奮闘その十七:四天王のポケモンを超えよう!!
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「くっくっく……」
どうやらスバルは、杭奈の態度のせいでブラックシティモードに突入してしまったようだ。
「ははは、やっぱりこの感覚がいい。負ければ何も残らない屈辱の戦い……お前も感じるだろう? この高揚感……そうだ、杭奈!!
お前は今まで様々な戦いを経験してきたが、たった一度として負けたら酷い目に合う戦いは経験していなかったはずだ。
いや、ブラックシティでの課外授業は酷い目に会うが、実力が違い過ぎて相手にならなかったものなぁ?
性欲のため、女のため、子供のため、勝利の高揚感のため、主人への感謝のため……そのために勝つのも悪くないが、やはり必要なのだ。
敗北した時の屈辱、敗北した時の空腹、敗北した時の非リア獣、敗北した時の痛み、敗北した時の寒空というものがな。
祭りでジョンと戦い負けた時は、悔しい思いこそすれ屈辱はなかったろう? 負けても称賛の拍手が響いたろう?
ダメだ、そんなものでは。私がブラとパンティー以外をはぎ取られた時は性犯罪から人浚いまで危険に満ちたブラックシティを闊歩せざるを得なかったものさ。
その屈辱と恐怖と寒さ……二度と感じたくないと躍起になった私は、自分のポケモンを必死で鍛えて強くなったぞ。
私と同じく、敗北の屈辱を存分すぎるほど知ることになりかねない今回の戦い……この戦いで杭奈。お前はもう1段階成長する……確実にだ。
その時こそ、この育て屋に足を踏み入れた時は両生動物のクソをかき集めて出来た聳(そび)え建つクソの塔ほどの価値もなかったお前が、
聳え立つ美しき象牙の塔と見まがうばかりに強く、そして価値のポケモンとなるはずだ……あっ」
言い終えて、スバルはあたりを見回す。
「申し訳ありません、地が出てしまいました……ブラックシティではあぁでも言わないと舐められてしまいますが、こちらでは本当にお恥ずかしい……」
オリザはスバルの雰囲気に圧倒され、苦笑していた。
「スバルさん……ブラックシティではいったいどういう生活なさっていらしたんでしょうか?」
「それはもう、悪い事を色々と……コホンッ。その遍歴のせいでジムリーダーになれなかったのですから、酷いものですよ。
公僕である警察が市民をきちんと守るという義務を果たしていないというのに、私が人間としての義務を果たせというのですからねぇ。
コホンッ……さて、そんな事はどうでもいいでしょう。ではルールを説明します」
咳払いを挟んで、スバルは育て屋内の地図が記されたポスターの前に立つ。
「ルールですが、まずは挑戦者である杭奈君が戦うエリア、もしくは対戦相手を指定します。戦うエリアは、平地、森林、砂地、洞窟、池沼の5つ。
このエリアの好きな場所を指定する事が出来、また対戦者がこのエリアから出れば負けとします。
対戦相手は、ポリゴンZのふじこ、ズルズキンのバカラ、アイアントのユウキ、サザンドラのトリニティ、エルフーンのケセラン、シビルドンのうな丼、シャンデラのサイファーの7匹です。
杭奈君がエリアを指定した場合は、こちらがポケモンを指定させてもらいます。あなたに対して有利なポケモン、例えばサイファー君など。
逆に、杭奈君がポケモンを指定した場合はこちらがエリアを指定させてもらいます。もちろんのことですが、貴方が戦いにくい場所を選ぶつもりですね。
試合におけるルールは、制限時間無制限の一本勝負。どちらかが戦闘不能になるか降参した時点で負け。また、前述したとおりエリアを出ても負けでございます。
と、ルールはこの辺で終わり……ルールはシンプルに行きましょう。では、杭奈君はどういたします?
誰を対戦相手に選びますか、もしくは何処を対戦場所にいたしますか? ご自由にお選びくださいませ」
言い終えると、手元に集合させていた教官と、卵孵化場から連れて来たシャンデラ。全てを繰り出す。
可愛らしいポケモンからいかついポケモンまで様々に杭奈の眼前に繰り出され、一気に受付は狭くなった。
「もし、貴方が対戦相手を選びたいのであれば、この子達を指さしてくださいませ。
そして、エリアを選びたいのであればこの地図を指さしてくださいませ……何を選ぶのも、ご自由にどうぞ」
そう言って、差し出した地図とポケモン。杭奈は迷いなくバカラ教官。静流と同じズルズキンである彼を指さした。
スバルは感嘆の声を漏らし、そして笑い出す。
「ほほう……よっぽどプードル刈りになりたいと見える。なるほどなるほど……
プードル刈りは水の抵抗を抑えるための刈り方と聞くが、水タイプのポケモンが波乗りを放って来ても水の抵抗を押さえるようにという算段か?
両生動物のクソの塔から両生動物になりたいとは、杭奈君も中々に感心な心構えだ……」
またもやスバルがブラックシティモードに移行していると、オリザの腰に下げたモンスターボールから静流が飛び出し、わんわんと自己主張。
「ほう、『杭奈。お前ごときがバカラに勝てるわけねーから、マジバロスwww』だそうだ。静流ちゃんの言う通り、勝てる戦いではないぞ?
杭奈君も意地を張らずに他の相手を選んだほうが良いのではないか?
私のお勧めはアイアントのユウキ君だぞ。目覚めるパワーは雷、特性は虫の知らせの物理速攻型で……」
みなまで言うなとばかりに杭奈はスバルの言葉を制する。
「なるほど……だが、そのバカラはもともと私の手持ちではない。縁あって四天王のギーマさんから譲り受けたポケモンでな。
だから、自分で育てたポケモンで参加したくて、祭りにはバカラではなくトリニティを出場させたのだ。
いいか……その子を越えるという事は四天王を越えるということだ。その意味が分かるな……? 名誉はもちろんだが、難易度も折り紙つきだ。
一応我が育て屋の最強戦力だ。生半可なことでは突破させんし、出来んぞ。それでもいいのだな?」
採算の確認にも、杭奈は躊躇い無く頷く。
「ククク、そうまでしてプードル刈りになりたいか……いいだろう、その狂犬のような心意気が気に入った。
では、バカラよ……愚かな挑戦者に戦うエリアを選ぶがいい。気遣う必要はない、全力で戦える場所を選んでやれ」
バカラに地図を差し出すと、彼は迷わず砂地を選ぶ。これにはいよいよ静流も焦り出す。
「ふむふむ『砂地でのズルズキンは2倍強えーのよ。チミなんかマジ粉砕玉砕大喝采w』と、静流ちゃんも言っているようだが?」
「そのふじこちゃん……さっきから相変わらずの翻訳精度ですね……そんな事はともかく、杭奈。
静流の言う通りだぞ……砂地でのズルズキンは非常に強い。それでもやるのか? 毛を刈られても俺は知らんぞ」
それでもなお、杭奈の心は変わらなかった。ジョンに対して勝ちを拾えていないが、思えば静流に対しても勝ちを拾えていない。
バカラならば、静流の代わりになるだろうと、杭奈はバカラに挑もうと決めたのだ。
プードル刈りは確かに嫌だったが、負けないつもりで挑めば負けないと、根拠のない自身を持って杭奈は戦いを望む。
「いいだろう。よもや砂地で臆病風に吹かれる事はあるまいな? そんな不抜けた玉無しの態度を取ったらプードル刈りを通り越して頭以外のすべての毛を刈り取ってやる。
では、ついてこい……このシラモリ育て屋本舗(有)(ゆうげんがいしゃしらもりそだてやほんぽ)代表取締役、兼牧場管理責任者のスバル。及びそのポケモンが、全身全霊で以ってお相手しよう」
まるで悪役のようにスカした口調で宣言して、スバルは歩きだす。もう後には退けない。
◇
「たかが半年程度の修行で、舐められたものだな……」
バカラ教官は憤っていた。確かに、自分はNという少年に負けた後、雌のズルズキンにレギュラーの座を奪われてしまった身だ。
しかし、彼とてレギュラーの座を奪われようと四天王の手持ちとしてのプライドと強さを失ったつもりはない。
「舐めているつもりじゃないよ……ただ、なんとなく君に勝ちたいと思っただけで……ほら、お互い格闘タイプに弱い格闘タイプで、条件は互角だし」
杭奈はそう言って納得させようとしたが、バカラ教官は高笑いで返す。
「フフフ……ハッハッハ!! 条件が互角だと!? 言ったろう、戦う場所は俺が選ぶのだ……条件など、地形の如何によって変わる。
俺の得意なフィールドを選ばせた時点で、互角の条件は有り得ないんだよ……それで戦うとは、笑わせる」
「不利なのは分かっているさ……でも、不利だから格好良く負けようなんて思ってはいない。その鼻面、へし折ってやる」
「デカイ口を叩くなよ、死ぬか?」
「僕は、自分よりも強い敵とだって戦ってきたんだよ……何回も、何回も」
「そのたび負けて来たんだろう? 何回も何回も」
「たまには勝ったさ」
「その『たまに』が……今日来るといいな」
ふんっと鼻で笑ってバカラは杭奈から踵を返して前を向く。
絶対に勝つ。杭奈の勝ちは万が一の確率しかないと、公開処刑のような勝ちの見えた勝負にバカラは怒りすら感じている。
「まーまー、バカラどん。熱くなりなさんな」
エルフーンのケセランは背負った綿毛で風にのって、ふわりふわりと月面を歩くように跳びはね笑う。
「アタシも何度か沼地でバランスをとる練習に付き合ってあげたけれど……杭奈君は強いわよ。ガチで戦うなら舐めてかからない事よん」
シビルドンのうな丼教官は月面どころの表現ではない。彼女は少しばかり宙に浮いて、すべるように砂地エリアへと向かって行く。
「くぁwせdrftgyふじこlp」
ふじこに対しては最早何も言うまい。
「そうそう、そうっすよ。ケセランやうな丼の言う通り、張り切っていってやりましょー。舐めてかかって嬲り殺しにするよりも、一撃で決めて気持ちよくさせてやるのが男の道っすよ」
アイアントのユウキはなんだかんだで杭奈との戦いを楽しみにしているのか陽気に笑う。
「祭りの時に杭奈とジョンの戦いを見ていなかったようだから言っておくが……杭奈は強い。舐めてかかると即死するぞ?」
サザンドラのトリニティは、威厳のある声でバカラへとアドバイス。
「ふん、あのジョンとかいうやつに負けたんだろう? あのジョンならば、一度戦って勝っている……相性だって、ジョンと杭奈ならこっちの方が楽だ」
「男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて言葉もあるけれどなぁ……杭奈君は、その言葉がよく似合う子さ。足を掬われるなよ」
トリニティは鼻息を強く吐き出し、じと目でバカラの方を見る。
「そんな事があったら、裸踊りでも何でもやってやるさ」
「ほへー……そんなことして、顔がオーバーヒートしても知らんよー」
シャンデラのサイファーは間の抜けた声でバカラを煽りたてた。
砂地エリアに移動する間、杭奈は思いだす。負けた直後は自己嫌悪でどうにもならなかった3ヶ月前の戦いだけれど、あの戦いはスバルの言うとおり勝てない戦いではなかったのだ。
「杭奈、私の得意技覚えているかしら?」
だから、静流にこう尋ねられた時の杭奈の答えは決まりきっている。
「うん、それはもちろん……ジム時代は結構酷い目にあったからね……飛び膝蹴りも痛かったよ」
杭奈は肩をすくめて苦笑する。
「バカラ教官は私よりも強いの……勝ち目はないと思うけれど、やっちゃったからにはもう勝ちなさいよ?」
「大丈夫だよ静流」
「怪我にだけは気をつけなさい……」
静流は後ろを向きながら杭奈の前を歩き、眼を見て念を押す。
「静流姉さん、以外と心配症なんだね」
杭奈が頷く前に、袴が横から割りこんで茶化す。
「でも、強い教官相手じゃ心配する気持ちも分かるわよ。杭奈、頑張ってね」
そして、怪我しないようにという静流の言葉をうやむやにするように、続けてペテンが割り込んだ。
「えーと……怪我もしないし、頑張るよ、うん」
確かに、静流の言う通り絶望的な状況かもしれない。バカラは平地エリアで戦っても十分に勝てると踏んでいるのに、わざわざ得意なエリアを選ばれては万が一にも勝てないかもしれない。
だが、杭奈はプードル刈りになる気はないし、負けたくないという気持ちを奮い立たせるには、スバルの言う通りこういう経験も必要なのだと杭奈は思う。
てくてくと歩きながら砂地エリアに向かうまでの間、杭奈は敵であるバカラの動きを予想し、勝つための道筋を考える。
静流の動きを参考に、より鋭く、より重く、よりテクニカルになったズルズキンの動きと、それに対する対策法を思い描く、
イメージトレーニングなんて安いアイデアかもしれない。けれど、ジョンだって杭奈に勝つためにオープンガードポジションを思いつくまでにした事だ。
たかがイメージトレーニングとは言え、勝利を左右する事は十分にある。
今まで偶然も含めて自分より強い相手に勝って来たのだ。バカラを倒すことだって、今の自分に出来ないはずがないと、杭奈は自らを奮い立てた。
◇
砂地エリアの中心にたどり着いて、スバルは周りを見渡し宣言する。
「先ほども言いました通り、試合は時間無制限一本勝負。どちらかが戦闘不能になるか、降参する。もしくはエリアを脱出した時点で敗北とさせていただきます。
トレーナーの指示は、受けるか受けないかはお好みで。杭奈君は指示を受けるのが苦手なようですし、無理せずやってあげてくださいね、オリザさん。
そして、試合開始の合図ですが……トリニティの龍星群が地面に着いた瞬間とさせていただきます」
「りゅ、龍星群とは豪勢ですね……」
「なに、卒業の記念なのですからこれくらい派手にぶっ放しましょう」
朗らかな顔を振りまいて、スバルは杭奈とバカラをみやる。
「さてと、準備はよろしいでしょうか?」
きっちりとビデオを構えながらスバルが尋ねると、視線に気づいた二人はコクリと頷き、バカラはうんこ座りから。杭奈は柔軟運動から立ちあがった。
「では、トリニティ。派手な龍星群をお願いします」
周囲に甚大な破壊を振りまく龍星群も、砂地エリアならば破壊する対象が無いので遠慮なしに使えるという事か、トリニティは三つの口から計3発の凶弾を放つ。
すでに周囲のポケモンは避難済み。観衆達が呆れかえるほどの破滅の雨が降り注ぎ、砂埃を巻き上げて戦闘が開始した。
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杭奈はまず地面を蹴り上げる。3ヶ月前の戦いで初弾が眼潰しであった静流に対する当てつけのような行動に、バカラは驚いて砂から眼球を守りつつ後ろへ下がった。
「ほう、杭奈君はなりふり構わないようだ」
続けて右掌底によるストレート攻撃。杭奈は柔軟運動の際に砂を握っていた。否、掌に吸着させていた。
鍛え抜いたルカリオは、短時間ならば壁に吸着が出来る。同様の事が出来るほどの実力こそ杭奈には無いが、質量の軽い砂でなら彼にも真似出来た。
バカラは杭奈の掌底こそ弾いていなしたが、くっつけていたことすら悟らせなかった砂をまともに食らってしまう。
瞑ってしまった目の苦し紛れにバカラは左足でローキック。杭奈は右半身を向ける形で半身になって、右足を上げ相手の脚に膝を当てカット。
ローキックをカットした体勢から、更に腕で上体を守りつつ防御の体勢から間合いを詰める。
「間合いに入られ……あの馬鹿。すぐ離れろバカラ!!」
杭奈は自分の支配する間合いに入り、バカラの胸に肘打ち。杭奈は肘打ちが当たるや否や、肘を僅かに引いて棘の裏拳を顔面に見舞う。
鋼鉄の杭が相手の額に突き刺さり、バカラの額が割れて血液が漏れだす。
近すぎてまともに掴むことすらできない杭奈の間合い。無理して体のどこかを掴めば確実に手痛い反撃を食らうであろうから、バカラは距離をとるっきゃない。
だが、距離を離されることを防止するために、杭奈は房を浮かせ、波導からバカラの意思を感知し始め、間合いを取るステップの効果を失わせる。
杭奈のこれは、懐に潜り込めさえすれば、きちんとした対策を立てなければ無敵の戦法だ。
しかしバカラも馬鹿ではなく、きちんとその技術に対する対策はとっている。そう、祭りの日にスバルが聞きだしたあれである。
「あ、アレは……」
ジョンがそうしたように寝転ぶのもある意味では有効だが、寝転んだままで敵の攻撃に対処するのは、ジョンの特攻があって初めて可能な方法である。
寝転んだままボールを投げても遠くに投げられないのと同じ。ストーンエッジを寝転んだまま放っても大した威力にはならないため、物理型のポケモンはジョンの真似は難しい。
バカラはジョンのような両刀のポケモンでもないので、同じ戦法が使えるわけもなく、改良型として後ろに転がる事を選んだのだ。
後方回転受け身(でんぐりがえし)で回避されれば、攻撃するには低すぎる。
薙刀か槍のように長いなら別だが、杭奈のボーンラッシュでは体重を乗せた有効な打撃を与えるのは難しい。
「あの後ろに転がる奴……俺が祭りの時に教えた技だな……きちんと練習してたのか」
「感謝してるぞオリザ。お前のおかげでバカラにインファイト対策が追加された……だが、そんな事より……お二人さんが動かなくなってしまったな。退屈だ」
バカラと杭奈は膠着状態となっていた、お互いの能力が非常に強く、迂闊に攻め込めば手痛い反撃を喰らいかねない。慎重になるのも、仕方がない。
「おい、バカラ。魅せる試合など必要ない。さっさとお前の得意技で決めるがいい……」
スバルは、そう指示を出す。バカラは、小さく頷くと杭奈に走り寄る。
「あ……」
格闘タイプのエキスパートであるオリザが、これで杭奈がやられると踏んでしまうほど完璧な重心の運びであった。
ズルズキンはその大きな尻尾のおかげで下半身に重心が安定し、なおかつ下は砂地であるため摩擦によって腕や膝の皮膚が削れることを恐れる必要のない地形。
テイクダウンと呼ばれる、相手を転ばせる技に、これほど恵まれた条件を持つポケモンはズルズキンだけだ。
バカラの体が深く沈み、杭奈視点で見れば目の前から消えたと思うほど見事に低空から間合いに侵入。
最初から低く構えている状態よりかは幾分か高くなってしまったが、フェイント気味のこのテイクダウンに対応するのは難しい。
しかし杭奈は、その完璧なテイクダウンを上から難なく潰した。
「な……返した、だと!?」
スバルが目を見開いて驚く。見れば、静流が腕を振り上げ喜んでいる。
実際、バカラのテイクダウンは完璧であった。低く、速く、直前の目線や重心の運びはとてもテイクダウンを狙っているとは気づけないような振る舞いだ。
しかし、それは杭奈によってなんなくそれを潰される。
そのままバカラは伏せた状態で、背中から互い違いの状態で腹を抱きかかえられるという、いわゆるがぶりの体勢に入った。
「なるほど、静流も(ヽヽヽ)ズルズキンだったな。得意技は……共通というわけだ。ふぅん、テイクダウンが読まれるわけだ」
有利な態勢を取った杭奈は、相手の腰辺りを両手で抱いて、小さく跳躍してから自分とバカラの全体重を込めて脳天を地面に叩きつける。
もし、戦う場所が洞窟エリアか森林エリアであれば、その辺の樹や岩壁にぶつけられて勝負はついていたかもしれない。
「ありゃ……パイルドライバーじゃないか。誰だ、静流のシャイニングウィザードといい、こいつらにプロレス技なんて教えた奴は」
「プロレス技はローブシンのウルキオラちゃんですねぇ……シャイニングウィザードは知りませんが」
「だ、誰ですかそれ……」
杭奈の放ったパイルドライバ―はプロレス技。プロレスリングよりも遥かに地面が柔らかい砂地では効果の薄い技だ。
人間のプロレスならこのまま腕を離してのしかかってフォールなどをするが、この勝負プロレスではない。
杭奈はバカラを離すことなく、背面から絡めた手足に渾身の力を込めてホールド。
うつ伏せのまま抱き付いて胸の棘でダメージを与え、尻尾に噛み付きつつ、右手で脇腹にボディーブローを打ちこみ続けた。
子供の喧嘩のように見苦しいほど執拗な攻撃は、ポケモンバトルにショーマンシップなど必要ないと言っているかのようだ。
痛みで呻くバカラは、強引に体をひっくり返す。横向きとなった状態から杭奈の腕に龍の力を持った鋭い爪を突きたててそのホールドから抜け出し、構えを取って体勢を整える。
そこまでの攻防で杭奈は腕に負ったひっかき傷のみ。しかし、バカラはボディーブローによる左わき腹ダメージに加え、パイルドライバ―で頭を揺らされたダメージ。
肘打ちのせいで胸もジンジンと痛み、裏拳で負った額の傷からは出血して砂がこびりついている。
「済まないバカラ。今のテイクダウンは私の指示のミスだ。まさかあんな完璧なテイクダウンをかわされるとは思わなんだ……
静流との戦いで、あの技に対する耐性と予見が出来ていたことを失念していたのは、完全に私の責任だ……あとで私も髪を切って反省せねばな」
「杭奈……こんなに強かったのか……四天王のポケモン相手に一方的じゃないか」
主人であるオリザが驚くほど、杭奈は強かった。砂掛け掌底のように勝つための戦略も持っていて、何をしてくるか読めない。
少々格闘タイプのジムリーダーには不釣り合いなほど奇抜で卑怯なラフファイトなのが気になるが、そこは御愛嬌といったところか。
◇
「こいつ……味な真似を……」
裏拳を食らったり地面にぶつけられて、出血しくらくらする頭。ローキックを仕損じて痛む足の甲。胸の棘が刺さってずきずきと痛む背中。
前半から杭奈に一方的にやられ続けているバカラは毒づいた。
「いっけー!! 杭奈。ケツの穴から波導弾ぶち込んで奥歯ガタガタ言わせたれー!! そのチンカス野郎を蹴散らしちまえー」
「杭奈兄さん、必殺一撃エイエイオー‼」
「頑張ってね杭奈!! 息子と一緒に応援してるわよー」
杭奈サイドの応援は過激で、おまけにバカラにとって昔の女である静流の応援は杭奈の方に行ってしまっている。自信過剰なバカラのプライドもズタズタだ。
対して、バカラへの応援はと言えば、スバルのポケモンはあまり彼を良く思っていないようで。
「どうしたよ?」
「情けない面」
「しているじゃないか」
声掛けと言える物はトリニティがわざわざ三つの首を左から順番に、バカラを嘲る声くらいだ。
他の者はと言えば、うな丼とサイファーが肌が乾燥するから、日差しがきついからとそれぞれの理由でボールの中に戻っている。
ケセランは砂遊びをしており。
「白熱バトルでメシウマ状態!!」
ふじこは言わずもがなの状態だ。真面目に黙って見ているのはユウキくらいか。
「五月蠅い、黙って見てろ」
バカラがトリニティへ苛立たしげな返答をした隙に、杭奈は防御のために上げられているバカラの腕を狙って神速のバレットパンチで棘を見舞う。
顔を狙った攻撃ならば、腕で弾いて防御できる。だが、今の杭奈のように始めから腕を狙えば喰らう側としては防御は難しかった。
しかも杭奈はただ腕を突き出すだけでなく、指の握りを解いて手首の腱に余計な力が入らないよう。そして、スナップを利かせた棘の裏拳で的確に相手の腕を狙う。
これを繰り出すのが普通のポケモンならばともかく、棘の生えたルカリオの裏拳だ。
もはやノクタスのニードルアームやエビワラーのマッハパンチのようなもの、たった2発だが破壊力は申し分ない。
「この野郎……」
激昂して、バカラは酸を口に含む。しかし酸を出す腺をアクティブにするための口をもごもごする動きは、初見殺しでこそあるものの静流のおかげでそこそこ見慣れている。
酸が来るな、と杭奈は確信した。防御していたらジリ貧となりかねないバカラは杭奈の腕の動きに合わせて拳を放つ。
しかし、杭奈の拳の握りはすでにパンチを突き出す途中で変わっていた。今度は腕を狙っていない、オーソドックスなパンチである。
身長差と腕の長さが杭奈に有利な条件下で繰り出される眉間狙いの左ジャブ。ジャブが当たる直前に吐き出された酸は、杭奈の顔面へと真っ直ぐ向かって行った。
杭奈は引いた左腕で急所を守りつつ身を屈め、バカラの腕と酸の液体をかいくぐって、下腹部を狙いすました下段突き。
まともに食らったバカラは目玉を吐き出すように眼を見開いて、差し出されたかの如く前へ出た顎に杭奈は掌底アッパー。
後ろへ下がりながらたたらを踏んだバカラに対し、杭奈は両手を叩き合わせる要領で鼓膜破りのビンタを見舞う。
ラルトス時代からの袴のお家芸であるそれを奪いとるかのような、鋭い一撃であった。
鼓膜の奥にある三半規管を震わせ、そのまま距離を詰めて接近戦に持ち込もうと思ったが、バカラから無造作な前蹴りが飛んできて杭奈は牽制された。
牽制の蹴りでコンボは中断されてしまったが、バックステップで互いに間合いを取ったそのタイミングに杭奈は唾液で左腕に付いた酸を洗い落とす。
プードル刈りにされる前だと言うのに、少々腕の体毛が溶け落ちてしまった。
とは言え、もはやペースは完全に杭奈のもの。脳と三半規管を存分に叩きのめされ、バカラはふらふらとおぼつかない足取り。
虚ろな目で口の中の血を吐きだす地面にバカラを見て、杭奈は自分の勝利を確信した。
「勝てる……もうペースは僕の物だ!!」
「そうかい、そうかよ……舐めてかかって、悪かったな!!」
バカラは苛立たしげに声を荒げる。プライドをズタズタにされた憤怒の表情のバカラは殺意の籠る視線で杭奈を睨みつけた。
◇
「杭奈……なんて見事な戦い方……」
「あぁ、見事だ。ナイフや鉄扇のような短い武器を持って対峙した時は相手の手首を狙えとはよく言うが……杭奈め、手の甲の棘でそれをやるか」
「そんなの、どこで学んだ技術なんでしょうね」
「フタチマルには稀にそういう戦い方をするやつがいる。誰に教わるでもなく独学でね……そういう奴ほど考えて攻撃するから実際に強い。
杭奈君も誰かから教わるだけでなく自分で考えて攻撃している。だから強い……そういう事だろうな」
人間達が感心している間に、バカラはフード状の抜け殻と尻尾の抜け殻を破る。
その直前に杭奈と話をしていたが、その内容を見るより先にいち早くスバルはバカラの思惑を理解する。
「な、バカラ……お前杭奈を殺す気じゃなかろうな?」
その動きが、何を意味するのか、杭奈には分からなかったが、スバルのうろたえようは半端ではなかった。
あの静流まで、バカラ相手に威嚇しており、何かとんでもない技を放とうとしている事は確かなようで。
杭奈が早々にとどめを刺してしまおうと走り寄ると、静流が仁王立ちして静止する。あんまりな展開に戸惑う杭奈を静流は手で制し、バカラにいちゃもんをつけ始める。
「あれは、何をしようとしてるんだ? まさか、バカラの奴禁止技使おうとしているんじゃないだろうな?」
「いや、オリザさん……間違いなくアレは禁止技だよ。静流のあの慌て具合を見ればわかるだろう? 彼女はバカラとは同族だからね……本能的に危険さが分かっているようだよ……うん」
やれやれとスバルは首を振る。
「とにかく、得意なエリアで格下の杭奈に圧倒されたのが気に食わんのだろう……本来は禁じ手なんだがな。
野性のズルズキンはあの状態になったら確実に相手の頭部を狙うが……万が一頭部を狙ったら私は責任をもってバカラを始末する」
スバルとオリザが会話をしているうちに、バカラと静流も会話を終えた。どうやら話はついたようで、静流が引き揚げる。
「……おい、バカラ。頭は狙わないんだな?」
もちろんだとでも言うように、バカラは頷いた。
「『あんさんのお気に入りに敗北させて9m( ^Д^)プギャーするだけだ』か……いいだろう、なら許可する。
たまには杭奈にも世の中の理不尽さを教えてやっても良いだろう」
「おいおい、いいのかスバルさん? 自分で禁じ手って言った技だぞ?」
「なに、頭さえ狙わなければどうという事はない」
スバルは先程までの剣幕とは一転して、楽しそうに杭奈とバカラの戦いを見守り始めた。
バカラは右手に持ったフードの抜け殻に、額から流れ落ちる砂交じりの血を入れ、重量を増させて空気抵抗で減速されないようにして投げる。
杭奈はそれを叩き落とすと、その一瞬に出来た隙に蹴りが飛んでくるかと思い、一旦バックステップで距離を取る。しかし、バカラの蹴りは飛んでこなかった。
当のバカラは尻もちをつくような無様なバックステップをしながら尻尾の抜け殻に砂を詰めていた。どうやら転んだわけではないらしく、砂を詰める事が目的のようだ。
「殺すなよ?」
スバルがバカラへ念を押す。バカラは頷きながら砂を詰めた抜け殻を持って杭奈に向かって走り出した。
スバル、静流、バカラから発せられる異様な雰囲気に恐れをなした杭奈は、早めに終わらせてしまおうと攻めに入る。
にやり、とバカラが笑って砂が入った尻尾の抜け殻を振り抜いた。