第九話:再会する2人
家に帰ると、ママンが甲斐甲斐しく卵から孵っていたバルチャイの世話をしていた。俺は学校に行かなきゃならないし、毎日世話できると言えばポケモンだろうと思ってポケモンをアパートに残してきたのは正解だったようで、すでに刷り込みによってママンを母親(雄だけれど)と認識したバルチャイはすっかり落ち着いて眠っていた。
彼女は、エモンガの頭蓋骨が気に入ったようで、それを足に着用している。すやすやと眠る姿は、ふわふわもこもこの羽毛のおかげで思わず揉みしだきたくなるくらいに可愛らしい。
ためしにちょっとだけ頬を指でつついてみたが、全く起きる様子はない。このまま少しずつ大きくなってくれると嬉しいな。
とりあえず、ママンが餌を上げやすいように、肉を冷蔵庫に保存するのはもちろん肉食鳥ポケ用の混合飼料も買い揃えている。スポーツ飲料を購入するときに余ったお金はポケモンのために使っているので、自分の手元にはほとんど残らないが、ずっしりとしたポケモンたちの餌を見ていると、達成感がじわじわと込み上げてくる。
ゼロを役立たずなんて罵っちゃった俺だけれど……それって今思えば最低なことだと思う。こいつらをきちんと育てて、母さんみたくならないように注意しなくっちゃ。俺は、トレーナーの責任を果たして見せなきゃな。
あ、そういえばこの子の体重測りたい……けれど体重計がないんだよなこれが。
7月13日
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7月14日
「昨日も言った通り、今日は客人が来るわけですが……貴方と同年齢なので、多少は寛容にしてくれるでしょうけれど、くれぐれも粗相の無いようにお願いしますよ」
今日は客人が来る日。と、言っても有名なトレーナーとかが来るわけでもないので、そこまで硬くなる必要はないらしいけれど。
「えぇ、かしこまりました……と、言っても俺が仕事をしているところに来なければいいだけの話じゃ……」
「一応、全エリアを見回らせようと思っています。その時は出会うこともあるでしょうし……いや、出会わせてみようと思っているのです」
「そりゃまた、どうして」
「客人が手話でポケモンと話す娘さんたちだというのは、昨日も話した通りです。そういう方法でコミュニケーションをとる方もいるのだという事を知っておくべきだと思いましてね」
「ははぁ……」
俺には無縁というわけではないが、手話を覚えるのは大変そうだと思って敬遠していた話だ。でも、興味は一応あるし……迷惑かけないように表には出ないようにと思ったけれど、会わせてくれるというのなら、見てみようかな。
「それに、貴方はやはり育て屋としての才能があります。まだ本格的な身の危険を感じたことはないようですが……ポケモンに牙を剝かれた経験も、そんなポケモンを懐かせた経験も知っています。そういう経験をした貴方なら、彼女らと会って何かプラスになることは絶対にあると思うのですよ。
こちらも、ただ時間を潰すだけではなく、何か得をしないと割に合わないので、交流することで貴方にも成長してもらえればと思います」
あー、ポケモンに牙を剝かれた経験かぁ。確かに、ゼロは捕まえ方が捕まえ方だったから、ものすごく警戒された。でも、あっちも必要以上の反撃を恐れていたから、本気で攻撃してこなかったから何とかなったんだよね。
「分かりました。なるべく、仲良くなれるように頑張ります」
「そういう事ではないのですが……いえ、貴方くらいの年齢なら、仲良くなれたほうが良いかもしれませんね。異性とは、仲良くしておくと色んなときに役立ちますし」
そう言ってスバルさんは笑う。
「なんか、含みのあるセリフですね」
「いえいえ、異性の気持ちを知りたい時に、たまにアドバイスを貰うとかそういう事ですよ」
とても納得のいく言葉だ。まだ恋愛にはあんまり興味がないけれど、大人になったらそういうこともあるんだろう。なんだか、この人の言うことはちょっと裏がありそうな気がするけれど、この発言には流石に裏なんてない……のだろうか。
「とりあえず、女の子が相手だからといって、緊張などなさりませんように。学校で友達と話すように、自然体で接してくださいね」
「はい、分かりました」
女の子かぁ。いったいどんな子なんだろう? 俺は胸をワクワクさせながら、その時を待った。
このころになると、俺も草刈りの仕事に慣れ、仕事と観戦を同時に出来るようになり、しょっちゅう戦いを見るようになった。指導員の人たちとの会話も交わすようになり自分のポケモンと戦わせてみないかと誘われることもあった。
指導員たち自身、自分のポケモンを預かったポケモンたちと戦わせることもあるので、俺もそうやってバトルの機会を得られるのならば……と、ゼロやイッカクを繰り出したりもした、進化の輝石のおかげで防御はもとより、自分へダメージが返るのを恐れた結果本気で繰り出せなかった攻撃もある程度ましになった。速過ぎるほど速いだけで弱かった彼も、今となっては役割ゼロだなんてことはなくなっている。
敵の急所を正確に狙っては、的確に切り裂くことができるようになり、シングルバトルに於いてもかつてよりかは強くなっている。
模擬戦を行う時のゼロはカマに布を巻いているが、あの布がなければ相手は血まみれなのだろう。もちろん、スタミナ切れは早いので、相手を血まみれにしただけで失速してしまうことも多いのだが、そこはローテーションバトルならばすぐに休めるため応用が利く。
とどめにも一番槍にも使えるゼロはやはりローテーション向きの逸材であった。
「勝負あり! いや、お見事お見事」
今回のゼロは、敵のゴチルゼルの背後に回り込んでから、相手の体に自身の脚を巻きつけて拘束。腕と胴を巻き込んだまま、倒れることすらできないように羽ばたき、そのまま首を狩る動作をし、一本を取っていた。鮮やかな勝利の様子には、指導員のお兄さんも上機嫌になるほどだ。
こんなに素早いポケモンを相手にするのは他のポケモンたちも難しいらしくそれも、いい経験になるんじゃないかと指導員は漏らしていた。事実、ゼロよりもずっと動作が遅いはずの指導員でさえ、『経験の差ですよ』と言ってゼロの攻撃を最小限の動きで的確に受け止めている。人間がゼロの攻撃を受け止められるのなら、ポケモンだって受けられるのだろうから、ゼロの攻撃は確かに経験させた方がいいのかも。
そうして相手の集中が切れた隙に攻撃を当て、ゼロを降参に追い込んでいたりもする。スバルさんといい、ここの育て屋はポケモンより強い人間が多すぎる。格闘タイプのジムは別にあるはずなんだけれどなぁ……。
しかし、経験の差だと笑っていることを考えると、ポケモンたちもいろいろ経験すればあの人たちよりも強くなるのだろう。そう考えると恐ろしい。
「お、そんなことよりも……来たようですね、お客さん」
お兄さんが目を向けた方向に俺も目を向けてみると、車椅子の女の子と、ショートへあの女の子。車椅子の方はダゲキとサーナイトを連れている。
しかし、あのショートヘアーの子……何か見たことがあるような気がしたが、あれは……。
「こんにちは、いらっしゃいませ!」
「こ、こんにちは、いらっしゃいませ!」
お兄さんに合わせておれも挨拶する。給料は貰っていないし、手伝いという名目だけれど、俺も職員の一員としてきちんとやらなきゃって……あれ、あれれ……?
「お前、この前ブラックモールに来てた……」
「あ……あのコジョフーの……」
作業着を着ていたバトルガールじゃないか……。あの、ローテーションバトルで鉢合わせした。
「なんでこんなところで働いているんだよお前、未成年じゃないのか?」
「おや、2人は知り合いかな?」
「いや、ちょっと前にブラックモールでローテーションバトルしただけです……で、えーと」
お兄さんに答えて、俺は目の前の女の子を見る。
「未成年だから、働いているんじゃなくってお手伝いしているだけ……給料は出てないよ……というか……」
俺は後ろを見る。後ろでは、サーナイトが四苦八苦しながら姉らしき人物をこちらに運んでいる。車椅子のタイヤが小さいおかげで、草むらのような場所は移動しにくいらしい。サイコキネシスでわずかに浮かんだまま、彼女は運ばれていた。
「あ、すまんすまん、コロモ……あの、ここで話すのもなんだし、草原エリアの外で……」
「だ、そうなんですけれど……」
女の子に頼まれた俺は、お兄さんを見上げる。
「行ってらっしゃい。お客さんの相手をするのも業務の内だぜ?」
「えっと、それでは……かしこまりました」
そう言われ、俺は女の子と歩いていく。後からついてきてくれたゼロやママンも加わって、俺は客人を連れているスバルさんの元に駆ける。
「こんにちは、いらっしゃいませ」
さっきよりもスムーズに言って、俺は会釈する。
「こんにちは……えと、貴方は……バイトの高校生、にしては若すぎるような」
姉らしき人物が尋ねる。やれやれ、この質問も2回目か。
「いえいえ、この子はお手伝いとして社会科見学している最中なのですよ。こんな小さな子を働かせたら、わたくし腕が後ろに回ってしまいます」
それで、俺が答える前にスバルさんが答えてくれた。
「こちらの子は、オオサワ カズキ君と申します。貴方達も、自己紹介をどうぞ」
「ミカワ アオイと申します、よろしくお願いします」
「ミカワ キズナと申します、よろしく」
車椅子に乗った姉の方はアオイ、バトルガールの方はキズナか。よし、覚えた。
「それにしても、お前育て屋の手伝いなんてしているんだなー。将来はポケモンブリーダーになりたいとかか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけれど……なんというか、欲しい道具を手に入れるために働かせてもらっているというかなんというか……」
「そうなんですよ、カズキ君はですね。進化の輝石や火炎珠が欲しいがために、働かせてほしいなんて言ってくるものですから……ついつい、お手伝いとして雇ってしまったわけです。真面目に働いてくれるから、将来就職してくれるというのならば大歓迎ですがね」
スバルさんはそう言って微笑んだ。
「そっかぁ……何かを手に入れるのに親に泣き付くとかじゃなくって、わざわざこうやって働いちゃうとかスゲーな」
親に泣き付く事をしない……か。その通りなんだけれどさ、そこは察してよ。
「あれ、どしたー?」
「いやいや、親があてにならないもんで……だから、わざわざって言うよりこれしか手段がなかったんだ」
「あー、なるほど。それなら仕方ないなー」
「っていうか、キズナ……あんまり変な事を聞かないの……」
全く、アオイさんの言うとおりだと思う。好奇心で聞いちゃうのは仕方ないとは思うけれどさ、そこは察して欲しいな。
「というか、お前ポケモン増えているなー? そのハハコモリの後についてきているポケモン……バルチャイだろ? オムツポケモンの」
「え、あ、うん。ローテーションバトルをするにあたって、バルジーナがいると強いと思ったから……名前はトリって言うんだ」
「なるほどー。オムツと言えば、俺のねーちゃんもオムツしているんだよなー」
「な、馬鹿!! キズナ!」
おいおい……なんなんだ子のキズナとかいう女は
「ん、なんかまずかった? 別に、下半身が麻痺しているんなら普通だと思うけれどなー」
「そーいう問題じゃないでしょ!! 年ごろの女性がそういう状態になっているってことがどれほど恥ずかしいか分からんのか!!」
うんうん、アオイさんの言うとおりだ。なんなんだか、この女は……
「うー……すまん。なんか怒らせちゃって……」
「そうよね、あんたはそういうやつよね……昔っから悪気もなく失言をする……はぁ」
アオイさんがため息をつく。そりゃ、連続であんな失言をする奴が妹だと……ねぇ。
「え、えっと……とりあえずオムツの事は置いといてですね。ローテーションバトルでは、こいつをゼロ……このストライクのサポートに使おうと思っているんだ。そのためにも、進化の輝石を手に入れたんだよな、ゼロ?」
俺が問いかけると、ゼロはシャーと鳴いて頷く。
「へー……そういえば、俺はローテーションバトルなんてあの場限りのつもりでやってたけれど、お前はもしかして本気でローテーションに取り組むのか?」
「うん、ゼロはローテーションバトルに向いているって言われたから……。この子、その才能を見出してもらえるまで、シングルバトルじゃダメダメだったからなぁ。ゼロが醜態をさらすその度に、俺もこの子を罵倒しちゃったりなんかしてさ……そんなんじゃいけないと思って、こいつを活かせるルールで戦おうって思ったわけ」
俺はゼロのカマをつまんで、笑いかける。ゼロは困り顔でうんと頷いた。
「なるほど、そのストライクを活かすためにローテーションバトル……かぁ。幸せ者だな、お前……」
と、キズナが言う。はぁ、一応こういう嬉しいことも言えるんだな。
「そうですね。カズキ君はブリーダーの才能が有ります。ゼロ君は幸せ者ですよ」
キズナの言葉に続いて、スバルさんが言う。一応育て屋のプロのかたにそう言ってもらえるなんて貴重だなぁ。
「あー……私もそう言ってもらえるように頑張らなくっちゃね」
アオイさんが言う。そういえば、この人はブリーダー志望なんだっけか。
「なぁ、カズキそれならさ。この前はものの見事に負けちゃったゼロだけれど……今ならもう少し活躍できるんじゃね?」
「ん……まぁ、そうかもしれないけれど……」
「あとでバト……」
「こらこら、キズナ。今日はそういうことしに来たわけじゃないでしょ?」
そうなんだよな。客を迎えろとは言われたけれど……こんな展開は流石に予想していない。
「おや、良いのではないですか? ここ数日、お手伝い以外にもポケモンを育て、指示する技術をこっそり習っていたのを、私は知っておりますよ、カズキ君」
「え、あ……さぼっているわけじゃないですよ?」
見られていたんだ。草むしりを頼まれた分際でそんなことをしているのは、あんまり知られたくなかったんだけれどなー。でも、ゼロの素早さと攻撃力をさらに伸ばすトレーニング法やら、バルチャイの育成方針やらを習ったおかげで、今すぐとは言わないけれど強くなれる気がするのは事実。
実際、ゼロはシングルバトルは苦手だけれど、今までよりシングルでも活躍できそうな感じにはなっている。
「もちろん、さぼりだなんていうはずありませんよ。そうやって学んだ技術を知らしめてくれれば、わが育て屋の宣伝になりますからね。いいじゃないですか、案内を終えたら、バトルをしようではありませんか。
オリザさんの弟子であるあなた……キズナさんの実力も知りたいところですし」
「本当か!?」
「えぇ、本当です」
「だってさ、タイショウ。『がんばろう』な」
キズナは振り向き、手話を交えてそう言った。本当に、手話を使うんだな……
「『了解』『頑張る』だ、そうだ」
そして、タイショウという名前らしいダゲキもまた手話で返す。
「だ、そうだけれど……ゼロはどうする? 戦いたい? それとも面倒?」
ゼロもこの人達は覚えているはずだけれど、さて……とりあえず、『戦いたい?』で左手を差し出し、次に『それとも面倒?』で右手を差し出す。迷わずゼロは先に出した左手を選んだ。『戦いたい』そうだ、ゼロはやる気満々という事らしい。
「じゃあ、ママンは?」
ついてきたママンも、きっちりと左手を選んだ。流石に今は幼いトリを戦いに出すのは無理だろうし……現状、三人で戦わせるしかないかな。
「決まりだな!」
「あーあ、やっぱり格闘タイプは脳みそ筋肉というか……拳で語り合うしか能がないのね」
アオイさんも飽きれてる。
「いいことじゃないですか。子供は元気な子に限ります」
うーん、子ども扱いかぁ。まぁ、スバルさんにとっては子供だし、仕方ないのかな。
「では……カズキさん、一緒に案内をして、その後にバトルをいたしましょう」
「分かりました、よろしくお願いします、キズナさん」
「オッケー! よろしくな、カズキ!」
こうして、俺達のバトルが決定した。ゼロは……今度こそあのコジョフーに勝てるといいんだけれど。
案内をされているキズナさんとアオイさんは、手話を交えてポケモンと会話する腕が鮮やかだ。アオイさんは、手話を操るポケモン達で介助ポケモンを育て、そしてそれを販売して生計を立てるという夢を持っているらしい。
耳の聞こえない人をサポートする聴導ポケモンや、車椅子だったりする人を助ける介助ポケモン。耳が聞こえる人に仕えることになったとしても、手話ができると何かとコミュニケーションもはかどるだろうとの目論見らしい。
スバルさんに案内されている途中に繰り出されたコジョフーは、アサヒという名前らしく、興味津々で「『あれ』は『なに?』」と聞いてくるアサヒは可愛らしい。その度に、手話を交えながら話すキズナとアオイの何とも楽しそうな顔。その輪に加われないのが残念だけれど結構スムーズに話しているあたりよっぽど教育されているんだろう。子供の頃から手話に触れていれば、きっと彼女らの会話も分かるのだろう。
「ところでさ、お前のポケモンってよく懐いているよな?」
「ん、あぁ……そうですけれど」
洞窟エリアを歩いている途中、俺は突然そんなことを尋ねられた。
「でも、キズナさん達のポケモンも……懐いているので、そんなに不自然なことじゃないと思いますけれど?」
「いや、俺の場合、赤ん坊のころから育てたりとか、貰いもののポケモンがほとんどなんだけれど……まだ懐いてくれないポケモンがいるんだよな……なんというか、カズキのポケモンは捕まえたポケモンだって言っていたから……」
「ははぁ、なるほど……つまり、キズナさんが言いたいのは、捕まえたポケモンが懐かないって言う事ですか……」
「そうなのよね。こいつ、エルフーンを捕まえて来たんだけれど、酷く強引で怖い捕まえ方をしたから怯えちゃって……まともに餌も受け取ってくれないの。それで、その子……タイショウにしか心を開いていないから、手話を教えるのはもちろん……話しかけることすらできやしないの」
「それはそれは、大変ですね」
他人事のようにスバルさんが言う。
「その状況を、キズナさんはどう打開しようとしましたか?」
「とりあえず、美味しそうな木の実を持っていて食わせようとしたけれど……その度に逃げるから、結局アサヒにあげることになっているんだ……」
「そ、それじゃあダメじゃないかなぁ」
なんというか、キズナは的外れ、って言うのだろうか。
「おやおや、カズキさん。それではどうすればいいのだと思います?」
ここで、スバルさんが意地悪な口調で俺に尋ねる。
「う、上手くは言えないですけれど……怯えているってことは、かなり警戒しているってことでしょ? それでいて家から逃げられないんだったら……やっぱり、家に居ても怖くないってことを教えてあげるべきだと思うんだけれど……」
「別に俺ら……怖くないと思うんだけれどな」
そう思っていても、怖いもんは怖い物なんだよね。
「どうだろうかね? 1回でも暴力を振るっちゃうと、怖いイメージがつくものだと思うし……実際のところ、キズナさんはどういう風にそのエルフーンを捕まえたの」
「えと……なんていうのかな。投石器って言う武器なんだけれどね、紐を使って勢いよく石を投げる武器で木の枝にいるエルフーンを撃ち落として、その後フラフラになりながらも走って逃げるそいつを追っかけて……」
ポケモンではなく、肉弾戦で……? そう思いながらキズナのお話を聞いていると、どうやら彼女はポケモンよりもはるかに強いようで、ナゲキを4人抜きしたりしながら、最終的にほとんど自分の力だけでこのエルフーンを捕まえたらしい。しかし、その捕まえ方は俺がゼロをゲットした時よりもひどいというかなんというか。
「そうだなぁ……俺がゼロをゲットした時には、ゼロが寝ている間にストーンエッジをぶち込んだおかげで、最初はものすごく俺のことを警戒していてさ。部屋の隅でうずくまってて、近づいたら威嚇してた。そんな時……とりあえずゼロには自分や他のポケモンの喰いかけの餌を与えたなぁ。毒が入っていないってことを、それとなく証明させるためにさ」
「ってーことは、綺麗なままの餌を上げるのは間違いだったのかな……」
「かもしれないね……まぁ、ともかく、下手に近づいたりせずに、相手から近づいてくれるのを待った方がいいんじゃないかな。噛みついたりしてきても、なるべく反撃はしちゃだめだし、そもそも反撃しないで済むようにあんまり近づかないほうがいいかも」
「あー……近付きまくってた」
「ほーら、私が言った通り。これだからアンタは脳みそ筋肉なのよ」
思い出したようにキズナは言い、それにアオイが呆れる。
「うー……否定できない」
面目ないと言った所だろうか。キズナはしょげていた。
「こいつ、頭はいいけれど馬鹿なのよね」
「えー、ねーちゃんそんなこと言っちゃう?」
ほほぅ、キズナは頭のいい馬鹿……なのか。
「でも、頭はいいから、きちんと説明してあげれば分かってくれる子だから……ありがと、カズキ君」
そうなのか……まぁ、きちんと説明すれば分かるのなら、アオイさんの言うとおり頭は悪くないのかもしれない。
「いえいえ、まだ俺の言った方法で成功したわけではありませんし……」
「それでも、案を出してくれたことそのものに価値があります。そうでしょう?」
話に割り込むように、スバルさんがそう言った。
「そうですね、スバルさん。他のポケモン達にもそれとなく、エルフーンとの付き合い方を変えるように言っておきます。タイショウもコロモも、アサヒもよろしくね」
車椅子を動かすコロモや、その他のポケモンに向けてアオイは微笑んだ。皆、頷いたり鳴き声を挙げたりで思い思いの反応を見せていた。
「しかし、よくまぁそんな手段を思いつくもんだな、カズキは?」
「え、まぁ……」
手段を思いついたというよりは……その。
「実際に、俺がそんな感じだったから……母さんが連れてきた男の1人にね」
これは……あんまりいい思い出じゃないけれどさ。
「前の男には、酷い暴力を受けていたからさ……怯える俺を懐かせようとして、母さんが連れてきた男がとった方法がそんな感じ」
毒じゃないから食べてみろって言って、食べかけのクッキーを俺によこしてきたんだ。
「結局、そいつも暴力振るってきたけれど……キズナさんは、そういう事、しないよね? アサヒちゃんとか、こんなに懐いているし」
「あー……それは、その……しない、よ。多分」
若干答えに詰まり気味だったけれど、キズナはそう答えた。
「そ、そうだよね……しないよね」
世の中、あんな風に悪い人ばっかりじゃないはず……だよね。俺は自分の手を見る。ママンが糸でけん制している間に、割れたビール瓶で太ももで刺した感触……今でも忘れていない。
「なら、いいんだ。そんな風に受け入れてもらったって勘違いした後に裏切られるのって、辛いんだ……」
「そ、そうか。大変だったんだな……」
まぁ、大変だったさ、そりゃ……というか、思わずあんなことを聞いちゃったけれど、アオイさん絶句しているし……。
「でも、その経験のおかげで人に優しく出来るようになればいいのですよ、カズキ君」
助け舟を出すようにスバルさんがそう言ってくれた。そして、なんだかコロモさんも俺の肩に手を当ててくれてるし……ポケモンにさん付けというのは、初めて、かな。
「貴方も、いろいろ苦労しているのね……お互い辛いこともあるでしょうけれど、頑張りましょう?」
ようやく言葉を取り戻したアオイさんは、俺に向かってそう言った。辛い事……か。確かに、アオイさんとは全然違う方向だけれど、辛い事であるという事は変わりないのかな。よく分からないけれど、アオイさんももしかしたらよく分からないまま何とか励まそうとしてくれたのかもしれない。
だとしたらちょっと気を使わせる発言しちゃったのだろうか。悲劇のヒロインに浸るつもりはないんだけれどな……。
「さて、湿っぽい話はここまでにしましょう。ここから先は居住エリアとなっております、が……15歳以下は立ち入り禁止なのですよねぇ」
そんなこと言っているうちに、洞窟エリアも終了して居住エリアにたどり着いた。ここがなぜ禁止なのかというと、ポケモンたちが昼寝を邪魔すると怒るからだそうなのだが……
「ほー……でも、どうして15歳以下は禁止なんだ?」
「危険だからですよ。ポケモンたちが昼寝を邪魔されると怒りだすものでして、子供にはとてもとても……」
でも、俺は知っている。育て屋では卵を作るために預けるという側面もあることを考えると、ここに来たポケモンは母さんが連れてきた男たちと同じことをやるのだろう……きっと。
「なるほど。でも、邪魔されると怒るのは昼寝よりもむしろ……」
「キズナ、黙りなさい」
と、それにはキズナもアオイさんも気付いているみたい。アオイさんは中学生だからともかくとして、キズナは結構ませた子だなぁ。
「詮索は無用ですよ、御嬢さんたち」
釘をさすようにスバルさんが言った。ばれていることは分かっていても、あえて言葉に出さない。大人って汚いのか、それともこれが大人として正しい姿勢なのか、俺にはよく分からなかった。
「子供の内は、純粋無垢でいたほうが可愛らしいものですからね」
身も蓋もないけれど、スバルさんの言うとおり、そういう事なのかもしれない。だからといって、子供はトゲキッスが連れてくるのだと思い込んでいたら、それが演技だろうと本気だろうとちょっとウザったそうだ。口に出しちゃうと言っても言わなくても地雷を踏むなら、いっそのこと言わぬが華、なんだろう。
そういう意味では、キズナの無防備さというか、無警戒さ……アオイさんが釘を指していたし、その前にキズナの事を頭のいい馬鹿だと言っていたし。こうしてみると、アオイさんの言うことが正しいのが分かってしまった。
さて、これですべてのエリアは見終わったはずだ。後残すところは、シャンデラのサイファーとタリズマンががんばっている卵のふ化場くらいである。
それが終わったらバトルをする約束になっているが、果たしてどうなることやら。今度は勝ちたい。圧倒的じゃなくとも良い……とにかく勝たせてあげたいのだ。ゼロを……そして、もちろん他の皆も。