奮闘その七:ジョンを失望させないよう頑張ろう!!
18
ジョンと杭奈がダークライ・ビリジオン感謝祭で会おうと約束して数日後。
これまで専属の教官代わりであったジョンがいなくなってからも、杭奈は様々なエリアに赴いては色んな教官に教えを請う事を続けている。
もっとも頼りにしているのは、やはり格闘タイプの教官であるズルズキンのバカラ教官であり、他のどの教官よりも多くの時間教えを請うている。
元は四天王であるギーマの手持ちであったという肩書きにも偽りが無く、ポーカーという名の雌のズルズキンに役目を奪われた今でもその強さは健在だ。
その他スバル自らが育てたエルフーンのケセラン教官やアイアントのユウキ教官、シビルドンのうな丼教官など、多くの優秀な教官の元で指導を受けてはいる。
だが、杭奈にはやはりジョンと交尾できるメスがいないとモチベーションの維持は難しかった。
今は後輩の指導と称して、息抜きがてらキルリアの袴と修行半分戯れ半分の指導を行う時間が多く、ゆっくりとしたペースで徐々に強くなってはいるもののかつての勢いは衰えてしまった。
モチベーションが維持できているのは、なんだかんだであの日のジョンの舌使いの快感が体に刻まれているからなのだが。
しかしながら、それをしてくれる女性を得られるのはいつになる事やら――と思うとやるせなかった。
現在、時刻は昼時。ジョンに促されてから毎日欠かさず行っていた昼食マッチの時間帯である。
強くなっても強くなっても、まだまだ先の見えない育て屋の天辺。
バトルサブウェイで頂点を目指しているトレーナーのポケモンは、静流や教官でさえ手こずる者が多く、特に強い子を産ませようという目的で預けられる親は、2軍扱いでさえとんでもない強さを持っている者も少なくない。
例えば、マジックガード特性を持たないが故にレギュラー入りを逃した防塵持ちのランクルスや、型違いの子を求めて預けに出されたドレディア等などなど、特性さえよければ第一線でも活躍できたであろう子。同じポケモンにバリエーションを持たせるために子作りを任された子などは、杭奈くらいなら普通に圧倒してくる。
今日杭奈が挑むゴルーグも、特性が不器用であるが故にレギュラー入りを逃した子。
「木の実の等価交換? あ、あぁいいけど……相変わらず、だなお前」
ゴルーグ杭奈が勝負を挑むには、相性的には厳しい物があるポケモンである。
「お願いします」
しかし、この無謀とも言える勝負を杭奈はあえて挑むのだ。
「わ、わかった。情けは掛けなくっていいんだな?」
「そうじゃなくっちゃ意味が無いから」
なぜか? それは、下がっていくモチベーションに危機感を感じた杭奈は、このままではジョンに悪いと思って、最近は不利な条件で昼食マッチに挑むようになったのだ。
その方が、毎回毎回負けないように必死で強くなる方法を考える意欲が湧くから――と、逆境でこそ成長できるという思考である。
この日の相手はゴルーグ。いまや定番となった巨大ロボットアニメはこのポケモン無しには成立しなかったと言わしめるほど、それっぽい造形のポケモンである。
地面が固く圧縮されたボディは陶器がおよそ及ぶべくもないほど強固にして、しかも柔軟。
強靭な体に加え、この育て屋一の蛇のような細長いポケモンを除けば2.8mという体躯を誇るその巨体は、見る者を圧倒する。
怪力・剛健・重厚という岩タイプか鋼タイプのような見た目を持ちつため、一見して格闘タイプならば圧倒できそうだが、ゴルーグはこう見えてゴーストタイプであり、岩タイプではなく地面タイプだ。格闘タイプの攻撃は通じない上に弱点である地面タイプまで兼ねている。
ゴルーグが、杭奈に対して等価交換をためらうのも、自分が有利過ぎじゃないかと気兼ねしているというわけだが、逆に言えば杭奈程度の相手なら簡単に勝ってしまうという自信があることも伺わせる。
しかし、相手を気遣ってためらうのは一瞬で、木の実への欲求で腹は決まったようである。
「なら、行くぞ」
ゴルーグが勢いよく一歩踏み出す。それだけで発生した小規模な地響きを、杭奈は小刻のステップでかわす。
接近したままメタルクローを突き出そうとするとゴルーグは転んだ風に見えるほど不格好に倒れ込む。
格好悪く見えて、ゴルーグの巨体から放たれるこの抑え込みは中々えげつない。
地震を避けて一瞬だけ宙に浮いていた杭奈は地面に足が着いた瞬間に避けなければ押さえつけられてしまう。
小さなルカリオがゴルーグに押さえつけられてしまえば脱出は困難だろう。
それだけは何としても避けたい杭奈は、つま先が付いた刹那の瞬間に足指でメタルクロー。
マッギョの時と違って立ったままそれをスパイクに出来るように成長させた歩法で、通常ではありえないか速度を以って横に避ける。
耳をゴルーグの胸が掠めながらもなんとか脱出した杭奈は、そのまま振り向かずに一目散に走って距離を取りながら、悪の波導をチャージ。
振り向きざまにフルチャージの悪の波導をゴルーグへ放った。
帯状の波導がゴルーグに迫るが、ゴルーグはバチバチと音を立てながら、巨大な右手でそれを防ぐ。
如何に物理型を主体とした杭奈の攻撃とはいえ、そんな受け止め方をすればしばらくは腕が痛くて痺れてまともに物も握れなくなるのが普通だ。
が、ゴルーグは起きあがりざま右手に握りしめた土に体液を混ぜて泥にし、それをブン投げる。このポケモン、痛みを感じていないのか。
無造作に投げられたように見えて、計ったように正確なその泥。
しかも大きな塊として投げられたそれは空気抵抗で弾け、避けたと思って予想外の位置にヒットする。
瞬間、杭奈が眼をつむる。静流との戦いの経験から、眼をつむる動きとは連動して房を立て敵から距離を取るように何度も反復運動をしていた。
今回はその成果が出て、杭奈は練習通りの動きでゴルーグから距離を取った。
杭奈は完全に地震の射程外だが、ゴルーグは地面を強烈に踏みつけひび割れを起こす。同時に、杭奈は泥を拭いながらメタルクローを腕に出して接近。
ゴルーグは地震によって砕けた地面の一欠片をサイコキネシスで掴み取って、きりもみ一回転。
ハンマー投げの如く体を傾けながら投げたそれは、巨大な塊でありながら空気を切り裂く轟音を奏でる。
まともに狙いを付けられそうにない投げ方だというのに、例によって例の如く正確に飛ぶその攻撃を杭奈は避ける。まるで、精密機械だ。
油断していたわけではないが、予想を越えて速い。杭奈はまともに食らう事は避けたものの、掠ったというよりはえぐったというが正しいほど強かに左肩口へヒットする。
インパクトの瞬間に下半身が浮き上がり、独楽のように回転しながら杭奈はうつ伏せに地面に落ちる。
そこに、ゴルーグのハエ叩きのようなパーの手での右手でのアームハンマーが杭奈の顔面に迫る。
せめてもの抵抗に寝返りをうって仰向けになり、顔の前で腕を構える。腕の棘をお見舞いしてやったが、効果が抜群なのは杭奈の方だ。
しかも、ゴルーグはそれによって掌に出来た傷も気にせず、今度は左手で腹にハエ叩き。
一発目ですでに息をしたくなくなるくらいのダメージを胸に負った杭奈に、この追撃は効いた。
トドメとばかりに、杭奈は睾丸を握られる。握りつぶされたりでもすれば男として非常にまずいことになる場所を握られて、思わず杭奈は叫んだ。
「む、無理無理無理!! 無理だよ無理!! 降参するからそれだけは許して!!」
結局、ゴルーグの勝ちでこの勝負終了である。
19
「や、袴。今日も一緒に食べていいかな?」
杭奈は木陰で食事途中である袴という名のキルリアの元に、食料を入れた籠を持ちより、腰をかがめて尋ねた。
二人は昼食マッチのダブルバトルに盛大に勝利してきたようだ。二人とも木の実を3個も持っている事がこの育て屋で意味するのは、戦闘になれた手練であるということ。
無論、未進化である彼らの対戦相手は杭奈が戦っている相手と比べれば格下ではあるが、同年代の中では2回の連戦で2回とも勝利を収める実力であることを意味しているのだから馬鹿には出来まい。
「いいですけど、兄さん今日も負けたんですね? 隠していても落胆の感情が手に取るようにわかりますよ」
負けた事を口にだないよう、にこやかに話しかけたはいいものの、感情ダダ漏れで無防備な杭奈はキルリアである袴に対して嘘を付けない。
袴とて、『自分達より弱い』と言っているわけではないのだが、杭奈が馬鹿にされているのは間違いない。
少年漫画で言うところの、野球『馬鹿』のように、捉えようによっては褒め言葉にならなくもないのだが、結局の所馬鹿にされているとあれば複雑な気分だ。
「相変わらず、勝てない敵に挑むのやめなよぉ。オイラ達みたいに勝てる相手に挑めばいいのに……頭わるーい」
「ですね」
袴の指摘に追従して、この育て屋で友達となったゾロアのペテンが追従して笑うので、杭奈はいたたまれない気持ちとなってしまった。
「そういうのは、表だって言わないもんでしょ、袴?」
苦笑しながら杭奈は袴に諭す。
「そうでしょうけれど、それなら僕が木の実を食べているのを見て、『欲しい』とか『食べたい』とか、そういう感情ダダ漏れにするのはどうかと思いますよ? これは僕のですから、ぜーったいにあげませんからね」
本心をバラされるのはもはや慣れたものだが、袴の発言に対しては未だに恥ずかしい気分で杭奈は肩をすくめる。
「オイラのも上げないよ〜」
ペテンにまでからかわれて、なんだかなぁと杭奈は困った顔が張り付いて離れなかった。
「強くなるための試練だと思っているんだから、貰わないよ。っていうかね、袴。僕もプライドがあるから」
「兄さんのそういう所、好きですよ」
袴はにやりと笑う。キルリアだっていうのに純粋無垢な笑顔ではなく、なんとなく腹黒い笑顔である。
もっと構ってやればよかったかなぁと、杭奈は今更ながらに後悔していた。
「楽(らく)で」
『好きですよ』で止めておけばいいのに、『楽で』なんて言葉を付けくわえて袴は笑う。
3ヶ月間殆ど袴の事を放りっぱなしだった期間に、袴は先日育て屋を去って行ったハハコモリのお姉さんに相当可愛がられたようである。
明るい感情を好みとするラルトス・キルリアと進化してきた袴はその期間の間に大人に喜ばれる振る舞いを完全にマスターしてしまったらしい。
その感情を角で察知することで、角に快感を感じるだけならば良いのだが、ついでに木の実やら甘い蜜やらを貰っており、それを続けていく内にこの調子のいい性格も形成されてしまったようだ。
その性格の形成に、ゾロアのペテンの影響も混じっているのは言うまでもないことだ。
彼女は悪狐と呼ばれるだけあって中々ずるがしこい所があり、この2匹がお揃いなのは首に下げた変わらずの石だけでなく腹黒い笑顔もだというのが性質が悪い。
なんで自分はこんな子供に馬鹿にされているのだろうと若干落ち込みつつ、杭奈は籠に入れている食料を食べ始める。
「楽ってどういう意味だよ、袴?」
「ん、慰める必要もないというところでしょうか。負けたって勝手に立ち直ってくれますし」
三本指の真ん中を一本立てるという気取ったポーズをとりながら、どや顔で袴は言う。
「あのね……年上にそういう態度とってると、ジムでは袋叩きに合うよ?
気をつけないと、その真っ白い肌が真っ赤になるまでひっぱたかれて、新手の色違いになっちゃうよ〜」
「うん、子供騙しな脅しですね」
袴の突っ込みは全くその通りであるが、それにしたって言い方というものがある。
「ありゃりゃ、これはお厳しい」
と、対する杭奈も何度目かもわからない苦笑をするのであった。
とまぁ、袴は大人を少々舐めたような態度を取っているような節があるが、一応袴はこれで杭奈を労わっているつもりである。
叩けば叩くほど粘り強くなる鋼のように、杭奈は少々斜めに構えた態度で叩いてあげた方が元気を取り戻してくれるのを、彼の角が知っているのだ。
その証拠か、今日も木の実を食べ損ねて沈んでいた杭奈の気分も、食事が終わるころには袴の憎たらしさと可愛らしさを受け、大分復活するのであった。
育て屋はこんな様子で平和に時を刻んでいく。育て屋では喧嘩もあるし、涙もあるけれど、やっぱり似合うのは皆の笑顔なのだ。
今日はいつもと変わらぬ日々であり、比較的多くの笑顔があふれる場所――になればよかったのだが。
「あ、ウルガモス……いつも森林エリアでオノノクスと一緒にいる人とは違うな……」
木陰で昼食を食べながらふと袴が立ちあがり、木陰から出て空を見上げると、ウルガモスとワタッコが優雅に空を舞っていた。
「おや、本当だ。よく気がついたな袴?」
「あ、本当だ……」
杭奈は房を立ててそれを感じ、ペテンは袴と同じく木陰から出てそれを覗いて確認した。
「最近、何だか嫌な気分というか、胸騒ぎがするんです。なんというか、最近の新入りというのですか……。
池沼エリアのモロバレルとか、洞窟エリアのパラセクトとか……悪意のようなものを感じて……
で、最近悪意に敏感になっていたのですが……あのウルガモスからも似たような何かを感じます……それが、森林エリアのウルガモスとの違いと言いましょうか……」
不快そうに角を撫でながら、袴は溜め息をつく。
「その、悪意ってのはなんなんだ?」
「説明し辛いんですが……悪意は悪意なんです。なんというか、その……角を体の内側から掻き毟られるような何とも言えないこの感覚がですね……あれ、何これ?」
「どしたの、袴?」
「どうしたの、袴君」
何か、とてつもない物を感じ取ってしまったのか、袴は角を触りながら表情を変えた。
「いや、まわりからそこらじゅうです……イライラしてます。みんな……特に、森林エリア。ギスギスしてる……というか、殺しあいでも行われているのでしょうか、この感情……?」
「は、はぁ……そう」
杭奈はピンとこないために生返事を返す。しかし、袴は苦しげに首を横に振った。
「あの、結構……やばい感じですので、流しちゃいけない感じなんですが……」
袴の目は不安そうに揺れていた。確かに、ただ事ではないようである。
「そ、そんなに? なら……少し気になるし、様子を見に行った方がいいかな?」
杭奈が木陰から出て、森林エリアへと歩き出そうとしたのだが、その杭奈の尻尾を袴がつまむ。
「ごめん……何だか嫌な予感がします。杭奈兄さん、一緒にいてください……少し怖いんです」
すでに汗ばんだ袴の指から湿り気を感じて、杭奈はただ事ではないと感じた。一緒にいてあげた方がいいかもしれない。
「あ、うん……分かった。えっとじゃあ……袴。一緒に見に行くのはどう?」
「分かりました……」
「わ、オイラもいく。何やらやばそうな気配だし……」
数十秒の間に弱気になった袴を励ますように、ペテンも同行を決める。
とは言え、彼女も少々何か不穏な物を感じ取ったらしく、その表情は頼りなく見えた。杭奈は、房を立てれば周囲の状況が分かる。
しかし、この二人のように弱気になってはいけないと考えて、周囲を探ると弱気になりそうな杭奈は、波導を感知することなく二人の前を歩いた。