BCローテーションバトル奮闘記





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第一章:初心者編
第十五話:リハビリはポケモンと一緒で


7月25日

 気づけば夏休みが始まって、私はめっきり友達と会う機会が減っていた。去年は意味もなくクーラーの効いた店舗が立ち並ぶブラックモールを友達とうろついて、大はしゃぎしたものだが、今年は……まぁ、車椅子だし仕方ないかな。キズナの言った通り、車椅子程度で切れるキズナならばないほうがいいのかもしれない。
 妹は師匠が総合格闘技の大会に出場するとかで、ポケモンを連れて応援に行っており、父親は仕事。家に居るのは母親のみだが、今はテレビを見ているのみで、今は私が子供部屋に1人だけ。勉強もそろそろ退屈になってきたなぁ。
「ふー……コロモ。『遊び』に『出かけ』ないかしら? 『泳ぎ』たいの」
 網戸の張られた窓越しに、私は外で日光を浴びながら遊んでいるコロモとセナに手話を交えて話しかける。セナは苦手だった(アサヒ曰くセナを見て『おいしそう』と思っていたらしく、念をセナは敏感に感じ取っていたのだろう)アサヒも克服し、アサヒとは大の仲良しに。
 そして、私からも手渡しで餌を受け取るようになってくれた。母さんや父さんからも手渡しで食事を受け取れるようになっているし、まだ仲良くなれていないのはセイイチとキズナのみ。
 捕獲の際には、セイイチが傷を舐めてあげるふりをしてセナに近づき、がっちりと掴んでセナをホールド。そして、キズナはそこに強烈なボディーブローを叩き込んだおかげですっかり恐れられてしまった。セイイチは特に特性の関係かとても腹黒いから、未だにセナから警戒されているのだろう。
 キズナも、自分のポケモンだというのに自分が一番懐かれていないのは皮肉なものだと、そんなことに思いを馳せながら私は二人の返答を待つ。コロモはもちろんOKだ。私のパートナーとして、本当によく尽くしてくれるかわいい子……いや、イケメンだ。
 そしてセナも、ちょっともじもじとして恥ずかしそうな様子を見せつつもうなずいてくれた。
「じゃあ、『みんな』で『楽しもう』」
 そんなことを話しかけると、セナは嬉々として飛び上がり、コロモは微笑んでいる。サーナイトの彼には、セナの感情の動きがくすぐったいほど心地よいのだろう。外は灼熱、出不精になって妹と比べてどう見ても肌の白い私には少々日差しが強いから、日焼け止めを塗っておこう。
 私は車椅子を操り、ふすま一枚で隔てられた居間へと向かう。

「あら、アオイ? どうしたの?」
「ちょっと出かけるの。日焼け止めはどこにある?」
「あぁ、それなら……これよ」
 母親は立ち上がり、壁際に設置された食器棚の中ほどから置いてある日焼け止めを取る。
「はい、どうぞ。ところでアオイ……出かけるって、どこに行くつもり?」
「湖に行こうかと……ほら、最近足がちょっと、動くようになったから、リハビリってことで」
 車椅子から私が見上げると、母さんはおもむろにわたしを抱きしめる。
「なに、母さん?」
「リハビリ……きっと大変だから、一人じゃ乗り越えられない苦しみだと思うけれど……辛くなったら、ポケモンにも、家族にも。頼っていいんだからね」
「心配しないで。もう嫌ってほど世話を焼いてくれる優秀な妹がいるから。お母さんもお父さんも、いい当たりを引いたものよ。こんな平凡な家族にはもったいないくらいに優秀なキズナが私を気遣ってくれてる。だから、母さんたちは何も役目がないってわけじゃないけれどさ……だから安心して」
「うん、そうする。でも、私がついて行かなくていいの、アオイ? プールならばともかく湖でしょ……」
「コロモがいるから大丈夫。というか、湖だから最悪漏らしても魚が食べてくれるでしょ」
 乙女としてそれもどうかと思うけれど……未だに下がオムツなのだから仕方が無いわよね。それに、ついでにセナもいる。ホワイトフォレストは治安もいいし、この二人がいれば大抵の相手ならばのしてくれるだろうさ。
「手のかからない子供は寂しいものね。準備が出来たら行ってらっしゃい」
「はい、お母さん」

 私は早速下着を水着に着替える……のだが、これは当然裸にならなければいけない。なんだかんだで、下半身が不随になってからというものタイショウに着替えを見られ、手伝われ、そしてコロモにも同じことをされて……そうこうしているうちに、私はなんだか羞恥心も薄れて慣れてしまっていた。上半身の服は普通に自分だけで脱げるというのに、気が付けば私は万歳してコロモに脱がしてもらっているし、優しくサイコキネシスで床に寝かされると、コロモは手慣れた手つきで私のズボンを脱がしにかかってくる。
 もちろん、コロモにその気はないのだろうし、だからこそ身を任せているわけだけれど、下半身を躊躇なく男に晒していると言うのは、私は大分女として終わってきているのかもしれない。いや、相手はポケモンだけれど、なんか……ねぇ?
 ともかく、下半身を露わにしたところで、水着だ。スパッツ風のパンツに白を基調に桃色のバラをあしらったフリルがついた下半身に、上半身はお揃いの模様のホルターネック。で、その上にオムツ……仕方がないとはいえ、これだけは情けなくてため息が出る。それら水着を着終えた後は、私はうつぶせに寝かされて、コロモに日焼け止めを塗ってもらうことに。まっ白い肌には目立たない白い液体を手に取って、それを私のスベスベな肌(だと思って欲しい)に塗りつける。
 上半身にはきちんと感覚があるからいいものの、下半身に移るとなんだか不安だ。うつぶせだから後が見えなくって、変なところを触られていないかと少々不安だ。考えたら負けなのだろうけれど、考えるのはどうしようもない事である。
 どうしても気になって、肘をつきながら後ろを振り返れば、コロモはせっせと日焼け止めを塗りたくっている。別段変なところを触るでもなく、水着から晒された肌を淡々と塗りつぶしている。安心した反面、ちょっとだけ女として悔しいというかなんというか……複雑。今度アサヒが発情期になったら匂いこすり付けてみようかしら……そうすれば私にも女の魅力が……って何を考えているのだ私は。
 そうこうしているうちに、コロモは全身に日焼け止めを塗り終えてくれたようだ。日焼け止めを塗り終わったら、本来の下着を忘れないようにショルダーバッグに入れて、シャツやズボンを着こむ。お気に入りのストローハットをかぶり、起こした体をお姫様抱っこで車椅子に座らされて、準備完了だ。
 お姫様抱っこされる時は、コロモの顔がすごく近くにあって、端正なその顔、シルクのような白くきめ細かな肌に不覚にもドキッとしちゃうのだけれど……悔しい事にコロモはポケモンなのよね。こんなに甲斐甲斐しく世話してくれる子が、ポケモンというのは少しもったいない気がする。
 まぁ、いい。恋人はきちんと人間から探そう、うん。

「お母さん、行ってきまーす」
「はい、行ってらっしゃい。コロモがいるから大丈夫だとは思うけれど、気を付けなさいよ?」
「大丈夫。この子はホワイトジムの教官として働いていた子なんだから、危機管理はお手の物よ……きっと」
 なんて言ったら、コロモに頭をはたかれた。どうやら、『きっと』ではなく絶対だとでも言いたげだ。
「『ごめん』ごめん。『貴方』がついて『いれば』『絶対』に『大丈夫』ね」
 手話混じりに伝えると、今度はさっき叩かれたところを撫でてくれる。自分のことが評価されたいのかしらね、可愛い子。
「あらら、仲良しねぇ」
「うん。まだ出会って間もないけれど、思ったよりもずっとこの子は懐いてくれるみたいで……」
 言うなり、私は上半身をねじって、車椅子の後部についたハンドルに手を添える。
「いつも、感謝しているし、きっとあなたはそれを感じてくれるのよね。ありがとう」
 サーナイトだからこそ、なのだと思う。私はコロモの事を信用しているし、感謝している。それがきっちり伝わっているのだろう。もしも私がコロモの事を都合のいい道具の様な、そんな目で見ているのだとしたら、きっとこうはならなかったんだろうなぁ。


 母親とのやり取りを終えて外に出ると、案の定外は炎天下だ。帽子を付けてこなかったら日焼けどうのこうのよりも髪が焼けるように熱かったことだろう。真っ白なサーナイトの肌はとても太陽光に弱そうだが大丈夫なのだろうかと少々心配だが、まぁ……日差しの強いホウエン地方にも野性で出現している以上は大丈夫なのだろう。
 お目当ての湖は、南南東に自転車で30分ほど。歩けば倍以上の時間がかかるけれど、そこらへんは流石ポケモンの体力といった所か。コロモは常時走ったままのペースを維持し、ゆるやかな坂を上って山へと向かう。
 山へと行くと、車椅子に乗って腕の力だけで上るのはきつい勾配に。キズナはともかく、健康な私でも自転車を降りなければすぐにひいひい言ってしまいそうだ。しかし、コロモは妹を思い出す速度でひょいひょいと坂を上り、湖が見えると、いくつかの支流の上にある橋を渡る。
 お目当ての支流にたどり着いたらコンクリートの道をはずれ、丸太を組み合わせて出来た階段を降り、足場の悪い土と砂利と落ち葉の緩やかな下り坂となっても、サイコキネシスで浮かせたかと思うと並走していた。
 サーナイトは他人の気持ちをエネルギーにすると聞いたが、私はそんなにコロモと一緒に居ると浮かれてしまっているのだろうか。たまに足に鈍痛が走った時も、生理痛で頭痛になっても彼は優しく抱擁して癒しの波導をかけてくれた。
 怪我の痛みじゃないからそんなものは無駄だと断ると、理解したコロモはそのまま痛みが治まるまでずっと抱きしめていてくれた。足の神経痛は叫ぶほどの痛みではなく、正座しすぎて足が痺れたような、じっと歯を食いしばりっていればそのうち過ぎ去ってくる痛みだったけれど、それでも抱きしめてくれたのが嬉しかった。
 生理痛の時もコロモは妹以上に気を使ってくれたし……そのせいなんだろうなぁ。コロモと一緒にいると、こんなにもときめいてしまって、ずっと一緒に居たくなるような……その感情がサーナイトの力になるのかしら? ふぅ、なんだか私も重症ね。ポケモンが恋人候補にならないように気を付けないと。
「そ、このままこっち……」
 そして、着替える場所。着替える場所と言っても更衣室らしい更衣室は二つのシャワールーム(男女兼用)のみ。小学生の低学年やそれ以下の子供はその辺でタオルを巻くか、隠しもせずに着替えているが(そもそも全裸で泳いでいる子もいる)もちろん私はそういうわけにはいかない。
 プールと違って来客はそこまで多いわけではないけれど、流石に何分も居座っていたら迷惑だ。私の足を見ればそこまで無茶な要求はしないだろうけれど、やっぱりそこはね……
 とにもかくにも、私は人気のない場所へと赴く。着替え自体は、すでに水着を纏っているので脱ぐだけでいいが、私は2人きりでじっくりゆっくりとリハビリをしたい。キズナやお母さんだったら一緒に居てもいいけれど、他の子供たちがはしゃいでいる横でこんなことをしていたら、お互い気遣ってしまいそうで嫌なのだ。

 荷物には、ブラックシティから婦女子を狙って出張してくる悪漢避けの防犯ベルがついている。紐を通せるピンを抜くとベルがけたたましくなりだすそれを河原の石に括り付け、持ち去ろうとすればベルが鳴るという風になっている。
 女子中学生の下着なんて盗む人はいないだろうし(いないよね?)、貴重品も特に入れていないし、そもそも盗まれる前にコロモが気付くだろうが、一応念のためという事で。
 それらの諸準備が終わったら、いよいよ私は水の中に入る。湖へ緩やかに水を運ぶ、澄んだ川の支流は、お客さんもそう多くはない。子供たちは皆広くて、深いところでも大人で足がつくかつかないというそれなりの深さの湖まdsで遊びに興じている。ここも昔は格好の遊び場だったそうだが、テレビゲームの発展やポケモンバトルの活性化に伴って、湖で遊ぶ子供も少なくなってしまったらしい。代わりに、遊ぶポケモンは多くなったようで、広いところで波乗りレースなんて物も子供のみならず大人の遊びの定番である。今日は水曜日なので社会人はいないが、大学生なんかが水タイプのポケモンを連れてレースをしており、それを子供が眺めていた。
 実は川で遊ぶ子供が少ない一番の理由がこの波乗りレースである。狭い川で泳いでいる人を巻き込んでしまえば大変だからという理由で、自然と暗黙の了解で誰もやらないし、誰かがやれば怒られるのだ。
 叫ぶように楽しむ声を遠くに聞きながら、私はそんな事情を反芻しながらコロモの手を取る。サーナイトの体の構造上、スカート状の膜が水の抵抗をもろに受けてしまい、最初こそコロモもよろけそうになっていて、慣れるまでには数分かかった。
 バタ足の練習をするときなんかは普通の人は手を引かれながらバタ足をするのだろうけれど、生憎私の足はほとんど動かない。バタ足というよりは、マグマッグの歩みのように頼りない、動いているか動いていないか分からないような上下運動だ。
 脚を曲げることすら苦労して、自分の足ではないような足を懸命に動かそうと……重い。例えるなら、水銀の中で鉛で出来た足を動かそうとすればこうなるのかもしれない。重すぎて動かせなくて、もどかしいけれど。嫌になるよりも先に目の前の白い影に目が行く。
 休みたい、というよりは休んでもいい? とばかりに目を向けると、コロモは『マイペースで大丈夫』と言ってくれるような笑みを向ける。私がなんと言おうとも受け入れてくれそうな、包容力の高い笑みだった。私にとってのコロモは、すべてを受け入れてくれそうな包容力の塊。
 思わず休んで甘えたくなってしまうけれど、それ以上に、コロモの苦労に報いたくなって、頑張りたくなってしまう。我ながら単純というかなんというか。そのうち、自分の力だけで泳いでみたくなって、コロモの手を離して上半身の力だけで泳いでみて、溺れそうになりながらもなんとか呼吸を維持したり、力尽きかけてはコロモに引き上げて貰ったり。
 セナはといえば、ほとんど私たちのことはそっちのけで、背中の綿に空気を含ませて悠々と浮かんで光合成をしている。

「あーもう、疲れた! 休もう……コロモ」
 気づけば夢中で泳いでいた私は、河原の滑らかな岩に腰掛けながら、大きく息をつく。動かない足は水の流れに僅かになびき、力を込めて動くのは足の指くらい。水の流れで揺れているのか、自分の意思で揺らしているかもよく分からなかった。自分の足を恨めしそうに眺めていると、コロモは私の隣に座り、肩を寄せる。
 揺れた体は生暖かくて、そんなに気持ちのいいものではなかったが、落ち着く。すごく落ち着いてしまう。思わず眠ってしまいそうになるくらいに心地よい一時だが、いくら夏でも冷たい水に足を浸し、濡れたまま眠ったら風邪をひいてしまうだろう。
 それならせめてもと、私は腕の力で川から這い出て、日光に当たる。濡れた体には、きつい太陽光も心地よい。肌は弱くないから強めの日焼け止めを塗っておいたし、多少ならばこの日差しも問題なかろう。腕の力で上半身を支えて、水辺に生える木々を見つめる。コロモは一歩半ほど前で、いまだに足を浸して待っている。
 その背中を見つめていると、後ろから抱き付いて、鎖骨の凹凸をひじから先で味わってやりたい衝動が生まれてくるというのに、私の体は立ち上がることを許してくれない。あるいは、ポケモンに抱き付こうなんて考えを実行できなくって、良かったのかもしれないけれど。
「……ダメだなぁ、私」
 ポケモンに恋をしてしまっている。サーナイトはまぁ、絵本でも勇者やら王位様やら、騎士(ナイト)やら、格好いい役で描かれることも多く、そのイメージが頭の片隅に無かったわけじゃないけれど……であった当初から私に尽くしてくれるそのさまは、まさに騎士(ナイト)っていう感じ。
 女の子ならばときめいたっていいじゃないと思う反面、こんなに簡単に流されてしまう私は恥ずかしい。
「あ……なに、コロモ?」
 そんなことを思っていると、コロモは急に立膝の状態で私の元に寄ってくる。気付けば、肩に手を回された私は軽く抱擁を交わされる。呆然としてされるがままだった私は、体を離された時のコロモのウインクにくぎ付けになる。
 手の平と親指を上に向けたまま、胸のあたりで両手を上下させる。コロモは手話で、『落ち着け』と私へ向かって言う。
「落ち着け……ね」
 私がその言葉を口にすると、コロモはにっこり笑って頷き、ポンポンと軽く頭を叩かれる。どうやら、私は心が乱れていたのを感知されていたらしい。それだったら、私がコロモに対して恋心を抱いていることもばれているはずなんだけれど、その辺はどうなんだろうか。それとも、これは恋心なんかではなくもっと別の何かなのであろうか? サーナイトには、どんな風に感知されているのだろうか。
 それか、恋心と知って、あえて触れていないのか。どれもあり得ると言えばあり得るのかもしれない。

「ごめんね。一人で勝手に興奮して……」
 口にして気付いた。コロモが落ち着けと言っている以上、私は興奮していたのだという事を。やっぱり、コロモは……というか、ポケモンに片思いなんかしている私がおかしいだけかもしれないけれど……もう、いいや。
「さ、休憩もそこそこにして、またはじめましょ」
 一人相撲は惨めだ。動かなくとも、体を動かそう。そうしていれば、少しくらいは忘れられるだろう。そう言った時のコロモは少しばかり苦笑して、緑の髪を掻き分けていた。
「大丈夫よ。無理なんてしていないからさ」
 私は上半身の力で這って、ゆるやかに流れる川の中へと向かう。河原の石はすべて滑らかなので、足を傷つけることはないだろう。ちょっと強がっていたけれど、コロモにその気がないなら無茶ぶりは出来ないし、しない。
「大丈夫、私は正常よ。こんな状態だもの、助けてくれる者がみんな天使に見えるくらいあったって……」
 自分の体を言い訳に、自分の感情を正当化してみる。好きであるというのをごまかすよりか、ちょっとだけ楽な気がした。
 その後も、私はリハビリを続ける。途中、私の事がカナヅチに見えたのだろう、大人にもなって泳げないのかとはやし立てられた。そんな時私は、下半身が麻痺していることを伝えると、私だけでなくコロモのことまで応援してくれる。褒められたり応援されたりしてまんざらでもないコロモは、微笑みながら自身の胸の角を撫でていた。

 そうして、大分日も落ち、もうそろそろ夕暮れ時になろうかというところまで、私は川で脚を動かそうと四苦八苦していた。石にしがみついたままバタ足をしようと頑張ってみたり、手を繋いで流れに逆らうように歩こうとしてみたり。どれも疲れるばかりだけれど、当然一日で目に見えるような変化は起こらない。
 当たり前ではあると思っても、先は長いと思うとため息が出る。手術前は、歩けるようになるかどうかは半々だと言っていたし、歩けたとしても将来的には家の中くらいなら車椅子が要らなくなるくらいかもしれないとのこと。
 脊髄というか、神経の傷はコロモの癒しの波導でも治せないから、こればっかりは私の努力次第という事になる。家族の手を煩わせないというだけでもありがたかったコロモだけれど、何よりありがたいのは、コロモは都合の悪い時というものがない。母さんも、キズナも、なんだかんだで都合が悪くて一緒に居られないタイミングというのがあるが、コロモにはそれがない。
 今日一日付き合ってもらって、それが本当にありがたいことに気付いた。
「『ありがとう』、コロモ」
 私は手話混じりにコロモへと言葉をかける。『どういたしまして』と、返って来た。
 これだけじゃ寂しいから、家に帰ったら改めて『ありがとう』と言おう。
 家でこのセリフを言う時は、出来る限りのお礼も添えよう。お父さんから出してもらったお金じゃなく、自分が出来る最大限のお返しで。髪の手入れでも、マッサージでも、何でも。何もできない私の、せめてもの恩返しはそれくらいしかない。
 水着をバッグにしまい終え、帰り道。セナは眠そうにしていたのでモンスターボールに入れ、車椅子を押されながら降りる坂道。夕暮れ時の風は生温いけれど、まだふやけた指のしわが治っていない私の肌には心地よく感じられた。


「それで、オリザさんはどうだったの?」
「どうもこうも、余裕で地区大会は突破しちゃったな。やっぱり、師匠は化物だよ」
 その夜、私はサイコパワーを使いまくって疲れたコロモに、糖分補給のために甘いお菓子や蜂蜜をたっぷり食べさせてあげて、今はキズナと2人で床に寝転びながら、マッサージの最中だ。私は腕の力だけで上半身を支えて、残る片手でコロモのふくらはぎを揉みほぐす。スカート状の保温膜越しに感じるコロモの体温は火照っているのがよく分かる。あの坂を走って上り下りさせるのは、このきゃしゃな体には少々酷使しすぎたかもしれない。
「そりゃあねぇ。オリザさんってあの筋肉の塊に、正確に急所を狙う器用さを併せ持っているんだもんね……あ、地区予選突破って、ことはまたどっかに出かける予定だ出来たってわけ?」
「まあな。そういうわけで、あの育て屋にはまた迷惑かけちまうなぁ……」
「はぁ……育て屋。育て屋って言うと、シラモリ育て屋本舗よね? それがどうかしたの?」
「今日1日、ジムリーダーの代理を頼んでいるんだ。一応協会には許可貰っているそうなんだけれど……ほら、スバルさんって悪タイプのジムリーダーになりたがっていたって言っていたじゃん。それで、スバルさんは実力も申し分ないし……ってことで、一応公式でジムリーダーの代理やってるらしいぜ」
「そりゃまた……大変ね。カズキ君は付き合わされているのかな……?
 私が尋ねるとキズナは記憶の糸を手繰り寄せてから言う。
「師匠が携帯電話で会話している最中、カズキの名前が挙がっていたし、どうやら一緒に居たみたいだけれど……そうだな。バッジ三つくらいのトレーナーの相手がどうのこうのって言っていたから、もしかしたら初心者相手にはカズキが戦ってたりするんじゃねーの?」
「へ、へー……あの子、ローテーションバトル一本に絞って行くって言っていたけれど、シングルは出来るのかしら……」
 ちょっと心配。私が心配してもどうにもならないけれど。
「ま、あの口ぶりなら粗相はしていないみたいだけれどな。案外普通に挑戦者を相手しているんじゃねーの?」
「なんだかんだであの子はしっかり者っぽいからね」
 どうにも、親が家に帰ってこないとかで、家事を1人でこなすような子だし……。だらしない上に何も出来ない私とは大違いだな……羨ましいような、その他の事情を考えれば可哀想なような。そんなことを考えていると、ふくらはぎの上で微妙に動かしていた肘の動きが疎かになっている。思い出したように肘に力を入れると、コロモは気持ちよさそうに肩を震わせた。

「それよりさ、姉ちゃん……今度泳ぎに行くときは俺も一緒に誘ってくれねーか? ねーちゃんにならいくらでも付き合うぜ?」
「ありがとう、キズナ……でも、自分の時間は大事にするのよ?」
「してるしてる。心配するなよ」
 胸を叩いて、自身ありげにキズナは言った。
「そうじゃないの……」
「じゃあ、なんだ?」
「私には、コロモがいるもの。キズナが私のために無理してるとか、気遣っているとか……そういうことを思っているわけじゃない。ただね、私は1人で出来ることも、2人で出来ることも増やしたいと思っているの。だから、泳ぎに行くとき誘ってくれって言うのが……一緒に遊んでくれるって言う意味ならば、すごく嬉しいわ。
 でも、私が危ないとか、あくまで私のために誘ってくれって言うのなら……それは違うってこと」
「つまり、あれか? 泳ぎに行くときは、俺も楽しめってことか?」
「うん、そういうこと」
 私は最後に思いっきりコロモのふくらはぎを押すと、マッサージを中断して上半身を起こす。

「キズナ。私は下半身の感覚を失ったけれど、その代わりに得たものがある。だから、貴方はそれを埋め合わせる必要はないの。一緒に楽しんでくれる……私のために気を使われ過ぎると、私自身強がらなくっちゃいけないからね。
 だから、なんていえばいいのかなー……辛い時は頼るから、変なところで気遣ったりしないでねってこと」
「元からそのつもりだよ、ねーちゃん。ねーちゃん、アサヒに傷を舐められてから素直になったし、それに……」
 キズナがコロモを見る。視線に気づいたコロモは、上半身をねじってキズナと視線を交差させる。
「な、コロモ?」
 何を言ったのか分からない。コロモもキズナもテレパシーなんて使えないはずだけれど、二人は通じ合ったらしい。あるいは、私がふさぎ込んだときは、コロモが教えてくれるという意味だったのだろうか。サーナイトの感情を感じる能力の便利さを考えれば、そういう事なのかもしれない。
「俺はねーちゃんを楽しませたいんじゃなくって、ねーちゃんと楽しみたいんだ……これでいいか、ねーちゃん?」
「最高の答えよ、キズナ……そうね、貴方の言葉通りなら何の問題もないわ」
 なんか……驚いた。空気の読めない妹だと思っていたけれど、こんな風に空気を読めるだなんて。
「よかった……」
 安心したのか、キズナは満面の笑みを見せる。私も、そんな妹の一面を見れて良かったわ。

「でさ、さっきの話の続きなんだけれどさー。師匠が代理をやってくれたお礼にって、カズキとスバルさんに和菓子作ってあげるみたいなんだ」
「ってことは、スバルさんはきちんとジムリーダーの仕事をやってくれたわけねー。あの人強いらしいけれど、ジムバトルでポケモンの代わりに自分が戦ったりとかしてないわよね?」
「ないない、まぁでも、その代理のスバルさんのジムリーダーとしての仕事ぶりがやばいのなんのって……師匠の口からしか聞いていないから、後でカズキにも聞いてみようかなって思っているところなんだけれど……」
 その後も、私たちは他愛のない話をして、時間を潰す。妹はジムリーダーであるオリザの応援に出かけた際は、昼食を奢ってもらったり、帰り道でいろんな世間話をしたりでかなり充実した1日を送っていたようだというのが分かった。


 その後、私とキズナが母親に食事で呼ばれてポケモンと一緒に食事をとった時は、今日も今日とてキズナがセナへの餌やりにチャレンジしていたが、結局手渡しでは受け取ってもらえなかった。本能的に一番信用出来るタイショウの影に隠れて震え、コロモもタイショウも行ってみろよと促すのだが、結局ダメ。
 結局、コロモとタイショウが怯える彼女の頭を撫でて、セナがそれに縋り付いてうやむやになってしまう形となった。まだまだ、キズナを信用してもらうのは難しそうだ。
 でもキズナの手から食べ物を受け取る日も近いと思う。私からも受け取るようになったし、タイショウ達の背中に隠れながらも、ちらちらとキズナの方を伺うくらいの余裕は出来たのだ。キズナは危険じゃないとか、あの時は機嫌が悪かっただけとか。徐々に理解して、セナも受け入れてくれるといいな。
 なんだかんだで、タイショウやコロモを受け入れているのだ。いつか、自分も家族の一員となれるように。

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今日は、コロモと一緒に湖まで遊びに行ってきました。
ポケモンと一緒なら大丈夫だと思ったけれど、本当に大丈夫なのがびっくりというかなんというか。気を使わせないために、湖に流れ込む小さな川の一本を選んで泳いでみたそれでも、泳げない私を発見した小学生たちが私を囃し立てたけれど、事情を話せば私だけでなくコロモも応援してくれるし、コロモは皆に賞賛されていた。
それが何だか自分のことのように嬉しく感じた。もしかしたらそれはシンクロの特性のおかげなのかもしれないけれど……やっぱり、家族が褒められると嬉しいものなのかしらね?
とりあえず、今日は図らずもコロモがいれば一人で外出を楽しむことも、楽になるなんじゃないかって、そういうことの証明になったと思う。コロモを商品にするつもりはないけれど、いつか私が育てたポケモンを譲る人には、こうやっていろんなことを楽しめるようになってほしいな。
それができるようになるということそのものが、私のポケモンの価値となりますように。



7月25日


Ring ( 2013/09/11(水) 22:06 )