奮闘その三:師匠の背中を追おう!!
**9
その訪問者がバカラ教官かだれかだろうかと思って房を立てて周囲の状況を探知してみると、どうやら近くでジョンと静流が肩を並べているらしい事を感じる。
チラチーノとエモンガのカップルの時のような情事ではないようだが、楽しそうに話している事がわかって杭奈は悶々とした気持ちはさらに増してしまう。
その気持ちをどうにかしたいのだが、解消するには岩穴で同居中という環境は危険だ。
何が危険かと言えば、主人の古参から教えてもらった自慰でもしようものならその匂いを敏感に感じて指摘されるだろうということだ。
悶々とした気持ちを抱えながら無意味に寝がえりを打っていると、その内二人は戦いへの欲求に身を焦がされたらしい。
そな感情の変化を前触れに、二人は立ちあがり戦闘を行い始めた。感知する力がまだ弱い杭奈には詳しい事までは分からないが、最初静流が優勢に。
最終的にはジョンが逆転勝利だ。あの圧倒的な静流を下すジョンのすごさを感知して、杭奈は興奮してしまう。
数十分後に、静流は体中を痛そうにおぼつかない足取りで帰ってきては、泥のように崩れ落ちて眠ってしまう。
結局杭奈は静流が寝静まってからもどんな方法でジョンが勝ったのかを夢想して、しばらく寝付く事が出来ずに悶々とし続けるのであった。
翌日。スパーリングや基本練習もそこそこに、二人は昼食マッチに赴いた。
今日は『不利な場所でも戦えるように相手の領域で』、というコンセプトで池沼エリアでの戦いだ。
湿原を好むポケモン達が集まるここは、ガマゲロゲやマッギョといったそれらしいポケモンもいれば、眩しい光沢が鋭いランスに映えるシュバルゴなど、不釣り合いとも思えるポケモンが集まっている。
「よし、今日の相手はマッギョだ」
「あ、あのポケモン……?」
ジョンが指さすのは、顔芸と揶揄されて不動の地位を得ているポケモンである。
沼地にプカプカ浮かんで、モモンの実を提示して挑戦者を待っているところだ。
普通の魚と違って平たい体の両側に顔が付いているのではなく、上面に顔がよっているという不思議な形。
それだけならばまだしも唇が嫌に厚く、目も死んだように生気を感じないという、見ただけで気の抜けるような顔だ。
女性だというのに、おいたわしや……と杭奈は苦笑した。
確かに、他の魚とは違って何をしてくるか分からないのは脅威だ。見た所、水・地面タイプのようだし地面技は警戒せねばなるまい。
後は不安定な足場。直接攻撃の使い手にとっては、結構な鬼門となりそうだと杭奈は分析した。
「お〜い、そこのマッギョのお姉さん。僕のオレンを賭けて勝負しないかい?」
「へへ、いいのかいお兄さん。私結構強いんだけれどなー」
「そ、そう言われるとオレンの実が惜しくなるけれど、こっちだってそれなりには強いつもりだ。自信があるってことは同意ってことでいいんだな?」
「へっへ……後悔するなやぁ、兄ちゃん」
「そっちこそ!! ジョン、預かってて」
杭奈はジョンに向かってオレンの実を投げ、預かってもらいつつ沼の中に入る。
ぐじゅり、と今まで感じた事の無いような地面の感触に包まれて、ひんやりとした沼の中に足が沈む。
見た目の割に体重が重い杭奈は歩く時こそよろけずに済んだが、ジャンプもキックも踏み込みも、全てが制限されてしまいそうだと本能的に感じ取った。
睨みあう二人、もうすでに戦いは始まっている。攻めあぐねている杭奈に対して、マッギョが先攻を取った。
まず最初に杭奈の意表を突いたのは、マッギョの攻撃が電気で来たこと。電気技は当然スピードが速く、避けるのは難しい。
沼地に慣れていないであろうことを見越しての攻撃に、杭奈はたまらずサイドステップで避けようとするが、転ぶ。
図らずも、泥が電気を防いでくれたので効果はかなり抑えられたが、見事に攻撃されるだけされて、こっちは反撃の糸口もつかめなかった。
しかも、転んだ拍子に大量の泥が顔に付いて目を開けられない。次善の策として後頭部の房を立てるが、その前に足元から大地の力が見舞われる。
地面が間欠泉のように吹っ飛び、泥飛沫と共に杭奈は中空に浮き、頭から派手に落ちる。
泥がクッションになって受け身の必要もなかったが、地面タイプが弱点である杭奈には、二つの攻撃ですでにダメージは甚大だ。
普通に走ろうとしてもダメだと判断した杭奈は、野性の頃の狩りのスタイル。身を低くして接近する4足歩行のスタイルをとる。
空中で吹っ飛びながら用意したメタルクローをスパイク代わりに、野性の如く向う見ずな突進で跳び掛かる。
杭奈の跳び掛かりは、確実にマッギョを捉え、抱きかかえるように覆いかぶさるのだが、彼女は柔軟な体に加えてよく滑る滑らかな泥。
彼の毛皮はマッギョを捉えることなくすりぬけられる。しかし、杭奈はめげずに胸の棘を突き刺すように、腕へ力を込める場所を変える。
ザクリとばかりにマッギョの体がえぐれ、滑りが止まった。
棘に体を抉られる激痛で、ルカリオの死の抱擁から抜け出せないマッギョは、やけくそに放電を見舞って杭奈にダメージを与え始める。図らずも根気の勝負となった。
バチン、と自分の体が爆ぜる音を聞いて、杭奈は聴覚に遅れて痛覚が悲鳴を上げるのを感じる。
マッギョも腕の間をするりと抜けてしまい、明らかな劣勢だ。ここで負けを認めてしまえば楽なのだが、なんとか気力を振り絞って彼は立ちあがる。
「た、タフやね〜……まだやる気なの?」
まさか立ち上がるとは思わなかったのか、キレの無い褒め言葉を言ってマッギョは苦笑する。
その背中というべきか、顔というべきか、表面には血がにじんでいて痛々しい。
答える余裕もない杭奈だが、敵のタイプは電気・地面だと冷静に正解を導き出している。
今の自分が出来る技で何か有効打を与えられる技は無いかと模索し、結局見つからずに妥協。
電撃を防ぐための泥飛沫を派手にまき散らして接近、力任せに殴りかかった。
目が見えない状態で正確に攻撃してくる杭奈を見て、マッギョは波導がどうのこうのという理由は知らなくとも敵が目以外の感知能力を持っているのは分かっていた。
相手が正確に襲いかかってくるであろうことは想定済みで、マッギョは泥の中に隠れることをせずに真っ向から受けて立つ。
彼女の泥爆弾が杭奈の胸にヒットすると、杭奈はそのまま彼女の上に力なく落ちて、そのまま沈んでいった。
杭奈の敗北で勝負あり、であった。
**10
目覚めた杭奈は、マッサージされながら目を覚まし、そのまま数十分マッサージをされ続ける。
まだ電撃の痛みは消えていないが、体はそれなりに動きそうだ。早く修業を再開したい杭奈にとって、この長時間は精神に答える。
「今日はマッサージがいやに念入りだね……」
少々嫌気がさしていると分かる口調で言うと、焦るなとばかりにジョンが溜め息をつく
「電撃を喰らったら、体の外はともかく中がズタズタになりかねないからな。体の外は傷薬でなんとかなっても、中は熱心に治さんと。
残念ながら俺は血行を良くして早く治るように祈るしかないし、管理棟のタブンネも昼食時は結構怪我人が多くて並ぶしさ……俺らは自分で治そうぜ」
「はぁい……」
親切に戦い方を教えてくれるジョンに逆らうわけにもいかず、杭奈はしぶしぶジョンに従う。
「ねぇ、ジョンは、自分が戦えばあのマッギョに勝てたと思う?」
「ん? 俺は……まぁ、勝つだろうな。お前の方は正直沼でマッギョ相手じゃまず負けると思っていたが、案外抵抗出来たと思うよ。ま、大差で負けたことには変わらないけれどね。
敗因は、いくらお前が物理型だからって、沼の中に無策で入って行った事かな?
相手の出方を沼の外から伺って、それから対策を立てればよかったんじゃないかな」
「ま、負けると思って戦わせたとか……酷いなぁ」
杭奈はふてくされて不平を漏らす。
「そう言うな。俺の木の実、半分喰わせてやったろう? まだ欲しいって言うなら明日は俺が奪い返してやろうか?」
「え、ホント?」
木の実半分に物足りなさを感じていた所。明日、その分が帰ってくると聞いて、杭奈は小躍りして尋ね返す。
「勝てるって決まったわけじゃないし……それに、お前には種族柄真似できない事をやるから、戦い方のお手本にもならないだろうがな。
ま、強さを目指す基準にでもしてくれって事でさ……」
「ど、どっちにしたっていいよ。ジョンの強さが見られるなら、是非」
子供のように無防備な笑顔で杭奈が頼む。
「お前は、可愛い奴だな」
感情ダダ漏れのその表情には、思わずジョンもそう答える始末だ。
「え……」
上半身だけジョンに向けたまま、杭奈は口をぽっかりと開けた間抜け面を晒す。
「え、じゃない。お前があの静流に相手にされていないって漏らしていたけれど、そういう無防備に感情晒す所が子供なんだよ。
がっついてて、体だけ大人になっている子供じゃあ、大人を好むお転婆なお嬢様とは相性悪いだろうな」
「む……まだ子供ってこと」
「うん。このままじゃ強くなっても、静流が相手じゃあお前いつか捨てられるだろうな。
ウチの店には色々来てねぇ……そういう話をするとお前みたいなのが話題に上がるんだよ。もう少し、クールに振る舞ってみたらどうだ?」
「クール……クール……」
ピンとこない提案に、上半身を起こした無茶な体勢のまま杭奈は首をかしげる。
杭奈の高い柔軟性はこの体勢を苦と思わないのか、無駄な所で発揮されていた。
「分かった。無理してクールに振る舞おうとするな……いつか世話したがりのお姉さんに拾ってもらえ」
「あ……」
ジョンの言葉に何かを思い出したのか、素っ頓狂な杭奈の声が漏れる。
「どうした?」
「そう言えば、昨日静流と会っていたでしょ? 何を話していたの?」
「杭奈、お前に大人の魅力を感じないって話とか……」
何故か得意げにジョンは笑う。
「ぐっ……いや、そういう話じゃなくって、何か褒めてくれたりとかは無かったの?」
「可愛いって誉めてたよ。守ってあげたくなるってな……杭奈、悪いがお前、全く相手にされていないな」
「ううう……」
からからと陽気に笑うジョンは、杭奈の肩を軽く叩いて笑い飛ばす。
「あいつは、お前のことを弟のように思っているんだよ。だから恋愛対象じゃないってだけじゃないのかな?
俺が寝ているお前に話しかけようとしたら、唇に指当てて『静かにしろ』って意思表示してきやがったしな」
意気消沈する杭奈をよそに、ジョンは中々楽しげに静流を語る。
「静流は脈なしだよ。他の女を狙った方がよくないか?」
「ウチのジム男ばっかりなんだよぉ……静流を逃したらずっと男に囲まれちゃう!!」
「はは、そりゃつらい。ここで嫁を見つけなきゃ一生童貞かもな……」
ひとしきり笑って、自分の手が止まっている事に気付いたジョンは、小さなため息をついた。
「杭奈。お前そろそろ前を向けよ……マッサージし辛いだろう? それでも修業は続けるんだろう?」
「ふぁい……お願い」
「あ、ついでに闘ったりもしたけれど勝敗知りたい?」
「知ってる……ジョンの勝ちでしょ。僕は房で感じていたから……それより、どんな風に戦ったの?」
「はは、危うく負けるところだったよ。あのズルズキンは間違いなくジムリーダーのメンバーとして一流だよ……
それに、あの時は静流が負けたが、多分あいつまだ隠し玉をいくつか持っていやがる。使えなかったのか使わなかったのかは分からんが……な。
で、肝心の戦いの内容だけれどね……」
すっかりテンションが下がった杭奈だが、ジョンと静流の戦いの様子を聞くと、その暗い気分も何処かへ行ってしまい、更なる負けん気を燃やすのであった。
そうして、杭奈の情熱は加速していく。
翌日。約束通りジョンはマッギョに戦いを挑む。
「よっす。昨日は俺の弟分が世話になったね。今日は俺が相手したいんだけれど、いいかな?」
悠々とした足取りで、如何にも自信満々にジョンがマッギョへ歩み寄る。
視点を少しでも低くするため、屈んで沼地を覗くと、マッギョは見覚えのある顔だと気づいたようだ。
「あ、昨日のコジョンド……なに、あのルカリオの子の敵打ちかしら? いいわよ、今日も木の実同士交換しましょ」
「よし、そうこなくっちゃ」
前日杭奈に余裕を持って勝ったせいか、マッギョは今回も木の実の等価交換を承諾してくれた。
「じゃ、杭奈。よく見てろよ。戦いってのは、我がままの押し付け合いさね。
弱い奴だって自分の得意なジャンルでなら勝ちを拾えるんだ。だから、沼で弱い俺はどう戦うべきか……見てろよ」
勝ってくるぞと勇ましく戦闘態勢に入るジョンは、よせばいいのにわざわざ沼の中に入り込む。
だが、それを見る杭奈は『ジョンこそ無策じゃないか』とは思わなかった。
杭奈はジョンなら何か策があるはずだと、根拠のない期待を抱いてジョンの行動をしっかり見つめる。
ジョンはまず、泥を浴びて電気を防ぐ。昨日の杭奈のやり方を見て、思いついた事で、こればっかりは杭奈の功績である。
しかし、そこからは杭奈とは全く違ったアプローチを見せる。
陸のポケモンの沼の中での機動力の低さに味をしめたのか、マッギョは沼の内に地割れを起こし、深みに沈みこませようと画策する。
対するジョンは跳んだ。ただ跳躍しただけに終わらず、足よりも遥かに面積の広い体毛を水面に叩きつけ、沼の上を4足歩行で走り始める。
重心を低くして、両足と両手で交互に水面を叩き走る姿は、まさしく肉食獣の荒々しさだ。
油断して大規模な地割れを起こしたマッギョはその隙も大きく、接近されたと思った頃には体毛で沼の中から掬いあげられ、陸に放り投げられる。
ビチビチと跳ねて沼の中に戻ろうとしたが、ジョンはさせるかとばかりに再び腕の体毛で掬いあげ、弾き飛ばす。
泥を吸って重くなった体毛は、痛そうな音を立ててさらにマッギョを吹っ飛ばした。
さらにジョンはダメ押しで草結びを連続で掛けて拘束。がんじがらめになったところで、跳躍からマッギョの数センチメートル横を地面に穴があくほど踏みつけた。
「まだやる? 次は容赦しない……踏みつぶすよ」
「いや、これは……参ったわ。貴方強いわね。昨日みたいに陸のポケモンなんて一ひねりだと思ったんだけれど……強い奴は沼でも強いのね。
完敗……私の木の実持って行きなさい」
あまりにも圧倒的に負けて、マッギョは苦笑するしか出来なかった。この戦いは、非常に鮮やかなジョンの勝利で幕を閉じた。
「へへ、悪いね」
泥まみれで笑うジョンはひとっ飛びで沼から跳び上がると、マッギョの木の実を預かっていたガマゲロゲからクラボの実を受け取った。
「ジョン、さっすが」
「へへ、レンジャー時代はマグマの上でだって戦ったものさ。沼の中で戦うくらい余裕さね」
尻尾を振りながら待ちかまえていた杭奈とハイタッチを交わすと、爪で半分に裂いた木の実を渡す。
二人は木陰に座り込んで、戦利品と共に昼食を口にする。
「マッギョとの戦いで伝えたかったことはだな。相手のペースに合わせる事はない。自分のペースに持ち込む手段を常に考えるんだということさね。
例えば静流は砂漠……この育て屋で言うところの砂地エリアを得意としている。そこで戦うのであれば、俺は静流には絶対に勝てない、と断言できる。
それに、お前は暗い洞窟や夜の樹海を得意としているはずだ。そこで戦うのなら俺だってお前に勝てないかもしれない」
「う、うん……」
杭奈は素直に頷いて、同意する。
「とはいえ、静流と戦うときに、今回みたいに極端に相性の良し悪しがある戦いはしないだろうが……場所と言う条件以外でも自分のペースに持ち込む腕は細かいところで響くもんだ。
例えば、お前のインファイトだ。ゴウカザルやエルレイドみたく、同じように接近戦が得意な奴とあたらない限り、アレははまれば強い。
なんせ、近づかれた方は攻撃の方法がかなり限られるわけだからな。
例えば、はっけい、肘打ち、頭突き、膝蹴り、裏拳と言った、間合いが短くても出せる専用の技でないと対応できないと言うのは大きな強みだ。
対峙した相手は大きくペースを乱されるはず……ただし、静流が相手だと簡単にはいかないからな。
ズルズキンのことだ……とんぼ返りで距離を外したり、真っ向から膝蹴りや頭突きで潰される危険性も孕んでいる……
だからまぁ、それらに対抗する手段、ペースを乱されるイメージと、それを取り戻すイメージ。常に頭の中においておくんだぞ?
でないと、為すすべなく負けるからな」
「はい、師匠」
ジョンの強さを改めて認識した杭奈は、いつか追い抜いてやるとばかりに奮起する。
大変な事は分かっているが、だからこそ燃えるという、まさしく不屈の心の持ち主であった。