだね」
「強いなんてもんじゃないさ。威力、命中精度ともに人間業じゃないし、矢は電気を帯びたり燃えたりするし、白金の矢という必殺技はギラティナのシャドーダイブと同じく、相手が物陰に隠れていても当たるという優れものだ」
「人間業じゃないね……」
「当り前さぁ、変態だもの」
そう語るキズナの楽しそうなこと。
その後も、弓を試し打ちさせてもらったり、例のカツユキと言うレンジャーや、その他レンジャー代表の針の穴をも通すような見事な射的の腕、物陰に隠れた敵すら射抜く驚異の射的能力を見せてもらったり。ポケモンレンジャーたちが贈る渾身の合奏で心を踊らされたり、グラエナとウインディの威嚇・バークアウトと、アイアントによる怠けへの特性変更(メタグロス対策も兼ねているらしい)とエモンガによる麻痺を利用した敵の部隊の無力化、捕縛演習など。これは敵から情報を得るために、殺さないように無力化するための訓練風景の演習らしい……怖い。
キズナが言うような、レンジャーが負ければ世界は終わりというポケモンレンジャーの強さを垣間見る様々な演習を見る事が出来た。
そして、もっとも心が躍ったのは、ポケモンレンジャーが使うキャプチャスタイラーの体験が出来たこと。このキャプチャスタイラーという代物、野生のポケモンと心を通わせたり、操られたポケモンの洗脳を解除するための装置なのだが、そのためには空中に浮かんだディスクを操り動き回るポケモンの周りを何度も回さなければいけないために、扱いが難しい。ただディスクを回すだけでも結構な技術が必要であり、そのうえで動き回るポケモンを捕え、さらに言うなら相手が攻撃してきてもそれをよけなければならない。レンジャーは大変だ。
「あー、動かないでよぉ!」
スタイラーを操っていると、思わずそう叫びたくなる。
「はは、カズキがんばれよー」
キャプチャスタイラーの練習台として用意されたエネコは、ボールを与えられてそれで遊んでいる。ゆっくりとボールを撫で回していたかと思えば、ポーンと蹴ってそれを追いかけたり。追いついたら仰向けになってボールと戯れ、そのはずみで蹴飛ばしてはまた追いかけてゆく。かと思えば唐突に自分のしっぽを追いかけ始めたり、蝶が飛んできたらそれにとびかかったり、なかなか活発な固体である。プロのポケモンレンジャーならば3秒でキャプチャ出来てしまうというが、俺はその10倍の時間がかかってしまう。初心者は大体そんなものらしく、これでも才能があるほうらしいけれど。
心を通わせるためには雑念を捨てなきゃならないから、『待ってよー』なんて言っている内はまだまだなんだとか。単純に腕が悪いせいもあるが、雑念のせいでかなり時間を無駄にしているといわれてしまった。その点キズナは優秀で、普段の精神統一と、前年、前々年とこのスクールスタイラーを扱っていたおかげか、キャプチャにかかった時間はプロと同じ約3秒。お兄さんが驚いていた。
「もっと速いポケモンで大丈夫だぜ?」
と、キズナが得意げに言うので、レンジャーのお兄さんも調子に乗ってレパルダスを繰り出すも、キズナはその素早い動きをきっちりと捉えて、キャプチャに成功してしまう。このキャプチャを成功させるには、手首から先のスナップで距離をきちんと制御できる能力と、空間把握能力、未来予想能力などが必要らしいけれど、それらをすべて備えているようだ。
その際、キズナは『男の子なら正義のヒーローに憧れるものだよな?』などとレンジャーのお兄さんに尋ねられ、嬉しそうに『うん』と頷いていた。キズナは……男であることは否定、しないんだな……やっぱり。
そのあと、悪乗りしたレンジャーのお兄さんが加速の特性を持ったメガヤンマを繰り出した。なんでそんなポケモンを用意しているのかと言いたいが、ともかく居たものは居たのだから仕方ない。テッカニンほどではないが、素早い虫タイプのポケモン……加速された状態だとプロのレンジャーでもキャプチャに苦労するポケモンだそうだ。
しかも今回は『メガヤンマは催眠術で攻撃してくるから気をつけろ』とのことで、一体どうなることやらと固唾をのんで見守ると、キズナへ催眠術を放つために正面へ回り込んだメガヤンマが、複眼を妖しく光らせ術に引きこもうとする。
「甘いぜ!」
キズナはメガヤンマと目を合わせることなく翅のほうを注視すると、作業着の袖で手のひら保護して翅を掴みとり、飛行を制御できなくなったメガヤンマに覆いかぶさるようにして抑え込むと、そのままキャプチャしてしまった。キズナのアクションは人間業じゃないというか、すでに変態的というか……これにはレンジャーのお兄さんも苦笑して、『君、レンジャーに入りなよ』と絶賛していた。この年からそれとは……キズナってば末恐ろしい。
そうして迎えた16時。閉会間際になって行われるのは、レンジャーの駐屯地全体を利用した飛行タイプのポケモンたちによる演習飛行ショーとなる。行進曲に合わせてポケモンが舞い踊り、美しく技を放つ最高のショーと銘打たれているが、果たしてどんなものなのやら。
これがまたえげつない構成でドラゴンタイプを中心に構成された舞台には、クロバットが混じっている。そのクロバットは先頭を走り、空中で人間を乗せて錐もみ回転をしながら黒い霧をばらまいている。時折影分身を大量に発生させて、敵から見れば狙いを分散させて惑わせている。黒い霧の軌跡でどれが本体だかは丸わかりだが、いきなり分身されれば向かい合った相手は思わず分身を攻撃してしまうこともあるだろう。
正確に本体を狙うには、黒い霧の軌跡を見ながら攻撃せねばならず、しかしクロバットの翼に注視していないと一瞬だが反応が遅れてしまう。クロバットの素早さを考えればその一瞬が命とりなので、えげつないことこの上ない。そんな状態だというの、飛行機雲のように残った黒い霧の螺旋軌道をなぞるような後続のポケモンたちの動きは全くかげることがない。おそらく軌跡には型というかお決まりのコースのようなものがあってそれをなぞっているだけなのだろうが、暗号や口笛で伝え合った軌跡を実戦の最中に教え合えば……
ポケモンたちはこだわりゴーグルという、こだわり眼鏡を外れにくくした商品を着用している。空を飛ぶポケモンには、大抵目を保護するための瞬膜という透明な膜が目についていて、目を瞑らずに瞬きできるという車のワイパーのような優れものがついているが、それに加えてあれは強すぎる日差しに対してのみシャットダウンするよう高度な技術が使われているらしく、太陽を背にした敵ですら攻撃可能なのだとか。ついでに砂嵐への耐性も少しアップする。
風船のように球形で膨らませた黒い霧を発生させてそこに突っ込ませたりすることで霧をドーナツ状にしてみたり、クロバットの軌跡をなぞったりする行為は、芸術として見ても素晴らしいが、トレーナーからしてみればリザードンのオーバーヒートが、トロピウスのリーフストームが、ドラゴン達の流星群が、こだわり眼鏡に強化された状態で撃ち落とされるわけで。しかもそれが黒い霧のおかげで威力を落とさないのである。それがどれほど怖いことかは想像に難くない。実際に、火力演習も兼ねたこの演習飛行は、降り注ぐ流星群の轟音が常に響き渡り、炎と草が舞い踊り、コンテストさながらに大技が彩っている。
実戦でもここまでうまく黒い霧に突っ込めるのか? 相手にも黒い霧を逆利用されないのか? 前者の問題は不明だが、後者の問題についてはロックオンを搭載したポリゴンZがそれを阻止するだろう。遅れて飛び出し空中に浮かんだポリゴンZは、ドラゴン達の目印のように空中に浮かんでおり、ドラゴンに守られながらもドラゴンを守っている。それがどれほどの精度かと言えば、限界まで加速したために(そのテッカニンも黒い霧をものの見事に避けている)目で追うのも難しいテッカニンが遠くで投下したゴムボールを、地面に落下する前にすべて正確にトライアタックで撃ち落としている。
空中で氷と炎と電気が混じり合い、炸裂するその様は、人知の及ぶところではないポケモンの可能性を感じさせる。ちなみに、あのポリゴンZの名前は『くぁwせ』だそうで、おそらくスバルさんが販売したふじこの先輩だろう……。
ドラゴン達が流星群を撃ち尽くすと、次はそこに残っていたリザードンがダイケンキとともに炎の誓いと水の誓いを放つ。演習場を覆うほど巨大な虹が発生すると、今度飛び立つのはプテラとエアームド。虹がかかると、エアスラッシュや岩雪崩によって怯む可能性が上がるとき聞くが、あれはとどのつまり……そういう事であった。プテラが放った岩雪崩を、エアスラッシュが細かく切り刻みながら追いかける。物理と特殊の組み合わせなので、相当な耐久力や有利な耐性でもなければ防ぐことは出来まい。もちろん、ワイドガードなんてものがあれば防ぐこともできようがエアスラッシュのように一点突破の技に対してそれは効果がない。
クロバットやエアームドのエアスラッシュに、プテラとリザードンの岩雪崩。エアスラッシュに怯んでしまって、たまらずワイドガードを解いてしまえば、その瞬間にエアームドも参加しての強烈な岩雪崩が敵全員を巻き込む勢いで放たれる。鬼か……。その岩雪崩を見送ってから、最後に先ほどまで休んでいたドラゴン達も参加して、破壊光線で虹をつくる。破壊光線にも遺伝的な要因でいろんな色があるらしく、ある者は青、ある者はオレンジと、色とりどりの破壊光線が地上に降り注ぐ。嬉しくない虹色の光線の着弾点からはこの世の終わりかと思うような爆音が轟き、風圧で髪が靡く。
芸術性にも殺傷性にも優れたその演技で、ポケモンレンジャーがどういう組織であるかを理解させられる。相手は相当な訓練をしないと、個々のポケモンがそれなりに強くとも、まともな抵抗すらできないという事。チャンピオンが10人集まっても、レンジャーの中隊には勝てるのかどうか……。
ポケモンバトルが競技であり、殺し合いではないことが非常によく理解できた。
「……ポケモンレンジャーって怖いね」
帰りがけ、自転車に乗って俺はそんなことを呟いた。
「何言ってるんだ。スバルさんはそのポケモンレンジャーにシンボラーとかアイアントを卸しているんだろ? すげーよなー……ポケモンレンジャーは国が運営する組織だから、国を相手に商売しているんだぜ? 経営は絶対に安定しているってことだ。お前もいつかはそれに参加しなきゃならんのだから、取引先だと思ってきちんと見ておかないと」
「そういえば、シンボラーのアーティファクトとか、ゼブライカのイカズチはそういう……あぁ、なるほど」
そう言われると、改めてスバルさんのすごさがわかるというもの。近くにいすぎてあまり意識していないが、スバルさんはポケモンも強ければ喧嘩も強いから、ポケモンレンジャーになれば大成しそうだ。そういえば、演習に参加しているポケモンの中には何匹かスバルさんが名付けたと思われるポケモンがいたっけか……。
ポリゴ『くぁwせ』(どう発音するんだ?)とか、シンボラーのレギンレイヴとか、ゼブライカのナルカミとか。メブキジカの♂ヌシ(オットコヌシ)とか(どういうセンスしているんだ)。今日のパンフレットのポケモン紹介の中に、思い返せばうちの育て屋が関わっているポケモンは10匹以上は居た。
「ところでキズナ。例えば、補給部隊というか、あまり戦いや重労働に身を置かない部隊ならば、女性もそれなりにいたけれど、君は……女性は、体力の関係で厳しいと思うけれど」
「カズキ、お前『ロトム戦隊デンジャー家電』は見たことあるか?」
「いや、ないけれど……」
「じゃあ、太陽戦隊ハレンジャーとか、獣剣戦隊オンレンジャーは?」
「いや、俺の家テレビ無いから……」
あぁ、そうだっけかとキズナは気まずそうに一瞬だけ目をそらす。
「まぁいいや……デンジャー家電はフロストパープルが女性だし、ハレンジャーはガモスホワイトが女性だ。オンレンジャーはリーダーのコバルトブルーと、クリアウォーターが女性。ポケモンレンジャーにも女がいたっていいじゃねえの」
「そういえば、スーパーに売っているノートとか関連グッズは見たことあるけれど、そんな感じだったね……」
「だろ?」
と、キズナは得意げに返す。
「それに何より、俺は男だよ」
ムキになった口調というか、自分に言い聞かせるような口調というか。キズナの言葉は、何だか少し悔しそうだった。
「……筋肉がつきにくいのは、どんなに強がっても変わらないと思うけれどな」
「心配すんな。トップレンジャーにだって女性はいる。『ムクホークが彼氏の変態、ハーブ』とか」
「それ、今度こそガチの変態なんじゃ……」
「この人については否定できないな……『空を飛ぶトップレンジャー』という異名も持っていて、一度も着地せずに人の頭を足場にして暴走族を壊滅させたとかいう噂もあるし、実力は疑いようもないんだけれどな。あとは……『壁や天井を走る変態のヒナタ』さんとか」
「ヒードランみたいな人だね……」
「本人曰く『モウカザルみたいな人』と言って欲しいそうだけれどな。俺はそれに並ぶだけ、なにも難しいことはない」
難しいと思うけれど、不可能ではないだろう、キズナなら。
「なんというか、ごめんね、キズナ……言っちゃ悪いけれど、まだ半信半疑なんだ」
「俺が、本当に男として生きていけるかどうか……か?」
「うん。誓ったときは絶対に大丈夫って思っていても……時間の流れで決意が薄れちゃうこともあるだろうし。予想していた困難よりも遥かに多くの困難があると思う」
「心配するな。無視といじめは独力で跳ね除けてきた。教科書を破かれたりとか、そういういじめに対してだって、逆に何十万もむしりとって後悔させたことだってある。それに白い目で見られようと、俺にはお前がいる」
「そうだよね……一人でも、自分を愛してくれる人がいれば……」
いれば、大丈夫だろうと、俺は口に出す。キズナはクスクスと笑っていた。
「意外と気障なんだな、お前。愛だなんて……男同士でそれはちょっと照れくさいぜ?」
あぁ、キズナは、もう自身が男の子のつもりなんだなと、俺はその言葉に突っかかるのをやめた。
「いいじゃん、男女の友情が成立するように男同士の愛だって成立するさ。そうじゃなきゃ、俺を弟のようにかわいがってくれる人の行動が理解できない。……前も言ったけれど、キズナがなんであろうと、キズナはキズナだ。意思疎通ができるなら、俺はポケモンであっても構わない」
「なぁ、カズキ……そんなこと言われると、俺グラエナになってお前を襲いたくなっちゃうぞ」
「やめてよ。俺は虫タイプで撃退するよ?」
「言ったな、カズキ? 噛みつかせろよー。ガブリといっちゃうぞ?」
自転車を走らせながら、俺達は顔を見合うことなく笑いあった。そんなやり取りに心をほんのり温めてもらう反面、俺は両親の死体のことが気がかりでならない。今日は23日。殺してから、もう2日近く以上経っている……部屋の鍵も、窓も開けっ放しにしておいた。2人の死体が悪臭を放ち始めるようになればすぐに分かるだろう。誰が最初に気付くのか…・・・いつ気付くのか。考えてみると、それだけで吐き気がしそうになる。それをごまかそうとしても、コロモならば動揺しているのがわかってしまいそうで怖い。
家に帰ってから夜になると、キズナの家族と一緒にみんなで花火をした。ユウジさんとやったあの花火の思い出がよみがえるが、あのときよりもさらに人数が多い分、とても楽しかった。ポケモンたちの反応も様々で、アサヒは興味津々で近寄って火傷してしまったり、セイイチは花火をセナに向けて放ったためにキズナに蹴り飛ばされた揚句に踏まれたり、コシは負けじと電気で花火に対抗していた。
サミダレは花火に興味を持って、なんと食べようとして舌を伸ばしてしまう。水中でもきっちりと発火する花火は、当然のように舌に巻かれても燃え続けるので、舌を火傷してしまって苦い顔をしていた。あとでチーゴの実を食わせてあげなきゃな……。
そんなポケモンたちのやり取りを見ながら、薄く味噌や醤油を塗った、玄米ブレンドの焼きおにぎりや、塩を振った枝豆、炭酸の効いたジュースやビール、ブドウやスイカなどのフルーツとともにその花火を楽しんでいると、辛いことなんてすべて忘れてしまえそうな気がしてくる。
コロモは花火を空中で踊らせて、さらに色鮮やかに夜を彩り、皆を沸かせる。一度花火を見たことがある俺たちの手持ちは、火傷しない程度にその色とりどりの炎を楽しんでいた。
花火がひとしきり終わると、俺たちはまた夜遅くまでゲームに興じた。今日は俺が盛り返して、アオイさんが罰ゲームになったので、サミダレに思いっきり顔を嘗め回される刑を受けることとなって、もちろん写真撮影はばっちりだ。酷い顔になっていたけれど、昨日の復讐と考えれば悪くないだろう。そうやって楽しんでいるうちに、俺の携帯電話に着信があったようだ。トイレで確認すると発信したのはユウジさん。メールも届いていて、件名は『すぐに電話しろ。大事な話がある』と。
母さんたちが死んでいるという事がきっとばれたんだ……多分。