奮闘その八:育て屋を侵入者から守ろう!!
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「……ダメ。これ以上は無理、です」
森林エリアに向かう途中、袴は杭奈の尻尾を引っ張りながら、恐れを湛えた視線で首を振る。
「情けないな、袴は。すぐ戻ってくるから、そこで待ってて」
いらだたしげに杭奈は言って走り出そうとする。
「ちょっと、情けないなんてそんな言い方は酷いじゃない!? 袴君に謝りなさいよ!!」
が、それに後ろ髪を引く形でペテンの声が追いかけた。
「なんだと? 勝手に袴が一緒にいてって言ったんだろうが!!」
「やめて、二人とも……イライラしないで……」
顔色を悪くしている袴の言葉にはっとして、二人は言い争いを止めた。
「ご、ごめん……」
「オイラこそ……何か変だった」
お互いに謝りあったところで、まだ何か釈然とした気持ちを抱えつつも杭奈は冷静になろうと努めて深呼吸をする。
何か変な匂い。蟲と、カビの匂い。
「そうだ、波導で周囲の様子を感じれば」
もう、一瞬たりとも袴から離れたらかわいそうだと思った杭奈は、直接見るとかまどろっこしい事をせずに房を立てる。
「これは……ポケモンがみんな争ってる。なんだこれ、まるで殺し合いじゃないか……憎しみ合って、いがみ合って。止めさせなきゃ……」
走り出そうとした杭奈の事を、袴はサイコキネシスで引きとめる。
「まって、兄さん。それよりも……怪しいのはあのウルガモスとワタッコですよ……奴らが来ていない平地エリアの方では、まだこんな喧嘩が起こっていないみたいですから、何か原因があるはずです。
その原因があのウルガモスにある事は……その、僕の勘だと、確定的で。だから、杭奈兄さん……管理棟に行って、とりあえずスバルさんに相談しましょう」
「えと……」
袴に諭された杭奈は身を二つに裂かれる思いで、森林エリアと管理棟の方向を交互に見る。
しかし、自分達のイライラも何か妙だと感じ、袴の言うように何か源信があるのだろう。管理棟へ行くという意見も最もだと杭奈は納得する。
「分かった、スバルさんに相談しよう」
袴は小さくコクリと頷く。ただならない危機感を感じた3人は、全速力で管理等へと向かって行くのであった。
途中、すれ違ったポケモン達も念のため森林エリアから離れて管理棟近くへ集合するように呼び掛けつつ、3人は管理棟までたどり着いた。
「ええ、いつもの業者さんが情勢不安で輸入が滞るかもしれないとのことでして……はい」
食料の発注の仕事の最中だったスバルは、あら、何かしら? と、気楽な様子で、電話をしながら振り向いた。その次の瞬間には、スバルが杭奈達のただならない雰囲気を察した。
「あの……申し訳ありません……ちょっとポケモン達が緊急事態のようです……連絡は後ほど」
言葉通り緊急事態だと察知した彼女は、即座に電話をいったん中止して杭奈達の話を聞き始めた。
無論のこと、ポケモン達の言葉を直接理解する術の無いスバルは、フルートの意匠を施したUSBポートを咥えたポリゴンZ、ふじこを通して、だが。
「『悪意を持ったフカガモスとオワタッコが来たと思ったら、森林エリアの奴ら顔面クリムガンwww 蝶だけに超やべーww あ、蛾だっけかwwwww
とにかく、何がやばいってマジヤヴァイ。みんな殺し合いなんかしちゃってチョーウケる!!』……か。
全く相変わらずの通訳精度ですが……今はどうでもいい事ですか。しかし、どう言うことでしょうかこれは?
他に何か変わった事に気がついたことはありませんか、袴君?」
ポリゴンZのふざけた翻訳に頭を痛めながら、更なる質問を袴に投げかける。
「『あのモロバレルとかパラセクトとかいうキノコヤロー、超怪しくね? てゆーかマジキメェww 角が不愉快なんだよ近寄るんじゃねぇって感じww
マジキチ、マジキモ、マジキノ』……なるほど。モロバレルに、ウルガモス……それにワタッコもか。 ん、待てよ? この3匹のポケモン……」
何か思い当たる事があるのか、スバルはライブキャスタ―のポケモン図鑑アプリを開いて何かを確認する
「あぁ、やっぱりだ……そいつら、怒りの粉っていう、他人を怒らせる効能のある技を使ってやがる。ブラックシティの奴らか? 私の育て屋で何のつもりだ? いや、目的などどうでもいいか」
スバルはライブキャスターのトランシーバーアプリを起動した。
「……おい、お前ら。応答しろ……いや、孵化場はどうでもいい。それよりも大事なのは……あぁ、そうだ。各エリアの管理人が誰も応答しなくってな……あぁ、そうだ。
サイファーとタリズマンを連れて管理棟に来てくれ。卵も忘れるな……」
トランシーバー機能を使って他の職員と話すつもりだったが、応答が来たのは孵化作業場のみで、他の場所はいつまでたっても返信が来ない。
「くそ、エリアの奴らは応答しない!! 考えてみれば当然か……育て屋がこいつら(杭奈達)の言うような事態になったなら連絡しないはずがない……
妨害電波でもないな、だとしたら孵化作業場とも通信できないはずだし。チィッ……そうだ、ケーブルなら」
独り言で毒づきながら、スバルは分厚い扉に阻まれた放送室へと赴く。乱暴に扉を閉めながら、すぐさまスバルは放送を始めた。
この園内放送は、ケーブルに繋がれた拡声スピーカというレトロな方法で音声を伝えるため、阻まれる事が無い
「え〜……育て屋園内放送を開始します。ただいま、この育て屋は非常に危機的な状況にあります。何者かが催眠術のようなものを使い、園内にいるポケモン達を喧嘩するよう仕向けているようです。
繰り返します。園内にいるポケモン達は何者かの手により怒りを刺激され……喧嘩をするように仕向けられています。その怒りはまやかしです、ここは耐えてください。
全ポケモンはただちに喧嘩を止め、管理棟へ集合して下さい。さもなければ、そのポケモンの明日は全食抜きとさせていただきます。
繰り返します。全ポケモンはただちに喧嘩を止め、管理棟へ集合して下さい。さもなければ、そのポケモンの明日は全食抜きとさせていただきます」
非情なまでの宣告。一日の絶食くらい軽く耐えるポケモンなどいくらでもいるが、それにしたって大胆な宣言である。
しかし、それよりも重要なのは、このイライラの原因が何者かの差し金であるという事実を告げた事であった。
憎み合って闘っているポケモン達も内心杭奈達のように、『何故こんなにイライラするんだ?』と、自分の怒りに疑問を持っている者達はいるにはいる。
自分の感情が偽りだと認識する事で、興奮したポケモン達もある程度だが落ち着きを取り戻すことを期待したのだが、果たして有効なのかどうかは分からない。
「管理棟付近のポケモンに被害は出ておりません。故に、管理棟のあたりは比較的安全であると思われます。
繰り返します……管理棟付近のポケモンには被害が出ておりません。各自、管理棟に集まり安全を確保してください。繰り返します――」
園内放送を終えると、この数分の間に随分とやつれて見えたスバルが放送室から出る。
「どうするべきか……いや……おい、袴。ちょっと冷蔵庫まで付き合え。それと杭奈君は癒しの波導を使える?」
袴、杭奈ともに頷いた。
「よし、ならば治療室で待機していてくれ。怪我したポケモンがたくさん来るだろうからな……あとは……教官たちを園内の見張りに……いや、流石に危険か。
教官も管理棟に待機した方がよさそうだ……うん、とりあえず今はこれでなんとかするっきゃないようだな……行くぞ、袴」
一通り命令を下すと、スバルは袴を連れて走り出す。その手に握られたライブキャスタ―は、警察へとつながるダイヤルを刻んでいた。
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「あの、さっきの放送なんですが……」
管理棟の一角にある治療室。杭奈を待ちかまえていたタブンネが不安そうな面持ちをしていた。
待機している人間の女性の看護師も、タブンネの様子が慌ただしいことには気づいているようだ。
「あぁ、タブンネさん。あれは何と言うのか……ちょっと事情を説明し辛いのですが」
「理由とか事情はどうでもいいんです。やばい事は放送の内容から大体わかりました。で、でもですね。その肝心の放送が、管理棟近くにしか流れていないんですよ。
特定エリアに向けての放送を流す事はよくありますが、あれって全エリアに流すべき内容ですよね? 森林エリアがどうとか、言ってましたし
ほら、私って耳がいいから分かるんですけれど……スピーカーが壊れているのかケーブルや電線が切れているのか、この付近でしか放送されていませんでした」
「なんだって……?」
「言った通りですよ。この育て屋は広いから、何か声は聞こえるかもしれませんが……みなさん内容まで聞きとれるかどうか。
特定のエリアに向けての放送だと思うと、聞き流す事もあって頭に入らないと思いますし……」
「なんてこった……スバルさんに伝えてこなきゃ……いや、テレパシーも袴となら……早く済むかも」
杭奈は房を立て、自身の意思を遠くまで飛ばす。杭奈のテレパシーは精度も出力も悪く、訓練していない人間に対して行えるほどの力はないが、発信相手は親しい間柄同士。
しかも受信先がエスパータイプである袴ならば、と望みをかけて杭奈はテレパシーを飛ばした。
<袴!! よく聞いて。何らかのトラブルで、放送はこの管理棟付近の平地エリアにしか通じていないそうだ。
だから、森林エリアとかにいるポケモンは放送を聞いていない可能性があるんだ。それをスバルさんに伝えて!!>
◇
まだ、杭奈達とスバル達が分かれて1分も経っていない。だが、1秒さえ惜しいと踏んだ杭奈の判断は、果たして賢明だったのかどうか。
冷蔵庫で、ラムの実やオレンの実といった治療用の木の実を取りに行っていた袴は杭奈のテレパシーを受信して、すぐにその概要をスバルに伝える。
「くっ……私の育て屋を好き勝手やりやがって。なんだってんだブラックシティの奴らめ……生かしては返さんぞ。
捕まえたら汚ねぇ腸にまずい肉詰めて、血はケチャップ代わりにホットドッグにぶっかけて石灰捏ねたパン焼いてヤブクロンの餌にしてやらぁ!!」
『ブラックシティの奴らか?』から、『ブラックシティの奴らめ』と、何故か断定する形になってスバルは吼えるように物騒な事を言いながら、冷蔵庫の外に走り出す。
「袴!! お前は引き続き、治療室近くに木の実を運んでくれ……私はっ」
言いながら、スバルはモンスターボールからサザンドラを繰り出した。
「育て屋全体に大声で直接呼びかける!! このままじゃ、多分この育て屋そのものが危ない。糞ったれめ!! もし捕まえたら、痔になってももう一つの穴でクソぶちまけられるようにケツの穴をもう一つプレゼントしてやる」
女性とは思えない汚い言葉を口にしながら、スバルはサザンドラを駆って空へと飛んでいった。
「トリニティ!! 『喧嘩をやめて管理棟に集まらないと、龍星群ぶち込んでやる』って大声で叫べ!! いいな!?」
ガゥッと、トリニティと呼ばれたサザンドラは頷いた。スバルが耳を塞ぎ、轟音に備えたことを確認すると、トリニティはハイパーボイスでスバルの命令通りに言葉を伝える。
『喧嘩を止めて、管理棟へ集合しろ!! さもないと、龍星群ぶっ放すぞ!!』
森林エリアのポケモン達が一斉に氷ついた。皆、この育て屋の最強戦力の一角であるトリニティの強さを知っているので、そんじょそこいらのポケモンが逆らえるはずもないのだ。
だが、この事態は恐らく森林エリアだけではないだろう。杭奈達がいた場所は森林エリアに最も近い場所であったからこそ、袴が森林エリアに注目したというだけで。
事実、ライブキャスタ―を持った職員達は砂地、洞窟、池沼エリアと、全てにおいて応答が無かった。
という事は、職員は内外問わず連絡できないような状況に何らかの手段で口を封じられおり、それらのエリアでも同様に殺し合いのような喧嘩が行われている可能性がある。この事態、思ったよりもやばい方向に進んでいる。
果たして、その勘は当たっていた。この育て屋の平地エリア以外は、全てのエリアが阿鼻叫喚の地獄のような光景が繰り広げられている。
ポケモンが謎の集団に捕らえられていた。その異常事態を知らせようにも、他の地方から来たと思われるソーナンスや、黒い眼差しを使っているミルホッグ等、数々のポケモンが木々の隙間から見てとれる。
それはつまり、声をかけたところで、今は誰もこの森から脱出できないということだ。機動力の高い飛行ポケモンもこうなってしまえば型なしであった。
もはやスバルに出来ることと言えば、直接降りてポケモン達を助けるしかない。スバルは燃えあがる木々の隙間から真っ先にウルガモスとオノノクスの二人組を見つける。
このオノノクスとウルガモスは、弱く幼いポケモン達を護っていたのが見て取れた。この二匹のポケモンの主人とは長い付き合いだから、この子達が見方ポケモンを見間違えるはずもない。
スバルが森林エリアに来たのは、もちろんのこと管理棟から近いからという理由もあった。しかしそれ以上に重要なもう一つの理由があって、それがこのウルガモスである。
怒りの粉で強引に喧嘩させ、その喧嘩で弱った隙に攫って行く。何とも単純な戦法だが、それ一つでこの育て屋が崩壊寸前に追い込まれるだなんてスバルは予想だにしていなかった。
だが、スバルはプラス思考だった。それならそれで怒りの粉を利用してやろうと、モヌラを助けるべく急降下。
「おい、ふじこ!! あの腐れた人間に向かって破壊光線だ!! 肉塊にして殺す気でやれ!! ためらうな!!」
ふじこが高所から破壊光線を敵と思しき人物に向かって放つ。流石に距離の問題か、直撃は避けた。
しかし如何に直撃は避けたとはいえ、全ポケモン中最強クラスの破壊光線だ。気絶こそしなかったもののそいつは痛みで呻いていた。
スバルは地上に降り立つとその人間の脚を踏み折り、機動力を奪っておく。
「くそ、このポケモン達ダークポケモンか」
心を閉ざし戦闘マシーンとなったポケモン。特殊な力を持つダーク技を使用するダークポケモン。如何にこっちが強さや数で勝ろうとも、ダークポケモンは恐れをなして怖気づくような事はしない。厄介すぎる相手だから、気絶させるか骨や関節を破壊するか、命令している人間の口を封じるしか戦闘力を奪う方法がない。
「トリニティ、ここは私達がなんとかするから、お前は他のエリアのポケモンを救援に行け。
一応、戦える奴らも呼んでおけ……管理棟に向かってハイパーボイスで叫べばタブンネが聞きとってくれる……多分ね」
そうして、トリニティを他のエリアに向かわせ、周囲のポケモンをゴヅラやモヌラと協力して排除する。
破壊光線で薙ぎ払い、履いていたハイヒールのスパイクで脛や脚の甲を突きさし、ウルガモスの輝く羽根で巻き起こす熱風で焼き、オノノクスのハサミギロチンで引き裂き、とりあえず周囲の安全を周囲の安全を確保するとスバルはほっと息をつく。この女、さりげなくポケモンに混ざって戦いながら全く味方に引けを取っていない。
「ゴヅラ、モヌラ。無事だったか」
スバルは、必死で弱いポケモン達を護っていたモヌラとゴヅラを労わるように撫でる。大丈夫だという風に二人は頷いた。
「モヌラ……一つ頼みがあるんだ。私に怒りの粉を使え……」
え? と首をかしげるモヌラに、スバルは続ける
「私は……お前の主の住所も年齢も電話番号も全て知っているぞ。お前の主人を闇討ちの一つや二つをされたくなければ、言うとおりにしろ。
大丈夫だ……大人しく従うのならば、お前もお前の主人にも育て屋のポケモンにも一切被害を及ぼさないつもりだ。だから私を信じろ」
黒い笑顔を浮かべて、スバルはモヌラに命令した。
トリニティに呼ばれ、杭奈達は平地エリアにいた無傷の強豪と呼べるポケモンの仲間を引き連れ、森林エリアに駆けつけようと平地エリアを行く。
と、森林エリアから次々と傷付いたポケモンが逃げ帰ってくるではないか。
話を聞けばどうやら、今まで様々な手段で逃げることを封じられていたらしく、それがスバルとそのポケモンの活躍でどうにかなったらしい。
今まだ戦える強いポケモン達は避難せずに抵抗しているのだと聞いて現場に行ってみると、森林エリアは死屍累々の惨憺たる光景が繰り広げられていた。
とは言っても文字通りの死体はないのだが、ポリゴンZにやられたものと、脚に妙な外傷を与えられた物と火傷に裂傷などで、そのすべてが重傷だ。
ポケモンの傷は気絶によって戦闘不能にされた時点で終わっているからともかくとして、人間の外傷は深く、特に妙な外傷を負わされている者は酷い有様だ。
その妙な外傷というのは、全部スバルの与えた外傷であった。
何故分かるのか? それは実際に眼の前で明らかに正気ではない眼をしたダークポケモンをものともせずに、スバルがハイヒールを利用して踵蹴りで無双していることから容易に分かった。
どうやら妙な傷はハイヒールのかかとで踏み抜いた外傷らしく、この惨状はスバルが色々やってくれたようである。あんな靴でよくまあ戦えるものである。
「味方か……敵の増援が来たのかと思って焦ったぞ」
デスクワーク用の服を着たままで、血まみれになりながらこの女は何をやっているのか。今も、逃げようとする悪党の服をひっつかみ、後ろからふくらはぎを突き刺している。彼女はどうやったのかいつの間にかダークポケモンを従えており、(恐らく目を抉るなどと脅して、ダークポケモンのトレーナーに命令させたのだろう)他のポケモン達は怪我で息も絶え絶えになりながら戦っているから仕方が無いとして、ポケモンであるふじこよりも遥かに多くの敵を倒しているような気がするのは気のせいだろうか。
掴んでいる悪党のふくらはぎには深い傷。このままでは、ポケモン達が『ハイヒールは武器だった、人間の女は恐ろしい』と誤解しかねない光景だ。
「助けに来てくれたのは嬉しいのだが、ここは私達で大丈夫だからお前らは別の場所を助けに行ってくれ……あぁ、そこのウォーグル。
お前は袴って名前のキルリアをここに呼んで来い。あの子に少々急ぎで用事があってな……」
ポケモン達はしばらく目の前の光景が信じられずに固まっていたが、とりあえず『ここは大丈夫だ』と分かったらしい。
杭奈はポケモンより強い人間は主人のおかげで見なれたつもりだが、むしろ主人よりも強そうな人間を見てしまったような気がする。
他のポケモン達もハイヒールで踏みぬかれた悲惨な外傷を見てスバルに大人しく従った方が身のためであると、理解した。
スバルを助けに来たポケモンは、そのまま全員が池沼、砂地、洞窟へと散り散りに向かって行くのである。
程なくして、警察やシフトファクトリー付近に駐屯しているポケモンレンジャーが到達するまでに、スバルは逃げ惑う悪党を計6人を捕まえた。
平地エリアに居て無傷であったために救援に向かった育て屋のポケモン達も、逃げ遅れた悪党を数人は捕まえたのだが全員でスバルが捕まえたのと同じ6人という振るわない成績。
と、これだけ聞けばスバルの大活躍は素晴らしいようだが、悪党に数十匹のポケモンを奪われて、しかも悪党たちの大半が撤退されていたのでは割に合わない。
育て屋以外にもポケモン大好きクラブや、その他ポケモンが集まる施設にも同様の事が起ったらしく、警察達は到着が遅れてしまったそうである
それまでに事態を自力で収束出来たのはこの育て屋のみであった。他の施設では、悪党は警察が来て初めて撤退したのだというから、スバルの優秀さが伺える。
ダークポケモンを止めるために、ポケモンの骨を折ったり息の根を止めるのは忍びないので、とりあえず彼女はトレーナーに狙いを定め、そのほとんどを一撃で仕留める。トレーナーを羽交い締めにした後は、耳を引き千切るとか、目を抉るなどと脅して、ダークポケモンの指揮権を譲ってもらい、まるで将棋のように彼女は仲間を増やして敵を全滅させていたのだから、もはや言葉も無い。
「その状況というのはどのような……」
メモを取りながらの警察の質問に、スバルは舌打ちを鳴らす。
「くっ……どうもこうもない。いきなり現れて、何が起こったかもわかないうちに、ウチが預かったポケモン達が根こそぎだ……
杭奈達がいなかったらどうなっていた事やら……だが、襲撃されたおかげで良い情報が手に入ったぞ。言ってやれ、ウジ虫!!」
スバルは捕えた悪党の折れた脚をさらに踏み砕く。骨が粉砕され、粉々になって筋肉に食い込んだその脚は間違いなく切断することになるだろう。
「あ、あまり乱暴な真似は……」
警察の上司らしき人物が、やんわりと止める。
「仕方がないだろ? 奴らが放った怒りの粉のせいで……私はどうしても甚振らずにはいられないんだ。」
白々しい事をスバルは言う。ありがちな話、この地方でも麻薬や精神的な疾患などで責任能力が無い者は罪に問われない事がある。
そんな理由で無罪となった判例の中には、怒りの粉によって判断力を著しく欠いていたという例もあり、尿検査すればスバルが怒りの粉を浴びていた事は明らかになる事だろうから、ちょっとやそっとじゃ罪も問われない可能性は高い。
つまるところ、悪党を好き勝手甚振るために、この女は怒りの粉をわざと浴びたのだ。
もちろん、判断能力を意図的に失うために麻薬などに手を出していたとあれば、無罪を勝ち取ることは不可能なのだが。
敵が怒りの粉を巻いていたので、事故という風に言い訳はできる。
万が一、『敵のウルガモスが使用した怒りの粉』ではなく、『モヌラの怒りの粉』を浴びていた事がばれたとしよう。
そうなった場合は、『弱いポケモンを庇うために怒りの粉で注意を引こうとしたモヌラに馬鹿な事はするなと止めました』と言えば言い逃れは可能だ。
モヌラその他への口封じならばきちんとしている。
汚い、さすがスバル汚い。後で分かることだが、服が血まみれなのも、すぐに服を捨てられるという理由であり、もはや全てが計算の内である。
「ともかく、イライラしているのはこいつらが巻いた怒りの粉のせいなんだ……私に乱暴な真似はしないでくれと言われても言われても困る。
それにだな……少々手荒にやったおかげで情報が手に入ったんだから安いもんさ」
スバルの味方になる条件はもう一つある。普通の街なら過剰防衛でなんらかの社会責任を問われてもおかしくない追い打ちだが、この街ではあまり問題ない。
なぜなら、この街。ホワイトフォレストの警察は、ブラックシティに応援を頼まれる事など日常茶飯事だ。
この程度の暴力を日常的に見なれた警察は、先程のように軽い注意を促すだけである。
スバルが最初に手を出したならともかく、悪党が最初に手を出してきたなら自業自得だし、酷い場合は賄賂を渡せば簡単に見逃す。
そして、この街の警察のそういった体質を知っているスバルもまた、生粋のブラックシティの住人であるようで。更にスバルはぐりぐりと悪党を嬲る。
「この派手な行動は……ダークライを、呼び寄せるための……布石、です」
スバルに蹴り飛ばされた痛みで震える声で、悪党集団の幹部と思われる男はそう答えた。