奮闘番外編:悪タイプ同士仲良くしよう
おまけ1
準々決勝、第3試合。静流VSトリニティ。
「お互い、当たりたくない者同士当たってしまいましたね……オリザさん」
「いえいえ、強い者と戦ってこそ成長するものですよ。今宵は、互いの成長になれるよう尋常に勝負いたしましょう」
順当に勝ちぬいた、スバル所有のサザンドラことトリニティと、オリザ所有のズルズキンこと静流。二人は殆ど無傷の状態で相まみえることとなる。
共にジムリーダーの本気の手合いに耐えうる実力の持ち主であり、優勝候補として申し分がない。ちなみに、どちらも若干性格は悪い。
ただし、どちらも戦いには至極真面目。圧倒的な破壊力で突き進むトリニティと、堅実に耐え隙を伺って必殺の一撃を叩きこむ静流。
戦法は違えど、共に貫録を見せつけるその強さゆえに、この試合だけは見逃すべきではないと会場の盛り上がりはジョンと杭奈のそれを越えていた。
◇
人間たちの思惑はさておき、闘う当事者の2人はと言うと、罵りあっていた。
「ふふ、ご主人の期待に応えたいし……それにジョン君と勝ってデートする約束もしちゃったのよねー。
だから、大人しく負けてくれると嬉しいんだけれど……」
「いやぁ、優勝賞品はブラックシティのお酒でねぇ。とっても美味しいお酒だから大人しく負けてくれると嬉しいんだけれど……」
「ふぅん、なるほど。御酒ばっかり飲んでいるから、そんなお饅頭のようにデブデブなのね」
「おいおいおい、でかいのは腹じゃねえさ。ビッチにも満足できるボリュームのソーセージも酒があるからこそ用意できるってもんでねぇ」
「あら、貴方のソーセージは臭いチーズがたくさんこびりついていて香りが台無しなんじゃない?」
「ほほう、この戦いが終わったら、チーズが大好きになるようにたくさん食わせてやろうか?」
闘いが始まる前から互いに挑発してみるが、どちらも一歩も引く様子もない。これはこれで仲がよさそうな二人である。
「あらあら、そんな事になる前にその粗末なウインナーソーセージを噛み千切ってあげるわよ。いい血の味がしそうじゃない?」
「はん、ウインナーだなんてとんでもない。ボンレスハムと言っても信じるだろうさ」
ところで、この二人の話は耳が痛すぎる。誰か止めろと言いたいところだが、ふじこを通じて唯一会話の内容が分かっているスバルは止めない。
ふじこがスマートフォンに出力した画面を見て、あまりに口汚い二人の罵りあいに嫌な顔をするどころかむしろ微笑んでいて、至極ご満悦の様子である。
「あらら、貴方の御主人(スバルさん)は貴方の股間のモノの大きさを知っているようね。水鉄砲にすらなりゃしないって笑っているわ」
「黙れ、俺のハイドロカノンで卵を孕ませて目玉焼きにして食ってやろうか? それとも親子丼にしてやろうか?」
「あら、貴方の種なしこんにゃくがそんな卵を作るとか高尚な能力を持っているのかしらね?」
「ほーう、種なしこんにゃくとな? 柔軟性が高くってノンカロリーだからダイエットによさそうじゃないか。お前さんに飽きるほど飲ませてやろうか? 痩せるぞ?」
「あらあら、貴方は自分のお口が届くから毎日そうやって自分の飲んでいるんでしょう? 自家発電なんてエコで良いじゃない」
「自分のを飲む趣味は無いねぇ。しかし口がよく動くことだ、口を開くよりも股を開けこの雌豚が……おっと、人間様がそろそろ対戦を始めろとよ」
「あら、残念。もう少し貴方と話していたかったのに」
2人は軽く微笑みあいながら戦いの舞台に立つ。顔こそ微笑んでいるものの、腹の底は底なし沼か血の池地獄か、それほどまでに深く淀んでいる。
この2人、仲が良いにも程があった。
◇
「はっはっは……仲のいい事だな、この2人は」
「おや、何を話しているんですか?」
「あぁ、えーと……要約すると、静流ちゃんが『ダメ男めが!!』。トリニティが『ダメ女めが!!』と罵りあっているな」
クスクスと笑いながらスバルは答える。
「それ……仲、いいんですか?」
「何、悪タイプとブラックシティでは日常茶飯事だ。……ポケモンに生まれていたら私も悪タイプだったかもな、はは結構結構」
「そうですか……ポケモン世界も色々ありますね」
苦笑しながら肩をすくめて、オリザは審判に目配せをする。
「こちらの準備はOKです」
「私も、いつでも構わんぞ審判」
互いにOKの合図をすると、審判は頷き宣言する。
「両者、構えて」
ともに唸り声を上げて威嚇し合っていた2人も、その声に合わせて会話を止め構えをとる。
さっきまで笑顔だった二人も、構えをとると同時に顔を引き締め、牙を向いた。
「それでは、試合開始!!」
その合図と同時にトレーナー2人は吼えた。
「トリニティ、龍の息吹!! 3つの首で順番に放って避けた後の隙をつけ!!」
「静流、出来る限りダメージを受けないように気を使え。相手の息切れを狙って一気に攻撃を仕掛けろ」
全く、静流に与えられた命令は無茶な命令であった。3つの首から順番に放たれる殺意の塊。
点ではなく、塊として飛んでくるその息吹は一撃避けるのに体幹をずらすだけでは足りない。大仰な避け方をせざるを得ないのだ。
まず、トリニティは僅かながらに静流の左側に位置する場所を狙って息吹を飛ばす。静流は右に体を傾け、立ち膝の姿勢から右手を着いて伏せる。
狙ったように、今度は静流の僅かに右側を狙う。静流は1発目を避けた際の勢いがついていた。
このままでは切り返しが出来ないと判断した静流は、勢いをそのまま保ちつつ、右肘を地面に付く。
肘、トサカ、首、背中と地面につけながら転がりつつも、決して視線は敵から離さない。尻尾で反動をつけて立ちあがって、静流はトリニティへ向き直った。
「3発目を撃ったら離脱しろ。やり方は任せる」
スバルのトリニティへの命令。それとほぼ同時に放たれた静流の右を狙った3発目の息吹をのけぞりながら首の皮一枚でかわす。
「ならば、追撃するんだ静流!!」
オリザに命令された通り、静流は足指で地面を抉るが如く踏み込んでから一気にトリニティに距離を詰める。
如何に最高クラスの特攻を持つサザンドラのトリニティと言えど、3発放った後にもう3発など殺人的な要求には答えられないし、スバルもしない。
トリニティは、一旦地面に降り立ったかと思えば、ジャンプと羽ばたきを合わせて高速で上空に飛び上がった。
空気を押すより地面を蹴った方が、当然加速はよくなるという事だ。
肩を掴んで飛び膝蹴りを決めてやろうと意気込んでいた静流は、腕も膝も空しく空を切って地面に落ちる。
「良いぞ、だが高所に居続けるのはよくない。低空飛行から波乗りに持ち込め」
スバルがトリニティに命令する。格闘タイプは飛行タイプ対策に岩タイプの技を持っている事が多い。
ストーンエッジならばまだしも、撃ち落とすことに特化して翼を狙う攻撃を高所で受ければ、受け身を行う能の無いトリニティは形勢を逆転されかねない。
要はそれを警戒してスバルは低空飛行の命令を下したのだ。
静流は飛び膝蹴りを外し地面に落ちていたが、鍛え抜いた体捌きを駆使して静流はきちんと受け身を取れる。
また、身を守るために着ていた山吹色の抜け殻のおかげで、落ちている小石に皮膚を切り裂かれることも無かった。
静流が振り返ってみると、トリニティはすでに地面近くまで降りている。
高度を下げたトリニティは、龍の息吹が避けられてしまうならばと、スバルに命令されたとおり波乗りで勝負に持ち込んだ。
トリニティの体の内から漏れだした水の力が、実体化して試合場を襲う。
澄んだ水の流れが静流を襲うが、静流は後ろに下がりながらその鉄砲水を受けて波の衝撃を緩和。
流れにのみ込まれても、静流は無駄にもがいて体力を消耗するような野暮な真似はしない。
激流に身を任せて波と同化することで酸素の消費を押さえ、技が終わるまで待つ。砂漠で雨季のワジに飲みこまれた時に生き残る知恵だ。
結果的に、波乗りに対しては殆どノーダメージだが、地面がぬかるんだ上に抜け殻に水が入ってしまった。
実はこの抜け殻、砂漠では野性のズルズキンが使用済みのそれを水瓶代わりに使う程、保水性・撥水性は高い。
波乗りにもまれて抜け殻が水を飲みこんでしまえば、当然のように重量が増す。
その上、乾燥を防ぐ抜け殻表面の蝋(ワックス)成分のおかげで地面との滑り具合は濡れた大理石の如く最高だ。
「さぁ、見ろ。トリニティ……足場の条件も、服装の条件も敵のみが劣化した。有利なお前はさっさと料理を始めろ。美味しく作れよ?」
「クソ、相手は足場無視だ……静流、守勢に回ったらやられる。攻めるんだ」
双方のトレーナーは攻めをポケモンに命じた。トリニティが選んだのは気合い玉。静流の弱点を突きつつ、しかも威力の高い必殺技である。
トリニティは小さめの気合い玉2つを同時に、僅かに体の中心線からずらした位置を狙い、放つ。
それぞれ左胸と右太もも辺りを狙った非常にいやらしい位置である。
静流は、ヘッドスライディングのような前のめりの姿勢から、僅かに右へスライドしつつきりもみ回転しながらジャンプ。
左胸を狙った気合い玉を風圧だけ浴びてかわし、右太ももを狙った気合い玉は飛び越えて足に風圧を感じてかわす。
前のめりで地面に着地、手を突くと同時に4足歩行のポケモンの如く手を用いて地面を蹴り、加速と共に一気に立ち上がる。
地面を力強く踏みしめた瞬間から敵に届くまで、トリニティに地面に降り立って大ジャンプをする猶予は残されていない。
静流は頭部を守るフード状の抜け殻をかぶり、気合い玉に備える。トリニティが真ん中の首の気合い玉を静流に向けて放た。
これまた頭部を守るためのトサカを向け、静流は真っ向から気合い玉を受け止めた。
頭蓋に響く轟音。食いしばった顎に伝わった衝撃で歯が欠けてしまいそうなダメージを負いながらも、静流は怯まない。
トリニティの首に向けて諸刃の頭突き。柔軟性が高くよく撓るサザンドラの首だけに、静流の頭突きのダメージは受け流された。
だが、更なる追撃として静流はトリニティの首の股を掴み、腹と胸の境目に渾身の跳び膝蹴りを放つ。
飛び膝蹴りは、体当たりを除けば、エネルギー的には最強の打撃技である。しかもそれが、肩などを掴まれ衝撃の逃げ場が無い状況とあれば、まさしく一撃必殺だ。
トリニティは分厚い筋肉に内臓と肋骨を守られていても、効果抜群のこの一撃は流石に効いたらしい。
グハァッ、と唾の飛沫を飛ばしてトリニティは怯んだ。
だが、哀しいかな。飛び膝蹴りは体ごとぶつかる技ゆえか、連打の利かない技である。
静流が次の一撃を放つよりも、トリニティが怯みから回復する方が早く、トリニティは2つの顔で噛みついて静流を引き剥がした。
静流は脳天に喰らった気合い玉のせいですでに足に来ていたのか、引き剥がされながらふらりとたたらを踏んだ足取りはおぼつかない。
トリニティは再度、波乗りを繰り出した。対する静流はおぼつかない足取りながらも、先ほどと同じ対処法で衝撃を緩和する。
だが、平衡感覚を完全に失った静流は、波乗りの終わりに上手く立ち上がれる体制を作れなかった。
呼吸も大いに乱され、肺に入った水が容赦なく静流の体力を奪う。
「トドメだ、トリニティ!!」
「静流、危ない!!」
なんて、オリザの大声もスバルの命令の前には空しい。静流は運の悪い事に奔流に揉まれて後ろを向かされていた。
静流が立ち上がろうと手をついたその瞬間に、耳を塞がなければとても耐えられないような大声が響き渡る。
ハイパーボイスの轟音を浴びて、静流は反射的に立ち上がるための腕を地面から離し、泥飛沫と共に顔を地面に突っ伏した。
しかも、性質の悪い事にそのハイパーボイス、左右2つの顔だけで行っている。それだけに音量は僅かに小さいのだが、耳を塞がせる効果さえあれば恩の字だ。
トリニティの残った真ん中の口から放たれる技は、当然のように気合い玉。
「まて、降参だ!!」
それが放たれる前に、静流のトレーナーであるオリザは降参を宣言した。
◇
「……つつっ」
上体だけはなんとか起こした静流は、流血している頭を押さえつつ、唇を食い結ぶ。
トサカがボロボロな上に随分痛そうな表情だが、彼女はなんとか意識を保っているようだ。
「大丈夫かよ?」
上体を起こした静流を気遣ってトリニティは3つの首で静流を覗きこむ。
「主人が降参宣言してくれたおかげで、なんとかね……」
「ほら、つかまれよ」
「ありがと」
差し出された右顎に噛まれて静流は立ち上がり、そっけなくお礼を言う。
「てゆーかあんた、胸は大丈夫? 肋骨折れてない?」
「なんとかね。鍛えているから体は丈夫なもんでさ」
などと言いつつも、トリニティは結局痛みで顔をしかめている。多分、と言うよりは確実に痣が残るであろう。静流の蹴りにはそれくらいの強さはある。
「すまんね。お前さんのデートの予定はキャンセルだな」
「仕方ないわよ……あんたの方が強かった。それだけで十分じゃない?」
「違いないね」
静流とトリニティは互いに笑いあって主人の元へと帰ってゆく。
強がってはいてもどちらも酷いダメージを負っていたのか、近くまで歩みを進めた2人は泥まみれの体を傾け主人に倒れ込んだ。