奮闘その十五:師匠を超えよう!!
36
相手はダゲキ。このイッシュ地方ではよく見かけられる真っ青な人型のポケモンである。胴着のような物を蔓草を編んだ縄で縛っており、それを縛り直して気合いを入れる習性をもっており、試合に臨む彼もまた図鑑通りの動作をした。
対して杭奈は、静流がそうしていたように一瞬の呼吸で気合いを込める。今となっては、もう長く息を吐いてどうのこうのという気合いの込め方では、思わぬところで隙が出来ると悟ったようだ。
更に今までの違いを上げるとすれば、後頭部では最初から房に力を込め逆立ちというほどでは無いが重力に逆らって浮かせているところだろう。
自分が育て屋を卒業したころとは別物である杭奈の様子にジョンは目を見張った。
さて、審判の試合開始の合図で試合が始まると、杭奈はダゲキと距離を詰める。
杭奈は、育て屋での戦いが板についてしまったせいか指示を受けるのが苦手な反面、命令無しの分だけ行動が僅かに速い。
そして、命令されない方が強い理由の一つとして、杭奈の戦闘スタイルと能力のシナジーである。
敵に合わせて動くという杭奈の闘い方は、いちいち指示に従ってなんていられないのだ。接近した杭奈は、ダゲキが攻撃を出しにくい位置へ。
「おい、ロッキー。距離とれよ!!」
なんて、ロッキーという名前らしいダゲキに命令が下されダゲキは後ろへ下がるが、そうはさせるかとばかりに杭奈は前へ詰める。
左へ動けばそれに合わせて杭奈も動き、杭奈とダゲキは一向に距離が離れない。
「くそ、それならインファイトだ」
ダゲキの主人は再度の命令。ダゲキがインファイトが使えるとは知らなかった杭奈だが、彼は戸惑うよりも先に動く。
ダゲキが下段へ手刀を突きだす前に、杭奈は身を低くして、いからせた肩口から体当たりをぶちかました。
杭奈の体当たりを食らってダゲキの体勢が崩れかけるが、大したダメージではない。杭奈は更に後ろに下がろうとしたダゲキを執拗に追い、体当たり。
バックステップの最中で後ろに重心がかかっていたダゲキはついに転んでしまった。杭奈は素早く側面に回り込んで、斧刃脚。
というよりはそのままスタンピングといった方が正しいか。杭奈は相手に対して情けをかけてわざと外したものの、次は当てるだろう。
結局、圧倒的な実力差を理解してしまったダゲキは、トレーナーの意向を無視して降参してしまった。
ジョンと同じく初戦で圧倒的な実力差をアピールした二人は、前回優勝者が参加していないことも相まって、大会の優勝候補と観客に囁かれるのであった。
◇
「杭奈……なんなんだ、あの戦い方は? 相手が下がったと思ったら、自分は進んで……そのまま何度もピッタリくっついてさ」
杭奈が帰ってきても勝って当然と言わんばかりに、ジョンは祝福ではなく質問で杭奈を迎える。
「前から房は鍛えていたんだけれど……僕、子供が生まれてから波導を感知する範囲が広く正確になって……相手の動きや考えもある程度読めるようになったんだ……
スバルさん曰く……子供が生まれると、子供を守るために自然にそうなるものなんだって」
「ついでに、私の幻影も強化されたのよ」
ルカリオとゾロアークの熱々な夫婦はそう語って笑う。
「へぇ、アタイらズルズキンにはそういうの無いから羨ましいわ。アタイも子供産んだら酸が強くなるかしら?」
「ふふん、静流。羨ましいでしょ。せいぜい酸を強くすることだね」
僅かに鼻息を荒くして、得意げに杭奈は言う。昔は静流にからかわれてばかりだったが、今となってはその面影もなりを潜めているようだ。
「ま、いくら相手の動きが分かるったって、戦闘中は相手の動きが速過ぎて普通に戦っていると相手の動きが読めてもあまり意味が無いんだけれど……
あぁやって、ピッタリくっついているとポケモンによっては何も出来なくなる。だから、僕は移動するだけでいいから簡単なの。って言っても、これは袴の受け売りだけれどね……
ともかく、相手の移動に合わせて移動するだけなら相手の動きを読む能力も楽に、有効に使えるんだ。組み技を持っていない奴が破れかぶれで掴んできても怖くないしね。
袴も角で相手の考えが読めるから、同じ事を出来るの……まだ、格闘技の方はお粗末だけれど、いずれはね。
そうなったら、袴は練習相手としてもライバルとしても気をつけなきゃね」
静流に対して得意げに語る杭奈には、かつてのような弱々しさを感じなかった。ここにきて静流は、自分が育て屋を卒業してからの2ヶ月半の月日の重さを実感する。
「ええ、相手に合わせて動くだけなら出来るようになりましたので……来年は僕が出場出来るように頑張らせてもらいますよ」
そしてその自信というのは杭奈だけでなく袴にも備わったようである。自信たっぷりな杭奈と袴の会話を聞いて、恐ろしいその内容にジョンは肩をすくめた。
「お前らは感情が読める技を戦闘中に有効に使える……しかも、ルカリオは裏拳、エルレイドは肘打ち。近距離(インファイト)で使える技が非常に強力だ。
まさしく、お前ら二人はインファイトを行うためだけに生まれたようなポケモンなんだよな……反則だよ、俺にもインファイトの才能を分けて欲しいものだね」
「ふふ、今日こそジョンに勝って見せるからね。覚悟してよね」
杭奈はそう言って得意げに胸を叩いて見せる。
「杭奈の自信……こりゃ、予想以上だな」
負けるかもしれないな、とジョンは苦笑した。
「随分と逞しくなっちゃってね……年上だったら、アタイも惚れていたかもね」
クスクスと静流は笑う。
「はいはい、年上じゃなくって残念でした」
以前まではからかわれていた静流に対しての応対も、やっぱり成長していた。
そんな杭奈を見て、ジョンは彼の成長を感じて嬉しい反面、やっぱりまだ自分より弱く合って欲しいと感じる。
ジョンは不思議な寂しさを感じながら食べかけのソース煎餅を食べるものだから、せっかくの味が分からないまま全てを食べ終えてしまった。
「あら、アタイの出番だわ」
ちなみに、静流は言うまでもなく悪タイプ相手に有利な悪タイプである。
久しぶりに静流の闘いを見ることになる面々は、如何なる戦い方をするのか興味深々でそれを覗く。
静流は2ヶ月半の間に主人の指示に従うことにもだいぶ勘を取り戻したそうなので、静流の出番は主人が赴く。
のはいいのだが。
「二人があまりに格好良いから、アタイも魅せる勝ち方をしたくなっちゃった……」
黒い笑みを浮かべて、不穏な事を言う静流。これでは、主人の命令を聞いてくれるのかどうか。
格闘タイプも悪タイプもルールは同じ。とりあえず勝つ方法などいくらでもあるということだ。
試合開始から、まず主人から下された指示は『とりあえず、適当にあしらってやれ』というもので、皆相手が格下というのはなんとなくわかっているらしい。
敵はワルビアル。赤銅色と黒の虎柄模様が非常に強い警戒色となってあたりに存在感を振りまいている。
突き出た大顎は、遠く離れた地のオーダイルよりも相対的に巨大であり(全体のサイズが違いすぎるが)、眼の隈取り模様と相まって子供が泣きそうな見た目である。
奇しくも同じく砂漠出身のポケモンであるが、果たしてその実力は如何に。
「一飲みにしてやらぁ!!」
口を大きく開いて威嚇する敵に、静流もまんざらでもない様子で肩をすくめる。
「おお、怖い怖い」
なんて、おどけた様子で無駄口を叩いている間に、静流は常に曲がっているワルビアルの膝に注目。とあるプロレス選手が、膝をついたまま攻撃してこない相手にとどめとして使ったらしい技を思い出す。
早速、魅せる技を思いついた静流は相手に対して、平均台の上を歩くように両腕を広げたままがらあきの腋を晒して接近。
相手トレーナーの命令でが掴みかかって噛みつこうとした所を、静流は相手の体の外側に向かってかわし、腕を取って関節を決める。
そのまま押し倒して関節を極めてギブアップを誘うことも出来るのだが、それでは地味な戦いで面白くない。
静流は相手の腕を外側から掴みながら膝を踏み台にジャンプ。
後頭部に強烈な膝蹴りを加えつつ、自身は受け身をとりつつ地面に落ちる。
もちろんのこと、効果は抜群だ。
「ありゃ、シャイニングウィザードじゃねえか……プロレスではたまに使われるが……ポケモンバトルで使われるの初めて見た」
あまりにも見事な静流の技の冴えに、ジョンが苦笑していた。
「何それ、すごいの?」
杭奈が尋ねる。
「見ての通り、うん……飛び膝蹴りの変形なんだけれど、恐ろしく魅せに特化しためったに当たらない技。当たれば威力は強いけれど、興行の決め技以外で使うものじゃないさね」
「あらあら、私は決め技として使ったわよ?」
一通り解説を終えたところで、悠々とした足取りで戻ってきた静流が得意げに微笑んでいる。
「そりゃ、最初からクライマックスって奴は決め技には含まんさね。いや、静流が敵じゃなくってよかったね。あんな戦い方、俺には真似できないさね」
「私も悪タイプ代表に参加しなくって良かったわね。あんな技喰らいたくないわ」
ジョンに追従するようにペテンが笑う。こうして、初戦は全員余裕で突破を決めた。
しかし困ったことに、この祭りは参加人数無制限であり、エントリーした順番がそのまま戦う順番にされていたおかげだろう。
次の対戦はあろうことか、一緒にエントリーをした杭奈とジョンが相まみえることになってしまっているのである。
杭奈とジョンのどちらか一方が変に強い相手と当たって、負けないまでもスタミナやダメージに差がついた状態で戦うよりはいいとも言える。
しかし、優勝候補がこれほどまでに早い段階であたってよいものかと言えば微妙ではあった。
37
一回戦の試合がすべて消化され、杭奈とジョンの試合が開始した。
ジョンは、レンジャー出身という事もあり、また今の主人が戦いについてはからっきしという事もあり、指示は必要とされない。だから、杭奈と同じで指示を必要としない条件は一緒だ。
一回戦のように房を重力に逆らわせてふわふわ浮かせながら、杭奈はジョンを睨む。
「負けないよ」
「今のお前になら負けるかもな……」
強気な杭奈の発言に対して、ジョンは弱気な発言で返す。しかし、声は絶望とか諦観というよりも、とても楽しそうな声。口元には笑み。
余裕の笑みではないだろう、当然のことだが杭奈は楽に勝てる相手じゃないと感じる。
ジョンのはたく攻撃。腕から伸びる長い体毛でリーチを稼ぐその攻撃は、杭奈の射程外から攻撃できる。
ノーマルタイプであり、音は派手でも衝撃力には乏しいそれは、鋼タイプの杭奈には今一つだ。杭奈はそれを肘で受け止め間合いを詰める
ジョンは振り抜いた勢いをそのままに回転しながら体を浮かせ、のけぞるように頭を後ろ。頭上から見て反時計回りに体幹をひねって左踵で飛び回し蹴り(ローリングソバット)。
杭奈はのけぞって避ける。飛び回し蹴りでバランスを崩し、受け身をとりつつ倒れたジョンに杭奈が間合いを詰めた。
そのまま、杭奈は踏みつけて攻撃を仕掛けようとするが、そんな事はさせてなるものかと、ジョンは寝転がったまま足を杭奈に向けてオープンガードポジション、いわゆる『猪木アリ状態』をとる。寝転んだ側が放つローキックが地味に痛いので、人間同士がこうなったら武器を持つか石などを投げるのがもっとも有効だが、総合格闘技などのリングの上では武器は使えないため膠着状態になりやすい。
しかしそれも、波導弾を撃ち合ったりできない人間同士の戦いのお話。人間同士でならこの体勢だけでも十分な威嚇になるのだが、残念ながら杭奈はポケモンだ。貧弱とはいえ遠距離攻撃ならばいくつか揃えている。
しかし、ジョンだって腐ってもポケモン。遠距離攻撃が標準搭載されているポケモンにとって、ジョンのこの体勢だけでは確かに威嚇としては力不足だが、更なる威嚇のためにジョンは遠距離攻撃対策に波導弾をチャージ。これにより、寝転がったままの相手に攻めあぐねる杭奈。
この状態から直接攻撃による対策法が見えない杭奈は波導弾やストーンエッジなどで攻撃するしかないが、杭奈は特殊技をあまり鍛えていないし、そもそもジョンにはストーンエッジは効果が今一つだ。
対して、特殊技をきちんと鍛えたジョンは、寝転がったままでも特殊技の威力が大して変わらないことを考えれば、中々にいやらしい。
ジョンは寝転んだままのキックと、寝転んだままの飛び道具のどちらも強力だ。どちらも十分な威力を持つ両刀ならではにして、両刀にしか出来ない杭奈対策である。
しかし、寝転がったままでは攻撃を避けるのも難しいはずだと判断し、杭奈はバックステップで下がって波導弾の準備。
自分は相手に波導弾を当てて、ジョンは寝転んでいるから逃げられないように、という青写真だったが、生憎ジョンはそんな状況を許すほど親切ではない。
杭奈が自分から離れたのを確認すると、ジョンは波導弾の構えをチャージのために崩さず、尻尾と足だけで杭奈から眼を離さないよう立ちあがった。
そうして放たれたジョンの波導弾は、彼が元から両刀に鍛え抜かれているだけに、きわめて強力。
相殺しようと咄嗟に放った杭奈の波導弾を呑み込んで、勢いが衰えないまま杭奈へと真っ直ぐ向かう。
波導弾が迫ってきたせいで、地面に手を突くように大仰な避け方をせざるを得なかった杭奈は、無理にその場で立ち上がろうとしない。
後ろに手をついた勢いそのままに、1回後方受け身を取りながら転がって距離をとりつつ体勢を立て直す。
ここで膠着状態に陥った二人は、荒く肩で息をついて呼吸を整える。
「やっぱりジョンは一味違うね……全然近付けないや」
「お前こそ。俺とて近づかれても対応できる技はもってるが、お前相手じゃ役に立つかもわからんから……近づかせたくないんだよ。
近づかれたら負けるなら、近づかせなければいいってね」
「それ、近づけば僕が勝てるってこと?」
「あぁそうだな。俺が負けるかもな」
二人とも、呼吸を整えながらの膠着状態から一変。同時に動き始める。
完全に房を逆立てた杭奈は、立ったままくるりと時計回りに一回転して右回し裏打ちを放つ。
体を伏せてそれを避けたジョンは、そのままでは胸の棘に頭突きをしてしまうことになる。
そこでジョンは、更に身を低く。杭奈の左脚を刈り込みに行く。脚をとって、肩口から体当たりをしてシングルレッグテイクダウン 。
ジョンは地面に寝かせた杭奈の上に馬乗りになって、マウントポジションを取った。
そのポジションにつけば、後はやることなど決まっている。ジョンは手に体毛を巻き、拳を痛めないようボクシンググローブのようにする。
その状態から、瓦割の要領でひたすら杭奈の顔面を下段突き。否、ひたすらというには回数は少ないか。
杭奈は4回まで殴ることを許してしまったが、5回目殴ってきたジョンの右腕の緩んだ体毛を掴みとり、暴れるジョンの右手に、杭奈は右手の棘で裏拳を見舞った。
棘が手首に突き刺さり、腕に走る激痛でジョンは咄嗟に杭奈から腕を剥がそうと立ち上がろうとする。
ジョンが立ち上がろうとして体を杭奈から浮かせた瞬間、杭奈はブリッジを組み、ジョンの踏みつけによる追撃を避ける。
杭奈のブリッジでバランスを崩したジョンは尻もちをつきかけたが、なんとか隙を見せずに立ち上がった。そうして両者、再びの膠着。
杭奈の棘にやられて右腕の攻撃が難しくなったジョンと、裏拳を腕に見舞う最中にも顔面をやられ、戦意を削られた杭奈。
攻撃に使う部位がやられていない分、精神力の強い杭奈有利か。
「ジョンには全く近付けない上に……倒されるなんて、不覚だなぁ」
「お前に近づかせたら負ける。俺はただ負けたくないってことさね……大人気ないんだよ、俺は」
「なら……僕は勝ちたいね」
「勝ってみろよ……その権利は弱いものにも強い者にも誰にだってあるさ」
「そうだね……その右手はもう物を握れないはず……肩を掴めない飛び膝蹴りなんて、怖くない!!」
杭奈は唾液混じりの血を手に掬い、それをジョンに向かって投げる。ブラックシティでの課外授業の最中にスバルから教わった眼潰しの応用だ。
違いは、あの時は敵の血を利用していたが、今回は自分の血を利用しているということくらいか。ジョンは右腕から伸びる体毛でそれを弾き飛ばす。
腕そのものを攻撃に使わなければ、まだ何とか右腕も動かせる事を再確認した。
ジョンが腕を振る際に手首の怪我から血飛沫が飛んだ。図らずも眼潰しを返す形になったわけだ。
しかし、杭奈は飛んできた血しぶきを見て、あの軌道なら眼には当たらないと踏んで避けなかった。そして、そのままジョンへ接近して間合いを詰める。
大股の一歩で間合いを詰めたところで顔面へ向かって左掌底フックと見せかけ、その手で隠した蹴り脚をジョンの右太ももに見舞った。
掌底のフェイントを織り交ぜたせいで少々無茶な体勢から放たれたその蹴りは、威力が乏しいがしかし、痛みによって生まれたジョンの一瞬の隙。
ダミーの掌底に使った左腕を折りたたみ、勢いそのままにジョンの首筋に向かって肘打ち。杭奈はそこから更に前へ出て、インファイトの間合いにもぐりもうとする。
ルカリオのお家芸の間合いでは膝蹴りを放つのも難しく、相手を押すなどして距離を取らなくてはジョンはまともに攻撃出来ない。
杭奈の言うように肩辺りを掴んで蹴るのが一番威力の高くなる方法だ。その最も威力の高い膝蹴りも、今の片腕しか使えないジョンでは少々難しいだろう。
このまま、裏拳、肘打ち、斧刃脚、体当たりなどより取り見取りの近距離攻撃で嬲り殺しにしてやれば勝ちを拾えると、思っていた。
だが、ジョンは左腕の肘打ちを喰らいながらも、その痛みに顔をしかめつつ杭奈対策を発動する。
「な、そんなのあり……」
ジョンは杭奈の左肘打ちを喰らう前から受け身をとるように寝転がり、杭奈に向かって足を向ける。2回目のオープンガードポジションだ。
ジョンが倒れながら喰らった肘打ちも、杭奈には大して手ごたえが無かった。
「お前が俺に対策法を考える時間をくれたお陰で思い浮かんだのさね……急ごしらえだからこんなのしか思い浮かばなかったけれどな」
ダゲキとの試合で、一度だけ見せたピッタリと間合いを詰める技の対策。
ジョンの対策は、この試合が始まるまでという文字通りの急ごしらえではあったが、悪くない。
序盤で同じ体勢をして見せたのは、杭奈がこの体勢の敵に攻撃する術をどれほど持っているか調べるための行動であった。
試した結果、杭奈は正しい対策法を取れなかった。下がって波導弾を撃つという行動は、苦肉の策として寝転がったジョンが立ち上がって向き直るチャンスを与えてしまうだけだ。
序盤と同じ体勢になり、今回も杭奈は波導弾を出そうと思った。しかし、最初の時と同じパターンになってしまってはせっかく距離を詰めた行為が無駄になってしまう。
何か別の方法はないものかと、一瞬のうちに杭奈は考える。直接攻撃をしようとすれば、ローキックで対応。遠距離攻撃をしようとすれば、ジョンは立ち上がってしまう。
ならば、直接攻撃せずに近距離物理攻撃する手段があればいい。それが出来るのはローブシンやドテッコツのような武器を持ったポケモンや、地震を使えるポケモンだ。
ルカリオというポケモンはは武器を常に携帯こそしていないものの、幸運なことに杭奈は武器を生み出し殴る技、ボーンラッシュを覚えていた。これだ、と杭奈は閃いた。
杭奈はここまでの思考を論理的に考えたわけではなく、ローブシンのウルキオラちゃんがジョンを叩き潰す映像が脳裏に浮かんだだけだ。
戦いの中の刹那の一瞬でジョンの対策の対策を見つけた杭奈は、武器にするのに十分な長さの骨を作り出す。
骨を出す間に僅かな隙があったはずなのに、ジョンはいつまでたっても波導弾の構えを取らない。
杭奈がそのジョンの動作に違和感を感じた時にはもう遅かった。
異様な恐怖感を覚え、すぐに離れるべきだと悟ってバックステップをする前に、杭奈はジョンの草結びで右足が絡め取られる。
その隙に地面を這って接近したジョンのローキックが杭奈の右太ももにヒットした。杭奈はやり返すように片手に持ち替えた骨でジョンの左ふくらはぎを打ちつける。
ジョンの蹴りは草結びの草が消えるまでにもう1回。
2発のローキックを喰らい、気が遠くなるような鈍い痛みにやられ、杭奈が右手右膝を地面についた。
ローキックを放つ間に3回骨で左脚を殴られていたジョンも、直立すれば足がおぼつきそうにない痛みを抱えている。
ジョンは左ふくらはぎに走る鈍痛をこらえて杭奈の右腕をひっつかみ、彼の右腕ごと首を股で挟みこむ。
杭奈の右腕は左腕でホールド。首に脚を巻き付けて三角締めに持ち込んだ。
三角締めは完全に決まった状態からでも、杭奈の体型ならばジョンの尻のあたりに膝を当てて、脚の皮を掴んで押せば外れる。むしろ肛門にメタルクローすればジョンを即死させることだって出来るだろう。しかしジョンには、杭奈が抜け出すの方法を知っているとは思えなかったし、勝負のために致命傷を与えかねない攻撃はしないだろうと考えた。。
脚に噛み付けもしないこの状態では、残された左腕で引っ掻くくらいしか杭奈に抵抗の手段はない。
手の甲の棘を利用したメタルクローがジョンの体を執拗に引っ掻いたが、抵抗むなしく杭奈の意識は落ち、白目を剥いてジョンに覆いかぶさる。
審判から勝負ありの採決を下された後、ジョンは這って杭奈の下から抜け出し、痛む足をおしてしてうつ伏せに倒れた杭奈に近寄る。
杭奈の無防備に晒された首に対して下段突きを寸止めしてやっと自身の勝利を確信した。
起きあがって攻めてくるかもしれないという恐怖を感じていたジョンにはそうしないと勝利を確信できなかったのだ。
それが済むと、ジョンは下半身から力が抜けて、杭奈に重なるように倒れ込む。
勝者の彼は決勝戦を勝ち抜いたかのような倦怠感と共に、荒く息をついていた。