BCローテーションバトル奮闘記 - 第一章:初心者編
第二十五話:お墓参り

8月10日

「うーん……」
「どしたー、ねーちゃん?」
 ねーちゃんはなにやら悩んでいる様子。先日捕まえたコシはきちんと車椅子を動かしているし、最近は機動戦士ベルーグの超機動フィギュアにも徐々に馴染んできたから、あいつのせいではないはずだけれど……なにが原因だろ?

「いやね、コシが仲間になってくれたのは良かったんだけれど……やっぱり、この子を売るつもりはないから……言い方は悪いけれど安心して商品に出来るような子を手に入れたいわけよ」
「確かに、コシはもう生活の一部って感じだからなぁ……そうなるとこいつを売るわけには行かないし」
 実際、コシはものすごくねーちゃんになついている。お菓子が欲しいのもあるだろうけれど、よく撫でたり褒めたりされるのが嬉しいようなのだ。こいつを繁殖させるのはどうだろうかとも思うけれど、そのためにはもう一匹ロトムが必要だよなぁ。
「でしょ? 必然的にもう一匹育てないといけないわけよ。出来れば手話の出来る子をね……」
 そう、手話はとりあえず必須だろう。俺たちのアドバンテージだし、付加価値にもなる。
「なるほど。しかし、手話の出来るポケモンかぁ……スバルさんに頼んで、里子をあてがってもらうかなぁ……?」
 カズキの奴も、バルチャイは里親募集でであったって言うし……こういうのもありだろう。
「いやね、それも考えたんだけれど……ほら、今日はお墓参りに行くじゃない?」
「あぁ、行くな」
 行くけれど、それがどうしたと言うのだろうか?
「で、そこでもしサマヨールを見つけたら、その子を捕まえてみようと思うの」
 なるほど。確かにサマヨールなら指の数も人間と同じ5本だし、その分人間に対しても器用な振る舞いが出来そうだし、悪くはないな。
「ふむぅ……それはいいんだけれど、見た目からして人気でないんじゃないのか?」
「うぅん」
 ねーちゃんは首を振る。
「現役四天王のシキミさんはね……ポケモンとのふれあいがまったく出来ないくらいに酷いアレルギー体質で、近づかれただけでも咳が止まらなくなるほどひどい喘息だったとか。今でこそ売れっ子小説家だけれど、昔はポケモンとのふれあいがご都合主義にあふれていて、文芸部の中では落ちこぼれだったそうなのよ」
「それが……どうかしたのか?」
「でもゴーストタイプはアレルギー反応を起こす人が極端に少ないから……シキミさんは一念発起してゴーストタイプを手持ちにすることで、彼女のポケモンバトルの才能も小説家の才能も開花したそうよ。つまり、サマヨールならアレルギーを気にする必要がほとんどないの」
「なるほど。それなら確かにサマヨールを選ぶ意味はあるか……それで、性別とかはどうするんだ? ねーちゃん、タイショウやコロモの性別をかなり意識しているし、やっぱりここらで雌のポケモンを入れたほうがいいんじゃないかな?」
「あんたは気にしなすぎなのよね……このままじゃ初めて男の裸を見ても『ふーん……チンコって色以外はダゲキとほとんど変わらないんだなー』とか言ってまじまじと見つめる恥知らずな女になりそうで怖いわよ……」
 ねーちゃん、姉妹で二人きりだからって『チンコ』はないだろう……いくら俺でもそこまでストレートには言わねーから。
「あれ、人間のってダゲキと変わんないの?」
「知るか! たとえ話よ!」
 あー……ねーちゃんってば何を怒っているんだか。別にポケモンの裸なんて見たってどうとも思わないのに……その証拠にねーちゃんはセイイチの肌かをなんとも思っていないけれど……それはリオルだから? ダゲキが人間に近すぎるからいけないのだろうか。
「それに、色々聞いてみたところ、男性はあんまり性別のことを気にしないのよねー。サーナイトの異性に裸を見られるとしたら? っていう質問をネット上でして見たんだけれど……『裸を見られても大丈夫』とか『むしろばっち来い』とかって回答が多かったの」
「それはただ男が女なら何でもいいだけじゃないかな……? っていうか、サーナイトで検索して回答を出す以上、紳士がたくさん釣れただけなんじゃないのか? サーナイトは比較的ポケモンの中でも人気が高いし」
「う……」
 俺ら女と違って、男ってそういうところがあるからなー。俺は……子供を産む体に生まれた以上、つがいは厳選したいところだなぁ、うん。男よか女のほうが見ていて楽しいけれど。
「だってさー……レントラーの雄とかは群れの雌全員の相手をしなきゃならないんだぜ? 求められたら全部……人間も同じとは言わんけれど、人間の男は古くから戦争や狩りで命を落として、必然的に生き残りは女が多くなるから一夫多妻制なんて制度も生まれる場所があるからなぁ……」
「確かに、中東の国とかでは4人まで妻を娶ってもいい地域とかがあるけれど……それと男がポケモンの雌にも興味があるって関係あるのかなぁ?」
「あるんじゃねーの? 人間だって雌だったらある程度なんでもいいのが本能なんだよ、きっと。雌は逆に、優秀な雄を選ぶ必要があるから慎重にならざるを得ないけれどさ」
 こうやって言葉にしていくうちに思ったけれど、女性は自分を介護するポケモンが雄だとちょっと気になって、逆に男は自分を介助するポケモンは雌でも気にならないというのはある程度真実なのかもしれない。俺がやっぱり変なのかな? ともかく、ねーちゃんの言うとおり、介護するポケモンの性別が気になるならば、やっぱりねーちゃんの言うとおり雌のポケモンをゲットしたほうがいいな。
「うーん……決めた。今度のサマヨールは雌!」
「コロモとタマゴグループ一緒だけれど、大丈夫か? 去勢手術はするのか? ジムリーダーは勝手に卵を作るのを防ぐために、大体性別を統一しているわけだし……」
「え、えーと……」
 今、コロモが入ったモンスターボールが震えたような気がした。流石に俺も『去勢』とか過激なこと言い過ぎたかな?
「せ、節度を持って健全な付き合いをしてくれるように頼むしかないわね」
 ポケモンにそれが通じるかどうかが問題だ。いやでも、去勢と言う言葉が通じるならばあるいは……?
「うーん……でも、ポケモンはコンドームの使い方なんてしらねーぜ?」
「そ、そうだけどって……なんであんたがその単語を知っているのよ!! 流石にトレーナーズカードを得るための筆記試験でその単語は出てこなかったわよ?」
 あー、確かに小学校の教科書には乗ってなかった気がする。そりゃ、ねーちゃんが驚くのも無理はないか。
「え……ほら、道場から帰ってきて、飯の時間まで暇なときとか、教科書読んでたから……ねーちゃんの教科書も。一応、数学なら連立方程式まで解けるぜ」
「あー、うん。そういうこと……というか、あんたは色々早い」
 そういうねーちゃんこそ、もう学校で習ったのだろうか? 俺みたいに学習を先取りなんて……してないか。

「えーと……それで、もう雌でいいわよね。大体、あんただってルカリオとダゲキとコジョンドは全員タマゴグループ人型がついているんだし、同じようなもんじゃないのよ! 私にだけ繁殖だ去勢だと、どうのこうのとか言わせないでよ」
「言わせてな……言わせたか」
「そうよ……大体、あんたのポケモンだってまだリオルとコジョフーだからなんともないけれど、コジョンドとルカリオに進化したら色々アレなことになるかもしれないわよ? タイショウだって卵グループ同じでしょ?」
「うーん……そ、それは……節度を持って付き合っていただくしか……それかマスターベーションで何とか……」
「私と同じ事言ってるし……ってか、そういう言葉をどこで学んだ」
「ポケモントレーナー向けの性教育の項目で……」
 まぁ、去勢が嫌となると実際そうするしかないのが事実なんだけれどさぁ……うーん、俺の手で(そのままの意味で)何とかするしかないかなぁ。

「と・に・か・く、サマヨールは雌ね。これは確定事項よ」
「了解。頑張って捕まえようか!」
 ところで、さっきから母さんが扉の後ろで息を潜めて待っているのだが……話しかけるタイミングを見失っているのかな? 俺ら、サマヨールを捕まえる云々はともかく色々と変な話をしてるからなー……気配がバレバレだから母さんも息を潜める潜伏術をオリザさんから習ったほうがいいかもな。

 ◇

 夏が命日だった祖母の墓参りには、家族で揃って車……というわけには行かない。父さんが出勤で使うのはゴルーグのアキツだが、家族全員では流石に乗り切れない。だからと言ってレンタカーなんてこの田舎の近場にあるわけもなく、結局一時間ほど仲良く並んで自転車を走らせ(私はコシを憑依させた電動車椅子で)お墓参りということに。
 昼食と、その食休みを終えたばかりの時間帯は流石にゴーストタイプは少ないため、墓参りを終えた私達は近くにあるスーパーマーケットで涼をとりながら休むことに。その時アイスクリームを買ったのだが、私のために頑張ってくれたコシには、アイスクリームを多めに分けてあげた。コロモ達にももちろん分けたけれど、貢献度で差が出てしまったのは仕方がない。
 クーラーで涼みながら私達は暇をつぶし、6時を過ぎたころから私達は墓場に繰り出した。空はまだ明るく夕暮れになりかけの時間帯だけれど、ここら辺の時間帯からゴーストタイプはうろつき始めるものだ。墓地のほうへ行ってみると、わずかばかりだがヨマワルやゴースのようなポケモンの姿が見える。50メートル四方ほどの墓地が点在するこの山道だから、ここで見つからなくともほかで探せばいいわけだ。今見つからなくとも時間帯を変えれば見つかるだろうし……ブラックシティから悪い人が来るかもということで、最低限それは注意しろと言われているから、防犯ベルはきちんとあるし、私たちのポケモンが力を合わせればそう簡単には事件に巻き込まれないだろう。
 念のため、私たちを狙っているような人間がいないかコロモに警戒させている。コロモの精度はキズナの探索術よりもはるかに頼りになるから、まぁ問題ないだろう。
「ねぇ、コロモ」
 そして、コロモの役割と言えばもうひとつ。人間に飼われることで、安定した生活を望むポケモンを探すことだ。こうやって探索していると、人間がゲットしたがっていることはまる分かり。だから、自らゲットされに来るポケモンも多いのだが、引っ込み思案だったり勇気が出なかったりで、結局飛び出すことが出来ないポケモンも多い。
 熱い視線を送りながらも、一歩踏み出せないポケモンたちには、こちらから出向くという方法もあると言うわけだ。
「「私たち」の『仲間」に『なりた』そうに『こっち』を『見て』いる『子』、『いない』かしら?」
 手話を交えて、たずねられて、コロモは胸に手を当て、目を閉じて意識を集中する。そういえばコロモも、野性のサーナイトの写真と比べると、凄く肉付きがいいのよね。それなりに鍛えているから筋肉もあるし、あばら骨は浮いていないし……こういう恵まれたポケモンがどういう体をしているのかをまじまじと見ると。、野生の暮らしを抜け出したいがために人間につかまろうとするポケモンがいるのも分かる気がする。
「『仲間』『なりたい』『いない』」
 やがて、周囲の感情を探索し終えた彼は、手話でそう告げる。
「そっか……次行こう、次」
 そうして時間をかけて探索しているうちに、時刻はすっかり夜となった。夕暮れもほとんど沈み、空は紫色。そんな空模様でもキズナやコシ(まぁ、ゴーストタイプだし)は目が見えるらしく、山道の木陰と言う自分の手すら見えない闇の中でさえ木の根っこやら段差やらを危なげなく進んでいる。どういう訓練をしたのだか知らないけれど忍術って凄いんだなあと感心せずにはいられない。
 真っ白な肌のコロモはこんな暗闇でも良く目立っていて、彼が何かを察知したときには、私たちにもすぐに分かった。コロモがある一点を凝視したかと思うと、彼は私の手を引いてからそちらを指差す。
「コロモ……いるのね?」
 うんと頷いたコロモは、私ではなくコシの桃色の手(?)を引いて案内する。
「コシ、ついていって」
 私の指示に、コシは浮かんだまま全体を傾けて頷く。乗っている身としてはちょっとだけ怖いけれど、文句は言わないことにする。コロモの案内の元、視線を向けていたポケモンを見てみると、そこにはヒヤッキーが……
「なんだ、ヒヤッキーか。いらないなぁ……」
「は、はっきり言い過ぎるとかわいそうじゃないかなー……なんて」
「いやでも……」
 まず、身長が足りない。タイショウでも身長は低いくらいだが、やっぱり身長は高い方が良いのだ。そして、サマヨールと比べてヒヤッキーは力が弱い。手数や命中率の関係もあって、攻撃力ならばヒヤッキーのほうが上だけれど、単純な腕力ならば太い腕と立派な体格を持ったサマヨールにヒヤッキーが勝てるわけも無い。コロモみたいに筋力自体は弱くともサイコパワーを持っていればまた別だけれど。
 加えて言うとアレルギーの問題もある。やっぱり、ヒヤッキーはいらない。
「実際要らないし……手話はできるけれど、介護には不向きじゃないかなぁ」
 はっきりと断ってやったが、どうにもヒヤッキーは身を低くしてこちらにいつでも飛びかかれる体制をとっている。どうやら諦めきれないらしく、自分の実力を認めさせたいらしい。
「はーあ……実力行使しないと分かんねーか。しゃーねーな……」
 キズナは面倒くさそうに前に出る。いや、あんたそこは自分のポケモンに行かせなさいな。
「あのね、そこでどうしてキズナが前に出るのかなー……」
「え、だっていきなり暗闇に出されても目が慣れないだろうから俺が……それに、コロモもコシもねーちゃんのポケモンだろ? 戦わせるわけにはいかねーよ」
「自分が人間であることは気にしないのね、うん。もう好きにしなさい」
 と言って、私は全力でうなだれる。動かない膝の上にひじを置いて、渾身のため息ひとつ。小さくなった私の背中には、コロモがねぎらうように手を置いてくれた。

「じゃ、俺に勝ったらゲットしてやるよ。ここでやったら墓石に傷がつくからな……こっち来いよ」
 その台詞、何かおかしいと思わないのか、わが妹よ。キズナは、100円ショップ『ビリリダマ』で買える裁ちバサミを分解して、指を通す部分に紐を通した棒手裏剣を構える。アレには麻痺毒が塗ってあるから、もしも私が下半身不随になったあのときに持っていれば、犯人を捕まえられたはず。二度とそんな事が起きないようにと棒手裏剣を携帯しているが、それは軽犯罪法違反なんじゃないかと思う。
 キズナは棒手裏剣を逆手に持ち、ナイフのようにして構える。そして、逆の手にはブラックジャックと呼ばれる、石をつめた靴下を。あのハサミの片割れにはあまり攻撃力はないが、毒が塗ってあるからかすっただけでもそれなりに意味があるし、防御にも使える優れものだとキズナは言う。
 さらに、片割れの大きい方は持ち手の部分が握り込めるため指を保護してくれるし、メリケンサックのように殴ることも出来る万能の武器だそうだ。それはあんたが使うからであって、そういうのを『ガブリアスはルールを選らばず』って言うのよ。
 山道に移動したキズナは階段の下のほうからヒヤッキーに来いよと誘う。もし飛び掛られたら、そのまま頭を打って一巻の終わりになってしまいそうな位置だけれど、そこはキズナも心得たもの。
 相手が飛び掛ってきたのいなして体勢を崩し、階段から落とさせる。そして、不時着して転がった隙だらけな背中に棒手裏剣を投げつける。棒手裏剣は空中で4分の1回転してヒヤッキーの背中に突き刺さり、彼を麻痺毒でおかす。
「まだやんのかよ?」
 まだ麻痺毒は回っていないから行動が制限されることは無いだろうけれど、その痛みは感じていることだろう。そして、その傷は傷つけることが目的で、ダメージを与えることが目的じゃないこともなんとなく気付くはずだ。
「一日じっとしていれば、麻痺毒は治る。外敵に見つかる前に安全な場所に避難するならよし……これ以上挑むなら、死ぬか?」
 キズナはもう一本の棒手裏剣を出す。裁ちばさみは左右対称になっておらず、大抵は親指を通す僅かに小さい刃と、それ以外の指を通す大きい刃がある。今度は、大きい刃の方をキズナは持っている。
 仲間にする気はないと、念を押すようにキズナは言った。人間がポケモンと戦うだなんて、かなり風変わりなことだけれど、こうやって必要がない事を分からせるには一番有効な手段なのかもしれない。名残惜しそうにこっちを見るヒヤッキーだが、結局ヒヤッキーはキズナには敵わないと踏んで去っていった。

「野生のポケモンは邪魔しないで欲しいなー」
 心底うっとうしいといった様子でキズナは言う。
「頼めばコロモやコシだって厄介払いくらいしてくれるのに……とくにコシは相性いいんだし……」
「コロモは、戦いは好き?」
 私が呟くと、キズナは間髪入れずにコロモに尋ねる。コロモは少し迷ったが、うんと頷いた。たぶん場合によるといいたかったのだろう。
「バトルは好きだけれど、いじめは好きじゃないみたいね」
 まるで、テレパシーでも受け取ったみたいにキズナは言う。手話で言葉を通じ合わせる私達だけれど、こんな風に勝手に解釈して、それでも……今度のコロモは迷わず頷いた。私のポケモンのはずなのに、キズナの心とコロモの心が通じ合っているようで、ちょっとだけ嫉妬した。
「『強さ』『同じ』『好き』」
 コロモは言う。飼ったり負けたりできる中が一番楽しいということだろう。弱すぎても強すぎてもゲームでは確かにつまらないものね。
「つまらない事を、わざわざポケモンに付き合わせる必要もないだろ。あれじゃ、セイイチが相手だって簡単に倒しちまいそうなくらい、力不足だ」
 キズナは毅然と言い放つ。だからといって、自分が戦いに出るというのは如何なものとは思うけれど……
「本音言うと、俺が戦いたいだけなんだけれどさ」
「あんたは戦闘狂ね」
 正直に暴露したキズナに、私は呆れたように言い返す。キズナは豪快に笑っていて、『そうしないと強くなれねーんだ』と言っていた。私の家の隣に住んでいる、今川さんのように強くなろうと努力するのはいいんだけれど、もう少しくらい女の武器を磨いて欲しいのだけれど。
 ま、コイツには無理な話ね。

 その後も、私は懐中電灯を片手に探索を続ける。キズナはどうして何もなくても見えるのか……。コロモはこちらの仲間になりたそうなポケモンを見つけてくれるのは良いのだけれど、やはりサマヨールはそんなに簡単に見つかるわけも無い。
「うーん……雌のヨマワルかあ。もうコイツで妥協しちゃおうかなぁ? もう、8時だし……このままじゃ帰るころには10時過ぎちゃうよ」
「悪くはないと思うけれど……育てる? ライブキャスターのアプリによるとこいつは33から37レベルだけれど……」
「ふーむ……育てるにはやっぱりバトルが一番なんだけれど、こいつバトルのほうには意欲どれくらいあるんだろうか?」
 キズナが考え込む。
「コロモ、どう?」
 キズナに尋ねられ、コロモはキズナを一瞥すると、ヨマワルへとむかって喋りだす。身振り手振りを交えて何事かを交渉している。
「『戦う』『嫌い』『違う』」
 コロモが手話で私たちに伝える。
「つまり、戦うのは嫌いじゃないってわけかぁ……」
「『家族』『遊ぶ』『たくさん』」
 衣は手話で私たちにそう伝える。
「つまり……家族とたくさんじゃれあっていたわけだな……今は独り立ちというか進化も近いから、家族とは別れているわけだけれど……いずれは、求愛してくる雄を見極めるために……驚かす攻撃での根比べ合戦とかをやる時期だよなぁ」
 キズナ……ヨマワルのこときちんと調べているのね。感心感心。
「あと、縄張り争いでもその耐久力を生かして呪いをかけて逃げ回ったり、物影から呪いをかけて黒い眼差しで拘束するとか、色々戦う機会はあるからね。そういうのの練習のために母親の元で色々学んだのでしょうね」
「ふむぅ……レベルは低くないわけだし、ここは」
「また戦うの? あんたも好きよね……」
 本当にこの女は……女を捨てすぎだ。
「戦いに意欲があるっていうんなら見せてもらわないと……うーん。とはいえ、今度はポケモンに相手をさせようかな。俺はポケモンと違って、傷が治るの遅いから……つっても、手加減しても負ける気はしないけれど」
「手加減してあげればいいじゃない」
「出来ねーよ。攻撃は手加減出来ても、防御が固くてヨマワルの攻撃が一回もあたらなかったら興ざめだろ?」
 キズナはそう言って笑う。確かに、攻撃の訓練をさせるだけならばキズナの堅い防御と軽い身のこなしは役に立つのだが、戦うほうからしたら、舐められているみたいでつまらなそうだ。

「そういうわけだ、ヨマワル。ちょっと戦っていくか? お前をゲットするかどうか見極める」
 キズナはそう言って、セイイチをモンスターボールから繰り出す。
「やる気があるなら……こいつにって……セイイチはやっぱりだめだ」
 やる気満々に気合を入れていたセイイチは、戦いたくてうずうずしているようだったが、キズナは突然だめだと言って彼をしまう。きょとんとしたままボールの中に吸い込まれていったセイイチには、少しばかり哀愁を感じざるを得なかった。戦うつもりだったらしいヨマワルも、無い首をかしげる始末だ。
「どうしてセイイチじゃだめなの?」
「あいつ性格悪いし……セナの時はそれで失敗したからなぁ」
 納得。凄く納得……悪戯心を持ったあの子と戦う相手ってなんだか凄くかわいそうな気分になるもの……ねぇ。
「と言うわけで、出て来い、アサヒ!」
 今度こそ、出てきたのはコジョフーのアサヒであった。外の空気に触れた彼女は、戦えることを嬉しがっているのか上機嫌な様子でキューッと鳴き、キズナの太ももに頬を摺り寄せている。
「アサヒ、あいつと戦って実力を見極めてくれるか?」
 そのアサヒの頭を撫でながらキズナが頼む。アサヒは気持ちよさそうに鳴いて、ヨマワルを見据えた。
「ヨマワルのほうは、準備できているみたいだな……ちょっとだけ待ってくれ。アサヒの目を暗闇に慣れさせるまで。その間アサヒは深呼吸だ。気合を入れろよ」
 キズナの呼びかけにアサヒは頷き、気合を入れる。目のほうも、きちんと見えてきたのか辺りを見回し状況を確認。それを終えると、準備完了とばかりにヨマワルを睨みつけた。
「よし、それじゃあこっちだ」

 ◇

「よし、それじゃあこっちだ」
 私はキズナに案内されるがままに、広い場所へと連れて行かれる。山肌にある、小さなベンチと屋根がある休憩所。その傍らにある、砂利の敷かれた空き地が今回のバトルフィールドのようだ。
「アサヒ。そいつはゴーストタイプだからかくと……あ」
「どうしたの、キズナ?」
「コジョンドやコジョフーはゴーストタイプに対して滅法弱いんだったなぁ……」
 確かに苦手だけれど、それでも私頑張るもん。投げつける攻撃ならあくタイプだから、お化けだってへっちゃらだもん。
「しっかりしなさいよキズナ……」
「んまぁ、いいや。大丈夫だ、大丈夫」
 そうだよ、アオイおねえちゃんが心配することなんて無いもん。ご主人と一緒なら大丈夫だし。
「ともかく、アサヒ。出来る限り頑張れよ」
 合点承知! ご主人にいいところ見せてやるぞ!
『そーいうわけだ、ヨマワル。いざ、尋常に勝負!』
『はいな。ウチも頑張らせてもらいますわ』
 私は、まず足元にある石を拾う。大きさは小さい状態のモンスターボールより少し大きいくらいかな。丸っこいからあんまり血は出ないかもだけれど、これくらいの大きさならば十分痛そうだ。
 二つほど拾って、相手の出方を伺う。さぁ、何でもドンと来いと思って相手を見ていると、なんだか周りがどんどん暗くなっていく。
「この技……アサヒ、攻撃しろ!」
 む、よく分からないけれど、ご主人様は不味いと判断したみたい。先手必勝、私は石を投げる。悪タイプの力を持ったその石は、きちんとヨマワルにむかっていって当たったけれど、周りの暗いのは収まらない。
「ナイトヘッド……アサヒ、それは幻だ!」
 周りが何も見えない。と、おもったら突然暗闇の中から真っ白な手が私を掴もうとして、私はそれを避けるためにしりもちをつく。それでも白い手は追ってきた。怖くって怖くって逃げようとしたら、私は屋根のあるベンチの柱に頭をぶつけ、盛大に弾き飛ばされた。
「くっ……遅かったな、アサヒ、後ろ」
『いくわよ』
 目の前に星が散っている。痛いと思う間もなく、キズナとヨマワルのほうを振り返ると、足元から衝撃が襲ってきた。
「影打ちか……アサヒ、ストーンエッジ」
 尻を叩き上げられて、凄く痛い……殴ってやりたいけれど、ご主人が言うとおりあいつはゴーストタイプだし……こんな風にしか攻撃できないのが悔しいよぉ。
 投げつけた岩の刃は、ヨマワルに向かって飛んでいくけれど、まだ頭がふらふらしているのか、ヨマワル相手にはかすっただけだ。ゆれている景色の中でヨマワルは、目を光らせる。
「あ、アサヒ目をふさげ!」
 目を……どうしたって? その不思議と心地よい光を見つめていると、突然地面が傾いてゆく。やられたと思ったときにはもう遅くて、そのまま私の影が全身を叩くまで、一瞬であった。それとも私が眠っていただけなのか、それは分からないけれど……全身が痛くて、だるくて力が入らない。
『これでしまいや』
 そうこうしているうちに、ヨマワルの声が聞こえる。また周囲は暗黒に包まれて……

『大丈夫ですか、アサヒ?』
 気付いたら、私はコロモに抱かれていた。柱に当たった顔面の痛みとか、影に攻撃された痛みはもうだいぶましになっていて、多分コロモが癒しの波導を掛けてくれたのかな?
『なにが起こったの?』
『あのヨマワルと貴方が戦って、負けました。怪しい光を当てられて混乱している最中にナイトヘッドを当てられて……半狂乱になっていたところを僕とキズナで押さえました。で、そのまま力尽きたので……僕がこうして治療をしているということです』
『そっか……』
 私、気絶していたんだ……不甲斐ないなぁ。
『キズナさん』
 コロモが、キズナに私が目覚めたことを伝える。
「お、アサヒが目覚めたのか、コロモ?」
 キズナがコロモに抱かれた私の手足を見て、最後に柱に打ち付けた鼻面を撫でる。
「大丈夫みたいだな……アサヒ。さっきの勝負はお前の負けだ。そういうわけで、あのヨマワルは戦闘能力もそれなりにあるし、すぐにサマヨールに進化できそうだからな……あいつはゲットすることに決める。アサヒ……それで大丈夫か?」
 別に、仲間が増えるのは構わないけれど……はぁ。
「『くやしい』」
 折り曲げた指先を胸の周りで回して、私はその気持ちをキズナに伝える。
「『苦しい』……いや、『悔しい』かな? ……そう。悔しいか」
 苦しいと悔しいは同じ動きだけれど、どうやら伝わったみたい。そう、悔しい。そう思っていると、キズナは私の頭を乱暴に撫でる。
「鍛えるぞ。時間はまだある」
 そう言って笑ったキズナに頷いてから、私はキズナの懐に顔を埋める。コロモが押さえつけていた手を離して、キズナの腕に抱かれると、すっかり汗臭くなった服の匂いが少しだけ鼻についた。

 ◇

「じゃあ、ヨマワル。貴方はこのボールの中に入ってくれるかしら?」
 私はモンスターボールをこれ見よがしに構え、ヨマワルに中へ入るよう促す。ヨマワルは促されるままにコツンとモンスターボールに頭をぶつけ、その中に入り込んでゆく。しかし、恐ろしい戦い方をする……ヨマワルが堅いのは知っていたが、ああも簡単にアサヒの攻撃を受け止め、冷静に反撃するだなんて思いもよらなかった。
 少しでも抵抗できたならばアサヒもあそこまで悔しがることはなかったろうが、未進化のポケモンにあそこまで圧倒的にやられたら、そりゃショックも受けよう。幸運なのは、アサヒが踏まれたほうが強くなるような性格だったと言うことだ。
 バネのある性格は、強く育てたい立場としては助かりそうね。私はキズナみたいに強いポケモンを育てようと言う気はないけれど、アサヒのあんなひたむきな態度は、見ていて気持ちがいい。

「ねぇ、キズナ。名前はどうしようかしら?」
「うーん……ねーちゃんのポケモンだし、ねーちゃんが決めてくれよ……」
「えっと……それじゃあ……クライン。メビウスの輪は、裏表のない平面で、クラインの壷っていう裏表のない立体があるの。サマヨールの言い伝えである背中に触れると戻ってこれないって言う、その恐ろしさや、未知の領域というイメージ……それを、なんとなくかもし出せればいいかなぁ、なんて」
「いいんじゃねーの? それにしても、コロモにコシにクラインか……ねーちゃんの手持ちメンバーも、大分充実してきたな。ねーちゃんもバトルを始めてみたらいいのに」
「いいのよ。私はバトルに興味はないし……まぁ、ある程度の戦闘能力は合ったほうが商品価値も高まるだろうけれど……だから、バトルについてはキズナに任せる。私もこんな体だから、指導が難しい部分もあるし」
 本当に、上手く動けない自分の体が恨めしい。歩けないからだがこんなにももどかしいなんてね。ちょっと悔しくって、肘掛を強く握る。抗議のつもりなのか励まそうとしているのか、電動車椅子に憑依しているコシが微弱な電流を掌にながす。私の手の上にはコロモの手が添えられたりして、私の手を取ってくれた。
「『一人』『違う』」
 私がコロモを見上げると、コロモはそう言って微笑む。
「そうよね、皆がいるわね。だから大丈夫……きっと、大丈夫よね」
 きっちりとクラインが収納されたモンスターボールを構え、私は彼女を外に出す。
「よろしくな。ヨマワル……これからお前の名前、クラインって呼ぶからさ」
 キズナはそう言って、セイイチ、セナ、タイショウを繰り出す。こうしてみんなで並んでみると、やっぱり壮観だなぁ。
「私からも、よろしく」
 ぶら下がっていたコロモの手を私の手で掴み、持ち上げる。頭の高さまで持ち上げると、コロモは了解したと頷いて私の体にサイコパワーをめぐらせて、私を立ち上がらせてくれた。
「お、久々にねーちゃんに見下ろされたな」
「車椅子で浮いているときは結構見下ろしているでしょ」
「へへ、確かにそうだな。で、立ち上がってまでなにしたかったんだ?」
「んー……そうね。コロモは即戦力の強さだったし、コシも弱くはないし、戦わせるつもりで捕まえたわけじゃないでしょ? 今まで一人でやってきたわけじゃないけれど、こればっかりは本当に渡し一人じゃ出来ないことだからさ。
 だから、柄にもないけれど……キズナ。クラインの戦闘訓練……お願いします」
 私はコロモの手を痛くなるくらいにぎゅっと掴みながら上半身を傾ける。当然転びそうになるが、そこはコロモが上手く掴み、サイコパワーも交えて支えてくれた。
「おうおう、改めてそんな他人行儀に頼まなくたって、大丈夫なのに」
「いいのよ。親しき仲にも礼儀あり、でしょ? それと、コロモにも……」
 コロモに立たせてもらったまま、私はコロモの首に右手を添え、そっと引き寄せる。顔を半分を覆う前髪をそっと手でどけると、軽い口付けを交わした。キズナが声にならない声を上げる。……やっぱり、いきなりのキスはちょっと過激すぎたかなぁ?
 コロモまで大口を開けたまま突っ立っているし……それでも私を立たせることを忘れていないあたりは流石なんだけれど。それにしても、私の気持ちは否応なしに伝わっているんだろうなぁ……まだ一緒に生活して一ヶ月しか経っていないけれど、もう恋心と言って差し支えないくらいにコロモの事が大好きになっちゃって。
「これからも、ずっと一緒に居てね」
 私はコロモに笑いかける。コロモは私の下半身を折りたたんで椅子に座らせると、むずがゆい胸の角を撫でながら、必死に目をそらしている。
「ねーちゃん……ポケモンを家族と思うのはいいけれど、そういうのはちょっと……」
「いいい、いいじゃない! 私はコロモが好きなの、真剣に」
 ……これを公言できるのは、多分キズナしか居ないけれど。キズナ相手なら恥ずかしくないと思ったけれど、それでも顔が熱くなっているのが分かってしまう。
「ま、そういうのもアリかもな。うーん、でもなー……ちょっとやっぱり……」
「うぅぅ……言うんじゃなかったかなぁ」
 でも、私を気遣ってくれるあの態度に惚れちゃった以上、コロモに黙っていてもいつか絶対にばれるし……早めに言って楽になりたかったんだもん。しばらく沈黙が辺りを包んだけれど、セイイチとアサヒが退屈きわまって遊び始めたころに。キズナが雰囲気を破って言う。
「帰ろうか」
 タイショウとセナをボールに入れて、じゃれあう二人をそのままに、キズナは歩き出す。
「コシ、お願い」
 肘掛を撫でてコシに頼む。コシはふわりと浮き上がって、階段を緩やかに降り始めた。コロモは一度鳴き声を上げると、以後は黙ってついて行く。クラインもまた音もなく浮遊して追いかけ、私達は墓地の集まる山を後にする。キズナは足元が見えているのか。まぶしいくらいに明るいメール画面を見ながらだというのに、危なげなくカズキ君へのゲット自慢のメールを打っている。さすが忍者、凄い……。
 もう夕食は冷めているだろうけれど、お腹も減ったし早めに帰ろう。クラインにも、何か食べさせてあげないとね。


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あー……恥ずかしい。今考えても、何でコロモとあんな風にキスなんてしてしまったんだろう。でも、コロモはいつでも私に尽くしてくれるし……そこに恋愛感情はないかもしれないけれど、好きなものは好きなのよね。サーナイトの求愛は抱擁を交し合うことだけれど、今回は一応人間式でやらせてもらった。つまり、キスね。
人間式の求愛は、サーナイトにはよく意味が分からないかもしれないけれど、コロモも私の好意だけははっきりと伝わったんだろうな……うん、やっぱり恥ずかしい。
でも、初めて売り物にするためのポケモンをゲットしたんだ。今までのコロモは、私の介護をしてくれる家族だったけれど、これからは仕事のパートナーにもなるわけだ。改めて、関係を作っていくためのきっかけとしては、キスも悪くないはずよね。
さて、新しく仲間になったヨマワルのクラインだけれど、ヨマワルは耐久能力の高いポケモンだと聞いたけれどすさまじい。なんでも壁をすり抜ける能力を応用して、攻撃もすり抜けるだとかどうとか。
もちろん、すり抜け切れなくてダメージを受けるし、同じ霊体や悪の力に対してはそういった力が上手く働かないらしいのだけれど、キズナは『指輪とかネックレスとか、銀のアクセサリーを拳に巻けば普通に当たるぜ!』 と誇らしげに言っていた。何でも、キズナの師匠はそうやってヨノワールをほぼ素手で倒したとかなんだとか。
もう、ツッコミを入れるのも疲れました。

とりあえず、サマヨールに進化するまで鍛えてもらうのは確定だし、商品価値を上げるためにも、そこらへんの特訓についてはキズナに任せよう。
あの子はバトルの才能もあるようだし、あの子には介護に護身に、二つの利点を持たせられるといいな。

25日には、クラスのみんなとウチの子自慢大会もあるし、この子も連れて行こう。楽しみだなー

8月10日


Ring ( 2013/09/20(金) 20:16 )