奮闘その九:この育て屋を舐めてかかった不遜にして不潔の権化たるインキンタムシに劣るばい菌共を皆殺しよう!!
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「そういうことだ……。あのキルリアの子に嘘か真か調べてもらったから多分、事実だよ……痛めつけると、人間誰しも感情がむき出しになるからな。
ここまで痛めつけてやれば、相当な訓練をしていないとキルリア相手に嘘は付けない……角に不快な感覚を味あわせてしまって、苦労をかけてしまったな」
ペッと唾を吐き出し、スバルは続ける。
「ともかくだ……ホワイトフォレストにこれほど目立つ行為をすれば、ダークライはその均衡を護るために必ず姿を現す。
それに、ビリジオンだって黙っちゃいない……誰だか知らんが、あの犯罪集団ども、ブラックシティで大人しくしていればいい物を……
ダークライがちょっとやそっとで負けるわけないだろうが、ダークライを呼びだすつもりで狼藉を働く奴らの事だ。
伝説のポケモン達がこの事態を収拾してくれる……というわけにはいくはずもなかろう。
この地方は、ハイリンクという夢の世界が存在しているだろう? こいつらどうやらダークライを利用してハイリンクに対して狼藉を働くつもりらしい。
ハイリンクに何をどうするのかは知らんし、今の所はこいつから聞いたところですぐに対策出来るかもわからんからどうでもいい。
こいつからは適当に尋問や拷問でもしていてくれ。
だが、ダークライがハイリンクに介入して何か『悪い結果を残さない事』を想像する方が難しいだろ? 現に、こいつらが悪い結果を残すって白状もしてくれたしな。
これは最早、育て屋がどうとか街がどうとかの問題じゃない……下手すりゃプラズマ団以上の災厄が訪れて、イッシュが壊滅するぞ」
「おい……敵さんの目的を至急、本部に連絡しろ」
警察の上司と思われる者が部下に命令を下す。
「それでは、スバルさん。後は我々警察に……」
「断る」
一般市民を危険にさらさないようにという配慮をしようとする警察に対して、ぴしゃりとスバルは言った。
「おい、ポリ公!! 周囲の全戦力をここの街に集めやがれ。警察だろうとジムリーダーだろうと、四天王だろうと何でもいい。とにかく全ての戦力動員して奴らを潰せ。
それと、私もいく……やられたらやり返すのがブラックシティの流儀だからな」
育て屋として培った知識と、ブラックシティで培った勘と行動力を原動力に、スバルは吼える。
「だから、ポケモンレンジャーが追跡したっていう奴らが向かった私に場所を教えろ。今すぐにだ。でなきゃ、お前らに破壊光線喰らわせて肉片にしてやる」
そしてポリゴンZのふじこを突き付け臆面もなく警察に命令を下しているあたり、スバルはかつてはブラックシティで暴れまわっていたであろうトレーナーであったことも伺える。
それこそ、四天王と親交があり、彼がNと名乗る少年に負けた際に引退したバカラを譲ってもらえる程の実力を認められていたということだ。
「か、かしこまりました」
毒づいた後、スバルは近くに寄って来たふじこの方へ向く。
「……さて、ふじこ。仕分けは終わったか?」
警察との話をそれにて終わらせると、スバルはふじこの方へと向き直る。
ポリゴンZであるふじこは、ある旨のメールをメールアドレスを、現在メールアドレスを控えているトレーナーの数だけ一斉送信。
そして、その結果帰ってきた返信及び、預けられたポケモン達の中でやる気次第でポケモンを仕分けする作業を行っていた。
メールの旨は、現在の状況を連絡したのち『貴方達のポケモンをお借りして、警察に犯人を捕まえる協力をしますが良いですか?』という文面を送ること。
そして、帰ってきたメールが『OK』、『構いませんよ』など、了承する旨である場合は、ポケモン達にやる気さえあれば連れて行くというものである。
杭奈の主人であるオリザからの連絡はこうであった。『ジムリーダーはメールが苦手なので、代わりに返事をいたします。オリザさん曰く、存分に暴れてやれだそうです』。
警察への協力組の中には、もちろん杭奈もいた。その他、育て屋の中でも強豪と囁かれるポケモンも軒並み参加している。
「おい、お前ら。私は自分の子達に指示を出すので精いっぱいだ。だが、お前らは昼食マッチで人間の手を借りずに闘ってきた凄腕の奴らばかりだ。
必ずや、攫われた同胞たちの敵討ちをやってくれるな?」
親しい友人を攫われたもの。ただ単に思いっきり暴れたいだけの者。義憤に燃えている者。それぞれ、細かな動機は違うものの、心は一つに雄叫びをあげる。
その雄叫びに満足して頷いたスバルは、看護師に用意させたボールの中に彼らや教官のポケモンを入れていく。
そして、最後に残した杭奈の前でスバルはしゃがみ、その頭を撫でた。
「杭奈君。キミと袴君のおかげで、被害は小さく食い止められた……とりあえずありがとう。
だが、まだ事件は終わっちゃいない……生きていればお礼は必ずするが、今はまだお礼の方は待ってくれ……」
そんな事は構わない、とばかりに杭奈は首を振る。
「あぁ、ありがとう、だが、ホワイトフォレストの流儀というものがある……『受けた親切は返そう』というな。私はホワイトフォレストの住人でありたいのだ……だから、な
そうだな、お前の主人から許可が取れたら、お前のお嫁さんでも探してやろうか……育てやのお見合いサービスは充実してるから楽しみにな」
お嫁さんという言葉に杭奈は眼を見開いた。
「ふふ、嬉しいか? しかしながら……今はとにもかくにも、ブラックシティのやり方に従ってやったらやり返します。付き合ってくれますね?」
スバルは杭奈に向かってウインクをする。今まで険しい顔をしっぱなしであったスバルも、いつもの緩やかな表情に戻って力なく微笑んだ。
お嫁さんと聞いて黙っていられない杭奈は、この戦いにより一層の気合いを込めるのであった。なんと現金な子だ。
「まずはそのためにも、この育て屋を舐めてかかった不遜にして不潔の権化たるインキンタムシに劣るばい菌共を皆殺しだ!!
跡形も残さず死体にして、インキンタムシの製薬会社にサンプルとして売り飛ばしてやる、いいな!!」
かと思えば突然地に戻ったりもするが、別に総合失調症の気があるわけではない。この豹変ぶりには未だになれずに杭奈はビクッと体を震わせた。
「それともう一つ、主人からお前に伝言だ」
杭奈をボールに入れる前に穏やかな口調になったスバルは、思わせぶりに言ってみせる。
「『俺も行く』。以上だ」
言い終えると、スバルは杭奈をボールの中にしまう。
「えっと、よろしいでしょうか?」
演説を終えた彼女に、通信を終えた部下が話しかける。
「奴らが向かったのは、大黒森の奥地……ダークライが住処としている場所にほど近い、ハイリンクの入り口です。
信号弾としてピンク色のスモークを焚いているので遠くからでもすぐに分かるとのことです……ですが、やっぱりここは警察に」
「知るか。てめーらが頼りにならない事なんざ、こちとらブラックシティで嫌というほど学んでるんだよ」
苛立たしげにスバルは言った。 探偵漫画ではよくあることだが、一般人に教えて良いものかどうかわからない情報をペラペラと喋る時点でスバルの言う『頼りにならない』というのももっともであった。
そうして、目的地を聞いたスバルは糞掃除や草刈り用の作業着と爪先を鉄板で保護する安全靴に着替え、血まみれになったオフィス用の服は全て、下草刈りのキリキザンとコマタナ軍団に細切れにさせ、シャンデラの二匹、サイファーとタリズマンに派手に燃やさせた。
何故かって、証拠隠滅のためである。服に付いていた怒りの粉から採集したDNAがモヌラの物だとか、そこまで細かい捜査をするのかどうかは不明だが。
ただ、そういう証拠隠滅のためにわざわざ大量の血を浴びたのだから。燃やさないともったいない、という謎のポリシーでスバルは燃やした。
もちろん警察の目には触れないところで秘密裏にである。
「さて、と。私は行くよ……敵はオーレの技術……ダークポケモンを使っているようだから気をつけないとな。
お前らポリ公は、私のポケモンの安全を頼んだぞ……かならず、な。客からの預かり者なんだ……しっかり守ってくれ」
警察に向かってそんな事を言い残して、スバルはトリニティに乗って飛んでいった。
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育て屋のポケモン達をつかまえていた悪党のボールは、ポケモン達をダークポケモンにし、戦闘マシーンと化させる力を持っていた。
だから、今まで友達であった者が襲ってくるかもしれない。そう覚悟しろと言われて杭奈は内心びくついている。
喧嘩によって体力を消耗した所で攫われたポケモンの中には、ユウキ教官を始め強いポケモンも沢山いるのだ。
しかも、敵は伝説と呼ばれたポケモンを従えようという集団だ。いかなる対策を練っているかもわかったものではないのだ。
こんな育て屋に預けられているポケモン程度で抵抗できるものなのか……
しかし、敵に予想外な事があるとすれば、それは育て屋で手に入ったポケモンが予想以上に少ないという事か。
杭奈と袴が一緒にいたことや、スバルの機転により、偶然発覚と対策が速まったおかげで、2分か3分か、悪党集団の撤退が早まったのである。
そして、その2分か3分の差は強力なポケモンが攫われるのを半分以上は防いでくれたと推測していた。スバルがお礼を言ったのは、そういう事情だ。
目的地にたどり着く前に、杭奈達に下された命令はこうだ。
敵に捕まるな。
捕まる前に力を出し切れ。
余力を残すな。
操られても戦力にならないようにしろ。
置き土産が使えるなら使え。
大爆発が使えるのなら使え。
一大事の気配を感知して引き寄せられたダークライと警察、悪党集団との間で戦争さながらとなっていた渦中の手前で、育て屋に預けられていたポケモン達は一斉に外へと出された。
確かに、奪われたポケモン達が敵の手先となって戦っており、ダーク技と呼ばれるあらゆるポケモンに対して高い効果を持つ技を用いて抵抗している。
攫ったポケモンに加えて元々奴らの手持ちであるポケモンの抵抗に警察及びレンジャー側は苦戦を強いられているようで、すでに負傷したポケモンが溢れかえっていた。
その均衡を崩すべく到着した、強力なポケモンを20匹ほど引き連れた育て屋連合。
モンスターボールから解放された杭奈は、一通りウォーミングアップの演武を行い、自身の攻撃力を高める。
そして形成した岩の刃を、味方に当たらないように跳躍して上空から、投げ付けた。
同じ育て屋でしのぎを削り合った友人含む敵の軍勢へと向けたそれは、着弾の確認もできず当たったかどうかは定かではない。
見えないから、というだけではなく、攻撃の密度が激しすぎて波導を感じることも不可能だ。
それよりも、ダークライの行動が杭奈は気になった。ダークライは先程からシャドーボールのような技を連続発射している。
これがダークホールという技だとは、杭奈に走る由もないのだが、禍々しいまでのその力なら相手のポケモンも一捻りだろうと杭奈は思った。
しかし、果たしてそれは効果が無かった。恐らく、敵は恐らく全員がカゴの実をすでに服用済みなのであろう。
驚いたダークライもそれを理解してか、眠らせる小細工を排して攻撃技に切り替えようとしたのだが、次の瞬間彼は技を出すことすらできなくなっていた。
狼狽するダークライ。技を出せない原因は、もう一人のダークライ――杭奈は変身したドーブルだと判断した――の封印の技。
相手と自分が共通して使える技を一方的に封じる技で、ドーブルがそれを使用した直後に変身する。
そうすると、変身されたポケモンは一切の技が使えなくなるという。もはやダークライは、逃げるか諦めて殴りかかるしか道が無いわけだ。
形勢の不利を悟ったダークライは、逃げようと後ろを向いたが、その前にデンチュラの拘束攻撃を受けて呆気なく捕まった。
「ダークライが捕まっただと!? ノコノコ出てきて、肩書きの割に役立たずなメイド服野郎!! ジジイの腰振りの方が気合い入ってるぞ、このタマ付いてんのかこのインポ野郎め!!」
慌てるよりも先に罵倒の言葉を出しながら、スバルが遠くで吼えていた。
せっかくスバルが巻きなおした警察側の形勢は、完全に覆ってしまった。ダークライがダークポケモンにされてしまった以上、ダークライを放っておけばハイリンクに干渉されて何が起こるか分からない。
放っておかないために警察がいるわけだが、警察達のポケモンはダークホールにより軒並み眠らされ、しかも悪夢でうなされ始める。
だが、育て屋のポケモン達は違った。スバルが治療用にと冷蔵庫から引っ張り出したラムの実やカゴの実を、ついでだからとをあらかじめ全員に配っていたために、ポケモン達は誰一人として眠っていない。
大技を使い始めたダークライに対して、スバルの手持ちである教官勢は恐れずに接近。
ダークホールの連続発射で大きな隙を生んでしまったダークライに、スバルの手持ちのポケモン達 αは接近戦を挑んだ。
エルフーンのケセランが、トリニティに騎乗したまま綿胞子を見舞った。
そこに、いかなる原理か鯉のぼりのように空を浮かんでいるシビルドンのうな丼が電磁波でさらに動きを制限する。
完全に機動力を奪われた所で、ケセランと同じくトリニティに騎乗していたふじことトリニティがそれぞれ破壊光線と気合い玉を見舞った。
しかし、ダークライは耐え抜き、地面に堕ちない。
それも想定済みとばかりに、地上で待機していたスバルは杭奈に命令を下す。
「杭奈。やれ……波導の嵐!!」
情けない事に、物理型の鍛え方をしていながら集団戦でぶつかり合うことを恐れストーンエッジを投げる事で精一杯であった杭奈は、ダークライがあちら側に乗っ取られた際に更に腰が引けてしまった。
だが、杭奈ならダークライへ有効にダメージを与える技を持っていると踏んだスバルに捕まり、彼は半ば強制的に指示を下される。
その技の使い方は本能的に知っていた。けれど、使ってしまえば自分にも甚大なダメージが降りかかるから……と、使用するつもりはなかったのだが、この場合は仕方あるまい。
杭奈は、必殺技の構えをとる。その構えは波導弾のそれに似てこそいるが、それよりもわずかに前傾姿勢の構えである。
さらには、スバルが杭奈の肩を押さえて支える体制となっていて、これから放つ技の反動が如何にすさまじいものかを伺わせた。
『波導の力を見よ!!』
いわゆる波導の嵐と呼ばれる、公式戦では自分と相手のみならず観客や審判なども危なすぎて使えないし、腕を馬鹿みたいに鍛えていなければ放つと同時に意識を手放しかねない必殺技だ。
遠吠えしながら構えた腕より、破壊光線にも似た形の。しかし、ルカリオの毛色と同じく蒼に輝く光線がダークライを貫いた。
その光線は、数秒の間連続で発射され続け、最後のインパクトの瞬間爆発的な威力で敵を吹き飛ばす。
悪タイプであるポケモンがこれだけのコンボを喰らってしまえば、例え幻と言われたポケモンといえど立っている、もしくは浮かんでいる事は不可能であった。
吹き飛ばされるがままに、ダークライが地面に落ちて転がっていく。
それを見送りながら、杭奈の意識はゆっくりと閉じていくのであった。
「お疲れ様、杭奈君」
命令通りきちんと余力を使い果たしたどころか、最後の一瞬で両肩と手首を脱臼してしまったようだ。
文字通り死力を尽くした杭奈の事を労わるように撫でながら、スバルはこの戦いの勝利を確信していた。
やがて、つばぜり合い的な均衡を保っていた戦況も、オリザ達ジムのメンバーやその他戦力の介入。
さらには遅れて現れたビリジオンの獅子奮迅の活躍により、戦況は完全に警察側有利となり、勝利を飾ったのである。