第十二話:バトルの決着
それにしても……タイショウがやられちゃったか。一応、俺の手持ちの中では一番強いポケモンなんだけれどな。なら、こっちもそれなりにやらせてもらうしかないな。
「セイイチ、出番だ」
喉に当てた手を投げるように前に出しつつ、俺は言う。
「ガ……ガウッ?」
呼ばれたセイイチは一歩前に出てバトルフィールドに出るが、俺に対して振り返った姿は『僕が戦うの?』とでも言いたげだ。
「セイイチ……バトルフィールドまで出ておいて、今更出来ないなんて言わせないぞ?」
正直なところ、リオルのセイイチが出たところで、トゲキッスが相手では一撃耐えればいい方かもしれない。だが、こいつの悪戯心があれば、何らかのチャンスはあるだろう。しかし、セイイチはあまりやる気ではない様子。バトルフィールドまで出たはいいが、心構えができている様子はまったくない。
だが、それは計算済み。そろそろ場に出たポケモンが交代の制限を解除される10秒だ……。
「お前がやるんだ、ほら……」
そこまでけしかけると、俺にだけ見えるようにセイイチは笑った。肺一杯に空気を吸う、そして振り返ると同時に耳の奥を蟲が這いまわるような、そんな音があたりに響いた。たまらずブリューナクが音を大きな音で掻き消してやろうと叫び声をあげる。
その隙、逃すものか! この時点で、バトルフィールドに立って10秒経っているのだ。まず、セイイチは尻尾でアサヒとタッチ。嫌な音で半狂乱になっていたブリューナクは、その交代に対する反応が遅れ、また嫌な音のあおりを喰らっていたカナも正気に戻ったころには、すでにアサヒはとび膝蹴りの構え。
アサヒがブリューナクの翼を掴み、顔に向かって膝を強かに打ち付ける。効果はいま一つ――だが、顔面という急所に、嫌な音で防御もおろそかにしていた状態でのこの攻撃だ。いかに小さなアサヒと言えど、こうまでお膳立てをされては威力も馬鹿にならない。
セイイチへ指示した喉に当てた手を投げるように前に出すという行動は、手話を用いた『演技をしろ』と言う命令なのである。。
「っ……交代しなさい!」
ブリューナクが落ちる前に、カナが宣言する。空を飛べるトゲキッスの機動力にはかなわないので、ここは素直に行かせることにしよう。
「アサヒ、セイイチと交代だ」
追撃を指示せず声をかけると、アサヒは踵を返してセイイチとタッチする。そして、カナはトゲキッスのブリューナクを控えのラッキーに交代する。
「行きなさい……アイギス」
「未進化だから楽勝って……訳にはいかなそうだな。あのラッキー……進化の輝石持ち……か」
ガチガチなパーティーだと思ったが、本当にガチガチだとは。
ゼロがつけていたものと同じ、進化の輝石。進化に使うエネルギーを防御能力に変える魔性の石……でも、セイイチの嫌な音ならば……その防御能力を削ることも出来る。
「行けるな、セイイチ?」
「ガウッ!」
今度は、セイイチも乗り気であった。今度は、と言っても先程の怖がるような、気乗りしないような態度は演技だったから当然なのだが、こういう態度の方がやっぱり頼もしい。相手は耐久の鬼のようなポケモン。恐らく、こちらが嫌な音で来るのは分かっているだろうから、何らかの対策は考えてるはずだ。それが耳を塞ぐなんて単純なことはきっとないだろう。
「小さくなりなさい!」
「セイイチ……嫌な音!」
アイジスの選択は小さくなる……この草ぼうぼうの場所でそれをやられたら、見つかるものも見つからない。セイイチがルカリオに進化しているならばともかく、見つからず、攻撃も当りにくいとなればジリ貧は確定だ。
「ならば、セイイチもまねっこ!」
だけれど、条件を同じにすりゃ、攻撃が当たらないなんてことはないだろう。まねっこでセイイチにも小さくなってもらう。
「アイジス、影分身!!」
また回避能力を上げるとはどんだけだ……そりゃ。セイイチがルカリオに進化していればこの影分身と小さくなるの複合なんてどうにでもなるのだろうが……ならば。
「影分身をまねっこ!!」
とにかく、相手がそのつもりならばこっちも付き合ってやる。もう嫌な音の効果も無くなっちゃっただろうが……分身も小さくなる効果も消えちゃいない。
「そう……貴方はまねっこで付き合ってくれるのですね……ならば、これではらちがあきませんし……位置を知らせてあげなさい、アイジス。誘いましょう」
カナがそう命令すると、
「セイイチ、見えるか? 頑張れ! 相手の攻撃を真似するんだ」
俺は、両手を握って胸の前で上下にゆする。
「待ち構えたまま毒々!」
「行け!」
相手は毒々。自然回復を持っているから、まねっこされてもそれほど痛くないという事らしい。だが、それならばこっちだって……俺は、手話で『フリースタイル』を命じた、つまり、『この直後の命令は聞き流して、自分で判断しろ』と。
『頑張れ』という言葉に乗せて動作をしたので、セイイチに対して『頑張れ』と激励を送ったように、相手の勘違いを誘発してやった。ローテーションバトルをやることになって、即席でこんな作戦を覚えさせてみたが……俺自身が命令を放棄したから、セイイチがとる行動は分からない。
セイイチがとった行動は……とびかかって、噛みついていた。血走った目や、野性の姿そのままのアレは……
「……命懸け!?」
俺が驚いて声を上げると同時に、シズルからノリの良い鳴き声と、クイナから心配そうな鳴き声。母親であるシズルはそのまま食い殺せ―! みたいな言葉をしゃべっているように思えるが、パパであるクイナは息子が危険な技を使って心配でならないようだ。
息子であるセイイチは、父親にいいところを見せたいがためにあんな技を選んだのであろうか?
「く、アイジス。振り払いましょう」
振り払おうとアイジスは暴れるが、セイイチの命懸けはそんなに甘くない。引っぺがそうとしても、倒れ掛かってのしかかろうと、命がけを使っている最中の敵はよほどのことでもない限り離れちゃくれないのだ。ここでアイジスが引きはがすよりもタッチすることを考えて行動しているのであれば違う結果もあったのだろうが、冷静さを無くしちゃお終いだ。
それが何より効果を発揮しているのは、おそらく毒々が原因だろう。セイイチはアイイスがカナの命令通り毒々を出すのを信じていたのか、毒の液を腕で受け止めると、毒液がたっぷりとついた手でアイジズにしがみついている。これではアイギス自身にも毒が浸透してしまう事だろう。相手はラッキー……毒なんてじっとしていれば自然回復してしまうが、こうして暴れている間なら自然回復なんて出来はしない。
命懸けの使用中、いい加減体力も残り少なくなってきたところでセイイチが自らアイジスの体を離れる。お互い毒によって体力を消耗していたが、流石は輝石ラッキーといった所か、相手はまだまだ戦えそうだ。
そこでセイイチが放つのは、起死回生の一撃。体力が死に瀕している時に使えば、文字通り起死回生の一撃を与える格闘タイプ最強の技だ。影分身もなく、お互い小さくなっている今このときならば、外れるような間抜けな真似をセイイチはしない。草むらの中、草の隙間に小さく見える二つの影が鈍い音を立てる。
勝負は決した。
「よくやったなセイイチ。お前は続投も危険そうだし棄権させるよ。これ、モモンのポロックだ」
勝利の凱歌を挙げたのはセイイチだった。渾身の力を込めたセイイチの、乾坤一擲のボディーブローをいなして地球投げに繋ごうとしたアイジスだが、おそらく最高クラスの威力であろう起死回生にそんな小細工が通用することもなかったわけだ。
勝利を確定させたセイイチは俺からポロックを受け取ると、小走りで父親の元に向かう。
「クイナ……セイイチを可愛がってやってくれ」
心配性のお父さんの元に走って行ったセイイチを見送り、俺は師匠を見る。
「キズナさんもカナさんも……流石としか。とにかく、リオルは棄権、ラッキーは戦闘不能により、二人とも、最後のポケモンを出してください」
俺達の闘いを見て、師匠は褒める言葉を口にしてくれた。
「へへ、ありがとうございます師匠」
「お褒めに与かり光栄ですよ!」
お互い、最後の一匹になってしまった。俺はコジョフーのアサヒ、相手はトゲキッスのブリューナク……あっちの方がダメージは喰らっているが、こちらは相性でも不利だし、そもそも未進化だ。どこまで抵抗できるかといった所だけれど……こっちは怯まない精神力の特性もち。
一気に畳み掛けてやれば勝機はある。
「猫騙し!」
「向かえ撃ちなさい!」
しかし、試合場の端から端。いかに猫だましが速攻技と言えど、待ち構える相手に先制するのは無理だ。エアスラッシュが放たれる。ひるむことなく真っ向からそれに立ち向かい、空気の刃に対して急所を外しながらアサヒは駈け抜ける。
何とかもう一発撃たれる前に到達できればと思ったが、相手は予想以上に切り返しが速い。羽ばたいてエアスラッシュを放ち、もう一撃。クリーンヒットこそしていないが、深く入ってアサヒの体勢が崩れる。それでもひるまず立ち向かうだけの精神力は賞賛ものだが……だが、無理だ。
「待て、棄権だ!」
思わず俺はそう叫んでいた。アサヒがこのまま無残にやられるのは見たくなかった。治療の必要はなさそうだが……しばらくは休ませた方がよさそうだな。
そういえば、昨日行ったカズキとの対戦でもアサヒが最後に生き残っていたっけ……なんか、他の子達の扱いが悪いような気がするが……いや、セイイチは棄権させたからまだいいのかな。
「アサヒ、棄権によりキズナのポケモンは全員戦闘不能とみなします。よってこの勝負、カナさんの勝利とします……ふぅ」
見ているだけで疲れたのか、冷静に審判を下した師匠はため息をついた。
「なんというか、まぁ……、今回勝負の勝敗だけ見ればカナさんの勝ちなのですが……キズナさんは、こういってはなんですが、まだ未熟なポケモン達でよく頑張りましたね。一目見ただけで諦めたくなるくらいの絶望的な構図でしたが……最後の方は一瞬勝つかと思ってしまいましたよ」
「うーん……どっちにしろ、負けは負けだからなぁ……」
確かに、俺のポケモンはよく頑張ってくれたけれど、勝ちに導いてやれなかったのは少々残念な気がした。
「それについては残念ですね、キズナさん。そしてカナさんは、素晴らしいポケモンを育てていらっしゃる。見たところ皆がまだ粗削りなので、育てようと思えば今以上に伸びる素質の子ばかりです。しかし、今回の勝利が辛勝であったことからも分かるように、強いポケモンを使うだけでは足を掬われる可能性もあるという事。
最後の一騎打ちの時などは、焦ってエアスラッシュを外そうものなら……未進化の、相性のいいコジョフーに対して負けるなんて失態もありえましたからね」
「むぐ……そうですね。私ももっと楽に勝てると思ってました……」
「ポケモンを育てる腕が一流でも、戦略を立てたり指揮をするのが二流では育成の腕も死んでしまいます。カナさんは、バトルの場数を踏めば伸びる要素はいくらでもあると思いますよ。
2人には後で、トレーニングのメニューの案を出しておきますので、覚悟しておいてくださいね」
気づけば、師匠はきっちりとジムリーダーの仕事をしている。アドバイスの送り方も簡潔でわかりやすいし、トレーニングのメニューまで考えてくれるのはありがたい。
それに加え、育て屋に救護室があるようにクイナのような回復係を用意してくれることも、抜け目がなかった。
「二人とも、今回はただの交流試合ですが、共に課題が見つかったと思います。それを収穫に、今後の勝負に役立てられるよう頑張りましょうね」
「押忍!」
と、俺が答える。
「はい、有難うございます!」
へぇ、カナも意外といい声で答えるじゃないか。その返事の大きさなら道場でもやっていけそうだ。そういう雰囲気にさせてしまうあたり、師匠もジムリーダーとして立派なんだよなぁ。スバルさんに劣る部分もあるけれど、師匠がジムリーダーで良かったと思う。
「ローテーションバトルはマイナーな競技ではありますが、だからこそこうして巡り合えたことに感謝し、共に切磋琢磨しあえるように願いたいものです」
「えーと……なんかうまくまとめられた感じになっちゃったけれど……これからよろしくお願いします、カナさん」
「えぇ、ですが次も勝たせてもらいますよ。流石に、この組み合わせで負けたら恥ですからね」
俺達は右手で握手を交わす。
「じゃあ、大会の時まで負けてもいいけれど、大会の時までは……大会の時は勝つからな?」
そう、確かに今のままじゃ相当運が良くなければカナには勝てないだろう……俺も、カズキも。だけれど、大会の時までには……
「大会の時になって初めて負けるなんて、屈辱的な結果にならないよう、気を付けますよ。もちろん」
お互い軽口をたたきあったところで、俺達は握手を終える。そういえば、カナさんはカズキのこと知らないか……名前出しても首傾げてしまうな。
「それでは、私は事務作業がありますので……」
そんな俺達のやり取りを見終わって、師匠は言う。
「お疲れ様です! 今日はありがとうございました」
「お疲れ様です、師匠! あとで、トレーニングルームを借りに行きますので、その時は麦茶でも差し入れますね」
師匠がポケモンを回収して立ち去ってゆくのを見送り、俺達2人はお互い顔を見合わせる。
「暑いし、木陰で話さねーか?」
「そうですね」
2人で木陰に座り、どちらともなく語り始める。
「ポケモンバトルは、いつから始めましたか?」
「半年くらい前かな……ポケモンレンジャーに憧れた俺への10歳の誕生日プレゼントで……両親からモンスターボールを貰ったんだ。そんで、森に乗り込んで拳で語り合った結果、こいつをゲットしてね」
と、俺はタイショウの入ったボールを指し示す。
「拳でって……貴方、ポケモンを捕まえるのにポケモンを使わなかったのですか?」
「うん、うちの師匠もだけれど、うちの道場は人間やめているような猛者ぞろいだからそれくらいは普通だよ。師匠曰く、俺が通っている道場……光矢院流忍術って言うんだけれど、次期頭領候補の光矢院シデンっていう女性とか、現在の頭領の光矢院トウデンっていう男性は人外どころか化け物通り越して変態らしいけれぜ?
テラキオンやらレジロックやらを素手で倒すとか何とか……一度会ってみたいもんだぜ」
「そ、そう……なんですか。私はツタージャを最初に貰って、それを大事に育てていたのですが……私はそう、1年と3ヶ月ほどですかね。私は小学5年生になると同時にポケモンを譲り受けました。ですからまぁ、育成期間が長いぶん、貴方より強くとも何の自慢にもならないわけですが……」
「でも、強かったぞ、カナは」
「ありがとうございます」
気づけば、俺はよそよそしい口調を排して思いっきりタメ口になっている。拳を交えたわけではないが、ポケモンバトルというのはやはり交流のツールとしては最適のようである。
「ところでカナ? お前、ビリジオン捕獲祭りに出るつもりはあるのか?」
「えぇ、今回の戦いではお披露目できませんでしたが……格闘タイプの子も現在育成中なんです。ビリジオン捕獲祭りは数多くいる神を称える祭りの一種なので、唯一神を信じる身としてはどうなのかなとも思いますが……」
「誰もそんなの気にしないって。まぁ、お前の親とかは知らないけれどさ……そんなこと気にしていたら禿げるぞ? ところで、その格闘タイプのポケモンは?」
俺が尋ねると、カナは答える代わりにポケモンを出す。真赤な光に包まれたそれが、生物としての形を取ると、そこにいたのは……
「バシャーモ……」
長身人型の真っ赤なポケモン。太い足が魅力的なバシャーモであった。
「はい。名前はレーヴァテイン……。加速の特性を持った、男の子です」
「ほー。普通は猛火の特性だったと思うんだけれどなぁ……そんなバシャーモもいるのか。珍しいなぁ」
俺が立ち上がって、佇んでいるバシャーモに近寄ってみる。レーヴァテインと呼ばれたその子は、バシャーモという種族の平均的な身長で、見上げるほどの高身長。くびれて六つに割れた腹筋を触ろうとすると、デコピンでやんわりと拒否された。
「レーヴァテインをあんまりからかわないで上げてくださいな……」
苦笑しながらそう言ってカナはレーヴァテインをボールの中にしまい、話を続ける。
「私の家、結構裕福なものでして、色んな所からポケモンを取り寄せて貰えるんです……あんまり捕まえるのに苦労をした覚えはないのですが、一応育てたのは自分の力ですからね……」
「そっかぁ……俺は自分で捕まえたのが、タイショウとアサヒ。セイイチは、師匠に無理を言って譲ってもらったものなんです。ちょうど、シズルちゃん……あのズルズキンが来い仲だったエンブオーに浮気されたおかげで荒れていたので、セイイチをあてがって落ち着かせた時の副産物なので」
シズルと恋仲だったエンブオーが、初心者向けのポケモンを繁殖させるための種付け親になったせいで苛立っていたのが原因だそうだ。
「貰う喜びもいいけれど、捕まえる楽しみってのはやっぱりいいもんだぜ。お前も、もらい物のポケモンばっかりじゃなく、本気で勝つつもりなら、自分の力でポケモンを捕まえてみたらどうだ? ホワイトフォレストやブラックシティだけでも色んなポケモンがいるからな」
「前向きに検討いたします」
あんまり乗り気ではないっぽいが、社交辞令でカナは答えた。
「よし、その意気だ。ところで、俺はもう一人ローテーションバトルをやっている奴を知っていてさ。今度、そいつにも紹介していいか?」
「是非、お願いします。ともにローテーションバトルで鍛えましょう」
よし、いい調子! 俺達よりかずっと強いポケモンを繰り出してくるこのカナってやつは、カズキにとってもいいライバルとなってくれるはずだ。
「おっしゃ、カズキにもライバルが一人増えたな。これからよろしく!」
「えぇ、カズキさんですね。了解です」
さて、ローテーション仲間のスカウトも済んだところで……聞いてみたいことがあったんだ。
「ところで、カナはどうしてローテーションバトルを?」
「えーと……ポケモンバトルはもともと好きだったのですが、その……笑わないで下さいよ。私、名前がボーカロイドみたいだとかってからかわれるんですよ……この、ミドリネ カナって名前が……親は普通に名前を付けてくれたつもりなんだし、別にいじめを受けているわけでもないんだけれど。
どうしても鼻につくので。ですが、もしもビリジオンをゲットできれば、皆が親しみを込めて『
緑音 華奈』と呼んでくれるはず!」
「いや、そのセンスはどうかと思うけれど……」
「またまた、御冗談を」
冗談のつもりはないのだが……感性の違いというのはこういうところに現れるのだろうか? まぁ、この感性の違いが何か人に迷惑をかけるわけでもないだろうし、ノーコメントとしておこう。
「俺は、さ。さっきも言った通りポケモンレンジャーに憧れていてな……まぁ、出来るだけ強いパートナーが必要なわけだ。それにビリジオンを据えられるなら、最高だなーって感じで、ただ単にビリジオンが欲しいだけ。
さっき俺が紹介したい奴って言っていたカズキってやつはね……とあるポケモンを活躍させたくって、そのためだけにローテーションバトルを選んだ変り者だ。ビリジオンにつられてローテーションを始めたわけじゃない……なんていうかポケモンとの絆が強い奴って印象だな。俺達と違って、ビリジオンは目的ではなく手段だけれど……まぁ、いい奴だな」
「それはそれは……一度お手合わせしてみたいものですね」
「あぁ、いつかな」
俺はそう言い終えると、ため息交じりに木の幹に寄り掛かる。木のゴツゴツとした感触を背中で味わいながら沈黙していると、カナは不意に口を開いて『では、私はそろそろ……』といって、そこからさよならの挨拶まで時間はかからなかった。
さて、俺も家に帰るとしますかね。家に帰って飯を食ったら、ホワイトジムでポケモンと一緒に自主練だ。
◇
「ただいま!」
「あら、お帰りキズナ」
「お帰り。今日はローテーションバトルをやっている人と会って来たそうだけれど、楽しめたかい?」
家に帰ると、まずは母親と父親の声。
「あれ、ねーちゃんは?」
「自分の部屋にいるわよ。でも、今ちょっとセナが眠っているみたいだから、あんまり大声出せないみたい」
セナが、寝てる……か。押してダメなら引いてみろとは言われたが、こうまで効果があるものなのだろうか? それはまぁ、後で見に行くとして、今は取りあえず二人に概要だけでも説明しておこう。
「……という感じでさ。バトルはもう負けちゃってもしょうがないってくらいに圧倒的な種族の暴力だったよ。でも、皆が頑張ってくれたからね、無様な戦いにはならなかったから、一応格好はついた感じ」
「あら、いい友達が出来そうね。キズナは学校に友達少ないからねー」
母さん、そういう言い方はやめて欲しいな。降りかかる火の粉を払っただけで、誰も寄り付かなくなっただけなんだ。
「だって、俺は男子にズボン脱がされそうになったのを抵抗しただけだぜー? それで避けられるんだから、俺が原因で友達が出来ないみたいな言い方はやめてくれよなー」
「ま、そうやって物事に毅然と立ち向かうお前のことだから、心の底から信頼できる人しか友達にしないだろう。そういう意味じゃ、父さんは友達が少なくっても心配はしていないぞ」
「へいへい。じゃ、俺はちょっとねーちゃんの様子を見てくるよ」
全く、父さんも母さんも一言多い気がするけれど……ま、心配してもらえるだけありがたい事か。心の底から信頼できる人、か。ねーちゃんなんかは友達は多かったけれど、足が動かなくなってからは友達も激減しちまったしなぁ……。少なくとも、俺としてはそういう友達だけは欲しくないからな……。
ねーちゃんも、早いとこ本当の友達を得られればいいけれど。
「ただーいまー……」
そんなことを思いながら、俺は和室のふすまを開ける。俺の存在に気付いた姉は、『静かに』『眠る』『今』と手話で言って、部屋の隅っこで眠るセナとコロモを指差した。まだ、人間に対しての警戒は解けているのはかどうか分からなかったが、セナはサーナイトのコロモに対しては警戒を解いているらしい。
抱擁ポケモンの名に恥じない優しい抱擁に包まれ、安らかな寝顔を浮かべるセナは気持ちよさそうな寝顔だ。最近は怯えてばっかりで睡眠時間を少なく、睡眠不足が『危機感』を加速させて、よりイライラさせたり警戒心を強めさせるような悪循環もあったと思う。
同じポケモン同士だという事や、抱擁ポケモンである事。催眠術が使えることなどもあるだろうし、良い条件がそろった結果が今の光景なのかもしれない。抱きかかえているコロモもセナと一緒に眠っていて、それを見守る姉は勉強中なのか車椅子を机に向けている。
「ねーちゃん、これはどういう状況?」
忍び足でねーちゃんの元に向かい、俺は話しかける。
「ずっとセナを無視して勉強してたの。で、私がトイレに行っている間ね……セナがお腹を空かせていることに気付いたコロモが、一口齧ったポロックを渡したってわけ。そのあと、もっと食べたそうな目をしていたセナに、今度は手渡しで渡してね……その光景をずっと見ていても危害を加えようとしない私を見て、ようやく安心できたみたい。ポケモンを安心させる手腕は、流石はサーナイトって感じかな。
ポロックを食べたらまた部屋の隅っこに行っちゃったけれど、コロモが四つん這いで近づいても、拒絶しなかった。まだ私やキズナが同じことをしても怖がるだけだろうけれど……ま、そのうち慣れるでしょう。今回は、その第一歩ね」
「そっか……まぁ、なんにせよ、こんなに安心して眠れてよかったな」
そう言えば、セナが寝ている姿なんて全然見かけなかったな。多分、俺達がいなくなった時に、物音に怯えながら浅い眠りの中にいたのだろう。
タイショウと一緒に居ればある程度は安心できたけれど、俺が出かける時はタイショウもいなくなるわけだ。
そうなると、家に残っているのは怖い(主に俺が怖がらせた)人間ばかり。
「このまま、俺達に慣れて行ってくれると助かるんだけれどなぁ……俺ら、今のところ戦えるポケモンが3匹だから、今はまだローテーションバトルも公式通りの4体では出来ないしな。セナが正式に仲間になってくれれば……」
「頑張りましょ。ゆっくり、あっちから近づいてくるまで……酷い捕まえかたしちゃったのはアンタなんだから、あんたが一番忍耐強く……ね?」
「分かってる。腫物に触るつもりでゆっくりやるさ」
折角上手く行っているんだ。コロモなら、そう悪い扱いはしないだろうし、しばらくはこのまま成り行きを見守ろう。
「ところでさ、キズナ」
「ん、なんだ?」
「中学になってから私は自由研究なくなったけれどさ。あんたは今年も、自由研究の宿題が学校から出るんでしょ? そしたら、その議題なんだけれど……これなんてどうかしらね」
「電動車椅子……?」
ねーちゃんが差し出したスマートフォンのページに乗っけられていたそれは、ネットオークションに売られている代物で、中古の物が2万程。
「と、ロトムよ」
そう言って、ねーちゃんはロトムの生態が載っているwebページを見せる。電動車椅子は当然モーターで動いている。そして、モーターに憑依出来るポケモン、ロトム……なるほど、電動車椅子をロトムで動かす実験ということか。
「お金は私の貯金から出して電動車椅子を買うわ……それで、ロトムを新たな介助用ポケモンとしてその可能性に期待したいの」
「いいんじゃねーの? でも、手話の優位性は活かせねーな。手話無しで育てるのか?」
「ううん」
ねーちゃんが首を振る。そこらへんも抜かりなしということらしい。
「これ、ニヤニヤ動画に合ったんだけれどね……『ロトムを機動戦士ベルーグに憑依させてみた』とか『ロトムをバースト少女カナメミカに憑依させてみた』っていう動画があるのよ。これらのオモチャは関節がモーター駆動して自動で歩けるし、手動とはいえ手の開閉も出来るの。ほれい、再生再生」
ねーちゃんが再生してくれた動画に、俺は目を奪われる。ベル(白い)色のゴルーグを模した、劇中では連邦の白い悪魔とかそういうあだ名で呼ばれるロボットのフィギュアが、ロトムの特性により浮かんだり、放電したりしている。代を重ねないと特別な技が使えたりタイプが変わる事はないが、なんだかんだで電気も強力になっているらしい。
バースト少女カナメミカのほうも同じで、普通の人間の時の形態とミカルゲのバースト戦士になった時の形態、どちらでもロトムが憑依してアニメの戦闘シーンを再現しているという非常にすごい光景が繰り広げられている。
なるほど、確かにこれなら……手話も教えられるし、いろいろ役に立ちそうだ。
「いいじゃん、ねーちゃん。自由研究はこれにしようぜ」
「でしょ? 決まりね」
夏休みの宿題は、今年も苦労せずに終わりそうだ。俺はそんなことを考えながら眠っている2人、コロモとセナを見守る。その様子や今日の出来事を、カズキにメールで送ると、なんだか俺も眠くなってきたので昼食までの間を眠って過ごすことにした。