BCローテーションバトル奮闘記





小説トップ
第一章:初心者編
第二十一話:自由研究はロトムを題材に
8月1日


「届いたぁぁぁぁ!!」
 母親に黙って勝手にネットオークションで購入した電動車椅子が、今日届いた。叫んだのは私ではなくキズナだ……我が妹よ、使うのは私だぞ?
 キズナがタイショウと協力して(100kg近くあってかなり重い)梱包のためのプチプチ(気泡緩衝材)を剥し、中身を出して、組み立てなどのもろもろのセッティング。母親にこれはなんなのと問いただされたけれど、私は素直に謝りつつも自分のやりたいことがあるからといって何度も頭を下げる。
 結局は、自分の金しか使っていないからということで、中古だと数万円という格安で手に入るとはいえ、中学生には高い買い物であることには変わりない。そういうものを買うならきちんと相談しなさいとのお叱りは受けたが、それ以上のお咎めも無し。コンセントに刺して、充電を終えたころには、私もキズナも準備万端であった。

「行ってきます!」
「同じく、行ってきます!」
 キズナと私、一緒に家を出る。電動車椅子の性能調査もかねて、不法投棄の現場へと向かった。電動車椅子の調子はおおむね良好で、誰かに押される必要がなくともすいすいと進む。コロモは一応出しておいたが特にやることもないようで、キズナと一緒に早歩きくらいの速さで歩いている。
 この炎天下だからか、そんな歩き方でも大量の汗を流しているので、せめて自転車ならなぁ……と思わずにはいられなかった。ここらへんは仕方ないと割り切るしかないんだけれどね。
「なぁ、ねーちゃん。乗り心地はどうだ?」
「まぁまぁよ。早歩きくらいのスピードしか出せないし、きつい坂は上れないのが難点だけれどね」
「じゃー、スピードアップだ!」
「え、ちょ……」
 そんな早歩きくらいのスピードでも、私にとってはとても嬉しかったのだが、妹にはものすごく焦れったかったらしい。我が妹は、結局ハンドルを掴んでダッシュで走り出す。それにはコロモも一緒になって、2人で並んで走る様はジョギングのよう。
 腕が疲れたらコロモとキズナで交互に交代し、入れ代わり立ち代わり目的地を目指す。なんというか、ものすごく馬鹿なことを大まじめにやっている。男って馬鹿みたい……キズナは女だけれど。

 気づけばキズナの服は胸のあたりからじんわりと濡れていって、へそのあたりまで濡れているんじゃなかろうか。ぴったりと肌にくっついた服は非常に鬱陶しそうで、凍える風の一つでも放ってやれば喜ぶんじゃないかと思うくらいだ。暑さに負けないのはいいことだけれど、見ているこっちが暑苦しい。キズナの見た目はそんな感じであった。
 ところで、荷物持ちは私である。理由は簡単、私の電動車椅子は100kg近くあるし、成人男性を乗せても大丈夫なので、今更スポーツドリンクの1本や2本(ただし2リットル)増えても問題ないということだ。ただしこれでは4リットルの飲み物でも賄えるかどうか心配になってきたが……キズナは、はしゃぎ過ぎ。
 しかもキズナは案の定裸足なのよね。不法投棄の現場に行くんだから、当然何かの尖ったパーツやらガラスやらを踏むことになるのだから、それはねーよと私は言いたい。全く、我が妹ながら無計画すぎる。念のためと思って靴を持ってきたが、正解だったわけだ……というか、靴は私が持っているわけだから靴箱に無いわけで、それに気付かないということは最初からキズナは靴を履く気がなかったということ。
 ポケモン並に丈夫な足の裏の皮なのかもしれないけれど、姉として流石に靴を履いて欲しいのだ。脚から変な有害物質が入って、私みたいに足を失うなんてしてほしくないのに……
 そんなことを思っている間にも、妹は汗でシャツを濡らしていく。そうして目的地に着くころには、妹の服はバケツでもかぶったように濡れていた。
「キズナ、ちょっと待ってて」
「ん、何?」
「裸足……あんた、これから行くのは不法投棄の現場なのよ? ガラスの破片とか、有害物質とかが流れていたらどうするのよ!」
「あ……あー……」
「ダメだこりゃ……忍者の基本はどんな時でも任務の達成に全力を尽くすことでしょうが! 足の裏を鍛えるのもいいけれど、任務の時はきちんと最善を尽くしなさい!」
「うぅぅぅ……ごめんなさい」
 一応、キズナも頭は悪くない。こうやって、きちんと理由を話せば特に反発することなく言う事を聞いてくれるのはありがたい。
「靴下と、アルコールティッシュも持ってきたから履きなさい。そしたら、水分補給して、マスクをすること。いいわね?」
「ほー……ねーちゃん、準備良いなぁ」
「あんたは無防備すぎるの! 若いから太陽に素肌を晒すのは良いにしても、きちんと靴を履いたり、その他衛生的な事への気遣いをしなさい。本当は半そで半ズボンも注意すべきなんだけれど、もう突っ込むのも面倒だわ全く。作業着にしろって注意すべきだった……」
「あちゃー……」
「あちゃーじゃないわよほんとにもう……どうして私よりも頭がいいのにそういうところで馬鹿なの」
 わが妹ながら情けない。私のために張り切ってくれるのはとても嬉しいんだけれどね。
「まぁ、いいわ。あそこね……不法投棄の現場は」
 そこは小高い丘の上。車椅子だけじゃ坂を上るには出力が足りない場所ではあるが、コロモとキズナの頑張りによって何とかコンクリートで舗装された場所までは来た。
 そこから先は、ガードレールを降りた先にある、河原だ。崖のような急角度の斜面は、足を滑らせれば怪我は免れないが、そこはやはり忍者道場に通っているだけあって、キズナの足取りは危なげない。キズナはごくごくと麦茶を飲み下すと、いつ目に入るかもしれないくらいの量の汗をタオルで拭って、ガードレールの柱に縄を括り付ける。
 引っ張ってもほどけないように、しかし、はずしやすいようによく訓練された綺麗な結び目だ。
 そして、問題の私もコロモが見事なまでに下してくれる。ふわりふわりと、自身はキズナが下した縄につかまって一歩ずつ。私だけじゃなく、あのくそ重い電動車椅子まで運んでしまうのだから、その怪力ぶりに頭の下がる思いだ。合計で150kg以上あるんだけれどね……。
「『ありがとう』コロモ」
 手話を交えて口にすると、コロモはどういたしましてと私に返した。
 さて、そうして降りたところにあるゴミは酷い有様だ。風雨にさらされて錆びついた冷蔵庫やテレビ、電子レンジや炊飯器、DVDレコーダーやAV機器など。比較的新しいゴミもあるが、それにも長年使いこまれた風な汚れやくすみがある。
 悪臭が立ち上るとかそういうのはないが、どうせ捨てられているんだからと、カップラーメンやファーストフード、ビール瓶や缶などのゴミがビニール袋に縛られたまま捨てられていて、そこからは少々匂いがする。
「うわー……すごい広範囲に散らばっているなぁ……」
「そのようね……」
 そんな感じの光景が、30メートルほど続いている光景。全く、美しい景観をこんな形で汚すなんて、理解に苦しむ。これを何とかしようと、レンジャーや警察の人員が裂かれるのだから、オフの日にレンジャーユニオンから自宅に帰って来た今川さんが、私達に愚痴をこぼすのも無理はない。

「ところで、ロトムは……」
「気を付けろよねーちゃん。あいつら、悪戯好きだからいきなり脅かしに来るぞ」
「あー……そう言えば……」
 驚いてしまったら思うつぼだと思い、私は口を固く結んで驚かないための準備。すると、コロモは私の肩に手を置いてから指を指す。
 すると、そこにあったジュース用の小さな冷蔵庫が突然山吹色に姿を変えて、ドーン! とロトムが飛び出した。
「……こんにちは」
 コロモのおかげで全く驚くことがなかった。驚くどころか冷めた態度で接されたロトムは、途端に意気消沈して元気がなくなる。悪戯好きは構ってもらえないのが一番つらいというのはこのことなのだろう。今度からは適当に驚いて上げたほうが喜ぶのだろうか?
「キズナ……今度は驚いてあげましょう?」
「そうだなー、ねーちゃん」
 キズナに対してひそひそ話で告げると、キズナもひそひそ話で返してくる。こういう時は物分かりのいい子で助かる。
「ほらほら、しょげないで、ロトムの君。今日は、いいものを持ってきたのよ」
 とりあえず、このままではらちが明かないので、まずは餌で釣ってみることにする。ロトムに対して渡す物は持ってきていて、母さん特製のポケモン用サブレこと、ポブレである。木の実の香りと味が、小麦粉とバターとほのかに混ざる砂糖や卵などと、喧嘩しあうことなくお互いが活かしあっているとても素晴らしい出来である。毎日というわけでもないが、母さんがよく作り置きしているので、今日はそれを拝借してきた形になる。
「私たちの頼みを聞けたら、これを食べさせてあげる」
 そう言って、私はバスケットの布をはぎ取ってロトムに差し出す。ふんわり甘い香りやバターの香りに混じって、様々な木の実の香りが振りまかれる。少し臭いを嗅ぐだけでも、涎が出そうな芳香である。
「だーめ」
 早速冷蔵庫から飛び出て突撃してきたロトムから、私はさっと手を引いて拒否する。コロモもサイコキネシスでつるし上げるなど、コンビプレイの炸裂だ。
 そのままコロモは私の持っているバスケットを取り上げると、ロトムが触れられないように抱きこんでしまった。確かにコロモに持たせておいた方が安心よね。なんて思っていると、周囲の電化製品が次々に動き出す。
「バァーッ!」
「バァーッ!!」
「ひょわぁ!!」
「キャァッ!」
 電子レンジと扇風機がロトムだったようで、今度は驚いたふりをしてあげる。しかし、二人ともわざとらしい感じになってしまったが……ロトムは楽しそうに笑っていた。ロトム同士でハイタッチのようなことまでしてお互いに喜んでいるあたり、どうやら喜んでもらえたらしい。
「ふいー……一本取られちゃったわねぇ。ところで、ロトムの皆さん? 私の頼みを聞いてくれるなら、先ほど言いましたようにあのポブレを差し上げますよ。それで、頼みというのは……私のこの車椅子……これに取り憑いてみて欲しいの。
 それが出来たなら、あれをあ・げ・る」
 コロモの方を見ながら、私は言う。ロトムの方はというと、三匹集まってこそこそと話しを始めた。その会話の内容はうかがい知れないが、コロモのあきれた表情を見る限りはあまり期待できそうにない。なぜだかコロモはキズナにクッキーを持たせると、まず最初に私たち二人と手をつなぐ。
 ロトムたちが話し終わったかと思うと、すぐにテレポートした。
「え、な、なに!?」
「ひょ……」
 私とキズナが声を上げる。一瞬景色がゆがんだかと思えば、数メートルほど離れたところ。ロトムたちが気づく前に、コロモは前蹴りで蹴り飛ばした。テレポートを使った後はすぐさま技を放つことはできないが、物理攻撃ならばなんら問題ないということらしく、またロトムたちも私たちに電磁波を当てようとしていたようなのでこの正当防衛は止むを得まい。
 コロモの前蹴りは、女性としてうらやましくなるくらいのすらりと伸びた美しい前足を、上体をそらすことでバランスをとりつつまっすぐに伸ばす。
 冷蔵庫が吹っ飛んだかと思うまもなく、コロモは扇風機に飛び膝蹴り。サーナイトは飛び膝蹴りを覚えないから、たぶん恩返しかなんかだろう。恩返しか何かだろう。きっと恩返しか何かだ。そのままコロモは扇風機を抱き込んで押さえつけるとともに、電子レンジをサイコキネシスで地面にたたきつける。
「ほー……ヒットの瞬間に蹴り足が伸びきるような、最高の蹴りだな」
「よく分からないけれど、本当にこの子格闘の才能無いのかしら? エルレイドでも十分やっていけたような……」
 なんて尋ねる前に、キズナは電子レンジを踏みつけて止めを刺す。
「いや、ハカマの奴は化け物だからなぁ……コロモもは、化け物になりきれなかったし、これでも才能は特殊型寄りだから……」
 言いながら、キズナは棒手裏剣を取り出す。私が下半身不随になったあの事件以来、常に持ち歩いているあれだ。キズナはあの時恐喝していた犯人を取り逃がしたのがよほど悔しいのか、麻痺毒をたっぷり塗りこんだ手裏剣をああして忍ばせているのだ……。
 子供だから大丈夫だろうけれど、職務質問されたらどうするんだと私は思う。『100円ショップ・ビリリダマ』で購入できるような安い裁ちバサミを二つに分解しただけの代物だけれど、投げれば普通に刺さる程度の力はある、立派な凶器だというのに。
「これでも、苦労しているんだよ、コロモは。優秀すぎる兄弟を持っているとさ……」
 人差し指と中指と親指で挟み込んだそれをまっすぐに冷蔵庫に投げ、4分の1回転して冷蔵庫へと突き刺さる。見事麻痺毒で侵す事を成功したキズナはコロモの前で手を掲げる。直後、キズナの手とコロモの手が弾き合い、乾いたハイタッチの音が流れた。
「でも、コロモは役立たずでもないし、ましてや弱くも無い。ねーちゃんと俺のことをきちんと守ってくれるし、強いし、俺は『大好き』だよ、コロモ」
「そうね。なんだか、状況が飲み込めなかったけれど、『助けて』『くれた』のよね。『ありがとう』」
 私が心からのお礼を言うと、コロモは胸の角を気持ちよさそうになでながら微笑んでくれた。感謝の気持ち、伝わっているみたいね。

「さて、いたずらっ子なロトムさんたちはどうしましょうかね?」
 私がコロモに振ると、コロモは両手を広げて『さぁ?』とばかりに首をかしげる。
「そう……じゃあ、ロトムの皆さん。今度こそ私たちのお願いを聞いてくださりますか? 別に、ポブレがいらないのならば私たちはここを去りますが……」
 そう言ってみると、まずは扇風機のロトムが起き上がって、扇風機を捨てる。
「今度こそ、盗もうとしないで協力してくれるのね?」
 フォルムチェンジを解いたそのロトムは、体を傾けてうなずくと、ポブレ欲しさに私の車椅子と融合しようと試みるが……。
「だめか」
 ロトムは、新しい家電製品などに憑依するときは、それが得意な個体とそうでない個体に分かれるのだという。そして、憑依するのが得意な個体でも、特別な技を覚えたりタイプが変わったりというのは数世代の交配を繰り返さねばならないという研究結果がある。
 車椅子フォルムなんてものができるにしても、今はタイプも変わらないしオーバーヒートやハイドロポンプのような技も覚えないだろう。もしかしたら、電気技などの各種基礎能力が上がることはあるかもしれないが。
「ありがとう……失敗しちゃったけれど、一枚あげるね」
 コロモに殴られてポブレ一枚では少々不釣合いかもしれないが……まぁ、自業自得か。コロモから一枚のポブレを差し出すと、ロトムは微妙に恨めしそうな視線を交えてこっちを見るが、自業自得だし……うん。
「さ、他の子もやってみなさい」
 他の子にも同じことを。案の定というべきか、ロトムたちは憑依しようとがんばってみるが、どうにも上手く憑依出来ないらしい。冷蔵庫や電子レンジには、驚くほど早くなじむのだが、冷蔵庫の個体以外は馴染む気配も無いし、その冷蔵庫の個体もたいしたレベルじゃない。
「だめだな、こりゃ……ねーちゃん」
「そうね……ロトムの研究家も、こうやって苦労したんだろうなぁ」
 ロトム研究の第一人者であったプルートとか言う科学者も、研究のために何十という個体を選別し、交配したらしい。その遺伝子の系譜がどうやって広がったのか、今となってはこうして憑依できる事が普通になったが、この電動車椅子も……。
「最初から上手くいくもんじゃねーよ、ねーちゃん。次の場所行こうぜ」
 電動の車椅子を見ながら物思いにふけっていたら、私はうつむいていると思われたらしい。
「落ち込んでいるわけじゃないわよ、キズナ。いつか電子レンジとか冷蔵庫みたいに、電動車椅子にも普通に……当たり前に憑依出来るようになるかなぁ……と思って。浮遊の特性はもちろん役立つし、ロトムが憑依していれば電力が無限とは言わないけれど、かなりの容量で生産できる。
 ロトムが、他の介助ポケモンみたいに一般的になれれば……その。人間の勝手かもしれないけれど、ロトムにそうなってもらえれば……」
「うん、そうだな。ポケモンのみんながみんな、人間になつくわけじゃないけれど、アキツとかタイショウみたいに、家族として一緒に暮らせればいいな。ロトムには、電気車椅子として」
 私に言葉をかけてから、キズナは崖を見上げる。電動車椅子でこれを……上るのか。
「コロモ、頼むよ。さすがに俺だけじ無理だ」

 私は、コロモに運ばれて崖の上に出るまでは、距離もあるためか、十数秒の瞑想を経てのテレポート。結局、今回の不法投棄の現場は良いロトムの個体が、次のところにいかなければならない。また、コロモたちに苦労かけさせちゃうけれど、それはロトムをゲットしても同じ。
 でも、どうあれそれを率先してやってくれるコロモのようなポケモンがいるのだから、ロトムとも信頼関係を築けばこんな風に尽くしてくれるのかもしれない。
 そうなってくれればいいのにな。ハンドルを握るコロモの気配を足音で感じながら私は思う。今度は坂道をゆっくりと登りながら、私はノートにロトムの様子についての観察記録をつける。憑依しようとした状況、様子。憑依の段階と、諦めるまでの時間などなど。
 自由研究は妹の宿題だけれど、これらがいずれ自分の糧になるならばと思うと、存外楽しかった。

 ◇

「この子……憑依出来る?」
 不法投棄現場めぐりも3箇所目。大量に持ってきた飲料水も半分ほどになってしまうような猛暑の中を歩き、大規模な不法投棄現場でこれまでの場所の分も合わせて通産13匹目のロトム。案の定電磁波で襲い掛かってポブレを奪おうとしてきたきたロトムを、念のためにと連れてきたタイショウ、アサヒ、セイイチと共に返り討ちにし、同じように反省させつつ憑依の途中。
 ついに、有望株が現れた。モーター部分に憑依したロトムが、車椅子の隅々まで自身の支配領域を広げようとがんばっている。まだまだ全体へと行き渡らせるには力や慣れが足りないようだが、いきなりこれなら何とかなりそうな気がしてくる。
「頑張って……」
「そうだぞー。頑張ればポブレ食べ放題だぞ!」
 食欲に刺激されたのか、ロトムは気合を入れる。やがて、タイヤまで憑依されたロトムに侵食された車椅子が数ミリ、数センチ浮かび、30センチほど浮き上がったところでタイヤが高速で回りだすのだが。
「キャッ!」
「だめか……」
 結局憑依は果たせず地面に落ちてしまった。
「お尻……大丈夫かなぁ」
「今ので怪我するほど体ってもんはやわじゃねーよ……まぁ、でも一応調べておくか?」
 そうは言われても、私は感覚が無いから怪我しているのかどうか分からなくって不安なんだけれど……確かに私も大丈夫だとは思うけれどさ。
「どうせ人は来ないし、俺が調べてやろうか? ズボン脱げよ」
「いや……家で調べる」
 さすがに、人が来ないからといってここで調べるのははばかられる。せめてどこかにトイレでもあればいいけれどさ。それにしても、妹は本当にデリカシーが無い……男同士ならその、立ちションみたいな事もするみたいだからともかく、女だとたとえ人が来ないと思っても……なんて連想すると、なぜ立ちション姿のタイショウが脳裏に浮かんできた。セイイチやコロモならともかく……女として想像してはいけない。

「と、そんなことよりも……大丈夫?」
 私はコロモと一緒にロトムを見る。この子ならば、もしかしたらできるかもしれない。ロトムはかぶりを振って気を取り直すと口をパクパクとさせてポブレを要求する。
「そうね、ロトム。コロモ、1枚あげて……いや、2枚あげて」
 コロモは驚いた顔をして私のほうを見る。
「いいのよ、2枚あげるの」
 この子には、期待を込めての2枚を譲る。
「2枚かぁ……まぁ、それが妥当かな? もう1回やらせるんだろ?」
「うん。と言っても、まだ残っている子達が憑依出来るかもしれないし、そっちが終わってほかに良さげな子がいないなら……って感じになるかな」
 続けて、他のロトムにも試してみる。しかし、先ほどの子のように一瞬でも憑依できるような子はおらず、候補としてはあの子ということになる。図書館で借りたロトムの生態書によれば、最初は憑依出来なかったロトムも、練習すれば憑依出来るようになったとのことだから、慣れもあるのだろうが。伸び代にも個体差はあるが、やはり即戦力というのは素晴らしいし、あの子のレベルであればいずれ完全な憑依も十分に可能だと思う。
 ならば、候補としてあの子を手持ちに入れるのも悪くない。
「で、どうするんだねーちゃん? もうポブレも少ないし、ここらで一気に決めておくべきなんじゃないかと思うんだけれど……」
「そうね……取り敢えず、友好的に交渉してみるけれど、駄目だった時は……強引に捕まえてみる?」
「……反応を見て考えよう」
 キズナは強引に捕まえたときに、相手のポケモンがどんな反応をするのか、セナの件で学習したのだろう。少しでも靡きそうな気配があるならば、多少強引に仲間にしても大丈夫だと踏んだのだろう。

「ねえ、さっきポブレを2枚ほど食べたロトム……まだここにいるかしら?」
 優しく呼びかけると、先ほど憑依をしかけたロトムが高く浮かび上がって名乗りを上げる。
「そう、君なのね……ところで、君はこのポブレ、全部食べたいとか思っていたりする?」
 残っている枚数は、15枚ほど。全部食べるとすれば結構な量だが、この程度のえさになびいてくれるだろうか? ロトムはもちろん食べたいに決まっているじゃないかとばかりに、体全体を傾けてうなずく。
「そう……ならば、私たちにゲットされる気はある?」
 私はモンスターボールを取り出す。一応、中は快適なゴージャスボールで、しかもGPS機能つきの高級品だ。もちろん、住み心地は悪くないはず。ロトムは周りを見渡していた。食べ物の恨みなのか、それとも行くんじゃねーぞという警告なのか、他のロトムの視線は結構冷たい。
 ポケモンの中には、人間に飼われる事で、食料の安定供給やこそこそ隠れまわることの無い安全な住処を望むポケモンは少なくない。こういったポケモンは最初から人間に飼われることを望んでいるため、ゲットするのも簡単だし、懐くのも早いんだけれど……
「迷っているようだな、ねーちゃん……」
「なんか一押ししたいけれど……どう、コロモ? 何とか『説得』『出来』ないかしらね?」
 手話を交えて私に話を振られたコロモは、どうしろというんだとばかりに肩をすくめる。でも、私たちの家やゴージャスボールの中がどれほど住みやすいかは、やはり本人たちから語ってもらったほうがいいだろう。
 コロモは、身振り手振りを交えながら、ロトムに対して交渉を始める。

 ◇

『ご主人……僕にどうしろっていうんだよ……』
『はぁ、ユーの名前はコロモって言うのかい?』
『まぁ、な』
 なんだか、交渉を任されてしまって、俺はどうすればいいのかも分からずにロトムのほうへ向き直る。
『なんていうのかなぁ。この人達の家は、とってものんびり出来るし、遊ぶときは思いっきり遊べるんだよな。あの妹……体がとっても丈夫なんだ。だから、反撃を食らう覚悟があるなら、あの子にならば思いっきり電気を浴びせても大丈夫だし、いろいろ楽しめると思うよ』
『ふむふむ、ミーは確かに遊ぶのは好きだが、反撃はなぁ……勘弁だなぁ』
『普通に遊んでも、あの子はかなりパワフルだから多少手荒でも問題ないと思うよ。それに、あの家は食べ物がとても美味しいんだ。群れで家を守っているから、寝泊りも安全だしな』
 やはり、伝家の宝刀ということで食料と安全の話題を出すと、野生のポケモンは弱い。
『いつでもあのポブレのようなお菓子を食べられるわけじゃないけれど、毎日出てくるものは結構美味しいし、それに安心して眠れるベッドも、ボールの中も魅力的なんだよな。いい生活だと思うよ、うん』
 言いながら胸の角に意識を集中してみると、ターゲットのロトムは少々こっちになびいているのが分かる。そのほかで感じるのは周囲からの嫉妬。祝福のような感情も混じっているようだけれど、少々嫉妬の感情が強いかもしれない。不味いな……このままじゃ、場合によっては一戦交えなきゃならないかもしれない。
 キズナはともかくご主人のアオイさんは、少し場所を離しておいたほうがいいかもしれないな。僕は主人の顔を隠すように手のひらで覆い、
『「下がって」』
 振り向くと同時にそう手話で命令する。ご主人が購入した電動車椅子というのはなかなかの高性能で少々の段差ならば簡単に踏み越えてしまう。アオイさんは僕の合図を分かってくれたようで、おずおずと離れて遠くから様子を伺い始めた。

『なんにせよ、さっきのように、車椅子に憑依するような仕事もあるだろうけれど、基本的には野生よりもいい暮らしが出来ると思って間違いないよ』
『ふーむ……ミーには願っても無い幸福だが……さて』
 交渉中のロトムが後ろを向く。仲間たちの7匹の羨望の眼差しに、彼も戸惑い気味だ。
『なー、皆。そういうことだけれど、ミーは……』
 行っても良いか? なんて聞こうとしたのだろうが、どうにも芳しくない様子。抜け駆けかよ! 一人で贅沢かよ! 裏切りかよ! なんて、非難轟々。おっとりとしたやつなのか、良いんじゃないのか? とか、おう、幸せになれよー! と激励する奴もいるし、皆が注目している隙に狙っていた電化製品に憑依しようとしているものもいる。
 脱いでいる隙にヤドを奪うとか、イワパレスじゃないんだから……。あのロトムもちゃっかりとしているもんだ。
『もしも、非難する仲間の声が怖いんだったら、僕たちが守ってあげるからさ』
 こぶしを振り上げて、僕は力を誇示する。この数の野生のロトム程度に、僕らが負ける道理は無いのだ。
『えっと、それじゃあ……お言葉に甘えさせてもらおうかな』
『うん、どうもありがとう』
 簡単な説得だったけれど、例の憑依が得意なロトムはなびいてくれた。角を探る限りは、なんか騙すつもりも特に無いみたい。さて、それはいいのだけれど、ボールはアオイさんが持っているし……。それに、嫉妬によって殺気立っている連中もいる。
『じゃあ、あの車椅子に乗ったお姉さんの近くに行ってくれるかな? あのボールに入れば、晴れて僕らの仲間入りだよ』
『オーケー。ユーは……なんか起こりそうだったら頼むね』
『了解……そのなんかが起こりそうだな……』
 また一戦交えなきゃいけないようだ。僕は一歩下がったところにいるキズナにアイコンタクトを送り、身構えるように『「かまえろ」』と手話で伝える。
「……戦うのか、コロモ?」
 ちょっと、そういう雰囲気になりそうです、キズナさん。
『なぁなぁ、皆。僕らと戦っても無意味だと思うよ……さっきの強さを見ただろ? 多々あってもそっちが怪我するだけで、損ばっかりだよ』
 う、やばい。今のセリフでやる気になっている3匹を怒らせちゃったみたい。後ろでは……うん、ロトムがアオイさん掲げたゴージャスボールに自分から入っている。大丈夫なようだけれど……よそ見している最中に攻撃されなかったのは、幸運だ。
『まぁまぁまぁ、皆さん穏便に』
 と、言ってみたが。ロトム達は抜け駆けは許さないという気持ちでいっぱいらしい。まったく、そんなことよりも自分が幸せになることに力を注げば良いのに。そう思っている間に、相手は電気をチャージし始める。
『来るぞ、キズナ!』
 まぁ、相手はたった3匹。キズナと僕ならば楽勝だろう。いきなり十万ボルトを放ってきた敵の攻撃を防ぐべく、僕は光の壁を張り出してそれを凌ぐ。ナチュラルフォルムだけあって、そんなに電力も強くなく、弱い。
 キズナは懐に仕込んでいた棒手裏剣を投げるでもなく、そのまま逆手に持って突き刺しにかかる。僕はサイコパワーがまだチャージされていないので、チャージする間に手首の底でツッパリをかます。キズナに一瞬遅れて僕の攻撃が当たると、残されたロトムは僕に向かってシャドーボール。掌に集めたサイコパワーを直接吹きかけ、シャドウボールの起動をずらしてやり過ごし、サイコパワーのこもった拳でぶん殴る。
 サイコキネシスは距離が近いほど相手を操る際のパワーが跳ね上がるが、殴れる位のゼロ距離ならその威力も一塩だ。拳が入ったときのダメージなんて、非力なサーナイトの力だからおまけのようなもの。殴られると同時にサイコパワーで加速しながら吹っ飛んでいったロトムは、地面を跳ねて転がって、遠くまで飛ばされた。
 ちょっと拳が痛いな……やはり、格闘タイプでもないのに何かを殴るもんじゃないか。
「いやー……コロモ、『上出来』だ!」
「『ありがとう』」
 と、僕は手話で伝える。
「『どういたしまして』」
 僕たちは手話で通じ合う。キズナは、こうやって僕の言葉を理解してくれるから本当に楽しいな。拳で語り合うのも良いけれど、やっぱりこれだよなー……道場にいたころよりも医師が疎通できて嬉しい。まだまだ覚えなきゃいけない単語はたくさんあるけれど、挨拶できるだけでも嬉しいや。
「さ、コロモ。ロトムが追ってこないうちにお暇しようぜ」
「『了解』」
 と、答えて僕たち二人は踵を返す。圧倒的な力を目の当たりにしたロトムたちは、追ってはこなかった。


「美味しいかしら?」
 残ったポブレを与えて、アオイさんが尋ねる。ロトムの小さな体では、残った15枚を食べきるなんて出来ないから、僕達もおこぼれに預かっての帰り道。控えめなロトムの彼は、渋みのある抹茶を混ぜたポブレを好んでいた。僕も、抹茶のあのほのかな苦味や渋みが好きで、同じ物を一緒に食べていると、なんだかいつもより幸せな気分だ。
 アサヒちゃんやタイショウもセイイチも、アオイさんやキズナも一緒になって思い思いのポブレを食べ歩くのはいいものだ。
 ロトムは辛いものが苦手なようなので、特に好き嫌いのない僕は生姜で味付けしたバニラクッキーは僕がもらうことにする。甘いものとよく合う不思議な辛味を持った生姜の味は、一口齧ると甘さが引き立って幸せな気分になった。
「『美味しい』」
 僕やアサヒが手話で答えるその光景を、ロトムは不思議そうに見つめている。
『さっきからユーがやっているそれは何なんだ?』
『手話……って言うんだ。人間の言葉を発音できない僕たちポケモンが、人間に意思を伝えるための言葉なんだ』
『ミーにも出来るのか?』
『手がないから無理じゃないかなぁ?』
 言葉を返そうと思った矢先に、アサヒが横槍を入れる。
『いやいや、アサヒ。分からないよ。もしかしたら出来るようなことは言っていたし……確実じゃないけれどね……』
 確か、モーター駆動のオモチャに憑依させるとか、そんなことをいっていた気がする。
『へー、そうなんだぁ。ロトム君も手話が出来るようになるといいねぇ』
 アサヒに励まされながら、ロトムは考える。
『ふむぅ……人間と意思疎通が出来ないというのは、なんだか不便そうだ』
『不便だと思うこともあるけれど、それを補って余りある快適さだよ。それに、言葉が分からなくっても、意外とお腹がすいているとか、のどが渇いたとか、何かして欲しいことがあるのは伝わるもんさ。
 習うより慣れろですよ、こういうのは。不安もあるでしょうけれど、意外と何とかなりますよ』
『うん……出来るだけ、頑張るよ……』
 炎天下の下、僕達はさっき通ってきた道を。ロトムは初めて行く道を。この家族と一緒なら、無難な性格のロトムであれば上手くやってゆけるだろう。この子は友好的にゲットしたから、人間嫌いもないことだし……後は、セナか。
 仲間が増えていく中で、キズナさんとも仲良くなれればいいんだけれど。



Ring ( 2013/09/16(月) 00:59 )