第十八話:ライモンデート
7月28日 土曜日
「優雅な空中散歩もお終い、ここからは歩きだな」
私はサザンドラのトリニティ、オリザはフライゴンのサラに乗って、アフターファイブにホワイトシティかライモンまでの空中散歩。夏の熱帯夜に、ドラゴンたちの筋肉の躍動とそこから発する熱を受けての移動は、乗っていてじっとしているだけだったというのに汗が吹き出て死ぬかと思うほど堪えた。
だが、二人並んで空の旅というのはなかなか日常では得がたいロマンがあり、オリザも楽しんでいたことだし、この一時間半は悪くはない道程であった。
今宵は、ポケモンバトルの聖地とも言われる場所、ライモンシティに訪れたわけだが、さてどうするか。取り合えず、メガネを着用して口調を落ち着けよう。
「とりあえず、お腹も空きましたし、ジョインアベニューでも行きませんか?」
「そうですね。あそこならポケモンも一緒に食べられますし」
と、こんな感じで始まったデートは、ポケモンバトルなど関係なしに進んでゆく。流石に、バトルの聖地というだけあって、ジムリーダーのオリザのことを知っている者は多く、その図体のでかさや、私の服装のダサさ(ワインカラーのつなぎの作業着)も相まって目立つためだろう、いろんなところで話しかけられる始末。
服を選んだり、伊達メガネを選んだりと、二人でデートを満喫しているときも話しかけられるのが厄介なので、ポケモンを出しっぱなしにしていても良い店では、常にトリニティを出して威嚇していた。
凶暴なサザンドラを連れている女性と、そのデート相手のオリザにはあまり話しかけたくもないのだろう、余計目立ちこそしたものの、デートに水を差されることがなかったのは良いことだ。
食事のときは、ポケモンたちも一緒に食事が出来るレストランにて、ポケモンたちと一緒に食事を取る。販売やレンタルするポケモンも含めて30以上のポケモンを所有する私だが、さすがに全部を連れてゆくわけにも行かず、今宵はトリニティをはじめとするメインで使う6匹だけ。
オリザも同じく、ジムに大量に控えているポケモンは連れておらず、クイナやシズルといったベストメンバーだけで構成されている。だが、そこは筋骨逞しい格闘タイプの面々、6匹だけだというのにかなり壮観な迫力をかもし出している。ジムリーダーの手持ちというだけあって、珍しがって写真を取る輩なども現れ、店側は迷惑だからと注意される羽目になるなど目立ちすぎてしまったきらいがある。
落ち着いて食事を食べることもあまり出来ず、逃げるように退出する羽目になったのは、バトルの聖地ゆえの弊害というべきか。
次に向かったのは遊園地。観覧車の前にはポケモンバトル会場もあって、恋人を求めているポケモントレーナーの男女は、そこで相手の品定めをして一緒に乗る相手を選ぶのだという。
かつてライモンジムであったジェットコースター乗り場は、ジムとしての機能を完全に廃して一般開放され、今はそこでバトルする者もおらず代わりにモデルたちのファッションショールームがジムとして使われている。
この遊園地は、近々現イッシュリーグチャンピオンであるデンジの手により大幅な改装がくわえられる予定となっているらしい。それを楽しみにするものもいれば、完成した暁にはデンジとカミツレの競演が見られるかもと、根も葉もない噂に期待を寄せているものもいる。まったく現金なものだ。
そんな事情の遊園地にて、真っ先に絶叫マシーンに乗った私達は、特に叫ぶこともなくノリノリでそのスピードを楽しみ、次なる楽しみのお化け屋敷へ。
お化け屋敷には多数のゴーストタイプが在籍し、特にこの季節はユキメノコが物理的に客の背筋を冷やしにかかってくる。そして、カミツレも大好きなロトムたちが家電に乗り移りながらいきなり脅かしにかかってくるなど、心臓に悪いこと請け合いの場所だ。
ポケモンも、混雑時以外は1人1匹ずつなら出していいことになっており、手持ちのポケモンが驚くさまを見るのもひとつの楽しみなのだ。涼しいから汗でメガネが落ちることもないが、どうせ誰も見ていないことだし、メガネははずしておこう。
「ほら、あそこにロトムが居ますよ」
とまぁ、このお化け屋敷は怖いことで請合いなのだが、オリザにかかればこんなものである。こいつなら明日にでもポケモンレンジャーになれるんじゃなかろうか。
「ほぅ、さすが忍びだな」
ただ、そこは忍術道場を経営する身分といったところか。オリザはポケモンの気配に対して非常に敏感で、私が見つけられないような潜み方をしていても、バンバン指摘してその居場所を特定する。探知能力に定評のあるルカリオのクイナも一緒に連れているが、クイナは探す必要すらなく居場所がわかっているようで、酷く平然とした様子ですたすたと歩いている。
驚かすタイミングを見失ってしまったポケモンたちは、苦し紛れに脅かすしかないのだが、そんなものでは私もオリザも素通りを決め込むしかない。
完全に無視されてしまった者達は、しゅんとして落ち込んだり、ため息を吐きつつ持ち場に戻ったりと、非常に残念そうな雰囲気をかもし出していた。お化け屋敷の子たちのやる気がそげなければいいが。
「バァッ!!」
「ぬおわぁぁ!!」
そんな中でも、きちんと気配を殺すことが出来るものも居る。ゲンガーであった。しかし、オリザの奴もこんなに大声で驚くことも出来るのだな。
「むっ……」
私も驚いて思わず声がもれたが、オリザの声はかなり大きく、こっちまで驚くところであった。しかし、オリザに指摘されることなく脅かすことが出来た、見るからにベテランそうなスタッフのゲンガーは、闇の中で真っ白な牙だけを覗かせて不適に笑っている。
「ははは……今の子、大物になりますね、きっと」
オリザは驚きの余韻を残しているが、クイナにはばれていたのだろう、彼は落ち着き払っている。さすがルカリオ、敵の気配を感じることに関しては右に出るものがいないポケモンだ。クイナは主人を一瞥すると、ブルルと唇を震わせて鳴く。
「すでに大物なのではないのか? 今のお前の驚きようを見る限りは。ほれ、ふじこがクイナの言葉を訳してくれたが『ご主人ビビリ杉! マジヘタレワロスwwww』だそうだ……」
「あぁ、クイナまでそう言うのか……いやはや、光矢院流忍術も、ルカリオの感知能力にはかないませんね」
一度ため息を吐いて、オリザは顔を上げる。
「そりゃな、ルカリオの感知能力はレンジャーにおいての使用率で実証済みだからな。お化け屋敷のお化けがルカリオにも見つからなかったら、それは大物を通り越して化け物だ。そんなポケモンに出会ってみたいものだな」
「しかし、あのゲンガー、すでに大物ですか……確かにそうかもしれませんね。私が気づけないなんて、忍者の修行もやり直しですかね」
オリザは恥ずかしさを紛らわすためか、苦笑いしつつも私の言葉を認める。なんだか可愛いから、もう少し弄ってやろう。
「あぁ、先程の驚きよう……あいつはベテランなのだろう。貴様、そんなリアクションも出来るのだな……そんな反応を見せてくれたあのゲンガーには感謝だな」
「お恥ずかしいところを……」
「いやいや、お前を驚かせる経験なんてないものでな。なかなか貴重だし、あんなものはいわゆる脊髄反射だ……恥ずかしがることではないぞ」
「まぁ、一般人ならばそうなのですがね。まだまだ修行の余地はあるってことですね」
「まじめすぎるぞ、オリザ? ジムリーダーは別にリアルファイトで強くなければいけないわけでもあるまい」
そんな事よりも、ジムリーダーなのだからポケモン勝負の腕を磨けといいたいところだが、こいつにとっては忍としての能力を高める事が、ジムリーダーであることと同じくらい大切なことなのだろうな。
「いいじゃないですか。感覚を研ぎ澄ますことで得られる事だってあるでしょうし、日常生活でもポケモンバトルでも何かの役に立つかもしれません」
ま、私もオリザのことは言えないか。カズキが立派な育て屋になってくれるようにと、人を育てる真似事も最近はしているしな。
「そういうところがまじめだというのだ……ま、それが強さの秘訣なわけだし……肩の力を抜いたら、逆に体調を崩しかねんな」
「おや、そんなやわな体になった覚えはありませんよ」
言いながらオリザは病院を模したエリアの一箇所を指差す。
「肩の力を抜きすぎたらストレスで胃に穴が開くかも知れんぞ?」
「ないない、ないですってば」
指差したその場所にポケモンが居るということなのだろう。会話中でも気配をしっかり探れる位にバレバレとは、もう少し気配を消す鍛錬を身につけさせた方がよさそうだ。新入りだろうか?
「フォォォォ……」
サマヨールが薄ら寒い緑色の光と共に起き上がり、こっちをにらむ。しかし、効果はない。
「だって、お前休日が実質ないじゃないか。ジムが休みの日だって鍛錬は1日も欠かさないし」
まぁ、気付かれてしまってはこんな風に素通りだ。これを機に、あのサマヨールにはもっとうまく気配を隠す術や驚かすための飛び出し方や不気味な掛け声の練習をしてもらうしかなかろうよ。これも修行だ、ポケモン達には頑張ってもらわねば。
「1日でも欠いたら、怠け癖がついてしまいますからね。これでも、鍛える部位は腕だったり脚だったりと毎日変えて、一箇所ばかりを無理させないように心がけているんですよ?」
「理にかなっているじゃないか。そうだな、毎日違う場所を酷使するというのは悪くない」
お化け屋敷で頑張っているポケモンや、怖がっているほかの客たちを尻目に、私たちは他愛のない世間話をしながら出口を目指していった。
「ふー……気配を上手く消せたのは1匹だけかぁ」
「そんなもんですよ。これからもあのゲンガーには頑張って欲しいですね」
「確かに。新人教育というか、ベテランを育成できるようになって、今度来るときはオリザをもっと驚かせるようになって欲しいものだ」
「今のままじゃ心臓も鍛えられませんしね」
「あぁ。お化け屋敷はもっと飛びっきり心臓に悪いくらいが理想的だ」
私たち二人は笑いあって次のアトラクションへ向かう。こうしてポケモンとは関係のないところでの交友をしていると、普段のポケモンとの生活も悪くないがたまにはまったく別のことを考えるものもよいものだと思わされる。
景品付きの輪投げでは、オリザの熟練した投擲技術の賜物が垣間見え、次々と景品を取ってしまう始末。店主が泣く前に、同じ景品に何度も輪を通したりなど芸が細かく、見ていて楽しい。
続く、ハンマーをたたいて力比べをし、規定値に達することでお菓子が多目に進呈されるアトラクションでは、オリザが片手で大量のお菓子が進呈されるポイントまで楽々と達し、私は両手を使ったが何とかオリザの記録を抜く程度。むぅ……男の筋肉はうらやましいな。
代わりに私は手が早いから、神速の張り手で敵を目潰ししたり、急所に一撃を加える戦いを得意とするが、たまには男の筋肉で力任せの戦いもしてみたいものだ。
「それにしてもオリザ……夜の遊園地というのもいいものだな」
ゼブライカの意匠を施された馬車の席にて、メリーゴーラウンドの優雅なクラシックの音楽に揺られながら、ひじでオリザのわき腹を突っつきつつ私は語りかける。
「そうですねー。この遊園地、12時まで営業しているから、仕事帰りに行くにはちょうどいいですし……ドラゴンに乗っていくのも疲れますがね」
「このむわっとした暑い空気も、熱を持たないアトラクションに乗っていれば、風が流れて涼しいし……」
絶叫マシーンに乗っていれば、こいつの暑苦しい筋肉も気にならない。
「そうですね。そよ風と重なると、とても涼しくって……」
二人で肌に風を感じながら、夜の空気を楽しむ。遊園地でデートというのは安直な発想だと思ったが、意外にも悪くない。昔、ギーマと一緒に来たときは、完全に妹のように扱われていたものだが、こうして恋人という体裁で来てみると、なんだか同じ風景も違って見えるものだ。
そうして、メリーゴーラウンドでのまったりとした時間を終えた私たちは、最後の締めにと観覧車へ向かう。ここの目玉は、ライモンシティの夜景が最高の場所で見られるというところだろうか。光のじゅうたんに彩られる街をゆったりと見る感覚は、、ポケモンによる飛行のようにハイスピードで揺れながらでは味わえない上質な時間となる。
夜になれば、室内に流れるBGMも、恋人たちをその気にさせる甘い歌に代わり、気分を高めさせてくれるという。そういった事情があるためか、この観覧車は二人乗り専用で、ひいては恋人との二人乗りが推奨されている。
そのため、この周りではナンパやナンパ待ちが絶えず、ポケモン勝負を通じて相手を決めるような風潮もはやっている。
その影響で専門のバトルフィールドまで併設され、可愛いポケモンで女性を釣ったり、圧倒的なポケモン勝負で異性を魅了したりと、観覧車付近はポケモンを利用した求愛の社交場になっている。
ポケウッドではこの遊園地での恋物語を題材にした短編映画も放送されているなど、この観覧車は本当に表情豊かな場所となっている。
時折、『私に勝てたら観覧車に乗ってあげる』なんていいながら、圧倒的な手腕で烏合の衆を蹴散らし、強い相手を求める戦闘狂もいる。今宵もそんな女性が出没している……というよりは『そういう女性』はここ、ライモンの住人だったようだ。その女性が勝利するたびに沸きあがる、女性の黄色い声。
男性ファン以上に、憧れの的として女性の人気を集めているその者の名は、電気タイプのジムリーダー……カミツレ。
「あら、オリザさんではありませんか」
「おや、カミツレさん?」
9時も回ったことだ。バトルの聖地ということで、これからサブウェイにでも向かおうと思ったが、思わぬところで思わぬ相手に出くわすものだ。
「お久しぶり。去年のジムリーダー就任祝いパーティ以来ね」
カミツレはにこやかに近づき、オリザへ挨拶をする。
「こちらこそ、お久しぶりです。今日は……その……」
「デートに来ました」
私のほうを身ながら口ごもるオリザの代わりに、私が答える。
「あらあら、お連れの方は恋人さんですか? オリザさんもすみに置けませんね」
「まだ恋人といえるかどうかは微妙ですが……少なくとも、友人以上の関係だと思っています」
「こらこら、オリザ。そこは自信満々に『えぇ、恋人なんです』と言え。そしたら私が『調子に乗るな』と言うから」
「いやいやいや、なんなんですか!? その突っ込みまで含めた上級者向けのツンデレは」
そう言って、私たち二人は笑いあう。カミツレも一緒に笑顔になって、私たちを見守っていた。
「恋人同士でここにきたということは、目当ては観覧車かな? オリザさん一人だったら勝負のひとつでも挑みたいところだけれど……カップルということならば、水をさす訳にはいかないですね」
そう言って、カミツレは『邪魔者は失礼します』とばかりに立ち去ろうとする。
「おや、それならば、私がお相手をしましょうか?」
ジムリーダーというのは普段は挑戦者にベストメンバーで挑むことが出来ず、実質手加減しながら挑まなければいけない。もちろん、挑戦者が望めば本気でお相手することもあるがそういう輩も多くはなく、たまにはベストメンバーのポケモンに思いっきり遊ばせてやりたいといったところなのだろう。
カミツレがいつもここに出没する理由も、そこにあるらしい。つまり、今のカミツレはベストメンバーを連れているということ……これは意外な幸運もあったものだ。
「あら、それはいいのだけれど、貴方はそれなりの子をお持ちで? 私を痺れさせるなら、それなりの子を用意しないと……あ、あれ?」
何かに気付いたのか、カミツレは私の顔を見る。
「すみません……貴方、4年前に6つ目だか5つ目のバッジを入手するために、うちに来ませんでしたか?」
ほう、思い出したか。やはり印象が強かったようだな。
「旧プラズマ団が崩壊した年ももう4年前ですか……月日がたつのは早いですね。確かに、そのころに私もジムに挑戦しました……名前は白森スバルです」
「やっぱり、貴方はシラモリスバルさんなのね。あの時感じた貴方の惚れ惚れするくらいのスタイルのよさ……そのままだわ。体型もまだまだモデルとして通用しそうね。服の上からでもわかる」
カミツレよ……貴方がそんな事を言うと、色々不味い気がするのだが。
「あのしゃしゃり出てきた女……カミツレ様に褒められた……だと!?」
「本当だ……カミツレさんの言うとおり、作業着の上からでも結構くびれている……っていうか、何で遊園地に作業着なの……?」
ほら、ファンの多い貴方が言うと、些細なことでもこんなことになる。確かに、日々ポケモンと戦って鍛えている私には無駄な脂肪はほとんどないし(不本意ながら胸もないが)、腹筋も割れている。まだ腹筋はギーマにしか見せた事はないが……。
「本当、4年前にも思ったけれど、貴方は水着になってステージに立って欲しいくらいだわ」
「それは身に余る光栄です。ですが……私は日々ポケモンとリアルファイトをしていますゆえ、傷だらけの体ですし。黒タイツで傷を隠せるならばともかく、水着のモデルは出来ませんよ」
しかし、そこが残念なところだ。肌をさらすような服が着れないとあってはモデルにも向かないし、私自身あまり乗り気ではない。そもそも、私がつなぎの服を着ているのは、タバコを押し付けられた跡や、電源コードでひっぱたかれた跡を隠すためのものだというのに。
「そう……残念だわ」
こうして女の話に持っていってしまったせいか、オリザの奴は会話に入れず置いてけぼりだ。
「それより、スバルさんはポケモンバトルの相手をしてくれるそうね……」
話を変えて、カミツレは目を爛々と光らせて私に尋ねる。
「えぇ。あの時は確か、バッジ6つレベルのポケモンでお相手してしてもらった記憶があります。私は本気で挑んだので、ポケモンのレベルが違いすぎて無様な戦いをさせてしまいましたが、今回は本気のメンバーで挑んでくれるのでしたら……退屈させないように、私のベストメンバーで行かせてもらいましょう」
「ふふ、あの時は貴方の実力を見誤っていたわ……本気でお相手すればよかったと思うほどにね。近頃は本気を出せないような退屈なバトルばかりだったけれど……今日は痺れさせてもらうわ。もちろん、貴方も痺れてもらうけれどね」
「私も同じくです」
ポケモントレーナーは目があったら勝負と言うが、今はっきりと私たちは目が合ったのみならず、気が合った。せっかくなので私はメガネを外し、久しぶりに素の自分をさらけ出す。
「あー……お二人さん、盛り上がっているようなので、私が審判やります……」
会話に置いてけぼりになっていたオリザがようやくもって口を開く。
「頼むぞ、オリザ」
「お願いね、オリザさん」
口調も変わったところで、私とカミツレはお互い両サイドに別れてモンスターボールを構える。カミツレのきびきびとした動作は、モデル業で培われたのであろう、魅せの要素が存分に詰まっており、一挙手一投足ごとに観客が声を上げている。
「それでは、カミツレさん。勝負は3対3のシングルバトル。敗者はオリザと観覧車に乗ると言うことでどうだ!?」
「何で私が罰ゲーム扱いなんですか!」
オリザが突っ込む。しかし、突っ込みとしては物足りないので、不合格と言うことで無視だ。
「あら、それはいい提案ね。負けたときの言い訳にはしないでよ?」
ほら、カミツレも納得している。そして、それは逆だ。私が勝ったときに、お前が最高に惨めになるのだよ、カミツレ。
「スバルさん! それどこもいい要素がないですよ!」
オリザ、ツッコミが面白くないぞ。やり直せ。
「つまり、私が貴方に勝てば、観覧車で貴方を慰める恋人を演出できると言うわけ。私はカップルの恋路を助けた偉大なジムリーダーになれる可能性があるのね」
「違うな。私が勝つことで、私は最高のツンデレを発揮できるのだ」
「自分で言ったらツンデレの意味ないでしょうに!」
今度はいいツッコミだ、オリザ。
「はっは、言い得て妙だな、オリザ」
「あぁ、もう突っ込むの疲れた……好きにしてください」
なんだ、情けない。この程度で掛け合いも出来ないようでは、この先大変だぞ。
「では、私が勝ったら貴方のその作業服を脱がせて完璧にコーディネートするわ。『コーディネートはコーデネート』と言わせてやるんだから」
「さむっ……」
オリザ。そういうのはもう少しオブラートに包んでやれ。周りでは、訓練されたカミツレのファンが『出たぞ! カミツレ様の凍える世界だ!』とか、『カミツレ様、クールビューティー!!!』などとはやし立てている。カミツレよ、いいのかそれで。
「ふふ、ダサいのは、オリザに服を脱がせたくするためだ。似合う服など着たら服を脱がせる楽しみがなくなる。私の体は、信用できるもの以外には誰にも見せたくないのでな」
「いやむしろ、服を脱がせたいよりも、実はあんまり隣を歩いて欲しくないのですが……」
何!? 隣を歩いて欲しくないだと……仕方が無い、それではもう一つの理由を言おうか。
「あと、恋人に買ってもらった服を着たいがためにこうしているのだが……」
「う……すみません、何も買ってなくって」
まぁ、いまオリザに言ったのは嘘なわけだが。しかし、服を脱がせたいよりも隣を歩いて欲しくないと言うほうが強いとは……なかなかに以外だ。これは考え直す必要があるな。
「と、とにかく……カミツレさんとスバルさんの勝負ですね……もう開始してよろしいでしょうか?」
「もちろん……といいたいところだが、その前に……お前も出て来い、ふじこ」
私は先んじてふじこを繰り出し、その口に恵方巻きの形のUSBケーブルを咥えさせてスマートフォンと接続する。
「それは……何のつもり……?」
カミツレがたずねる。
「おっと、このポリゴンは試合に出さないからな……あしからず。こうすることで、ポケモンの言葉を訳すアプリや、録画機能が自動でオンになるのだ。だから、試合の進行にはあまり関係ないよ」
「なるほどね……了解よ」
そう言って了承したところで、大丈夫だと互いにオリザへと目配せをする。
「それでは、これより野試合を始めます。ルールはシングルバトル、全てのポケモンが戦闘不能、もしくは試合放棄した時点で試合終了とします。また、ポケモンの交換はどちらも自由としますが、戦闘中の交換の際は、積み技やの使用や溜め技のチャージ、回復等を許可するものとします」
「了解だ」
「問題ないわ」
「それでは、バトル開始!」
「行け、うな丼」
「ヴォランス、輝いて御覧なさい」
と、オリザの宣言と共に、私はシビルドン。カミツレもシビルドンを繰り出す
「おや……」
「あら……」
同じポケモンを出してしまったことに、私たち二人は間の抜けた声で微笑みあう。
「同じポケモンだとはな……電磁波を放って痺れさせようと思ったが、これではしまりが悪い」
「地面対策のつもりが……こうきたか」
私もカミツレも、なんら心のこもっていない会話を交わしながら、戦略を組み立てる。
「相手の攻撃に備えなさ……」
「つまみ出せ」
カミツレがとぐろをまくことを命令し終わる前に、私はドラゴンテールを指示する。うな丼は力を蓄えている最中のヴォランスの下半身を上に叩き上げて弾き飛ばす。掬い上げられるように投げ飛ばされたヴォランスは、体勢を整える前に場外へとはじき飛ばされた。場外にポケモンを出された場合は強制後退となり、交換によって発生する先攻権こそこちらに与えられることはないものの、せっかく昂ぶった体も心も、ほとんどリセットされてしまう。
安静にしている分、毒や火傷による症状の悪化はさせられるが、それ以外の面を考えればリセットの弊害は大きいと言える。
「さて、こっちはカミツレが次の子を出すまで、とぐろを巻いて攻撃に備えるんだ」
いわれたとおりに、うな丼は自身の体を丸めて攻防一体の構えを取る。
「くっ……ならばこちらは、行きなさい! サジタリウス」
サジタリウス……確かそれはいて座。と言うことはおそらくゼブライカだろう。
「やはりか……」
名前から予想出来るとおり、彼女の切り札のゼブライカであった。ゼブライカの特性は電気技を無効化してしまうため、電磁波を使ってやるつもりであったが、これではその技は使えない。相手が物理型であれば、とぐろを巻く構えにも意味があるのだが、さて……カミツレのことだ、ここでうな丼に向かって物理型を出すようなへまはしないだろう。
とぐろを巻く技は、待ちの姿勢と言うことで相手が攻めてくるのであれば非常に強いのだが、巻いたままでは移動もままならないのが弱点だ。やはり毒々やのろいと合わせて使用するのが最良か。ただまぁ、シビルドンは浮遊しているので、とぐろを巻いている最中でもある程度動き回れる利点がある。そこらへんは、ジャローダなどにはない利点だ。
「サジタリウス、オーバーヒート!」
なるほど……特攻が低下する技を迷わず使うということは、両刀なのか。
「こらえろよ」
しかし、ゼブライカのオーバーヒートであれば、相手が相当鍛えていなければうな丼でも耐えられる。地面を舐めるような低空飛行で炎の直撃を避けたうな丼は、
「噛み付け、うな丼」
サジタリウスの全身から燃え盛る炎を、丸めた体で表面積を少なくしてしっかりと受けきったうな丼は、その体を鞭のように伸ばしてでサジタリウスを飲み込み、怒りを込めてサジタリウスの首を絞め殺す。口をふさがれ、しかも首を絞められると合っては息苦しいことこの上ない。首を振り、効果はいまひとつな上に、オーバーヒートのせいで弱まった電気を延々と放って振りほどこうとしている。
うな丼が離れたときにはどちらも疲労困憊していた。
「体ごとぶつかれ」
「蹴り飛ばしなさい!」
私とカミツレ、二人の命令はほぼ同時。しかし、やはりというべきかサジタリウスのほうが早く動く。なんだかんだで体内に電気を流されたうな丼も、満身創意だ。突進する勢いをそのままけりの威力に変えた重い一撃がうな丼を捕らえる。しかし、こっちも体ごとぶつかれという指示を出した。
これなら、たとえサジタリウスの攻撃が先に決まったとしても、勢いが残ったうな丼の攻撃はサジタリウスに当たる。その目論見は成功し、サジタリウスの攻撃が当たった一瞬後に、うな丼のアクアテールが決まる。
しかし、まだ体勢も整っていないうちの破れかぶれではなったうな丼の一撃は浅かったのだろう。横っ面をはたくつもりが、太い首にヒットしただけで、サジタリウスはほとんど動じていない。しかし、このゼブライカやたら攻撃力が高い気がする。
体のどこかに命の珠を隠し持っているのだろう、技を放つときにはどこか苦しそうな表情をしている。
「シビルドン、戦闘不能。スバルさんは次のポケモンを出してください」
ふむ……やられたか。さすがにジムリーダーの切り札だけあって強い。
「さすがはジムリーダー……お強いことだ」
「それはお互い様、今のうちに充電よサジタリウス」
私がポケモンを出すまでの時間にもきちんと積もうとは、まじめに勝とうとして手段を選んでおらぬな。ならば私は最強の手持ちでお相手しよう
「ならば……お前でいくか。私の最強の手持ち、トリニティ!!」
「ピィィィィ!!」
と、私が叫んだときに勇ましく出てきたのは、エルフーンのケセランだ。ケセランは、モンスターボールから出ると共に、こちらを振り返って手を振る。そんな事をしているせいで、サジタリウスは何かの作戦なのかと勘ぐったのか、それともあっけに取られているのか、充電の手が止まっている。
「あ、間違えた……お前、ケセランじゃないか……ほら、手なんて振ってないで前を見ろ前」
「ま、間違えた? そ、そんなの……トレーナーとして初歩的な間違いを犯すなんてらしくない……サジタリウス、かまわずボルトチェンジ!」
いうなり、最初こそ戸惑っていたサジタリウスも、舐められているとでも思ったのか気を取り直して一気に駆け出す。
「あぁ、そうだ」
私はくつくつとくぐもった笑いと共に、語りだす。サジタリウスが纏った電気をはなったころにはすでにケセランは痺れ粉の準備は終えている。相手が痺れ粉を吸ってしまったところで、神速ともいえる速度でサジタリウスは戻っていく。
次にボールを出たときには見事に麻痺していることだろう。サジタリウスは命の珠で体力をすり減らしているはずだし、あと一息で倒せるだろう。
「私はあくタイプのジムリーダーになるのが夢だったものでね」
ケセランだが、彼の表情はむしろ楽しそうで、痛みなどまったく感じていないかのようだ。
「そういうわけで、ルール違反じゃなければ普通に卑怯なこともするからそこらへんよろしくな」
要するに、間違えてエルフーンを出したのはフリである。
「ジムリーダーを目指していた……なるほど、それでこの強さなのね。ヴィルゴ、行きなさい」
いいながら、カミツレはエモンガを出す。確かあのエモンガ……物理型だったかな。
「ふはは、いいのか、そんなに無防備にポケモンを出して? 今も卑怯なことをしているんだぞ? たとえばあの観覧車とか」
私がいいながら観覧車を見上げると、カミツレもそれに倣って観覧車を見上げる。
「何を仕掛けたって言うのよ」
「嘘だ、実は何も仕掛けていない。だけれどほら、ケセランを見てみろ」
言っているうちに、ケセランはコットンガードを終えている。背中に背負ったふわふわの綿毛はさらにボリュームをまして、もはや雲のようだ。
「……なるほどこんな茶番を演じているうちに技を積ませるとは……嘘つきにはお仕置きよ! ヴィルゴ、魅了してあげなさい」
「追い風だ」
コットンガードを摘んだだけでも物理型のエモンガなど怖いものではないし、特殊型ならばそれはそれで別のやり方もある。たとえばそのひとつがこの追い風で、風を利用した滑空飛行を得意とするエモンガには、飛行を阻害する要因となる追い風の技は非常に厄介だ。
飛べなくなると言うことはないだろうが、ケセランには近づくことすら困難と思われる。
「なるほど……それならば、着地して目覚めるパワーよ!」
「むっ……ならば着地させるな」
なるほど、風にあおられて、今の状態では狙いをつけるのも難しいと言うわけだ。ならばそれを妨害しようと私がケセランに指示すれば、ケセランは暴風を起こしてヴィルゴを吹き上げる。空気の刃や、そこらへんに落ちている豆粒ほどの大きさの小石がエモンガに襲い掛かる。
小さい体だけに風に吹き飛ばされたら逆らうことも難しいらしい、顔を覆って防御して必死にこらえているが、あの風から抜け出すのは難しそうだ。
「では、ケセランよ……毒々の準備だ。思いっきりぶっかけてやれ。なぁに、カミツレさんのエモンガならば、毒液だって上手く着こなしてくれるさ」
「くっ……エモンガ、ボルトチェンジ。強引でもいいから戻りなさい」
「おや……」
エモンガこちらに電気を放つと、その反動で場外までひとっ飛び。暴風にもまれながらも何とかカミツレの元へ帰還を果たした。
「……行きなさい、サジタリウス」
ほう、サジタリウスはやる気満々だな。麻痺した体でよくやるものだ。
「オーバーヒートがくるぞ、身構えろ」
カミツレが指示する前に、私はケセランに命じる。
「燃え上がるのよ!」
追い風に逆らって飛ぶ、灼熱の炎がケセランに向かって飛ぶ。ケセランは身構えろと言われた瞬間から伏せて、さながらメロンパンのごとく綿が鎮座している状況になる。そこへ飛んだオーバーヒートの炎は、地面に落ちた綿を焼き尽くしにかかるが、不思議と苦悶の声は聞こえない。
「やったかしら……いや、退避しなさい!」
「残念、それは身代わりだ」
カミツレが油断しているところで、脱皮するように大量の綿を残していたケセランが炎の向こう側から宿木の種を放つ。退避しなさいと言うカミツレの指示もむなしく、サジタリウスは種を植え付けられる。
「さぁ、ケセランよ。遊んでやれ……ほらほら、お得意の毒舌を言ってやれ!」
私はケセランに挑発の命令を下す。するとケセランは手拍子をしながら踊り始め、くるくる回ってふざけ始める。命の珠を使用している上に、うな丼の攻撃も食らっているサジタリウスだが、やはりここまでなめられた態度を取られては我慢できないらしい。
挑発の様子を、フジコの翻訳機能を通してみると、『お前の顔は格好いいなー』とケセランが褒めてサジタリウスが『何のつもりだ?』と言いつつもまんざらでもない様子。
しかし、ケセランが『でも、ケツは汚いのなー』と言ったところでサジタリウスの表情が明らかに変わる。
「くっ……サジタリウス、戻りなさい!」
と、カミツレがボールをかざすも、サジタリウスはすでにして怒り心頭の様子。『あー、何で汚いのかわかったー! お前、足遅いから他のゼブライカにケツを見せないで済むんだろ! 追い抜いた奴はお前の顔だけ見ればいいわけだからなー。
それなら顔に気をつけるのも分かるぜ、うん。足の速い奴ならケツを綺麗にするからなぁ』と、ケセランが言ったところで、サジタリウスはぶち切れた。彼はケセランを追って敵陣深くに切り込んでおり、回収のための赤い光が届かない。
そして、追い風を常に浴びているケセランには、どんなポケモンでもそう簡単に触れられるわけはない。ましてや、サジタリウスは麻痺の粉のおかげでスピードは鈍っているのだ。やがて、命の珠と宿木の種に生命力を吸い尽くされたサジタリウスはしゃにむにケセランを追うが、時間が経過して追い風を失ったケセランにすら追いつけない。
やがて、もう限界だと気付いたころには、もう手遅れだ。冷静になったころには、足がまともに動かず、その場に倒れてしまう。
「ゼブライカ、戦闘不能! カミツレさんは新しいポケモンを出してください」
「ありがとう、サジタリウス……」
カミツレは言いながら、サジタリウスをボールにしまう。
「やってくれるじゃない! 痺れるわ……スバルさん! 次はヴォランス、相手をしなさい」
「ほう……とぐろを巻いたと言うことは物理型のようだが、コットンガードに対抗できるのか?」
「ふふ、心配後無用。策はあるから、
サクサク行かせてもらうわよ」
「さむっ……」
オリザの声に遅れて、周りから凍えるクールビューティーとの歓声が上がる。だからカミツレ、お前はそれでいいのか。
「そうだな、挑発しておくんだ」
「はじき出しなさい、ドラゴンテール」
ケセランはコロコロと転がって、戦闘中だというのに遊び始める。
「あ……」
対策があると聞いて、その対抗策として挑発させようと思ったが、相手は最初から攻撃指示するつもりだったようで。
「かわせ……いや、無理か」
かわせと命令したかったが、ケセランはすばやく起き上がる前に、ヴォランスに距離をつめられ弾き飛ばされてしまう。
「……ふむ」
すっ飛んできたケセランは、空中で追い風をその身に受けることでふわりふわりと私の胸に飛び込んでくる。
「行け、トリニティ」
ケセランはコットンガードのおかげでほとんどダメージを受けておらず、けらけらと笑っている。さすがに私の手持ちの中では最強なだけある……そして、次は私の手持ちの中で葉最もお気に入りのポケモン、サザンドラのトリニティだ。
「まずは、竜星群」
「え……」
もはや、私は思考を停止する。トリニティが上方を向いて、竜の力が込められた玉を上空へ打ち上げる。
「く、電磁波!」
一応、このヴォランスという名前のシビルドンは、先程私のうな丼に弾き飛ばされたダメージも残っている。微々たる物かもしれないが、そういったダメージが意外と響くものだ。結果、トリニティは見事に麻痺させられたものの、ヴォランスは竜星の雨に打たれて一撃で力尽きた。
「シビルドン、戦闘不能! カミツレさんは次のポケモンを出してください」
さて、残るはエモンガのみだ。どう料理してやるかな?
「さて、トリニティ……麻痺のところすまないが、このまま頼むぞ」
「いえ……すみません。今回は私の負けでお願いします」
ほう、カミツレが降参か……なかなか面白い試合だったな。周りのギャラリーからも、カミツレを負かしたということで大きな歓声が上がる。カミツレの敗北を嘆くファンもいれば、すげーなねーちゃんと賞賛を送るものもいる。
この勝利の感覚……やはりたまらない。
「ふふ、よくやったぞトリニティ」
私は竜星群を放ったトリニティをねぎらい、羽ばたいてやってきたそいつのあごを撫で、舌による乱暴な愛情表現をこの身に受ける。どうやら汗の味がほんのり塩味で気に入っているらしく、目に付いた水滴から掬い取っているようだ。
「……カミツレさんの降参により、この勝負、スバルさんの勝利としま……ちょっと待ってください、これってつまり私がカミツレさんと観覧車に乗るってことですか?」
「うむ」
あらかた舐めとっても、まだ舐めたりなさそうに顔を舐めるトリニティの相手をしながら私は答える。
「『うむ』じゃないでしょう、思いっきり気まずいじゃないですか!」
「あら、オリザさんはこういうときに『男に二言はない!』とかいうタイプかと……」
おぉ、カミツレお前いい事を言った。
「いやいやいや、スバルさんが勝手に決めただけで、私はやるなんて一言も言ってないでしょうに!」
なんだと? 確かにそうだが、そんなの知るか。
「ふふふ、良いではないか。目の前にいるのはスーパーモデルだぞ? ファンの皆はよだれを流してうらやましがるはずだ」
「こういうのを猫に小判と言うのですよ」
何、『カミツレの価値が分からない』と貴様は言うのかオリザよ。まぁ、そうか。興味がなければモデルも一般人も変わらんか。
「あら、小判だなんてうれしい事を言ってくれるわね。オリザさんは見る目顔がおありのようで」
「どうしてそうなるんですかぁ、カミツレさん!」
そんな問答をしているうちに、さすがにトリニティも汗の味がしないので飽きたらしい。舐めるのをやめて、ケセランを左首に乗せて戯れている。オリザ達が観覧車に乗り込んだら、もう少しかまってやろう。
「さて、オリザさん。一周なんてすぐですから、諦めて乗っちゃいましょう!」
「あぁ、もうどうでもいいです……」
そのままオリザはカミツレに観覧車へ導かれて入っていったが……オリザのやつ、すっかり肩を落としていたな。それにしても、奴は自分で猫に小判と言い放ったが、ファンの皆様は俺に代われー! とか、うらやましいぞコンチクショーなどと叫んで野次を飛ばしているものの、死ねとかくたばれとか、そういう野次を飛ばしているものはいない。カミツレファンは以外にも民度は高いようだ。
「あのー……スバルさん、でしたっけ」
「うん、どうした?」
先程の私たちの試合を見ていたギャラリーの一人が、私に話しかけてきた。何だと思っていぶかしげにたずね返してみると、その女性は手を差し出してこういった。
「あのカミツレさんを破るなんてすごいです……どうか、握手してください!」
ふむ……これがライモンでの強さの価値か。ブラックシティもある意味では戦いの聖地だが、趣が違うな。こちらのほうが、ブラックシティのようなどす黒い快感がない代わりに、とても気持ちいい。
◇
「はぁ……」
これこそまさに、どうしてこうなったとしか言いようがない。どうして私はカミツレさんと一緒に観覧車に乗っているんだ。
「あらあら、気が進まないのはわかるけれど、せっかくなんだから楽しまないと」
カミツレさんはこんなときでも楽しそうに乗り気だ。これが、人前での仕事に慣れたプロの実力と言うものか
「オリザさん、ジムリーダーのお仕事はどうしておりますか? 最近は上手くいってますか?」
「え、あぁ……そうですね。本来の忍者道場の門下生も、ポケモントレーナーを育てるジムとしての門下生も、相乗的に増えており、経営は順調です。
もともと、物を教えるのは大好きなので、大変ですがとても充実した毎日ですよ」
「そうなんですか。私のほうも、モデルの仕事にジムの仕事、どちらも充実しているわ。プラズマ団事変のときのような才能にあふれる子がいないのがちょっと残念だけれど……でも、ゆっくりと育っていく子達を見守るのもいいものね」
「えぇ、ポケモンもトレーナーも、育てるとそれだけ楽しみが広がるものです」
最初こそ気乗りがしなかったが、カミツレさんは意外と話しやすい。なんだかんだで、色んなCMやトークショーに出演しているだけの事はある。
「ところで、あのスバルさんという方、とても面白い方ですね。どういった関係なのですか?」
「育て屋です。ジムを開設するに当たって、バッジが少ないトレーナーの相手をするためのポケモンの育成と、元は四天王が所有していたというズルズキンに、私のズルズキンの稽古を頼もうと思ったのですが……クイナというルカリオの……」
「一時期流行った、あのプードル刈りのルカリオね。ルカリオにヘソ出しさせる前衛的なファッション、センスを感じたわ」
「えぇ……クイナ君を預けたら、私のベストメンバーと比べても遜色がないくらいに成長してしまいましてね。スバルさんは、ものすごいトレーナーですよ。あと、ジムリーダーのオーディションでも一緒に試験を受けたので、その縁があってポケモンを預けたのです。
その後もこうして仲良くさせてもらっていますが……スバルさんは面白い方。確かにそうですね。その一言で表すには、面白すぎる方ですが」
「あらあら、深く付き合うと大変そうな響きね」
「大変ですよ。カミツレさんとこうしてご一緒できるのは光栄なことなのでしょうが、付き合うとなればあんなツッコミを毎日しなければいけません」
「疲れそう。でも、上手くやっているならお似合いなのかもね」
「そうかもしれません」
そこで、私たちは互いに笑いあう。その際、少々の間を沈黙するとカミツレさんは突然立ち上がって窓の外を指し示す。
「ほら、見てください。これが眠らない町、ポケモンバトルの聖地、ライモンの夜景です」
「これは……ポケモンに乗ってみるよりも、こうして落ち着いてみてみると……絶景ですね」
私も立ち上がって外の光景を見てみると、確かにこれは絶景だ。
「ライモン自慢の光景よ。しっかり楽しんでいってね」
言葉もなく見とれていると、なんだかスバルさんよりもカミツレさんとデートしているような気分になる。何だこれ……。未だにどうしてこうなったとは思うが、きっとスバルさんなりの考えがあるのだろう。多分、きっと。
「……ところで、スバルさん。あの人は何者なんでしょうか?」
「何者もなにも、ただの育て屋ですよ……四天王のギーマさんから色々教わったようなことを聞いておりますが」
「それで、あの実力……」
カミツレはあごに手を当て、物思いにふける。
「なるほど、あの人と戦うと十中八九負けそうな……そんな気分になる実力の、ひとつの理由なのかもしれないわ」
そう言うなり、カミツレさんは観覧車の席にどっかりと座り込む。
「ふー……」
長いため息であった。
「正直ね、惨敗だったわ。スバルさん、四天王を目指せばいいのにってくらい……貴方に対して、無理して元気そうに振舞ってみたけれど、限界みたい」
「……やっぱり、気まずくしないように無理していたのですか」
私の言葉に、カミツレさんはうつむき気味に『そう』とそっけない返事を返す。
「彼女、結構ドSなのね」
カミツレさんがポツリと口にする。どういう意味だろうか。
「貴方言ったじゃない。『何で私が罰ゲーム扱いなんですかって』」
私が何も言えないでいると、カミツレさんはくすりと笑って口にする。
「勝者の恋人に、気を使われながら観覧車の密室で一緒にいるって、なかなか惨めじゃないかしら?」
「あー……それは、すみません……何でも、一日だけ代理ジムリーダーをやってもらった限りでは、必要以上に相手を痛めつけるようなきらいがありまして……きっと、スバルさんは負ける気なんてしていなかったのでしょうね」
私が言うと、カミツレさんは苦笑する。
「そうよね。負けるための言い訳を用意しているだなんて啖呵きらなきゃよかったわ……ホント、あのスバルさんは私に何か恨みでもあるのかってくらい惨めな気分」
カミツレさんは核心を突いた事を言う。
「実際、スバルさんは私たちの事恨んでいるんですよ」
「恨んでる?」
「えぇ、スバルさんは自分より実力のないものが自分以上の評価を受けているのが許せない性質らしく……いやまぁ、あの人、育てるのだけは本当に上手いですから。ですから、ヤーコンさんがイッシュの外での事業に専念するためにジムをやめる際に、彼女もジムリーダーに立候補したのですが……結果は私がジムリーダーになっちゃいましてね。
ポケモンを育てるのは上手いのですけれど、自分が正しいと言う思い込みが強い感じですし……気に入った子は熱心に育てますが、興味がわかない、才能のない子に対しては見向きもしないような性格もマイナスですね。ポケモンならばまだしも、それが人間だったら……ジムで月謝を払ってトレーナーの腕を磨きに来た人にはたまったものじゃないでしょう?」
「……そうね」
自分が受け持つジム生を思い浮かべながら、カミツレさんは納得する。
「スバルさんは心根は悪い人じゃないですし、私や貴方への反感は逆恨みでしかないことは理解しているようなのですが……やっぱり出ちゃうのでしょうね。そういう一面」
「……そんな悪い一面を受け止めてあげられるあなたは、きっと素敵な人ね。あーあ、また修行のやり直しだわ」
どこかさびしそうな雰囲気を伴って、カミツレはため息を吐いた。
「観覧車に、これほど惨めな気分で乗ったのは始めてだったけれど、貴方に愚痴を聞いてもらえて助かったわ」
微笑んで、彼女は顔を上げる。
「自分よりも才能がない人が評価されるのが気に食わないんでしょ、スバルさんは? だったら、私は彼女の強さを評価するわ。人間性はあんまり評価できないけれど、あの強さは本物」
「そう伝えてお……いていいですか?」
「うん、私もジムリーダーとして、負けは負けとして受け止める。今回の負けは、私の実力不足だし」
「頑張りましょう。私も、あの人には負け越してますが、頑張りますので」
「そうね、切磋琢磨しましょう!」
何とか悪い雰囲気にはならずに、私たちは観覧車で会話を続け、そして観覧車から降りる。スバルさんはギャラリーたちの相手をしていたらしく、別の方向ではカミツレファンが心配そうな面持ちでこちらを見ている。
カミツレは自分の負けを認めつつも、これからより一層頑張ってゆくことをファンに誓う事で、元気に振舞って見せていた。スバルさんがブログに動画をアップしても良いかと尋ねてきた時は、戒めのためにも公開して欲しいと頼む。カミツレさんの対応はジムリーダーとして真剣に強くなろうとしていることが伺える、すがすがしいまでの気丈さだ。
「さぁ、オリザ。次はマルチトレインへ行こう」
そんなカミツレには、スバルさんはもう興味をなくしたように振舞っている。いや、実際に興味をなくしたのかもしれないが。この一件で、カミツレに対する世間の評価は(少なくともポケモンバトルの面に置いては確実に)少なからず落ちただろうし、逆にスバルさんの評価は上がっただろう。
あるいは、スバルさんはそれで満足したのかもしれない。人間性については、スバルさんのほうは下がったかもしれないが。
そうなってしまえば、彼女にはカミツレさんを叩く意味もないのだろう。いまだ制御不能なスバルさんも、少しは丸くなってくれると私としても楽なのだが。
だが、丸くなるのは強烈なきっかけでもないと無理だろう。手の内を隠したまま戦うサブウェイマスター(手加減)との戦闘中に狂喜するスバルさんを見て、私はまだまだスバルさんに振り回されそうな気がした。