第二十四話:みんなで一緒にピクニック
貰い物の絵。仲良し姉妹とコシ
8月5日
「よし……準備完了」
水着と、替えの下着。そしてタオルに、道中脱水症状で死なないための飲み物。モンスターボールに、ポケモン用の応急処置用セットと、連絡用の携帯電話もOKと。
正直に言うと、あんまり人に裸は見せたくないから水泳は好きじゃない。でも、今日は少数人数だけだから着替えを見られることもないし、それを思えば幾分か気が楽だった。ブラックシティにもプールはあるが、ホワイトシティではそんなものには入らずに、清流の湖や川で泳ぐのが待ちの住人のやり方なんだそうで。消毒されていない水だから汚いとか言う馬鹿な潔癖症の親(キズナ談……言い過ぎじゃ)もいるそうだけれど、大抵の子供はそんなこと気にせずに泳ぎ、時々その水を飲んだりもすると言う。
もちろん、お腹を壊す子もいるけれど、子供はそうやって病気に強くなるものだとキズナは自信満々に言っていた。その言葉がどれほど説得力のあるものかは分からないが、とりあえずそれくらいは澄んだ水なのだろう。森もすぐ近くにあると言っていたから、蚊は多そうだが良さそうな所じゃないか。
ローテーションバトルをやっている子を新しく見つけてきたと言うのも気になるところだし、本当に楽しみだなぁ。照りつける太陽の下を、額、こめかみ、うなじ、腰などにかいている汗を逐一拭いて、自転車を走らせる。炎天下に突き出された冷えていたはずのスポーツドリンクは見る見るうちに温められて、どんどんとぬるくなっていくのが分かる。
冷蔵庫から出した時点ですぐに水滴が覆っていたが、今は滴るほどの水滴が編みかごをぬらしている。そんな中でも虫ポケモンたちは元気で、少し目をやればいろんな所にポケモンが飛んでいる。田んぼの上ではメガヤンマたちがデート(と交尾)をしているし、田んぼの稲の陰に隠れてガマゲロゲたちも愛し合っている。
……見ないようにしておこう。
それにしても、最近やっとガマゲロゲが人里に姿を現すようになったというところか。何もわざわざあの日に焦って捕まえることもなかったようだ。まぁとはいえ今日までに色々サミダレの調整できたし、一応は捕まえておいてよかったと言うことになるんだろうけれど。
それにしても、無駄にいい天気だ。体力を容赦なく奪ってくるから、坂道を登るのが非常に辛い。アオイさんも来ているらしいけれど、こんなところを上らせると言うのは何を考えているのやら。いや、おそらくはあのコロモって言う名前のサーナイトあたりが押してくれているのだろうけれどさ。それにしたって負担が大きいんじゃないだろうか。
やがて、北東に向けて一時間ほど走らせた結果目的の場所と思われる湖は見えたが、さらにこの湖に流れ込む川がいくつかあって目的の支流はもう少し先だ。そこは他の支流と比べて広く、流れも穏やからしい。何回か家族で遊んだことがあったり、着替えが出来るスペースがあるとの事で、ここが選ばれたそうなのだ。
「よう、カズキ。こんにちは」
自転車を駐輪場に止めてから丸太で整えられた階段を下りると、そこにいたのはキズナとアオイと、もう一人別の誰か。白のワンピースに、黒い日傘を差したあの子が、例のローテーションバトルの仲間だろうか?
「こんにちは……えっと、こちらの方は……」
「ミドリネ カナだ」
そう言ってキズナは、今度は俺を指し示して言う。
「で、カナ。こいつがカズキ……面白いストライクを使う奴なんだよ」
「貴方が……始めまして。私がミドリネ カナ。洗礼名にフランチェスカとつくので、フルネームはフランチェスカ ミドリネ カナと申します」
「あ、これは丁寧にどうも……なんだか、ボーカロイドみたいな名前ですね。確かアレ……緑音サナとか言うボーカロイドいましたよね、高音が特徴のソプラノボイスなサーナイトの」
「また言われた……またそれなのね」
あぁ、どうやらカナさんはこれを何度もネタにされていたらしい。がっくりとうなだれているあたり、もう相当言われているのだろう。
「あぁもう、私は絶対にビリジオンをゲットしてミドリネから親しみを込めてビリジオン カナと呼ばれるようになってやるんだから!!」
「が、頑張って……」
そんな理由でビリジオンをゲットしたがるとは……いろんな理由があるものだなぁ。
「それで、えーと……俺は、オオサワ カズキ。ローテーションバトルくらいしかまともにやっていないけれど……おまけ程度にシングルも出来ます」
自己紹介して頭を下げる。
「いやー、やっとローテーション仲間が増えたなー。まだ3人ってのはさびしいけれど、なんというか、ようやく形になってきたって感じ」
「そう、かしらねぇ?」
のんきなことを言っているキズナに、アオイさんが苦笑する。
「まぁ私の中学でも同好会を作るには三人必要だから、ちょうどって感じなのかもね」
「そうそう。三人いれば役割分担も出来るしな」
「何の役割ですか……」
話についていけないカナは、苦笑して肩をすくめていた。
「ところで。アオイさんは車椅子を電動に変えたのですか?」
「ええ、これなら楽なので」
先程から気になっていた事を尋ねてみると、アオイさんは笑顔で答える。高かっただろうに、よくこんなものを買ったなぁ。
「へへ、実はそれ、凄い秘密があるんだけれどな。それはあとのお楽しみということで……皆集まったわけだけれどどうする? まずは、飯が腐らないうちに食べちゃおうと思っているんだけれど、お前らきちんと腹減らしてきたか?」
「減ってるよ。それ以上に、飲んでも飲んでものどが渇くほうが深刻だけれど……」
「一応、言われたとおりに、。こういうところで食べるのは、雰囲気もあいまって美味しいですからね。たくさん食べられるようにしてきましたわ」
俺の後に続いて、カナさんが柔和な笑みを伴って言う。
「そっかぁ。美味しいって言ってくれると嬉しいけれどなー……じゃ、」
そう言ってキズナは大きな弁当箱が入った風呂敷包みをあける。その中には黒塗りに白い花とかわいらしいアブソルの絵柄がちょこんとかかれた重箱があり、それをあけると立派な料理が顔を出す。
「まず、これがおにぎり。腐らせないようにするのと、塩分摂取のために味は濃い目にしてあるけれど、こんな天気なら美味しいと思う……で、こっちはバスラオの竜田揚げ。さめても美味しくなるようにカラッと揚げてあるから、よく味わってくれよな」
「へー……おいしそう。これ、キズナのお母さんが作ったの?」
「おにぎりは俺とねーちゃんが握ったけれど、竜田揚げは母さんだな……で、こっちは昆布とホタテの煮物で……」
6品目ほどの弁当を、キズナは嬉々として説明する。ユウジさんと違って素材の味を大事にした料理が多い印象で、どれもお弁当として持ち歩くために味付けや仕上がりに工夫をされているのがなんともおいしそうだ。
「とまぁ、こんな感じ」
「いちいち説明しなくたっていいのに…・・・」
「いーじゃん、ねーちゃん。母さんが頑張って作ってくれたんだしさ」
なんというか、家族っていいなぁ……キズナとアオイの掛け合いはうらやましいくらいに仲が良いし、母親との関係も良好みたいだし。いや、贅沢なことは言っちゃいけないか。俺にもユウジさんのような家族がいるし。
「これで全部だ。そんじゃま、いただきますを……」
「あー、ちょっと良いかな皆。俺も、少しばかりもってきたものがあってさ……」
「あれ、食い物は俺達が用意するからはもってこなくていいって言ったのに、わざわざ?」
「うん……人間のは用意してくるって言っていたけれどさ。ポケモンはいつも、朝夕2食だけだって言って……まぁ、ウチも毎日2食だけれど、それだとちょっとさびしいじゃん? だから、今日くらいは昼に食べてもいいかななんて思って……みんなや、そのポケモンたちのお口にあうといいんだけれど……まずは人間用」
最初に出すのは、水が漏れないように完璧に密封できる弁当箱の中に入ったもの。汁物だって保存できる優れものだ。
「何だコリャ?」
「血抜きして焼き上げたメブキジカの肉をニンニクで香り付けして、タマネギとルッコラとニンジン、メブキジカの頭の葉っぱを一緒に酢とレモンとオリーブオイル漬けにしたの。そんで塩コショウを振っただけの料理だけれど、隣の料理人のお兄さんが美味しいって言ってくれたから、多分美味しいと思う……」
水分が漏れないようになっているタッパーをあけると、暖められた中身がものすごい臭気となって立ち上る。思わず咳き込みそうになったが、その一瞬が過ぎるとこしょうの匂いとタマネギの匂いもほのかに香り、酢のおかげで食欲がわきあがってくる気分だ。
「すげーな。これお前が作ったの?」
「狩って来たって……ハンティングをしているとは聞きましたが、本当だとは……」
キズナもカナも驚いている。やっぱり、狩りをするって結構変わっていることなんだと実感する。
「今度は湖じゃなくってホワイトブッシュで遊ぶ? ポケモンと一緒に狩りをするのも面白いよ」
キズナはこんなことで引くような人じゃなかったのが助かる。カナさんも特にこういうのは苦手じゃないようだと聞いたから思い切って持ってきてみたけれど、反応は悪くないみたいね。
「んー……うちの子肉食のポケモンは……い……るけれど、丸呑みが主体ですしね……キズナさんなんかは肉食の子も多いので、悪くないでしょうが……」
「そっか、残念だな。今度肉食のポケモンが仲間に入ったら一緒に行きたいね」
「どうでしょうねぇ」
カナは苦笑していた。そのために肉食のポケモンをわざわざ仲間に入れるつもりもないということだろう。
「じゃあ、俺はその仲間に立候補しちゃおうかな。今度狩りのやり方教えてくれよ」
「教えるほど上手くないよ。ポケモンたちが頑張ってくれているから何とかなるけれどさ……」
あまり気乗りしないカナに比べると、キズナはきっちりと乗り気のよう。あんな森の中にアオイさんは連れて行けないから、これは二人きりで狩りに行くことになるのかな。その状態でポケモンレンジャーの人たちに出会ったら、なんだか冷やかされそうだな……まぁ、それはそれでスルーすればいいよね。
「対のデートの予定も決まったみたいねー。うらやましー……」
と、そんな事を考えていると、ポケモンレンジャーなんかよりもずっと早くアオイさんに冷やかされる。デートかぁ。キズナって男勝りだからあんまり女の子と話しているっていう感じがしないんだよな。
「っとー……話し込んじゃったけれど、次はこれ。最近まで知らなかったけれど、モンスターボールって死体も収納できるんだね」
そんな事を言いながら、俺はサミダレに氷付けにしてもらったメブキジカの内蔵を出す。
「ほー、こりゃ見事だな」
「狩りで殺された獲物……これが」
凍える風を念入りに当てることで霜が降りていたはずのメブキジカの臓物を入れたタッパーは、いまやスポーツドリンクのペットボトルが比べ物にならないくらいのずぶ濡れだ。大きなタッパーの中には肝臓が丸々一個と、そこに隙間を埋めるように
「こういうものを平然と持ってきちゃうのは、なんかキズナに似てるかも……」
「しょ、しょうがないでしょアオイさん……俺の経済力でみんなの分の食料なんて用意できるわけないんだから」
「そりゃまぁ、そうなんだけれど……背伸びしなくってもいいのに」
た、確かにそうだけれどさ……。
「とりあえず、これは肝臓とか小腸とかみんな大好きな部分だから、セイイチやアサヒちゃんには喜んでもらえると思う」
「だなー。アサヒもレバーは大好きだし……うーん、でも小腸を食べさせた事はないなぁ……だよな、ねーちゃん?」
キズナは予想以上に俺が持ってきた食料に興味を示しているが、さすがにこれはアオイさんやカナも若干引いているようだ。
「わ、私はどうでもいいかな……」
「うーん……うちの子、肉食はジャローダしかいないので、食べてくれるかどうか……」
あー……やっぱり失敗だったかも。アサヒちゃんとかが喜んでくれるなら成功と思っていたけれど、ちょっと楽観的過ぎたかな。
「まー、そんな話し合いだって食っているうちに出来るだろ。腹も減っちまったことだし、食べようぜ」
そんな事を考えていると、キズナは助け舟を出すように話を進めてくれる。
「そうですね。私もお腹がすいてしまいましたので」
「俺も……家から一番遠いし、その分たくさん食べてもいいよね」
「おう、食え食え。腐らせちゃ勿体無いからな」
俺が尋ねると、キズナは豪快に言ってくれる。
「じゃ、お言葉に甘えて……みんな出て来い!」
思えば、このメンバーも壮観になったものだ。ハハコモリのママン、ヘラクロスのイッカク、ストライクのゼロ、バルチャイのトリ、そしてガマゲロゲのサミダレ……後一匹なら、トレーナーズカード3級の俺でもゲットできるが、そうなると、後一匹は何を入れるべきだろうかな……
「よーし、俺も!」
そう言って、キズナも自分の手持ちを出す。タイショウ、アサヒ、セイイチといった見慣れたメンバーに加え、今回はエルフーンが加わっている。以前、育て屋で言っていたあの子だろう。
「キズナの新しいポケモンはエルフーンかぁ……前言っていたなついてくれなかったポケモンって……」
「そう、こいつ……楽しそうな環境を作って、無視したり構ったりを適度に繰り返していたら、やっと受け入れてくれたんだ。で、もう一匹ほど新しく入ったポケモンがいてだな……」
言いながら、キズナはアオイのほうを見やる。
「コシ、出てきて」
アオイさんが足元に向って声をかける。いや、足元と思っていたのは勘違いで、車椅子が浮き上がったかと思うと、それは見る見るうちに山吹色となって右の肘掛にあるコントロール用のレバーの部分が角になり、そこに顔が浮き上がる。
「ロトム!? でも、こんなフォルム……」
物体に憑依できると有名なポケモンだけれど、電気車椅子のロトムなんて聞いたことない。纏うオーラは優しい桃色。よく見ればふわふわと浮いている。その子の頭……と、言っていいのだろうか。肘掛の先端部分をなでながら、アオイさんは笑っていた。
「なにこの子……新種ですか」
「ですよ、こんなの見たことも聞いたこともありませんし……」
俺だけでなくカナも驚いて声を上げる。
「新種じゃないけれど、特別な子であるのは間違いねーかな。たくさんの個体から、電動車椅子に憑依できるような子を探して、こいつが一番上手く憑依出来たんだ……今年の自由研究の課題、こいつにしてみたんだけれど、なかなか有意義な研究が出来てるぜー」
そう言って、キズナが得意げに微笑む。
「この子を主軸に品種改良していけば、きっといつかは車椅子に憑依出来るロトムが一般的になると思うわ……私は、そのきっかけになれればいいかな……なんて。まだ、タイプも変わらないし特別な技を覚えたりもしないから、戦闘には役立たないけれど、とっても役に立ってくれるの」
アオイさんが、車椅子に憑依したロトムを撫でる。ロトムはくすぐったそうに震えていたが、とても嬉しそうに口元を緩ませていた。
「大切にされているんですね、このロトム……名前は……コシ、でよろしいでしょうか」
カナがロトムの顔を覗き込み、触ろうとする。するとロトムはふわふわと浮かんだままバックして、触らせてなるものかと拒否していた。
「そう、名前はコシ……なんだけど、この子基本的に家族以外には触らせないみたい。餌をくれるなら別みたいだけれど」
「ふふ、現金なことですね」
アオイさんの言葉にカナが笑う。うーん……ロトムってあんな風にも使えるんだ。アオイさんたち、すごい発想だなぁ。
「それでは、私も失礼して……みんな、出てきなさい」
そう言って、カナもポケモンを繰り出す。ジャローダ、バシャーモ、トゲキッス、ラッキー……すごいな。最終進化系ばっかりじゃないか。
「では、紹介いたします。ジャローダのチャリス、トゲキッスのブリューナク、ラッキーのアイギス、そしてバシャーモのレーヴァテインです……」
「すごいなー……強そうなのばっかり」
「貴方たちより、一年早くポケモンバトルを始めていますからね。ですが、ローテーションバトルの大会が始めるころには、追いつくことも不可能ではありません。頑張りましょう」
「そうだな、頑張ろうな、カズキ」
「現在進行形で頑張っている毎日だよ、俺は」
どうやら、カナは俺たちにとっては越えるべき壁なのかもしれない。実際にそうなのかどうかは戦ってみなければ分からないものの、あんな立派な体格を舌や面ばかりなのだ、一筋縄でいける相手ではなかろう。
「なー、そんな事よりも腹減っちまったよ。何でもいいからそろそろ食べようぜ」
「そうね。ちょうどポブレも持ってきていたから、バトルが終わってから食べるつもりだったけれど……草食系の皆さんはこれをどうぞ」
アオイさんがコシを小突いて指示を出す。するとコシは車椅子の下部の収納スペースであった場所から、ポブレを取り出した。
あんな風に事話でも指示できるようになるまで、数日で調教するだなんて、アオイさんもなんだかんだでポケモンブリーダーの才能がありそうだ。
「しかし30枚か……これじゃちょっと少ないな。足りない分は各自その辺の草でも食べて……」
腕組みをしているレーヴァテインとか、その他大勢からプレッシャーを感じてキズナは苦笑する。
「すまない、今度からは肉食のポケモン用以外の餌も用意しておくからさ……いっつもポケモンは二食って決まっているからさぁ……な?」
肉食でないためにくいっぱぐれるさだめとなったポケモンたちは、納得しつつもため息を吐いたり、意気消沈したりと少々不機嫌だ。イッカクやママンもちょっと不機嫌っぽいし……後で、何か買って帰ろうか。そうだな、木の実がいい……
「と、とりあえずいただきます」
「俺も、いただきます」
まず、真っ先にキズナがいただきますの挨拶をする。こうまでがっつくとは、本当に女の子らしくない女の子だ。負けてなるものかと俺もいただいま酢の挨拶をして、キズナに一瞬遅れておにぎりに手を伸ばす。
「あ、待ちなさいよ……私はお祈りしなきゃいけないのに……」
カナは、そういう宗教なのか、きちんとお祈りしてから食事を肺目なければいけないようで、一足遅れる。アオイさんは、そんな俺たちを微笑んで見つつ、自身はマイペースにいただきますの挨拶をして、おにぎりに手を伸ばした。説明にあったとおり、表面にまぶされた塩は結構濃い目で、塩辛い。汗をかいた俺の体には嬉しい味で、一口目から幸せな気分になれる。
そして、俺が持ってきた氷の解けかけた内蔵のほうを見ていると、なかなかに好評らしい。ゼロやトリがいつもどおり食べているのはもちろんのこと、狩って来た獲物をそのまま食べた経験なんて皆無であろうアサヒとセイイチは夢中になってかぶりついていた。
丸呑みが主体であると言うチャリスは、ジャローダ特有の気品を漂わせながら、その光景をしっかりと見つめていたが、やがて自分が分け入れる隙はないと察したらしい。下品にがっつくよりも、自分の手で狩ったほうが良いとでも思ったのだろう。川べりまで赴くと、川面を強く叩いてそこにいた小魚を気絶させ、水面に顔を突っ込んで水ごと体内に取り込んだ。
草食のポケモンたちは、しぶしぶながらもおのおの好きな草を食んでいる。美味しい草も買えばあるのだけれど、その辺の草と言うのは確かにちょっと意気消沈ものである。いや、ほんとごめんね……。
食事の最中は、お互いのポケモンを撫でたりなどして可愛がったり、サミダレが泳げないポケモンと遊んであげたり、人間同士で近況を話し合ったりと、充溢した時間をすごすことが出来た。
そのうち気分が乗ってきて、昼食が残っているうちから(もともとあまるくらいの量だったけれど)キズナは服を脱ぎだし(下にあらかじめ水着を着ていたが)セイイチやアサヒと一緒に遊びだしてしまった。余った昼食は、その辺の草を食べていた不満の残る組に分け与える。肉系統のものは大抵がキズナの胃袋に消えていたので、野菜やサラダ系統のものがポケモン達に回された。
極端な残り方をしてしまった弁当を見ると、俺も苦笑しか浮かばない。
「ふー……やっぱり、水タイプの子は泳ぎが上手いなー」
俺のサミダレを見ながら、キズナは言う。サミダレは最終進化系ということもあってか、大人として子供たちと遊んであげるくらいの器量があるようだ。
「みんな楽しそうねー」
草タイプのポケモンたちは太陽光をいっぱいに受けながら水辺で戯れている。ママンはセイイチと水を掛け合って遊んで、チャリスは蔓の鞭でセナをぶんぶんと振り回しては、上空に打ち上げて飛び込みを行う遊びに付き合っている。
ジャローダは気難しいと思っていたが、意外と付き合いはいいようだ。アサヒはブリューナクの白い翼に上空まで運ばれ、高い場所から飛び込みをして楽しんでいる。足がつくくらいの深さであるから、アオイさんもたまにリハビリに訪れるそうだが、コジョフーは足が着かない場所だ。いくらアサヒが身軽で小さいコジョフーだからと言って大丈夫なのだろうか??
タイショウは上半身だけ脱いで(下半身はアオイさんが全力で止めた)、サミダレと泳ぎで競争しているが、もちろん勝てるわけもなく惨敗している。コシはアオイさんを川べりに下ろして、フリーダムに川の上を飛び回るなど、ロトムらしいフリーダムな様を見せ、肝心のアオイさんはキズナと同じく服を脱いでコロモと一緒に足を動かす練習をしているようだ。
俺は、とりあえずカナと一緒に肩まで水につかりながら会話の最中だ。もちろん、水着は上半身も隠すタイプのものである。
カナさんからの質問は普段はどんな風に狩りをしているのかとか、自分でやる気はないようだが興味はあるらしく、楽しそうに聞いてくれた、こちらは1年長くポケモンを育てていたと言うこともあって、その苦労話を聞く。スバルさんほど経験はないとはいえ、それなりに苦労話が合ったようで、こっちもお話は大いに楽しめた。
ローテーションバトルを嗜む者同士、自己紹介ついでのバトルとピクニックは、なんだか幸せな時間だ。広いから、結構な大人数で遊びに来ても他の客たちと場所の取り合いにもならないし、客のいないプールでのびのびしていられる気分だ。
しかし、時間もいい具合になってきた。今は影の伸び具合からすると4時くらいといったところだろうか。食休みもとっくに終わったことだし、そろそろ目的のひとつであったバトルもやるべき時間帯だと思うのだけれど……
「……そーだな。じゃあ、俺はすでに2人とも対戦しているし、今日は、カナとカズキの2人でバトルしないか? 審判は俺がやるからさ」
「ん……」
「ふむ……」
俺とカナが顔を見合わせる。この数時間で結構仲良くなったつもりだけれど、やっぱりポケモントレーナー同士、語るべきは口よりもポケモンバトルなのだろう。
「そうですね。お互いのポケモンで自己紹介してしまった後で……手の内をさらす楽しみはなくなりましたが」
「いやいや、でも実際にどう動くかなんて動いて見なきゃ分からないもんだしさ。えっと、よろしくお願いします、カナさん」
「えぇ」
やるとなると、カナの目つきが変わる。多分、俺の目つきも代わっていると思う。わくわくして仕方がないのだ。
「今回、この川もフィールドの一部として利用しよう。と、言ってもサミダレが有利になっちゃう気もするけれど……逆に、ブリューナクみたいな空を飛べるポケモンは、相手を水中に落としてなぶり殺しにすることも出来るはずだし。
水タイプだからどうのこうのとか、そんなに難しく考えずにバトルフィールドとして利用しような」
「了解です」
「OK、頑張るよ」
そういうわけで、フィールドの状態も含めてパーティー編成を考え、持ってきた道具を分配するが、今のところまだトリが使い物にならないから、実質チーム編成は一択になってしまう。すなわち、ゼロ、ママン、イッカク、サミダレの4匹だ。控えはどいつにするべきかな……。
ともかく、俺はポケモンを選び終える。今回はママンを温存し、ゼロ、イッカク、サミダレを先発で出す。対するあちら側は、おそらくバシャーモのレーヴァテインやトゲキッスのブリューナクが先発で来るだろう。虫タイプが多すぎる俺たちのパーティーに対しては、それが一番現実的な手段だし……。
うん、出たとこ勝負だ、とりあえずは相手のポケモンを見ないことにはなんともいえないし……それに、相手も4体しか手持ちがいないから、先発よりもむしろ誰が控えになるのかを考えるべきだったんだ。えーと……ジャローダ? いやでも、ジャローダはサミダレに対して強力な攻撃が出来るし……そうなると、控えはラッキーのアイギスかな? きっとそうに違いない……
「それでは、これからローテーションバトルをはじめます。交換とかのルールは……まぁ、いつもどおりで。待機中のポケモンとの交代はタッチで認められ、10秒以内の交代は出来ないものとします。あとは面倒くさいから、そろそろはじめ!」
「え、もう!?」
「え、ちょ、ま……」
カナと俺はキズナの適当な審判ぬりに同時に声を上げつつも、キズナの指示に従いポケモンを繰り出す。正直、こんな形でポケモンを出すだなんて思いもよらず、だからといってポケモンを間違えることはなく、双方共に控えを一匹残し、三匹のポケモンを繰り出した。トリは戦闘には参加させないで、見学ということで外に出している。
カナは……やはりと言うべきか、ラッキーを控えにして他の三匹を出す。
「ゼロ、お前だ」
「ブリューナク、行きなさい!」
そして、相手が繰り出すのはトゲキッス。明らかにスカーフを巻いているところを見ると、スタンダードなエアスラッシュ天の恵み型のようだ。普通のポケモンならば強力かもしれないけれど、あたらなければどうということもない。
「ゼロ、お前のすばやさ見せてやれ!」
「いつもどおり、落ち着いてやりなさい」
いつもどおり、と言われてブリューナクが選ぶ行動は、やはりと言うべきかエアスラッシュ。それを放たれてからしみじみと思うけれど、やっぱりこのゼロと言うポケモンはローテーションバトルをやるために生まれたようなポケモンだ。
翅をばたつかせ、脚と翅の力で跳ね飛ぶ。目にも止まらない飛び退きから、そのまま奔ってゼロは迫る。低空から、距離をとろうと後ろ向きに飛行してたブリューナクへ向い、カマを槍のように突き刺してまず一撃。小突かれたブリューナクは、さらに距離をとろうと躍起になる。
しかし、ゼロはそれを許さない。一瞬で敵の頭上、つまりは背後まで飛んだかと思えば、そのカマでブリューナクを叩き伏せる。
「な……なんて速さ」
カナがゼロのすばやさに驚いている……最近さらにすばやさを上げるように頑張っているとはいえ、確かにこの速さは脅威だ、空中で翅を用いて急降下を始めたゼロは、その脚でブリューナクを踏み潰そうとかかるが、その前にブリューナクははいずりからの跳躍、飛行によって逃げる。
しかし、それを許すゼロでもない。彼はそのまま立ち上がって追いかけ、再びカマを振るい、今度は叩きつけるのではなく、抱き込むようにカマを折りたたむ。そのまま、翅を用いてゼロは河へとむかって急降下。ゼロはそういえば無呼吸で行動しているんだっけ……その代わり20秒くらいしか攻撃できないけれど、その少ない秒数ゆえに常識はずれの身体能力は、ご覧のとおりだ。
水の中に落とされたブリューナクは、最初から無呼吸のゼロと違って乱れている。ゼロが息を切らす前に電光石火の速さでこちらに向かってきたが、ブリューナクは沈められた際に水を飲んでしまったらしく、激しく咳き込んでいる。
「戻ってきなさい、ブリューナク」
当然、カナの指示は一時退避して体勢を整えることだが、そうはさせない。確かに、飛行タイプに弱いうちのパーティーだけれど、それなら飛行タイプへの対策をきちんとしてやれば言いと言うだけのお話。
「イッカク、お前が交代して――」
ゼロが高速で戻ってくるまでに、そこまで言い、ゼロとイッカクがタッチする。
「撃ち落とせ! 飛ばないとエアスラッシュは使えないから、決して飛び立たせちゃだめだ!」
まだ咳き込んでいるブリューナクを、ここぞとばかりに攻めてやる。そう思って指示が終わる前から、イッカクは岩を形成してそれをブリューナクに当てる。そのままブリューナクが落ちたところは水際。まだスピードが出ていないから、数個投げた飛礫の二つが運良くあたってくれたというところ。
しかし、飛び立つ前に撃ち落とされてしまえばもう終わりだ。
「今だ、組み伏せろ! お前の力なら行ける!」
相手もこだわりスカーフのせいで『翼から』『空気の刃』を発生させる技しか使えなくなったのが痛い。エアカッターやら風起こしやら、基準に当てはまる技は使えても神速も波導弾も使えないのでは、一度体制を崩してしまえば形無しだ。そういう相手にこそ、ゼロは強いのだということを最近だんだん分かってきた。
イッカクは、背中の甲殻を開いて羽を露出する。間髪いれずに翅を動かし、跳躍とあわせて飛び立ったイッカクが、体勢の整わないままのブリューナクを捕らえる。
「いいぞイッカク。そのまま水中に引きずり込め!」
ふだんのトゲキッスならばそれも無理だろうが、今は弱っている上にイッカク自身も火炎珠の効果で強力な膂力を得ている。翼をがっちりと押さえられて飛行も出来なくなったブリューナクは、そのまま水中へと引き込まれて、イッカクの怪力に押さえ込まれる。
そのままバタついて何とか逃げようともがいてみるも、火傷を負ったイッカクの怪力の前にはすべてが無駄である。
「……ブリューナクはリタイアさせます。カズキさん、イッカクに指示を」
そのまま窒息する前に、カナはブリューナクを退避させるように指示を下す。
「イッカク、もういい。離してやってくれ。それと、戻って仲間と一緒に待機」
俺がそう指示すると、イッカクはブリューナクから降り、引き上げる。息も切れかけていたブリューナクはしばらく荒い息をついていたが、自分の負けを認めると力なく飛行して主人の元に戻っていった。
「トゲキッス、降参。カナは次のポケモンを出してください」
キズナの宣言が響く。よし、まずは一人、順調だ。
「こだわりスカーフがなければ神速で後退する事だって出来るんですがね……こういうときは歯がゆいですね」
「電磁波主体のまひるみ型なんてのもあるし、そいつをやってみればいいんじゃないのかな……なんて、素人意見だけれど」
ゼロみたいに規格外の速さを持つ子でもなければ、大抵はスカーフでいけなくはないと思う。スカーフ型も強いことは強いんだし、型のひとつとして考えればいいんじゃないかなと思う。
「仕方がありませんね、アイギス。スタンバイしてください」
「……さて、どうするべきか」
今度出してくる相手が何なのか、図りかねる。ラッキーのアイギスがあいてだったら、特殊主体のサミダレじゃ相手にならないし……だからといって、きちんとイッカクを休ませたい。
「サミダレ、雨乞いだ」
ポケモンの技でこんなこともあろうかと、みんなまだ水着のままだけれど……逆に日本晴れだったら日焼け止め無しじゃきつかったろうな。
「チャリス、リーフブレード」
ならば誰が相手として出てきてもいいようにと、待機させていたサミダレに向かって雨を降らすことを指示する。これなら、どう転んでも悪いことにはならないはずだ……と、思ったけれど、いきなり最悪の相手を用意してきやがった。
サミダレが横なぎのリーフブレードを受ける。半身になったまま腕をかざしていなそうとするも、さすがに相性が悪すぎる。深々と切り裂かれた彼の腕からは鮮血が飛び散った。
「サミダレ、退避し……くそ、10秒ルールが……」
すぐにでも退避しておきたかったが、それは許されない。
「蔓の鞭を伸ばして追撃」
ただ、雨の影響が出ればこのサミダレはゼロにだって対応できるだけのすばやさはある。前を見ながらバック走するサミダレは、蔓の鞭の予備動作で軌道を読み、後ろに倒れこんで一瞬仰向けになりつつもその蔓を避ける。
「よし、そのまま一直線」
「チャリス、貴方も退避しなさい」
ああいう鞭系の攻撃は切り返しは苦手なはず。すばやくもう一撃が来ると言うことはないと信じて、サミダレはこちらに逃げおおす。
「……まさか、ガマゲロゲが読まれるなんて」
「カズキ君。あまり1匹のポケモンを凝視しちゃあ読まれちゃうよ。ずっと……って言っても2秒か3秒だけれど、ガマゲロゲをずっと見ていれば、そりゃねえ」
偶然なのだろうかと思っていた矢先に、アオイさんからはそんなアドバイスが。
「なるほど……ありがとうアオイさん。じゃあ次は、イッカク!!」
「レーヴァテイン、相手をしてあげなさい」
ほぼ同時に俺とカナは指示を終える。炎タイプはこないと思ってイッカクを行かせたが、これは一体どういうことだ。いや、確かバシャーモも飛行技を使えたはず。ブレイブバードとか……それとも、ストーンエッジを当てるためにこいつを選んだのだろうか?
「イッカク、ブレイブバードに気をつけろよ……とりあえず、インファイト!!」
「突っついてやりなさい」
バシャーモが指を伸ばし、川の字を作る。どういうことかと思ったときにはもう遅い、彼の強烈な抜き手が懐へ入り込む前のイッカクを襲う。素早く鋭いその一撃には、火傷を負って少なからず体力が減少していたイッカクには堪えたらしい。一撃だけレーヴァテインの腹に強烈な一撃を叩き込み、一矢報いることは出来たものの、それを終えると力なく倒れるばかりであった。
さすがに、根性の特性が発動している状態のイッカクの一撃は強力だったらしく、レーヴァテインも男としてあこがれるくらいに引き締まった腹から血を流して苦しそうにくちばしを食いしばっている。
「つつく……ってレベルじゃねーな。っと、ヘラクロス戦闘不能。カズキ君は新しいポケモンを出してください!」
「格闘技の延長ですので、バシャーモのつつく攻撃は強力なんですよ、キズナさん」
自分のポケモンを褒められて、上機嫌そうにカナは言う。ふと後ろを見れば、同じ鳥同士何か通じるものでもあるのか、トリがレーヴァテインに羨望の眼差しを向けている。バシャーモはタマゴグループが陸上だからトリとは違うんだけれどね。
「ママン……出て来い」
控えのポケモンを出し、俺はため息を吐く。ママンは俺の顔を見て、任せろとばかりに頷いた。
「次は……」
ここで難しいのは、ローテーションバトルには後出しの法則があると言うこと。10秒は連続で交代してはいけないルールがあるから、こっちが相手にとって都合の悪いポケモンを出したとして、後からならばすぐに相性のいい仲間に交代してしまえるため、あとに交換した方が圧倒的に有利という法則だ。現にレーヴァテインはいつでも後退できるように、バトルフィールドの端っこで待機している。
「ゼロ、行け!」
雨に打たれて体が冷えないようにと炎をともしていたレーヴァテインは、ゼロに狙いを定める。あいつ相手には普通に対処しても無駄だと言うことをなんとなく分かってきたらしい。ぎりぎりまでひきつけて確実に当てるつもりなのだろう、構えた腕が非常に怖い。
「守りなさい!」
「ツバメが……」
しかし、ゼロはそんな構えなんて何の意味もないくらいに速い。まずは、カマを切り上げ、構えた手を弾いてからの袈裟懸けの太刀筋を描くツバメ返し……のはずだが、レーヴァテインは緑の障壁を張り出し自分を守る。すぐに疲れてばててしまうゼロの疲れを誘っているのだろうか。
「ゼロ、障壁がなくなるまで待って、そのまま攻撃だ」
「ストーンエッジを狙いなさい!」
障壁がなくなったところでカナの指示が下る。再びのツバメ返しで、相手が構えた腕を弾いて、懐に入り込んで翅で打ち付ける。ブレイズキックで反撃したレーヴァテインだが、炎の威力は当然弱く、膝の硬い部分ですねを受けて止められてしまう。ゼロの防御は紙だけれど、さすがに一番硬い部分で敵の攻撃を受ければバシャーモの攻撃力も形無しだ。
蹴りを受け止めた後は、バシャーモの股間に峰打ち。股間は性別とか睾丸の露出の有無にかかわらず急所だし、かなり痛いはず。しかし、ここで予想外が……峰打ちのあとレーヴァテインへ蹴りを放って距離をとろうとしたゼロだけれど、敵はゼロの脚を掴んでしまった。痛いだろうに……頑張るねぇ。
「な……」
「ようやくですか」
ゼロは腕を掴まれながらも、掴んでいる相手の左腕へ向かってツバメ返し。しかし、それで引き剥がすことは出来ず、レーヴァテインのストーンエッジをまともに喰らい、ゼロは戦闘不能となった。後ろでは、トリがとても喜んでおり、ぴょんぴょんと跳ねているうちにオムツが脱げてしまった。中は真っ白な尿と黒い糞が混ざったカオスな状態に……ちょうど川に来たことだし、頭蓋骨はちゃっちゃと洗っておこう。
どっちの味方なんだといいたいが、トリは子供だしここはぐっとこらえて、とにかく前の戦いに集中しよう。
「ゼロ。どうして……お前そんな奴に捕らえられるほど遅くないだろ……」
「この子は……ポケモンの特性の違いについて研究するエンドウ博士から譲り受けた子なんです……特性は加速。時間稼ぎには定評がありますの」
「……なるほど。そんなバシャーモがいるだなんて……なら、お前だ、サミダレ」
技というか、タイプを見る限り炎に非常に弱いママンを出せる相手ではない。加速バシャーモとてインターバルを置けばせっかくの加速も台無しだろう。ならば、加速の効果が薄れるまでインターバルを置かせる……もしくは、水タイプの攻撃でごり押すべきだ。
スバルさんから譲り受けた湿った岩のおかげでまだ雨乞いの効果はある。相手は両腕とわき腹、股間。そしてヘソがありそうでない部分を負傷しているし……強力な足技が残っているとはいえ、すでにぼろぼろ。あれだけ腕に傷を負っていれば素早い動きは出来てもバランスが取りづらいだろう。
「波乗り!」
「飛び膝……だ、だめ! 逃げて!」
近づけば素早い一撃で叩き伏せられる恐れはある。だけれど、波乗りならばそもそも近づかせることすら不可能だ。そして、雨の下でのサミダレの素早さは、加速バシャーモにだって負けはしない。だけど速い……追いつけるのか? そんな事を考え、退避するレーヴァテインを追うサミダレを見守っていると、なんと敵が転んでしまった。
倒れながら振り向き備えようにも、すでに脚は波に飲まれていた。そのまま、雨の力で肥え太った大波に飲み込まれたレーヴァテインは、そのまま戦闘を続行できないコンディションとなる。
「……バシャーモ、戦闘不能」
後ろでトリの残念そうな声が聞こえた。もういいよ、トリは敵側で。
「よし! サミダレは戻るんだ……ママンに蹴りをつけさせる」
「アイギス……貴方が最後よ。頑張って」
ママンとアイギスがバトルフィールドに立つ。特殊技に対して強すぎるくらいに強いラッキー相手では、サミダレも相手は難しかろう。
「ママン、剣の舞!」
自身の体を脱力し、攻撃時の威力を底上げする呼吸法、剣の舞。こいつを積めば、どんなに固い奴だって何とかなるもんだ。
「アイギス、小さくなりなさい」
ママンとアイギスが、ともに技を積みあう。共に、自身の得意な先方に持ち込むつもりなのだろう。
「いざ! 毒々」
「まだだ、もう一度剣の舞!」
早々に仕掛けてきたアイギスの毒々をこらえてもらい、俺はさらに剣の舞を指示する。一撃じゃおそらくアイギスを倒せない。毒々は厄介な技ではあるが、それでも効果が出るまでにはそれなりの時間がかかると言うものだ。
「さらに小さくなる」
「リーフブレード!」
「かわしなさい!」
ママンが地面にカマを突き立てるが、やっぱり外れてしまう。
「もう一度、リーフブレード!」
「小さくなるを続けなさい。そしてかわすのです」
だめだ。このままじゃ毒に侵されて衰弱して終わる……その前になんとしてでも当てないと。
しかし、あせればあせるほどママンの攻撃は当たらない。そのうち、逃げ回るアイギスが水中にもぐりこみ、さらに視界を不明瞭にして攻撃しにくくなってしまう。小さくなったアイギスは簡単に水の中に沈み、水の中に紛れ、息が切れる前に水から上がりつつもこそこそ隠れてやり過ごす。そのうち、めまいや吐き気まで催してしまったママンはその場に跪いてしまう。
何とか立とうと頑張ったが、それも無駄だった。こちらをすがるように見つめ、ママンは戦意喪失を訴える。
「……俺の負けだよ、カナ」
正直、今のアイギスにサミダレで勝てる気がしない。
「いいのか、カズキ? まだサミダレが残っているぞ?」
「いや、多分無理だと思う。こっちが削り殺されて終わるかと……」
キズナの言うとおり、諦めないと言うのも大事だけれど、こうなってしまうと奇跡を信じるくらいしかかつ方法はなさそうだ……
「分かった。カズキの降参により、カナを勝者とします」
「まーた……すごい戦いだったわねぇ。練習試合なのに、手に汗握っちゃうわ」
アオイさんのこの言葉は、褒めてもらえているのだろうか。まぁ、一日の長があるカナに切迫できたと言うことは、褒められているのかもしれないけれど。やっぱり負けるのは悔しいな……
「ママン……無理させちゃったな」
衰弱し、立ち上がれないママンを抱きかかえる。モモンの実は持ってきているからすぐに処置は出来るけれど、体力は衰弱しているから少しばかりかわいそうな状態だ。
「あの……カナ。よければ、アイギスの卵をママンにもらえるとうれしいんだけれど……」
「えぇ、了解です……アイギス、卵を」
カナの指示を受けて、アイギスは俺の後ろにつき従うバッグから取り出したモモンの実を噛み砕き、口移しで与えると、ママンはうつろな目をしたままそれを飲み下した。明らかに状態の悪いママンだけれど、休んでいれば毒もそう酷く進行することはない。あとは、モモンの成分が体中に行き渡ってくれれば毒も治るだろう。
次は、アイギスからもらったタマゴをかわらの石で叩いて割り、タマゴに空けた小さな穴から吸わせるように飲み込ませる。濃厚な卵のにおいが立ち上って、なんだか匂いだけでもお腹いっぱいになりそうな香りだ。
「……ママンはもう大丈夫かな。あとは、イッカクにチーゴの実を」
「他のポケモンの応急処置もあるだろ? 俺が手伝ってやろうか?」
一人で処置をしていると、キズナがいいタイミングで協力を申し出る。ありがたい。そういえばトリがいないなと思って周囲を見回すと、彼女はレーヴァテインの元にむかっていた。なんだか、ベタぼれみたいだなぁ……タマゴグループ違うのに。
「コロモ、お願い……」
見れば、アオイさんに頼まれてコロモも一緒に来てくれている。彼は癒しの波導が使えるから、怪我したポケモンの処置ならお手の物だし、カナもカナでタマゴのほかにも癒しの波導やジャローダのロイヤルヒールで仲間を癒して回っている。
こうしてみると、相手もかなりの深手を負っていて、負けちゃったけれど……結構惜しい感じだったんだと自覚する。
「ごめん、ゼロ。お前の素早さを過信していた」
ストーンエッジを喰らったゼロはなかなかの深手を負っていて、ところどころにオボンのみを噛み砕いたものを塗りつけ、その上から癒しの波導をかけることになる。最初こそ話しかけてもほとんど反応しなかったゼロだけれど、コロモのおかげで何とか自力で起き上がれる程度には回復する。家に帰るころにはもう少し元気になってくれているといいんだけれど。
「イッカク、大丈夫?」
話しかけると、イッカクはチーゴの実をくれと言っているような気がした。多分実際に言っているんだろうけれど、分かってますよとばかりに俺もチーゴの実を渡す。イッカクは嬉々としてそれにかぶりつき、火炎珠を胸に下げていて火傷した部分にはその汁を塗りつけている。どうやらイッカクは自分で何とかなりそうだ。
「サミダレ……お前も腕の傷は痛いだろ?」
最初にリーフブレードを喰らったサミダレの傷に、オボンの実の汁を塗りつける。癒しの波導をしたところで傷がすぐにふさがると言うことはないが、痛みなんかはこれだけでもずいぶんと楽になることだろう。
「ふぅ……」
全員の処置が終わるころには、もう時刻も5時になっていた。
「もういい時間だな……このまま水着ってのもどうかと思うし、そろそろ帰ろうか」
もともと、このバトルが終われば帰るつもりだったので、キズナの言葉に反論するものはいなかった。
結局、体の傷は誰にも見せることなく俺は一日を終える。帰る前にもらったいくつかのアドバイスを思い出しながら、俺は夕暮れへと移り変わってゆく太陽の下、自転車を走らせた。
それにしても……今日は楽しかった。学校では、誰も相手にしてくれない俺だけれど、同じ学校じゃないおかげもあってキズナもカナも普通に接してくれる。それで、みんなと一緒に食事だ。楽しくないわけがない。
キズナもなんだかんだで学校じゃ一人ぼっちらしいし(何でも本音しか言わないらしく)きっと同年代の友達がほしかったんだろうなぁ。でも、キズナは俺と比べると……家族がいるだけ幸運だよなぁ。
「家に帰っても……こいつらはいる、けれどさ」
ちょっとだけ、何かが違うと思ってしまう。ポケモンと一緒にいるって……それは非常に貴重なことだと思うんだけれど……やっぱり人間の家族が欲しいな。
「欲しいと思っても、それはきっと……ただのない物ねだりなんだけれどさ」
やめよう、と俺は思う。しかし、こんなに未練たらしく考えてしまうとは思わなかった。それだけ、キズナが魅力的って言うことなんだろうけれど……あんな仲のいい家族なんて、俺には……少なくとも、十年は無理だろうね。
あぁもう、嫌だ嫌だ。家に帰ったら、レポートでも書くかな。
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今日は、キズナに呼ばれてホワイトフォレストの川で遊びました。ポケモンバトルのついでの遊びのつもりだったけれど、むしろバトルのほうがおまけなくらいに楽しんじゃったかな。
まぁ、私事はこんなところにしておいて……ポケモンバトルについて。
ポケモンバトルで今日印象に残ったことは、アオイさんからの注意。普通のシングルバトルは、モンスターボールの上からポケモンをうかがい知ることは難しいけれど、ローテーションバトルでは即座に交代可能なポケモンが3匹出ているわけになる。
それを、じっと凝視していた俺は、次に何のポケモンを出すかばれてしまったらしい。いわれてみればその時はガマゲロゲのサミダレを凝視していて、その時カナは最も相性の悪いジャローダのチャリスを繰り出してきたわけだ。凝視する以外にもばれる要因はあるだろうけれど、こういうときはポーカーフェイスが原則って事だね。
後は、サポーターが一人いたほうがいいとも言われた。雨を降らすことで虫タイプを出やすくするのはとてもいいことだけれど、もっともっと光の壁を貼れるとかそういう役割のポケモンがいればよいと。
うーん……とりあえず、トリはサポーターとして育成する予定だけれど、ほかにはどんなポケモンがいいのだろうかなぁ? 壁を貼れると言うと、なんだかコロモを入れればいい気がしてきたけれど、サーナイトを入れればいいのだろうか?
分からないけれど、サポーターになれそうなポケモンを今から目星つけておこうかな。
8月5日
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レポートを書き終えて携帯を見てみると、そこには見たかったような、見たくなかったような名前と、最悪の書き込みが入っていた。
差出人:母親
件名:近いうちに帰ります
内容は……20日に男を連れてくると言うものであった。
半年以上もの間、ずっと家に帰ってこなかった母親が、何のために家に男を連れてくるのかなんて分からない。もしも、家賃を払えなかったとか、何らかの理由で追い出された(というか、20日に追い出される?)男を連れてくるのだとしたら……それはつまりろくな男ではないと言うこと。
なんだよ、それ……というか、今母さんは一体どんな顔をしているんだ? 戸棚にあった薬は風邪薬でもないし、糖尿病の薬でも無い。あんなもの、やめられないから今も……服用しているはず。再会する母さんは、俺の知っている母さんなのか?
いや、ある意味俺の知っている母さんであって欲しくはないけれど……あぁ、嫌だ嫌だ!! すべて忘れたくて、俺は現実逃避のためにメールを打つ。
「『今度の14日。一緒に狩りにでも行きませんか? キズナも前からやりたがっていたし、その日は一日暇なんだ』……と。返事、来るかなー……」
寝る前、俺は狩りに興味を持ってくれたキズナを遊びに誘う。キズナはサバイバルの基本をジムの師匠から学んでいるらしく、忍者だから足音を消したり気配を消したりするすべもかなりのものらしい。だから、即戦力になってくれると思うけれど、どんな風に戦ってくれるか楽しみだなぁ。
手裏剣を投げてメブキジカとかを仕留めてくれるだろうか? 俺よりも早く正確に獲物へ吹き矢を向けられるんじゃないかとか、そんな愉快な想像ばかりが浮かんでくる。なんにせよ、アサヒやセイイチのように肉食のポケモンも居ることだしあいつとの狩りなら、楽しめそうだ。
母親のことは、ともかく忘れたかった。