第二話:餌代を稼げれば
6月20日
「なんだぁ……あのストライク?」
相手が棄権してしまったので、早々にバトルフィールドを立ち去ったご主人がそんなことを呟いているけれど、私もなんというか、あのストライクはすごい子だと思う。
あのカマの動き。目にも止まらないくらいに速いし、かと思えばものすごく打たれ脆いの。私のアクロバットは綺麗に決まっていたけれど、あの程度で負けちゃうものかなぁ?
後続の二人は飛行タイプに対してものすごく弱そうだったから、相手のご主人さん棄権しちゃったけれど……格闘タイプだから飛行タイプの技なんて来ないと思っていたのかなぁ? ご主人も、飛行タイプの技が使える格闘タイプは珍しいっていっていたけれど、もしかして私ってすごいのかな?
『ねー、タイショウ。私まだ暴れたりない。もっと暴れたい』
そんなわけで、あたしはちょっとばかり欲求不満。もっともっと暴れて、敵が横たわる姿を見たかったなぁ。
『そういうところまでご主人に似る必要はないんじゃないかな、アサヒ』
けれど、タイショウはお堅いの。ダゲキのあなたにはこの暴れたい気持ちなんてわからないよ、私は肉食系女子のコジョフーだもん。
『そういうこと言うと嫌いだよー』
『きらーい』
私の言葉に続いて、セイイチ君がまねっこして言葉を続ける。リオルだからなのかな、この子はまねが好きなんだよなぁ。そうだよねぇ、セイイチ君。こうなったら、タイショウお兄ちゃんやご主人に遊んでもらわないと、私はすねちゃうんだから。
『まったく、このリオルもこのままじゃ第三のキズナになってしまうな……』
タイショウ兄ちゃんがセイイチ君にため息をついている。なによー、ご主人と私を馬鹿にするつもり? そんなの絶対に許さないんだからね。
「ごめんね、セイイチ……もう少しアサヒの戦いを見せてあげたかったんだけれど……相手が降参したらどうにも出来ないや」
ご主人は手話を交えて謝って来たけれど、そんなんじゃ私の気分は晴れないよ。
『そーよ、もっと遊ばせなさいよー』
私は欲求不満を訴えかけるべく、キューと鳴いて両手を動かし『もっと、遊ぶ』と手話で伝える。
「分かってる。アサヒの傷もちょっとした切り傷ぐらいだし、消毒したら次行こう、次。また並ぶから、ボールの中では大人しくしてろよ?」
『おぉ、ご主人ってば分かってる! 私が暴れたりないのを察しているのね』
『お前と思考が似ているからな』
全く、タイショウはいつも一言多い。
『なによー、その言い方』
同じ青色でも、セイイチのような可愛げもない、片方しか眉毛のないむさ苦しい男の癖に。その点、セイイチはとーっても可愛いんだから。目もおっきくて、私に懐いてくれてるし、私のおっぱいだって吸っているくらい無邪気だし。私まだおっぱいからは何も出ないけれどね、いつかは出るんだよね、えへへ。
ともかく、セイイチはタイショウと違って、私を馬鹿にしないから可愛いし。タイショウも見習えばいいのに。
「おい、アサヒ。消毒するから、じっとしてろよ?」
そんなことを思っているうちに、ご主人は消毒の用意をしていた。あ、あれ……ものすごく痛いんだよね。でも、逃げようとしたらご主人ものすごいスピードで追いかけてくるし……タイショウも追いかけっこに協力するからどうにもできないんだよね。
ご主人は傷が原因で病気にならないためって言うけれど……うぅぅ、嫌だよぉ。
逃げたいけれど、ご主人は手話で『動くな』って言ってくるし、ここはおとなしく従ってさっさと終わらせよう。
「あぁ……耳が垂れ下がってら」
そりゃ、消毒なんてされたら耳も元気がなくなりますよぉ。えぇい、痛いのは一瞬……耐えるんだ。ご主人は消毒液の入った柔らかな容器を構え、霧にして吹き出すための部分に人差し指を添えている。
「キューッ!!」
容器の中の変な匂いのする水を吹きかけられると、あぁぁぁ、痛い!! 戦っている最中はあまり痛みも気にならないけれど、やっぱり痛いよぉ……
「ほらほら、アサヒはじっとしてる!」
ご主人痛いよぉ。と腕の中で暴れてみせるがご主人が私を抱く力はものすごい。手足をばたつかせて暴れても、主人が抱きしめ胸を押されて苦しいだけだ。体が痛みでこわばって、口も食いしばって。しばらくしてやっと痛みが治まった。消毒なんて嫌なのに、どうしてこんなことしなきゃならないんだろう。こんなの舐めてれば治るよぉ……まったく、心配性だなぁ。
「よし、これで終わりだ。よく頑張ったな、アサヒ」
私は不満を込めてご主人を睨み、『これ、やだ』と手話を繰り出す。
「俺だって、お前が暴れるから消毒は嫌さ。嫌なら怪我しないように気をつけろよ?」
むー……。あんなに素早い虫の攻撃なんて避けられるわけないじゃない。そのくせあの虫、防御は生温かったから、こっちは殴り足りなくってやんなっちゃう。もう、あのストライクと出会っても戦うなんて嫌なんだからね。
『しかし、あのストライク……素早かったな』
私が怪我した場所を舐めていると、その傷を見ながらタイショウが言う。うんうん、全面的に同意だよ。
『うん、素早かった。私は戦っていれば痛みなんてほとんど感じないから大丈夫だったけれど……タイショウだったら危なかったんじゃないの?』
よくわからないけれど、私の特性は精神力だから、痛くっても戦っている最中はあまり感じないんだそうだ。タイショウは、私とは違って頑丈って言う特性みたいなの……よくわからないけれど、一撃でやられそうになっても耐えられるんだとさ。
あの虫も、タイショウと同じ特性ならもう一発殴れたのかなぁ?
『確かに、あいつの素早さには対応しきれなかったかもしれない……疲れが見えたら畳みかけてやればいいが、交代されては元も子もないルールのようだしな。案外、ローテーションバトルなら大物になるんじゃないかな……あのストライク』
えー、タイショウってばそんなにあの虫のこと認めちゃうわけ?
『ねー、タイショウ。私はローテーションならどうかなぁ?』
『……ローテーションのルールならば、シングルでは使いにくいスタミナのない速効型を、簡単に交代できるという利点を生かして休息の機会を多く与えることが出来る。コジョンドは持久力こそ乏しいが、爆発力はある。正直再生力の方がローテーションにはふさわしいが、まぁ、悪くは無かろう』
腕組みしながらタイショウが語る。なるほど、分からん。
『よく分からないけれど、とりあえず褒めてもらっているってことでいいんだよね?』
『まあな。お前はご主人に似て才能があるしな』
わぉ、タイショウが微笑んだ。これって、褒められているってことだよね。やったぁ!! もっと褒められたいし、ご主人と一緒にバトル頑張るぞ!
◇
「ふぅ……」
俺はブラックモールまで出張してきたポケモンセンターの回復装置で簡単な回復処理を受けてから家に帰る。結局、コジョフーに対してこっぴどく負けた後、俺はもう一戦してきたわけだが、その時もまたゼロの活躍で勝ち星を取ることが出来た。
あのポケモンソムリエの女性、言っていることはよく分からないけれど、ゼロの才能を一目で見切ってくれたあたり、プロのソムリエを名乗るだけのことはあるってことなのだろう。
学校の友達とかがやっているバトルなんてシングルバトルばっかりだから、ローテーションバトルをやるだなんて考えもしなかったけれど、俺の住んでいるブラックシティじゃ結構有名なバトル方法だし、ゼロの才能を活かすバトル形式というのも悪くないよなぁ……それにしても。
「役立たずの役目ゼロ……か。酷いこと言っていたなぁ、俺」
というか俺は今まで、大嫌いな母親と同じことしていたんだよな……反省しなきゃな。ポケモンに対して『お前は使えない』とか……もうそういうのはよそう。これからはどんな才能も使う方法を考えるって方向で考えて行けばいいさ。そうするのがポケモントレーナーの仕事ってものだし。
そんなことを考えながら自転車で家に戻ってみると、まだまだ空は青い。日が沈む時間帯が最も遅い時期だからこんなものなのだろうな。
俺は、アパートの前に自転車を止めて、自転車の鍵と一緒に取り付けられている家の鍵を使い、家のドアを開ける。
「ただーいま……」
そうはいってみたものの、俺の家にはもちろん誰もいない。母親が連れ込んでくるような変な男……特に暴力を振ってくるようながいるよりかはましだけれど。それにしても、母さん、いつ帰ってくるんだろうなぁ。もう何ヶ月も帰って来ていないけれど。
「ふー……」
誰もいない家の中で、俺はポケモンを出してくつろぐ。ママンとイッカクには、帰ってくる途中に草や樹液を食わせたからいいとして、ゼロにはポケフーズを与えなきゃいけない。肉食の虫ポケモン用に配合された固形資料を皿に盛ると、ゼロはカマで床に手をついてそれを食べ始める。
「どうしようかな……『守る』を使える壁役のポケモンがいれば、ゼロのスタミナを安全に回復できるらしいけれど……そうなると、ゼロの弱点をフォローできるポケモンがいるといいよなぁ……」
そのポケモンというのはどういうポケモンなのか、俺は考える。
まず最初に、ゼロがあっけなくやられてしまったコジョフーについて考えてみる。あいつは精神力の特性を持ったポケモンであった。精神力の特性を持つポケモンは格闘タイプやエスパータイプが多く、そう考えると飛行タイプやゴーストタイプならば対抗できそうな気がする。
悪タイプはエスパーには強いが格闘タイプには返り討ちにされてしまうので、安定はしなそうだ。
結論から言うと、ゼロをフォローできそうなポケモンと言えば、輸出入が解禁されたポケモンの中では、フワライドとバルジーナあたりが適任かもしれない。ゼロと同じく岩タイプの攻撃が刺さってしまうが、幸いなことに岩タイプには鈍いポケモンが多いからプテラやアーケオスなど以外ではゼロに攻撃を当てられる奴なんてそうそういないだろう。
バルジーナは特に耐久能力の高いポケモンだというし、そう考えると悪いものではないのだが……。
「でも、俺は……」
俺は、親が帰ってきてくれないような環境で生きている。
母親や、母親が連れてきた男に日常的に暴力を振るわれていた俺は、一度隣の人とそのポケモンに助けられた。その後、隣の人が身を守るためにとたハハコモリ、つまるところのママンを捕まえてきてくれて、ある時俺はママンを使って暴力からにおがれる事が出来た。そこまではよかったのだが……その男からの復讐が怖かった俺は、階段でそいつを押し倒して。そこから先は考えたくもない。
死人に口なしだから、酔ったおかげで勝手に階段から足を踏み外したことにしておいた。
それからだ。母さんが帰ってこなくなったのは。家賃と生活費だけは置いて行ってくれているが……日々の生活に足りないというわけではないが、ポケモンを多く持てば餌代も足りなくなりかねない。
「それなら、餌代がかからないポケモンにすればいいわけだけれど……」
ママンは冬でもそれなりに草を食べられるし、なんだかんだでイッカクも逞しい女の子。問題は肉食のゼロである。ゼロの食事代は結構掛かるし、バルジーナも肉食である事を考えるとさらに負担は増えるだろう。
ストライクは群れで生きたりしないポケモンだから、集団で狩りをするのは苦手そうだけれど、もしも俺たちのポケモンと共同で狩りをすればどうだろうか。
ゼロの素早さで敵を足止めさせ、ママンの糸で絡め取り、イッカクの強力な一撃で仕留める……うん、出来ないことじゃなさそうだ。そうやって野性のポケモンを食べていれば、餌代も節約できるし、何より良い経験にもなる。仲間との絆も深まって仲良くなるかもしれないし……うん、そう考えると新しいポケモンを引き込んでも大丈夫かもしれない。
とはいえ、問題はゼロの好みだよな……ポケフーズが美味しいからこれ以外食べたくないとか言われちゃったらどうしよう?
「なあ、ゼロ?」
案ずるより産むが易し。とりあえず俺はゼロに聞いてみる。
「お前さ、野性の頃に食べていた食料と……」
俺は左手を差し出す。
「今食べている食料、どっちの味が好きだ?」
そう言って俺は右手を差し出す。ゼロは迷うことなく左手にカマを置いて、野性の頃に食べていた食料の方が好きだと答えてくれた。
「そっか、こんな餌じゃ、やっぱり味気ないもんな……でも、あれだろ? 量が多いことも含めたらどうだ? 野性の頃と」
左手を差し出す。
「今の食生活、どっちが好きだ?」
右手を差し出す。今度は、ゼロも右手の方にカマを置いて、今の生活の方が気に入っていると答えてくれた。なんだかんだで、安定した生活の今は気に入っているようである。
「だよなぁ……じゃあ、量が多ければ普通に狩りをした方がいいってことだよなぁ……よし、それなら……明日の放課後に狩りに出かけてみないか? 野性の頃は毎日やっていただろうけれど、久しぶりにさ。もし暇してたらアイルも、連れて行こうぜ」
ゼロは頷く。やはり毎日固形飼料だけじゃ舌も飽きているのだろう、目を爛々と輝かせている。味もそうだが、狩りの感覚というのも、もしかしたら忘れられないのかもしれない。だが、まだ半信半疑なゼロは、確認するようにゼロはシャーッと鳴く。
「大丈夫、嘘はつかないよ。雨でもなければ一緒にみんなと一緒に協力して狩りをしよう」
よっぽど嬉しかったのだろう、ゼロはカマを広げて近寄ってきたかと思えば抱き付いてきた。
「おいおい、ゼロ……そんなに嬉しいなら、野生の頃のように狩りをしたいって言ってくれればよかったのに……喋られないわけだけれど、何らかの方法で伝えられたんじゃないのか? やっぱり、伝える方法が分からなかったのか?」
俺は左手を差し出す。
「それとも思ってもみなかったとか?」
俺は右手を差し出す。ゼロは左手を差し示した。
「そっか……ごめん。伝える手段もなかったのか……狩りとかそういうのしたかったんだな。というか……もっとお前のこと理解してやるべきだった。でも、今からでも遅くないよな? 今日、ソムリエールに言われるまで、お前を労わることを忘れてたけれど、今日からちゃんとお前の事大事にするからさ」
そう言って右手を差し出す。握手のように差し出したその手に、ゼロは素直にカマを置いてくれた。
「ありがとう、ゼロ。それに、こんなダメな俺にきちんとついてきてくれたみんなも、ありがとな」
少し散らかった部屋でくつろいでいるママンとイッカクの二人に目をやると、こちらの言葉に気付いた2人はうんと頷く。母さんは俺の事を愛しちゃくれないけれど、なんだかんだでこいつらは俺を愛してくれるんだよな……俺も愛してやんなきゃ。
どうやって愛すればいいのかは分からないけれど、とりあえず頑張って貰ったら『ありがとう』って言うし、俺もそう言ってもらえるように頑張ろう。
しかし、それも機会がなければ無理なこと。今日はもうとくにめぼしいイベントもないので、夕食を作ったらさっさと寝てしまおうと俺は思う。
◇
ご主人は、俺の待遇を改善してくれるらしい。こちらから何をどうしたいのかを正確に伝えられないのはもどかしいが、ご主人は理解しようと頑張ってくれるみたいだし……それに、これからは俺の上手い使い方も考えてくれると思う。
確かに俺はシングルバトルじゃ活躍しづらいかもしれないけれど、やっぱり俺自身もっと活躍できる場が欲しいし。これからのご主人は、それについてもきちんと考えてくれるかもな。
ふと、俺はご主人を見る。人間は調理したものじゃないと飯を食えないらしい。だからご主人は、いつも生の素材を買ってきては、ああして炎や鋼鉄の刃を利用して食材を加工している。
人間たちが使っている金というものがどういう風に生まれて、どこへ行くのかはよく知らないけれど、それであんな道具を手に入れられるのだから便利なものである。
『なぁ、イッカク。今日は、楽しかったな』
『そうね。貴方がいっつも、役立たずとか罵られてて心配しちゃったけれど……今日からはもう同じセリフを言われることはなさそうね』
先端がハート型になっている角の根元を撫でながら、イッカクが答える。嬉しそうな顔しちゃってまぁ、俺のことを心配してくれたんだな。
『そうだな、小生も同じく。お前さんが生き生きしていたおかげで、こちらも中々楽しかった。これから、主人が本当に変わってくれりゃいいんだがなぁ』
草の匂いがするカマをいじりながらママンが言う。おぉ、お前もそう思うか。皆、結構仲間想いじゃねえの。
『そうねー……今日はゼロを気遣ってくれている風だったけれど、結局それが長続きしなきゃ意味ないわけだし』
おいおい、怖いこと言わないでくれよ、イッカク。
『まぁまぁ、そこはご主人を信じてやろうか? なんだかんだで、俺らを大切にしているんだしさ』
そう、野生の頃は喰いっぱぐれもおおかったけれど、今のように狩りをしないでも暮らせる日々はご主人がくれたもんだ。
『そうだな。小生らがご主人の身を護っているという恩義がある以上、ご主人も小生らを無碍には扱わないだろう。まぁ、身を守っているという実感は、イッカクやゼロにはないだろうがな』
ご主人の身を護っている、か。実感はあるにはある。あのカツアゲしてきた野郎から俺一人で守ってやったこともある。そんで代わりに、餌の安定供給をしてもらっている。
『実感ねー……そもそも、親が子を放任するのは種族によっちゃ普通だが、子供をわざわざ危険にさらす親なんて、言われても実感分かないさ。子供を危険にさらすと言ったって、兵隊が母親である女王を命がけで守りぬく関係とも違う。ともかく、ご主人の親はどんな親なんだかなぁ』
『人間は、変った生き物だからな。親がわざわざ子供を危険にさらすことだってあるのだろうよ』
俺のボヤキに、ママンはそう言って頭の後ろに組んだカマを枕に寝転がる。
『たとえ、小生らが一人で生きることが出来ても、ご主人は一人きりじゃ生きてゆけない。ご主人が求めるのであれば、小生らが甘えさせてやろうじゃないか』
『賛成!! 甘えさせる見返りに、こういう安全な住処に住まわせてもらえるし、たまに美味しい蜜も買ってくれるもの。一杯甘えさせて、あたしもっとおいしい蜜を買ってもらうんだ』
『はは、美味しい蜜ね。俺に与えられる餌は貧相な茶色いブロックだからうらやましい限りだよ。たまには肉でも食いたいぜ』
全く、こういう時はイッカクの味覚が羨ましくなるわな。甘いものを舐めていれば満足だなんて、単純な味覚ならさぁ。ま、ぼやいても仕方ないかね。
『小生は、料理の時に使わないキャベツの外側を貰えるだけでも満足だからな。肉は全部使うからなんて、肉を食べさせてもらえないゼロは確かにかわいそうかもな』
『いいさ、それも狩りをさせてくれるって言ってもらえたわけだし。これから喰えりゃ何の問題もないさ。これで久しぶりに血の滴る肉を喰えるってわけだ』
想像すると、今からでも腹の虫が泣きそうな気分だぜ。虫だけに。
『お肉の味は私には分からないけれど、やっぱり美味しいものを食べられるって嬉しいよねー』
『おうよ。ママンは人間のエサが気に入っているようだが、俺はやっぱり天然ものだねぇ』
俺が得意げにそういうと、ママンはなんだかおもしろそうに口元を緩めている
『お前も、人間が食べるあの肉を喰えばそうは言わなくなるんじゃないかな? 小生、キャベツなんて美味しい葉を口に出来てが貰えて人生観が変わったが……あの、鋼の刃で簡単に切れる柔らかな肉。普通の肉にはないあの柔らかな肉の味、味わってみたいとは思わぬか?
お前は固形飼料があまりおいしくなかったからあの肉も大したことがないと思っていたようだが……』
ママンめ、無駄に味を表現してきやがる。そんな表現をされると腹が減って来るじゃないか。
『む、そう言われると……なんだか、食べたいと思えてきたが』
『いつか強請ってみたらどうだ? 小生はもうキャベツで十分だがね』
『その時は私も美味しい蜜をねだっちゃおうかなぁ』
ご主人が料理を作っている間、俺らはこうやって無駄話に興じて時間を過ごす。そんな時、隣から響く扉の開閉音。
『あら、アイルさんが帰って来たようね』
『そこはユウジさんじゃないのか? あくまで家主は人間のユウジなわけだし』
『細かいことはいいのよ。ご主人も気付いたみたいね』
ご主人は、調理台の火を止め、小走りで駆けだす。
『しっかし、ご主人も好きだねぇ……ユウジさんのこと』
ご主人はお隣さんとそのポケモンを良く知っている。俺がメンバーに加入する前の事だが、どうにもあの二人は命の恩人らしいのだ。
◇
「ユウジさん、お帰りなさい」
近所のカジノに併設されたレストランに、調理スタッフとして勤めているユウジさんは、横に並んでいるゾロアークよりわずかに背が高く、同じ赤黒い髪色をした短髪の青年である。今日は明るい色の半そでTシャツを着てどこかに出かけて来たらしく、暑かったのだろう胸元は汗に濡れていた。
体型も相棒のゾロアークと同じく、華奢というほどではないがすらりと引き締まった体型で、顔こそ平凡なものの子供と戯れることが嫌いではないから、恋人ではなく夫婦としてなら評価が高そうな人だ。実際、恋人にはフられた経験があるらしい。
「あぁ、ただいま」
ユウジさんが帰って来た時の俺ときたら、さしずめ尻尾を振って主人を出迎えるヨーテリーのようなものだと言われたくらいだ。案外間違っていないかと思うのが、俺自身でちょっと恥ずかしい。
「アイルもただいま」
隣に立つアイルは、言ってしまえばごく平凡なゾロアーク。主人とは非常に仲が良くって、いつも傍を離れないようなところはあるけれど、赤黒い髪や翠色の球などは特筆すべきことはない。ただ、母さんが連れてきた男に殴られ蹴られしていた俺を助けてくれたのも、ママンを捕まえてくれたのもこいつ。
アイルには感謝してもしきれない。アイルは手を差し出すと、しっかりと握手して手の甲を舐めてくれた。ただいま、と言わんばかりの歓迎が嬉しい。
「あの、ユウジさん」
「どうした?」
「いえ、俺……今日ブラックモールに行ってみたんです」
「ふふん、それで?」
「ゼロが活躍するためにはローテーションバトルに出すといいって言われましてね……」
「ふむ、それで?」
「実際に戦ってみたら、時間稼ぎできるような持久力のあるポケモンをパーティーに入れるといいとも言われました。だから、また別のポケモンが欲しいと思って……」
そう告げると、ユウジさんは顔を曇らせる。
「いや、それは構わんが……お前、金はあるのか? 家賃とか電気水道ガスを指し引いたら一ヶ月二万くらいだったはずじゃ?」
俺もそれは分かってると頷く。
「分かっています。ですから、もしゲットするとしたら食料を必要としないとか、その辺で食べられるとか、そういうポケモンの方がいいわけです……だけれど、今欲しいポケモンはバルジーナかフワライドなもので……」
「バルジーナったら、あの骨で着飾る鳥ポケモンだろ? 思いっきり肉食だが……」
「はい、なんですが……もしよければ、ポケモンたちに野性の時のように、狩りをしてもらえればって思っているんです。……アイルにも手伝ってもらおうかなって」
俺はアイルを見上げる。アイルは反応に困ったように俺を見下ろし、次に自分の額をユウジにくっ付ける
「狩り、ねぇ……それは、構わんが。それって、そう簡単なものじゃないと思うぞ? ……まぁ、アイルはやりたがっているみたいだが……大体、お前が仲間にしているそのポケモンは何だ?」
ユウジの目線を追ってみると、いつの間にか後ろに待ちかまえていた三人のポケモンの内、明らかにゼロの方を見て尋ねる。
「ストライク……です」
「そう、ストライクだ。そいつがお前に捕まったままでいる理由の何割が安定した餌の供給だと思う? 野生のポケモンは一日中獲物を追い求めるんだ……お前が学校に行っている間も、学校が終わった後も。それでも、狩りで得られる獲物はお前に飼われている時よりも少ないんだ……」
ユウジさんはそう言って、咳払いを一つ。
「で、カズキ君は、放課後の時間だけで狩りを成功できるのかな? 一日中狩りをしても、人間の元にいるよりも餌の実入りが少ないんだぞ、野生は?」
「いや……でも……ストライクは狩りを単独で行うからさ。ゾロアークの幻影とか、俺の他のポケモンたちの協力があれば……成功率も上がると思うんだよ」
「本来の自然の姿にはない方法での狩り、か。まぁ、確かにそれはそれでアリかもしれないが……お前らはどうなんだ?」
ユウジさんは周りを見回す。そうして聞こえた鳴き声の声色を鑑みるに、難色を示している者はいないようだ。ユウジさんはアイルと額を合わせる。あれをやると、アイルの気持ちが何となく理解できると言っていたが、今もそうなのだろうか。
「……まぁ、アイルとお前のポケモンは皆おおむね賛成のようだ。で、あれか。平日はアイルを散歩に連れて行ってくれと頼んだが、その狩りにアイルを連れて行くんだな?」
「はい……狩りは失敗することもあるでしょうけれど、とりあえずダメもとでもいいから……」
ユウジさんは俺の目をじっと見る。俺は目を逸らすことなくその視線に耐え、唾を飲んだ。
「ま、散歩ついでなら構わないか。だが、危険な目にあったらまず逃げることを考えろよ? あの森はそんなに強いポケモンはいないが、狩りの時に禁猟区域まで踏み入ったりしないようにな? あそこにはビリジオンもいる……怒らせたら殺されても文句は言えないぞ。俺のアイルの命も与かるわけだから、頼むぞ?」
「分かってます、俺も死にたくはないので」
「ま、大丈夫か。俺のアイルは逃げるのは得意だ。いざとなったらアイルを頼れ」
「はい、ありがとうございます」
俺は頭を下げる。と、ユウジさんは俺の頭を撫でてくれた。
「よし、それじゃあ明日からやってこい。だが、のめりこみすぎるんじゃないぞ? 遊ぶのも大事だけれど、勉強はおろそかにしちゃいけないからな、小学生のうちは」
「分かってます、ユウジさん。ありがとうございます」
本当のところ、狩りなんてもんはどうやってやればいいのか分からないけれど。でも、もともとゼロは狩りに生きていたんだから、せめてゼロの邪魔にならないようにしてあげなくちゃ。
ともかく、アイルは人間に飼われて育ったポケモンだし、邪魔にならないように……って、アイルも狩りは素人なのか。協力すると言っても、イッカクもママンも狩りから逃げる側だし……あれ、結局失敗するかもしれない?