BCローテーションバトル奮闘記





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第一章:初心者編
第十四話:信頼するということ
7月22日

 草食のポケモンへの餌は、ロールベールサイレージという円柱状に固められ、白いラップに包まれた発酵済みの牧草を転がして運んでいる。草食のポケモンは草原エリアにある餌場に集められ、大量の草と木の実を貰い、木の実は各々配給されたものを持ち寄って、昼食バトルなんてものを行うために、賭けの対象とするのだ。木の実をかけてバトルするポケモンたちの姿はいつも圧巻だけれど、牧草に群がる草食のポケモンたちはどこか愛嬌があっていい。まぁ、そのあと結局木の実を賭けて勝負を仕掛けるんだけれど。
 俺たちの仕事は、積み上げられたその牧草を運ぶこと。人間の子供の力だけでは難しいが、そこはイッカクの様な格闘タイプの怪力が役に立つ。もちろん、俺もささやかな一助となるべくきちんと手伝い、2人並んで餌場まで運んでいる。
「喜べ、カズキ」
 その最中に、スバルさんは唐突にそう言ってきた。
「イッカク。いつものようにお願いできる?」
 俺は、イッカクに飼葉運びを任せて、スバルさんの話を聞く前に、言うべきことを言っておく。
「えーと、それで、その……スバルさん、ごめんなさい。何を喜べばいいのか分からないので、喜べないです」
 実際、突然あんなことを言われて何をどう喜べと言うのか、スバルさんは。最近は汗を掻いてすぐに眼鏡がずり落ちてしまうためなのか、屋外にいる時はずっと眼鏡が外れている。だから、口調もずっとメガネがはずれた時の乱暴な口調で、初めて会った頃の彼女はいったい誰だったのかと思わせる。オフィスの中では伊達眼鏡をつ常に着用しているからいいのだけれど、屋外で接客するときは少々困りそうな気がする。
「む……確かに何を喜ぶべきか言わねば喜ぶことは出来んな……ふむ。まぁ、アレだ。喜ぶ内容というのはだな。恋人のオリザが総合格闘技の大会に出るのは以前も話した通りだが、本来その日はジムを休館にするという予定だったそうなのだ。だが、私がポケモン協会に交渉してみた結果、なんと私がジムリーダー代理として認められたのだよ」
「え、そうなんですか? おめでとうございます」
 そう言えばスバルさんは、ジムリーダーを目指していたんだっけ。オリザさんに負けてしまったのは面接での受け答えが不味かったのかもしれないと本人は言っていたが、どんな受け答えをしたのだろうか。
「思えば、オリザの奴にジムリーダーの座を奪われて……嫉妬もしたが、一日だけでもこうして代理をできるなら、オリザを休みやすい状況へと持ってゆけばいい。そうして、私も代理できる日を増やしてやろう……」
 スバルさんの笑顔が黒い。しかし、休める日を増やしてあげるというのはある意味恋仲の関係として正しい……のだろうか? 俺にはよく分からない。
「ところで、その報告を受けて俺はどうすればいいのでしょうか?」
「うむ、良い質問だ。7月25日にその代理を行うから、その時は……まぁ、バッジの少ない挑戦者が現れたら相手をしてやればいい。まぁ、負けたって気にすることはない……負けたのは、相手がそれだけ強いトレーナーであったという事。その高みに届くよう、努力すればいいだけなのだからな」
「え、えーと……俺、シングルバトル……出来るかなぁ」
「出来る出来る。進化の輝石の無かったころのゼロならともかく、今のゼロならそこそこできるだろう。大丈夫、反省点があったらお前に出来るだけ伝えてやる。多くのトレーナーと戦うという事は、それだけポケモンにもお前にも良い経験となるから、その機会を見逃すな?」
「……分かりました」
「何度もお前に戦わせることはしないさ。挑戦者が来たら、バッジが少ない相手は育て屋の職員でローテーションを組んで……強い相手が来たら私が戦ってやる。固くなることはないから、きっちり戦ってくれればいい」
「了解です。しかし、ジムの検定試験はジムごとに特色がありますけれど、うちはどんなふうにするんですか? オリザさんのとこは、白い大木の頂上まで登らされる感じでしたけれど……」
「それは明日までに検討しておく。もしアイデアがあったら無線でもいいから言ってくれ。面白いものがあれば採用するからな」
「とはいっても、ヒオウギのジムみたいに別に何の仕掛けも無かろうと問題ないんですけれどね。スバルさんもあんまり変に考えすぎて、奇妙なジムにならないように注意しませんとね」
「はっは、気を付けるさ。協会に怒られない程度にな」
 その時、俺はスバルさんなら無難なやり方を選ぶと思っていたんだ……無難なやり方を。あぁ、でもメガネを外した状態のスバルさんだったらなんか突拍子もないアイデアを思いつきそうだし、メガネをしたままのスバルさんならなら……。こんなことを考えていると、スバルさんが何者なのかと思ってしまう。まさか本当にメガネの有無で人格が変わるわけじゃないとは思うけれどなぁ。

 ◇

7月22日

 小生がバルチャイのトリの世話を始めてから、結構な月日が経ってきた。バルチャイは順調に成長を続け、最初こそエモンガの頭蓋骨を使っていたが、今はここ最近で一番の大物であるメブキジカだ。まだ少し頭蓋骨が大きいようで少しばかり持て余しているようだが、じきにぴったりとはまるだろう。
 しかし、トリがメブキジカの頭蓋骨を穿いたときのご主人の喜びよう。飛び上がってトリを抱きしめて、ふわふわの羽毛の匂いを嗅いでいた。小生達が狩った中で一番大きな獲物であるメブキジカだけに、それを受け入れてくれたトリの行動が嬉しいのだろう。小生も苦労が報われるのは嬉しいからよく分かる。
 しかし、そろそろこの子も実戦で鍛えてあげるべきだろうかな。まずは同じく生まれて間もないポケモンの相手がいればいいのだが……それとも小生たちが手加減をして相手をしてやるべきなのかな。
『じゃ、行ってきまーす』
 そんなことを考えていると、今日も今日とてご主人はホワイトブッシュへと向かう。言ってきますの挨拶は、家にいる家族に向けられることはない。ご主人にとって、家族は持ち歩ける家族、ポケモンしかいないから、小生らに向かってこれから家を出ますよと伝えるための言葉である。
 そう言えば、スバルの元に通うようになってからは、以前よりも少しばかり明るくなったような気がする。あの女が、伴侶になってくれればいいのだがな。私としては今からでも遅くないと思ったが、人間というのはいかんせん成長が遅いようだ。カズキが一年もすればあのスバルと同じくらいの大きさになるかと思いきや、この成長スピードであの女と釣り合うようになるには、何年かかるのだろうなぁ。

 今日のご主人は、とりわけ明るかった。何でも、メブキジカ用のノミ避けの薬を手に入れたとかで、それをヌシやヨツギに使えるのが楽しみでならないそうだ。ヌシに毛づくろいをした翌日には、スバルに薬を貰えるように頼み込んだのだが、野性のポケモンに勝手に対して勝手に薬を使うのはよくないからと、先にレンジャーに許可を取るべく尋ねることに。
 そうして、メールでヌシとヨツギだけならノミ避けの薬を使っても構わないと許可を貰ったカズキは、今日晴れてメブキジカ用のノミ取り薬をスバルより買い与えてもらったのだ。
 確かに、あのビリジオン達の高貴な出で立ち、力強い体躯には惹かれるものがあるが……自身には何の得にもならないというのに、求愛じみた行動をするとはご主人は物好きである。いや、人間がそうしたいと思う気持ちが小生にも少しでも分かっている以上、ご主人の行動も否定できんか。
 ともかく、今日は狩り。もしもその途中でヨツギやヌシに出会うのであれば、一度狩りを中断してでも毛づくろいをしたいとご主人は言ってきた。ゼロとアイルとトリは少々不満そうにしていたが、小生にはどうでもよいことだ。むしろ、ご主人が喜ぶ顔を見られるのであれば、そちらの方が良い気がした。狩りを楽しむポケモンたちには気の毒だがな。

 それにしても、この森は騒がしい。ホワイトブッシュの表層に出てくるポケモンたちは、人間に飼われることで安定した生活を望む者たちだ。隠れ住むことをしない生活をしたいがためにトレーナーに強さをアピールするポケモンもいるが、トレーナーたちのお眼鏡に適わず一蹴されてしまうことも多い。そういう野生を卒業したいポケモンの倍率は高いのだ。
 そして、この中層に出てくるポケモンたちは、野生を抜け出そうという気はなく人間を恐れて暮らしている者たちだ。臆病だからこそ、小生達の到来を感じると、仲間とひそひそ話して避けようとする声が聞こえてくる。もっとも、聞こえたころには逃げられているのだが。

『む……この気配。ありゃりゃあ、狩りは中断かなぁ』
 森に入って十数分。唐突にアイルが鼻と耳をぴくぴくと動かしながら反応する。やはり、ゾロアークだけあってアイルは非常に感覚が鋭い。
『どした? まさか、ビリジオンか?』
 ゼロがアイルに尋ねる。
『そのまさかだよ……この匂いはヌシの方だな。あーあ、今日も新鮮な内臓にありつきたかったんだけれどなー……』
『気持ちは分かるが、毎日散歩や狩りに連れて行ってもらえるだけでも、ありがたいと思わなきゃなぁ。罰が当たるぜ?』
『僕のご主人もカズキさんみたいに毎日暇があればいいんだけれど……』
 愚痴交じりにアイルが肩を落とす。独り立ち出来る年齢の人間は構う時間が少なくなるから、そういう主人に飼われるというのも結構大変というか、退屈なようである。育て屋のポケモンならば毎日遊び相手もいるが、小生らのご主人は将来どうなるんだろうか。アイルのように、暇そうにすることが多いのは勘弁だな。
「あ、この気配……」
 どうやら、気配を隠そうともしないヌシの存在にご主人も気付いたらしく、そちらの方に目を向ける
『こんにちは』
 透き通った声で、ヌシが小生らに声をかける。
『こんにちは〜……』
『こんにちは』
 アイルはため息交じりに。ゼロははきはきと答える。アイルは野性暮らしの経験がないおかげか、どうも食料に対する感謝が薄い気がする。食料につながる秩序を守ってくれるヌシに対して感謝してもいい物だと思うがな。仕方が無いか。生まれたときから飼われているポケモンは、食料なんて勝手に出でてくるものだと思っていたのだろう。
「こんにちは、ヌシ様」
 そして、ご主人の嬉しそうなこと。いつか求愛のダンスでもしそうなくらいに舞い上がっている。いや、人間って求愛でダンスするのだろうか?
『今日も、毛づくろいをお願いできるかしら?』
 言うなり、ヌシはカズキの前に腰を下ろす。
「あれ、もしかして今日も毛繕いして貰うつもりで来ましたか?」
 言葉は通じていないはずだが、ご主人は中々的を射た質問をする。
『えぇ、今日もよろしくお願いします』
 と、ヌシは頷く。最初から、ご主人の事を好いていてくれた節はあるが、ヌシ様も最近は本当に無警戒にご主人に近寄ってくれるものだ。
「どうやら正解みたいですね。今日はヌシ様にいいもの持ってきたんですよー。これなんですけれどね……人間が作ったノミを取ってくれる薬なんです」
『ノミを取る、ですか?』
 首を上げてヌシはご主人を見る。
「人間が作ったものじゃダメ……ってことはないよね?」
『いえいえ』
 あまり会話は成立していないが、ヌシは悪い顔はしていない。ご主人の言葉を首を振って否定すると、ご主人は嬉しそうにバッグから薬を取り出した。
『言葉が通じてないってもどかしいなぁ……』
 傍らでは、アイルがお座りの姿勢でぼやいている。
『何がもどかしいんだ?』
 ゼロがアイルに尋ねる。
『カズキとヌシの話が微妙に成立していないことさ』
 まぁ、それは人間とポケモンが交流する上じゃ、仕方のない事。育て屋のポケモン曰く、スバルさんはポケモンの言葉を理解する方法があるそうで、あのポリゴンZはポケモンの言葉を訳す特技があるらしいが、そういうものがご主人にもあればよいのだが。
「それじゃあ、失礼します」
『どうぞ、よろしくお願いします』
 そんなことを話しているうちに、ご主人はヌシへ毛繕いを始めた。最初にバッグから取り出した薬剤を首筋や背中などに数滴垂らす。
『あんなもので効果があるのか?』
『あるぞ、ゼロ。僕も一ヶ月に一回使っている……ちょっと匂いが嫌だけれど、効くんだよなあれが』
 ゼロの問いかけにアイルが答える。アイルはゾロアーク……体毛の量は大量だから、似たようなものにお世話になっているのだろう。ゼロの問いに答えたところで、アイルは続ける。

『さっきの話の続きだがな……僕、実はテレパシーで人間と話せるんだよ』
『なんだって?』
『初耳だぞ?』
 ゼロと小生が同時に声を上げる。
『僕のご主人……ユウジさんと色々あってね。秘密にしてろって言われたけれど、カズキにだけならそろそろ話してあげるべきかどうか迷っているんだ』
 なんとまぁ、テレパシーで人間と話せるとは……羨ましい能力だ。
『そりゃまた、どうして今頃話そうという気になったんだ?』
『アレだよ、ママン。カズキの奴……森の守り神様に……ずいぶんと好かれているじゃん』
『おっと、森の守り神様とは私の事かしら?』
 アイルの言葉にヌシが反応して問う。
「みんな、仲いいね。いったい何を話しているの」
 ご主人がそう尋ねるが、小生らには伝える手段がない。だけれど、今アイルが言ったことが本当ならば、ご主人にこの会話の内容を伝えることも出来るというわけか。それはとても素敵なことだが、にわかには信じがたい。
『うん、貴方の事ですよ、ヌシさん。僕には、森の守り神とかよく分からないけれど……カズキ君はみんなが畏まるような相手に好かれているわけだしさ。僕も、カズキ君にならば、テレパシーの能力を告白してもいいかなって思えるんだ』
『いいじゃないですか。テレパシーが使えるとは、素敵なことだと思いますよ』
 アイルが言い終えると同時に、ヌシが言う。
『俺も賛成だな。ご主人は人間の間でも結構好かれている。信用に値するだろう』
『少し出遅れたが、小生も同意見だ』
 この場にはいないが、イッカクもきっと同じことを言うはずだろう。
『……そうだよな。機会を見て、僕も告白させてもらうよ』
 アイルはそう言って、退屈そうにヌシとご主人を見る。
『だけれど、今はいいか……毛づくろいしている間は退屈だし、僕はボールに入るよ』
 そう言って、ご主人の腰に下がっているボールをつついてアイルはボールに入りたいとアピールする。小生とゼロはお疲れと声をかけて、アイルがボールに入るのを見送った。


 普段毛づくろいをする機会のないヌシは、ノミに刺されて腫れた部分を掻いてもらうと、とても気持ちよさそうに声を上げている。
『あぁ……そこ。もっとおねがい』
 ノミに刺されるというのは大変なものだ。痒いという感覚はよく分からないが、相当不快なものであることは、それを解消してもらった時のあの声で分かる。ヌシの声は艶やかというかなんというか、雄として黙っていられない気分にまでなってしまう。
 そこらへんは男たち共通の意見で、ゼロもアイルも効くたびに『色っぽいよなぁ』とのこと。ご主人は子供だからか、まだそこらへんが鈍いのがもったいない。それにしても、今日も結局水辺まで移動させられたが、水の力を借りればビリジオンは本当に見違えるように毛並みが整うものだ。そして、毛づくろいをすればたちまちこの森で見るどんなメブキジカよりも整った毛並みになるのは、流石人間の器用な手先といった所か。
 ご主人の見事な毛づくろいの手腕はボールの中からでもよく分かった。毎日外で寝ているだけあって、アイルほど綺麗にはならないが、人間の器用な手つきというのは恐れ入る。
「終わったよ、ヌシさま」
 ご主人がヌシに声をかける。
『ありがとう』
 ヌシはそう言って、顎でご主人の頭を顎で撫でた。ヌシの体からノミはいなくなったのかどうかは分からないが、満足してくれたようだ。
「お礼をしてくれているのかな? どういたしまして」
 アイルはああ言っていたが、ご主人はなんだかんだで言葉が通じている気がする。もどかしさを感じる程度には話が成立しないこともあるのは事実だが、小生とご主人の間柄なら、テレパシーなんてなくとも何とかなりそうな気がした。

 ◇

 その日は結局、狩りの獲物にありつくことが出来ず、諦めてヘイガニ釣りということになった。糸を垂らしてヘイガニが釣れると、主に小生の頑張りによって簡単に仕留めることが出来た。内臓関係はゼロ達肉食のポケモンたちの餌に。身の方は、アイルの飼い主であるユウジさんが先に家に帰っていたので、料理してもらうことになった。
 それも、アイルの強い希望で。なんだか知らないけれど、今日はアイルが腕をつかんでユウジさんの家に連れて行かれてしまったのだ。ユウジさんは料理の途中だったらしく、ついでに料理してもらっちゃおうかとヘイガニの身を渡すと、バジルやオリーブオイルと一緒に軽く炒め、塩を振って蒸した野菜をあえて、見事な一品に仕立ててくれた。

 全ての料理の準備が終わると、ユウジさんはアイルと抱擁を交わした後、飲み物と食器を用意してソファに挟まれたガラスのテーブルに手早く並べる。俺はジュースと箸を差し出された食卓に座り、食料の恵みに感謝のお祈りをささげた。空腹に任せていただきますと言ってかぶりつくと、やっぱりプロの作った料理は違うと実感する。適当に焼いたりゆでたりしてもおいしい肉だけれど、ユウジさんが作ると自分よりも早く、美味しい物を作ってくれる。プロになるつもりはないけれど見習わなきゃなぁ……
 ユウジさんも自分の作った料理がおいしいのか豪快に掻き込み、アイルは狩りたてのヘイガニを食べたおかげかあまりお腹もすいておらず、ゆっくり食べている。
「なぁ、カズキ。最近の調子はどうだ?」
 夢中でかぶりついていると、ユウジさんがそんなことを尋ねてきた。
「調子ですか? 最近は、育て屋の仕事に慣れたせいか、自転車での道のりもあんまり疲れずに往復できますかね……結構体力ついたと思います。そのおかげか、やたら腹が減るようになっちゃって……飯が美味しいですよ。ユウジさんの料理ともなると最高です」
「そっか。狩りの方はどうなっているんだ?」
「あぁ、そっちもですね……最近は調子がいいですよ。俺たちの仲間って遠距離攻撃に乏しいから、ちょっとした知り合いから吹き矢を譲ってもらったんですけれど、これがなかなか強くって、場合によっては俺が頑張れることもありましてね……ポケモンに頼るだけじゃなくって、俺も指示する以外のことが出来るってのが嬉しいし……
 俺に責任があると思うと、その重みに……なんというかですね。自分のポケモンも同じ重みに耐えているのだと思うと、すごくありがたくって……こいつらポケモンが、いかに大事な仕事をしているのか、理解出来て良かったなって思います。
 それに、命を今まで以上に直接奪う機械が増えたので、命への感謝もより強くなりましたよ」
「ほう……そりゃまた、立派な心構えだな」
「アイルみたいに、裕福なところに生まれたポケモンならそういう感謝も少ないみたいだけれど……」
「おい、主人の俺が裕福じゃねえから、その前提は間違っているぞ」
「俺よりは裕福ですよ、ユウジさん」
 実際、母さんが仕送りしてくるはした金じゃ俺1人でも生活するので精いっぱいだし……ポケモンの食費のために狩りをしているくらいなんだもの。
「ま、それは良しとして……今日は、少しばかり話したいことがあるんだ」
「なんですか、ユウジさん?」
 ユウジさんは、白い栄光等が灯る天井を見上げる。
「アイルの事なんだがな……実は、こいつ……テレパシーが使えるんだ」
「……はぁ」
 テレパシーというものの意味は分かる。だが、それを使えるというのは……?
「アイル」
 ユウジさんがアイルに声をかけると、部屋の隅で胡坐をかいていたアイルがこちらに目を向ける。

<こんばんは>
「な……!」
 頭の中に直接音が響いてくるような感覚。初体験のテレパシーに、俺は声を失う。
<驚くなって言っても無理か……まぁ、聞いての通り。今まで黙ってて悪かったけれど……色々理由があったんだ>
「理由……?」
「俺のアイルがテレパシーを使える事をあんまり知られて、俺のポケモンのお話を通訳させてくれとか言われても困るからだよ……ポケモンの言葉の通訳も、やろうと思えばできるからな。
 俺自身、アイルには信用できない奴には話すなと釘を刺しておいたが……アイルがお前に話そうと思った理由は……」
 ユウジさんはアイルの方を振り向く。
<多くのポケモンに信頼されているからだ。それに、ゼロやママンがお前のことを話す時は、決まって自分の事のように嬉しそうに話すから……そんな、お前だからな。僕も信じたんだ。
 それと、もう一つの理由。君には、ポケモンとの言葉を感覚で成立させる才能がある……なんとなく、僕らの言っていることが分かるんだろうね。それを伸ばす糧になるかと思ったんだ。僕が>
「……いや、俺は何となく、一方的に話そうとしていただけで。別にポケモンと話せると思っていたわけじゃ……昔はそういうのも出来ていた気がするけれどさ」
<分かってる>
 そう言って、アイルは笑った。
<その、何となくって言うのが少しだけもどかしくってさ……本当は、もっともっと何となくの精度が上がるまで黙っているつもりだったけれど……お前があれだけみんなから好かれているんならもういんじゃないかと。そう思ったんだ>
「だ、そうだ……」
 ユウジさんが締めてくれたが、俺は何を話せばいいのかも分からない。
「その……俺は……それを知らされて、どうすれば……」
「お前のポケモンの声を、聞いてみたらどうだ? 耳を傾けてみればいい……アイルに言葉を訳してもらえ。俺は、お前のポケモンがお前に対してどう思っているかを毎日聞いているんだ」
<みんな、聞いているんだろ? ボールから出て来いよ>
 アイルは俺の腰に下げられたポケモンたちに向かって言う。トリ以外の3匹がボールから出てくる。

「あ、皆……」
 俺が気の抜けた表情でポケモンたちに話しかけると、ポケモンたちは思い思いに鳴き声を上げる。
<テレパシーは使いすぎると頭痛の原因になるからな。最低限伝えるよ……まず、ママンは……『最近のお前の成長が嬉しい』とさ。俺も、最近のカズキは活き活きしていると思うな、うん>
「へ、へぇ……一応、ママンとの付き合いはそれなりに長いけれど、そんなことを思っててくれたんだ……」
<イッカクは、『ゲットされてから毎日おいしい蜜が舐められて嬉しい』……とさ>
「お前と同じで食い気ばっかりだな」
 イッカクの言葉を通訳したアイルを、ユウジさんがからかう。
<否定はしませんけれど、こういう時くらい格好よく決めさせてくださいよ>
 苦笑しながら、アイルは続けてゼロの話を聞く。
<『俺の才能を伸ばしてくれてありがとう』だってさ。愛されているな、カズキ>
「俺が……愛されて……」
 ふと、俺はスバルさんの言葉を思い出す。『お前は愛され上手』だと、彼女は言っていた。
「なんていうか、返す言葉が見つからないんだけれど……みんな、こちらこそありがとうな。俺、お前らがいなかったら寂しくって耐えられなかっただろうし……アイルも、ユウジさんもありがとうございます……改めて。こんな秘密を俺に教えてくれたり、料理とかも……」
「なーに、いいってことよ。アイル自身、俺以外の人間とも話してみたかったみたいだしさ。それに、放っておけねえだろ……? 親に世話してもらえない子供なんてさ」
 そう言って、ユウジさんはため息をつく。

「すみません……俺の母親のせいで……余計な気を遣わせてしまって」
「いいんだよ。子供の世話は、面倒な女の相手よりかはずっと楽だし、お前は可愛げのある子供だからな……昔付き合ってた女よりも」
 言い終えて、ユウジさんはため息をつく。
「はぁ、面倒……ですか? 女性と付き合うのが」
「あぁ、女ってな面倒だぜ? メシの味付けやら料理方法にアドバイスをしたら『自分で作ればいいじゃん!』とか怒り出すし、遊んでて楽しんでたつもりなのに、『どうせあなたは私のこと必要としていないんでしょ?』とか言われたりしてさ……一緒に楽しむことが必要じゃなければなんなんだよ……」
「あちゃー……その人、料理でユウジさんを喜ばせたかったんじゃないのかなぁ? ユウジさんにはおせっかいかもしれないけれど……」
「料理作るのってめんどいからなー……喰える物作ってくれりゃ、味がそれなりでもありがたいって言ったのに……」
「その言い方だと、『自分より腕が下だけど、面倒だからこれでいいや』って言っているように聞こえちゃうかも……」
「そんな解釈されるのか? そりゃ面倒過ぎる……。その上、アイルを飼い始めたら『ポケモンと私、どっちが大事なのよ?』だぜ? もう、女なんて、見た目だけそれっぽければアイルの幻影でいいやって思っているんだ。もともと雄のポケモンだって好きだったけれど、思えば吹っ切れたのもその時だよ……あー、もう離したくないよアイル……」
 言うなり、ユウジさんはアイルに抱き付いて胸に顔を埋める。なんだかなぁ……この人。この前も、ポケモンレンジャーにコスプレしていたアイルを絵に描いていたし、なんだかポケモンと異様にスキンシップを取りたがる妙な趣味があるんだよな。まぁ、俺に迷惑がかかるわけじゃないし、どうでもいいかぁ……。
「でも、それは開き直りすぎだと思います」
 苦笑するしかないかった。俺とユウジさんは、食事の間、談笑に興じる。テレパシーの使いすぎは頭痛の原因になるからとか、本当はご主人だけの特別の方がいいし、おまけに言えばカズキにはそんなに必要じゃないとかでアイルはあまりテレパシーでは喋らなかったけれど、ほんの少しでもポケモンたちの本音が聞けたのは本当に良い経験だと思う。
 どうでもいいことだけれど、アイルの一人称は昔『俺』だったそうなんだけれど、『僕』の方が可愛いからって矯正されたらしい……うん、ユウジさんはわけが分からんけれど、アイルのことが本当に大好きなのは伝わった。でも、アイルが好きなのはいいけれど、ユウジさんにはなんだかんだで結婚して幸せになって欲しいんだけれどな……こんなにいい人を振るだなんて、ユウジさんの元カノとやらは見る目がないと思う。
 とりあえず、今日の事は、きちんとレポートに書いておこう。でも、アイルが喋られることはキズナには内緒にしておくかな。

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 今日はビリジオンのヌシ様に念願のノミ取りの薬をあてがうことが出来た。寄生するノミはポケモンによって微妙に違いがあるので、今回はメブキジカ用の物を使ってみたけれど、終わってみるとノミはすっかりいなくなっていた気がする。
 このままヌシ様も痒みに悩まされることがなくなればいいんだけれど。そう言えば、ヨツギにもやっておいた方がいいと思うのだけれど……最近姿を見ていないなぁ。ヌシ様からノミ取り薬の効果の強さを聞いたら、自分もノミを取ってもらいたいと言って森の奥から姿を現してくれるかもしれない。いつそうなってもいいように、薬は常備かな。

 さて、今日一番印象に残ったのは、実はアイルがテレパシーを使えるということ。このテレパシーを教える方法も、堀川一樹という人が書いた著書によるものだという。ポケモンに手話を教えたり、テレパシーを教えたり……とんでもないな。
 ただ、このテレパシーは使いすぎると頭痛やうつ病の原因になるらしく、しかも使用者のみならず周りの人にも同じ影響を及ぼすことから、大量に育てることが出来ずに採算が合わなかったとか。だから手話のできるポケモンはともかく、テレパシーの出来るポケモンはオーダーメイドなんだって。スバルさんにアイルを見せたら大喜びで電卓叩きそうだなぁ……どんな値段がつくんだろう?

 さて、そんな与太話はどうでもいいか。アイルから教えてもらったのは、俺のポケモンたちの本音。テレパシーは疲れるのか、あんまり長い言葉では教えてくれなかったけれど、どの子からも目頭が熱くなるような言葉を送って貰えたよ。
 ママンからは『お前の成長が嬉しい』。イッカクからは『毎日蜜を舐められて幸せ』。ゼロからは『俺の才能を伸ばしてくれてありがとう』だった。
 なんというか、俺の方からお礼を言いたい気分だよ……。明日からも頑張ろうって気分になれた。よし、みんな大好きだ!

PS.モンスターボールの中はどうなっているのかを、アイルに尋ねてみた。返ってきた答えは、このアパートの一室、6畳ほどのキッチンつきダイニングと同じくらいの広さの場所で、空調が効いているような感じらしい。なるほど、結構快適かもしれない。


7月22日


Ring ( 2013/09/09(月) 23:26 )