BCローテーションバトル奮闘記 - 第一章:初心者編
第十六話:ジムリーダー代理
7月25日

「ふむ、アニスさんとアルタ君ですね……挑戦者2人、バッジはどちらも5つと……」
 今日は、ジムリーダー代理の日。そのため、普段の業務は休みにされて、試験管の補佐を頼まれた俺は受付のある管理棟のオフィスで待機している。クーラーが効いているので、挑戦者が来ない内は楽なことこの上ないのだが、挑戦者が来た時の忙しさは、今まで以上である。
「では、ホワイトジム、ジムリーダーオリザさんの代理。わたくしスバル、の出すジムリーダー検定試験の内容を説明します。まずはお2人に、とある書類を渡します……」
 スバルさんが言い終わる前に、俺は2人に書類を渡す。
「こちらは、私の育て屋で販売しているポケモン達で御座います。ここ、ホワイトフォレストでは民家と民家の間が離れているため、農道などでブラックシティから来た悪党たちに誘拐されたり、恐喝を受けたりなどの事件が多発しています。またブラックシティの治安の悪さは言わずもがな……女性が1人で出歩けるような街ではなく、とおりを外れれば危険が満載なのです。
 そのため、育てられた強いポケモンの販売が商売として成り立っているわけですが……こちらの料金表は、育てる手間や育ち具合、そして付加価値に応じて値段を決めております。まぁ、ゼブライカなどのポケモンは騎乗できるように調教したりと、戦闘とは無関係な付加価値によって少々値段をつけておりますが、要はこの値段表……。
 基本的には強いポケモンほど高く設定されています。また、寿命が長かったり、育てるのに時間が掛かったり、餌が高かったりなど、値段が高くなる要因は様々です。その点を良く踏まえて、お値段を見ておいてください。
 では、本題ですが……貴方達には、このポケモン達とシングルバトルで戦い、そして勝ってもらいます。負けた場合はその場で挑戦終了。勝った場合は、そのポケモンの値段と同じ分だけポイントを得ることが出来ます。
 挑戦者のバッジの数に応じて、レベルの低いポケモンは選ぶのを制限させていただいたり、バツ印の付いたポケモンは諸事情により選べませんが……貴方達はバッジ5枚ですので……自分のポケモンから3匹選び、私達のポケモンから270万ポイント……奪ってみてください」
 とまぁ、これがスバルさんのジムリーダー検定試験であった。ポケモンのタイプをよく理解し、有利なタイプや戦闘スタイルを活かせるポケモンをチョイスする戦術性や、タイプが有利でも、反撃のために持っているサブウェポンにどう対応するかなどを見極めるための試験だという。
 また、要は値段の高いポケモンを倒せばバッジがもらえるのだけれど、『値段の割りに弱いポケモン』や、逆に『値段終わりに強いポケモン』がどうしても存在する。そういったポケモンを見極めるには、ポケモンへの豊富な知識が必要というわけだ。
 俺やそのほかの飼育員も、バッジが少ない挑戦者の相手をする試験管補佐として戦うことになっている。俺達のポケモンが値段表に乗っているわけではないが、特別枠として戦闘のためのポイントが付与されている。ちなみに、当初の予定では試験管補佐は交代で行う予定だったのだが、なぜかほとんど俺一人で行う事になってしまっている。何故だ!?

 さて、今回の挑戦者は現在バッジ5つを持っている。販売用のポケモンの値段の相場としては、バッジ6つレベルのポケモン1匹で80万が相場であるから、挑戦者としてはバッジ6つレベルのポケモンを3匹とプラスα分ほど倒せばいいわけだ。難易度としては少しばかり高めである。今回の戦いに於いては、代理の日だけ簡単にクリアされては、通常営業の日に失格だった子に申し訳が立たないというのがスバルさんの弁。ノルマの設定も微妙に厳しめにしたらしい。
 ちなみに現在のゼロは鑑定の結果、販売するとすれば45万程とのことで、こいつを6匹倒すことができれば6つ目のバッジを与える相応しいというくらいらしい。
 まぁ、そこまではいいとして……
「では、カズキ君。こちらをお願いします」
 試験管補佐は俺一人と言うのが問題なのだ。なぜならば、指定のポケモンを持ってくる役目を、俺が負わされてしまっているからだ。
「了解です」
 全速力で俺は外に走る。夏の炎天下を走るのだから当然汗だくは必至である。その上、俺は飛行用のポケモンの訓練をしていないから、移動手段は騎乗用のポケモンのみ……スバルさんを恨みたい気分だ。
「行くぞ、イカズチ!」
 次は、ポケモンたちの耳たぶに埋め込んだマイクロチップの信号を頼りに、この育て屋の広大な牧場をゼブライカと共に駆け巡っていくのだ。ちなみにこのゼブライカは騎乗訓練済み、強さはバッジ5個級で値段にして約60万程の値段である。この育て屋に在籍している間は、移動用の足として働かされる(労働条件はとてもいいと思うが)身の上である。
「えーっと……まずは……トリニティ? バッジ9個レベルじゃないか……。無謀な……」
 最初に見たときは驚いた。トリニティったら、教官役のサザンドラじゃないか。スバルさんの一番のお気に入り(最強ではない)のあの子に挑むとは、なんというか命知らずというべきなのだろうか。バッジ9個レベル1匹を倒すほうが、バッジ6つレベルのポケモンを3匹か4匹倒すよりも楽なのだろうと考えたんだろうけれど、それにしたって無謀である。
 一応、トリニティは虫、ドラゴン、格闘、氷と弱点は少なくない。得意な相手で攻めれば勝てない相手ではなさそうだが……地力が違いすぎるよなぁ。ちなみに、これは一緒に訪れた男女の内、男子の方。アルタのチョイスである。
 女子の方は無難に、自分の手持ちと相談してポケモンをチョイスしている。無難で堅実なチョイスのこっちの方が、ずっと上手く行きそうな気がするなぁ。
「おーい、トリニティ!」
 ゼブライカの足の速さはやはり便利で、ちょっと乗馬の訓練をしただけの俺でも素早く牧場内を移動できる。空を飛ぶのは訓練していないから駄目だと言われている(私有地ならば法的に乗っても問題ないのだけれど、だめだと言われた)ので、このままトリニティに乗り継ぎたいところだが、できないのが残念だ。
 オフィスの倉庫から取り出したトリニティ用のボールに入れて、ポケットに詰め込んで運んでいくことにする。それを繰り返すこと4回。オフィスに戻るころには、湯気が出そうなほどの熱気が自分とイカヅチから立ち上り、息も絶え絶え。
「ご苦労。それでは、このタオルで体を冷やして、ビデオ撮影をお願いします」
 そう言って俺は濡れたタオルとビデオカメラを差し出される。スポーツドリンクをがぶ飲みして体の中から冷やそうと悪足掻くが、しばらくは汗が噴き出て止まらなそうな気がした。
 ジム戦は、まず男子の方から始められた。各々、アイテムを持たせるなどしてコンディションを整えると、いざ始まりという時。審判は俺ではない別の職員が務めることとなった。
「それでは、これよりジムバッジ検定試験を始めます。カイヤナイトがジャッジをいたしますこのバトルのルールはシングルバトル。全てのポケモンが戦闘不能、もしくは試合放棄した時点で試合終了とします。また、ポケモンの交換はチャレンジャーのアルタさんのみ認められます。ただし、戦闘中の交換の際は、場に出ている相手方のポケモンの積み技、回復技、チャージ技を認めるものとします」
 と、形式的に言ってみるのはいいのだけれど、スバルさんの手持ちは一体しかいないんだよね。さて、今回言及したこの戦闘中の交換と言うのが厄介だ。と、いうのも……ポケモンを交換している隙に、自己再生やら癒しの鈴やら、剣の舞やらソーラービームのチャージやら、色々やられてしまうとそれで一気に戦況が崩されかねない。
 そのタイムロスを出来る限りなくしたのがローテーションバトルと言うものであり、俺のゼロはすぐに疲労してしまうためにに、交換しないとまともに使えないせいで、このシングルバトルというルールが非常に苦手なのだ。

「それでは、試合開始!」
 スバルさんが構えたボールを投げる。下手投げのフォームで地面に落とされたそれは、赤い光を放ってサザンドラを召喚する。対して、相手のアルタさんはエンブオーを繰り出した。格闘タイプだから、一応相性的にはサザンドラに有利だが……
「よろしくお願いしますね、アルタさん」
「こちらこそ」
 お互い、不意打ちのような攻撃などはせず、開始の挨拶から。
「では、トリニティ。軽くエールを送ってください。そしたら、波乗りです。適当にね」
「トウコン! アームハンマー」
 にこやかにスバルさんが言うが、それは言葉通り受け取ってはいけない。大きく息を吸い込んだトリニティは、3つの首でハイパーボイス。エールに使うには少々音量が大きすぎる。たまらず相手のエンブオー、トウコンは耳を塞いで声が途切れるのをじっと待ちつつじりじりと近寄る。息切れをしたところでトウコンが攻めに転じたが、トリニティは手を組んで振り上げられた両腕を右首でいなし、空しく地面に拳を叩きつけたトウコンに、至近距離で大声を叩き込む。
 あまりの轟音でくらくらしているトウコンには、そのまま波乗りがお見舞いされた。受け身も防御も取れなかったトウコンはその一撃にやられて戦闘不能となった。
「さすがスバルさんのサザンドラ……」
「エンブオー、戦闘不能! チャレンジャーは次のポケモンを出してください」
「ちょ、ちょ、ちょ……こんなに強いなんて……」
 言いながら、アルタはエンブオーを構えたボールの中に戻す。
「くそ、行け、バインディ!」

 アルタが悪態をつきながら次に出したのはデンチュラ。なるほど、やはりガチガチにサザンドラの苦手ポケモンで固めているらしい。
「焼き払いなさい!」
「エレキネット!」
 一瞬だけスバルさんの方が素早く指示をした。
 エレキネットと火炎放射が正面衝突すると、エレキネットは焼き払われた挙句に失速して落ち、対して炎は何の抵抗もなくデンチュラのバインディの元へと向かう。流石にデンチュラは出されてすぐという事で距離が離れており炎はデンチュラの体毛を焦がすだけに終わる。
 ただ、その炎の威力に怖気づいたデンチュラはすっかり腰が引けてしまっている。
「さて、とりあえず龍星群でも撃っておきますか」
「虫のさざめきだ!」
 トリニティがここでも一瞬早く技を発動し、放った後は地面に伏せる。昼間は音が上へと向かって行くから、身を伏せるのは一応音に対する対策となっている。さて、こんな風にさざめいている間に、上空へと打ち上げられた龍星はフィールドに降り注いでいる。おじけたまま、周りの見えていないデンチュラは、そのまま為すすべなく流星群に押しつぶされ、戦闘不能に。
「デンチュラ、戦闘不能! チャレンジャーは次のポケモンを出してください!」
 と、審判が告げている間に、トリニティは白いハーブをむしゃむしゃと食べつつ、バトルフィールドの自軍側の端っこへと舞い戻る。なるほど、2人目で龍星群を使うのはちょっと早いと思ったが、そういう事か。
「あぁ、白いハーブ!! 龍星群の反動から回復されちゃう……えーと……」
 もう取り乱してしまっている。これは勝ち目がないと素人目にも分かりそうな状況だが、チャレンジャーは諦めないらしい。
「おやおや、胸を借りるのと、無謀は違いますからね。あなたのそれは無謀ですよ」
 なんだか、スバルさんが本性が見え隠れするセリフを吐きつつ、スバルさんは次のポケモンを待つ。最後に出て来たポケモンはツンベアーであった。
「温めて差し上げましょう、トリニティ」
 当然、スバルさんは火炎放射を命じる。これで、冷凍ビームが来ようと吹雪や凍える風が来ようと、押し負けることはない。
「ヒムロ! 凍える風!」
 そして、相手の技は案の定凍える風。トリニティはあえて火炎放射を3方向に散らし、攻撃ではなく周囲を温めることに専念する。すさまじい火炎放射の熱気の前にはその凍える風も、俺の方まで涼しい風の余波を運ぶばかり。トリニティは寒さに動じることすらせず、火炎放射に息切れする頃には相手のツンベアーも息切れしている。
「さぁ、至近距離でぶっ放しちゃってください」
 すぐさま翼をはためかせて間合いを詰めるトリニティに、ヒムロと呼ばれたツンベアーは為す術もない。腕を構えて防御の姿勢を取ったはいいが、その腕に両脇の顔で噛みつかれ、防御を封じられた状態で真ん中の顔からはメラメラと炎が揺らめく。
「3」
 スバルさんがカウントを始める。
「2」
「ちょっと待って、降参だ!」
「い……賢明な判断ですね」
 スバルさんの笑顔はとても幸せそうで、しかしなんだか怖かった。あんな風に黒い悦びじゃなくって、普通に喜んでいる顔の方が美人なんだけれどなぁ
「ふふ、同じ程度の実力のポケモン3匹よりも、強いポケモン1匹と戦った方がクリアできそうと思う事なら簡単ですが、ふたを開けてみれば、少々難しすぎたというところでしょうかね」
 勝ち誇った顔でスバルさんは笑う。相手はたった1匹だからと舐めすぎたことを後悔して、意気消沈して小さくなっていた。
「では、次のお嬢さん。このまま連戦しますので、前へ」
 しかし、なんというかスバルさんは化物だ。いくら余裕の勝利をしたからといって、休みなしで連戦できるほどスタミナや精神力をほとんど消費していないという事は……ねぇ。ポケモンバトルは指示するトレーナーも、相当精神をすり減らすと思うのだが、スバルさんには関係ないようだ。



「いざっ!!」
 審判の決まり文句を終えると、スバルさんが吠えつつ、相手トレーナーのアニスが指定したポケモンを繰り出す。指定されたポケモンはシンボラー、ペンドラー、ムーランド。
 シンボラーは飛行訓練済みで、人を乗せて飛べる技能を持っているために確か少々割高になっていたっけ。そして、ペンドラーも同じく騎乗可能なように調教されているから(特性も虫の知らせだ)、その分割高だ。ムーランドも波乗りによって海を移動できるというわけで……なるほど、実際の強さ以上に技能で評価されて値段が高くなっている。
 この方式でのバトルを提案された時から思っていたが、護身用の他に役割があるポケモは微妙に値段が高いので、それを選ぶことが一つの攻略法だ。もう一つ、この組み合わせから考えるに、アニスさんが繰り出してくるポケモンはおそらく岩タイプだろう。
 案の定というべきか、繰り出されたポケモンはギガイアス。スバルさんはシンボラーのアーティファクトだった。色とりどりの幾何学模様が描かれた、鳥のような、何かの工芸品の様な何とも言えない形のポケモンだ。
「おや、やはり岩でしたか……では、守ってくださいな、アーティファクト」
「ロッキー! 岩雪崩」
 スバルさんは余裕の表情でシンボラーのアーティファクトに守ることを指示する。
「では、サイコシフト」
「続けて岩雪崩よ!」
 お決まりの戦法であった。アーテイファクトは尻尾に火炎珠を抱いている。それによって、戦闘が始まればすぐに火傷状態になることが出来る。普通のポケモンはその状態になると徐々に衰弱していくのだが、このアーティファクトはマジックガードの特性によって衰弱などしないどころか、そうった火傷を相手に移し替えることが出来る。
 そして、火傷状態となった場合は、免疫機能が活発になり、麻痺や毒を体が受け付けなくなってしまう。だから、わざと自分から火傷になることで、敵の搦め手から身を守ることも出来るのだ。

 さて、火傷状態になったポケモンは筋肉が引きつって普段の力が出せなくなってしまう。岩タイプのポケモンは物理攻撃に頼るものが多く、逆にアーティファクトは特殊攻撃が充実している。つまり、この状態は相性の上では有利なギガイアスも、もはや有利な状況とは言えない。
 いやはや、えげつない。岩雪崩はアーティファクトに当たってしまったが、アーティファクトはそれを涼しい顔で受け止める。
「地面に降り立ちつつリフレクター!」
「ごり押せ! 岩雪崩」
 二人の指示が交差する・アーティファクトは地面に降り立ち、休めたツバサで防御の体勢。羽ばたいていなければ飛ぶことが出来ない翼も、地面に降り立ってしまえば防御に使えるし、今はリフレクターも張られている。
「さて、宇宙と一体になりましょう」
 堪えつつ、スバルさんはさらに防御能力を上げさせる。精神を宇宙と一体と為し、敵意を以って襲い掛かった物体に対しても痛みを覚えないようになり、激流に身を任せ同化するがごとく、心も体も無に近づける。そうすることで、まるでアーティファクトが岩を避けるのではなく、岩がアーティファクトを避けたように見えるようになる。
 宇宙と一体になると、全ての攻撃は存在しないことも存在することも等しくなり、触れる事も、またすり抜けることも可能になるとかならないとか。スバルさんいわくコスモパワーで防御力が上がるのはそういうことだそうだ。正直、そんなの知るか……。
 アーティファクトは体力を温存しつつ、傷を負わないままに宇宙との融合を終える。もはや、こうなってしまっては相当レベルの高いポケモンが相手であっても触れる事すらなかなか叶わず、触れても有効な傷は与え難い。

「では、アシストパワー」
 にこやかにスバルさんは宣言した。このアシストパワーという技、コスモパワーやら瞑想やら、いわゆる積み技と呼ばれるものを使った後に使用すると、その威力が強化されるという技だ。それで、完全に宇宙と一体化したアーティファクトのアシストパワーはというと、その威力たるやすさまじい。
 あの巨大な岩塊のような体が浮き上がったかと思うと、火傷で衰弱しきったギガイアスの抵抗をあざ笑うかのように体が捻じれていく。関節が壊れる寸前で捻じれるのは止まったが、それも長くは続くまい。
「3」
 またスバルさんがカウントをしている。すぐに降参しなければ、体がねじ切れるような恐ろしい光景になってしまいそうだ。
「だだだ、だめです! ギガイアスは棄権という事で、次のポケモンを……」
「よろしい」
 アニスさんは物分かりよく降参したが、正直このまま勝てるのであろうか? 黒い霧を使用できるポケモンでもなければ勝てそうにないのだけれど……。

「アトラス……頑張って」
 次は、ドリュウズらしい。彼は砂嵐を起こして、それによって発動する砂掻きの特性をの恩恵を得て、すさまじい瞬発力でアーティファクトを翻弄したかったのだろうが、火傷を移された挙句にアシストパワーの前に儚く散って行った。最後の頼みの綱は、特殊技を得意とするゲンガーであったが、語るまでもなく無理だった。
 もしもゲンガーが道連れを使っていたのであれば勝負は分からなかったのかもしれないが……まぁ、スバルさん相手じゃこんなもんか。
「勝負ありですね」
 スバルさんは微笑み、礼をする。
「良い勝負でした。ありがとうございます」
「え、あ……え……」
 負けた少女はと言えば、負けたことよりも、一方的過ぎる試合内容が信じられず、茫然自失。一応、スバルさんが最初に出したポケモンは値段の相場通りバッジ6個レベルのポケモンなのだが、使う人が使えばこうまで鬼畜になるとは思わなんだ。この時撮影したビデオが、後々育て屋のブログやポケモントレーナー交流用SNSのpixiにさらされるわけだが……こうまで無様にやられてしまうと……このビデオをアップするのは可哀想になってくる。
 だが、何はともあれスバルさんのバトルには何の不正もなかった。少しオリザさんから厳しめにとは言われたそうだが……まぁ、ポケモンを選んだのは彼らだし、1匹も倒せなかった以上はおまけでの合格も無しとするのが適切だろう。
「さて、アルタ君ですが……無謀ですね。1匹のポケモンならば勝てると思うのは自由ですが、鍛え抜かれたポケモンというものがどういうものか、その身で味わったことがなかったのでしょうね……しかし、こうして強いポケモンと戦った経験は、きっとこれからのバトルで役立つはずです。
 ……というか、あまりに簡単に終わりすぎてあまり言うことがないですねぇ」
 言っちゃったよ。俺がキズナと接戦だった時は普通にアドバイスしてくれたし、俺が他の職員と模擬選やった時なんかもきちんとアドバイスをくれたけれど、スバルさんは言っちゃいけないことを……アルタさん、完全に下を向いちゃっているし……ご愁傷様。

「そして、アニスさん。貴方は、騎乗訓練、飛行訓練、水泳訓練などを行ったポケモンを選べば、強さに加えて付加価値がつくためポイントが高いというこの試験の攻略法を見きったところは中々見どころがあります。
 しかし、貴方が選んだポケモンで、貴方が繰り出してくるタイプが読めてしまったのが残念ですね。鋼か岩が来ると思っていましたが案の定だったので、もう少しひねりを持たせてみるといいと思います。
 アドバイスはそんなところですね……ジムリーダー代理は今日限りですが、機会があればまたバトルいたしましょう」
 挑戦者の女性の方には一応それなりのアドバイスがされていた。まぁ、確かにアニスさんの方が幾分かましな戦いだった気もするけれど……どっちにしろ、あそこまで一方的な戦いでは、かける言葉もない。
 とぼとぼと、ゾンビか何かのように生気を失って帰ってゆく後姿を見送って、俺はため息をつく。スバルさん、自分が鍛えてあげたいと思う人に対しては優しいけれど、そうでないひとに対しては相手を必要以上に痛めつけるようなきらいがある……こりゃ、非公認ならともかく、ジムバッジ検定を行うような公認ジムリーダーには向いていないな。
「ふむ……もしかして、アーティファクトの実力はバッジ6つレベルというのは過小評価かな……?」
 スバルさんは隣でそんなことを言っていた。確かに、バッジ5つの子を3タテしちゃうのだから、バッジ7つ分くらいの実力はあるのかもしれない。
「さてさて、今回の戦いのビデオは綺麗にとれておりますかねぇ。これもいい育て屋のPRになりそうです」
 そして、思い出したように商売のお話。まぁ、こんなんでもジムリーダーの候補として最後まで残った人なんだし、公認の代理だからこれで問題ないのかな。ちょっとかわいそうだけれど、弱点となるポケモンで固めても、1匹だけを相手にしても、勝てない相手がいるというのが分かったのはいい経験だろうしね……スバルさんの言うとおり。
 しかし、今日1日、さっきのようなパシリが数回あるかと思うと、気がめいる気分であった。



「よって、この勝負は試験官のカズキさんの勝利とします」
 そして、バッジ3つのトレーナーが現れた際は、俺がバトルに駆り出された。ちょうどバッジ4つレベルの俺がチャレンジャーにとっては一番いい障壁だとかで。いつの間にか俺も、シングルバトルが強くなっていたらしい。
 ジムバトルを任されるなんて当然初めての経験で、始まる前から心臓が大きく波打っていた。何をどうしたのかすら覚えていないこの状況で、どうやら俺は勝っていたらしい。駆け寄ってきたゼロの体に覆いかぶさるように、俺は崩れ落ちる。ダメだ、緊張しすぎた……

 ◇

 ご主人が、今日は大きな仕事があると言って緊張していた朝の様子が思い起こされる。唐突に戦う番が来たと告げられ、俺はボールの中から周囲の様子を伺った。
 見ておれば、もうすぐ戦いが始まる様子で、主人の手には汗がに滲んでいる。
「ゼロ……お前、今戦える状況か?」
 あぁ、問題ないと俺はボール越しに応える。もちろん、声は外に漏れたりしないので、ボールが震えるだけではあるが、主人はそれで伝わった模様。
「分かった、ありがとう……」
 主人の声が幾分かだけれど穏やかになった気がする。他のポケモン達にも同じように話しかけているあたり、結構緊張しているのだろうか? いつもは一回話しかける程度なのだが……
「ジム戦だから、頑張ってくれよ。いつも通り、本気でやってくれればいいから……」
 俺はあまりジム戦というのは理解できないが、なんでも強さを証明するための戦いらしい。そして、ご主人は証明したい奴を試す側だとかなんだとか。そして、今この試合という事らしい。だから本気でやれとのお達しだ。よく分からないが、いつも通りやればいいとのことなので、そうすることにすればいいか。
 だが驚いたことに、審判の言葉を聞く限り、ルールは苦手なシングルバトルの3対3。しかも、試験官である俺達は交換は不可能であると言及されている。俺としてはどうすればいいのかもよく分からないが、出されたら力尽きるか、勝つまでは休むことすらできないという事だけは分かる。
 つまり、俺みたいな持久力の無い奴は、交代なんて望めず、当然速攻で決めるしかないわけだ。

「それでは、勝負開始!」
「イッカク!! 頼むぞ!」
 ご主人が最初に出したのはイッカク。対して、相手が繰り出したのはハトーボー。最悪の相手だなぁ……どう戦うのかと思ってみていると、ご主人はローテーションと特に変わった様子はない。
「守れイッカク!」
「ピーちゃん、エアカッター」
『了解です!』
 と、イッカクが答える。まず、初手守る。後で火傷を治すためのチーゴの実を貰えるからと、イッカクはこの戦法も喜んで受け入れるくらいには食いしん坊だ。
『行くわよ!』
 と、相手のハトーボーの女が言う。昔は火炎珠なんて物持っていなかったから当たり前だが、ご主人は本当に戦い方が変わったと思う。緑色の障壁がイッカクの前に張り出され、攻撃を防ぐ。次いで、昂ぶった気分が火炎珠の力を引きだし、にじみ出た力がイッカクを火傷状態にさせる。
 酷く痛そうな見た目で、俺があの状態になったら普段の力なんて出せないが、イッカクはあの状態でこそ力を発揮する。

「イッカク、やっちまえ!」
『了解』
「もう一度エアカッター!」
『は、はい』

 やっちまえ……というのも、こうやって育て屋に来てから覚えた指示だったかな。いつもの、お決まりの技がある場合はあえて技名を言わずに指示を隠すのだ。この場合、イッカクに出された指示は投げつける。すでにして禍々しい力で触れるものを火傷状態にしていく力を存分に発揮するその珠を、イッカクは素早く、しかし正確な狙いで以って投げつける。
 悪タイプの力を纏って放り投げられたそれは、ハトーボーの鼻づらをこれでもかとぶっ叩いた。投げる際の勢い余って、イッカクは転び、そのまま地面を転がって空気の刃を避けた。そうこうしているうちに、火炎珠を放られたハトーボーは、顔の周りが火傷になってしまったらしい。直前で目を瞑っていたが、それでも瞼が焼かれてしまったらしい。
「撃ち落とせ!」
『いいわよ、ご主人!』
 半開きの目を痛そうにしているハトーボーに、イッカクはとどめの一撃として翼を狙った石を放つ。ピーちゃんは射出される石をかわそうと羽ばたくが、まともに目も見えない状態での飛行は勢いに乏しく、あえなく石が翼に当たると、敵はバランスを崩して回転しながら落ちた。起き上がる前に、もう一撃石が届く。効果は抜群の一撃だ。あまり強い技ではないが、ああも連続して喰らえば戦闘不能は避けられないだろう。
 案の定、敵は起き上がってこなかった。イッカクは火傷で痛そうに顔をしかめて、呼吸を整えている。

「ハトーボー、戦闘不能! ミオリさん、新しいポケモンを出してください」
 一番手がやられたミオリとかいう女は、ハトーボーをボールに収納するとき、なにがしかの声をかけてボールホルダーへとしまう。
「頼むよ、燃え――」
「撃ち落とす!」
「――燃え太郎、火炎放射!」
 そして、繰り出された二番手はバオッキー。炎タイプだから、俺ら全員が苦手なタイプだ……せめてトリが使い物になればいいのだが。
 いや、何はともあれあいつの弱点はさっきのピーちゃんと同じ岩タイプだ。空飛ぶ鳥の翼を撃ち抜く岩の弾丸が弱点である。空を飛ぶ鳥よりも、地を這う獣に当てる方がよっぽど簡単であるから、当てるのは問題ないだろう。
 ご主人は相手の姿を確認できた瞬間から攻撃を指示し、素早く言い終える。体制が整う前に打ち出された岩を、燃え太郎は思いっきり胴に喰らう。左胸に当たったそれを、右手で抑えて痛みをこらえ、火炎放射を放つ。一度はそれを避けたイッカクであったが、スタミナが切れて来たのもあるのだろう。
 避けきれずに背中を焼かれてしまい、さらに酷いダメージを負ってしまった。
「イッカク……空元気」
『くっ……分かったわ』
「まだよ、さらに火炎放射」
『分かった』
 相手はごり押す気らしい。息も絶え絶えにイカックはご主人の指示に応え、相手の燃え太郎とかいうバオッキーもそれに倣う。イッカクは背中の甲殻を開き、中に収納された翅を解放する。捨て身の特攻を仕掛ける気のようだ。
 周囲を旋回しながらイッカクはチャンスを狙うが、燃え太郎は中々火炎放射を放とうとしない。そうこうしているうちに、翅のスタミナも火傷による衰弱も隠しきれなくなったイッカクは、攻撃を仕掛けた。それに合わせて燃え太郎が火炎放射を放ち、イッカクは炎の中を潜り抜ける形で燃え太郎に特攻を仕掛ける。
 燃え太郎は火炎放射を放ちながらも体をわずかに横にずらしていた。対してイッカクは炎に包まれたせいで周囲の様子が分からず最後の突進は角ではなく肩口が触れ合うだけの不発に終わった。炎がやんでみれば、肩が触れ合っただけの燃え太郎は膝をついて痛そうにしている
 イッカクは……まぁ、戦闘不能だろう。

「ヘラクロス、戦闘不能! カズキさんは新しいポケモンを出してください。ミオリさんは、新しいポケモンに交代しますか?」
 そう言われたご主人は、俺のボールを握る。
「頼むぞ、ゼロ」
『……了解だ』
 俺はミオリとかいう女に先んじて、繰り出される。相手は、ポケモンを入れ替えて……ゼブライカか。ちょっと苦手だ。
「だが、問題ないか」
 俺は自信をアピールするべく、シャーッと鳴く。
「ゼロ……信じているぞ」
『了解、ご主人! 期待して待ってろよ!』
 何とも投げやりな指示だけれど、こういう指示の方がありがたいことも多い。
「ジョニー! ニトロチャージ」
『承知!』
 相手のジョニーとかいう名前のゼブライカの全身が炎に包まれ、突進を仕掛ける。
『遅いぞ』
 正面からまともに受ければものすごい威力だろうが、生憎そんなものに当たってやるほど親切じゃない。一瞬だけ僅かに左に体を傾けた後、翅と脚を動かして、相手の攻撃を避ける。ちょっとした簡単なフェイントだが、意外とこれで避けられてしまう。
 相手が通り過ぎたところで、俺は切り返して追いかける。相手の後ろ蹴りが怖いので、それに気を付けつつ俺は跳ぶ。脚と翅の力を合わせて跳躍したところで案の定繰り出される二度蹴り。ジョニーには相手の主人からの指示が間に合っていない。
 そして、それは俺も同じこと。ご主人からの投げやりな指示の方が助かる理由はここに在る。人間の口など遅すぎて指示を待ってたら、あくびが出る。二度蹴りをやり過ごした俺は、ジョニーの首を脚で抱く。そして電撃を放たれる前に引き切った。
 のこぎりは引いて切る。昔はカマを叩きつけるように切っていた俺には、目から鱗の言葉だった。この攻撃、1回では致命傷にならない事が多いが、もう1発やれば致命傷は必至だ。そこいらのポケモンには目にも止まらないシザークロスで首に赤い切れ込みを入れ、さらにその切れ込みに俺はもう一度カマを当てて止める。次は、切れ込みが亀裂になり、血管を切り裂くだろう。
 降参しないのならばそのまま切るという意思表示で以って、俺は首筋に刃を当てたまま止まった。
「ジョニー十万ボルト!!」
 ミオリとやらが指示するが、ジョニーは動けない。
『無茶言うなよ……ご主人様』
 と、ジョニーが言う。
『まったくもってその通りだな』
 俺が首筋にカマを当てているせいで動くことも出来なくなったジョニーを見て、審判も宣言する。
「ゼブライカ、戦意喪失により、戦闘不能とします。ミオリさん、次のポケモンを出してください」
『悪いね』
『畜生……』
 俺がジョニーに声をかけると、ジョニーは悪態をついていた。後ろを振り向きご主人を見やると、ご主人は胸を押さえて荒い息をついている。だいぶ参っているな……。勇ましく鳴き声を上げてご主人を元気づけてみると、ご主人は『ありがとう』と力なく答える。

「最後……頼むわよ、燃え太郎」
 正直、ここで止めないと今度は炎に極めて弱いママンが相手をすることになるからなぁ。それは勘弁だ。俺は繰り出される前から走りだし、燃え太郎が構えに入る前に電光石火の飛び蹴りを相手の顔に。上手い事フラッシュ((目を瞑ったりなどして、一瞬視界がふさがること))された相手は、火炎放射を放つ前に怯んで、後ろに回った俺の追撃を許してしまう。
 たたらを踏んでいた燃え太郎の後ろから、カマの峰で首を思いっきり叩き、転んだ相手のひざの裏を思いっきり踏み締めて、さらされたうしろ首の真横に刃を突き立てる。カマは地面に突き刺さっただけだが、このまま切ろうと思えば致命傷は避けられなかったろう。当然、こんな脅しをかけられた相手は動くことも出来ない。
『俺って、ここに来てから……俺も結構強くなったかもな』
 地面に刺した自分のカマを見てそんなことを呟いていると、ようやく以ってあの声が聞こえてくる。
「バオッキー、戦意喪失により、戦闘不能とします。よって、この勝負は試験官のカズキさんの勝利とします」
 やったね。俺の勝利だ
『ご主人、勝ったぜ!!』
 俺はご機嫌な鳴き声を上げて主人に駆け寄る。諸手を上げて抱きしめようとすると、カズキはふらりと倒れて俺に寄り掛かってきた。酷いなこりゃ、足にも全然力が入っていない。

 ◇

「ありがと……ゼロ」
 膝が震えたと思ったけれど、まさか本当に崩れ落ちるとは思っていなかった。ジムバトルってこんなに緊張するんだなぁ……こんなのを毎日やっているジムリーダーは精神もさぞかし鍛えられている事だろう。
 脚に力が戻ることで、ようやく自分の力で立ち上がれた俺は、俺より高い位置に顔のあるゼロに今一度抱き付き、頬をこすり付ける。そうするとゼロは気持ちよさそうに鳴き声を上げて、俺を抱き返してくれた。
 ジム戦すらまだな俺に、試験官を任せるというのはどういう事かと思いもしたが、上手くやれたであろうか……ただそれだけが心配であった。
「あの、スバルさん!」
 スバルさんに近寄ってみると、すでに負けた挑戦者に対してのアドバイスが始まっている。お取込み中だからと手で制す。
「正直なところ、私はあのストライク……ゼロ君の力を見くびっておりまして、それについては挑戦者の身の丈に合わないポケモンをけしかけたとして、謝罪いたします。
 ですので、負けても評価できるところがあれば、バッジの譲渡を考えましたが……ゼブライカのジョニー。あの子が首にカマを回されても、なお十万ボルトを命じたこと、あれはマイナスでした。相手のポケモンが強いと感じた際は、きちんと降参させ、余計な傷を与えないこともトレーナーの務めです。
 あのまま、本当に十万ボルトを指示した場合は、ゼロ君が相手を殺すことも出来たのですからね? ジョニー君が命令を無視して動かなかったからよかったものの。あの時、きちんと手を止めたゼロ君や、命令を会えて無視したジョニー君に感謝するように。いいですね?」
 相手のミオリさんは、きっちりと釘を刺されていた。スバルさんのいう事はもっともで……ゼロにとって、ああやって足で抱き付く技は、逃げ続けて反撃なんて二の次な狩りの最中はめったにできないけれど、こうやって限定された広さを持つバトルフィールドであれば、格上相手でもたまに決めるくらいには手慣れている。
 そして、ゼロがあの抱きつく体勢に入ってしまうと、狩りで獲物を逃したためしがないくらいには確実に相手を仕留めるな技なのだ。最初こそ手加減したから首に切れ込みが入るくらいだったが、本気でやっていたら死んでもおかしくない。
 確かに、それを見きることなく十万ボルトを指示したのは……ダメだという事を俺の口からも教える。
「確かに、スバルさんの言うとおりだね。ゼロが首に抱きつく体勢になったら、あの状況から殺されないポケモンはいなかったし。いつもの狩りだったら、ゼロは殺していたよ?」
 俺が加えて注意をすると、ミオリという名の女性は戸惑った様子を見せる。

「え、えっと……確かに、あそこでの指示がミスだったのは分かりますが、待ってください……死にかねないとか、ポケモンを……狩ってるって、殺すってことですか?」
「え……そうだけれど……」
「最低ですね……」
 軽蔑した眼差しを向けられた。何を言っているんだこいつ?
「あの、すみません……何が最低なんでしょうか……スバルさん、分かります?」
「なにがって、そんなことも分からないの? みんな生きてるのに、どうして殺しちゃうのよ!?」
「どうしてって……普通にスーパーで売っている肉は……工場で植物から肉を作っているとでもいうの……? あの、馬鹿なの?」
 意味が分からない。この女の子は、いったい何を言っているんだか?
「それとこれとは別でしょう! こんな人がポケモンを持っているなんて信じられないわ……」
「え、え……? スバルさん……ちょっと、この子の言っていることの意味が分からないんだけれど……」
「カズキ」
 肩に置かれた手の感覚と声にふり返ってみれば、スバルさんはメガネを外している。あぁなると、口調ががらりと変わるんだ。
「言っても無駄だ。こういう輩にはな……ポケモンが狩られねば、食料不足でたちまちポケモンたちが飢えて死ぬという事実にも目を背けるような馬鹿だ」
「な……」
 ミオリが驚く。そりゃ、代理とはいえジムリーダーに面と向かって馬鹿と言われれば誰でも驚くだろうけれど……
「スバルさん、そういう言い方はま――」
「それに、頭ごなしに意見を否定し、相手の質問にも答えようとしない。ヒステリックで、独善的で、会話するに値しない、馬鹿というのはこういうものだ。馬鹿の見本をその目で見れて良かったな、カズキ。これが、馬鹿というものだ。
 馬鹿というのは、勉強ができないやつではない。勉強を拒絶する奴の事を言うのだ」
 スバルさんは俺の言葉を突っぱねて暴言を吐く。俺を庇ってくれるのは嬉しいんだけれど……その言い方はまずいんじゃないかな。
「なんなんですか、貴方達は! さっきから黙って聞いてみれば!」
「おや、話を聞いているではないか。私の暴言が聞こえるならば、こいつの言葉も聞こえるだろう? それとも、お前は悪口しか聞こえない、便利な耳か? ロバの耳になった王様の耳よりも奇怪じゃないか」
「くっ……」

 怒らせちゃってるし……これで協会に苦情が来たらどうするのさ。
「あ、あの……スバルさん。確かに説明を聞かなかったこの子も悪いですが、上手く説明できなかった俺も悪いので、それ以上は……」
 二人を宥めるように俺が言うと、スバルさんは冷たい視線で俺を見下ろす。
「いやいや、カズキ。今まで言ったことは事実だからな……訂正して欲しければ、そっちの女はまじめに話を聞くくらいしてみろ」
 同じ視線で見下ろされ、ミオリは歯を食いしばるくらいに怒りに震えつつも、それを飲みこんで言う。
「分かりました……」
 結局、俺はそのあと十分ほど問答に費やした。俺が狩りの舞台にする森には肉食のポケモンがいないこと。人間が狩らなきゃ食料が枯渇すること。禁漁区域には入らない決まりも守っている事。狩った獲物はポケモン達ときちんと食べている事。
 そして、もう一つ。バトルフィールドのすぐ近くにある管理棟にある俺のバッグから取り出したものを見せる。
「……これ」
 毛づくろいをしている最中に抜け落ちたビリジオンの体毛だ。持って帰る途中に130mLほどの小さなペットボトルが捨ててあったので、少々罰当たりとは思いつつ、洗っておいたそれに封じ込めた記念の品だ。
「ビリジオンの体毛……あの森に暮らすビリジオンはたまに、禁猟区域じゃない場所まで見回りにやってきて、その時毛づくろいをしようかって聞いてみたら身を任せて来たんだ……これを持っているからって、偉いわけでも何でもないけれど……森の守り神のビリジオンは、狩りをしている俺の事を受け入れてくれているんだ……
 確かに、命を奪ってしまうことはいけないことなのかもしれないけれど、飢えて死ぬのと首を切られて死ぬの……どっちが辛いかって話だと思う。俺には俺なりの信念もあるし、ビリジオンだって俺を歓迎してる。だから……その、さ。頭ごなしに俺の事を貶すのは……
 大体、スーパーに並んでいる肉を食べるのも同罪でしょ……それに眼を背けて、狩りをする人が残酷とか言うのは間違っているよ?」
「分かった……」
 ミオリは目を逸らしながら自分の非を認める。俺も、あの時はちょっとばかし感情的になっていた気もするから、そんなに偉そうには言えないけれどな。
「私も少し感情的になりすぎました……」
「そりゃ、可哀想って言葉の意味も分かる。狩りをしている人は大体スポーツハンティングで、死体を持ち帰らないような非常識な人だっている……だけれど、そういう人たちばかりじゃないってことだけでも、知ってくれると嬉しいね。でも、遊びで狩りをやる人とかに抗議しようって思う気持ちは……俺もあるよ。だからこそ、やりすぎないで欲しいけれど……」
「はい……先ほどは失礼しました」
 どうやら、ミオリも自身の非を認めたようだ。少々不安だったけれど、分かってくれたようで何よりだ。こっちで話がつくと、スバルさんはわざとらしく手拍子の様なゆっくりとした拍手を送る。

「人間、話し合えば意外と通じるものです。どうしても信じられない価値観の者が現れた時は、きちんと話を聞いてあげることも覚えないといけませんよ、ミオリさん? 私も、先程の暴言は訂正します。きちんと話を聞けたなら、もうあんなことを言う必要もないでしょう」
 なんだか、綺麗にまとめられたような気がしたが、ミオリはスバルさんを睨んでいる。やはり先程の暴言を少々根に持っているらしい。ただ、口は悪いけれどスバルさんの言うことはもっともだったし、反論は出来ないみたい。
 その後も、俺はスバルさんのパシリをやらされながら、慌ただしい1日が過ぎて行った。こんな1発ネタみたいな試験方法は1日だから出来る事であって……毎日ジムを経営しなきゃならないオリザさんのジムじゃ、きっと同じような運用は出来ないだろう。いや、でも……スバルさんなら俺以外のバイトも雇って、こういうジム戦をやるのかもしれない……あの人色々計り知れないところがあるからなぁ……。

 結局俺は午後3時まで仕事をさせられ、自転車で帰って来た俺は汗を拭き終わると同時に布団に倒れ込み、昼寝をすることにした。今日がユウジさんも休みでよかった……これから狩りだとか散歩だとかにアイルを連れて行くことになったら、どうなっていたことやら……。
 ものすごい緊張した分、きちんと試験官として闘い抜けたことに達成感を感じながら、俺の意識はゆっくりと落ちて行った。


Ring ( 2013/09/11(水) 22:41 )