奮闘その十八:勝とう!!
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バカラは砂袋となった尻尾の抜け殻を杭奈の左太ももに激しく打ち付けた。杭奈はその一瞬の間に転ぶと判断して、死なば諸共とばかりにテイクダウンを狙う。
「やりやがったな……見事だよ、ブラックジャック」
バカラ、とは最も人気のあるトランプを用いたカードゲームの名前の一つである。
彼に付いた名前は如何にもなギャンブラーであるギーマらしい名前の付け方で、バカラの後任であるの雌ズルズキンもポーカーという名前だ。
しかし、トランプにはもう一つ人気のカードゲームがある。
それは、ブラックジャック。ポピュラーなカードゲームの名前でもあるが、革袋や布袋の中に、砂利やコイン等を詰めた拷問器具や暗殺用の武器の名前でもある。
四天王のギーマが、ズルズキンの2匹にあんな名前を付けた理由は、この技の存在を意識したからであった。
即ち、抜け殻を使って作った即席のブラックジャックを見舞う攻撃だ。砂漠で生まれたズルズキンの切り札にして、最強の一発技である。
その威力のほどは、ズルズキンの住む砂漠で吹きすさぶ砂嵐から肌守ってくれるしなやかでよく伸びる抜け殻を一発で破けて使い物にならなくしてしまうほど。
この攻撃はスバルや静流が心配したとおり、頭に当たれば死にかねない危険な武器だ。公式ポケモンリーグで使えば即座に反則負けである。
「あんな技……俺が静流を捕まえた時にだって使ってこなかったってのに……」
ズルズキンと苦楽を共にしてきた初めて見た技にオリザは舌を巻く。
「当り前だ。如何にアレが子供を守る時のみに使う技とて、子供を守る時に絶対使う技ではない。
砂漠で砂嵐から身を守るための抜け殻を失う覚悟を以って子供を守るというのは並大抵の覚悟じゃない。
イワパレスなんかは殻を破ってもまた拾って付ければいいが、破れた抜け殻は使い物にならんからな。
そもそも、あの技を使ったおかげで次の戦いに敗れて子供が喰い殺されては本末転倒だろう?
だからまぁ、アレは死ぬ気で放つ技……大爆発や命懸けって技に近い。だが、頭を狙った時は……喰らった相手が死ぬからポケモン協会でも使用を禁止してる技さ。
ったく、これじゃホームページに動画をアップさせられないかもな……」
どうでもいい事を呟きながら、スバルは前へ向き直る。
戦況の方はと言えば、足を打たれてしまった杭奈は前のめりに転びながら相手を後ろへ転ばして寝技に持ち込む。だが、バカラを転ばせることはできたものの、そこからの追撃が全く上手くいかない。
杭奈の脚は重く鈍い痛みに苛まれて、左脚は全く動いてくれず、転ばせたら抱きしめて胸の棘で苦しめてやろうかという杭奈のもくろみも不発に終わった。
杭奈はバカラの左足を抱いていたら右足で顔を蹴られ、脳が揺さぶられたその一瞬の隙にバカラは抜け殻をずらされながらも左足を引きぬいた。
更にバカラは尻もちをついたままその左足で再び杭奈の頭を蹴る。今度の蹴りは杭奈もなんとか防御出来たが、バカラは立ち上がってしまった。
足をやられた今、立ったところで杭奈に立ち技での勝ち目はほとんどない。ジョンが教えてくれた戦法に最後の望みをかけるのだ。
逆転勝ちを見据える段階までたどり着いたバカラは、尻尾の部分を切り取ってしまったためにずれやすくなっている抜け殻を悠々と引きあげる。
もう勝ちは見えたその状況でそこをスバルは命令する。
「周囲を走り回って掻きまわしながらストーンエッジで畳みかけろ。杭奈に負けの味を教えてやれ」
この状態で使える技は、波導弾、草結び、後は袴から教えてもらったサイコキネシスくらいだが、相手は悪タイプだから攻撃には使えない。
流石に肩が外れる波導の嵐は使えない。後はブレイズキックで相手の脚を狙うくらいか。相手はストーンエッジを使える。
いくら効果が今一つとはいえ、今の状態で勝てるのかどうかは微妙なところだ。
撃つ、撃たれる、撃つ、撃たれる。バカラは波導弾を的確に避けつつ、杭奈にダメージを与える。もはや戦いは嬲り殺しの様相を呈しているほど一方的に杭奈がやられている。
バカラはさらに杭奈の足に更なる追撃を与え、両足共に杭奈は封じられてしまう。もはや、杭奈は起きあがることすらできないみじめな状態となってしまった。
しかし、波導弾が出せる限り杭奈が諦めるつもりはない。あくまで、彼は逆転劇を信じる。
「さぁ、そろそろとどめをさせ。だが、降参したら素直にそれを認めてやれ」
スバルがそう命令した。バカラは杭奈の側面に回る。杭奈は動かない脚を抱えていては方向転換するのも難しく、簡単に左を取られる。
そうして、杭奈はバカラに体の左側を位置取られてしまい、最後のトドメとばかりにバカラは杭奈の腹に向かってキックを放つ。
杭奈の棘がバカラの脛に見舞われた。脛にダメージを負って、しかしバカラは痛みを無視して蹴り飛ばし、衝撃が杭奈の脇腹に届いた。
激痛で悶絶しかける杭奈だが、彼はまだ諦めずにバカラの軸足を掴む。
今ので脛にダメージを負った上に、度重なる頭部への攻撃で足に来ていた。そのうえ、地面は砂だ。足を取られてバカラは転び、抜け殻を大きくずらされた。
中途半端にずれたズルズキンの抜け殻は、Gパンなど腰へ付ける衣服を膝辺りまで脱げば分かるように足枷となって動きを制限する。
杭奈は、這いながら抜け殻を左肘で押さえてバカラの足を地面に縫いつける。攻撃のために構えられた杭奈の片手は、両手で放てないため威力は劣るが、タイプ一致弱点の波導弾。
もがいて抜け殻を脱ぎ捨てたバカラは、杭奈の顎を足で蹴り飛ばす。同時に暴発した波導弾が、地面に手をつけていて無防備だった頭部へ必殺の一撃。
砂塵が巻き起こり、それで決着はついたかに思われたが、二人の手はまだかすかに動いていた。
とどめを刺そうと、獲物を見つけようと、這うような動きで砂の肌を撫でていた二人の手。しかし、数秒経つと、どちらの手も砂のベッドに突っ伏して動かなくなった。
「相討ち……だと?」
それから先、二人は糸の切れた操り人形のようにピクリとも動かなかった。杭奈、バカラ共に脳震盪で昏倒したのであろう。
「杭奈!! 大丈夫か!!」
スバルは駆け寄ろうとするオリザの肩を掴んで静止した。
「ダメにさせるつもりはないから、あまり動かすなよ、オリザ!!」
そうして、普段は管理棟の医務室に勤務しているタブンネを2匹モンスターボールから繰り出す。
「治すことなら専門家に任せておけ……大丈夫。この育て屋は死者を一度も出した事が無いのが自慢だ」
と言って、スバルは溜め息をついた。
「しかし、相討ちとはな……杭奈め、ズルズキンの隠し玉と得意技を公開させておいてなお、その実力か……恐ろしい奴め。
こんな勝負、実質杭奈の勝利と言わざるを得んな……まぁ、試合は引き分けだが」
「じゃ、じゃあ……」
オリザが恐る恐る尋ねると、スバルは頷いた。
「あぁ、がんばリボンは杭奈に与える……そういう約束だったからな。全く、バカラの奴め。格下相手に有利な環境だと思って油断しているからこうなるんだ。
指示ミスは悪かったと思うが……奢る心が無ければ最初の砂を握った掌底のコンボも避けられたはず。
だからお前は、女に役目を奪われて四天王から除外されるんだよ……ったく、お前も抜け殻を没収して羞恥プレイしてやろうかな?
あぁ、だが手痛い指示ミスをしてしまった私も反省の意を込めて頭を刈らなくてはな……」
一通り罵倒し終えて、スバルはコホンッと咳払い。
「それにしても私、試合中ずっと地が出ておりましたね……お恥ずかしい……」
◇
開業前、午前7時半の整体院の2階。1階は完全に整体院に場所を占拠されており、2階は食卓などの住居スペースがあるこのゴギョウ整体院。
付けっぱなしのテレビはポケモンには無縁の外交から穀物の輸入問題、株価や政治家の演説といったポケモンには無縁の退屈なニュース番組。
それが終わり、街角の色々な話題を特集する番組へシフトする。
学生の夏休みも終わりに近づいている時期に、多くのポケモンは汗を掻かないため、塩分を控えめに調理された朝食を口にしながら、ジョンは眠い眼を擦っていた。
いつもと変わらない朝のはずであったが、今日はその眠気が一気に吹き飛ぶような眼を引く話題が特集された。
いわゆる、ジムリーダー特集という奴だ。
『はーい、サクライさん。ただいま私はホワイトフォレストに新たに建設されたホワイトジムの前に来ていまーす!! いや、空気が美味しいですねー』
『こんにちは、イロリさん。いやー良い景色ですねー』
『そうなんですよ。見てくださいこの大木。なんと約60mあるんですよー。ポケモンもジムリーダーもロープを釣るして登ることで体を鍛えているんですって。
しかも、ジムのバッジ検定バトル自体は地上でやりますが、挑戦者は命綱が支給されるとはいえ、一度は縄梯子を上って行かなきゃならないそうなので大変ですねぇ!!
車いすなど、障害のあるトレーナーは流石にその仕掛けの突破も免除されるそうなんですけれど、これがまたやる気ブレイカーなんですよ。
みなさん、この高さを登る気になれますかー? 私には無理でーす』
テンションの高い女性リポーターがジムの施設を次々解説していく。これ自体はあまり興味はなかったが、杭奈はどうしているのだろうとふと気になった。
その理由というのも、育て屋を卒業した日に撮ったジムのポケモンの集合写真を手紙に同封してきたのだが、静流や袴が映っているのに杭奈だけは映っていないのだ。
何か悪い事が起こったのかとも思えばそういうわけでもないらしく、主人に読んでもらった手紙には写真に写りたくないと書かれていたそうだ。
ショートカットにイメチェンしたスバルや、バカラを除いた教官たちも勢ぞろいというせっかくの記念撮影なのに、写らないなんて一体何があったのやら。
酷い怪我でもして包帯グルグル巻きの顔を見せるのが恥ずかしいとかだったら気の毒だな、とジョンは心配していた。
『さて、このジムのポケモンの紹介も良いよ大詰めに入ってまいりました残す所は切り札とこのジムの一番人気。
切り札は、ジムリーダーの最強戦力の一人にも数えられ、他の地方の物を含めてバッジ8個以上を持った挑戦者の相手をしてくれるエンブオーの閻魔君。
一番人気は同じくバッジ8個以上の挑戦者を相手にしてくれるルカリオの杭奈君なのですが……これがまた、人気の理由が面白いのですよね』
お目当てのポケモンの話題がようやく出て、ジョンは身を乗り出して画面を凝視する。
『その人気の秘訣については……CMの後で』
しかし、ここで何とも腹立たしいタイミングでCMが入り、ジョンは食い入るように見入っていた自分が馬鹿らしくなる。
ジョンは食事を再開してCMが開けるのを待ち、クマシュンマークの風邪薬や、車や携帯電話の退屈なCMを経て待ちに待ったCM開け。
画面の中心に移った女性リポーターからカメラをスライドし、映った杭奈を見てジョンの第一声。
「何て格好してるんだあいつ……」
すでにして近所に住んでいる女子高生の有志が作った人気急上昇の杭奈ぬいぐるみ。それと共に画面上に現れたプードル刈りのルカリオの胸には、純金のリボンが誇らしげに輝いていた。
「でもちょっと可愛いかも」
写真に写りたくない理由を理解して、ジョンは安堵の溜め息一つ。肉を食みながら杭奈の元気な姿に微笑んだ。