BCローテーションバトル奮闘記





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第一章:初心者編
第二十話:ポケモンレンジャー中隊に匹敵する程度の実力


7月31日

 あれから後、俺は家にあったブランド物のバッグや、その他もろもろを質屋に売り払った。もちろん、俺自身が質屋に売りに行くのは年齢の関係上、未成年の俺いは出来ないので、スバルさんに代わりに売ってもらい、それを当面の生活費にする。
 スバルさん曰く、違法な金利での金銭の貸付は、契約自体が無効だから元金そのものもはらわなくて良いとの事。つまり、10万借りて今16万まで膨れ上がっている借金だけれど、10万すら払わなくても良いのだとか……それはまた豪気な法律である。貸すほうは納得できないだろうが、そういうリスクがあることを分かって闇金融なんてしているのだろうから、同情は出来ない。
 ともかく、そういうことなので払わなくても良い。むしろ払うなと言われて、俺はだんまりを決め込む事にしたのだが……。

 15時20分を回ったころ。俺は今、いきなり車に乗せられている。原因は、言うまでもなくおとといのアレである。相手が襟を掴んでくるのを見越してカッターの刃を仕込んだり、スバルさんを介入させて解決したり。そういった行動が非常に癪に障ったらしく、今度は5人の怖い大人が、それぞれポケモンを持って俺を浚いにきた。
 育て屋のあるホワイトフォレストから、家のあるブラックシティへと向かう途中。周囲に人気のない森に囲まれた国道の途中で、5人がそれぞれポケモンを2匹持っていて、それが一斉に攻撃してくるのだから、流石に多勢に無勢だ。相手のポケモンもかなり鍛えられているやつらばかりで、ゼロでも厳しいだろう。
 そう判断した俺は、むやみに逆らって傷つくよりも、取りあえず素直に従った方がいいと考える。とはいえ、助けを呼べないのではどうにも出来ないので、まずは森の木の上に登る。木に体当たりする勢いで駆け寄り、跳躍から木の幹を蹴って壁けりの三角とび、木の枝を掴んでそのまま木の枝の中に紛れ込む。
 と、とにかく……スバルさんに助けて、と一言だけでも送って……
「……ここまでか」
 『たすけ』まで記入したところで、俺の首にはザングースの爪が当てられている。……流石にポケモンの身体能力には敵わないよね。だが、残念……白雪姫のように子供の死体を欲しがる変わり者がいてもおかしくないが、だからといって首を見事に切り裂いて殺した状態で売りに出すことはするまい。
 抵抗なんてされないだろうとたかをくくっているザングースの生殖器に向かって抜き手を一発。本来は男根が入り込むその場所を、慣らしもせずに爪を立てて抉ったのだ。そうでなくとも、女性でもそこは急所だから痛かろう、ざまあみろ。悶絶したところを耳を引っ張って木の枝から突き落したら、驚くほどあっけなく落ちていった。俺の後ろから爪を当てればどうしようもなかったのに、馬鹿な事を……このまま飛び降りて首でも踏めば俺の手だけでも倒せたんだろうけれどな、それをやったら他のポケモンに殺されるかな。
 そこまでを片手で行った俺は、最後に『て』を入力。グランブルに背中に回られ牙を押し付けられたので、変換を諦めてそのままの文面で送る。どうか気付いてくれますように……

 車の中で、俺は左右をがっちりと固められ、モンスターボールは没収されている。ここはブラックシティ、恐らくそれらを売りさばくルートもあるのだろう。それでもって、恐らく俺も……俺のような子供が好きな変態もいるからなぁ……世の中。
 これも、母さんのせいだ。借金なんかしてそれを返そうともせずにいたから、あおりを食らって俺がこうして巻き込まれる……くそ、何で俺がこんな目に会わなければいけないんだ。
 しかし、モンスターボールはどこまでもって行くつもりだろうか? 育て屋のポケモンには、預かったポケモンもに加え、職員のポケモンも含めて全員の体にマイクロチップを埋め込んでいる。俺のポケモンにもなぜかスバルさんはつけてくれた。それは大抵ポケモンの耳の後ろあたりに取り付けられ、それが発信機の役割も果たしてくれるから、モンスターボールを没収したまま俺と同じところに連れて行くのであれば、それが俺の居場所を示してくれる事になる。
 とりあえず俺と同じ場所に連れてってくれることに期待するしかないのかな、うん。怖いけれど、何とかなるように祈るっきゃないな……大丈夫とはいえないが……スバルさんなら何とかなりそうな気がする。
 そうだ……スバルさんは、去年もこの街に住むダークライをおびき寄せてゲットしようとした謎のテロ組織のうち、育て屋に攻めてきた分隊を一人で鎮圧したって言うし。本気を出せば俺を助けるくらいはきっと……
 そんな風に、希望を持てる妄想ばかりしていても、結局俺の体は正直で、なんというか腹の調子も悪い気がするし、心臓も気持ち悪いくらいに速くなっている。携帯電話は捨てられちゃったし……もう連絡をとる手段が無い。手がかりは俺のポケモンだけで……どこか別の場所に寄らずに、ボールを俺と一緒の建物に監禁してくれれば助かるけれど……そんなに上手く行くものかな。
 そうこうしているうちに、俺はブラックシティの寂れたオフィス街まで連れてこられ、人のいないタイミングを見計らって事務所へと連れて行かされる。


「おら、入れ!」
 そして、コンクリートに6方向を囲まれた部屋に閉じ込められる。部屋は奥に広い直方体の形で、奥の方には何かを引っ掛けるフックが置いてある。そこに蹴り飛ばされるように入れられた俺は、その奥にあるフックに手錠を引っ掛けられて拘束される。背中に手が回された状態で鎖がロックされる音を聞いて、監禁された事を嫌でも理解させられた。
 中にあるのは簡易的なトイレ……というかおまる。水道などは無くコンクリートの床は冷たい。この部屋全体がポケモンに攻撃される事を想定しているせいか、俺では壊せそうにない。安物のコンクリートなら殴れば壊せるけれど、そもそも脱出するまで壊し続けるのは無理があるか。カイリキーじゃあるまいしなぁ……。
 ポケモンはどこへ行っただろうか? 結局ここまで運んできてもらったけれど、今まだ同じところにいるのかな? 暴れるポケモンを閉じ込めるためのボールロック機能をオンにしていたし、ポケモンの助けはどうやっても期待できない。正当な理由のないボールロックは虐待に認定されるって言うのに……迷惑な話だ。
「大人しくしてろよ」
 俺は答えなかった。自分がこれからどうなるかとか、そういうのを気にしているとキリが無い。だからといって、むやみに脱出しようとしたところでどうにもならないくらいには対策しているだろうし。
 ともかく、スバルさんが助けに来なかったときの事も考えて、身の振りかたを決めておかないと。
「はぁ……なんでこうなっちゃったんだろう」
 言われたとおりに大人しくしながら、今の状況を振り返る。
 たしかにまぁ、おとといの行動がブラック金融だったかなんだったか名前は忘れたけれど、あの中途半端に怖いお兄さん達の逆鱗に触れたのは分かるけれど。だからって、俺を浚うかね……普通。
 多分、面子がなくなってしまったら母さんみたいに踏み倒す人が多くなるから、こうやって無理矢理にでも回収しないといけないんだろうけれど。それはそれでどうなんだか。
 あー……俺どうなっちゃうんだろう。臓器を売るとか、そういうのはまず俺の臓器を必要としている奴がいないことにはどうにもならないからありえないだろうけれど。どちらにせよ、こうやって監禁されているという事はどこかに売りさばくルートがあるのだろうか。
 その時は、強制労働かもしくは……変態な人が俺を買うのか。昔、俺が数日何も食べていない時に、裸の写真を撮影するのと引き換えに助けてくれた人がいたっけな。その人は大人しい変態だから良かったけれど、人を買うような奴はあんな優しい変態じゃすまないんだろうな……嫌だな。
 しかし、閉じ込めたまま何もない。まずは何日もまったく話しかけないで不安にさせるとか、そういう戦略なのかな? 殴られたり蹴られたりするよりかはいいけれど、退屈だ。ポケモン達、無事かな……

 そんな事を思いながら、十数分(くらいかだろうか)?
 時計もないような場所だから、どれほどの時間経ったとかなんて分からないけれど。突然、事務所のほうが騒がしくなったかと思うと、大きな声が響いた。
「カズキ、いるか!?」
 さすがスバルさんだ、仕事が早い。
「いるよ! 助けて!!」

 ◇

 仕事の最中に、先程仕事を抜けたばかりのカズキからのメール。
 件名に『たすけて』とまで入力されて、それっきりのメールだった。なんのこっちゃと思いながらも連絡を続けてみたが、案の定携帯電話に連絡が帰ってくるはずもなく。
 仕方が無いので、育て屋の敷地内で放し飼いをするポケモンには職員が所有するものも含めて全員に取り付けているマイクロチップを頼りに居場所を推定してみる。移動していたので、パソコンからスマートフォンに切り替え、職員に仕事の引継ぎを任せ、ふじこやトリニティと共に空に出かける。
 まったく、まだ仕事は残っているというのに……カズキの奴、おとといに引き続き厄介な出来事にでも巻き込まれたか? たいしたことじゃなかったら目一杯こき使ってやる。
 そうしてたどり着いた場所は、なるほど……ブラック金融の事務所だ。先日の私がポケモンすら使わずにトラブルを解決してしまったが……木村とか言う男が私の事を知っていたようだが、それでもなおこうして仕掛けるということは、何か勝てる策のようなものでもあるのだろうか?
 まぁいい、私の貴重な奴隷を奪った罪。清算してもらわねばな……と、言いたいところだが念のため。

「出て来い、モップ」
 ドータクンを一撃で貫く対物ライフルの直撃でも、中にある部品の安全を保障する丈夫なアタッシュケースに大量のポケモンを入れてきている。中身は、我が育て屋で護身用、愛玩用の目的で販売されているポケモン達その中でも特に嗅覚に優れているムーランドだ。
 ムーランドには、洗濯籠の中で洗われるのを待っていたカズキの作業着の匂いを嗅がせる。汗がしみこんでいるから、匂いは強烈だろう。
 バンギラスのアトラスやメタグロスのテッキと、『お得な砂嵐セット』で販売されているポケモンで、餌代はかかるが非常に強力な面々である。まぁ、今回はこの中にカズキがいるか? その痕跡だけでもあるかどうかを調べるだけで、おそらく戦闘には用いないだろう。
 そんな事を思っているうちに、モップがワンと鳴く。ふじこいわく『こいつの匂いがする』だそうで。あぁ、つまりこの建物の中にカズキがいる、もしくはいたということだ。まだあのメールが送られてから一時間も経っていないし……つまり、いるだろうな。ほぼ確実に。
 発信機を見る限りじゃポケモンも一緒だし、一気に助けてしまうか。

 ガチャリ。アルミの枠にガラスがはめ込まれただけの簡素な扉をおもむろに開いて私は事務所の中に入る。
 事務所はごく普通のオフィスと言っていいだろう。カウンターで隔離された向こう側にある従業員達の机は、灰色に塗装されたスチールの机。その上には書類やジム仕事に使うペンやらメモ帳やファイルやらが満載。
 トイレや応接室があるがそこにはいまのところ誰もいない……か? あとは従業員の専用スペースらしい扉が二つほど。
「あ、いらっしゃいませ。融資のご相談でしょうか?」
 何も知らない男が私に話しかけてきたが……おとといはいなかった奴だな。こいつも従業員か?
「あ、お前……シラモリスバル……」
 ん、もう一人話しかけてきたこいつはおとといも見たな。確か木村とかいったな?
「いかにも。カズキ、いるか!?」
「いるよ! 助けて!」
 あぁ……本当にいた。まったく、世話の焼ける奴だ。声が聞こえてきた部屋はこの事務室の一番奥。従業員専用スペースらしき場所のひとつらしい。どういう場所だ?
「ところで、私の大切な従業員を、どうしてこのような場所に監禁しているのだ? 納得のいく説明をしてもらおうか……?」
 どうせ出来ないことなどわかっているが。
「……やっちまえ!」
 従業員は6名。おととい膝蹴りをぶつけた前田とか言う男も中にいた。今回指示を下したのは、その前だの上司っぽい木村とか言う男ではなく、さらにその上司らしい筋骨逞しい男。オリザには負けるが、逞しい体をしている(うらやましい)。
 だがまぁ、そういう筋肉があるからといって強いわけではないし、今奴らが銃を構えたが、それがあるからといって強いわけではない。とにもかくにも私は机の下に伏せて、銃の攻撃を凌ぐ。
「エモアイ中隊、前へ」
 そして、アタッシュケースを開くと同時に呼びかける。モンスターボールはポケモンが出たいと思えば基本的に出られる構造になっている。そして、私のポケモンは護身用にも使われるわけなので、当然呼びかけに応じて中から出てくるくらいの知能は持ち合わせているわけだ。
 呼びかけに応じて出てきたのは、アイアント7匹とエモンガ6匹。
「プロテクトチャージ!!」
 私は一言命令を下す。このプロテクトチャージというのは、ポケモンレンジャーで使われるスタンダードな戦法だ。通常、『守る』を使ったポケモンは動く事が出来なくなるが、例えばジャンプしたり滑空しながら守れば、慣性でそのまま進んでゆける。
「アーティファクト、手筈どおりだ!」
 マジックルームを使って拳銃そのものを使えなくすることもレンジャーでは立派な戦術の一つである。ポケモンと銃火器が主力となる悪の組織を相手にする際に、敵が肉弾戦でもレンジャーにある程度抵抗できるくらいの強さということは珍しいことであり、銃を突きつけられて人質をとられた際にも有効な技の一つである。ナイフはさすがに防げないが、レンジャーの中には弓の達人やクロスボウ使いもいるので、それで仕留められてしまう事もある。
 念には念を入れ、私はシンボラーのアーティファクトを事務所の外に出しておき、マジックルームを発動する。ユンゲラーに進化したての子がたまに自然に使ってしまうことで知られるこの技は、使用中のテレビは砂嵐、パソコンもフリーズするので、こういう場所で使えば一発で使用した事がばれる。
 だが、素人はマジックルームを使えばこういう現象が起こることを知っているはずもない。

 エモンガの滑空ならば慣性を維持したまま守れるので、相手に近付きつつ距離をつめる事が出来る。そのままエモンガ自身が攻撃するもよし、エモンガに気を取られている相手を別の方法で攻撃するもよし。それは例えばアイアントとか。
 通常、銃などは近いものほど当たりやすいが、エモンガのように小さい相手だと、近くを高速で飛行されれば照準を合わせるのが難しくなってしまう。ましてや、味方への誤射を恐れるこの状況で銃を乱射するわけにも行かず。撃てないからマジックルームの発動にも気付かない。
 空中で『守る』が解けた一瞬、敵は攻撃を躊躇する。一人、誤射を恐れない蛮勇が引き金を引いたが、弾は発砲できずに首をかしげている。ポケモンレンジャーはこういうときでも遠距離攻撃を出来るように、弓矢やクロスボウを練習させられているから怖い。
 そこをエモンガ達が十万ボルトで攻撃を行うことなど造作も無いことである。これはポケモンレンジャーで考案された常勝の戦法だ、素人にはまず対応できまい。それはポケモンも同じで、ザングースやらグランブルやら色々出してきた相手だが、誤射を恐れてまともに攻撃出来ていないし。
 攻撃されたところで、一発くらいならエモンガも耐えられるし、そもそもこういった閉所では小さいポケモンの方が有利である。中型のポケモンである奴らに勝利は難しいというわけだ。そうしてエモンガに気を取られていると、次は足元から忍び寄ってきたアイアントに対応できない。上に方に意識を集中させて下から攻撃、オーソドックスだがよくはまる技である。
 アイアントのハサミギロチンならば。人間の骨なんて簡単に砕いてしまう。大体の奴らは入院コース確定だ。サラリーマンには張り切りアイアントに仲間作りをしてもらって、朝の目覚めもバッチリ。
 エモンガには携帯電話を充電してもらえると、『エモアイセット』は企業戦士に人気の組み合わせであるが、ポケモンレンジャーなど軍人が使っても十分有効な組み合わせである。
 そしてさらに、レンジャーといえば。当然屋外と屋内で使用される装備は持っていく武器も、ポケモンも変えるのが定石。そのポケモンレンジャー内でよく使用され、室内で最強のポケモンと呼ばれる者の一角は……ラムパルドだ。
「バリスタ。押し流せ」
 今、カウンターの向こう側に繰り出したラムパルドが限られた条件の中では最強といわれている。もちろん、伝説のポケモンは準伝説も含めて数に入れていないが。ラムパルドの攻撃力にトリデプスの防御力。恐らく、誰もが夢見る理想のポケモンであるが、それを実現する手段が、このポケモンにはある。
 それは、こういった机があるような場所では、それを頭突きで押し流す事によって机を盾にしつつ机で押しつぶす事によって実現する。今のバリスタは、机という盾を手に入れトリデプスの防御力とラムパルドの攻撃力を得た理想のポケモンである。
 人間にも盾を持って槍で突撃するような攻撃が戦争でも用いられたが、正にアレだ。鬼に金棒という言葉があるが、ラムパルドに盾……恐ろしい威力である。
 その、理想の攻撃を避けるべく、エモンガたちは再び滑空してジャンプ。アイアントは小さいので、伏せていれば軽傷で済む。
 まるで津波のように押し寄せる机を、エモンガとアイアントの波状攻撃の合間に対応できるものは僅かである。敵はその一撃でほぼ全滅したが、最後にドリュウズと、奥の方にいたこの金融会社の一番のお偉いさんらしき男が生き残っている。
 驚いた、この狭い室内でもエモンガの攻撃以外はきちんと避けていて、今もぐしゃぐしゃに潰され、倒れ散乱しているオフィスの机の上で、銃を構えている。他の者は机に押しつぶされて、アバラにヒビを入れられるか、それとも内臓を損傷するか。その他もろもろ、いずれにせよ入院や後遺症レベルの怪我は免れていないというのに……なかなかやるではないか。


「みんな、手を出すなよ。あいつは私が倒す」
 バリスタのアレを避けるとは気に入った。それならば私自らが相手をしてやろう。私はポケモンが襲い掛かってきたときのために持っていた鉄扇を手に、男へと襲い掛かる。先程部下が弾詰まりを起こしていたのを見ていないのか、男は銃を構えて撃とうとしてきたが、当然マジックルームの効果は続いているので発砲出来やしない。
 私が机の上を駆け抜け、相手に接近する。
「育て屋小手!」
 銃が撃てないと分かった敵は銃で殴りかかってきたが、私はそれを身を低くして相手の手首に鉄扇子を当てて受け止め、逆に銃を弾き飛ばす。
「育て屋キック!」
 相手が手首の痛みに顔をしかめているところで、私は足元を攻撃してきたドリュウズの爪を跳躍でかわし、防御の体勢を整える前に顔にライダーキックをかまして戦意を折り取る。
「説明しよう。育て屋キックとは、叫ぶ事によってただなんとなく気分が高揚する魔法の蹴りだ」
 蹴飛ばしたドリュウズをさらに踏み潰しつつ、私はおどけて余裕を見せる。

「こ、この女……舐めてると風呂に沈めるぞコラァ!!」
 おや、私に風俗で働けという事らしい。用紙をほめらっれたと受け取っておこう。
「ほう、それは楽しみだ。育て屋ブラストバーン!!」
 今度は男が私の腹の辺りを狙って左前蹴りをしてきたので、私は半身になってから右手でそれを裁き、相手の喉仏に鉄扇を突き入れる。
「育て屋小外刈り!!」
 そのまま、喉の痛みに耐えかね喉を押さえている男の腕を掴んで小外刈り。足を引っ掛けてから押し倒すだけだが、こういう場所でなら効果は抜群だ。バランスを崩した敵は、中途半端に倒れて斜めになっている机の角に背骨を叩きつけて、私の体重も加わっているのでそのまま下半身不随コースだ、将来アオイちゃんのポケモンに世話になれよ。
「説明しよう。人間でブラストバーンを使えるなんて奴は稀だ。心配しなくても私は使えないから大丈夫だ」
 そんなわけで、ものの15秒ほどで私は事務所を制圧してしまった。案外生ぬるいな……この程度で私に逆らおうな度と思ったとは笑止千万、苦戦度合いは暴走族以下だ。「何言ってるんだこいつ……」部屋の隅からと聞こえたような気がするが気のせいということにしておこう。
 しかし、この惨状はどうするか……ポケモンレンジャーにも顧客がいる私のポケモンの宣伝には、この光景はもってこいだが……流石にこの光景をブログに乗せるわけにもいかんな。
 面倒になる前に逃げて、知らぬ存ぜぬで通すのが吉かな? どうせ、小さい子供を誘拐したあいつらが、私を訴えるなんて出来るはずもなかろうし。私の報復も怖いだろうからな。
 ふむ、考えていても仕方が無いな。ポケモンを回収して、カズキも助けるか。
「皆、ボールに戻すからこっちへ集合だ……アーティファクトも」
 声を掛ければ、私のポケモンたちはぞろぞろと私の元に集まってくる。
「よしよし、皆良く頑張ったな。お礼の方はあとでカズキに一杯してもらうから、今は取りあえず……」
 カズキのほうが心配なので、褒めてあげるのもそこそこに、声がしたほうへと向かう。
「よう、カズキ」
 重要な書類などを保管するために使うような重厚で重い扉を開けると、そこにはカズキが後ろ手に手錠をかけられ体育座りで佇んでいる。
「あ、スバルさん……わざわざありがとうございます」
「酷い目にあったなお前」
「まぁ、それは……おとといの事があったから、心配はしていたが。私のポケモンを貸しておけばよかったな」
「確かに、そうすればここまでの事態にはならなかったかもね……はぁ。取りあえず、スバルさん……この手錠の鍵とかって……」
「流石にアイアントのハサミギロチンでも斬れそうにないな……従業員の奴らに聞いてくる」
 まったく、世話が焼ける。ブラックシティがこうやって物騒なおかげで護身用のポケモンが売れるのだからあまり文句は言えないが、自分の身に降りかかると笑い事じゃないな。
 従業員の胸倉を掴み、脅しをかけて鍵を拝借してカズキの手錠をはずす。カズキは恥ずかしそうに立ち上がると、深々と頭を下げながらもう私に対して一度ありがとうございますと言った。そういえば、最初のころはアイテムを買い与えていたが、最近はほとんどただ働きをさせている。
 勝手に手伝いに来るわけだから、ほとんど無給でもそれで構わないといえばそうなのだが……今回はそのお礼という事にしておいてやるか。奴隷は大事にしないとな。

 ◇

 先程のスバルさんはノリノリだったなぁ……凄く楽しそうだ。ブラストバーンを使い出したときは人間をやめたかと思ってしまったよ。説明を聞いて、思わず噴き¥出してしまったのは内緒にしておこう。
「……で、お前ら。どのような根拠に基づいて私のカズキをかどわかしたわけだ?」
 俺を助けてくれたスバルさんは、サービスで救急車を呼びつつ、従業員の中でも無傷だった1人、スバルさんには敵わないと知ってさりげなく部屋の隅に退避していた木村を先程の監禁部屋に移して尋ねる。しかし、本当にレンジャーの中隊にも勝ちかねないな……スバルさん。実際にレンジャーと戦うところを見てみたい気分だ。
「しゃ、社長の命令で……わ、私は反対したんですよ!? 貴方に逆らうのはごめんだって……」
 社長というのは例の一番体格がよく、背骨を折られた男の事らしく、この男もそいつの命令には逆らえなかったらしい。
「でも、1人で暴走族を潰したとか、育て屋の全戦力がレンジャーの一個中隊に匹敵するとか言ってもまるで信じてもらえなくって……」
 しかも、その社長さんはスバルさんの強さを噂だけが一人歩きしていると思い込んでいたらしく、結果的にはまったく本気を出していないスバルさんに惨敗したわけだが。
 なんせ、スバルさんのベストメンバーのうち、今回の戦いで使用されたのはアイアントのユウキだけ。本気を出すならトリニティとか、ケセランとかふじことかが暴れるわけだから、そりゃあもう怖い光景になることだろう。
 しかも、トリニティは酷いんだ……レンジャーで使われる戦法の一つに、黒い霧で自陣を覆い尽くしつつ、遮蔽物に隠れつつ相手の陣地に竜星群を落としまくる戦法があるとかで、スバルさんはシャンデラのサイファーとトリニティを組ませて、その戦法を使うことも出来るらしい。
 まぁ、こんな狭い事務所じゃ無理だけれど、それならそれでサイファーは自身が黒い霧にまぎれたままオーバーヒートを使える(しかも室内なので霧が晴れないから連発し放題)から酷い。
「ふぅん……まぁいい。取り合えず、社長はもういないから、私の命令を聞け。今後一切このカズキに関わるな。私にもだ……いいな? こいつの母親の借金については任せる……が、子供に手を出すような真似はするな。いいな?」
 この惨状を見て関わりたくなるわけが無いと思うが、念のためなのだろう、スバルさんが釘を刺す。木村という男は二度と逆らいませんと土下座した。ふむ、やっぱりこの人長生きしそうだなぁ……これを期にあくどい商売から足を洗ってくれればいいけれど。

「よし、帰るぞカズキ。じきに警察と救急車がきて厄介ごとになるのはごめんだ」
 ポケモンを回収し、ロックをはずしてからスバルさんが言う。あぁ、ありがたや……それとごめん、みんな。こんなトラブルを呼び込んじゃう主人でごめん。
「は、はい……スバルさん」
 半死半生の人間が横たわる事務所を、スバルさんは平然と抜けてゆく。そして、俺達はトリニティに乗って、育て屋へと帰る事になった。スバルさんの胸があたる……一応俺も男なんだからそこは気をつけようよスバルさん。


 道端に捨てられたスマートフォンを回収し、俺達は喫茶店で涼みながら休憩をする。スバルさんは杏仁豆腐とミルクを頼み、俺はチョコクッキーを和えたバニラアイスと乳酸飲料。
 そのほか、連れてきたポケモン全員に(25匹)それぞれ用のポケフーズを振る舞っている。あまりにポケモンの数が多いから店員さん引いてたな。イッカクにはフルーツポンチ、ゼロとトリには肉、ママンにはレタスサラダ。それぞれ美味しそうに食べているさまが、非常にかわいらしい。
「なぁ、カズキ……」
 スバルさんは、杏仁豆腐の小さな欠片を口に放り込んでから俺に話を持ちかける。
「は、はい。なんでしょうか?」
「お前さ、親元を離れる気はあるか?」
「え……あぁ、中学卒業したら離れたいと思っているけれど……」
 唐突にそんな話をされて、戸惑いながらも俺は答える。
「お前、親に放置されているし……その気になれば、私が親元から離れられるよう、いくらでも便宜を図ってやってもいいぞ?」
「え、いや……それって、養子になるって事ですか?」
「まぁ、似たようなものだ。お前も、色々と家庭の事情が大変そうだし……それに育て屋に通うのだって時間が掛かるだろう? だから、お前がよければ私の家に住まわせてやろうと思っているんだが……丁度一人暮らしには広すぎることだし。
 おとといと今日の件で悟った。お前の家は今いるべきところじゃない……将来の逸材が失われても困るんだ」
「俺は……いや、確かにそうしたいところだけれど……」
「なら来い。もしも母親が何か文句を言うようなら、理路整然と反論させてもらうし……こちらには脅す手段なんていくらでもある。そういうポケモンには生憎困っていないものでな」
 突然そんな事を言われても困るけれど……確かに、もうあそこの家に執着するのもどうかと思う。母親は帰ってこないし、あの家にいれば今日のような事が再び無いとも限らない。借金があそこの場所だけとは限らないし……そもそも、仕事が売春だから審査が通らないからって、闇金融から借りているとか馬鹿げている。
 そんな母親の目の届くところにいるなんて……確かに、どう考えても得じゃないけれど……でも、それでも……俺は母さんと一緒にいたいのに。まだ、やり直せると思いたい……。
「すみません……」
 俺の答えを聞いて、スバルさんはしばらく無言で俺を見つめている。どこか、哀れんでいるような視線だ。
「まぁ、即決する必要は無いさ。だけれど、一つだけアドバイスな。お前が家にいたい理由、いたくない理由……一つずつノートに書いてみろ。そして、その気持ちの大きさに応じて、文字の周りを囲って装飾してみろ。お前の本心が分かってくると思うぞ?」
「は、はい……やってみます」
「私も経験があるが……。そうやって色々神に書いてみてから冷静になってみると、なぜあいつと一緒にいるのか分からない、アレに執着していたのか分からない。そういう風に考えるようになるはずだ。
 結局ね、今の生活を変えるのは色々大変そうだとか、そういう面倒くさがる心や、新しい生活に対する恐怖心が邪魔している事が往々にしてあるんだ。後から思い返してみて、自分が馬鹿だったと思い知らされることも多い。まぁ、笑い話に出来るうちはまだいい……取り返しがつかなくなる前に、きちんとけじめをつけておけよ?」
「……はい」
「思い立ったが吉日だ。明日からウチに来るといっても、私は構わないからな?」
 そう言って、スバルさんは笑う。スバルさんと一緒に暮らす……か。


 家に帰ってママンを出して隣に座らせながらスバルさんに言われた事をやってみる。この家から離れたい理由はたくさんあった。
 ポケモンを好きなだけ放し飼いに出来るし、育て屋に通うのも楽だし、それにたまに作ってもらえるスバルさんの料理は、味は普通だけれど美味しい。スバルさんの家で暮らせば食費の心配をしなくていいのは大きい。
 それにスバルさんは俺を褒めたり叱ったりしてくれる……本当は母さんにそれをして欲しいけれど、そんなことはスバルさんくらいしかやってくれないから……。
 それらの文字をぎざぎざの線で囲ったり、何重にもぐるぐると丸の線で囲ったりで装飾してみるとページが賑やかになってしまう。逆に、この家に居たい理由は……まぁ、ユウジさんとアイルにいつでも会えるというのは結構大きい理由であるけれど、スバルさんのところに引っ越したところで、自転車でいける距離なのだから大した大きさにはならない。
 そして、母さんと和解するためにも、この家を綺麗にしておきたいという理由があるけれど……俺、どうして母さんと一緒にいたいんだっけ? 曲がりなりにも、寝食の世話をしてもらっていたからなのかな? でも、それだったらスバルさんで事足りる。
 結局は、使わない物を『まだ使うかもしれないから』と、執着しているだけなのかな……?
「なぁ……ママン」
 隣に座らせているママンのカマを撫でる。ママンは話しかけられてきょとんとしていた。
「お前は、トリのこと、好きか?」
 尋ねれば、当然とでも言いたげにママンは頷いた。そう、当然……ハハコモリというママンの種族から考えれば、小さい子供を守りたいと思うのは当然のことだ。そして、トリも……鳥系統のポケモンは、生まれたときに見たものを親と思い込む傾向があり、オモチャを親と思って追いかけたりすることもあれば、飼育員が同族の頭を真似た手袋などで世話をすることもある。俺もそれで餌やりをしたものだ。
「俺は、鳥ポケモンの子供と同類なのかな……? 刷り込まれてるだけなのかな……?」
 ママンの事をぎゅっと抱きしめる。ママンのほうが年下だというのに、俺の心が弱っているのを察してか、ママンは俺の事を抱き返してくれた。
「くそ……こんな思いをするくらいだったら……俺、ママンの子供に生まれた方がよっぽど良かったよ。トリは、幸せそうだ……」
 唇をかみ締め、思う。虫ポケモン特有の硬い体のママンでも、こうやって抱きしめてくれるだけ、熱を持たない虫の体がずっと母親より暖かい。それが悔しくて、悔しくて、やり場のない怒りを覚える俺を、ママンはひたすらあやすように俺を抱きしめていてくれた。



Ring ( 2013/09/16(月) 00:46 )